ぽかぽか浪漫

作者:東間

●そこに熱はなく
 骨まで冷えそうな夜、橋の下にそれは在った。
 どのような経緯でそこにあるのか全くもって不明だが、橋が落とす影から少しだけはみ出して月光に照らされていたのは、近年コンビニで当たり前のように見るおでんの機械。
 日が昇れば早朝散歩に勤しむ誰かが見付けたかもしれないが、今は人っ子1人いない時間帯。故におでんの機械を見付けたのは人ではなかった。
 小型ダモクレスは電源スイッチ部分に出来た穴から中へと入り込み、機械的なヒールでおでんの機械を作り変えていく。
 流れる水の音にガシャンガションという金属音が混じり、それが止んで、数秒後。真っ黒な橋の下からぬうっと出てきたのは、ぴかぴかの銀色ボディを持った、いかにも『大将』な見た目のダモクレス。
 そのボディからふわりふわりと立ち上る湯気は──お腹が空きそうな匂いがしていた。

●ぽかぽか浪漫
「そうですか……おでんの機械がダモクレスに。それは困りましたね」
 アレクセイ・ディルクルム(狂愛エゴイスト・e01772)は少し考えるような仕草をし、それから優雅に微笑んだ。
 アレクセイの予感を切欠にラシード・ファルカ(赫月のヘリオライダー・en0118)が予知したおでんマシンダモクレスは、現役当時は中をたぷたぷのおつゆと沢山の具で満たし、大勢の心と胃袋を幸せぽかぽかにしていたのだろう。
 しかしダモクレスとなった今は危害を加える殺戮マシーン。こうなってしまった以上、止められるのはケルベロスだけだ。
「ダモクレス橋の下にいる。すぐ横は川だけど、足元はしっかり整備された土手の一部だから、崩れるとか濡れるっていうような心配は無い。ただ、街灯があまり無い所だから、いくつか照明を用意して行くのをオススメするよ」
 ダモクレスの攻撃は3種。菜箸の形をしたミサイルと、一辺を刃物に変えた仕切り板による斬撃。そして、胸部の黄色いコアからのエネルギー光線だ。
「コアが何ていうか……そう、半熟ゆで卵の黄身みたいな色をしているんだ。それと、どうしてだかおでんの香りを漂わせていて、人によっては戦闘中空腹感を覚えるかもしれない。だけど安心してくれ」
 ラシードが、タブレットをシュシュッと操作し、画面を見せる。
 そこにはグルメ情報を取り扱う個人ブログが表示されており、大きめの読みやすいフォントで『この町でおでん屋を探す時、町の人達に訊いたらかなりの確率で“福夢”という店をおすすめされるでしょう』と書かれていた。
「……歴史を感じる店構えですね」
 外観、内観。店を切り盛りする夫婦。琥珀色の出汁に浸かったおでんの具、具、具。興味深そうに見つめる壱条・継吾(土蔵篭り・en0279)へ、ラシードはその『福夢』が現場から徒歩10分もしない所にあるのだと言った。
「町一番っていわれる評判の味だ。無事に終わったら福夢でのんびりするといい」
「……そうですね。戦闘で動き回るとはいえ真冬の、それも、水辺のすぐ近くで戦う事になります。それに、」
 ラシードの提案にアレクセイはにこ、と笑った。
 満月の瞳が、集まった仲間に向く。
「ダモクレスの香りでは、満たされませんから」


参加者
アレクセイ・ディルクルム(狂愛エゴイスト・e01772)
サイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)
マロン・ビネガー(六花流転・e17169)
ヴェルトゥ・エマイユ(星綴・e21569)
美津羽・光流(水妖・e29827)
クラリス・レミントン(夜守の花時計・e35454)
アベル・ヴィリバルト(根無しの噺・e36140)
ナザク・ジェイド(甘い哲学・e46641)

