殺戮に至る救済

作者:MILLA

●救済を与える者
 深山幽谷。折り重なる山の稜線が果てることなく続いている。
 ニルヴァーナ・アーリマン(外法のぽんこつ猫・e61577)がその打ち捨てられた古寺に到着したのは、今にも泣き出しそうな色に空が染まる黄昏時だった。
「邪気を感じる……。何か得体の知れない者がおるな」
 ニルヴァーナは古寺に足を踏み入れる。
「誰かおるのか!」
 がらんとした堂内に返る声はない。
 奥には、古びてこそいるものの、優れた仏師による仏像が鎮座していた。
 その澄み切った仏像の顔は美しい。思わず見惚れてしまうほどだ。
 しかし、その顔に亀裂が走った。
 一瞬のうちに粉々に破砕した仏像の向こうから、凶悪な邪気が立ち昇る。
「何者!?」
 闇から虚ろな声が響く。
「救済を求める者、我を崇めよ」
 金色の邪気に包まれし異形なる者が姿を顕す。
 白衣を身に纏うビルシャナであった。腕は八本、それぞれに異なる武器を持ち、その両眼は包帯で塞がれている。
「光を求めたもうな。光は万物を惑わす色を成すものなり」
「ビルシャナ風情が戯言を申すな!」
「我を信じぬ愚かな者、言葉なきところへ滅するがよかろう。そなたの言葉は邪なり。滅べ! そなたら異教徒の死は、我らが楽園へ至る最も簡略な道である。故に私は人類すべてを殺す」
「探していたぞ」
 なぜかその言葉がニルヴァーナの口から零れていた。
 こいつとは浅からぬ因果を感じる。
「真理に届いたと自惚れる愚かなビルシャナ、滅ぶのはそなただ!」
 ニルヴァーナがビルシャナ多亡徒主に飛び掛かった。

●予知
「ニルヴァーナさんが、ビルシャナの襲撃を受けることが予知されました。急いで連絡を取ろうとしたのですが、連絡をつけることが出来ません。一刻の猶予もありません。ニルヴァーナさんに危害が及ばないよう、手伝ってあげてください」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が急遽集まってくれたケルベロス達に説明を始めた。
「山奥の古寺での襲撃になります。よって人払いは必要ありません。敵を打ち倒すことに集中してください。襲撃者のビルシャナについての詳細は不明で、手の内は一切読めません。八本の腕に異なる武器を持ち、様々な攻撃で苦しめてきそうです。そのほかにも、何かしら秘術を隠し持っているかもしれません。十分に注意してください」
 セリカは胸の前で拳を固めた。
「殺戮を是とするビルシャナに、ニルヴァーナさんを、そして人々を襲わせるにはいきません。どうかこのビルシャナの撃破を!」


参加者
メリルディ・ファーレン(陽だまりのふわふわ綿菓子・e00015)
源・那岐(疾風の舞姫・e01215)
燈家・陽葉(光響射て・e02459)
ルフ・ソヘイル(秘匿の赤兎・e37389)
ニルヴァーナ・アーリマン(外法のぽんこつ猫・e61577)
アルベルト・ディートリヒ(昼行灯と呼ばれて・e65950)
フレデリ・アルフォンス(ウィッチドクターで甲冑騎士・e69627)

