翼をください

作者:黄昏やちよ


 しん、と静まり返る機械の宮殿に、三つの人影がゆらゆらと蠢いていた。
 その三つの人影の正体は、戦争を生き延びたパッチワークの魔女達……第二の魔女レルネ、第四の魔女エリュマントス、そして第七の魔女クレーテである。
 第七の魔女クレーテは、おもむろに牛の被り物を脱ぎ捨ててみせた。
 そうして現れたその金髪青眼の少女は、己をグレーテルと改めて名乗った。
 グレーテルは手にしたコギトエルゴスムに、グラビティ・チェインを注いでゆく。
「さあ、これでコギトエルゴスムから復活したりんね♪」
「蘇生に加えて拠点の迷宮化まで、かたじけない。この恩に報いぬ余ではないよ」
「そりゃ当然りん♪ せっかく遊興とルーンの妖精をゲットしたんだから、ばりばり役に立って貰うりん♪ キミりん達は、ボクりん達魔女と相性バッチリりん♪」
「……ならばまずは、同胞を戻すため、グラビティ・チェインの獲得に赴くかな」
「そうりんね、手伝うりん♪ そろそろボクりんも牛脱いで、本気出しちゃうりん♪」


 一冊の絵本を大事そうに抱えながら少女は、庭の地面に座り込んで何かを一生懸命に訴えていた。
 少女は、頻繁に自分の世界に没頭してしまう時間があった。
 両親は、またいつものあれが始まったと特に気にも留めていない。
「あのね、それでね! ぱたぱたって飛ぶの!」
 少女は見えない何かに向かって話続けていた。
 そこに現れたのは……とても美しい蝶の羽を持った妖精だった。
「わ、わ! 妖精さん!?」
 少女は興奮気味に、現れた『妖精さん』に話しかける。
 その妖精さんは、少女のその言葉に緩やかに微笑んだように見えた。
 少女は喜びのままに、言葉を紡ごうとする。
 しかし、少女の口から出たのは言葉ではなく、鮮血だった。
「え……ま、ママ……」
 その場にいない母親を呼びながら、少女はゆっくりと地面に伏してしまう。
 妖精は悲しげな表情を浮かべると、癒しのルーンを描いて少女の傷を癒した。
 少女の胸が呼吸によって再び上下するのを確認すると、安心したように蝶の羽を広げ、そっと庭から飛び去っていくのだった。


「リザレクト・ジェネシスの戦いの後、行方不明になっていた『宝瓶宮グランドロン』に繋がる予知がありました」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が集まったケルベロスたちの顔を確認すると、予知の内容を伝え始める。
「妖精を信じる純真な少年少女のグラビティ・チェインを奪って、妖精8種族の1種と思われる、妖精型デウスエクスが実体化する事件が起きたのです」
 夢の中にコギトエルゴスムを埋め込むという手段から、この事件の背後にはドリームイーターが居るものと思われるが、詳細は不明なのだとセリカは告げる。
「幸い出現する妖精型デウスエクスに、被害者を殺す意図は無いようなのですが、このまま放置する事はできないでしょう」

 妖精を信じる純真な少年少女でなければ、妖精型デウスエクスを復活させる事はできないというのが今回のポイントである。
 そのため、この少女に実際に会い、色々な話をするなどして『子供が妖精を嫌いになったり、妖精に興味を失う』ように仕向ければ、復活が不可能となり、子供の夢の中からコギトエルゴスムが排出されるため、コギトエルゴスムを確保する事が出来る。
 万が一、説得に失敗した場合、妖精型デウスエクスは戦闘をせずに撤退しようとする。
「復活したばかりで、それほど強力なデウスエクスではないからだと思いますが……撤退する前に強力な攻撃を叩きこめば、撃破する事はできます」
 しかし、その場合コギトエルゴスムを得る事はできなくなってしまう。
「妖精型デウスエクスが出現してしまった場合、撃破するか見逃すかについての判断は皆さんにお任せします」
 攻撃を行わないという選択をするならば、1分程度の会話をするタイミングはあるかもしれないとセリカは付け加えた。

