学園の色彩~萩原雪継の誕生日~

作者:ふじもりみきや

 学校の廊下を萩原・雪継(まなつのゆき・en0037)はゆっくりと歩いていた。夕日が差し込んで足元を明るく照らしていた。
 すれ違う学生たちの数は多くなかった。この時期、三年生の廊下を歩くものの表情差は極端で。進学が決まったものは明るくはしゃぎながら帰り道の雑談をしているし、まだのものは暗い顔で足早に補習へと向かう道のりを急いでいた。
 雪継は前者であった。といっても進学が決まったわけではない。家庭の事情で就職することになったからだ。成績がいいのに勿体無いと何度か先生は勧めてくれたが、こればかりは仕方がない。学校の合格率向上のために受験はするが進学はしないと決めていた。
 だから……。雪継は足を止めた。柱にひとつ、ポスターが貼られていたのだ。
「……ああ」
 視線の先の掲示板には一枚のチラシ。派手に鮮やかに描かれたそれは、「学園祭のお知らせ」と書かれていた。
「今年で最後かなあ……」
 進学しないなら、そういうことになるだろう。せっかくだから、楽しく過ごすことが出来ればいいと。雪継はひとつ頷いて、来たときより少しだけ早足で歩き出した。


「学園祭に来ませんか?」
 雪継はそう言って、一枚のチラシを出した。とある高校の、とある学園祭。
 もちろん、大人がやるような豪奢なものではない。本当に高校生たちのする学園祭なのである。……が、
「毎年、地元の方やよその方にも教室を貸し出していろいろしますから。知ってる人たちで屋台を出したり、作ったものを展示したりするのも楽しいと思うんです」
「祭りは賑やかであればあるほどいいだろうからな。勿論、食べ物がたくさんあるならば更にありがたいというものだ」
 浅櫻・月子(オラトリオのヘリオライダー・en0036)が口をさしはさむ。雪継は苦笑して、「でも、お酒はありませんよ。学園祭なんだから」なんて言うのであった。
「君はどうやらわたしをその辺ののん兵衛と勘違いしていないかな?」
「その辺ののん兵衛と一体どこが違うんですか?」
「……」
 真剣に悩んでしまった月子をよそに、雪継はチラシを指差しながら説明を続けた。
「学園祭は朝から始まって夕方までです。夕方ぐらいから校庭でキャンプファイヤーとダンスパーティー。それと、最後に花火が上がるみたいですね」
「まあ。それは豪華ですね」
 花火ですか。とアンジェリカ・アンセム(オラトリオのパラディオン・en0268)が目を輝かせる。花火です。と雪継が頷く。
「といっても学校の生徒会があげるレベルですよ。後は、普通に手持ち花火の配布も行われるようです。火の元には気をつけて、楽しんでくださいね」
「あら。では私は線香花火をやってみたいです。じっとしていなければいけないみたいですが、結構得意なのですよ。そういうの」
 アンジェリカのとても嬉しそうな言葉に、月子は腕を組む。
「ふむ……。だったらわたしも何か店を出そうかな」
「屋台とか……ですか? お酒はだめですよ」
 雪継の言葉に、月子は不適に笑った。
「どうせならアイス屋がいいな。冷やした鉄板でアイスをこねくり回すあれだ」
「まあ。私はそれなら、たい焼きやさんをしたいです」
「……そんな期待に満ちた目で見ないでください。僕はお二人のように想像力豊かじゃないんです」
 確かに出せたら楽しいとは思うのだけれども、頭が固いので思いつかないのだと、雪継は困ったように笑った。
「まあ、多少のことは多分学校に相談したら、ある程度のノウハウがあると思うので機材なんかは用意してもらえると思いますよ」
 月子のアイス屋とアンジェリカのたい焼き屋が並んでいる姿を想像して、軽く頭を押さえつつも、
「とにかく……。遊んで、食べて、踊って、花火をして。楽しみましょう。……きっと退屈しない一日になりますよ」
 そうして雪継は言葉を切った。そして周囲を軽く見回して、
「よろしければ、一緒に遊びに行きませんか? 勿論、大人たちのするお祭りに比べたらささやかなものかもしれませんが……みんなでいれば、きっとそれはすごく楽しいと思います」
 と、そう言って話を締めくくった。


