●女子高生は今日もかしましい
「カナカナー。こないだ話してたお店、帰りに皆で寄ってかない?」
「……今日? ん、まあ良いけど」
急だなぁ、と思いながらも彼女は笑顔で同意する。
休み時間にはいつも友人達と他愛ないおしゃべりをして、これも、そう、いつもの事だ。小中高ずっと一緒の幼馴染を中心に、仲の良い女友達4人で集まっては、なんだかんだ、わいわい過ごしている。最近の話題はもっぱら――。
「ほらもう一週間前だし、流石にそろそろチョコ用意しなきゃかなって!」
長年の付き合いで気心知れた幼馴染は、今日も屈託がない。
「う、うん、そうだね……」
「あれぇ? もしかして抜け駆けとか考えてたり?」
「そ、そんな事――」
しないよ、と言い終える前にもう一人が被せる様に同調する。
「だよねー。カナカナはリーコの一番の親友だし、一人で買いに行ったりしないよね」
「皆楽しみにしてるんだもんバレンタイン♪ 交換用の友チョコ皆で選ぼうよ!」
さらにもう一人が乗っかって、幼馴染はニカッと愛嬌のある笑みを浮かべる。
「そうと決まれば早速作戦会議! ウチのクラスに集合って事で。じゃっ、カナカナ、私達先に戻ってるね!」
友人2人と一緒に一足先に自分のクラスへと引き揚げる幼馴染を一旦見送って、一人、その場に取り残された少女――奏(かなで)は鏡に向かって笑顔を繕う。
うまく笑えていたかどうか。
(「何もトイレにまでついて来なくても……」)
何処へ遊びに行くのも一緒。学校でも授業以外は大体一緒に居る気がする。
決して彼女達が嫌いな訳ではない、と思うのだが最近は少し自信がない。
考えれば考える程、気持ちは重く沈んで行く。
(「友チョコ……どうしよう。一人でゆっくり選びたいなぁ好きなチョコ、自分用にも」)
口角を指先で持ち上げたまま思わず零す溜息。
と――。
「お前の本当の心は何処にあるんだ? 自分の心を見失っていないか?」
背後から声。迷う心を見透かされた様で、奏は息を呑んだ。
鏡に映る『彼女』と目が合う。振り返れば、確かにそこに居る。
いつの間に現れたのか。明らかにこの学校の生徒ではない、セーラー少女の堂々たる佇まい。足首まであるスカート丈が、流行に囚われないある種の強さの象徴の様にも見えて来る。――何かで見た、『スケ番』そのもの。
「お前の心はお前だけのもの。そこには何ものにも代えられない価値がある。周りに合わせていては、擦り減って行くばかりだぞ。お前の心も、お前の本当の価値も、すり潰されて無くなってしまう! ――自分の心に従って行動すべきだ。他人の目など関係ない、本当に欲しいものは自らの意志で選び取ればいいんだ」
『彼女』の自信溢れる表情と強い言葉に、奏は醒めた様に目を見開いた。
「そう、だよね。無理に合わせる事ないよね。誘われても勧められても、嫌なものは嫌って言えば良いんだよね!」
そう決めた次の瞬間、『彼女』の手に現れた鍵が奏の胸を突いていた。
――放課後の教室に少女達の悲鳴が響く。
棒状の物体を翳して彼女らを教室の隅に追い詰める、その姿は――。
「……か、カナカナ? 一体どうしちゃったの?!」
よく似ている、けれど。リーコがよく知る幼馴染の優しく少し気弱そうな面影はそこにはない。折れない意思の強さを剥き出しにした顔つきで、思いの丈をぶつけるかの様に棒を――のぼり旗を振るって襲い掛かって来るのである。
「自分をしっかり持って皆! 嫌な事は嫌と! 誰にも邪魔されずに自分で選ぶの! 流されて付き合ってあげる必要なんてないんだからっ!」
叫ぶ『奏』。頭を庇い、悲鳴を上げて逃げ惑う少女達。
のぼりには『NOと言える日本人!』と書いてある。似合わない鉢巻きにも同じ標語がでかでかと主張しているが、そこに目を向ける余裕など少女達にはなかった。
●友チョコ交換という文化
「いよっすー。いきなりでなんだが助けてくれ――哀しいかな、友情の危機でな」
開口一番、久々原・縞迩(縞々ヘリオライダー・en0128)が放つとりとめのない一言。
唐突ではあるが、無論、事件の話である。
日本各地の高校に出現しているドリームイーターが、高校生の持つ強い夢を奪って強力なドリームイーターを生み出そうとしている一連の事件。その一つを新たに予兆したのだ。