 説得できなかったとしても子供が死亡すれば、デウスエクスは復活できず、コギトエルゴスムを得る事は可能だ。
 だが、それは考えうる中で最悪の結末と言っても過言ではないかもしれない。
「何の罪もない子供を殺すわけにはいきませんので、うまく説得して頂きたいのです」
 セリカは願うように言った。
「少女の目には妖精が見えているため、妖精なんていないといった説得は難しいが、『妖精よりも興味を惹かれるもの』が出来れば、妖精の姿も見えなくなり、復活を防ぐ事が出来るでしょう」
 少女の興味を引くものをプレゼントする、妖精よりも面白いことを話す、体験させるといったことも効果があるだろう。
「どうか皆さん、よろしくお願いいたします」
 セリカは深々とお辞儀をしてみせた。そして暫くした後に、ようやく頭を上げヘリオンの準備へと向かうのだった。


参加者
八蘇上・瀬理(家族の為に猛る虎・e00484)
クリム・スフィアード(水天の幻槍・e01189)
フィスト・フィズム(白銀のドラゴンメイド・e02308)
風魔・遊鬼(風鎖・e08021)
コスモス・ベンジャミン(かけだし魔導士・e45562)
 

■リプレイ

●少女の日常
 その日も、少女にとってはいつもと変わらぬ日だった。
 大好きな母親とお話したい、遊びたい、そんな気持ちでいつもいっぱいだった。
 しかし、しいなの母親は家事や内職で忙しいらしく、そんな母親の姿を見ている彼女は大好きな母親の邪魔をしたくないと、母親が傍に来てくれる時間を一人で遊んで待っている。
 時々、外を同い年くらいの子供たちが走っていくのを見て羨ましそうに見ていると、母親はとても悲しい顔で「ごめんね」としいなの頭を撫でるのだ。
 母親が家の中で忙しなく働く中、そっと少女……しいなは庭に出る。
 そのうち、しいなは『架空のお友達』と遊ぶようになった。
 大好きな本に出てくる羽の生えたお友達。その翼で空を飛び、好きなところに行ける……そんな『自由な』お友達の冒険は彼女にとって心の支えとなるようなものだった。
 大きくなったら、きっとお友達のように羽が生えて空を飛べるようになるのだと信じながら、しいなは今日も庭でお友達と会話を始めるのだった。
 それは、少女の日常。しいなの変わらない毎日。
 ピンポーン!
 インターホンが家の中で鳴り響いた。しいなの母親が、家の中をバタバタと走る音が聞こえる。
 突然、その日はやってきた。彼女にとっての、非日常。
 いつか読んだ本のように、彼女の胸を高鳴らせるもの。

●少女説得までの道のり
 ケルベロスたちは、予知にあったその少女がいるという家の近くに集まっていた。
 お互いに目を合わせ、こくりと頷く。
 最初にその家に向かって歩きだしたのは、きっちりとスーツを着込んだ二人組。
 シミ一つない折り目のしっかりとついたシャツ、ホコリ一つ積もっていないスーツ……一目見ただけで、信用してしまいそうなくらいの恰好だ。
 クリム・スフィアード(水天の幻槍・e01189)と風魔・遊鬼(風鎖・e08021)が、『笹原』という表札が掲げられているその家の前で足を止める。
 シンプルな紺色のスーツに青色のネクタイを合わせた男、遊鬼が少女の家のインターホンを押した。
 ピンポーン!
 家の中から、呼び出し音が微かに聞こえる。
 少しして、バタバタと走る音。
 カメラ付きのインターホンのライトがぱっと光った。
「はい?」
 インターホンから聞こえたのは、こちらの様子を伺うような女性の声。
「ケルベロス協力のもと、サーヴァントやファミリアを用いたアニマルセラピーの試験運用に参りました」
 もう一人のスーツを着込んだ男、クリム・スフィアード(水天の幻槍・e01189)が隣人力を発揮しながら家の中でこちらを伺っているであろう母親への説明を行う。
「……アニマルセラピー……」
 インターホンから聞こえる女性の声。暫くの沈黙。
「ちょっと待ってくださいね」
 プツッという音の後、少しして少女の母親と思しき女性が玄関を開けると、二人のもとにやってきた。
「ケルベロスの……ええと、アニマルセラピーでしたっけ? 初めて聞いたお話だけれど……?」
 少し困っているような表情を浮かべつつ、遊鬼とクリムを交互に見ながら言う。
「試験運用が始まったばかりで、連絡の不備があり申し訳ありません」
 母親が半信半疑で話を聞いている様子を見た遊鬼は、すぐさまフォローを行う。
「あぁ、そうなのね。始まったばかりなら、そういうこともあるわよね」
 納得したように母親が頷くと、ここぞとばかりに二人は『ケルベロスの能力による子供への情操教育』についての説明を行った。
「そういうことなら、是非うちのしいなにお願いしたいわ」
 遊鬼とクリムの話を完全に信用した母親は、ケルベロスたちを家へと招いた。
 母親の説得を行った遊鬼とクリムだけでなく、待機していた三人も合流する。
「あまり片付いていなくてごめんなさいね。そこにお掛けくださいな。今、お茶を用意しますから……」
「いえ、お構いなく」
 遊鬼はそう言うと、母親の気をそらすため事前に用意したアンケート用紙などを用意し、座るように促された椅子に一人座った。
 しいなの説得を行う仲間たちの成功を信じながら。