■リプレイ

●絡み合う因果
 ニルヴァーナ・アーリマン(外法のぽんこつ猫・e61577)が殴りかかったが、八本ある腕の一本に難なく防がれ、逆に殴り飛ばされる。
「……相変わらず足りない奴だ、アーリマン」
「何……?」
 ニルヴァーナは記憶の糸を辿り、悟る。縁とはなんと因果なることか。
「タナトスか……。昔から舐めた考え方をする奴であったが、よもやビルシャナと化していようとはな」
 タナトスと呼ばれたビルシャナはファファファと笑った。
「真理は傍から見れば、愚かに見えるものよ。何故なら、そなたらが愚かだからだ。真理は、そなたらを映す鏡なり……」
「ふん、あながち間違ってもおるまいが。とはいえ、お前を放っておくのは我らが恥。むしろ、同門だからこそ滅ぼさなければな」
 ニルヴァーナが剣を構える。
「神意顕現、神威再臨、我ら神を騙るもの。三毒祓え、倶利伽羅剣」
 いやおうなく煩悩を切り払う神速の剣戟が、ビルシャナを襲う。だが、八本の腕の牙城を崩すのは容易ではない。
 ニルヴァーナは退くしかなかった。
「くっ……!」
「なぜ我に八つの腕があるかわかるか? 救済のためだ。救済のためには、八つ腕があってもまったく足りぬ……これほど世界に異教徒があふれておっては……」
「異教徒異教徒ってうるせーよ!」
 フレデリ・アルフォンス(ウィッチドクターで甲冑騎士・e69627)が放つ時空凍結弾が、ニルヴァーナからタナトスを引き剥がした。その間に素早く源・那岐(疾風の舞姫・e01215)が割り込み、刀を構える。
「邪心を打ち砕く加護を」
 祈りの言葉とともにメリルディ・ファーレン(陽だまりのふわふわ綿菓子・e00015)が左手に持つ剣で守護星座を描いた。
 仲間たちが間に合ったのだ。
「お前たち……援護は助かる、有難い、が……手を出すな」
「手を出すなって? ご冗談を。あんたの敵は俺の敵だ、黙って手伝われろ」
 と、ギルフォード・アドレウス(咎人・e21730)。
 しかしニルヴァーナは思いつめた顔で、
「我等の問題であるからな。自分の手でケリをつけねば、示しがつかん。それを見せる者ももう居らんが……」
「ほれ、肩の力抜け。ケリつけんだろ?」
 ギルフォードが軽く振った剣先から蒸気の塊がポン!と射出される。
 ニルヴァーナはふっと微笑む。
「……おせっかいな奴らめ」
「そうっすよ! ニルヴァーナくんの危機なら助けねぇとっすね!」
 ルフ・ソヘイル(秘匿の赤兎・e37389)が朗らかに言った後、敵に目を向ける。
「さて、今回も面倒くさそうな相手っすねえ。あんまりお行儀もよくなさそうっす」
 床の上に散らばった破壊された仏像の断片。日本文化に敬意を払うアルベルト・ディートリヒ(昼行灯と呼ばれて・e65950)は不愉快そうに顔をしかめ、刀を抜いた。
「仏像をバキバキ壊す罰当たりな所業はいかん。ニルヴァーナともかつては仲間だったようだが……反省して生まれ変わってこい」
 タナトスがにやりと笑ったとき、八本の手に凶悪なる武器が握られた。
「愚か者どもに救済を。深淵なる無の床で永遠に眠りたまえ」

