●魔女と妖精
機械宮殿と思しき迷宮に、パッチワークの生き残りである三人の魔女の姿がある。
『信頼』の欠落者、杖の如き鍵持つ白き『第二の魔女・レルネ』。
『恍惚』の欠落者、大鎌の如き鍵持つ桃色の『第四の魔女・エリュマントス』。
『迷い』の欠落者、奇抜な牛の被り物に素顔を隠した『第七の魔女・クレーテ』。
クレーテはやにわに牛の被り物を脱ぎ捨てると、天真爛漫な少女姿の『第七の魔女・グレーテル』たる正体を現し、手にしたコギトエルゴスムに魔女の力を注ぎ始めた。
グラビティ・チェインを注がれたコギトエルゴスムは人型に変じた。豪奢な衣装で着飾り、大きな蝶の羽を生やした王子様の如き姿は、まるでお伽噺に出てくる妖精だ。
グレーテルは満足そうに、妖精と言葉を交わす。
「さあ、これでコギトエルゴスムから復活したりんね♪」
「蘇生に加えて拠点の迷宮化まで、かたじけない。この恩に報いぬ余ではないよ」
「そりゃ当然りん♪ せっかく遊興とルーンの妖精をゲットしたんだから、ばりばり役に立って貰うりん♪ キミりん達は、ボクりん達魔女と相性バッチリりん♪」
「……ならばまずは、同胞を戻すため、グラビティ・チェインの獲得に赴くかな」
「そうりんね、手伝うりん♪ そろそろボクりんも牛脱いで、本気出しちゃうりん♪」
●純真な夢から生まれる者
とある民家の子供部屋。小さな童女が一人、枕を抱えて虚空に何事かを語り掛けていた。
「もーっ、おとーさんってばひどいんだよ! ようせいさんなんてほんとうはいないって! きららちゃんはここにいるのに……まいにちいっしょにあそんでるのに!」
何もない中空を泳ぐ童女の焦点は、明確な対象に絞られてはいない。幼い子供にありがちな、目に見えない空想の友達との戯れ……であるはずだった。
「ね! そこにいるよね? きららちゃん!」
「――うん、いるよ」
あるはずのない返答があった。
童女の目の前に実体化したのは、少し年かさの少女の姿をした妖精。
空想の友達が、蝶の如き羽を生やした物語のプリンセスの姿で実体化した――童女にはそう見えただろう。
口は縦に大きく、目は零れ落ちんばかりに見開いてしばし硬直したのち、童女はぱああっと顔を輝かせた。
「ふあああああ……きららちゃん!? きららちゃんだ、よね……あ、れ……?」
唐突に、童女の顔から表情が抜け落ちた。口許をつ、と赤い血が伝い、小さな体は床に昏倒してしまう。
妖精は微笑みを深めると、童女に治癒を施したのち、蝶の羽をはばたかせ、いずこかへと飛び去っていった。
●復活する妖精
「リザレクト・ジェネシスの戦いののち、行方知れずとなっていた『宝瓶宮グランドロン』……かの存在に繋がる予知がございました」
戸賀・鬼灯(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0096)が告げたのは、これまでにない新たな事件の幕開けであった。
「妖精8種族の一種と思われる妖精型デウスエクスが、妖精の存在を信じる純真な少年少女のグラビティ・チェインを奪い、実体化するという事件にございます」
どうやら該当する少年少女の夢の中にコギトエルゴスムが埋め込まれており、十分な力が溜まった段階でデウスエクスが実体化する、という仕掛けらしい。
夢の中にコギトエルゴスムを埋め込む、という手法を見るに、事件の背後にドリームイーターの影がちらつくが、詳細は現状不明だ。
「幸い、実体化する妖精型デウスエクスに被害者を殺す意図はないようでございます。が、このまま放置することはできませぬ」
この事件は少々特殊な案件になると、鬼灯は語る。
「妖精を信じる純真な少年少女でなければ、妖精型デウスエクスを復活させることは叶いませぬ。すなわち、少年少女自身の『妖精への興味』が鍵となります」
今回夢にコギトエルゴスムを埋め込まれたのは、六歳の少女『えそら』。好奇心旺盛で元気いっぱい、無邪気な子供らしい子供だ。
ケルベロスは妖精が実体化する前に、えそらに会い、話をすることができる。その際、えそらが『妖精を嫌いになったり、妖精への興味を失う』ように仕向けることができれば、デウスエクスの復活は不可能となるのだ。
