瑠璃翅の空

作者:宇世真

●復活の儀
 何処とも知れない機械の宮殿に、集う三つの人影が在った。
 ドリームイーターの魔女集団『パッチワーク』の生き残り――第二の魔女レルネ、第四の魔女エリュマントス、そして第七の魔女クレーテである。
 その場で牛の被り物を脱ぎ捨て、『グレーテル』の素顔を露わにしたクレーテは、手にした『コギトエルゴスム』に惜しみなく魔女の力を注ぐ。グラビティ・チェインを注がれて甦る魂――溢れる光をそのまま纏ったかの如き極彩の青年が、輝く様な蝶の羽を広げた。
 妖精8種族の一、『タイタニア』。
 永き眠りから目覚めた彼を、クレーテ改め『グレーテル』は笑顔で迎える。
「さあ、これでコギトエルゴスムから復活したりんね♪」
「蘇生に加えて拠点の迷宮化まで、かたじけない。この恩に報いぬ余ではないよ」
「そりゃ当然りん♪ せっかく遊興とルーンの妖精をゲットしたんだから、ばりばり役に立って貰うりん♪ キミりん達は、ボクりん達魔女と相性バッチリりん♪」
「……ならばまずは、同胞を戻すため、グラビティ・チェインの獲得に赴くかな」
「そうりんね、手伝うりん♪ そろそろボクりんも牛脱いで、本気出しちゃうりん♪」

 かくして、新たな舞台の幕が開く。

 少年はまだ幼く、夢見がちだった。
 怪獣や車の玩具より、ぬいぐるみや絵本が好きな男の子だった。
 とりわけ、妖精や魔法使いが出てくる様な少し不思議なおはなしに夢中で、お気に入りの絵本は内容を覚えるほど繰り返し読む様な、そんな子供だった。
 だから、子供部屋から『妖精さん』に呼びかける声が聞こえて来ても、両親はいつもの事と特段気にしていなかった。またあの絵本の世界の住人になりきっているのだろうと。
「妖精さん、妖精さん。今日も猫さんとおさんぽですか? それともお昼寝中ですか?」
 すっかり覚えた絵本の内容をなぞる様に、ままごとセットの小さなコップをぬいぐるみの前に並べて少年はニコニコ一人遊び。
「お茶でもいかが? うさちゃんのとなりが空いてますよ」
「やあ、どうも。何ちゃんの隣が空いてるって?」
 ――?
 はた、と動きを止めて見上げる先に。
「……妖精さん?」
「うん。まあ、そうだね」
 尖った耳と、瑠璃色の蝶の羽。空色の髪を揺らして微笑む妖精に、少年は心の底から嬉しそうな顔をした。直後。ぽたり、と、足元に赤い雫が落ちる。
「あれ、なんで、ぼく、はなぢ……」
「――おっといけない」
 更に額から鮮血を噴き出し倒れる少年を、すぐさま受け止め、翳す掌。指先から光の軌跡が奔り、強力な癒しの力が傷を塞いで行く。小さな命を繋ぎ留め、妖精は、ほっと胸を撫で下ろすと、そのまま羽ばたいて窓から飛び去るのだった。