■リプレイ


「すごいね、にぎやかだね。いい匂いも沢山……。あ、ねえねえ。こっち。ローシャくん、にいさんー」
 エリヤが見つけた鈴カステラのお店に思わずはしゃいだ声を上げるので、
「……へぇ、カスタード餡? 可愛いな。猫の形だ」
 エリオットも和んで緩んだ顔を知られないように、さっと後ろから覗き込んだ。だというのに、
「リョーシャ、顔緩んでる」
「そこは、素直に見守っててくれ……って」
 振り返りながら言いかけたエリオットは黙った。ロストークが一通り屋台のものを買い込んでいたからだ。
「ああそれ……、食べたかったやつだ」
「うん、好きかと思って。甘いの好きだろ、二人とも」
「……」
 ちょっと嬉しかった。エリヤも嬉しそうに、
「わあ、いっぱいだね。お昼ごはんにできるかな」
 外のお庭でどうだろう。って、エリヤが指差して足を速める。
「すごいね、にぎやかだね。いい匂いも沢山……。みんなで食べるのが楽しみ」
 なんて思わず浮き足立って。
「エリヤ、転ぶぞー」
 その背中に声をかけて、エリオットはなんとなく歩く。そこら中に活気があるなあ。ってのんびりと呟いた。
「そうだね。大人も手伝っているのだろうけれど、企画や運営、高校生なんだろう? すごいなあ」
 ロストークも頷きながら周囲を見回す。子供らしく低予算で、それでも賑やかで。彼の故郷でもない光景で。
「僕たちが子供の頃ここにいたら、何をしたかな」
 ふと、ロストークが呟いて。うん? ってエリオットは 鈴カステラをつまみ食いしながら顔を上げた。
「そりゃ……やっぱ食べ物かな」
「あ、僕は甘いものがいいなあ」
 エリヤが振り返って笑っている。だと思った。なんてエリオットは大げさに腕を組んだ。その二人に思わずロストークも微笑んで、
「演劇なんかも、案外似合うかもしれないよ。僕も、ああいう道具類を作れたらな」
「ええ。そのときは、みんなで一緒に舞台に立とうよ」
「そーだな。一人だけ舞台裏はだめだろ」
 なんて話をしながら歩く。ふと屋台を通り過ぎたとき、
「あ、雪継くん。なに食べてるの?」
 すれ違った。ああ、と雪継が顔を上げる。
「どら焼きですよ。中にほら、苺と生クリームが」
「……!」
 エリヤの視線にエリオットが両手を上げた。
「わかったわかった。あと雪継、誕生日おめでとう。鈴カステラでよけりゃ俺もお祝いがあるよ」
「ああ。僕もね。そこの屋台のあんず飴だけれども……」
「わ、ありがとうございます」
 ロストークもエリオットの後ろから顔を出しながらいったりして。楽しいおしゃべりがしばらくの間、続いた……。


 【生明邸】の出し物は『ケルベロスパビリオン』であった。
「はい、こっちだよー。ああ、だめだから。外から登ったりしたら……」
 落暉が声を上げる。正直忙しい。今日は演舞とヘリオン試乗体験会を予定しているのである。清嗣も、「甥姪成人してるしねねぇ~。若い子のパワーはすごいなあ」と呟いた。
 で、そのヘリオンはと言うと……。

「生明邸の資金力をお見せしよう」
 穣が胸を張り、月子がヘリオンに似せたヘリの完成品を覗き込んで「なかなかうまく出来てる」と評した。
「本物を貸せればよかったのだが。流石に近くにわたしがいないわけにもいかないからな」
 屋台をするのでなければ……と月子は非常に悔しげだったが、そんな彼女に穣は片目を瞑った。
「そうですね。けれどかなり細部まで拘って再現してますから」
「うん。間違いない」
 そこは月子は太鼓判を押した。だが。と彼女は眉根を寄せて、
「私のおやつコーナーまで再現する必要はあったのか……?」
 なんていったという。そしてそのついでとばかりに清嗣たちも本物を堪能していた。

 というわけで受付を大忙しでこなしながらも、落暉は楽しそうに子供たちに目をやっている。医者しかない自分に受付や案内なんて、ずいぶん無茶なことをと思ったが、これはこれで楽しい。
「じゃあ、雪継君。ここは、ここで……」
「ええ。本当にやるんですか?」
「勿論」
 穣は雪継と打ち合わせである。知り合いの女の子を演出として呼んで、ショーを予定しているのだ。雪継の進路の話や、少女の将来の話なんかを聞きながらも、出し物に一切の妥協がない。
 そんな風にしながらも、
「あ。こっちは準備中。ちょっと待ってね。えーっと」
「ああ。一応本物の乗り物だから、雑な扱いはダメだよ?」
 愛想よく生徒に声をかけられても対応している穣。落暉が引き継いで、
「え。飛びたい? いやさすがに飛べはしないんだ。でもおじさんは飛べるし、飛行体験とかしても良いかな? 高さも早さも半分だけどね~」
 清嗣が声をかけると、とびたーい! って少年少女たちが手を挙げる。すごい人数だった。
「うん、若い子には良い経験になっただろう……」
 のんびりという落暉に清嗣は視線を向ける。そういえば、なんて彼も楽しげに、
「清嗣、ヘリオンを見せるだけで良いのかな。お客さんの希望があったらヒール技でも披露しよっか?」
 と、助け舟を出した。そしてこれまた見たいと、楽しそうな反応が返った。

