妖精さんはなんだって知っている

作者:遠藤にんし


 第七の魔女・クレーテは牛の被り物を捨て、グレーテルとしての顔を晒す。
 グレーテルの手にはコギトエルゴスム。それに魔女の力――グラビティ・チェインを注ぐと、コギトエルゴスムは変貌し、ヒトに似た形へと変わる。
「これで復活りん♪」
「かたじけない。この御恩、必ず報いよう」
「当然りん♪ せっかく復活させたなから、役に立ってもらうりん♪」
「ならばまずは、グラビティ・チェインの獲得に向かうとしよう」
「いい考えりん♪ ボクりんもお手伝いしちゃうりん♪」

 一方そのころ、夕暮れの公園に佇んでいた少女は虚空へと言葉を向ける。
「やっぱりそう思う? ……ふふっ、あなたはやっぱり、私のことを何でも知ってる素敵な妖精さんね」
 少女は笑みを浮かべたまま、うっとりと呟く。
「お菓子だけ食べて、毎日ふわふわ浮いて暮らすのね。私のことなら何でも知っていて、何をしても許してくれる……妖精さんって、そういうものだものね!」
 声を掛ける先に妖精がいると信じ切って微笑む少女の目の前に、金髪の、可憐な容姿の妖精が姿を見せる。
「あ――!」
 見えた、と嬉しそうな顔を浮かべた少女は、その表情のまま地面に血をこぼして倒れ込む。
「可哀想。治して差し上げますわ」
 姿を見せた妖精、タイタニアは言うと少女を癒す……グラビティ・チェインは既に貰い受けた後。
 タイタニアは蝶の羽を打つと、夕闇の空へ消えていく。

「リザレクト・ジェネシスの戦いの後、行方不明になっていた『宝瓶宮グランドロン』に繋がりそうな予知があったよ」
 高田・冴によると、妖精8種族の1種と思われる妖精型デウスエクスが実体化する事件が起こったらしい。
「デウスエクスは、妖精を信じる少年少女の夢の中にコギトエルゴスムを埋め込み、十分な力を蓄えようとしている」
 その力が十分に溜まったところで、デウスエクスが実体化する――ということらしい。
「夢の中に、というところからドリームイーターの介入が考えられるが、今のところ詳しいことは分かっていないんだ」
 出現する妖精型デウスエクスは、少年少女への殺意はないらしいがそれでも危険なことに変わりはない。
 早急に対処する必要があるだろう。
 妖精型デウスエクスを復活させることができるのは、『妖精を信じる』純真な少年少女のみ。
「つまり、彼ら彼女らが妖精を嫌うようになったり、妖精に興味を失えば、復活は出来なくなるんだ」
 そうなった場合、子供の夢の中からコギトエルゴスムは排出されるので、コギトエルゴスムを確保することが出来るのだ。
「彼らが妖精を嫌ったり興味を失ったりするような話をしてあげると、戦いの必要はなくなるね」

 もしもそうした会話に失敗し、妖精型デウスエクスが現れてしまった場合、妖精型デウスエクスは戦いを嫌い逃げようとする。
「復活したばかりで強くはないから、逃げる前に強い攻撃をすれば撃破はできる」
 ただし、その場合はコギトエルゴスムを得ることは出来ないだろう。
「妖精型デウスエクスが出現してしまった場合、撃破するか逃がすかは任せるよ」
 攻撃をしないのであれば、1分程度の会話は出来るかもしれない。
 そうなった場合、何を話すかは現場に向かうケルベロスに任せる、と冴。
「少女の目には妖精が見えているようだから、妖精よりも素敵なもの、楽しいものを見せたり体験させたりするのも効果的かもしれないね」


参加者
シィカ・セィカ(デッドオアライブ・e00612)
華輪・灯(幻灯の鳥・e04881)
ウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)
四方・千里(妖刀憑きの少女・e11129)
彩咲・紫(ラベンダーの妖精術士・e13306)
プラン・クラリス(愛玩の紫水晶・e28432)
ルイーゼ・トマス(迷い鬼・e58503)
霊ヶ峰・ソーニャ(コンセントレイト・e61788)

