ミッション破壊作戦～神判くだす刻は今

■リプレイ

●一
　銀色のヘリオンが、早朝の日本海を飛んでいく。
　ケルベロスが向かうのは島根県隠岐島、ビルシャナ『ディマンシェ』の魔空回廊だ。
「苦しんでる奴に歌を聞かせて、死なせちまう……か」
　水無月・鬼人（重力の鬼・e00414）はインディゴブルーの帽子を被り直し、回廊のある島のひとつを眺める。死への誘惑を歌うビルシャナの歌姫たちは、今も回廊の洞窟寺院で歌声を電波に乗せて流し続けているに違いなかった。
「……許せねぇな」
　絞り出すような声で呟く鬼人の横で、ウリル・ウルヴェーラ（ドラゴニアンのブラックウィザード・e61399）は手にしたグラディウスにそっと目を落とした。
（「ビルシャナの人の心につけこむ様、赦し難い」）
　グラビティ・チェインの輝きを湛えた光剣には、幾度となく使ったことで生じたのだろう細かい傷があちこちに見て取れる。それはそのまま、この剣に叫びを込めたケルベロスたちの想いの痕跡でもあった。
（「皆の想いと意思を重ね繋げる為に、今がある」）
　ウリルはグラディウスの柄を静かに握りしめる。ディマンシェの悲劇を今日限りで終わらせるように。たとえそれが叶わずとも、いつか誰かが成せるようにと願いながら。
「島根か……思い返せば、もう１年が過ぎたんだな」
「ん……？」
　岡崎・真幸（花想鳥・e30330）のどこか不穏な気配を含む声に、鬼人は首を傾げた。
「１年って、何がだ？」
「松江回廊の破壊からだよ。あの回廊の主といい、菩薩累乗会といい、それに隠岐島のヤツといい、此処もよくよくビルシャナ共に好かれたもんだと思ってな」
「そうか。そんなに経つか、あの作戦から」
　中国地方を己が縄張りと認識し、島根に故郷としている場所や職場を持つ真幸にとって、ビルシャナの行為は許しがたいものに映るようだ。そんな真幸の怒りを察してか、隣に佇むボクスドラゴンの『チビ』も、今はいささか遠慮気味だ。
「３回目の強襲ですね。皆さん、よろしくお願いします」
「こっちこそ、よろしくな。心強いぜ」
　礼儀正しく頭を下げる筐・恭志郎（白鞘・e19690）に、木霊・ウタ（地獄が歌うは希望・e02879）は力強く頷いてみせた。
　彼らは共に、過去の作戦に参加したケルベロスだ。これまでの雪辱を晴らすべく準備には余念がない。ウタは手元の地図と現場を見比べながら撤退の経路を確認していく。
　どうやら回廊周辺に大きく変わった様子はなさそうだ。仲間たちと共に最終チェックを終えて程なく、降下ポイント到着を告げるアナウンスが流れた。
「いよいよですね。この戦い、絶対に勝ちましょう」
　気を引き締めた表情でリベンジに燃えるのは、ジュスティシア・ファーレル（エルフの砲撃騎士・e63719）。彼女もまた、過去の作戦で無念を噛みしめた一人だった。
「前々回のリベンジです。ディマンシェの歌声を止めてみせましょう！」
「そうだね。３度目の正直ってやつだよ！」
　光宗・睦（上から読んでも下から読んでも・e02124）は眩しい笑顔で親指を立てる。
　日に日に強大さを増していく、デウスエクスの魔空回廊。これから睦たちが挑む回廊とてその例には漏れない。
　だが――。
（「決着つけるよ、ディマンシェ」）
　睦はそんな状況が、楽しい。
　命を燃やし、全力で戦える敵が待っている。それが楽しくてたまらない。
（「叩き潰してやる。お前の回廊も、ふざけた歌を囀る口も、ぜんぶぜんぶ」）
　鳴り響くブザー。開放されるハッチ。
　睦はグラディウスをしっかりと握りしめ、仲間と共に大空へ身を躍らせた。

●二
　光剣を手にした猟犬たちが、重力に従って回廊のバリアへと到達していく。
　一番手を務めるのは旗楽・嘉内（フルアーマーウィザード・e72630）。眼下の魔空回廊を一点に見据え、魂の叫びを光剣へと注ぎ込む。