そよ吹く冷たい風に縞々マフラーを口元まで引き上げ、ヘリオライダーは続けた。
「今回狙われたのは『苅田・奏(かりた・かなで)』、17歳、高校2年生。空気を読んで周りに合わせる『お友達関係』にちょいと疲れちまった所を、つけ込まれた様だ」
そんな彼女から生まれたドリームイーターは強力だが、そのエネルギーの源泉である『空気を読む事への疑問』を弱める様な説得ができれば、弱体化できるという。
「彼女の場合は、そうだな……長く一緒に居て仲間内じゃ当たり前になってる事が、重たくなって来たって感じだな。友達は誰も彼女を嫌ってはいないし、そもそも彼女ほど深く考えて無ェ。元よりチョコに罪は無ェし、彼女もチョコは好きらしい。思春期の乙女心は俺にはよく解らんが、彼女の想いがひとりよがりにならねェ様に諭しつつ、その辺、うまく心の重荷を減らしてやれりゃあ良いんじゃないかとオジサンは思うんだぜ」
弱体化できれば戦闘を有利に進められる、が、説得の匙加減を誤れば、敵の力の源泉たる奏の心に及ぼす影響が、悪影響へと転じる危険性もある。要するに、こちらも丁度良い塩梅を探らねばならないという訳だ。やり過ぎは逆効果。
「イヤな事を『ヤ!』と言う事が必要な場合もそりゃあるだろうが、時と場合によりけりだわな。空気を読むっつーのは円滑なコミュニケーションには欠かせない要素だし、あまりにも空気読まねぇ自己主張の塊じゃ嫌厭されちまう。……んん? 俺が言っても説得力が無ェってか? 奇遇だな俺もそう思う」
秒すら保たない真面目くさった迫真の表情で縞迩は一つ頷き、咳払い。
「ともかくその辺は、お前さんらを信じて託すぜ。あまり、強く否定しすぎない様にな」
行き過ぎればそれは彼女の心に深刻な傷と、変調を齎す事になるだろう。
現場は、放課後の教室。
校舎の2階、廊下の両端に昇降の階段があり、その一方の階段脇に位置している。他経路は無し。他の学生達は下校、或いは部活動に出払っているので、大がかりな人払いは不要だ。心配なら何らかの対策を講じても良いが、ケルベロス達が現場に到着する頃には、今まさに『奏』に襲撃されている一般人3名が居る事も忘れてはならない。もっとも、ドリームイーターはケルベロスを優先して狙って来る為、3名の救出は難しくはないだろう。
「颯爽と駆けつけて安心させてやんな! ちなみに3人の名前は、と言ってもあだ名しか判んねェが、『リーコ』と『ミヤ』と『ナーたん』な。――で、『奏』の事も早いとこ何とかしてやろうぜ」
奏によく似たドリームイーターは、『NOと言える日本人!』と書かれたのぼりで攻撃してくる。彼女はそれを『鍵』同然に扱い、対象のトラウマを抉る斬撃の他、胸に広がるモザイクを用いた武器封じと、催眠攻撃を仕掛けて来る。
「戦う相手は『奏』一人。彼女が一度に攻撃できるのも、一人だけだ。別に彼女自身、そこまで徹底して一人が良いって訳でもねェだろうにな」
説明はそれで終わりだと、言わんばかりに縞迩は両手を開いて肩を竦めた。
「……このまま行けば友情にヒビが入りかねん、というのは理解した」
ぽつりと言葉を発したのは、ザラ・ハノーラ(数え七弥の影烏・en0129)。
仲間意識の強い彼女にも何か感じるものがあったのだろう、いつでも行けると言いたげな顔を見て、縞迩は再び肩を竦める。
「そ。だから、よろしく頼むぜ皆。嫌い合ってる訳でもねェ友達に、怪我させる前に。彼女達の関係が修復不能になっちまう前に、な。……いたいけな女子高生の悩みにつけ込んで利用するなんざ、許せねェぜドリームイーター」
「――同感だ」
言葉少なに、ザラが固めた拳は静かな怒りに震えていた。
参加者 | |
---|---|
ネロ・ダハーカ(マグメルの柩・e00662) |
アラドファル・セタラ(微睡む影・e00884) |
落内・眠堂(指切り・e01178) |
据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357) |
ヨル・ヴァルプルギス(グノシエンヌ・e30468) |
アルベルト・ディートリヒ(昼行灯と呼ばれて・e65950) |
●急げ!