■リプレイ


 空中の、何もない場所へと視線を向けている少女。
「貴女は、妖精さんと話しているのでしょうか?」
 問いかけたのは彩咲・紫(ラベンダーの妖精術士・e13306)。
 紫の問いに少女は表情を明るくしてうなずいた。
「そう、そうなの! あなたにも見えてるの? あなたにも分かるの?」
 興奮して少女が言う間に霊ヶ峰・ソーニャ(コンセントレイト・e61788)は少女の隣に立つ。
 隠密気流のお陰で少女はそれに気づかない――あたかも初めからそこにいたかのように、ソーニャは口を開いた。
「そう、思うか? 妖精、と、言っても、いろいろ、いる」
 言いつつソーニャは、ルーンの妖精という新たな妖精に思いを馳せる。
(「傷つけ、たくは、ないな。和解、できると、いいんだ、が……」)
「お菓子、は、好き、だ。キミが、言う、様に、毎日、食べ、られたら、思う、が、叶わ、ない、願い、だな」
 少女の夢を壊しすぎないように、かといって全肯定もしないように。
「それ、に、浮く、ことは、できる、が、ずっと、そうして、居たら、流石に、疲れる」
 蝶の形に似せた光の羽を揺らして、ソーニャは少女の夢を僅かばかり削り取る。
 プラン・クラリス(愛玩の紫水晶・e28432)も同じ気持ちで、少女の瞳を覗き込む。
「知ってる? 妖精はミルクとビスケットが好物なんだよ」
 言って微笑みかければ、プランの体からはラブフェロモンが発散。
 少女はそんなプランに魅入られたように、妖精の好きなものと嫌いなものを語るプランの言葉を聞いている。
「すごいわ……妖精に詳しいのね」
 キラキラと、尊敬のまなざしを向ける少女。
 そんな少女へと、
 ウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)は少女の抱く妖精像は都合の良すぎるものだと指摘する。
「お菓子だけを食べておるのは友達の妖精がお菓子を食べておるのなら自分も食べてよいという願望じゃしのう」
 自分のことを何でも知っている、何でも許す……それは、その者が逆らわないという前提あってこそのことだとウィゼ。
「妖精の者にも自分の考えを持っておる、それなのに何でも許すというのはその先の目的の為に我慢していると考えるのが自然なのじゃ」
「目的?」
 少女に訊かれて、ウィゼはうなずく。
「妖精にはチェンジリングという子供を攫って入れ替わるという伝承もあるからのう」
「人をさらって……!?」
 チェンジリングの伝承は知らなかったのか、少女は目を見開いて。
「妖精に憧れる気持ちも分りますけど、残念ですけど貴女の思うような、全知全能の妖精と言う訳では無いのですわ」
 言う紫自身、幼い頃は少女が思い描いていたような不思議な存在を夢想したこともある。
 だからこそ少女の気持ちに共感する部分もあるのだが……ずっとそのままではいられないことを知っているから、紫は。
「妖精さんにも、良い妖精さんも勿論いますけど、悪い妖精さんも居ます」
「そ、そうなの……?」
 ウィゼ、そして紫の言葉に不安になったのだろうか。少女はプランに尋ねると、プランはうなずいた。
「川に引きずり込んで溺死させる緑の歯のジェニー、人を呪い殺すモーザ・ドゥーグ」
 バーバンシー、ペグ・パウラー、リャナンシー、赤帽子。
 すらすらと出てくるプランの言葉がでっちあげではないことは少女にも分かるのだろう。
 しかし、実際にそういった妖精が『いる』と言われても、少女の理想の中の妖精との乖離は激しい。でも、と少女は口ごもって。
「私に見えてる妖精さんは違うわ。そんなのじゃないもの!」
 強く反発する少女へと、ケルベロスたちはなおも厳しく語ることはない。
 少女に見えている妖精がそうではないということは否定はしないように、プランは口を開く。
「動物も犬とか猫とか色々居るでしょ、妖精も色んな子が居るんだよ」
 そんな風に、妖精全てがそうだと言っているわけではないのだとフォローに回れば、少女の気持ちは落ち着きを取り戻す。
 だとしても、唐突に突きつけられた事実が恐ろしかったのか少女の体は小刻みに震えている。プランはそれに気づくと、ぎゅ、と彼女の体を抱きしめた。
「あ――」
 プラムの腕の中、少女の体から力が抜けていく。
 ……妖精と話しているという興奮状態、やんわりとではあっても否定されたことによるショックから抜け出したらしい少女へと、今度は紫が誘い掛ける。
「妖精さん以外にも、もっと人との交流を大切にした方がいいですよ、ほら、お腹が空いているなら私達とお茶会しませんか?」
「キミの、為に、用意、した、お菓子、ある。友達、も、いる、よ」
「色々買っておいたデスよ、イェイ!」
 ソーニャの言葉にうなずくシィカ・セィカ(デッドオアライブ・e00612)の手の中にはケーキの箱。
 箱を開ければ様々な種類のケーキが並んでいて、宝石箱のようなキラキラしたケーキに少女は歓声を上げた。
「すごーい、美味しそう……!」
 スイーツは女の子と仲良くなるためのベストロック――そう思っているシィカは、その言葉にえへんと胸を張る。
「早速、行こう」
 そしてソーニャが示した先には、公園の東屋。
 華輪・灯(幻灯の鳥・e04881)はの手によってキュートで幻想的に仕立て上げられた東屋へ少女が駆け出せば、灯は少女へ微笑みかける。
「私は灯といいます。お名前を聞いてもよろしいですか?」
 そして答えてもらった少女の名前を天使印の封筒に書き入れて、灯は招待状を少女へ差し出す。
「天使のお茶会です、ようこそ!」
 丁寧に手作りされたカードは手にするだけで胸をどきどきさせるもの。
 お茶会の会場には四方・千里(妖刀憑きの少女・e11129)の纏う夜空のような着物の煌めきにつられてリスや子猫、鳥たちまで集まっている。
 少女趣味な愛らしい空間へ向かう道すがら、ルイーゼ・トマス(迷い鬼・e58503)は駄目押しとばかりに怖い妖精の話を。
「好き嫌いの多い子供を妖精の国に拐ってしまうとか、家族や友人に二度と会えなくなるとか、帰りたいとお願いすると……食べられてしまうとか」
「ほ、本当なの……?」
 おそろしい、と身震いする少女に、わからない、とゆるゆる首を振るルイーゼ。
「ただ、妖精が話しかけてくるのはその手前なのだとも」
 ルイーゼの前から道を開けるように飛び立った小鳥を見送りつつ、ルイーゼは怖がらせ過ぎないように「本当かは分からない」と付け加える。
 ――でも、怖い話はこれでおしまい。
 夕焼けの照らす中、ルイーゼは少女へ振り向いて。
「夕暮れ時のひみつのお茶会である」
 ケルベロスによるお茶会は、そんな風に始まった。


