鮟鱇夜話

作者:坂本ピエロギ

 夜の旅館の一角に、人々の賑やかな笑い声が響く。
 打ち鳴らす盃に混じって聞こえるのは、鍋の中でアンキモがじりじりと煮える音。
 アンコウの名産地として知られるこの街では、例年2月になると、アンコウ料理を振舞う祭りがあちこちで催されるのだ。
 ぷっくりと膨れたキモは『海のフォアグラ』の異名を持ち、酒蒸しに、バターソテーに、赤味噌と一緒に白身を和えた『とも和え』にと、珠玉の逸品ぞろい。
 淡雪のような白身で作る唐揚げや刺身は言うに及ばず、全身の部位『七つ道具』を余さずぶち込んで作ったアンコウ鍋は絶品の一言につきる。
 ほぐした肝と滲み出た脂をたっぷりと吸い込んだ、ぷるぷるの皮と銀杏切りの大根。
 雪のような白身に、滋味に富んだ卵巣。ゼラチン質豊富なヒレとエラは舌の上でとろけ、シコッとした胃袋とみっしり詰まった頬肉は噛めば噛むほど旨味が滲む。
 それは、人の身も心も温めてくれる味。
 外には晩冬の寒さが残るが、宴の席は春の暖かさに包まれていた。
 しかし。
 ほろ酔い加減の客がふと窓の外を眺めたとき、そいつらは夜空の果てから降ってきた。
 まるでアンコウの豊潤な香りに誘われるように――。
「ククク……随分ト幸セソウデハナイカ、人間ヨ!」
「貴様等モ残サズ料理シテ、ドラゴン様ニ捧ゲテヤロウ!」
「唐揚げカ、とも和えカ! ソレトモどぶ汁ニシテヤロウカ、ハーッハッハ!!」
 こうして旅館へと入り込んだ竜牙兵たちは音速の拳をブンブンと振り回しながら、人々を追い回し始めるのだった。

「アンコウ料理が食べ放題か……なかなかそそる催しだな」
 アベル・ヴィリバルト(根無しの噺・e36140)は、紫煙を夕空に吐き出して苦笑する。
「で、そこを竜牙兵どもが襲撃するってわけか?」
「仰る通りっす、アベルさん。ホント懲りない連中っすね」
 黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)は煩わしそうに頭をカリカリとかくと、気を取り直して依頼の説明を始める。
 竜牙兵が襲撃するのは、温泉街にある大きな駐車場だ。
 現場に面した旅館の中ではアンコウ料理を振舞う催しが開かれており、そこに集まった大勢の一般市民を狙って事件を起こすのだという。
「予知の内容が変わらないように、市民の避難は竜牙兵が現れた後に行う必要があるっす。避難誘導は警察に対応を任せられるんで、皆さんは敵の排除に専念して下さいっす」
 竜牙兵はバトルオーラを装備した個体が3体だ。特段強い相手ではなく撤退することもないので、油断しなければ負けることはないだろう。
「無事に勝てたら旅館でアンコウ料理を堪能できるっす。ちょうど晩御飯の時間っすから、心行くまで楽しんできて下さいっす!」
「いいねぇ。キモ刺し、煮こごり、白身のから揚げ、アンコウ鍋に〆の雑炊……もうじき旬も終わりだから、存分に楽しみたいところだな」
 頬を綻ばせるアベルに、ダンテは強く頷いた。
「お祭りを邪魔する竜牙兵は、さっさと片付けるに限るっす。それじゃ、出発っすよ!」


参加者
ミリア・シェルテッド(ドリアッドのウィッチドクター・e00892)
八千草・保(天心望花・e01190)
絡・丁(天蓋花・e21729)
フィーラ・ヘドルンド(四番目・e32471)
アベル・ヴィリバルト(根無しの噺・e36140)
エリアス・アンカー(鬼録を連ねる・e50581)
肥後守・鬼灯(毎日精進日々鍛錬・e66615)
旗楽・嘉内(フルアーマーウィザード・e72630)