二階へと至る階段の踊り場に差し掛かった時、少女達の悲鳴が聞こえて来た。
現場はすぐそこだ。ケルベロス達は数段飛ばす勢いで残りを一気に駆け上がり、ネロ・ダハーカ(マグメルの柩・e00662)が先陣を切って一番近くの教室に踏み込んだ。
――スパァン!
引き戸が派手な音を立て、中に居た者達が一斉にこちらを向く気配。
「そこまでだ『奏』」
「――!?」
似合わない鉢巻きとのぼり旗。『それ』は、闖入者がケルベロスだと悟るや否や、はっきりとした敵意をぶつけて来た。ネロは動じず、揺るがず、仲間達へと素早く視線を走らせる。歩み出る影、アラドファル・セタラ(微睡む影・e00884)が口を開く。
「奏、君は俺とは違い人を大事にしてきたのだな」
マイペースな生き方を自覚しているからこそ、故に周囲に迷惑をかける事もあると己を顧みながら、彼は続けた。
「悩み、苦しんできたと思うが、皆といて楽しかった瞬間はなかっただろうか。君はそれを守ってきた。決して、無駄ではない。そんな奏だからこそ。時には空気を読み、時にはちゃんと嫌だと言う……自分にも、人にも良い選択を探れるのではないだろうか」
「――場の雰囲気を読んで尊重できる君は、優しい子だ」
ネロが言葉を継ぐ。凛然と柔らかく。奏に寄り添う様に。
「誰かの気を損ねまいと、場の楽しい雰囲気を保ちたいと、そう思っているのだろ。けれどそれでは、きっとどうしたって自分には優しくない。だから偶には、息抜きをしたって良いんだ」
構わず『それ』はのぼりを振り回し、机や椅子を薙ぎ払いながら彼らの方へと迫り来る。
二手に飛び退って襲撃を躱すケルベロス達。その間にも落内・眠堂(指切り・e01178)は、反対側の扉からザラ・ハノーラ(数え七弥の影烏・en0129)が、女子高生三名の元に駆けつける姿を視界に映す。腰を抜かしてへたり込んだまま動けずに居る少女ら二人の襟首をザラが掴み、オルトロスの『コノト』がもう一人のスカートを咥えて教室から引き摺る様に連れ出して行く。あの様子ではそれ以上離れるのは難しそうだ。当人もそう判断したのか少女達の盾になる様に間に立ち、成り行きを注視する眼差しを向けて来るアイコンタクト。視線で頷き、眠堂は更に『それ』の気を引く様に、言葉を向けた。
「気持ちを言葉にするってのは勇気の要ることだ。思い立てるその心は偉いよ。……けど。例えばお前がそのようにして、脅すように声を張り上げたところで怯えた彼女らにはまるで届かなかっただろ」
少女達の危うい縁の綻びに胸を痛めつつ、あくまで穏やかに柔らかく。
この言葉は彼女に届いて居るのだろうか。
耳触りの良い言葉だけでは恐らく通じまい。かといって強い否定も、過ぎれば逆効果。まずは、その極限まで閉じかかった視野を広げてやる事を第一に。
だが、『それ』は邪魔をするなと言わんばかりに標語を振りかざした。
吹っ飛ぶ机と椅子。また一列分、戦場が広くなる。
「成程、貴女の言う事も一理御座いましょう。ええ、我慢と言う物は気付けば我が知らぬ間に身を苛む毒の様なもの…ですが、一切の我慢も無い、と言うのも正常とは言い難く、其れは、貴女とてよく分かっていらっしゃいましょう。貴女の言う事が全てならば、――『何故、貴女は今まで、しなくとも良い我慢をして来たのです?』」
目を閉ざし、口を閉ざしたまま、ヨル・ヴァルプルギス(グノシエンヌ・e30468)が人形を介して伝える言葉に、据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357)も重ねて行く。