 で。その巌と陽治はというと……、
「痛ッ! ってか、陽治……本域でやってねえ?」
「本気だったかって? さぁ、どう見える?」
「ほほーう、んじゃー俺も手ェ抜くの止めよっかな~?」
 言いながらもその動きは鋭かった。狙い澄ましたかのような拳を巌は繰り出し、それを紙一重で陽治葉受ける。返すような蹴りの反撃は我流のもので。鋭く空気を切る音が聞えるたびに、周囲からはおお、そこだ、などとそんな声が漏れた。
 きっちり舞台も脚本も整えているのだ。生徒に危険が及ぶことなんてまずないだろう。それでもやはり本物の戦いは学園の子供たちには縁が遠いもので、みなきらきらした目で二人を見ていた。
 そう。二人はラフな格好で演舞ショーを行っていた。事前に脚本も頼んでショー感がばっちりな巌と陽治だが、その動きはやはりしっかりとしている。お遊びのつもりがわかっていても段々熱が入っていく……風で。
「お二人とも、その辺で……」
「お?」
「え?」
「……」
 おずおずと雪継が声をかけた。が、巌と陽治もそんな風に聞き返す。前もって伝えてあったことなのだけれど、やっぱりちょっと困ったような顔をしている。
 けれども気にせず巌は手招きをした。せっかくの技があるのに知られずにいるのも勿体無いだろうと。
「急がないと陽治が本気になるぜ」
「さあ、それはどうかな?」
 雪継が助けを求めるように穣を見るも、穣は穣で藍華さんと笑顔を振りまきながら、
「あと宜しくね」
 なんて笑うのであった。
「お二人とも……。僕はこれしか出来ませんよ」
 しょうがない。雪継が木刀を手にとって、おう、と巌が軽く手を振った。
「後で屋台飯も食べてえなあ」
「わかりました。後でご馳走しますよ」
「いや、そこは奢らせてくれよな?」
 陽治の要望に巌がこたえて。今度は三人で戦いが始まった……。


 その後。
「一緒に学園祭見て回りませんか?」
「勿論、行きましょう」
「雪継さんのクラスは、今年出し物は……」
「さすがに、受験生が多かったので……」
 のんびり話をしながら月と雪継は学園祭を見て回る。屋台も出し物もどれも楽しくて、
「昨年ケーキをごちそうしていただいたお礼もお返しもしたいです。屋台の端から端まで……は流石に僕もお財布も厳しいですけど、それぞれお好みのものを1つでしたら!」
「いいのですか? 本当に?」
「い、いいですよ、本当に!」
 結構なダメージ量だったという。
「あそこですね。アイスクリームやさんとたい焼きやさん」
「じゃあ、お礼にここは俺が奢りますよ」
「雪継さん、それってたかるつもりですよね……?」
 月の言葉に雪継が笑って頷く。その様子があんまりに悪びれてなかったので、月も笑った。
「じゃあ、二人でたかりに行きましょうか」
 なんて冗談めかし。
「うん。そうしましょう」
 そうして二人は屋台に声をかけ。明るい返事が聞えた……。

「ああ。イリスさんイリスさん。間に合いません……!」
「落ち着いて、アンジェリカさん。順番どおりにやれば必ず間に合うわ」
 エプロン姿の二人組、アンジェリカの声にイリスはとても冷静にアドバイスをする。
「この人はつぶあんとカスタード。チョコレートの注文も入っているわ。忘れないで」
「は、はい。イリスさんがいてくれて、本当によかった。一人だったら私、泣いていました」
「……変なこと言わないで。ところで、アンジェリカさんは頭から食べる派? それとも尻尾から?」
「うーん。尻尾……かな?」
 時々和ませるような言葉を織り交ぜつつもてきぱきとするイリス。そして、
「あら、萩原さん。いらっしゃい」
「お疲れさまです。すごい人ですが、大丈夫ですか?」
「はい、イリスさんと一緒だから、へっちゃらです」
 アンジェリカの微笑みに、大げさなのよ、とイリスは照れたように横を向くのであった。