「死は本能的に恐ろしいんだ。決して救いなんかじゃない……」
　ケルベロスの襲撃に気づいたのか、回廊周辺の防衛部隊は俄かに動き始めていた。
　嘉内の目はそれらを見ていない。彼が見るのは、自死に囚われた過去の自分だった。
「人の生死は、貴様らの歌なんかが左右していいものじゃない。本能と意思を踏みにじり、尊厳と命を奪う虐殺は許さない！」
　死への恐怖は、死ぬことで苦しみから逃避できる誘惑よりも遙かに恐ろしい。
　嘉内は実体験としてそのことを知っている。その苦しみがいかに大きいかも。
　だからこそ嘉内は、ディマンシェを許せない。
「この回廊を破壊して、これ以上の被害を食い止める！」
「そうだぜ！　自死を救いとはふざけんな！」
　続いてウタが、グラディウスを振り下ろす。
「もう二度と誰かの未来を奪わせやしねぇ！　その目を涙で曇らせるか！」
　彼にとって歌は心に勇気と希望を満たし、まっしぐらに未来へ向かう追い風となるもの。それを冒涜するビルシャナへの怒りを叫び、ウタは真っすぐに回廊を睨みつける。
「命と！　心と！　それが重なり合い響き合って紡ぐ未来へのハーモニーを！　その鳥耳、かっぽじって聞きやがれ！」
　グラディウスから迸る雷鳴を掻き消すほどの声で、ウタは叫んだ。
　二振りの光剣から生じる爆炎の衝撃が山を揺さぶり、降り注ぐ雷光が守備隊のビルシャナを容赦なく打ち殺していく。同時に降下してきたウリルとジュスティシアは、その光景を見下ろしながら、バリアめがけて剣を突き刺した。
　神経を研ぎ澄ませたウリルの耳は、防衛部隊の断末魔に混じって洞窟寺院から漏れ出てくるディマンシェの歌声を確かに聞いた。その音色に些かの揺らぎもないのは、猟犬たちの襲撃を退け続けたが故の自身だろうか。
「死を誘う歌声か……響かないね」
　そんな敵の歌を、しかしウリルは一笑に付した。
　苦しみから己を救えるのは己のみ。どう生きるかは自分次第。
　それを嘲笑うかのように死を押しつけるディマンシェに、ウリルが放つ言葉は明快だ。
「そんなに死を欲するならば、俺たちが誘おう。これで終わりにする為に」
　回廊に爆炎を浴びせるウリルの隣で、ジュスティシアが魂の叫びを紡ぎあげていく。
「前にも言ったでしょう。下手くそな歌はもうお仕舞いだって！」
　過去に破壊を果たせなかった悔しさ、救済の名目で聞いた者を洗脳し、今なお人々を殺し続けるビルシャナへの怒りを、ありったけグラディウスへ込める。
「ご自慢のマイクでボコボコに殴ってあげましょう。二度と歌えなくなるまで！」
　グラディウスから放たれる４本の光が、洞窟寺院へと次々に突き刺さる。
　破片となって山の大地と共に吹き飛ぶビルシャナたちを見下ろして、次なる一撃を加えたのは真幸だった。
「……過去の個人的な恨みや鬱陶しさはもういい。教義の内容も目的ももう関係ねえ」
　彼の語り口は静かだった。
　縄張りに居座り、そこに住む人々の暮らしを、命を踏み荒らすビルシャナたち。
　そんな連中にかける情けなど、真幸は持ち合わせていない。
「一般人の平和のため、後顧の憂いまで断つ。俺でどうにか出来るものは守ってみせる」
　一切の容赦を廃した揺るぎない言葉で、真幸は敵の殲滅を宣言する。
「俺のものに手を出した輩に報いを。癒える事のない傷を。永遠に続く苦痛を」
　グラビティの炎と雷はスモークを生み、回廊の周辺を覆い始めた。
　恭志郎は煙幕の切れ間から覗く回廊を睨みつけ、更なる楔を打ち込んでいく。
「悩み、苦しみ、それでも進もうと頑張るその心を否定するような教義なんて認めません」
　救いに唯一の答えはない。自分にとっての救いが、他人の救いたり得るとは限らない。
　だが、と恭志郎は思う。
　本人の意思を無視して死を押し付けるのは、救いなどではないと。
「そんなものはここで終わりにしましょう」