「苅田奏さん、もう一度考えて下さい。お友達に『NO』と言う事が貴方の望みですか? 他人が強い言葉で出した結論に引きずられてはいませんか?」
「お前は友人が嫌いになった訳ではなく、ちょっと疲れただけだろ。長年の付き合いなら、話せばわかってくれるんじゃないか?」
襲って排除するなど論外、と、少々強すぎる意を込めた言葉を放つのは、一手を講じていてやや出遅れたアルベルト・ディートリヒ(昼行灯と呼ばれて・e65950)である。
「空気は読み過ぎるのも全く読まないのも、両方問題ありだ。適度に読めるよう、まずは幼馴染みと練習してみたらどうだ? さっきも言ったが、多少失敗しても長年の付き合いなら仲直りできるだろうよ」
――嫌。
微かに、何か聞こえた気がしたが、彼らは言葉を止めない。
「人と意見を違えても、話し合いで落とし所を探す事はできるはずです。その上で『相手に合わせる』と自分で考えて決めたのなら、それもまた貴方の心でしょう。貴方はどうしたいですか? もう一度考えて下さい」
再び赤煙。
繰り返された言葉に、激しい敵意は治まるどころか膨れ上がった様だ。
――嫌、いや、イヤ!
ぶるぶると震える手。のぼりの一撃で机が破砕し、拓ける道筋。軌道上に立つ赤煙。その前に、素早くヨルが立ちはだかる。表情は動かず、声も揺れず、あくまでも伝えるトーンで。
「人は、本心のみで生きているのではありません。本心を隠して漸く、互いに歩み寄りが出来るのです。相手に譲歩し、距離を詰め、互いに親しむ事が出来る。――ええ、わたくしは貴女の事を、羨ましく思うわ」
●届け!
行くべき道を見失い、ここに至ってしまった彼女に、問いを返すは無意味。更に何かを強いるは、苦行であろう。判らなくなっているのだから。ささやかでも、一欠片でも、そうする事に疑問を持ってしまったのだから。
だからこそ。
受け止め、寄り添い、導いてやる事が、今はとても大事なことの様に、ネロには思えた。
(「ノーと言わないのはこの国に住む人々の美徳でもある。空気を読むという文化は素晴らしいものだと思うよ。……まあ、それで心が磨り減ってしまっては――難しいな」)
だからとて、説得を諦めはしない。
モザイクを伴う強撃がヨルを捉える。『奏』を囲むように布陣しながら、ネロはもう一度彼女に呼びかけた。
「嫌だと主張出来る事も、大事な事に違いない。けれどそうでなく、柔らかな言葉で迂遠に遠慮するのもまた、充分身に付けられる技術だ」
「今の素直な感情は忘れなくていい。普段の奏の、柔らかい言葉で、思いを伝えてみたらどうだ? それも、空気を読む、ことになるとしても、これからも仲良くあるための新しい一歩になるんだって分かったら、彼女らも安心して聴いてくれると思うんだよな」
わかり合うための力になれたらという一心で、続く眠堂の声は変わらず穏やかで柔らかい。励ます様な彼の言葉に、ネロは頷いて重ねる。
「関係は円満な方が良い」
のぼりを振るう『奏』の手が震えている。
「――うう」
くぐもった声が聞こえた。もうひと押し。
「ふかふかのクッションを挟んで行こうじゃあないか」
包み込む様なネロのトドメの一言に、激しい敵意こそそのままながら、それまで場に渦巻いていた息苦しさを覚える程の圧が和らいだ気がする。
一瞬にして、ケルベロス達を取り巻く空気も変化していた。即ち、説得から攻撃へと作戦のフェーズが切り替わった瞬間である。
「ううう……!」
