慧斗の誕生日~ケルベロスPV帰還編!

作者:つじ

●ターゲットを討伐しました
 激しい戦いだった。本当に、激しい戦いだった。
 傷付いた両腕をだらりと垂らして、ケルベロスの少年が夕日へと目を向ける。
「義父さん、義母さん、終わったよ……」
 今は亡き恩人達へと想いを馳せ、彼はそっと目元を拭った。指先から零れ落ちた雫が、夕映えを反射しながら、風に散る。
 そんな彼の肩に手を置いたのは、共に戦った仲間の一人。
「ついに、やったな」
「ああ……あれは、お前の友人の仇でもあったんだろう?」
「そうだ。そして俺の義理の弟でもある」
「……これで、よかったのか?」
「最期に、笑っていただろう? きっと、あいつも解放されたと思っているさ」
 ふ、と笑う彼の傍らを抜けて、ドラゴニアンの女性が少年の傷付いた手を取った。
「酷い怪我ですね……すみません、私の宿敵との戦いに巻き込んでしまって」
 そう言って、彼女は癒しの光をその手に宿らせる。そこから伝わるあたたかな熱に、少年は眩しそうに目を細めた。
「構わないさ、僕も他人事というわけではないからね」
「え、それって――」
 夕暮れの光よりも明るく、彼女の頬が赤く染まる。
「皆さん、お疲れさまでしたー!!」
 そして、そんな彼等を祝福するように、一機のヘリオンが頭上から降下してくる。

 ――と、つまりこんな感じの絵面が撮りたいわけです! 分かって頂けましたか!?
 
●つまりどういうこと?
 PV、プロモーションビデオとは、要するに宣伝や広報のための映像である。商品ならば販売促進、人や企業ならばイメージアップが主な目的になるだろうか。
「僕としては、『一般市民の方々に、皆さんの知られざる一面を紹介する』ための超カッコイイ動画を作る必要があると思うわけです!!」
 黄色く輝くハンドスピーカーを通して、白鳥沢・慧斗(オラトリオのヘリオライダー・en0250)の声が響き渡る。主張には頷ける部分もあるかも知れないが、これは正式な依頼というより――。
「あらかじめ言っておきますが、これはケルベロスの皆さんのための、広報活動の一環ですよ! ただの趣味とは違いますからね!!!」
 分かりやすい言い訳。とにかく、具体的に何をすれば良いかと言うと。
「そうですね、皆さんには、『戦いが終えて、その場を去るまで』、を演じていただこうと思います。ロケ地も最大限希望通りにしますし、僕のヘリオンで良ければいくらでも協力します!!!」
 どんな事件を解決したか、などの設定も演者に任されているらしい。憎い宿敵を倒したことにして情緒たっぷりに演じるのも良いし、ふざけたビルシャナなんかを倒した体で笑顔で去るのも良いだろう。『あの日の思い出』を再現してみるのも一つの手だ。
 カメラ映えを意識して存分に、友情を強調したり、星空を見上げたり、風を感じたり未来に想いを馳せたりして欲しい。
「そういうわけで、今日一日たっぷりと撮影に使いたいと思います! 皆さん、ご協力お願いいたしますよーっ!!!」


■リプレイ

 落ちる夕日、一陣の風。辺りを覆う静寂の中に、確かに混じる戦いの余韻。
 本当に、凄まじい戦闘だった。敵味方のグラビティが乱舞し、激しいながらも流麗で無駄がなく、そして美しすぎる戦いを、ケルベロス達は見事制したのだ。
 ――何かそんな感じで続きの映像をご覧ください。