■リプレイ

●開店、橋の傍
 橋によって一層暗いそこから出た『大将』が、頭上から聞こえた音に反応した。
 音の正体、そこにある物を見定めようとしたようだが、近付く足音がそれを中断させる。
 機械の体から漂う、変化前を思わす美味しい香り。アベル・ヴィリバルト(根無しの噺・e36140)は煙草の火を消すと、コツンと光源をひとつ置いた。
「さ、行くとしますかね」
「元は沢山の人の胃袋と心を満たしていたのだろうな。甦ったおでんの機械に罪は無いが、もう一度静かに眠って貰うとしよう」
 穏やかに語るヴェルトゥ・エマイユ(星綴・e21569)の背後から箱竜・モリオンがおそるおそる羽ばたき──自分を討ちに来たと察したか、『大将』が鋼鉄の袖を捲る。キィと漏れた音は機械兵にされたという証。
「皆を幸せにした現役時代の大将もこんな姿にされるのは不本意だよね」
 踏み出したのは、オーディンの元へ向かう戦乙女を彷彿とさせる娘、甲冑姿のクラリス・レミントン(夜守の花時計・e35454)。しかし対峙しているのは、これから挑むのは、おでんマシンが元である人型機械兵。
「私達が最後のお客さんとして早いところ営業終了……もとい、決着をつけてあげないと」
 それに、男の声が続いた。
「寒い日にたべる熱々のおでん、美味しいですよね。愛しの我が姫にも私の手で食べさせて差し上げたい……」
 むしろ姫がいれば私は暖かいですと言い切った唇が蠱惑的に微笑む。アレクセイ・ディルクルム(狂愛エゴイスト・e01772)は星穹の髪をさらりと流し、とろける満月に似た瞳を細めた。
「迷惑なおでんマシンはスクラップにしてしまいましょう」
「ス、スクラッ、プ、ですか、アレクセイおじさん……」
「おや。どうしましたマロンさん、顔色が優れないようですが……?」
 アレクセイお兄さんですよ、と微笑まれ、マロン・ビネガー(六花流転・e17169)は青い顔のまま笑い返し──鼻孔くすぐる温かな香りに表情が緩む。だが肝心の具は存在しない。香りだけだ。これは大将の罪では無さそうだが、このままだと空腹を覚えそうな気がしてならない。
「飯テロの一種です……!」
「おやつでハラヘリ対策しとったんやけど、この匂いでもうあかんわ」
 若干イラッとしてる美津羽・光流(水妖・e29827)の視界で、橋に吊された提灯が赤く灯った瞬間、クラリスとマロンのヒールが前衛を包み込んだ。
(「おでんの誘惑も少しは防げますように」)
 祈り籠められたエクトプラズムと、導き出された陣形。2つの加護をアレクセイの放った竜砲弾が豪速で超えた。
「はい、じっとしていてくださいね。熱い汁を飛ばすのは――控えめに」
 衝撃で『大将』が跳ねるようにさがる。そこを、光流が二振りの刀を鮮やかに揮い、空間ごと『大将』の足を斬った。
「おでんロボに世界征服させられへん。きっちり始末するで」
 直後に迸ったのは眩い一撃。
「……何というか」
 ケルベロス達が用意した灯り以上の輝きを一瞬もたらしたのは、ナザク・ジェイド(甘い哲学・e46641)だった。構えていた巨銃、その銃口からふつりと光が消える。
「早く倒さないと俺の腹が持ちそうにないんだ。さっさと倒したい」
 美味しい匂い漂わす敵とは聞いていたが、その通り過ぎた。毎ターン、自動でBSハラペコが付与されてしまう。発動すれば腹の虫がぐぅぐぅ鳴くだろう。
 ナザクを始めとするケルベロス達の思いは、心を持たない『大将』に届かない。ギンッと目のパーツが吊り上がり、交差した腕から無数の菜箸型ミサイルが放たれる。
 輝く剣でもって降り注ぐそれを肩代わりしたクラリスの腕が、爆ぜた衝撃でびりびり震える──が、クラリスは笑むと剣を構え直した。光に呑まれた『大将』が受けた傷みによって軌道がずれ、本来以下と思われる威力になっていたのだ。
 共に盾となったサイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)も口の端を上げ──ふわんと届いた香りにふむふむ頷く。
「てめえは中々ニーズってものを知ってやがる。いただきますついでに褒めてやろう」
 不備があるとすれば実物の提供がないというその一点。サイガの描く意識通りに翔た黒鎖が『大将』を縛り上げた隙に、壱条・継吾(土蔵篭り・en0279)のヒールがクラリスを癒す。
「モリオン、君も」
 そう言った時か、言い終えた時か。どちらか判断するのも難しいほど速い一発をヴェルトゥは見舞い、ひらり舞ったモリオンの宿す力がサイガに降るのと同時、アベルが流星の蹴りを叩き込む。