唸り声と共にがむしゃらに振るわれるのぼりの下を掻い潜り、そのままネロはルーンアックス『Rotkappchen』を振り抜いた。軌跡に光り輝くルーン、呪力を込めた一撃を『奏』に浴びせかかる。彼女を真に救う為には、『これ』を撃破しなくてはならない。
赤煙が構えたドラゴニックハンマーは砲撃形態へと変じ、放たれた轟竜砲が間髪入れずに彼女を呑み込んだ。アルベルトが全身から放ったオウガ粒子が己を含む前衛三名に降り注ぐと共に、眠堂は少女らの盾となっているザラに光の盾を付与。短期決戦を狙うアラドファルが齎す落星の足跡が、『奏』の身体に浮かび上がる星図の如く輝く点と線を結んでその挙動を緩やかに縛り上げた。
「『眠れる程度の痛みだから』」
牢星――『奏』を捉える無数の星々には針で刺した様な微かな痛みが宿る。
眠りは彼にとっては癒しだ。たとえ何か思い悩む事があっても寝ている間にすっかり忘れて、たちどころに解決してしまうのだ。が、彼女にはどうだろうか。――ちゃんと眠れているのだろうか、と。
思い巡らせる間もなく光線が彼の傍を奔り、冷たい風が吹き抜ける。ヨルが放ったフロストレーザーが『奏』の熱を奪い取る。
●砕け!
――NO!
――NO!!
――NO!!!
交戦開始から5分。その言葉を何度、耳にしただろう。何度、目にしただろう。
「嫌なものは嫌!」
『奏』の無軌道な負の感情が仲間の一人に襲い掛かる。幾度目か、代わりに受け止めたヨルを護している分身の幻影がその悪効を打ち掃い、眠堂のバトルオーラが翻る。被衣の如き形状のオーラを染める薄紅、桜柄。何ら補正の掛かっていない状態での『奏』の初撃も受け止めた彼女だったが、此度も危うげなく踏み止まった。仲間の支えがあればこそ。
「ヨル殿、大事無いか」
「無理はするなよ」
「わたくしは――平気でございます。初手の比ではございませんわ」
ザラと眠堂の声にも腹話術で応じる揺らがない表情、綻ばない口許。それがヨルの自制の賜物である事を知る仲間はここにどれほどいるだろう。そして、彼女の言葉が示した通り、『奏』が弱っているのは、誰の目にも明らかだった。
『奏』を貫く冷凍光線も、赤煙が放ったものだけでもう3発目という所。
「寒い時期にこの技は、こちらまで寒くなってきますわい」
思わず身震いする赤鱗のドラゴニアン。見ているだけでもこうなのだから、喰らう方は堪るまい。
「『さて』、『一服するか』」
小休止、ではなく、更なる氷の一撃を。
詠唱と共にアルベルトの長煙管に生成される氷煙、口に含んだそれを『奏』に吹き付ける――氷煙撃。女子高生の見た目をしているが、斃すべきドリームイーター相手に彼は一瞬たりとも躊躇しない。煙にむせる姿が、高校生のそれである事に、居たたまれない気分になる者はいたかもしれない。が、アルベルト自身はまるで違う事を考えていた。
(「ケルベロスの仕事って人生相談とかカウンセラーみたいなの多いな……」)
彼の説得は彼女にはあまり響かなかった様だが、最早関係ない。
どんな些細な事であれデウスエクスが狙ってつけ込んで来る以上、元を断つ手段の一つがそれに近いものである事は否めない。未然に防ぐ事然り、デウスエクスを屠る事はケルベロスにしか出来ない務めなのである。
アラドファルは、『それ』に進化の可能性を与えない。
嫌だ嫌だと我道を行けば、待っているのは孤独のみ。
「大丈夫、溜まってしまった憂鬱は今ここで斬り捨ててあげよう」
振るうはドラゴニックハンマー。
超重の一撃が生命の行く先を閉ざす様に、彼女の刻に凍結を齎す。