「されば、復活できなかったコギトエルゴスムも、えそらさんの夢の中から排出されます。我々の手にコギトエルゴスムを確保することができるのでございます」
説得に失敗した場合、実体化した妖精型デウスエクスは戦闘をせずに撤退しようとする。
復活したばかりの上、もとよりさほど強力なデウスエクスではないため、敵が撤退する前に強力な攻撃を叩き込めば撃破することができる。が、その場合コギトエルゴスムを得ることはできない。
「妖精型デウスエクスが復活してしまった際、撃破するや見逃すやについては、現場の判断にお任せ致します。攻撃を行わないのなら、あるいは一分ほど、相手との会話も可能やもしれませぬ」
説得できなかったとしても、子供が死亡すれば妖精の実体化は成らず、コギトエルゴスムを得ることはできる。
が、当然ながら罪のない子供を手にかけるわけにはいかない。うまく説得できるか否か、今回の任務はそれが全てと言って過言ではないだろう。
「えそらさんの目には妖精の姿が見えてございますゆえ、『妖精など存在しない』といった説得は難しいでしょう。ですが、『妖精よりも興味を惹かれるもの』を提供できれば、妖精の姿も見えなくなり、復活を防ぐことも可能でございます」
えそらの好奇心や子供らしい飽きっぽさを刺激して、子供が興味を惹かれそうなプレゼントを渡したり、妖精よりも面白い物事を話したり体験させてあげるなど、いろいろ試してみるといいだろう。
参加者 | |
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大弓・言葉(花冠に棘・e00431) |
立花・恵(翠の流星・e01060) |
アウラ・シーノ(忘却の巫術士・e05207) |
盟神探湯・ふわり(悪夢に彷徨う愛色の・e19466) |
ルベウス・アルマンド(紅い宝石の魔術師・e27820) |
堂道・花火(光彩陸離・e40184) |
秦野・清嗣(白金之翼・e41590) |
犬曇・猫晴(銀の弾丸・e62561) |
●天使軍団降臨
ケルベロス達が到着したのは、住宅街に佇む何の変哲もない一軒家だった。
慌ただしくも充実した日常を感じさせる玄関先には、三輪車や遊具の類が大雑把にまとめ置かれている。
その光景にまだ見ぬ童女の実在を感じて、ルベウス・アルマンド(紅い宝石の魔術師・e27820)はぽつりと呟く。
「子供の純粋な気持ちを利用するなんて……でも、彼らの本意とはかぎらないわ、ね」
予知から汲み取れる妖精の行動には、子供への害意は感じられない。それは一同が共有する感覚だった。
「罪のない子供に、おそらく彼女を傷つけまいと思ってくれているデウスエクス……えそらちゃんは助けねばなりませんけれど、きららちゃんとやらも助けてあげることのできる相手であれば良いのですけれど……」
アウラ・シーノ(忘却の巫術士・e05207)が生真面目に敵とも味方とも知れない妖精へと思いを馳せる。
「それもこれも、ぼくら次第ってところだね。ふふん、女の子と子どもを楽しませる為に練習したのが仕事で役に立つとはね。プロには劣るけども、多少は様になってると思うよ」
どこか得意げな犬曇・猫晴(銀の弾丸・e62561)は、いつものケルベロスコートを羽織らずに、気合いの入った燕尾服姿だ。
「オレも小さい子と遊ぶのは大好きッス! そんで、癒してもらえるとはいえ妖精が実体化すると子供に負担が……それは嫌ッス、ちゃんと説得するッスよ!」
堂道・花火(光彩陸離・e40184)も気合い十分だ。
「妖精さん、ふわりも大好きだけどー……危ない事になっちゃうなら、何とかしなきゃなの!」
盟神探湯・ふわり(悪夢に彷徨う愛色の・e19466)もめいっぱいのオシャレ道具を抱えて準備万端だ。
「とにかく妖精のことにはあまり触れずに、興味を逸らしてやる方向でいきたいよな」
立花・恵(翠の流星・e01060)の提案に皆も同意し、ケルベロス達はえそらの家へと足を踏み入れた。
ケルベロスを迎え入れたえそらの母親は、不安げな面持ちながら全面的な協力を約束し、一同をえそらのいる遊び部屋の前に案内した。
「……もーっ、おとーさんってばひどいんだよ!」