■リプレイ

●一
 沈みゆく夕日を浴びて茜色に染まった旅館を、ケルベロスは駐車場から眺めていた。
 乾杯の音頭と舌鼓、そして賑わいに満ちているはずの鮟鱇祭り会場はいま、通報を受けた警察官たちが避難誘導の準備に忙しなく動き回っている。
「ううっ、寒い。この時間になると冷えますね」
 肥後守・鬼灯(毎日精進日々鍛錬・e66615)は残雪を踏みしめ、夕暮れの空を見上げる。
 竜牙兵の襲撃はもうすぐだ。迎撃の準備は完了しているが、じっと待つには晩冬の寒さはいささか厳しい。
「ああ、温かい鍋料理が恋しいです。鮟鱇鍋に、〆の雑炊に……」
「ほんまやねぇ……あったかいお部屋で美味しいごはん……」
 かじかむ手をこすり合わせる鬼灯に、八千草・保(天心望花・e01190)が白い息を吐きながら頷いた。
「実はボク、あんこう食べるのんは初めてで……」
「奇遇ですね……私も初めてです。味の方はどうなんでしょうね」
 戦いで体を動かすまで温かい料理の話でもしながら暖まろう――そんな彼らの計らいに、ミリア・シェルテッド(ドリアッドのウィッチドクター・e00892)も横から乗ってくる。
「鮟鱇鍋……猫さんが食べても平気なら、冷蔵配送を頼んで診療所へのお土産に……」
「美味しそうな話をしてますね。私も鮟鱇は初体験です、アンキモ楽しみだなぁ……!」
 そこへ旗楽・嘉内(フルアーマーウィザード・e72630)も話の輪に加わった。
 嘉内は先ほどから、スマホに指を滑らせて情報の収集に余念がない。アンキモと鮟鱇鍋は特に楽しみなようで、味わい方をしっかり頭に叩き込んでいる。
「『鍋物はまず鮟鱇の肉が旨く、肝の脂を吸った野菜も旨い。〆の雑炊も絶品だ』……か。くぅ~っ、さっさと竜牙兵を片付けて鮟鱇を満喫するぞ!」
「やっぱりみんな気になるよな、鍋。美味そうだもんな」
 そう言って嘉内に微笑むのは、アベル・ヴィリバルト(根無しの噺・e36140)。今回の依頼を的中させた彼に、保は「ほんまに」と頷いて、
「魚は醜いもんほど美味い、とはよく言いはりますけど……楽しみですねぇ」
「醜い魚か、言えてるぜ。あの面構えは普通じゃねぇからな」
 そのためにも、風情のない輩にはご退場願わねぇと――そう言ってアベルは、ちらと空へ注意を向ける。
「さてと。……お邪魔虫どもが来たかな」
 アベルが指さす先に見えるのは、夜空を切り裂いて降ってくる三本の竜牙だ。
 先ほどまでの長閑な空気は一変し、竜牙兵の出現地点へケルベロスは駆け出した。
 駐車場の端に突き刺さった竜牙が、音を立てて人の姿に変わり始めた。同時に警察の呼子が鳴り響き、旅館の人々がホゥの誘導で足早に避難していく。
「来たな竜牙兵! さっさと片付けて、鮟鱇を満喫するぞ!」
「ああ、飯を楽しむにはしっかり体動かして腹空かせとかねぇとな!」
 日本刀を抜き放ち、市民を庇うように竜牙兵の真正面に立ちはだかる嘉内。彼の隣では、エリアス・アンカー(鬼録を連ねる・e50581)が城壁のような肉体で敵の行く手を塞ぐ。
「オ前達ノグラビティ・チェインヲ寄越セ!」
「全員、鍋トから揚げニシテ食ッテヤルゾ! ハーッハッハ!!」
「ふざけたことを……! 料理も食えない体のくせに、適当なことを言うな!!」
 人型へ姿を変えていく竜牙兵を睨みつける嘉内。その後方で絡・丁(天蓋花・e21729)は怒りに眉を吊り上げ、オウガメタルで体を覆い始めた。
「美味いもんは宝なのよ。それを邪魔する奴には、とっととご退場願いましょうか!」
 酒と美味い飯が大好きな丁にとって、それを邪魔する竜牙兵は容赦に値しない存在だ。横で飛び跳ねるテレビウムの『お供』も、凶器のバールを振り回して敵を威嚇する。
「ム!? 邪魔ダテスル気カ、貴様ラ!」
「目障リダ! マトメテ葬ッテヤル!」
 竜牙兵も、目の前にいる相手がケルベロスであることに気づいたらしい。バトルオーラで拳を覆い、すぐさま戦闘態勢を整えた。
「皆のお祭り、美味しいもんの楽しみは、邪魔させへんよ」
 保がライトニングロッドを握り、敵の攻撃に即応できる構えを取る。
 その時、ひときわ長い呼子の音が、駐車場の向こうから鳴り響いた。
(「避難完了の、あいず」)
 フィーラ・ヘドルンド(四番目・e32471)が殺界を形成し、戦場を結界で包み込む。
「……あなたたち、ゆるさない」
「小賢シイワ、ケルベロス!!」
 魔導書『Lycka』を手繰り、詠唱を開始するフィーラ。
 掌にエネルギー弾を凝縮し、発射態勢を取る竜牙兵。
 地獄の番犬と竜の牙は、互いにじりじりと距離を詰め始めた。