●救済という名の病
「朽ちたりとはいえ、信仰の場をこれ以上壊させるわけにはいきませんし、寺の中では戦いにくくもあります。敵を外に誘き出しましょう」
 源・那岐(疾風の舞姫・e01215)が皆にそう告げるやいなや、ビルシャナが襲い掛かってくる。八本ある腕は、同時にケルベロス全員を相手にする。
 狭い空間で戦うのは相手にとっても利はない、ケルベロスたちの目論見は承知していただろうが、あえてつり出される形で外に飛び出した。
 辺りは鬱蒼たる森。夕暮れ時で翳ってはいるが、お互いに相手を見失うほどではない。
「舞え、菖蒲の花、戦友達に力の加護を……」
 那岐が神楽を舞うと、菖蒲の花も舞う。その加護を得て、ルフが飛び出す。ドラゴニックハンマーを構え、発射!
 ドウッ!!
 爆炎が巻き上がり、その中からビルシャナは飛び出しマシンガンを構える。
「愚かな異教徒どもよ、滅びよ」
 上空から弾丸が雨霰と降り注ぐ。
「愚かな。相手を異教徒だとして滅ぼすのならば、君もまた他者から異教徒だとして滅ぼされるものだよ」
 燈家・陽葉(光響射て・e02459)がオウガ粒子を放出、仲間たちの感覚を研ぎ澄ませる。
 その力を得て、ギルフォードが大きく踏み込み、刀を振り下ろす。切っ先は敵の胸を掠めた。ビルシャナが後退したところに、アルベルトが待っている。その刀閃を紙一重躱したビルシャナにニルヴァーナが殴りかかった。
「タナトス!!」
 強烈な一撃がビルシャナの顔面に喰らいこむ。だが、タナトスはたじろがない。
「アーリマン……そなたはまだ悟らぬか。万物は滅びから逃れられぬ。いかなる喜びも苦しみも差別も悲しみも、死の下で初めて平等にならされる。死こそが衆生を救済に導く唯一の道だと」
「だとしてもだ、タナトス……」
 哀し気に首を横に振るニルヴァーナ。タナトスを説得する言葉を探しているようにも見えた。
「死こそが救済っすか……俺には殺しを正当化しようとする臆病者にしか見えねぇっすけどね」
 ルフの言葉に、那岐がうなずいた。
「理不尽な殺人は救いには決して繋がりません。信仰の根源は人の純粋な信心によるもの。それはどんな宗教だって変わりはないでしょう」
「悟りを得た者とそうでない者とが言葉を交わすだけ無意味……。我にできるのは、そなたらの命を速やかに刈り取ることのみ」
 もはや問答無用。八本の腕に異なる武器を持つビルシャナはケルベロスたちに襲い掛かる。ケルベロスたちは応戦するも、八本の腕が彼らの攻撃を捌き、なおかつ反撃する。凄まじい猛攻に防戦一方となるケルベロスたち。
「俺が食い止める。援護は頼むぞ、フレデリ」
「OKだ、アルベルト」
 アルベルトは刀を手に敵の間合いに詰める。八本の腕による猛攻を何とか凌ぎはするものの傷は無数に刻まれていく。
「聖王女よ、彼の者に加護を!」
 フレデリが解き放つ清浄なる灯、その加護を得て、アルベルトがさらに深く敵の懐に入った。
「はあああああっ!!」
 突き上げた刀がビルシャナの脇腹を裂いた。
 傷口からは重たい血の雫がぼたぼたと零れ落ち、ビルシャナは後じさった。
「これで……沈めっ!」
 すかさず陽葉がオウガメタルを纏わせた脚で敵を蹴り飛ばした。
 地に叩きつけられたビルシャナの前に、ニルヴァーナは立つ。
「たがいに本名も明かさぬ身ではあるが……そんな樣になってまで、何がしたいんだ。なあ、タナトスよ」
 相手から答えは返らない。
 ニルヴァーナはやむなく刃を振り上げた。
「お前がもはや誰も救えぬように、我もお前を救えぬ。ならば、いっそ……」
 そのときだった。おぞましい負の力がタナトスを包み込む。そこから強烈な風圧が渦巻いた。
 ケルベロスたちが目を見開いた先に、漆黒の光背を抱きタナトスが浮かぶ。
「無を恐れる者たちよ。光に騙られる者たちよ。永遠の無明を彷徨うことなかれ」
 ビルシャナの八本の手が対となって印を結ぶとき。
 重力が失われた。視界からは万物が消失し、まったくの無が支配する。それは常しえの闇……。体の制御も効かず、ただただ無を漂う。
 これは夢か、幻か。
「グラビティが……!? くっ、ケルス!」
 メリルディが蔓を伸ばし、掴まりどころを探すが、それさえも見つからない。
「どうすれば?」
 誰もが身動きを取れない闇の中、一人、また一人と仲間たちが倒れていく。このままでは……。
「そうか、そなたにとって光は人を迷妄に誘う毒でしかないか……ならば!」
 ニルヴァーナは呟き、闇の彼方を見定め、印を結んだ。
 その印から放たれた閃光が無を駆け抜けていく。そして光は捉えた、闇の最中に鎮座するビルシャナを。
「今なら! この闇から脱出できるはず! ケルス!」
 メリルディの祝福と祈りは光を押し広げていき、やがて無を打ち破った。