 そんなきゃっきゃうふふした空間に、
「よう旦那! あんた運が良い、ここの品は極上の逸品ばかりなんだぜ」
 ひときわ目立つグラサンをした男の存在が……!
「え? 高い? わかった! いくらなら買うんだ? 安くしとくぜ!」
「ユストさん! ちょっとそれは違いますユストさん! 雪継さん手伝ってください~」
 面倒見はいいのだけれども根本的に違うユストと、困り顔の紫睡がするのはスノードーム教室だった。面白そうに雪継も頷いて顔を出す。
「あん? 違うのか? 中東のバザールみたいなヤツだろ?」
「……。あ、いらっしゃいませ。 自分のオリジナルのスノードームも作れるんですよ!」
 気を取り直して紫睡が宣伝を始めると、遠巻きに見ていた学生たちも顔を出す。
「瓶に液と置物とスノーフレークを詰めるだけの簡単な物ですけどね。ここに入れて……」
「わ、すごい。きれい……! って、あれ、これは何……?」
 中身は色とりどりの宝石や、煤けた空薬莢や折れた刃物の古びた破片。普通とは少し違う品々はなかなか人気で、相当忙しかった。
「ふー。おわったおわった」
「はーい。お二人ともお疲れさまです」
「ふふ。皆さん楽しそうでしたね」
「だな。後は……ほら、雪の字。卒業、おめでとさん!」
 そして不意打ちのように二人が雪継に渡したのは、ひとつのスノードームでした。
「魔術で作った桜のスノードームです。雪継さんの最後の学園祭らしいので、こうして今までとは別の物を贈りたかったのです」
 紫睡ははにかむように。ユストはいつものように楽しげに笑う。雪継は驚いたように少し、黙って、
「……ありがとうございます」
 嬉しいです。と笑ってそれを受け取った。

「学園祭に来るのも今年で最後か……で、俺は荷物持ちかよ。俺甘いもの嫌いなんだけど」
 【アイナ】の3人組。理弥の言葉に梢子はまったく気にしない様子で、
「学生さん達が出してるお店にしてはなかなか充実してるわね! ……ん? あっちの屋台が美味しい……?」
 ご満悦である。両手いっぱいにお菓子を抱えながら、それでも聞えてきたうわさには目を輝かせ、
「去年『たこ焼きクレープ』だかいう別の意味ですごい食い物があったから気を付けろよ?」
 理弥が思わず声をかけた。マヒナの声が思わず、
「あーあれね、あれは……さすがにちょっと反省してます……」
 小さくなっていった。遠くを思い出しているような目をしていた。だがそんなことは露知らず。梢子はにこやかに月子の屋台を見つけると、手を振って駆け寄る。
「洋館でのお誕生日会ではどうも……またお呼ばれされたいわ。ついでにあいすくりぃむ全種類頂ける?」
「まだ食うのかよ!」
「勿論来てくれ給え。ね、挨拶とアイス、どっちがついでだって?」
 とても楽しそうな梢子に理弥は思わず突っ込んで、おかしげに月子は笑った。
「あの……」
「おや、かわいい君にもひとつおまけをしよう」
 思わず、ご迷惑ではないかとマヒナが心配そうに二人を覗き込む。それに気づいて月子は笑い、梢子は調子よくお礼を言っている。どうやら二人は気が合うようだ。
「よーし、次は鯛焼きよ! アイスと一緒に」
 梢子もご機嫌でひとまず理弥にアイスを持たせて、そしてふたりの手を引いた。アイスとたい焼き。一緒に食べたら美味しいと、女性陣で盛り上がり……、
「……いい加減俺も何か食いたいぜ……甘いもの以外で」
 理弥は、遠い目をするのであった。
 そして……。
「これがたこ焼きクレープね……、!?」
「あ。あ。ショーコ……!」
 うわさの。というや否や梢子は手を伸ばす。マヒナがそれを見て声を上げるが、遅かった。
「ああ。あれまだあったのかよ……」
 理弥が思わず絶句していた。やめておいたほうがという前に、梢子は躊躇い無くそれを口に入れ……、そして、沈黙した。
「……」
 あれだけ明るかった梢子の表情が曇る。
「え、ええと、新作で『たい焼きクレープ』もあったよ!」
 マヒナがあわてたようにいってとりなした。若干たい焼きよりは相性がいいかもしれない。いこう、と手を引くと、梢子も頷いた。
 そしてそんな二人をまったく普通のたこ焼きを食べながら理弥は見守っているのであった……。