●二
 戦いの火ぶたは、竜牙兵の放つ気咬弾の嵐によって切られた。
「ククク……! 覚悟スルガ――」
「うおらああああああああ!!」
 竜牙兵の嘲笑を、エリアスの咆哮がかき消した。
 オーラの弾が降り注ぐ中を猛然と駆けて、エリアスは竜牙兵の1体へと組み付く。
「おいてめぇ! 鍋と唐揚げとあとなんだ!? なんなんだ!!」
「グオオオォォォォ!?」
 問いに答える間もなく、旋刃脚を浴びて吹き飛ぶ竜牙兵。気咬弾の被害が激しい後衛を、エリアスのウイングキャット『ロキ』が清浄の翼で回復する。
「グヌヌ……ッ」
「さすがに貴様らの吊るし切りは無理だろうが――」
 転倒から飛び起きた竜牙兵へと迫るのは、エリアスと並ぶように駆け出した嘉内だ。彼は竜牙兵の負傷箇所を正確に見抜き、刀の刺突でガードを穿ち、貫く。
「さっさと解体してやる。鮟鱇を捌くより楽勝だからな!」
「ギャアアァァァ!!」
 骨の破片が吹き飛び、絶叫して仰け反る竜牙兵。
 そこへアベルのデスサイズシュートとフィーラのアイスエイジが更なる追撃となって襲いかかる。ともに容赦のない、手慣れた一撃だった。
「さて、無粋な連中にはさっさとご退場願おうか」
「ん。跡形も、のこさない」
 装甲を切り裂かれ、あっという間にダメージを積み重ねる竜牙兵。吹き付けるフィーラの猛吹雪が、敵の前衛をまとめて氷に閉ざす。
 しかし、竜牙兵とて無為にやられる気はない。エリアスに組み付かれた竜牙兵が気力溜めで傷を回復する傍ら、残る2体は音速の拳でフィーラめがけて襲いかかってきた。
「させないわよ。お供、しっかり庇いなさい!」
 オウガ粒子を前衛に散布する丁に、お供が応える。
 音速の拳を受け止めながら、応援動画で気咬弾を浴びたミリアを回復するのも忘れない。
「ああ……癒されます。私もひとつ、お手伝いしましょう」
「フィーラはん、お気張りやす」
 後衛に薬液の雨を降らせるミリア。いっぽう保も、ウィッチオペレーションでフィーラの負傷を回復していく。
 その前方では、鬼灯がオウガメタルから具現化した黒太陽で、竜牙兵をジリジリと焦がし始めた。集中攻撃を浴びた竜牙兵は最初の威勢もどこへやら、うめき声をあげ膝をつく。
 角を生やした拳をエリアスが地面に向けたのは、その時だった。
「気を付けろ、鬼しか渡れん針山だ!」
「ウ……ウオオオォォォォーッ!!」
 拳で地面を貫き、伸ばした角を地中から放つ『棲鬼針山』の一撃。アスファルトを割って突き出る槍衾の如き角に体中を貫かれ、竜牙兵はコギトエルゴスムとなって砕け散った。
 ケルベロスたちは次なる敵に標的を変え、さらなる集中攻撃を浴びせていく。
「さて、さくさく行くかね。……嘉内!」
「承知!」
 月光斬の構えを取ったアベルの意図を、嘉内はすぐに察する。フィーラの撃った黒影弾、その一撃を浴びた竜牙兵めがけて二人はほぼ同時に地を蹴った。
 一閃。アベルの刀が竜牙兵の両腕を力で切り裂く。
 二閃。嘉内の刀が更に両足を縫い止める。
 月光斬の連続斬りを浴び、たちまち防戦に追い込まれる竜牙兵。必死に気力溜めで捕縛を振り払ったのも束の間、丁のプラズムキャノンの直撃を浴びてまたもや回避を封じられる。
「逃がさないわよ。そのまま痺れてなさい!」
「コノッ――」
「させるかよ、見え見えだぜ!」
 もう片方の竜牙兵が鬼灯に発射した気咬弾は、最初から読まれていたようにエリアスに止められ、与えた傷はミリアのウィッチオペレーションで瞬く間に回復された。
「あなたたちも、食べ物の怨みを少しは思い知って貰いましょう」
 鬼灯が発動したのは『死してなお鳴き声止まず』。トラウマで標的を責め苛む技だ。
 保のライトニングボルトを浴びて身動きを封じられた竜牙兵めがけて、エリアスが渾身の蹴りを土手っ腹に叩き込む。
「グオォ……三枚オロシダケハ……ヤメロ……」
 あまり想像したくないトラウマに苛まれ、旋刃脚の直撃を受けて砕け散る竜牙兵。
「お前さんが思う程、優しくないぜ」
 翠色の龍を呼び出したアベルは最後の1体に翠龍の牙を向けて、『嵐翠』のもたらす葉の嵐で切り裂いた。
「――全力は慈悲、そうだろ?」
「ググゥ……ッ!!」
 竜牙兵はなおもバトルオーラを練り上げて、亀裂の入った骨の体を塞ぐという涙ぐましい努力をしていたが、もはや戦況は覆らない。
 程なくしてケルベロス全員の集中攻撃を浴び、吊るし切りにされた鮟鱇よろしくバラバラになった体で、竜牙兵は仲間の後を追うのだった。