●救済に至る死
「ったく、なんて技だよ……」
 フレデリは地に膝をつき、荒い息を吐く。
 タナトスの生み出す幻惑から脱出できたものの、ケルベロスたちは皆満身創痍。
「哀れな……虚無に還そうとしてやったのに、なぜ抗う? 苦しみ抜いてまで生きたいか。その煩悩、度し難い」
「たとえ苦しくても……」
「私たちは生き抜かなければなりません」
 陽葉と那岐が立ち上がった。二人の言葉に、仲間たちはうなずく。
「そうだよね。あいつを倒して、全員で帰るよ」
 メリルディが敵を見据え、強く言葉を口にした。
「苦しみもがく者たちに救済を……」
 憐れむように言い、タナトスは襲い掛かってくる。
 身を挺して食い止めたのは、アルベルトだった。
「やらせはしないっ!」
 気を吐き、敵を押し返す。そこにフレデリが時空凍結弾で追撃をかける。
 敵の気がそちらへ逸れた隙に間合いを詰めた陽葉が鋼の拳を敵の胸に打ち込み、その傷を押し広げるように那岐が刃を突き立てる。
「まだ足掻くか!」
 タナトスの握る鉈が陽葉を地に叩きつけた。とどめの一撃が振り下ろされようとしたが、その腕をメリルディの操る蔓が縛った。
「殺戮が救済だと……? じゃあ、俺たちはあんたに対する『救済』そのものだよなァ……」
 ――『終末』program起動、 code:『IOANA』認証。
 ギルフォードが終末機巧『ライセンス』の力を解放、『ライセンス』そのものをドス黒い液状化した闇に変換。それはどろどろと地面に溶けていったかと思いきや、ビルシャナの足元から巨大な獣となって現れ、狂気のままに襲い掛かる。
「ちいっ……醜い獣め! 無に還れ!」
 一旦宙に逃れ、獣のようなナニカを迎え撃とうとしたタナトスに狙いを定めていたのは、ルフだった。
「我撃ち出すは白銀の蛇。その蛙をむしゃっと残さず食らい尽くせ!」
 銃に込めた一発の銀弾。放たれたそれは、タナトスの肩に命中、すると銀弾に封じられていた術が発動し、大きい白蛇が顕現、銀弾に見舞われし者に纏わりつく。
 白蛇と獣の二匹に絡みつかれ、タナトスは地に落ちた。腕の半数は食いちぎられ、死の求道者にはもはや余力は残されてはいないようだった。
「タナトスよ」
 ニルヴァーナがかつては同門の徒であった者の前に立った。
「たしかに我らはいずれ無に還る。無という偉大なる闇の前では、光などささいな灯だ。いずれは消えてしまう。されど、消えるまでの足掻きこそが命という光なのだ。そうは思わんか?」
 タナトスはにやりと笑みを浮かべた。
「所詮我らは相容れぬ。終わらせるがよかろう。我もまた無に還るときなり」
「そうだな。すまない、タナトス……」
 ニルヴァーナの剣が光に満ちた。煩悩を断ち切る刃。生への執着も、死への渇望も、同じ煩悩なれば――。
 断ち切られた煩悩、また一つの命が無へと還った。

●終末の道筋
「終わりましたね」
 那岐が古寺を振り返り、安堵の吐息を洩らした。
「難敵でしたが、なんとか信仰の場を守れてよかったです」
「小難しい理屈を並べていたけど、そのあたりはどうでもいいや。危機があるなら防ぐ、それだけだから」
 と静かに決意を述べた陽葉。ルフは頷きつつ、ニルヴァーナは振り向く。
「けれど……ニルヴァーナくんにしか分からない気持ちがあるのかもしれない」
 かつては同門の仲間であった者の骸を前に、ニルヴァーナは膝を折った。
「ロクな教義掲げちゃいなかったが、名前くらい聞いときゃあよかったか。墓碑に残す名前もないじゃあないか。馬鹿な奴め。其れともそんなもの要らんか、祈る者もロクに居らんもんなあ。それに、こんなトリ頭埋めたとて、なんの慰めになるか……」
 そして悔しそうに唇を噛む。
「結局はお前を救うためにお前の命を摘み取るしかなかった。我の至らなさゆえか。許せ……」
 真っ赤に濡れた夕日が谷間に沈もうとしていた。しかし、そこから一筋の光が道のように伸びていた。顔を上げたニルヴァーナの目は、その光の行く末を見定めているようでもあった。

作者:MILLA 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年2月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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