癒えない氷の棘達に蝕まれた『奏』が胸の真ん中を押さえて後ずさる。
短期決戦を狙うアラドファルの思いに応える様に、途中からルーンアックスによる破壊攻撃に切り替えて攻撃を重ねていたネロも、この時ばかりは、言葉の剣を振り翳す。
「『剣の愛する君は鞘、剣に愛された故に君が鞘、』」
君のその、矛盾を孕む心を鞘にしてしまおう。
貫いて砕けてしまえば多少は靄も晴れよう、と。
「――多少乱暴にはなるが、許せよ」
ネロ自身を剣に擬え、『奏』を鞘とする。
或いは柩と屍の如く。両者の形がぴたりと添えば、決して離れる事はない。
「さあ、悪い夢から覚める時間だ」
アラドファルが言った。
ケルベロス達の攻撃を受け止めきれなくなった『奏』の姿が揺らぎ、徐々に解けて霧散する。
「楽しいバレンタインデーが待っているぞ。嫌だ、じゃなくて君が望むことを伝えてごらん」
●おはよう
友人とケルベロス達に見守られて、奏が目を覚ました。
「あ……れ……」
ぼんやりと虚空を眺める少女の眼前で、掌をひらひら翳すネロ。
「大丈夫か。倒れた時に頭など打っていないか?」
「……えと、痛いとこは特にない、みたい、です」
女子トイレに倒れていた彼女を廊下まで運び出したのは、彼女の友人を始めとする女性陣だ。そこまで考えていなかった赤煙は少々気恥ずかし気な微苦笑と共に、介抱の輪に加わった。1つずつ、確認する様に意識を覚醒させていく少女を、見守る。どうやら深刻な後遺症は無い様で、安堵する一同。友人達に抱き締められて戸惑いながら、「しょうがないなぁ」と肩を抱く様に叩き返す困り笑顔の奏の姿に――言葉はなくとも、人一倍ホッとした表情をしている眠堂。我知らず微笑んでいたザラは次の瞬間真顔を取り繕い、対照的に表情が無にして不変で読めないヨルも、纏う空気は柔らかだ。
「私達も、戦い方を巡って意見を違える事はあります。人と違う意見を持った時は、納得いくまで話し合ってみてください」
赤煙が励ます様にそう声を掛けると、奏は不思議そうに小首を傾げた。
「はあ……」
「大丈夫。互いに信頼があれば、必ずうまく行きますとも」
教室のヒールを終えてやって来たアラドファルとアルベルトは廊下で彼女らとすれ違う。
支え合い、笑い合う少女達を見てこれ以上のフォローは不要かと察しながらも、アルベルトは「良かったな」と小声でぽつり。すれ違い様、聞こえたかどうかは判らないが、きっと良い方向に向かうと信じている。
友情の回復は奏次第と見るアラドファルもまた、言葉はかけずに見送る向き。だが、奏のすっきりとした晴れやかな顔を見る限り、差しあたっての悩みは解けた様だ。元より小さな悩み。きっと少しだけでも深く眠ったからだ、とアラドファルは確信している。
「カナカナ、帰りに例の店、寄ってこーね! 甘い物食べて、チョコ買って帰ろ!」
「もー、しょーがないなぁ。リーコはいつもそうだよね。でも何買うかは内緒だから!」
「え、えええー!」
遠ざかる姦しい会話を背に、彼らも漸く肩の荷を下ろす笑みと溜息。
茜色に染まる廊下を往く帰り道。かくして、ケルベロス達も現場を後にするのだった。
作者:宇世真 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2019年2月22日
難度:普通
参加:6人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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