●三
 戦いが終わり、旅館には再び賑わいが戻ってきた。
 既に太陽は沈み、街灯が照らす駐車場をケルベロスたちは修復にかかる。
「よし、じゃあ修復しちまうか」
「……ん。フィーラ、お腹すいた」
「修理開始ですよー♪ 鮟鱇さんが私たちを待っているのです!」
 道の亀裂をエリアスの拳が叩き直し、曲がった街灯をフィーラの手から飛び立つ光の蝶が修復した。傷ついた植栽は、ミリアが薬液の雨でしっかりと治していく。
「よし。ヒールはこんなものかしらね!」
 丁は破れたフェンスをオウガ粒子で塞ぐと、期待に輝く目で旅館の方角を眺めた。
 明かりのついた旅館からは人々の歓声に乗って、温かい夕餉の香りが流れてくる。胃袋を揺さぶる、魚類の脂と味噌が絡まった香りだった。
 ケルベロスたちは静かに頷き合い、旅館の門を潜る。
 案内された座敷は広い畳張りの一室で、艶やかな木製の卓上に並べられた鍋と皿たちが、主役の到着を待っていた。
「鍋にから揚げ、刺身にとも和えにアンキモに……オールスター、って感じですね」
「いやあ素晴らしい。やっぱりアンキモは外せないですよね」
 品書きに目を通す鬼灯に、嘉内は上機嫌で頷いた。
 湯飲みに注いだ茶をすすり、戦いに疲れた体を中からじっくりと温める。
(「おいしい料理には、万全の態勢で臨みたいですからね」)
 いっぽう丁は、お供と一緒に宴に供する飲み物を吟味している。
 ビール、ワイン、大吟醸……未成年のミリアと保、鬼灯のために、ミネラルウォーターと緑茶の準備も忘れない。
「美味い鮟鱇に酒がないなんて失礼よね! お供、準備手伝って!」
 リクエストを募り、飲み物を並べ終えたまさにその時、鮟鱇料理が次々と運ばれてきた。
 刺身、から揚げ、キモ刺し、とも和え、アンキモ――。
 そして、鮟鱇鍋。
 鍋用の器には鮟鱇の身――俗に言う『七つ道具』がどっさりと盛られていた。
 肝に皮、ヒレとエラ、卵巣に胃袋、そして真っ白な筋肉が。
「うわあ……」
「……凄ぇな……凄ぇ……」
 その全てがお代わり自由と聞いて、思わず鬼灯とエリアスは言葉を失う。
「最高の食べ放題だな。思う存分、食べ尽くすぜ!」
 腕まくりするエリアスに、丁はうなずいて、
「さぁ、みんな楽しみましょうか! 最高に美味くて楽しい時間にしましょ!」
「ありがとうさん。いただきますなぁ」
 鮟鱇に手を合わせ、感謝を捧げる保。
 丁と一緒に仲間たちに酒と茶を回し、席に着くアベル。
「フィーラ、シェアするか?」
「もちろん、する」
 かくして、宴のときが幕を開け――。
『いただきます!』
 ケルベロスたちは一斉に、卓に並んだ鮟鱇料理へ箸を伸ばす。