●偽りの香りに、指導を
 衝撃で後退した『大将』の足が砂利を跳ね上げ、川に短い水柱が数本上がる。
 それが水面へ戻る前に、クラリスは再度前衛へとエクトプラズムによる癒しを届けた。
 様々な禍を与えられた『大将』は癒す術を持たない。だが、動く限り誰かが攻撃を受けるのだ。おでんの香りと共に。
(「全員が最後までしっかり立って、戦いの後を楽しめるように──!」)
 戦闘後に訪れる場所には、今、嗅覚を刺激する香り以上の旨みに満ちた匂いが待っている筈。
 漂う中身のない香りをアレクセイとサイガが突き破るように駆けた。
「確実に当てていきましょうか」
「おう。アレの魂? が、何味か気になるしな」
 閃いた斬撃が灯りを反射し、一瞬で月を描く。きつく握られた拳は破壊音と共に『大将』の脇に沈む。弾けるように散った煌めきに、ビビットカラーに染まって噴き出した『中身』が重なった。
「光流さん、これを……!」
「おおきに!」
 マロンから送られた幻影が光流の掌、その内で渦巻く螺旋をより激しくした。
 突き出された拳を躱して腹部に軽く触れ、内部から一気に螺旋を溢れさせれば、腹部のパーツが開花するように捲れ上がる。それを戻そうとするように『大将』が押さえ込むが、鋼の色に炎が映った直後、衝撃が襲った。アベルが足に纏った炎は痛みと共に奥底まで達していく。
 炎の色を、熱を超えようとするように、胸部の黄色いコアが一層輝いた。光が放たれる直前にぽろり欠け落ちた黄色は、出汁の中で踊る黄身の欠片のよう。威力の落ちた黄身色の光線は前衛へ一直線に向かうが、黒水晶纏う小竜も真っ直ぐ光の前に飛び出し、『大将』の狙いを果敢に阻む。
 小さな仲間が生んだ間をナザクは繋ぎ、一気に迫りながら指輪から紡いだ剣を振り上げた。接近したせいだろう。出汁の香りがより濃くなった──が、無視した。意識すれば空腹度が増しかねない。
 自身を癒すモリオンに継吾の癒しも重なる中、ヴェルトゥは輝く斬撃、その続きから逃すまいと桔梗咲かす鎖で『大将』を絡め取る。
 冬の夜、風の無い状況は『寒さが強調されない』という点で喜ばしい。だが、漂うおでん出汁の香りが留まるという点が、ケルベロス達にとって唯一の苦しみとなっている。
(「真冬のこの時間、あのダモクレスの放つ香りは色々な意味で危険だからな」)
 加えて、動くと腹が減るものだ。
「こっちは腹減ってんねん! 倒れへんならお前から先に食うてまうで!」
 光流のように絶対倒すマン状態を露わにしている仲間もいる。
(「ハラペコBSは気合で我慢し──」)

 きゅるる、る──……。
 ──ぐぅ、ぅ。

 鳴った。
 誰かの腹が、鳴ってしまった。
 更にもう1人、鳴っていた。
 『今です!』とばかりに音が途切れた瞬間だったので、腹の虫2連発は物凄く目立っていた。
 幸いなのは、誰の腹の虫なのかわからなかった事。そして、絶対に全員耳にしたのだが、その全員が「腹の音なんて知りませんね」という姿勢を貫いた事だ。
 機械兵に変えられてしまったおでんマシンを倒すという思いと同じくらい、腹を鳴らしてしまった誰かへの紳士的対応も、強固な思い──それに触れないという優しさで満ちていた。
 『大将』に向けられる攻撃の手は途切れず、時には声を掛け合って仲間を癒す中、漂う香りにぽつり、と声。
「フロストレーザーで凍らせたら、いい匂いが軽減されたりしないかな」
 じい、と『大将』見つめて照準合わせたナザクに、クラリスが笑顔で同意する。よしそれじゃあ、と遠慮無くぶっ放した光線は『大将』を呑み込み、鋼色の表面をパキパキと凍らせていった。
 アレクセイはしんと冷えた空気を嗅ぎ、微笑む。体のあちこちを破壊された『大将』から漂っていた香りは、熱を奪われた事も手伝ってか、仲間の狙い通りだいぶ薄れていた。
「さぁ、過去の残穢は残穢らしく、甘美な思い出に抱かれて、お消えなさい」
 宇宙の翼に輝きが浮かび、英雄が放つ死の矢尻となって『大将』のコアを貫く。
 鮮やかだった黄身色は、見る見るうちにその色を失っていった。数分と立たずに輝きは完全に消え、コアが暗くなったのと同時に『大将』の体中に亀裂が走る。
 あれだけ漂っていた香りが嘘のように、機械の体は夜闇へ溶けるようにぼろりと崩れ去っていった。

