顕現する蝶の翼を持つ妖精

作者:なちゅい

●蘇りし妖精
 そこは、機械宮殿のような場所。
 残念ながら詳細は不明だが、そこへと集まっていたのはパッチワークの魔女と呼ばれる3人のドリームイーター達だった。
 彼女達はそこで何かを行っていたが、そのうちの1人、第七の魔女・クレーテが牛の被り物を捨てて。
「窮屈だったりん♪」
 ぴょこんと飛び出るアホ毛。そして、2束に纏めた三つ編みの長い金髪。
 グレーテルという本当の名を持つ彼女は、手にしたコギトエルゴスムに魔女の力を注いでいく。
 すると、それは大きな蝶の翼を持つ妖精男性の姿をとった。
 彼は、妖精八種族の一つ『タイタニア』である。
「さあ、これでコギトエルゴスムから復活したりんね♪」
「蘇生に加えて拠点の迷宮化まで、かたじけない。この恩に報いぬ余ではないよ」
 男性は丁寧にグレーテルへと頭を垂れる。
「そりゃ当然りん♪ せっかく遊興とルーンの妖精をゲットしたんだから、ばりばり役に立って貰うりん♪ キミりん達は、ボクりん達魔女と相性バッチリりん♪」
「……ならばまずは、同胞を戻すため、グラビティ・チェインの獲得に赴くかな」
 タイタニアの男は背を向け、どこかへと向かう素振りを見せる。
「そうりんね、手伝うりん♪ そろそろボクりんも牛脱いで、本気出しちゃうりん♪」
 グレーテルも楽しげに、彼を追い掛けていくのだった。

 ある日の夜、とある一軒家にて。
 小学生の少女、坂松・春希は自室へと戻り、緑色に白い水玉のパジャマを着て寝るところだった。
 彼女はベッドへと横になったのだが、寝る前に宙を見上げ何やら楽しげに会話していた。
「本当? 私と一緒に遊んでくれるの?」
 春希の机に並んでいるのは、数々の童話や漫画。
 それらはいずれも、幻想的な妖精を題材としたものばかりだ。
 傍目から見れば、春希が一人で呟いているだけで、彼女の妄想かとも感じられる状況。
 しかし、春希の視線の先に、蝶の翼を生やした妖精……タイタニアが徐々に姿を現す。
「ええ、これなら、一緒に……」
「わっ、嬉しい…………、けほっ、ううっ……!」
 しかし、春希はその直後、口から血を垂らして倒れてしまう。
 急激にグラビティ・チェインを目の前の妖精に奪われてしまったのだ。
 タイタニアの女性は春希の体へとルーンを描き、その体を癒して。
「……ごめんね」
 タイタニアは窓を開き、蝶の翼を羽ばたかせてこの場から飛び去って行ったのだった。

●少女の説得を……!
 新たな事件が起こっているという情報を得たケルベロス達がヘリポートへと集まる。
 そこでは、リーゼリット・クローナ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0039)がケルベロスの来訪を待っていた。
「来てくれてありがとう。早速話を始めていいかな?」
 彼女はケルベロス達の了解を待って、説明を開始する。
 リザレクト・ジェネシスの戦いの後、行方不明になっていた『宝瓶宮グランドロン』に繋がる予知があった。
 妖精を信じる、純真な少年少女のグラビティ・チェインを奪って、妖精8種族の1種と思われる妖精型デウスエクスが実体化する事件が起きたのだ。
「どうやら、少年少女の夢の中にコギトエルゴスムが埋め込まれているようだね」
 これに十分な力が溜まった段階で、デウスエクスが実体化するということらしい。
 夢の中にコギトエルゴスムを埋め込むという手段から、この事件の背後にはドリームイーターがいると思われるが、詳細は不明だ。
 幸い、出現する妖精型デウスエクスに被害者を殺す意図は無いようだが、このまま放置する事はできないだろう。

