翡翠の姫騎士と寂しいサト

作者:木乃

●殻を破り、羽を広げ
 第七の魔女・クレーテは拳ほどの大きな宝石を取り出す。
 僅かに指に力を込めると、石は淡い光を放ち始める。
 次第に光が強さを増して――――光が、弾けた。
「さあ、これでコギトエルゴスムから復活したりんね♪」
 現れたのは美しい蝶の羽を持つ、中性的な青年。
 麗人は周囲を見渡してから、クレーテに視線を移す。
「蘇生に加えて拠点の迷宮化まで、かたじけない。この恩に報いぬ余ではないよ」
「そりゃ当然りん♪ せっかく遊興とルーンの妖精をゲットしたんだから、ばりばり役に立って貰うりん♪ キミりん達は、ボクりん達魔女と相性バッチリりん♪」
 明るい調子で『共闘』を持ちかけるクレーテに、青年は優雅に微笑む。
「……ならばまずは、同胞を戻すため、グラビティ・チェインの獲得に赴くかな」
「そうりんね、手伝うりん♪ そろそろボクりんも牛脱いで、本気出しちゃうりん♪」
 第七の魔女・クレーテが自らの頭に手をかけた。
 ――ズルリ、と押し上げられた牛の被り物から、現れたのは真っ赤な頭巾。
 ぴょこんと跳ねた一本毛を揺らし、大きな青い瞳がパチパチと瞬く。
「ふふ、それじゃあボクりんの本気……見せちゃうりん♪」
 第七の魔女・クレーテ、改め――グレーテルは無垢な笑顔を浮かべる。

 ――その数時間後のこと。
「うん、うん……今日は寒いわ。でもお家に帰っても寂しいし」
 校舎裏の花壇のそばに、女の子が一人――鈴木・サトは、誰かと会話をしている様子。
 まるで、目に見えないお友達と話しているような。
 そんなサトの後ろから、ふわりと穏やかな風が吹いて……一人の女性が目の前に。
「あ……あなたは、妖精さん!」
 翡翠の瞳、蜂蜜色の長い髪。そしてアゲハチョウに似た翅に、瞳と同じ翡翠の色。
 まるで絵本の中から飛び出したような、華麗な姫騎士だった。
 幼い少女がパァッと表情を明るくしたのも束の間――全身から血を噴きだし、倒れてしまった。
「…………すまないサト、要らぬ負担をかけてしまったね」
 女は申し訳ないと膝をついて、指先でルーンをえがく。
 暖かな光が少女を癒やし、傷は跡形もなく消える。
 女は気絶した少女を優しく抱きかかえると、いずこかへ飛び立った――。

●新たな出会い
「リザレクト・ジェネシス終戦後、行方知れずとなった『宝瓶宮グランドロン』に繋がる予知がございましたわよ」
 オリヴィア・シャゼル(貞淑なヘリオライダー・en0098)は、ケルベロスを招集すると単刀直入に切り出した。
「妖精を信じる、純粋な少年少女のグラビティ・チェインを奪い、妖精8種族の一種と思われる『妖精型のデウスエクス』が実体化する事件が発生しようとしています。どうも少年少女の夢の中に、コギトエルゴスムが埋め込まれており、充分な力が溜まった段階で実体化するようですわ」
 ――夢の中に、コギトエルゴスムを。
 その手法からして、この事件の背後にドリームイーターがいるのだろう。オリヴィアは表情を険しくする。
「詳細は不明ですが……幸い、出現する妖精型デウスエクスに『被害者を殺す意図はない』ようですわ。しかし、このまま放置することはできません」
 オリヴィアはケルベロス達に「事件を未然に防いで欲しい」と協力を要請する。

 妖精型デウスエクスと接触するには、『相手の探す条件に合う人物』と接触する必要があると、オリヴィアは次の話題へ。
「妖精を信じる純真な少年少女でなければ、妖精型デウスエクスを復活させることはできません。ですので、皆様には少年少女に実際会って頂きますわ。今回は『鈴木・サト』という小学生の女の子です。鈴木様は年の割に生真面目で、空想の世界に浸ることによって、不在が多いご両親に会えない悲しみを癒やしているようですの」
 絵本や童話もお好きなようですわね、とオリヴィアは一息つく。
 サトと色々な話をするなどして、『妖精から興味を失わせる、あるいは妖精を嫌いになる』よう仕向ければ、妖精型デウスエクスは復活出来なくなるそうだ。