●四
「まずは、こいつからだろ!」
 そう言ってエリアスが皿に盛ったのは、から揚げだ。
 白身にレモンをひと絞り、頬張ったときの風味と歯応えに思わずエリアスの頬が緩む。
 肉は柔らかいながらも弾力に富み、ギュッと噛む顎を心地よく押し返してくる。
「いやあ、最高だぜ……ちょっ、おい、よせロキ! わかったわかった、今やるから!」
 嫉妬するように横から手を伸ばす相棒の翼猫に、エリアスはやや押され気味か。
 いっぽう嘉内が最初に取ったのは、無論アンキモである。
「ああ、これがアンキモ……。濃厚な味わいで、ものすごく美味い……っ!」
 肝にたっぷり蓄えられた脂肪には、海の香りが残っていた。
 陸の動物のそれにはない、絡みつくような濃厚な味わいに、嘉内の舌鼓は止まらない。
 縁を齧るようにちびちびと杯を傾けながら、冬の珍味にご満悦の表情だ。
「アンキモに酒が進む……! ああ、次はどの料理にしよう……!」
「ほんと。絶品の鮟鱇に美味い酒、天国ね」
 丁は日本酒片手に、煮凝りをちびちびと突く。酒は純米大吟醸酒「銀の雨」。炙った卵巣の干物をヒレ酒に見立て、滲み出るような滋味を楽しんでいる。
 いっぽう、アベルとフィーラはというと。
「さ、姫様。好きなものをどうぞ」
「ありがと……いただきます」
 アベルが取り分けた皿から、フィーラは刺身をしずしずと摘まむ。
 透き通るような白身は噛み締めるほどに旨味が溢れ、フィーラの目はキラキラと輝いた。
「……おいしい」
「美味しいねえ……なんとも、幸せやねえ……」
 同じく刺身を食べている保もまた、言葉少なに、頬を綻ばせた。
「良かったぜ。何よりだ」
 アベルはといえば、嘉内と同じアンキモを楽しんでいる。
 丁の持ち寄った『アリル印の自家用ワイン』を舌で転がすように飲みつつ、その味わいにしみじみと感じ入っているようだ。
「いい白だ。流石に丁の見立ては外れがねぇな」
「ふふーん。でしょ? フィーラちゃんも何か飲む?」
 尋ねる丁に、から揚げを突いていたフィーラは小さく首を傾げる。
「お酒も、あうの?」
「もちろん! から揚げだったら、甘口がいいかしらね」
 丁の言葉に、フィーラは不思議そうな顔をした。