　静かで熱い魂の叫びが爆炎に姿を変えながら、バリアを切り裂いていく。
　そこへ降下する睦が、最後の一振りを叩き込んだ。
「人を間違った道へ誘うのも、歌をその手段にすることも許せない！」
　先のミッション破壊作戦から３ヶ月、その間にディマンシェが歌い続けた死の歌によってどれだけ沢山の人が人生を狂わされたのか。
　それを考えれば、あのビルシャナを許すことは絶対に出来ない。偽りの救済を歌い続ける者たちへの怒りを、ありったけの魂と共に込めて睦は叫ぶ。
「全員まとめてその喉を潰して、息の根を止めてやる！」
　光を放つ睦のグラディウス。そこへ最後の一撃を鬼人が叩き込んだ。
「歌ってのはな、生きる希望を与えてくれるもんだ。それで、人を追い詰めるだぁ？」
　冗談にも程ってもんが有るだろうがよ、そう言って鬼人は光剣を構える。
　この襲撃で全てを終わらせる、それくらいの叫びを込めて。
「俺は認めねぇ！　そんな歌、絶対に認めるわけにゃぁいかないんだ！」
　切り上げ・右薙ぎ・袈裟。
　三撃の刃筋が集中し、亀裂を生じさせたバリアの隙間から爆炎の濁流が流れ込む。
「これが我流剣術鬼砕き！　絶望の歌をぶち抜きやがれぇ！」
　砕け散るバリア。回廊へ突き刺さる８本の光柱。
　大きな轟音に交じり、ディマンシェたちの悲鳴と断末魔が混ざる。
　そして――。
　あらゆる音がぴたりと途絶えた隠岐島の地へ、鬼人と仲間たちは降り立った。
「どうだ！？」
　エアライドで島の地面に着地した鬼人が、洞窟寺院の方角に恐る恐る目を凝らす。
　そこにディマンシェの回廊は――ない。
「やった……！！」
「成功ですね。長居は無用です、急いで離脱しましょう！」
　睦と恭志郎は力強く頷くと、グラディウスをベルトに固定して、スモーク漂う山道を仲間と一緒に駆けだした。

●三
　島の岸辺を目指してケルベロスが走る。
　スモークをかき分けて走り、障害物を吹き飛ばして走り、敵を斬り捨ててはまた走る。
　風のような速さで安全圏を目指すこと暫し、安全エリアが間近の場所で異変は起こった。
　先頭を行く睦の耳に、悲しげな歌声が流れてきたのだ。
「みんな気をつけて、来たよ！」
　視線を交わし合って陣形を組むケルベロスたち。
　その前方から、一体のディマンシェがゆらりと現れる。
「ケルベロス。逃がさないわよ」
　グラディウスの猛攻を浴びてなお、黒いドレスで着飾った体には傷一つない。回廊の主であろうディマンシェはマイクを握りしめ、島中に響くような声で殲滅を告げる。
「私たちの救済を邪魔する者たち。残らず此処で死になさい！」
　聞く者を死へと誘うディマンシェの歌声が、睦へと向けられた。
　それを庇って催眠に囚われる恭志郎。
　すぐさまメディックのウタがスターサンクチュアリを発動し、乙女座のもたらす癒しの光で恭志郎の催眠を解除する。
「回復は任せろ！　どんどん行こうぜ！」
「この刃は布石の一手――逃がしませんよ！」
　恭志郎は護身刀に霊力をまとわせ、ディマンシェに斬りかかった。深い踏み込みから放つ一文字が敵を切り裂き、花開く剣閃の光が黒いドレスを破り取る。
「観念しな。てめぇの悪趣味な歌も、今日限りでお終いだ！」
　鬼人の日本刀『越後守国儔』が繰り出す斬撃をディマンシェは避けようとするが、僅かに鬼人の方が速い。空の霊力で傷口をジグザグに切り開かれ、ドレスが更にちぎれ飛ぶ。
　しかし、ディマンシェの歌声が衰える気配はない。戦場を軽快な身のこなしで動き回ってケルベロスを翻弄する歌姫に、後衛のウリルと嘉内が狙いを定める。
「まずは、その機動力を削ぐとしよう」
「食らいやがれ！」
　砲撃形態に変形した二門のドラゴニックハンマーが、次々に火を噴いた。
　竜砲弾の直撃を食らい、動きを封じられるディマンシェ。
　回避の足取りを乱した一瞬をジュスティシアは逃がさない。
「これで、凍りつきなさい！」