●夢の扉を開く者
「いよっすー。今日も一つ、よろしく頼むぜ。今回は――リザレクト・ジェネシスの戦いの後、行方不明になってた『宝瓶宮グランドロン』に繋がる話だ」
 いつもより厚めに巻いた縞々マフラーを緩めるのに苦心しつつ、久々原・縞迩(縞々ヘリオライダー・en0128)は、そう切り出した。
「妖精を信じる純真な少年少女のグラビティ・チェインを奪って、妖精8種族の一種と思しき妖精型デウスエクスが実体化する。そいつァどうやら、コギトエルゴスムの状態で子供達の夢ン中に埋め込まれてるらしいんだよな。……で、充分な力が溜まった時に、それを糧に実体化するって寸法だ。そんだけのエネルギーを一気に奪われちまったら、肉体への負担も半端じゃねェ、どころの話じゃねェ。まして子供の小さな体だからな」
 『夢』の力を利用する事から、事件の裏にはドリームイーターが関わっていると思われるが、詳細は不明だ、と彼は云う。
「幸い、つゥか何つーか。出現する妖精型デウスエクスには、被害者を殺すつもりは無ェらしい。が、いかんせん物騒なやり方だ。放っておく気にゃなれねェな」
 そのデウスエクスの復活には、純真な少年少女の『妖精を信じる想い』が不可欠。
 で、あるならば、対策し得る。即ち、
「実際にその子に会って、話して、『妖精を嫌いになるか、妖精への興味を失う』様に仕向けてやれば、そいつは復活できなくなる。夢ン中に居場所がなくなりゃ、コギトエルゴスムはその子の中から排出されて、石のまま確保できるって訳だ」
 もしも説得に失敗したら。
 その子が妖精への気持ちを手放さなかったら。
 その時は、妖精型デウスエクスは現れてしまうだろう、とヘリオライダーは続けた。
「ただし、事を構えず即時撤退しようとする。復活したてで、さほど力も出ねェんだろな。逃げる前に強力な攻撃を叩き込めば撃破も可能だ。が、そん時ゃ、コギトエルゴスムは残らねェ。……撃破するか見逃すかは、現場の判断に任せるぜ。攻撃しなきゃ、一分程度は話せるかもしれねェな。相手が応えるかどうかは別として」
 もっとも、それは少年の説得に失敗した場合の話だ。
 子供を危険に晒さずに済むならその方が遥かに望ましい。
「罪も無ェ子供を死なせる様な手は、ナシだ。例えそれが目的への最短だとしても俺はそんなのを良しとはしたくねーし、お前さんらにも背負わせられねぇ」
 何を思い浮かべたのか、縞迩はそこで一旦言葉を区切り、反応を窺う様にケルベロス達の顔を見た。
 そして、ふと表情を緩めて再び口を開く。
「モノホンに出会う前からその子には妖精が見えてんだ、『そんなものいない』なんて説得は通じないぜ。イマジナリーなお友達も見えなくなるくらい、他にもっと興味をそそられる『物』か『話』か『体験』を届けてやれねぇもんかな?」
 皆なら、と期待する眼差しで――ヘリオライダーは話を終えるなりマフラーを口まで引っ張り上げたのだった。


参加者
ピジョン・ブラッド(銀糸の鹵獲術士・e02542)
メイセン・ホークフェザー(薬草問屋のいかれるウィッチ・e21367)
クローネ・ラヴクラフト(月風の魔法使い・e26671)
アンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762)
葛宮・雅(トリックスター・e66755)
 

■リプレイ

●訪問者たち
「はい、どちらさま――」
 応対に現れた母親に、ピジョン・ブラッド(銀糸の鹵獲術士・e02542)はケルベロスカードを見せて身元を証した。事情を説明して理解と協力を得るべく、正攻法で玄関から訪問する彼と行動を共にするのは葛宮・雅(トリックスター・e66755)と、メイセン・ホークフェザー(薬草問屋のいかれるウィッチ・e21367)の指示で雅について来たビハインドの『マルゾ』である。作戦の一環で可愛らしく、かつ本格的な衣装に身を包んだ推定年齢20代後半成人男性ビハインド(目隠し、超笑顔)――マルゾの一種異様な風体に一瞬、空気ごと止まっていた母親だったが、彼らがケルベロス一行と判れば、安心した様に表情を和ませ、快く室内へと招き入れた。
 予想外にすんなり受け入れられ、若干拍子抜けしながら、ピジョンは用件を口にする。
「湊君に会いに来ました。お話しできますか?」
「まあまあ、そうでしたか。ケルベロスの方がうちの子に! ぜひ会ってやって下さいな」
 踏み込んだ説明をするまでもなく、持ち前の隣人力を発揮するまでもなく、その他の特別な手段を講じるまでもない歓迎ムードに、思わず顔を見合わせるピジョンと雅。
「では遠慮なく」
 少々、深刻な話題を舌に乗せるのが憚られる空気――ほんわかとした家庭的な雰囲気に圧倒される様に、ピジョンはふかふかの絨毯に歩を進めた。大きな書架に囲まれた応接間、ソファでくつろぐ丸眼鏡の父親のにこやかな会釈に応えて一礼。ケルベロスに協力的で話が早いのは非常に助かる、が、万が一に備えて、さわりの説明だけはしておく事にする。
「――という訳ですので、子供部屋に突然入って来たりしない様、お願いしますね」
 釘を差しておかないと、お茶とお菓子など運んで来そうな、そんな空気だった。