●【燕】
 どこか無機質な印象を伴う、エトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)の横顔。ゆっくりと引いていくカメラに合わせて、彼は仲間達へと視線を向けた。
「――ああ、皆様ご無事デ? 厳しい戦いでしたネ」
 夜色のロングコートの汚れを払い、対照的な白い手袋を嵌めなおす。それに応じるように、その後方の櫟・千梨(踊る狛鼠・e23597)が、ふと軽い笑みを浮かべた。指に挟んだままの呪符が、ここまでの戦いの激しさを物語っている。
 そこから横にスライドしていくカメラの端で、エトヴァが何かカンペを掲げたように見えたが、気のせいだろう。
 『ここで風をください』。画面後方で千梨が微かに頷いたように見えるのも気のせいだし、このタイミングで風がコートの裾を踊らせたのも偶然としか考えられない。
「問題ない。この程度ならな」
 そして、ナザク・ジェイド(甘い哲学・e46641)の銀色の髪もまた、風に吹かれて美しくなびく。……いや、若干風向きに対して向きがおかしいか? そんな疑問を打ち消すように、彼の手にしたライトニングロッドがばちりと紫電を走らせた。
 またふわりと踊る髪。静電気。いやまさか。
「今日の相手はなかなかに斬り応えがあったよ。戦いとは、こうでなくては面白くない」
 その傍ら、こちらも少しばかりロッドに髪を引っ張られながら、月杜・イサギ(蘭奢待・e13792)が手にした日本刀の刃を返す。一戦終えてなお輝きを失わぬ武骨な刃を、鞘へと。
「――刀を錆び付かせるよりは、余程いいさ」
 鍔鳴りの音が響く後ろで、赤茶の髪――千梨が同意するように、眉間の皺を緩めた。
 新たに吹く風を感じながら、イサギは戦いの中で緩んだ髪紐を解く。こぼれる銀色と白木蓮が、緩やかにそれに乗って、揺れた。
「この程度、我々の敵ではないだろう」
 乱れた前髪を掻き上げ、微笑んだところで彼の顔が光に包まれる。眩しい。
「綺麗な顔が台無しだぞ、堕天使」
 守護星座の陣を発動していたゾディアックソード2本を鞘に納める重い音色。玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)の黒い毛並みが画面の8割くらいを支配する。当然、イサギはそれに隠れる形になるのだが。
「今のはグラビティの暴発かな? 制御がなっていないな」
「先の戦いで傷を負っていなかったか? 治療のためだ」
 問い掛けるための動きでカメラの正面へ向かうイサギを、タバコに火を点け皆の風下へと歩む陣内が遮る。マウントの取り合い、もといカメラ正面の取り合いである。
「大地の力を今ここに――顕れ出でよ!」
 演技の範囲を出ない地味な小競り合いを断ち切るように、地面に斧が突き立てられる。
 龍穴。イッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770)のグラビティにより溢れ出した清浄な気が仲間達を癒やしていく。
 相棒のミミックへと投げられたエクトプラズム製の斧が光の粒子となって消えるのを見送り、彼は微笑む。
「みなさんの近単ホーミングが手堅くも実はロマンある構成で助かりました! 盾や救護として護れるのが一番でしたが、前のめりに戦う他ありませんでした。まさか敵の正体不明のグラビティが……」

 ――ここから回想シーン。
「くっ、油断したな堕天使」
「そちらこそ、今頃必死な様子を見せても遅いよ?」
「えっ――!? そんな、無茶をなさらナイでくだサイ!」
「その通りだ、千梨だけにやらせはしない」
「残念、ここで終わるとは思うなよ? 地獄の番犬は、敵が死ぬまで噛みついてやるね!」
 エルス・キャナリー(月啼鳥・e00859)のオラトリオヴェールによる眩い光が暗闇を照らしていく……!
 ――回想シーンここまで。