「皆には、とある少女を説得してほしいんだ」
 少女の名は、坂松・春希。
 小学1年生という年もあって、妖精を信じる純真な少女である。
 彼女のような少年少女でなければ、妖精型デウスエクスを復活させることができないようだ。
「だから、実際に彼女と会って、色々な話をしてほしい」
 『少女が、妖精を嫌いになったり、妖精に興味を失ったり』するよう仕向ければ、妖精の復活が不可能となり、子供の夢の中から排出されたコギトエルゴスムを確保することができる。
「説得に失敗してしまうと、妖精型デウスエクスは戦わずにその場から撤退しようと動くはずだよ」
 復活したばかりでそれほど強力なデウスエクスではない為、撤退する前に強力な攻撃を叩きこめば撃破する事はできるが、コギトエルゴスムを得る事はできない。
 妖精型デウスエクスが出現してしまった場合、撃破するか見逃すかについては現場判断で頼みたいとリーゼリットは語る。
「こちらから攻撃を仕掛けないのなら、1分くらいは会話することができるかもしれないね」
 なお、説得できなくても、少女が死亡すれば、デウスエクスは復活できなくなるのでコギトエルゴスムを得る事は可能だ。
 もちろん、罪のない子供を死に至らしめるわけにはいかぬ為、うまく少女を説得したい。
「とはいえ、彼女には妖精が見えているから説得が難しいところだね」
 ただ、少女に『妖精よりも興味を惹かれるもの』が出来れば、妖精の姿も見えなくなり、復活を防ぐ事が出来る。
 子供が興味を引く物をプレゼントしたり、妖精よりも面白いことを話したり、体験させてあげるといいかもしれない。
「小学1年生に現実を見せつけるのもいいけれど、妖精以外に興味の対象を移してあげられば……。うまく事件は解決するかもしれないね」
 ――皆の一言が少女の将来を握っているよ。
 最後にリーゼリットはそう告げ、ケルベロス達へとこの一件を託すのである。


参加者
因幡・白兎(因幡のゲス兎・e05145)
田津原・マリア(ドラゴニアンのウィッチドクター・e40514)
リリエッタ・スノウ(小さな復讐鬼・e63102)
ルーシィド・マインドギア(眠り姫・e63107)
旗楽・嘉内(フルアーマーウィザード・e72630)
 

■リプレイ

●妖精が見える少女の説得
 夜9時。
 子供達がそろそろ寝静まる時間、5人のケルベロス達はヘリオンからとある住宅地へと降り立つ。
 これから現場となる一軒家へと向かい、依頼に臨む面々。
 そんな中、ふんわりした神に大きな丸眼鏡を装着したゴシック衣装のルーシィド・マインドギア(眠り姫・e63107)の表情は冴えない。
「人が妖精に心を通わせる、とてもいいことのはずなのに……」
「少女に妖精を否定させる……ですか」
 緑色の髪と瞳を持つ旗楽・嘉内(フルアーマーウィザード・e72630)もまた、依頼内容にはあまり気乗りはしていない。
 小学1年生の少女……坂松・春希の妖精に対する想いを断ち切らせねばならないこの依頼。
 そうしなければ、春希はグラビティ・チェインを奪われて傷ついてしまう。
「それでも、絶対に、春希ちゃんを止めたいんです」
 そこで、ルーシィドは複雑な思いを抱きながらも、決意の言葉を仲間達へと告げた。
 例え、その少女が助かったとしても、友達に裏切られたというトラウマを刻みつけられることになると、ルーシィドは疑わない。
「うちもそう思います」
 やや関西なまりでそう語るのは、青髪ウエーブヘアのウィッチドクター、田津原・マリア(ドラゴニアンのウィッチドクター・e40514)だ。
 妖精を信じる大切な思いを利用されるのはあんまりだと、マリアは語る。
「ましてや、幼い子供が傷つくやなんて、あってはならないことです」
 穏便に事態を収める為に、マリアは真心を込めて自身の知識を少女に伝えたいと考えている。
(「僕は違う方向性から、説得してみようかな」)
 今年、成人となる白ウサギ、人型のウェアライダーの因幡・白兎(因幡のゲス兎・e05145)は、その見た目と子供っぽい振る舞いもあって年不相応に見える。
 彼は他メンバーとは一風変わった物を用意していたようだが、それは後ほど分かるだろう。

 そして、もう一つメンバー達が気にしていたのは、少女の前に現れるという妖精のことだ。
「むぅ……、グランドロンに閉じ込められていた妖精8種族、こいつらもリリ達の敵……なのかな?」
 銀の髪をポニーテールにした無表情なシャドウエルフの少女、リリエッタ・スノウ(小さな復讐鬼・e63102)は事前の話を思い出す。
 予知で現れたというタイタニアの女性は、グラビティ・チェインを失って血を流す春希の傷を癒して去っていくとのことだ。
「リリを傷つけた奴らとは、違うのかなとも思ってるよ」
「そうですわね……」
 そんな主観をリリエッタが口にすると、彼女の寮の仲間であり、大事な親友であるルーシィドが相槌を打つ。
「……とにかくやってみますか」
 タイタニアのやり方にも思うことがある嘉内は目的の家を前に、気合を入れ直すのである。