「美味しそう、どれから食べようかしら?」
 テーブルに乗りきらない分はビニールシートの上。
 サンドイッチにお菓子だけでなく、紫が魔法瓶の蓋を開ければふわふわの湯気は紅茶の気配を忍ばせて。
「妖精に拘らなくとも、お腹がいっぱいになれば、幸せと感じると思いますわ」
 少女の首にマフラーを巻いてあげて、紫は仲間たちへも微笑みかける。
「今日は冷えますわ。皆様もお使いになって」
「ありがとうデス、助かりマース!」
 さっそくシィカは受け取って首をぐるぐる暖める。
「ふふ、こんな時間に集まるなんてどきどきしちゃいません?」
 暮れかけた夕陽は灯の色の薄い髪を優しく照らし出して、ウイングキャットは紫の用意したマフラーの上で喉を鳴らして心地良さそう。
 揺れるランプに煌めく琥珀糖は、少女だけでなく灯の胸もときめかせるもの――遠い頃に本で読んだ秘密のお茶会を思わせる景色にわくわくする灯は、少女の視線がお茶会ではない遠くへ向けられているのに気づいて。
「ねえ、ビスケットはお好き?」
「とっても好きよ!」
 中空、妖精を見ていたかもしれない少女の瞳はビスケットへ。嬉々としてビスケットをつまむ少女を見ながら、視線をこちらへ向けることができたことに密かに安堵する灯だった。
「妖精、には、怖い、やつ、も、いる」
「そんな妖精もいるかもしれないな……」
 ソーニャの言葉にうなずくルイーゼはかすかに震えながらも、アナスタシアのふわふわ愛らしい背中をチラチラ見やる。
 千里の呼んでくれた動物たちが辺りに取り巻いてはいるのだが、ルイーゼそばには近寄ろうともしない……喉を撫でたいと思いながらも踏み出せずにいるルイーゼを見て、灯はそっとアナスタシアを持ち上げて。
「ルイーゼさん……もしや恐がってます? シア抱っこします?」
 大好きなドーナツを食べてアナスタシアはご機嫌な様子。
 妖精の怖い話を聞いて身震いしていたルイーゼは慎重に手を差し伸べ、ついにはアナスタシアの喉を撫でることに成功。
「可愛いね」
 プラムが目を細めて眺めていると、アナスタシアの前にウィゼの手が出て、おやつのドーナツを持って行ってしまう。
「うむ、美味しいのじゃ」
 ひょい、とドーナツを食べて満足げなウィゼ。
「シアのためのお菓子なのに……」
 そんなウィゼを見て途端にしょんぼり顔で拗ね、ウィゼからぷいっと顔を背ける灯。
「すまないのじゃ。もうしないのじゃよ」
「それなら分かりました。仲直りです!」
 ウィゼがきちんと謝れば関係は元通り。
『友達』の正しい在り方に笑顔を向け合うウィゼと灯を囲むように、千里はフルートの調べを辺りに響かせ始める。
 千里の音楽に触発されたかのようにシィカはギターを掲げ見せると、少女に顔いっぱいの笑顔を向けて。
「お菓子だけを食べてふわふわ暮らす……確かにそれも楽しそうデスが、それには足りないものがあるのデス! それはずばり……ロック! ロックな演奏は世界を楽しくする一番大切なものなのデスよ!」
 ぎゅいん、かき鳴らされたギターと共にシィカが踊りだせば、とびきりの賑やかさが辺りに満ちる。
 千里は視線で彼女たちを誘い、オウガメタルのクロをカラスアゲハに似た形に変えてキラキラ輝かせる。
 シィカと千里、二人の奏でる楽しげな音楽に合わせて白銀の鱗粉が舞い踊り、アナスタシアは少女を誘って踊りだす。
「時代は妖精よりもロックなのデスよ、イェーイ!!」
 シィカが一層力強くギターの弦をかき鳴らせば、千里は呼び寄せた動物たちを跳ねさせる。
 楽しく、賑やかなお茶会は続いていく。