「あそこからの逆転劇は見事に決まったよ。女の子だからってなめるな、って話だよな」
 うんうんと頷いて、エルスが手元の魔導書を良い音立てて閉じる。戦いの中で解いたリボンを結びなおす彼女は誇らしげな様子だ。
 これで良かったろうか、カメラをちらりと確認して、彼女は気を取り直すように辺りに目を向けた。
「さて、それじゃそろそろ片付けようか」
 軍服の裾をはためかせ、翼を使って浮遊し、ヒールを施し始める。
「多少メルヘンチックになっても構わないね?」
「猫、お前もだ」
 陣内がサーヴァントの猫を促すのに合わせ、他のメンバーもまた――。
「あ、ヒールを忘れたな……?」
「ヒールを持ってきたつもりガ、近単ホーミングでしたネ」
「まあ、近単ホミは浪漫なので外せないから仕方ない」
 戦うお医者さんことナザクがエトヴァが頷き合う。医者とはいえ浪漫を忘れるわけにはいかない。仕方のない事なのだろう。
「まあ終わりよければ良いでショウ」
「ああ――だがいずれ同様の事件が起こるやもしれぬ」
 ここではないどこか、今ではないいつか、拭い去れないその予感に、ナザクは彼方へ視線を遣った。見えぬそれは何とか捉えようとするように。
「警戒を、怠らないようにせねば」
 後ろで謝るようなジェスチャーをして消えたエトヴァの代わりに、さらに奥に居た千梨が頷く。心得た、というように。その声は風に掻き消され、こちらにまで届くことはなかったが、その意志は十分に、伝わった。
「まあ、どんな相手が攻めてこようが我々の敵ではないさ」
「だが気を引き締めよう、地獄の番犬を名乗る以上、敗北は許されない」
 ナザクの言葉に、歩み寄ったイサギが応じる。重大な使命を口にし、しかし重荷に感じる必要はない、そう彼は笑った。
「――地球を救うなんて、大それた事など思ってはいないさ。良い酒と友のために刀を振るう、理由などそれで充分だろう?」
 違いない、と目を瞑るナザクと共に、イサギは彼方からの風を感じ――陣内からの妨害がないことに気付く。
 まさか、そう。
 『カメラは俯瞰でください』。そんなカンペを背中に隠しながら、エトヴァが空を見上げる。視点は既に、空からのものに移っていた。
「帰って、美味な珈琲を飲みたいですネ」
 ふと表情を緩めたエトヴァの言葉に、千梨――この人台詞ないのに映る回数多すぎませんか――が微笑みを浮かべる。きっと、それくらいの贅沢は許されるだろうと、そう言うように。
「こちらです、慧斗さん!」
 ばたばたと音を立てて降りてきたヘリオンに、イッパイアッテナが手を振る。そしてエトヴァと……ちゃっかりカメラの中心付近を確保した陣内が、共にこちらを見上げていた。
「――でハ、日常へ帰還いたしまショウ」
「ああ、だったら、まずは飯だな。お前の好きな店に運んでくれよ、奢るからさ」
 自分を捉えるカメラの向こうへ、彼は片目を瞑ってみせた。

●武器持つ乙女
 駆け抜ける炎、そして煙。荒れ狂うそれらが通り抜けたところに、メイカ・ミストラル(ガーリィフォートレス・e04100)は降り立った。
「対象の破壊を確認」
 溜息のような排気音を一度響かせ、彼女の纏う機械式装甲ドレスのスカートが変形し、展開。内蔵されている可変武器ハンガーがその姿を覗かせる。
 手にしていた拳銃と、軽機関銃を空きスペースに収めると、武器ハンガーのマニピュレーターが稼働する。先の二つを含めた使用済みの銃器の弾倉を予備と取り換え、順次動作確認がなされていく。
 ハンガーの自動診断機能である。ケルベロスたるもの、いつも装備は万全にしておくべきだろう。皆が背負う使命のため。そして、いずれ倒すべき宿敵のため。
 ガシャガシャと音を立てて、携行銃器全てのチェックを終えた武器収納ハンガーは、ここでようやく、仄かな光を放った。
 問題無し。弾倉交換、および動作チェックを終えた武装が、また順番にスカートの中へと格納されていった。
「作戦目標クリア、装備チェック完了……帰投します」
 いつもと変わらぬ様子に戻った淑女の元に、ヘリオンがゆっくりと舞い降りる。