 同時刻――二階。
 子供部屋の窓をノックする……風? ――否。
「だぁれ?」
 ままごと遊びの手を止めた湊少年が首を傾げて窓を見遣った。そこに、笑顔で張り付く魔女っ娘メイセンが、もう一度窓をノックをして、錠を指差す『開けて』のジェスチャー。
「???」
 はてなを沢山頭上に浮かべながらも、飛びつく様にして少年は窓を開けた。窓が開くなり、部屋に飛び込むコロコロした、或いはもふもふしたシルエットを有する可愛い者達。
「わっ」
「驚かせちゃったかな?」
 手始めに使い魔達を送り込んだクローネ・ラヴクラフト(月風の魔法使い・e26671)がひょっこりと顔を覗かせる。ぬいぐるみを抱えたテレビウムの『マギー』はクローネのオルトロス『お師匠』と共に行くよう、予めピジョンが指示を出していたもので、彼女自身は特段何もしていない。が、それはさておき、である。
「どうやってここまで来たの? 二階だよ!?」
 ――頑張って登って来たんだよ。
 喉元まで込み上げて来た言葉を何とか飲み下し、クローネは役に徹して少年の可愛らしい質問に答えた。
「もちろん、魔法でふわふわ~ってね!」
「すごいや!!」
 少年の無邪気な笑顔が眩しい。
 二階の窓から行こうと決めたものの、実の所、そこに至る手段についてはほぼ無策で来た為に、苦労して壁をよじ登る羽目になってしまったが、この輝く様な笑顔を見るだけで報われた様な気持ちになるというものだ。
「お部屋にお邪魔しても良いかな」
 表情を一層輝かせて少年は、場を空けるようにササッと後ろに下がる。微笑ましさを覚えながら、一人ずつ順番に部屋に降り立つケルベロス達扮する魔法使い。絵本に出て来る魔法使いをイメージした装い、魔法の杖にとんがり帽子のクローネ。メイセンは普段着ているものより親しみ易さと可愛げのある魔女装束で、アンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762)はいつもとあまり変わらない格好ながら植物を纏う姿は、さしずめ森の魔法使いといった所。
 芝居がかった仕草で口を開くアンセルム。
「ボクら湊くんと友達になりに来たんだ」
「えっ、あれっ、ぼくの名前……」
「わかるさ、魔法使いだからね」
「――すごいや!!」
 疑う事を知らない瞳に煌めく、紛れもない純真。