部屋の中からえそらの声が聞こえてくる。素早く視線を交わしあう一同。
「さて、行こかぁ」
秦野・清嗣(白金之翼・e41590)は小さく声をかけると、先陣を切って室内に上がり込んだ。
「こんばんは~えそらちゃん。えそらちゃんが妖精さんを信じる様な綺麗な心を持っているから、天の国から会いに来たよ~」
少々露出の多いひらひらした綺麗な服で装い、パーフェクトボディできらきら光り、オーロラまとって花弁を散らし、白い面梟の八枚羽を広げて低空浮遊する、筋肉質なおじさん。
あまりにも非現実的な存在の唐突過ぎる登場に、虚空に言葉を投げかけていたえそらは目をひん剥き、顎が外れんばかりに口を縦に開いて固まってしまった。
(「私最高の天使になってみせる!」)
心に固く決意し、大弓・言葉(花冠に棘・e00431)もまたプリンセスモードとオラトリオヴェールを発動させ、神々しくも魔法少女めいた愛らしい登場を演出してみせる。
「天使の言葉ちゃんなの! 妖精さんのお友達がいるえそらちゃんと遊びたくてやってきたの! 一緒に遊んでくれる?」
「てん、し……?」
えそらは誇らしげに広げられた三対六枚の細長い白翼を呆然と見つめると、ゆっくりと他の面々にも視線を巡らせた。翼を生やしたオラトリオは、総勢四名。
「…………ふおおおおお!! てんしさまだぁっ!!」
新たなるファンシーの到来に、えそらはぱあああっと好奇心を爆発させた。
●てんしさまとけうれろす
「てんし! てんしさまだぁ! すごいね、きれいだね! あ、でもおはねがないひともいるね。ね、きららちゃん」
キラキラ輝くえそらの瞳には、まだ妖精の姿が映っているらしい。
すかさず猫晴が前に出て、笑顔を投げかける。
「はじめまして、えそらちゃん。天使とそのお友達が遊びに来たよ」
気取った仕草で前に出された指先から、だしぬけに小さな花束が生み出され、えそらがわあっと歓声を上げた。
「えそらちゃんと同じように天使を信じてるお兄さんとお姉さんが、一緒に遊ぶ為に来てくれたんだ」
鷹揚とそれを見守りながら、清嗣が優しくも重々しい響きの声音で補足した。
「こんにちは、今日は天使さん達と遊びに来たッスよ! 友達になって欲しいッス!」
お菓子と絵本を手に、花火は隣人力を振り撒きながら、極めて友好的ににこにことえそらのそばに歩み寄る。
「俺達はケルベロス。わかるかな?」
同じく隣人力を駆使しつつ、恵は目線を低くして笑顔で語り掛けた。えそらもお返しのように満開の笑顔になって大きく頷いた。
「けうれろす? しってるー! せいぎのみかたさんだ! おねーちゃん、けうれろすなの?」
「お、お兄ちゃんだよー? お姉ちゃんじゃないからねー?」
普段なら烈火の怒りを発露していたであろう誤解だったが、恵はなんとか心を抑えやんわりと訂正を入れると、引きつりかけた笑顔を改めて、もう一度にこやかに笑いかけた。
「俺は立花・恵。なぁえそら、友達になろうぜ?」
「おともだち? いいよー!」
なんともあっさりと受け入れながら、興味津々の眼差しで闖入者たちを見回すえそら。とりわけ、過剰なまでにヒールの輝きを散らす天使軍団は非常に目を惹いたようだ。
アルティメットモードを解放して翼飛行で存在をアピールしていたアウラは、えそらと目が合うとにこやかに手を振り、器用に宙返りやひねりを加えた曲芸飛行でその視線を釘付けにしながら、えそらの傍へと舞い降りた。
「私たちケルベロスのこと、ご存知でしたか。でしたら……私とも、お友達になってくれませんか?」
「てんしさまもけうれろすなの?」
「はい。オラトリオのケルベロス、アウラ・シーノです……覚えてくれると嬉しいです!」
「おらお? あうら?」
ちょっと難しめの話には首をひねりつつも、えそらは子供らしい天真爛漫かつ雑な無頓着っぷりで、友誼を結びたがる全員の希望をどんと受け入れた。
「うんっ、みんなおともだちだねっ。わたしえそら! このこはきららちゃん!」
「この子はぶーちゃん、私の大事なお友達なの」
妖精の話題には移らせまいと、言葉は自身のサーヴァントをさっとえそらの前に差し出して見せた。
(「ぶーちゃんちゃんとやってね……仲良く遊んでね!」)