●【番犬部】
 立ち込める土煙の中、倒れ伏した巨大な影がもう動かないことを、アンセルムは確認する。こちらも、激しい戦闘だった。暴れ回る巨大ダモクレスを倒し、機能停止に追い込んだのは、彼と【番犬部】の仲間達。
「終わった、かな?」
 その言葉を合図に、蔦の兎の姿に変身していた人形が元に戻る。それをそっと、抱え直して。
「手強い敵だったけど……ボク達番犬部の敵じゃなかったね。またつままぬ、つならぬ、えー……」
 噛んだわこの人。
「また、つまらぬものを切ってしまったのです……と」
 気を取り直して、アンセルムの代わりに、仁江・かりん(リトルネクロマンサー・e44079)がそう呟いて、日本刀を鞘に戻した。するりと流れた白刃は、あるべき場所にピタリと収まる。当然、指を挟むようなトラブルもなし、これぞ練習の成果である。
「みんなも、お疲れ様でした!」
 勝利を収めたが故の明るい言葉に、環は合体させていた記憶ブレイカー『MIKE(ミケ)』、『BUCHI』を確かめるように一振りし、元の姿へと戻す。
「合体させていたおかげで装甲をぶった切れたようなので助かりましたー」
「ええ……良い戦いぶりでした」
 険しい表情で双銃を構えていた和希も、ブラックバードとアナイアレイターの二挺を緩く回してやりながら、収納場所へと仕舞いこんだ。ここでようやく、彼の表情に穏やかさが戻る。
「終わったならヒールだヒール。おら、お前らとっとと集まれよ」
 威勢良く一同を集合させた陸也は、錫杖を置いて一人一人に気合溜めによる治療を施していく。
「お疲れさん。いー感じに押せ押せにしてくれたおかげで楽をさせてもらったぜ」
 そんな労いの言葉を皮切りに、彼等は目前の一戦を振り返る。
「お疲れ、和希。ナイスアシスト」
「どうも、アンセルムさん。上手く決まりましたね……!」
 上手く連携を決めた親友同士、アンセルムと和希が互いの拳をぶつける。
「アンちゃんと霧山さんの連係攻撃とかは流石の友情パワーです!」
「アンセルムが蔦で動きを止めた所を和希が撃ち抜くコンビネーションも格好良かったです」
 環とかりんも頷くように、今回の戦いではこの連携が攻略の鍵を握っていたらしい。
「炉心オーバーロードさせて胸から熱戦を放ってきたときは鉄の城かよってどうなるかと思ったが、どうにかなって何よりだぜ。
 アイスエイジインパクトから拘束、銃撃、斬撃の流れは圧巻だったわ」
 件の光景を思い出すように目を瞑って、陸也も言う。かなりの激戦だったことが窺い知れる内容だ。
「仁江さんもずばーって敵に切り込むし、比良坂さんのヒールのおかげで倒れずに済みましたよー」
「あの一撃はお見事でしたね。それに朱藤さんの前衛、比良坂さんの支援。今回も頼もしい限りでした……!」
 環と和希が語る戦闘の内容に、また一同が頷き合う。今は沈黙したダモクレスを倒したのは、やはり彼等のチームワークということか。
「比良坂にも助けてもらっちゃったね。仁江と朱藤もかっこよかったよ」
「おっきな敵と戦うのは怖いですが、仲良しのおにいさんとおねえさん達が一緒で安心しました!」
 アンセルム、そしてかりんもまた、互いを気遣うように目を細めた。
「環がハンマーでロケットパンチを打ち返したり、陸也が魔法でいっぱいサポートしてくれたのも心強かったのですよ」
 そうして振り返り、ここまでの戦いのまとめが終わったところで、陸也が伸びを一つ。傷付いた街の方へと歩き出した。
「さぁって、ぼろっとしちまった街を直してけーろうぜ。街の修復活動までがお仕事ってなー」
「そうですね、最後の仕上げ、ヒールで街中を直していきましょっか」
「それじゃ、後始末、と……」
 環のルナティックヒール、そしてアンセルムの薬液の雨が辺りに広がる。和希のオウガメタルによる金属粒子もまた、一帯のヒールに手を貸した。
「崩れた街をヒールしたら、頑張ったご褒美に美味しいものを食べに行きましょう!」
「そうだね。せっかく皆で戦ったんだし、帰りに何か食べて行こうよ」
「それは良い。ヒールが終わったらみんなで食べに行きますか……!」
「乗った乗った。肉喰いてえ、俺」
 和気藹々と、彼等はこの後の予定に思いを巡らせる。それは、きっと戦いを終えた彼等だけの特別な時間。
「移動手段はどうする? 歩く? タクシー呼ぶ? それともヘリオン?」
「ふふ、ヘリオンでヘリオライダーさんも参加がいいと思いまっす!」
 アンセルムの問いかけに、環が微笑んで答える。連絡が入れば、ほどなく彼等の頭上にヘリオンが現れる事だろう。


 こうして、今日も世界の平和は守られた。
 ある時は人知れず、そしてある時は誰しもが見える場所で、ケルベロス達は戦い続けるのだ――。
「カーット! 皆さんお疲れさまでしたーっ!!」
 そして誕生祝ありがとうございます!! カメラを回していたヘリオライダーは、やたらと良く通る声でそう締めくくった。

作者:つじ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年2月25日
難度:易しい
参加:13人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 1
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