「説得できれば、鈴木様の夢の中からコギトエルゴスムが排出され、復活出来なくなりますわよ。そのままコギトエルゴスムを確保してくださいませ。ですが、」
 オリヴィアは細い眉を寄せる。
 説得に失敗したときも、考慮して欲しいと。
「上手くいかなかった場合、現れた妖精型デウスエクスは、戦闘せずに撤退しようとしますわね。復活したばかりで、それほど強力なデウスエクスではありません。撤退する前に強烈な一撃を打ち込めば、撃破することはできますわ」
 しかし、ケルベロスはデウスエクスの不死性を絶つ特殊能力を持つ。
 手を下せば、コギトエルゴスムを得ることは出来ない。
「もし、妖精型デウスエクスが出現してしまった場合は、その場で倒すか。撤退を見逃すか。現場に立つ皆様の判断に委ねますわ……攻撃を行わないならば、1分程度の会話の猶予はあるかもしれませんわね」
 シャドウエルフ、ドワーフに次ぐ妖精8種族の三種族目。
 彼らもやはり目覚めのときを待ち望んでいるのだろう。
「鈴木様の目には、妖精の姿が見えていますの。『妖精なんていない』と根拠なく申しても聞き入れられないでしょうが、『妖精よりも興味を惹かれるもの』が出来れば、妖精の姿は見えなくなり、復活を防ぐことが出来るででしょうね」
 オリヴィアは「妖精型デウスエクス、鈴木様の事情、ともに穏便に済むよう参りましょう」と口元を緩める。


参加者
アリス・ティアラハート(ケルベロスの国のアリス・e00426)
マキナ・アルカディア(蒼銀の鋼乙女・e00701)
ノル・キサラギ(銀花・e01639)
ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)
スノードロップ・シングージ(抜けば魂散る絶死の魔刃・e23453)
グレッグ・ロックハート(浅き夢見じ・e23784)
鞍馬・橘花(乖離人格型ウェアライダー・e34066)

■リプレイ

●夢想少女
「うん、うん……そうなの! えへへ、それでエリちゃんと――」
 一見すると花壇で揺れる三色スミレに話しかけているように見えるが、鈴木・サトは明らかに『誰か』の相槌を見受けながら『会話』をしていた。
 無色透明、姿なき隣人と話す姿は異様だったが……無邪気な笑顔と、楽しげな雰囲気から姉妹で仲睦まじく過ごしているようにも映る。
「妖精型のデウスエクス、デスか……一体どんな方なのデショウネ?」
 校舎の陰から覗いていたスノードロップ・シングージ(抜けば魂散る絶死の魔刃・e23453)は首を傾げ。
「サトさんを傷つけたい訳ではないようですが……事情はわかりません。まずはアプローチといきましょう」
 鞍馬・橘花(乖離人格型ウェアライダー・e34066)は姿を変えて、自らのオウガメタルも同じ姿に。
「銀架」
 ノル・キサラギ(銀花・e01639)が十字を背負うオウガメタルを指で撫でると、むくむくとハリネズミを形作り。
 アリス・ティアラハート(ケルベロスの国のアリス・e00426)は自身のファミリアを地べたに下ろす。
「リリー、サトさんのところへ……お願いしますね……?」
 橘花が三匹をみとめると、先導するようにしてサトの元へ向かう。

 意識が虚空に向いた少女の足首に、身を寄せると「ひゃあ!?」と小さく悲鳴をあげた。
「な、なにか当たって――――え?」
 足下には見かけない真っ白な仔兎と犬――正確には狼に変身した橘花――と、鋼のハリネズミともう一匹の犬。
 流体金属の生物――それは、空想世界に憧憬を抱いた少女にとって、とても不思議な出会いだった。
「どこから来たの? ……さ、さわっても、いい?」
 サトはしゃがみこんで指先を近づける。
 間近で見ていた橘花には、好意的な印象を抱いていることが伝わってきた。
(「妖精を信じるほど純粋な子ですからね……ファンタジーな生き物は好きなようですね」)
 差し出された手にぽふと顎を乗せつつ、橘花はじゃれついた。