 ――すっかり日が暮れた頃になれば、お茶もお菓子も空っぽになる。
「名残、惜しい、けど、お茶会、は、おしまい、だな」
 残念そうにソーニャは言って、少女をじっと見つめる。
 少女の元から妖精が生まれる気配はない……どうやら、少女の気持ちを妖精から離すことには成功したらしい。
(「成功、した、みたい、だ」)
 密かに安堵するソーニャ。
「いい妖精もきっといる……」
 フルートの演奏を終えた千里は拍手する少女へ言葉を紡ぐ。
「いずれ、妖精に会わせてあげる……」
 仲間にすることが出来たら、きっと――そんな思いで言う千里へと、少女は嬉しそうな表情で。
「約束よ! ……こわい妖精じゃない?」
「大丈夫デス、怖くない、とってもロックな妖精デス!」
 安心してくだサイ! とシィカが太鼓判を押せば、少女の顔には曇りひとつない満面の笑顔が咲く。
「よかったわ。……それじゃあみんな、また遊ぼうね!」
 大きく手を振って、帰るべき場所へと戻る少女。
 同じくらい大きく手を振ってシィカは少女を見送ると、少女の座っていた辺りに落ちているコギトエルゴスムを拾い上げて。
「大成功デスね!」
 もう一度大きく、ギターの音色を響かせるのだった。

作者:遠藤にんし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年2月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 6
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