小声で言い含める主の心配などなんのその、臆病ビビりなボクスドラゴンは「今回は小さい女の子とお話しするだけだから怖くないっスぅ!」とばかりに大喜びだ。
えそらも大はしゃぎで小竜を抱きしめる。「さぁ存分に愛嬌を振り撒くんだ」と清嗣に促されたボクスドラゴンの響銅も、その最大の魅力であるモフモフ力でたちまちえそらを虜にした。
掴みは上々。ケルベロス達は自信を深めて視線を交わしあった。
●キラキラの思い出
「えそらちゃん、お菓子も絵本もあるっすよ。何して遊ぶっすか?」
「えっとねー……かたぐるま!」
「了解っす!」
意外にアクティブな要望に応えて、花火は勢いよくえそらを肩に担ぎ上げた。そのまま回転やダイナミックな動きを加えるたびに、きゃっきゃとはしゃぐ甲高い声が室内を賑わせた。
「おにーちゃん、すごーい!」
「オレはこんなことも出来るんスよ! 天使さんとは違うけどぽかぽかッス!」
地獄化した花火の腕がえそらの前でゆるやかに燃え上がると、細々とした炎で空中にひらがなを描き出した。
「ふわぁぁ……え・そ・ら! えそらだー!」
炎の優しい暖かさと不思議な挙動に、えそらはすっかりご満悦。
「おそら! おそらとびたい!」
新たなリクエストに応えたアウラが、空中飛行の旅にご招待。家の中の現実的な範囲を飛び回るに留まったが、こちらもえそらには大好評だ。
「色々な方とお友達になりたいんです……他に空を飛べないお友達はいらっしゃいませんか?」
ふと、アウラは問いかけた。現実の友達作りに励んでくれれば、妖精への興味も薄れるのではないか。
「たくさんいるよー。でもとべるこはひとりだけ! きららちゃん! すごいよねっ」
「妖精は、えそらちゃんがお友達を作る練習のために来てくれてるんですよ。もっと沢山お友達を作って安心させましょう」
「そっかぁ。じゃあ、こんどももぐみのこともなかよくしてみよー」
子供らしく快活なえそらは、決して友人が少ないタイプではないようだ。ここからさらに現実に目が向いていけば、見えない友人のことも緩やかに忘れていってくれるだろう。
「そうそう、クッキーは好き?」
「好きー!」
「私も好きでねーよく焼くの。お菓子を作るのって楽しいのよ?」
言葉の取り出したクッキーに目を輝かせるえそらとボクスドラゴン達。一口ぱくり。幸せそうに顔を蕩かせる。
「おいしー! もっともっと!」
「じゃあ、今から一緒に作ろっか」
「うん!」
えそらはやる気満々で、自ら母親に交渉してキッチン使用権を勝ち取ると、皆を呼んでわいわいクッキー作りを開始した。
生地をこね、可愛らしく型を取りながらも、えそらとケルベロス達のおしゃべりは途切れない。子供向けのアレンジを加えながら披露される冒険譚には目を輝かせ、けらけらと笑ったり印象的なフレーズを唱和したりと、えそらは終始ご機嫌だ。
少し難しい造形にチャレンジし始めたえそらに、恵はさりげなく問いかける。
「えそらちゃんは将来何になりたい? 何をしたい?」
「んー……いろいろ! おはなやさんにもなりたいし、おひめさまにもなりたいし、あいどるもやってみたい! ようせいさんにもてんしさまにもー……んんー……あ!」
はっとして、えそらは顔を上げた。
「くろいおねーちゃんみたいな、おとなっぽいてんしさまがいい!」
「え……私……?」
唐突に話題に挙げられたルベウスは困惑して目を瞬いた。
誰よりも天使らしからぬ容姿である自覚があった。表情は硬いし、頭でっかちで、理屈っぽく詩的で回りくどい……言うなれば『面倒臭い女』である己の性質を十分に理解するがゆえに、ひっそりと皆の演出に務めていたのだが……。
「おとなっぽいきれいなおんなのひと! なりたい!」
大きく何度も頷くえそらに、嘘や遠慮は一切感じられない。自分にないものへの、純粋な憧れなのだろう。
微かに表情を和らげるルベウス。
「……ありがとう。でも、ごめんなさい。実を言うと私は天使ではないわ。おちこぼれなのよ」
「えー。そうなの?」
「でも、さびしくはないわ。一人ではないもの」
「そっかぁ! えそらも、ひとりじゃないよ! いつもきららちゃんがいるから! ねー!」
見えない妖精は、純真な心からなかなか消えてくれない。
ルベウスは不意に胸元の宝石を輝かせた。