「天真正伝鞍御守流が神髄……、見せてくれよう。Kowloon's cafeの本気を味わうがいい……!」
 白いシャツに黒のベストとスラックス。黒の革靴、黒の腰巻エプロン。
 髪をまとめて名札には「ちょーちょー」の文字を。あえて。
 それでクソきりっとした顔で【九龍】の清士朗が厨房で神技を繰り出しているのに、
「あのー。ラテアートの注文はいったの。あれとそれとこれとそれと……」
 髪をきっちりまとめてきりりとしたエルスが声かけた。
「……間は、魔に通ず―」
 多い。言ってみたがなんだか注文が多い。そして若干難易度が高い。
 目を伏せてアンニュイな表情で清士朗が言うと、エルスもこくこく、と頷いた。
「お客様、多いから……」
「すみませーん」
「あ、はいー」
 あわてて表に戻るエルスに、無言で仕事を続けていた武蔵が頷く。豆のブレンドから煎り方、挽き方まで。拘ったドリップ式の珈琲の香りが周囲に満ちていく。

 表では茶柴のきぐるみ+黒い胸当てエプロンに『りりぃ』の名札をつけたウィングわんこ・リリィ嬢が客引きをしていた。
「ん、良い香り……あ、雪継さんいらっしゃい! 珈琲お好き? ねぇ一緒にやってみない?」
 カセットコンロの上にハンドロースターをふりふりと。こんな格好なのに割と本格的なにおいがしている。こんな格好なのに!
「やります。なんだかすごいですね」
「そうでしょう? 自慢の一杯なの♪」
 尻尾が振れそうである。顔を出した雪継が、思わず笑いながらわんこアームを受け取った。
「じゃ、私ちょっと出前に行ってくるわね☆」
 そしてその隙にリリィは清士朗を呼んでいってしまった。
「ええ。あ、はい?」
「あ、雪継様、いらっしゃい! お誕生日おめでとうございますね! ……だからと言っても割引は無しですのよ?」
 場をまかされてしまった。びっくりする雪継にエルスが笑いかける。
「わはーい、学園祭だー。いらっしゃいませいらっしゃいませー。こっちの席が空いてるんだよー」
 スカート丈短めのメイド服で、ミカドが覗きに来たお客さんに声をかけている。学校なんていったことがないからテンションは高めだけれども、内心は人が多くてちょっと腰が引けていた。
「わ、いい匂い。いってみようかな?」
「きてきて。美味しいよおいしいよー」
 結果、看板をもってミカドは手招きをしている。それを聞いて人が「そうだね。ちょっと休憩していこうか」なんていうのはやっぱりうれしい。
「お客様、今日のおすすめはこちらです、いかがですか? 今なら、オーダーメイドのラテアートも付けますよ」
 店の中からいつもと違ったかっこいい笑顔でエルスも声をかけて、それで三名様ご案内となった。
「うう。一仕事終えたらミルクたっぷりのコーヒー飲んでからみんなとお祭りを満喫したいなぁ」
 ほっと息をつくミカドに、真面目にリリィの仕事をこなしながら雪継が微笑んだ。
「大丈夫。巽さんはそういうところはしっかりしてますから」
「ちゃっかり、の間違いかもしれないの」
 ひょっこり顔を出したエルスが言うと、丁度声をかけにきていた武蔵も笑った。
「落ち着いたら、少し休憩にしましょうか」
「あら。みんなしてお出迎えかしら。ただいまー」
 そこに丁度リリィが帰ってきた。遠目からでも目立つわんこに、その後ろからアイスとたい焼きをいっぱい抱えた清士朗が続く。
「ただいま。お土産があるがお客様が先だな。では、もう少し頑張ろうか」
 休憩まであと少し。頑張ろうと笑いあった。

「んー。アイスもたい焼きも美味しかったわ。勿論、うちの珈琲も最高だけど」
「ラテの写真、撮るの忘れた、の」
「なーに。帰ったらまたつくろうではないか」
 そして夕方になって。撤収作業が始まる。評判は上々であった。
「あれ? 月子さんどうしたの? お酒は無いよって冗談ですよ。お店ご苦労様でした。コーヒー飲みます?」
「おや。間に合うならじゃあ一杯」
「なら、話でもしながら……」
 片づけに花火に。それでも場はまだ賑やかで、
「花火。花火もあるって。いこうよー」
「相わかった。それでは、参ろうか。いやあ。売り上げが楽しみだなあ」
 そんな楽しい時間は、もう少し続きそうだ……。

作者:ふじもりみきや 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年2月19日
難度:易しい
参加:20人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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