●事情説明と事前準備
 夜も更けてきた時間帯。
 ケルベロス達は、坂松家宅のチャイムを鳴らす。
 玄関へと出てきた春希の母親に、マリアが事情を説明する。
「うちらはケルベロスです。実はご協力願いたいことがありまして、お訪ねしました」
 突然のケルベロスの訪問だけでも驚くべきことなのに、問題となるのが可愛い娘のこととなれば、さすがに母親も動揺を隠せない。
「……いけない」
 リリエッタがそこで、彼女に対して凛とした風を吹かす。
 一般人を礼儀正しくさせるその風によって、母親は我を取り戻したようだ。

 そうして、メンバー達は母親に娘を任せるよう伝えた上で、その為の準備について確認する。
 家の中へと個々人が持ち込む物について伝え、マリアは防災マップなどの地元資料について借り、それを情報の妖精さんに力を借りて頭に叩き込む。
 早くしないと、事件が起こってしまう。
 ケルベロス達は手早く準備を整え、当事者である春希の部屋へと向かっていく。

●妖精という存在は……
 すでに自身のベッドで横になっていた春希は、多数の足音がこちらに近づいてくることに気づく。
 そして、部屋の前で足音は止まり、部屋の扉をノックしてきた。
「ん? 誰だろう」
 ちょっと待ってねと誰もいないはずの室内へと呼びかけ、扉を開く。
「わわっ!」
 驚く春希に、ケルベロス達はそれぞれ自分達の素性を明かしてから、部屋へと入っていいかと尋ねた。
 ケルベロスの来訪となれば、少女も目を輝かせる。
「大丈夫だよ、ね?」
 虚空へと一言呼びかける少女の態度に、ケルベロス達はやはりと小さく呟く。
 春希はそれに首を傾げてから電灯を点け、一行を室内へと招き入れていった。

 寝る直前だった春希だが、ケルベロスの訪問に目が冴えたらしい。
「なにか、はるきにごよう?」
 可愛らしい座布団を用意する春希がケルベロスへと問いかけると、まずはルーシィドが持ち込んだ絵本を取り出す。
「春希ちゃんは、妖精が見えるんですね?」
 こくりと頷いた彼女は横を向き、今もそこにいることをアピールする。
「でも、知っていますか? 妖精は優しいだけじゃなくて、時にはとても怖いものだってこと……」
 ルーシィドが手にした絵本は、小人の靴屋の話。
 靴屋を経営する貧乏な夫婦が小人達の助けによって靴を作ってもらい、最終的にお金持ちになって幸せになるといったストーリーだ。
「あの話は、三つの妖精のお話の一つなの。本当はあと二つ、妖精のお話があるんです」
 2つ目。小人に素敵な屋敷に連れて行ってもらった女の人が、楽しく小人達と一緒になって遊ぶ話。
 たった3日間しか遊んでいないのに、気づいたら7年間も過ぎており、自身の関係者が亡くなっていたなんていう不気味な話だ。
「ひっ……」
 夜ということもあって、春希が怯えた声を上げる。
 だが、ルーシィドは説得を成功させる為にと、真剣な口調で3つ目……小人が子供を取り換える話を語る。
 妖精は子供と鬼の子を取り換え、母親は気づかずに鬼の子を育てる。
 お隣さんに教えてもらうまで、母親は子供を亡くしたことにも気づかないという背筋が寒くなりそうな話だ。
「仲良くなった妖精は、あなたをお母さんの元からさらってしまうかも」
「えっ……?」
 不安げに何もない部屋の中央に向け、春希は「そうなの?」と問いかける。
 おそらく、少女は妖精を見ているのだろうが、それをケルベロスが確認することはできない。
「そうですよ。妖精だから皆、善良だとは限りません。実際に、悪い妖精や危険な妖精だっていますからね」
 そこで、嘉内が合わせて、現在ケルベロスが対する妖精について話す。
 デウスエクスとして、何の罪もない人を殺して回る炎と略奪を司るシャイターン。そして――。
「貴方みたいな妖精が好きな子達の気持ちを利用して、この世界に出てこようとするタイタニアとか」
 最近になって、出現が確認されている遊興とルーンを司るタイタニア。
 ごくり……。
 その話に、春希は唾を飲み込む。
「……特に、タイタニアが出てくる時には、利用した子に大怪我させると言うのが最近流行っていましてねぇ」
 嘉内は聞かせていたのは予知の話ではあるが、本当のことだ。
 敢えてごまかさずに真実を話し、嘉内は春希が妖精を好きでなくなるよう話を誘導する。
「今のまま妖精を好きでいると、タイタニアが貴方を大怪我させられるかもしれませんよ?」
「えっ……」
 だからこそ、ケルベロスが出動しているという事実を嘉内は伝えると、虚空を見つめる少女はその身を小さく震わせてしまうのだった。