●しいなと、おともだちと、つばさと
 庭から、声が聞こえる。小さな少女の、声。
「わたしも……おっきくなったら、そら、飛ぶんだあ」
 誰かと話しているのだろうか。少女の声だけで、会話相手の声は聞こえない。
 クリムが最初に庭に降り立つ。少女は見知らぬ人物を見て大きく目を見開いた。
「お、おにいさんだれ……?」
「初めまして、私はクリムと言うよ。今日はしいなちゃんにお願いがあってね」
 しいなの目線に合わせるようにしゃがみ込み、クリムはしいなに優しく語り掛ける。
「お兄さんのお友達と一緒に遊んでもらいたいんだ」
「おにいさんの、おともだち?」
 こてんと小首を傾げるしいな。クリムは微笑み、頷くと後ろに視線を向けるように促した。
「!」
 少女はキラキラと瞳を輝かせる。
 動物変身で小さく可愛らしい子供の白虎に変身した八蘇上・瀬理(家族の為に猛る虎・e00484)が、とてとてと庭にいる少女の視界に入るような位置に立つ。
「かわいいねこちゃん! 青い鳥さんも! 羽の生えたねこちゃんもいる! 動物さんも、いっぱいね!」
 少女にとって、子供の白虎は少し大きな猫に見えたのだろう。子供の白虎姿になっている瀬理を猫ちゃんと呼んだ。
 嬉しそうにはしゃぎながら、おいでおいでと全身でアピールしている。
 瀬理は再び、とてとてと少女に向かって歩みを進める。
「わぁ、きれいなねこちゃんね! 白くて、ふあふあ……ピンク色の足がすてきね!」
 はしゃぐ少女に寄り添うように、瀬理はその手にすりすりと耳をこすりつける。
 ごろんと転がってみせたり、自慢のピンクの肉球をぷにぷにと触らせてあげたり、その美しい毛並みをたっぷりと少女に堪能させた。
(「退屈やから飼い主たちを置いて出てきたんや」)
「えっ? えっ? 今の、ねこちゃんがしゃべったの?」
 接触テレパスによって、聞こえてきた言葉に少女はいろいろな感情を爆発させ、ころころと表情を変えていた。
(「飼い主たちがここに来るまで、ちぃと遊んでくれへんか?」)
「うん! みんな、しいなとあそぼ!」
 少女は嬉しそうに、にこにこと笑っていた。
 フィスト・フィズム(白銀のドラゴンメイド・e02308)のオオルリの姿をしたファミリアロッド、ウイングキャットの『テラ』がしいなの周りを飛び回り、コスモス・ベンジャミン(かけだし魔導士・e45562)のファミリアロッドの小動物たちがしいなの周りを駆け回る。
 十分程度だろうか、動物たちと少女はふれあい、遊んでいた。
(「んー、なんやうち遊んだら眠くなってしもうたわ……ちょっと寝かしてな」)
「うん……わかったぁ」
 瀬理はしいなの膝に体を寄せて、丸くなった。すよすよと、寝息を立てるふりをして。
 しいなは、一瞬淋しそうな表情を浮かべたが、寝息を立てている瀬理を小さな手のひらで撫でていた。