●食べて、呑んで、また食べて
 戦いの痕跡を皆のヒールグラビティで整えた後、訪れたそこに架かる『福夢』の暖簾。
 夜のお外ご飯、大人な体験に胸高鳴らせていたマロンのお腹は、とっても空いていた。
 戦いとはそれ即ち、激しい運動である。結果、皿に盛られたおでんが目の前に運ばれた後、マロンの精神は食べる事に集中していた。
 外でおでんを食べるのは初めての経験。玉子。大根。ちくわ。普段は付け味噌派だが、何も付けずに食べれば、染み込んだ出汁と素材の味が仲良く広がっていく。
「……幸せです!」
 零れた感想と笑顔に、あちらのお客様からですならぬ『あちらの店主からです』が起きるまで、あと数秒。

 ナザクとエトヴァの『初・外でおでん』は日本酒での乾杯から始まった。店主お勧めのそれはすっきりとした味わいで、全部お勧めだというおでんとの相性も抜群。だからか、ナザクの皿に盛られたおでん達が日本酒と共にぐいぐい減っていく。
 たっぷりの出汁に浸った具の数々を興味深げに見ていたエトヴァも、ナザクに倣い──もとい対抗して『全部』コース。日本酒と共にちびちびと味わう中、湯気をくゆらす大根を一口大にして、ぱくり。噛めば大根はほろりと崩れ、熱と旨みが広がった。
「……お出汁がじっくり染み込んデ……良いお味。お酒も良い香り……深い味わいデス」
「大根はおでんの旨みを全部閉じ込めてくれるよな」
 同意し頷いたナザクも熱々大根にはふ、と息を吐き、日本酒をぐびり。
 熱く、温かく、美味い。何ともいえぬ、この上ない贅沢。2人は笑みを零して。
「……噂に聞いた『出汁割り』……試してみませんカ?」
「そんなのもあるのか」
「だったらコイツがいいですよ」
 降った声へ揃って目を向ける。
 そこには日本酒の瓶片手にニヤリと悪い笑みを浮かべた店主の姿。
 おでんも酒も、まだまだ進みそうだ。

 つるん、と光流の前で輝く茹で玉子は、あの食べられない玉子色と違って食べられる上に美味しい。こんにゃくはんぺんと頬張れば口の中はぽかぽかだが、隣のベジタリアンな連れに目をやれば心も温まる。
 煮崩れ気配無しの大根、その柔らかさと味わいでウォーレンの顔に浮かぶのはほろほろ笑顔。視線に気付き、『玉子』繋がりで思い出した戦いを労いながら酌をする。
 ジャパニーズトラディショナルな奥さんみたい。
 ふふと笑っていたものの、ザルの光流に合わせ飲むうちにふらふらり。
「そろそろ帰ろか。あ、お持ち帰りできるんや。土産にしよか」
「なら、僕もお持ち帰りしてね?」
「そ、それを言うなら連れて帰るやろ」
「うーん……? 日本語難しいね」
 あたふた。ぽかぽか。灯った温かさは外に出ても消えない気配。

 おでんはどれも至高と言うアベルのお勧め、以前話に聞いたロールキャベツを見るフィーラの目はキラキラ、初おでんに心はわくわく。いただきます、と手を合わせて食べた途端、透き通ったキャベツの奥から口いっぱいにじゅわっ、と汁が広がって。驚きはしたが、その味わいはアベルの言った通り美味しさで満ちていた。
 アベルは全制覇と洒落込みながら一口ずつお裾分け。その全てに目を輝かせ、味わっていくフィーラに、折角だしと日本酒一杯の誘いをかけた。水や茶との食べ合わせの違いを楽しむのも、また一興だろう。その感想は。
「なんか……からい?」
「……噫、日本酒は辛口な方だからな。アレなら無茶せず水か茶にしろよ?」
 そう言って日本酒で喉を潤しておでんの至福に浸ると、隣も同じく浸っていたらしい。ほんのり出汁色に染まった白色を食べた瞳が、きらっと輝く。
「どれもおいしい、けど。はんぺん、ふわふわで、すき」
「優しい食感だもんな、俺も好き」
 覚えとくと笑いながら、次に作る時には入れてやろうと思考ひとつ。美味く、温かな至福は1回だけでは終わらない。