●夢と現実
「ぬいぐるみ遊びが良いかな? それとも『魔法』を見せてあげようか?」
 魔法、と聞いて湊の顔が期待に輝いている。まん丸に見開かれた瞳にありありと光を浮かべ、自然と『お願い』の形に結ばれる両掌。解り易く子供らしくて愛らしい。
 お任せあれ、と胸を張るクローネが詠い上げる一節。
「『春の訪れを告げる、豊穣の風。穏やかで優しい西風の王よ。我等に、花と虹の祝福を授けたまえ』」
 と、同時にふわりと暖かなそよ風が湊を包み、部屋に優しい花の香りが満ちた。
 風に玩ばれた髪を撫でつけ、少年は感激した様子でクローネを見つめる。すごいね、と言わんばかりの大きな瞳で真っ直ぐに。
 ――ああ、なんて素直な良い子だろう。
 つくづくとメイセンは思う。
(「幻想に興味がある者は、次代の魔術師の芽であるのですが……ここは致し方ありませんね」)
 少年の空想上の友達から興味を逸らさねばならないとは、魔女を名乗る彼女としては何とも気持ちを乗せ辛い。しかし、彼の身を最も安全に護る為にはやるしかないのだ。
 せめて必要以上に怖がらせない様に。
 意を決して彼女は問うた。
「貴方の好きなものはなんですか?」
「妖精さん!」
 即答である。
 メイセンは内心焦った。
 もちろんその事を再確認したかった訳ではない。そこから少しでも遠ざけねばならない所へ、まさかの回答を引き出してしまった。表面上は平静を装う彼女を、仲間達はちょっぴり緊張の面持ちでハラハラと見つめる。瞬間。クローネとアンセルムは思った。
(「メイセンの目が死んでる……」)
 が、それも一瞬後には速攻リカバリー。
 使い魔に扮するサーヴァント達を抱き寄せる様に腕で囲って、湊に迫るメイセン。
「例えば、この子達の愛くるしさなんて如何です。現実にある可愛いものも素敵だと思いませんか?」
「うん! かわいいね!」
 危うい所で起死回生。湊少年はすこぶるイイ笑顔でそちらに手を伸ばしかけ――。
「……さわっても良い?」
 おず、と問う少年の視線を、中継するメイセンの視線を受けてクローネは「もちろん」と笑顔で頷いた。嬉しそうに湊がサーヴァント達を抱き締めたその時、扉を外から叩く音。
 どうやら、仲間が上がって来た様だ。
 ノックの主には大いに心当たり。たが、そこで敢えてのワンクッション。
「「どちら様?」」
 きょとんと小首を傾げる少年の代わりに応じるメイセンとアンセルム。示し合わせた様なタイミング、だが偶然だ。ドアの向こうから朗々と、応える声が、非現実空間の扉を開く。
「『ここは記憶の楽園、空想を貪る部屋。あらゆる虚構の刃と果実。さあ満ちたカップを傍らに語らおうか!』」
 ピジョンが子供部屋に描く幻想的な光景――ポットが浮かび、ティーカップから紅茶が踊り、甘いお菓子の入ったガラスポットにラベルが絡みつく――。さながら童話の世界に迷い込んだかの様な、『博覧怪奇の歓待』が、夢と現実の境界を曖昧にした。
 呼吸を忘れた様に見入っていた湊少年が、感嘆と共に胸いっぱいに溜め込んでいた呼気を吐き出す。
「……お気に召して頂けましたか?」
 芝居がかった一礼と共にピジョンが入室すれば、湊は輝く瞳で掌を合わせて大きく打ち鳴らし、
「マジシャンの人?!!」
 何故か突然の現実的な反応に思わず噴き出しそうになるのを堪え、とりあえず、クローネは肯定も否定もしないでおいた。
「ぼく達の仲間だよ」
「そっかぁ! すごいね!」
 魔術師だろうと手品師だろうと、年端もいかない子供の中では似た様なものなのかもしれない。『魔法使い』とは明らかに呼び分けているからには何かしら存在の括りや位置づけが異なるのかもしれないがそこは永遠の謎であり――屈託のない湊の表情は純粋に感動一色。

●楽しい時間
 ずっとサーヴァント達を手放さない湊少年を見て、ピジョンは言う。
「その子が持ってるぬいぐるみは、僕が作ったんだよ」
「えっ、そうなの?」
 テレビウムが抱えた『Teddyvium』は彼が色とりどりの端切れで拵えた手乗りサイズの可愛いテレビウム人形。目を丸くして彼を見上げる無垢な瞳に尊敬の色が浮かんでいる。
「お兄さん達は何でもできるんだね、魔法みたいに!」
「湊もやってみるかい?」
 端切れを縫い合わせて、まったく別のものを生み出す作業は、確かに魔法めいているかもしれない。ただの平面から己の手で立体にして行くのは快感でもあると自論を揮い、ものつくりの楽しさを説くピジョンに、メイセンが同意を示して意見を補強する。
「きっと楽しいですよ湊。良いモデルも揃ってますし」
 ぬいぐるみになっても絶対に可愛い『マギー』と『お師匠』を熱烈に推しまくり、湊の反応を窺う。と――。
「うん……やってみたいけど――」
「……けど?」
「……針、ちょっと怖い」
「そうか……」
 とっかかりの手応えは確かにあったのだが、彼には少し早かったか。
(「やはり難しいな……」)
 改めて実感するピジョン。
「興味があるならやるだけやってみては如何でしょう。私も手伝いますよ?」
 メイセンの助け舟にも、湊は踏み切れずにいる様だ。
「それじゃ、絵本作りはどうだい? ボク、こういうのを持ってきたんだけど……」
 方向性は決して悪くないと踏んだアンセルムは、別ジャンルのものつくりへのアプローチを試みる。絵本作りも素敵ですね、とメイセンも張り切って同調する。スケッチブック、色鉛筆にクレヨン……場に広げられた道具を見て、湊の表情が、俄かに明るくなった。
「これならぼくにもできるよ!」
 嬉しそうな少年の姿に一同は、彼の中に芽生えた強い意思を見た気がした。どうせ挑むなら全部自分の手でやり遂げたいという自我を、強い気持ちを。ならば育てよう、その心を。
「世界中のどこにもない、素敵な絵本を作ろう」
「うん!」
 湊少年の漲るやる気を、アンセルムが巧みに誘導して行く。
「たとえば……このうさちゃんのぬいぐるみ。この子とその友達が住む、誰も知らない魔法の国に遊びに行くんだ。キミはこの子達が、どんな場所に住んでると思う――?」
 想像を促し、描いてごらんと促して――。
 『妖精』を思い浮かべる暇もない程に、皆で色々な事を話した。
 ここに在るもの、今までに出逢った可愛いものや素敵なもの、ケルベロスとしての経験から学んだ事柄などをそれぞれの言葉で噛み砕き、エッセンスにしてちりばめる。
 『魔法使い』の4人に『使い魔』達も加わって、賑やかな物語が紡がれて行く――。
 やがて、ふと湊が呟いた。
「ぼく――」
「うん?」
「ぼく、このお部屋でこんなにたくさんの人と一緒に遊んだの初めて!」
 顔を上げず、お絵描きに夢中になっている彼の身体から、不意に。
 何かが飛び出した。
 頭頂部から上空に向けて放出されたそれを一番近くにいたアンセルムが素早くキャッチ。何も知らない湊は気付いた風もなく、お絵描きに一区切りついた所でぱっと顔を上げた。
「――楽しいね!」
 向けられる無邪気な笑顔に、ケルベロス達が返すのもまた包み込む様な笑顔。