 微笑ましい光景が広がる一方、リューディガー・ヴァルトラウテ(猛き銀狼・e18197)は少し緊張した面持ち。
「……あの子のためにも、回収は穏便に済ませたいところだ」
「今度は私たちの番だね、いこっ!」
 ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)が先んじて飛び出し、マキナ・アルカディア(蒼銀の鋼乙女・e00701)も続いてサトの元へ。
 複数の足音に気づき、顔をあげたサトは驚いた様子で立ち上がる。
「待ってくれ、驚かせてすまない」
 後ずさりするサトをグレッグ・ロックハート(浅き夢見じ・e23784)が呼び止め、サトはノル達を見渡す。
「ハロー、こんにちはだ。ボクはミリムって言うんだ! こう見えてもドラゴン退治したり人助けもしたりする、結構ゆーめーなケルベロスだよ!」
 愛用の大剣をミリムは高々と掲げてみせる。
 ――百聞は一見にしかず。身分を証明するには充分だった。

 青炎をまとう刀身に少女は目を丸くする。
 固まる少女の目線に合わせ、スノードロップは身を屈めた。
「お名前、教えてもらえマスカ?」
「す、鈴木サト、です。……ケルベロスさんが、なにかご用ですか?」
 妖精と二人きりだったときと違って緊張するのか。
 スノードロップの視線には、そわそわして落ち着きがない様子。
 ノルも努めて笑顔を向ける。
「きみのことを、助けに来たんだ」
「――少し、私達とお話しませんか……?」
 事情がわからないサトは怪訝な顔でノルとアリスを交互にみやった。
 リューディガーも大きな背を丸めて。
「立ち話もなんだ、お茶でも飲みながら……どうだろうか?」
 用意したお茶入りの水筒や、バスケットに詰めたお菓子を見せる。
 お菓子はリューディガーのお手製クッキーをはじめ、グレッグとノルが作った花や動物を描いたマカロンとサンドイッチ。
 マキナはバレンタインを意識したガトーショコラで、アリスも自作のお菓子を差し出す。
「わぁ……! どれも美味しそう、です」
「ふふ、絵本に出てくるお茶会みたいになりそうね?」
 ぞれとなくマキナが『絵本』を話題にあげると、目を輝かせたサトはこくこく頷く。
(「本当に好きなのね、こんな素直な子を利用しようなんて」)
 ドリームイーターの手口にマキナは憤りを覚えた。
 同時に、妖精達が利用されることを避けなければ――。
 そのためにも、まずは……嬉しさに頬が赤らむ少女と小さなティーパーティを始めよう。

●扉を叩いて
 ミリムの用意したレジャーシートを敷き、お菓子を並べていく。
 日差しは暖かくなってきたが、肌寒さは抜けていない。
 ノルはサトにブランケットを掛け、興味深そうに視線をむける銀架を差し出す。
「この子、生きてるんですね。そっちのうさぎさんも、武器、なんですよね?」
「もしよかったら、抱っこしてさしあげてください……ふわふわですよ……♪」
 不思議な小動物に夢中なサトを前にして、人間形態に戻った橘花はいつ話を切り出そうか考えあぐねた。
(「不思議の側に触れた者は、隠し事に対して無意識ですが、鋭い感覚を持つとか……事実を伝えれば理解できるはず」)
 しかし、それは推測の域を出ない。
 想像する人物像とは限らない……いまは場の流れに任せ、動向を探ることに。

 マキナはお菓子を口にするサトの様子を窺う。
「どうかしら。感想を頂けると嬉しいのだけど」
「どれも美味しくて、ほんとに絵本のお姫様のお茶会みたい」
 最初は緊張していたサトも、暖かいお茶やお菓子に気持ちがほぐれたようだ。
「絵本も童話も素晴らしいわよね。様々なお話を知れば知るほど、心をより豊かにしてくれる」
 ――自らの心を示すように、マキナは両手を胸の前で重ねる。
 サトは少し難しそうな顔をしたものの、マキナも好きと聞いて嬉しそうだ。
 ジャムをアクセントにしたクッキーも「宝石みたい」と呟く。
「それはおじさんの手作りだ。こう見えてドイツ菓子の店を……要はケーキ屋さんだな」
 リューディガーは「俺みたいな大男が作るのは意外かい?」と聞くと、サトは「そんなことはない」と前置きしつつ、
「でも、綺麗に作るのって大変そう」
「始めた頃は大変だったな……俺の母は料理好きでね。君と同じ年頃には『大人になって一人でも生活出来るように』とみっちり教えてくれたんだ」
 今では趣味が高じ、ケルベロスを務める傍ら店を開いている――リューディガーは懐かしむように瞼を細めた。
 『母』という単語を聞いてか。
 サトは曖昧な笑みを浮かべ、クッキーを口に運ぶ。
 まるで甘い口当たりで苦い感情をごまかすように。