 空を飛ぶテラやオオルリを眺めるしいな。
「みんな、お空とんでて、いいなあ……」
 しいなは羨ましそうに、ぽつりと呟いた。
 そしてしいなは、フィストとコスモスの二人をじっと見つめ始める。
「ねえ。おにいさんとおねえさんは、『おとな』になったからつばさが生えたの?」
 しいなが言う。
「翼が好きなのかい?」
 フィストの問いに、しいなは大きく首を縦に振る。そして興奮気味に言葉を紡ぐ。
「うん! だってね、だってね! つばさがあると、お空を飛べるの!」
「そうだな、翼は持ってない人にとっては憧れだものな。飛んで、どこまでも飛べる、そんな願いが」
 フィストは目を細める。少女を見ていると、幼い頃の自分を見ているようだと思いを馳せながら。
「僕は空を飛べるけれど出来ない事もたくさんあるよ」
 フィストに続くように、コスモスが口を開く。
「え? おにいさんにも、できないこと、あるの?」
 しいなは不思議そうにコスモスをじっと見つめる。
「君にももうあるんだよ。私達の翼じゃ飛べない場所へも飛んでいける翼が。大きくなる前から、もう生えているんだ」
 フィストの言葉に、きらきらと瞳を輝かせて自分の背中を見ようとするしいな。
 その様子を見て、ふふふと笑うフィスト。
「えぇ、しいなさんにも翼は生えていますよ」
 フィストの言いたかったことを汲んだコスモスが同じように言葉を紡ぐ。
「それはな……」
「それはね……」
 フィストとコスモスの紡ぐ言葉に、しいなはぱあっと顔を綻ばせた。
 その表情は、どこか清々しいもので。
 まるで、何か答えを見つけたような、一つ大人になったような、そんな表情だった。

●きらきら、ゆめのかけら
 そろそろ頃合いでしょうか、と遊鬼がちらりと庭に視線を向けた頃。
 しいなは、こてんを首を傾げた。
「これ、なんだろう」
 どこから出てきたのだろうか。きらきら光る宝石のような物を小さな手で握りしめながら、しいなは言った。
「ねえ、おにいさん、おねえさんたち」
 クリム、コスモス、フィスト、そして白虎姿の瀬理やテラたち、ファミリアロッドの小動物にゆっくりと視線をうつす。
「あのね、しいなの……しいなのおともだちになってほしいの」
 ぎゅうっと手のひらを握るしいなに、視線を向けられた者たちは顔を見合わせにっこりと笑った。
「もちろんだ」
「もうとっくに僕たちも動物たちも、しいなさんのお友達です」
「そうだね、もう私たちは友達だね」
 フィストとコスモス、クリムのその言葉に、しいなは宝石のように輝く笑顔を見せた。
「これ、きれいなの! さっき拾ったみたいなの。すごくきれいだから、しいなのお友達のおにいさんやおねえさんに、あげるね!」
 日の光を反射させながらきらきらと輝くそれを、クリムが受け取った。
「これがコギトエルゴスム……だね」
 まるで少女の夢のかけらのようなそれは、優しい光を発しながら輝いていた。
「あのね、よかったらまた来てほしいの! ううん! しいなから会いにいくね! また遊んでほしいの!」
 ケルベロスたちに懐いて、満面の笑みを浮かべる少女を見た母親は嬉しそうに涙を浮かべていた。
 夢見る少女は翼がほしいと思っていた。いつか読んだ本のように、空を自由に飛びたいと。
 少女の元に駆け付けたケルベロスたちは、夢見る少女に一つの答えを見つけさせた。
 その答えは、ケルベロスたちとしいなだけが知っている。

作者:黄昏やちよ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年2月23日
難度:普通
参加:5人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 3/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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