●めでたしめでたし?
 がちゃり、と音を立てて子供部屋のドアが開いた。
「おっ」
 反射的に腰を浮かしかける雅。漸く出番かと思いきや。
 勿体ぶって顔を出したピジョンを筆頭に、仲間達がぞろぞろ部屋から出て来るのを見て肩の力を抜いた。
「ピジョンの兄さん、もしかして終わったのか?」
 廊下で万全の準備を整え待機していた雅は、一仕事終えた顔の仲間達を見て、『保険』が不要になった事を悟る。彼らのアプローチが巧く行かなかった時には彼が悪妖精に扮してひと暴れする作戦だったのだが――彼(とマルゾ)の出番はなくなったらしい。ひと暴れ出来なくて少し残念な気もしたが、ともあれ良かった。お菓子も美味しかったし。
 ――ん?
「えっ」
 何故か皆の視線が一身に突き刺さっている。
「妖精さん……みんなの分のお菓子食べちゃったの……?」
「あっ、イヤこれはその――」
 仲間達と一緒に部屋から出て来た湊少年の哀しげな目に見つめられ、言葉に詰まる妖精さん(役)の傍には、空のティーカップと菓子皿がお盆ごと置かれている。
(「あのお母さん、結局持って来ちゃったんだねぇ……」)
 雅がずっと廊下で待機していたならそりゃあ気にもなっただろうし、運ばれてきた茶と菓子はここで未然に喰い止められたという訳だ。文字通りに。察した顔のピジョンに、仲間達は要領を得ない顔。そして、作戦外で嫌われそうになる悪妖精なのであった。

(「もう言えない、なぁ」)
 『保険』の作戦が不要となった時点で、クローネが心積もりとして意識の海に浮かべていた言葉もその殆どが彼女の裡に秘められた。まだ6、7歳の子供相手に、どこまで伝えるべきで、伝えざるべきなのか。難しく考えてしまっていたけれど、本質はもっとシンプルなのかもしれない。少なくとも今は、彼から絵本を取り上げる様な事は言えない。あんなに絵本作りに夢中になっていたのだ。皆で共有した楽しい時間を思い返せば、尚の事。
 だが、それで良いのかもしれない。今は。
 コギトエルゴスムも無事に確保できたし。
 何より――皆のおやつを食べてしまった悪い妖精さんともすぐに仲直りして楽しそうにおしゃべりしている湊を見ていると、何だか万事大丈夫な気がして来るクローネだった。

作者:宇世真 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年2月24日
難度:普通
参加:5人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 1
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