「ところで、サトさん……お友達は?」
 放課後と言えば友達と遊ぶ時間では? ミリムは素朴な疑問を投げかけると、
「えっと、学校のお友達は塾に」
 昨今の小学生は学習塾に通う生徒も少なくない。サトのクラスメイトも例外ではなかったが――、
「学校『以外』はいるのか?」
 お茶を注ぐグレッグの問いにサトが頷き返した――どうやら、本題の時間がきたらしい。
 同席する面々も視線を向ける。
「他にもお友達がいるのデスネ」
「どんな人かな?」
 よかったら教えて欲しいとスノードロップとノルが促すと、周囲を見回してから、こっそり秘密を明かすように身を乗り出す。
 リューディガー達もそれに倣い、前傾して耳をそばだてる。
「実は……お姉ちゃんみたいな、妖精さんなんです」
 翡翠の翅の綺麗なナイト。細身の剣を腰に提げ、ドレスのような鎧をまとうお姉さん。
「優しくて、お話も聞いてくれて、一緒に居てくれて……寂しくないように守ってくれてるみたいで! それに――」
 真っ直ぐすぎる無垢な言葉が溢れでる。
 澄みきった水面のように煌めく瞳は曇りなく、グレッグ達に訴えかけた。

 生き生きと語る姿に橘花は言葉が出ない。
(「すこし、考えが甘かったようです」)
 情報を開示すれば、当事者なら納得すると思った。……だが、100回聞いた噂より、一度見た事実の信頼性は高い。
 そして――情報を伝えると言うことは、辛い現実を突きつけ、子供の夢を壊すことになる。
 好ましく思う相手を幻滅させるなら、相応の荒療治の用意が必須――だが、橘花の説得材料は予知情報のみ。
 人間の内面は十人十色、千差万別。先入観が見落としを増やしていた。
(「起き得るだろう未来を証明する方法なんて、私は持ち合わせていませんし……準備不足でした」)
 少女は深い悲しみを押し殺し続けた末、妖精を拠り所としようとしている。
 サトの苦悩はそれだけ根深いものだった。

●光あれ
「あの……寂しくないように、とおっしゃっていましたが……お悩みがあるのですか……?」
 アリスは遠慮がちに問いかける。
 一転して言い淀むサトに、スノードロップとミリムは助け船をだした。
「話すと気持ちが少し軽くなるデスヨ?」
「人々の悩みを解決するのもケルベロスのお仕事だからね!」
 遠慮はいらない。
 その言葉に意を決して、サトはぽつぽつ話し始めた。
「最近、お父さんとお母さんと話せてなくて」
 まっすぐ帰った家には誰もいない。ご飯はいつも一人きり。
 帰ってくるのは夜遅くて、お風呂に入るとすぐ寝ちゃう。
 朝になったらまた仕事場へ……大変だって解るから、一人でだって平気だよ?
 ――齢10ともなれば、大人の都合を漠然と理解できる。だから口を閉ざしてしまう。
 物分かりの良さが、サトの心を雁字搦めにしていた。
「……え?」
 ひとしきり話してからぽんとなにかが頭に乗せられた――グレッグの手だ。
「辛かっただろう」
 グレッグは親の愛情を知らない。心を閉ざし、殻に籠もった時期もあった。
 ――だからこそ、胸がざわつく。
 ノルもサトの手を握ると少し冷たくなっていた。
「大切な人に迷惑をかけないよう、頑張ってきたんだね」
「一人でお留守番、お手伝いだってできるサトさんは賢いし偉い!」
 ミリムの言葉にきょとんとするサトだが、その瞳からぽたりと涙がこぼれる。