●世の中にはこんなことだって……!
 初めて、妖精に怯える少女、春希へと、マリアが尋ねる。
「それでも、妖精さんが好き?」
「えっ……」
 ――嫌われてほしくない?
 ――家族を守りたい?
 戸惑う春希。まだ、小学一年生という幼さもあり、さらに自らの信じていた妖精に対する想いが根底から揺らいだ状態。明確な答えを出すのは難しいだろう。
 憎む嫌う気持ちを除くには、痛い怖い辛いという気持ちを和らげる必要がある。
「春希さんの大好きを守るためにも、うちの知ってる事で役立つこと、ちゃんと教えますよ」
「う、うん……」
 用意した筆記用具を取り出したマリアが春希へと伝えるのは、医療、災害対応の知識。
 包帯や三角巾の巻き方、目や耳が不自由な人への対応、安全な避難方法……。
 また、新聞紙やビニール袋を使った便利グッズの作り方。
 マリアはそれを実践しながら、幼い春希でも分かりやすいようにと示して見せる。
「はい、その通りです。ちゃんと言えましたね」
 説明の度、メモや図を一緒にマリアが持ち込んだ筆記用具で一緒になって描き、復唱する。
「文字を覚えるんも頑張ってますね」
「本当?」
 ひらがなばかりの文字だが、春希もできる限り覚えようと必死になっていた。
 いつしか、虚空に目を向けることがなくなってきていた春希を、マリアはよりやる気が出るようにと褒めてあげる。
「お上手に描けてますね。その調子です」
「えへへ……」
 そこで、リリエッタは春希が医療に興味を持ってくれたと感じて。
「童話の中の魔法使いなら、こんなこともできちゃうんだよ」
 そうして、市販されている壊れた魔法のステッキを取り出したリリエッタ。
 彼女はそのステッキにステルスリーフを纏わせ、再び光り輝いて楽し気なセリフと共に音を出すことができるよう修繕して見せた。
「わぁ……」
「魔法ってすごいよね」
 ヒールグラビティではあるのだが、それも魔法の木の葉なのだから、リリエッタの主張は間違っていない。
 さらにリリエッタは部屋の中を舞い踊り、花びらのオーラを舞わせてもいたようだ。
 そんな中、うつらうつらとし始めていた春希へと、白兎が問いかける。
「春希ちゃんは星とか好きかな?」
「うん……」
 時刻はすでに、11時を回っている。
 いつもは寝ている時間とあって、彼女も眠気には抗えなくなってきている様子。
 そんな中、白兎が取り出したのは、家庭用のプラネタリウム。
 ピンホール型のものなら数千円で買うことが可能で、入門編としては良いのではと話しながら、彼は電源を点ける。
 すると……。
「うわぁ……」
 天井に映し出される様々な星々に、春希は少しだけ眠気を覚ます。
 手を伸ばそうとして、自身の腕が影となった為、彼女は慌てて手を引っ込めた。
「星ってさ、街の明かりがないとこんないっぱい見えるんだよ」
 白兎は星座の話をして見せる。妖精の代わりとしてみるにはうってつけだと彼はチョイスしたのだ。
 そして、これからは夜寝る前に天井を見上げるだけで、たくさんの星々を眺めることができる。
 白兎がそう話していると……。
 眠気に抗えなくなった春希は、幸せそうに眠りへとついていったのだった。

●いつか分かり合える日が……
 すでに、時刻は日付を跨いでいた。
 ベッドで眠りについた少女の傍ら、ぽとりとコギトエルゴスムが落ち、枕元に転がる。
 最悪、ケルベロス一行は失敗したときの想定もしていただけに、うまくいったことを確認した白兎、嘉内、マリアは胸をなでおろす。
「悪い妖精だけじゃなく、いい妖精もいっぱいいるよ」
 眠った春希へとリリエッタはフォローの言葉を告げてから、そのコギトエルゴスムを手にする。
「リリ達の仲間になってくれるかな?」
 煌めく宝石からは返事はないが、ルーシィ度がそこで一言。
「定命化を経て、手を繋げる日が来るかもしれませんわ」
 その日が来ることを願って、メンバー達は春希の部屋を後にしていくのだった。

作者:なちゅい 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年2月22日
難度:普通
参加:5人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 1/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 0
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