「夢ではいつも友達に会える。でも、夢の外でも友達に会える。手を握って、一緒に何かを作って、一緒に笑って。いつでも夢を見ているようだわ」
宝石を触媒に、無数の碧い光の蝶が舞う。室内を満たすに飽き足らず、屋外へと飛び去っていく。
「あなたの部屋の中も、窓の外にも、夢がいっぱいだわ」
「ふぁぁ……」
圧倒的な光景を両目いっぱいに映して、感嘆の溜息を零すえそら。
言葉の意味は理解できなくても、一番大切なことはきっと小さな心に伝わったはずだ。
●幸せなお別れ
さて、クッキーはオーブンの中に納まった。
焼き上がるまでの時間を埋める手筈も、ケルベロス達は怠りない。
「やっと出番が来たの! ここからはふわりの独壇場なの!」
そう言って大量の衣類とオシャレアイテムをえそらの前にめいっぱい広げるふわり。乙女スイッチが入ったえそらがきゃーきゃーはしゃぎ始める。
「おようふくいっぱい! かわいい!」
「誰だって、可愛くなってくのはきっと楽しいって思えるの! えそらちゃんもふわりとお着替え、してみるのー!」
「みるのー!」
たちまち繰り広げられる即席ファッションショー。可愛い、ボーイッシュ、甘ロリ。どれを着ても喜ぶえそら。アクセサリーきらきら、軽い化粧も施して、えそらご所望のおとなっぽさも演出してみる。
最終的に到達したのは、シックとコケティッシュの共演する漆黒のゴスロリ姿であった。
「ふふー、すっごく似合ってるの! ねぇ、今度はお洋服とかのお買い物、一緒に行ってみるの?」
「みるのー!」
ふわりとすっかり意気投合して、えそらは鏡に映った自分にご満悦。
「では、素敵なマドモワゼルに、余興をひとつ」
気取った仕草で深々と頭を下げたのは、全身燕尾服で固めた猫晴。
何が始まるのかとわくわくしているえそらの目前で始まったのは、見事なジャグリングショー。ボールにクラブ、ディアボロ、デビルスティックが、天井スレスレのアーチを描いて華やかに飛び交う。
すごいすごいとはしゃぐえそら。当然のようにあれやってこれやってのおねだりが始まる。ミカンに積み木、果ては不揃いなぬいぐるみまで。
応えられる限りを尽くしたのち、猫晴は指先からパッとガーベラの花を出して、えそらに差し出した。
「楽しんでくれたかな、マドモワゼル。またの公演をお楽しみに」
「わあい!」
えそらが嬉しそうに花を受け取ったその時、チーン、とレトロなオーブンの停止音が響いた。
その瞬間、おそらくえそらの思考は完成したお菓子一色に染め上げられたことだろう。
「くっきぃぃぃーーーー!!」
きらきらと輝く叫び声と共に、走り出したえそらの後頭部から、ころり、と球形の宝石が零れ落ちた。
清嗣が宝石をつまみ上げた。復活せずにえそらの夢から排出された、妖精のコギトエルゴスムに間違いない。
「なにかおちたー?」
「綺麗な心の結晶だねぇ。これは神様に見せる為に持って行くね」
「そっかー!」
えそらは深く考えず返すと、オーブンから取り出された自作のクッキーをうきうきと手に取った。
型に頼らず工夫を凝らした渾身の一枚は、子供の作品らしく稚拙で不格好な、けれどとても愛らしい天使の姿をしていた。
ケルベロスが目的を達し、皆ともにクッキーで腹を満たすと、さすがにはしゃぎ疲れたか、えそらが眠気を訴えた。
「妖精さんが好きだったら、ホントはコスプレとかあるの。そっちも似合うと思うの!」
「こすぷー。するのー」
買い物の約束を現実のものとすべく、最後の最期で指切りげんまんに抜かりないふわり。ベッドに寝かしつけられたえそらは眠たそうにしながらも、しっかりと小指で応えた。
やがて眠りに落ちたえそらの寝顔を見守って、ケルベロス達はそっとその場を後にした。
一輪の花を傍らに、幸せそうに眠る童女の夢には、きっともう、妖精は現れないだろう。
作者:そらばる |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2019年2月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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