 次から次へと落ちる涙に、サト自身が一番驚いていた。
「ご、ごめんなさい。なんだか勝手に……!」
「いいんですよ。辛い気持ちは涙と一緒に流しましょう?」
 橘花が頬を拭い、再び落ち着いたのを見計らってリューディガーは口を開いた。
「親と一緒に遊んだり、学んだり……甘えることは今しか出来ない『子供の特権』だ」
 恥ずかしいことじゃない、と穏やかな笑みを向ける。
 機械生命体から変異した、マキナは両親と定義できる存在もいない。
 生まれたときから大人だったようなもので……ほんのすこし、羨ましくもある。
「子供としての時間、両親を気にかける事も、甘える事もできる。貴女にとっても、ご両親にとっても幸福なことだと……私の心がそう伝えてくるわ」
「サトさんも、親御さんに甘えたり、わがままを言ってもいいと思います……☆ 実は私も……お母様やメイドさん達に甘えたり、わがままを言ってしまうことはあるので……」
 華々しい戦果をあげようと、アリスもやはり子供。
 恥じらいで赤らむ頬をアリスは手で隠しつつも、『安心して』と楚々とした微笑みを送る。
「ンー、アタシが思うに、もっとワガママになってイイと思うデスヨ。ガマンは体に毒デース!」
 親にとって子供が従順なことは喜ばしい。それ故に、従順であるほど都合良く考えてしまう。
 『子供が合わせてくれていると気付かないもの』だと、スノードロップは諭した。
「大きな声で、アレがしたーい。これがしたーいって言ってみるデス。4割くらいはすんなり通るかもデス。 ゼンブ胸にしまっちゃうのは疲れちゃいマス!」
 だから怖くない。怖くないと、スノードロップは明るく丁寧に伝える。

「で、でも」
「――サトさん。自分の気持ち、ちゃんと伝えたことあるかな?」
 戸惑う少女の言葉をミリムは止めて質問する。
 すると、僅かに首を横に振るのみ。
「寂しいなら、寂しいって一度言ってみよう? なんなら、ボク達も一緒についていくからさ!」
 ミリムは力強く拳を握って激励する。
 もちろん、言葉にして伝える以外の方法だってある。
 例えば、リューディガーのように、
「直接言いにくいなら、メッセージカードに『本当の気持ち』を書いて添えてみるのはどうかな」
 可愛くラッピングしたお菓子と共に贈ることだって出来るし、
「帰りが遅いんだっけ、直接お話ができないなら交換日記なんてどうかな?」
 ノルが言うように、ノートに綴って伝えることも出来る。
 手にした包みをじっと見つめ、サトは何事かを考えだす……アリスはすぐに気づいた。
 なにを書けば良いのか解らないのだ。
「ご飯を一緒にですとか、お菓子作りをですとか……お買い物に連れて行って欲しい、などもいいと思います……☆」
 まずは気持ちを伝える練習。
 些細なことから少しずつ、ゆっくり伝えていけば良いとアリスはアドバイスする。
 なるほどと感心するサトだが、その瞳には僅かに不安が残っていた。
「……サト、大人でも寂しいときは大切な人に甘える。甘えられるのも嬉しいと感じる。サトと同じで、父も母も寂しく思っているかもしれない」
 グレッグは言う、「上手じゃなくていい」と。
 言葉にしなければ伝わらないことがある。
 言葉にして、やっと伝わることがある。
 真摯に伝えるグレッグ自身がそうであるように、伝えることに意味があると。
 その様子を見ていたノルは満足げに笑む。
「大丈夫、寂しいって甘えて良いんだよ。迷惑じゃない……だってね」
 手招きして小声で耳打ちすると、
「――グレッグはね? ああ見えて、おうちではいっぱい甘えてくるんだよ。でも、俺はそれが嬉しいんだ」
 それだけ伝えて離れつつ「きっとサトのご両親も同じだよ」とノルは後押しする。

「伝えられそうですか?」
 見守っていた橘花の問いかけに、サトはひとつ頷く。
 その目から不安も迷いもなくなっていた。
 そろそろ帰る時間だと別れを告げ、スノードロップ達は少女が立ち去る姿を見送る。
「……オー!」
 ふとスノードロップが花壇を見ると、煉瓦仕立ての縁に翡翠色の大きな宝石が。
 草木の萌みを思わす、柔和な光を包んだコギトエルゴスム。
 見守るように置かれていたそれを、マキナはそっと両手でとる。
「心優しき翡翠の姫騎士の妖精……。その復活は貴女の仲間と共に誰も傷つけずに。もう少し待っていて欲しいわ」
 孤独な少女にそうしたように、私たちとも良き隣人となれるように。

作者:木乃 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年2月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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