 甘口? お砂糖みたいに甘いお酒があるのだろうか?
「ま、説明するよりも飲んだ方が分かると思うわ。はいどうぞ」
「ありがと、てい」
 丁が注いでくれたワインを、そっと口に運ぶフィーラ。砂糖のような甘さを想像していたフィーラは、ほんの一瞬目を白黒させたが、
「お酒と鮟鱇の味が、合体して……すごくおいしくなった」
「でしょ!? おかわりもあるから、遠慮しないで飲んでね!」
 宴が盛り上がり始めるのに合わせて、いよいよ本命のご登場だ。
「アベルさん、エリアスさん。そろそろいきますか?」
 とも和えを食べ終えた鬼灯が、鍋を指さした。
「だな、ちょうどいい頃合いだ」
「よしアベル、手伝うぜ!」
 鍋に青ネギを敷きつめ、野菜と湯引きしたアンコウを惜しげもなく放り込んでいくアベルとエリアス。えも言われぬ魔性の香りに、一同はしばし言葉を失う。
「……」
「いい匂い……」
「肉はたっぷりあるからな。皆、遠慮しねぇで食ってくれよ」
 丁寧に灰汁を掬い、調味料の味付けは控えめに。
 大根と白菜、青ネギに春菊。
 瑞々しい野菜たちは、湧き出る鮟鱇の旨味と香りを一層高めてくれる。
「よし、完成だ。好みでポン酢をつけても美味いかもな」
 鍋に盛られた鮟鱇が、野菜が、次から次へと消えていく。
 ぷよぷよした皮、歯応えが心地よい筋肉。胃袋のコラーゲンの味わいには、思わず嘆息してしまう。嫌みがなく上品でありながら、どこか庶民的な身近さを感じさせる風味だ。
「こないして、皆で食卓を囲めるんは嬉しいね」
 旨味を吸ったネギと一緒に頬肉を噛み締め、しみじみと呟く保。
「中毒性のある味です。胃袋が3つか4つくらい欲しいですね……」
 風味豊かな卵巣に箸を伸ばしながら、うんうんと頷くミリア。
「本当です。どれも素晴らしい味……あとでレシピをもらえるか、交渉しなければ」
「ガッツリもチビチビもいける。いい魚だぜ」
 エリアスは尾びれの肉を骨ごと豪快に噛み締めて、髄の旨味に酔いしれる。深海に住む魚だからか骨はコリコリと心地よい硬さで、全く気にならない。
 いっぽう嘉内とアベルは、から揚げに、煮凝りに、照り焼きにと、あらゆる皿を空にする勢いで料理を頬張っていた。
「白身の唐揚げも、煮こごりも、鍋も美味しすぎて……!」
「から揚げとビールの相性は抜群だな。ハイボールもなかなか……」
「ふふふ。お酒のお代わりも、沢山あるわよ?」
 アベルにラガービールを進めながら、丁はにっこりとほほ笑んだ。
 鮟鱇を使った料理はどれも美味い。
 だがそれ以上に、気心の知れた仲間と鍋を囲むひと時に、丁は幸福を感じていた。
(「美味いもの食って沢山笑って騒いで……ああ、こんな幸せなことってないわね」)
 楽しい宴の時が流れ、払った鍋で〆の雑炊が完成した。トリを飾る料理を器に掬い、去り行く冬の味に今しばしのお別れを告げる。
「さ、舌鼓打って、あったまって楽しみましょ。……んん、美味しぃ」
「いやぁ、最高です。また来年も味わいたいですね」
 保と嘉内は、鮟鱇がすっかり気に入ったらしい。
 フィーラは雑炊をそっと啜りながら、アベルと仲間たちを静かに眺める。
(「この時間がもっとつづけば、いいのに」)
 ゆるやかに過ぎていく、鮟鱇の宴。
 静かに訪れようとしている春を感じながら、フィーラは静かに満足の息を吐いた。

作者:坂本ピエロギ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年3月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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