 ヴェルトゥとエレオスに蓄積されたBSハラペコのキュアを託されたのは、噛んだ瞬間に出汁が溢れる大根やほっくり崩れる茹で玉子、ふわふわもちりとした真っ白はんぺん、噛めば噛むほど味わいが出るちくわ等々。
 2人の皿いっぱいに盛られたおでんは、正におでんオールスター。全部食べられるだろうかという不安は、ヴェルトゥ発案の半分こという素敵な提案で解決へと至る。
「エレの皿、大根まだないよね? はい」
「ありがとうございます。ふふ、ヴェルには一番好きな具をあげちゃいます」
 互いに半分こした物を頬張れば、幸せの味がじんわりと広がり笑顔が溢れる。
 食べれば食べるほどそうなるのは『福夢』という名の通り。
「美味しいですね」
「寒い冬に、お腹も心も温まったね」
 一番の理由は、ほっこり満たすおでんではなく──隣に居るのが、君だから。

 飲み物感覚で喉を通る牛すじは、店おでんの覚えがないサイガにとって美味しい罠も同じ。
 温かな店内、戦闘中と違いもったりとした動きで、けれど三角のアレ(こんにゃく)や四角のソレ(餅巾着)もぺろり平らげる横、外食が多い故に慣れた様子のキソラも、ドがつく定番の大根や玉子を食べた後は牛すじパワーで日本酒が進んでしょうがない。
 ソーセージを噛んだ瞬間弾けた肉汁に継吾が跳ねた時、サイガは細長く断面が丸い具を箸で摘んだまま目で訴え、刺さる視線に盃持つキソラの手が止まる。
「犬かお前は! そっちは牛蒡、ソッチは生姜! ったく……なあ、継吾ンちではどんなんが人気?」
「うーん……やっぱり大根でしょうか。厚揚げや鶏肉もすぐになくなりますね」
 最近定番の仲間入りをしつつあるロールキャベツはと振れば、それは壱条家では1人1つのお約束らしい。そんなおでんトークにはんぺんにまつわる妖怪的ネタを差し込んだサイガは、キソラのはたきツッコミで軌道修正されながら言う。
「よし奢ったろう。キソラが」
「さらりとたかってンじゃねぇ。ケドまあ、お疲れサマと継吾に免じて許す」
「いいんですか?」
「レアいモンは全部食っとくべきだぞ。オッチャン、追加頼むわ」
「やだサイガクンてば遠慮ない。継吾はなンにする?」
 おでんは逃げも噛み付きもしない。笑って「ほら」と促せば、お言葉に甘えてと追加注文の声。
 日本酒を横からちびりと舐める程度でも食は進む。満腹目指して食べ続けるうち、暖簾潜った頃にあった寒さは消えていて。そこは腕まくりするのが自然なくらい、ぽかぽかと温かい。

「コラーゲンは大事だよね」
「乙女必須の栄養です。たんぱく質担当の茹で卵に、イソフラボンのがんもどき。食物繊維の白滝に、ほろほろ大根は外せません」
 牛すじ串見つめたクラリスは、向かいでフルコンプ状態の腕を手にした記の言葉に目をぱちくり。まるで魔法の呪文だ。玉子を追加してしまったのは、その魔法のせいだろう。
 2人仲良くいただきます、と一口。唇に具の温かさが伝わってすぐ、乙女達の双眸がキラキラッと輝いた。
「この卵の味の染み具合……最高ですよクラリスさん……!」
 記の言葉を受け玉子を食べれば、つるりとした白身とほっこり崩れた黄身が、言葉通りの最高を口いっぱいに提供してくれる。幸せに緩む頬を押さえて、ふと目に入ったのは店主の後ろ、棚に並ぶ日本酒の数々。
「来年私達が二十歳になったら、またここに来て、お酒も飲んでみたいよね」
「ええ、また来年ぜひ、伺いましょう!」

 愛する姫の好物を買って、土産にしたい。
 その為にも、まずは味見をしてから!
 アレクセイの愛に満ちたジャッジもとい、強い想いを受けたのは、玉子、昆布、はんぺんにちくわ等。男の決意を感じ取ったらしい店主が真顔で見守る中、アレクセイはそれらを綺麗な姿勢で食べていく。
 おでんの具が全て胃に収まれば、空になった皿には僅かに出汁が残るのみ。
 食べ終えたアレクセイはというと、箸を揃えて皿の上に乗せ──ふわり、微笑んだ。
「ああ、美味しい。身に染みるようです」
 これを愛する姫が食べたら、どれくらい喜んでくれるだろう。
 その瞬間を思うと、おでんを食べた時とは違う温かな幸せが胸いっぱいに広がっていく。
 ──福に満ちた夢の続きは、愛する人が待つ場所で。

作者:東間 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年2月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 0
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