　無骨なバスターライフルが発射された凍結光線が、ディマンシェを分厚い霜で覆う。
　好機とみた真幸はチビに属性ブレスを命じると、異界の神を呼び出した。
「来たれ神性。全て氷で閉ざせ」
　絶対零度の息吹に切り刻まれるディマンシェ。チビのブレスを浴びながらディマンシェは死を称える歌で回復を試みるも、僅かに塞がった傷口はケルベロスの猛攻と氷のダメージですぐに開いてしまう。
「これで、好きなだけ悲鳴を歌わせてやるっ！」
　睦はエアシューズでディマンシェの間合いへと飛び込み、スターゲイザーを放った。
　流星の蹴りが飛び、敵の細い足を蹴り砕く。回避を完封された敵は、反撃代わりに死へと誘う歌声をウリルへ放つが、真幸が即座にそれを庇う。
「急ぐぞ。スモークが晴れ始めた」
　ウタの守護で誘惑を振り払った真幸の言葉に、仲間たちが頷く。
「歌で殺すとはずいぶん変わったビルシャナだが――」
　敵の回避を封じた今、あとはどれだけ火力を集中できるかが勝負を分ける。鬼人は日本刀を構え、『鬼砕き』を放った。
「アイドルの恋人がいる身として、てめぇを認める訳にはいかないんでね！」
　三続の剣光に穿たれ苦悶の叫びをあげるディマンシェを、恭志郎の放つサイコフォースが直撃した。
「こんな……こと……で……！！」
「逃げてもいいんだけど……出来ることならね」
　かすれた歌声で死を称えるディマンシェ。癒した傷と体を覆う保護を、ジュスティシアの発射した徹甲弾が吹き飛ばす。
「斬り裂くは命を玩ぶ輩。切り拓くは希望溢れる未来！」
「これで終わりだ、ビルシャナ！」
　力強い歌声で放つウタの一撃が、ディマンシェを完全な氷に包み込んだ。
　コンビネーションを発動させたウリルのスターゲイザーが直撃し、二振りの惨殺ナイフを手にした真幸が傷口をジグザグに切り開く。
「人の心を惑わした裁きを……受けてみろ！」
「あ……が……」
　嘉内の具現化した竜の幻影が、灼熱のブレスでディマンシェを焼き払う。
　原型を留めぬ程に満身創痍となり、ステージマイクを杖代わりに立つディマンシェ。最後の力を振り絞って踏み出した足を、睦は一思いに踏みつけた。
「お前のふざけた歌なんて――永久に歌えなくしてやるっ！！」
　叩きつけるは、叫びのオーラを纏わせた拳。
　刻み込むは、声紋の棘。
「この怒りを！　みんなを守りたい気持ちを！　その魂の奥まで叩き込んでやるっ！！」
　ブンと唸りをあげて振り下ろす睦の拳が、ディマンシェの頭を粉砕した。

●四
　８人が安全なエリアへと到達したのは、それから数分後のことだった。
「皆、お疲れさま。これで島にも平和が戻ってくるね」
「ああ。やっと終わったな」
　晴れ晴れとした表情の睦に鬼人は頷いて、手にしたロザリオに静かな祈りを捧げる。
　豊かな自然に囲まれたこの地に、ビルシャナの歌声が響くことは二度とないだろう。
　犠牲となった人々への鎮魂曲を捧げたウタもまた、嘉内と共に黙祷すると、しんみりした空気を払うように、パンと手を打ち鳴らした。
「よし、帰ろうか！　途中で拉麺でも食べて行こうぜ」
「良いですね。戦勝祝いと行きましょう」
　乗り気で頷くジュスティシア。
　こうして平和を取り戻した島を後に、猟犬たちは帰還の途に就いた。

作者：坂本ピエロギ	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2019年2月16日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 7／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 0
あなたが購入した「複数ピンナップ（複数バトルピンナップ）」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。