壊走!

作者:東公彦

 車が真っ二つに切断されると運転手も体を断ち切られた。分かたれた車はそれぞれが歩道、壁に激突し止まる。立ち込めた黒煙を裂いて異常なほど巨大な鋸刃が飛び出した。爆発を待たず鋸刃は逃げまどう人々を縫うように走り抜け、寓話の鎌鼬のように人々を切り刻む。
「壊れろ! ぶっ壊れろぉぉ!」
 かつて殺人事件に使われた凶器である電動鋸は崩れかけの納屋の奥、彼を使った人間同様に誰にも知られず朽ち果てていくはずであった。だがダモクレスに寄生され運命は流転、デウスエクスと化した。使った者の思念が影響を与えたのか、デウスエクスがグラビティチェインを求める故か、その個体はただ破壊を――そして人間の命を求めた。
 いくら殺しても渇きは失せない。血まみれの車輪が回れば赤い轍が残るのみ、鋸は逃げまどう人々の背中へと突っ込む。回転する鋸歯は容易く骨肉を断ち、死への道路を血の一色に塗りつぶす。田舎町の国道線は阿鼻叫喚に包まれた。人間の声が聞こえなくなるまで、そう多くの時間は必要ない。
「もっと殺させろおおお」
 円形のソウが回る甲高いモーター音。更に多くの獲物を探してダモクレスは街を去った。


「道具に善悪はなく、使う者によってその本質は変わる……。ですが、デウスエクスと化し意思を持ってしまえばそうは言っていられませんね」
 イマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)が踵を鳴らしてケルベロス達に敬礼する。
「いつもご苦労様です。休む間もないかもしれませんがお仕事です。いわくつきの電動鋸にコギトエルゴスムが同化、国道沿いの納屋から飛び出して殺戮を行なうようです。予知においての被害は甚大、どうやら攻撃的な個体のようですね。このままでは多数の人が殺されグラビティチェインを奪われてしまいます。皆さんは現地へ降下の後、ダモクレスとの戦闘に入って頂きます」
 イマジネイターは掌からホログラフィーを投射、ダモクレスの姿が映し出される。
「私の記憶にあるダモクレスを再現した姿です。個体は同化した電気製品に依存した『人間だいの巨大な円形の鋸』そのままです。一見してユーモアな姿形ですが侮れません。鋭利な鋸歯での攻撃に加え、回転を利用した高速移動。被害が甚大なのも頷けますね、一般の方では逃げることすらままならなかったのでしょう……。戦闘行為が始まる前に避難はこちらで済ませておきます。皆さんはどうか戦いに集中を」
 言って、イマジネイターは僅かに目の色を変えた。
「歯がゆいですね。私に出来ることは皆さんを現場上空まで連れてゆくことだけです……どうかお気をつけて」
 イマジネイターは大仰な身振りで一礼した。


参加者
トエル・レッドシャトー(茨の器・e01524)
源・瑠璃(月光の貴公子・e05524)
レグルス・ノーデント(黒賢の魔術師・e14273)
クロウ・リトルラウンド(ストレイキャリバー・e37937)
フェルディス・プローレット(すっとこどっこいシスター・e39720)
エリザベス・ナイツ(スターナイト・e45135)
ケル・カブラ(グレガリボ・e68623)
フレイア・アダマス(銀髪紅眼の復讐者・e72691)

■リプレイ

「うっひょーーっ! ぶっ壊してやるぜぇぇぇ!」
 納屋の扉を突き破りソウが現れる。すると源・瑠璃(月光の貴公子・e05524)は青い長衣をはためかせ一直線に突進した。
「はっ!」
 短く息を吐き地面を蹴る。中空から放った霊弾は真っ向からソウと衝突、押し寄せた衝撃波に両者が吹き飛んだ。フレイア・アダマス(銀髪紅眼の復讐者・e72691)は瑠璃を受け止め、ルビーの瞳でソウを見る。こいつは……知っていそうにないな。
「瑠璃は作戦の要だ。気を付けてくれ」
「じゃあ、フォローは任せちゃおうかな」
「なんだなんだ、テメエらぁ!?」
 疑問には雷光が答えた。天の声は数多降り注ぎ、彼方の大地を打ち焦がす。が、ソウは転倒した体のまま強力な回転を起こし、浮力を得てブーメランのように宙を飛翔した。
「ちっ、速えな」
 魔導書『深海祭祀書』を紐解き、雷を呼び出したレグルス・ノーデント(黒賢の魔術師・e14273)が舌打ちをひとつ。
「道具も扱い方ひとつで立派な武器だぜ……ったく、面倒なこった」
「チェーンソーダモクレスを相手にしたことはありますが……。こっちは随分おしゃべりな上に、テンション高いですね」
 白い息を吐いてトエル・レッドシャトー(茨の器・e01524)が言い捨てる。そんな言葉をフェルディス・プローレット(すっとこどっこいシスター・e39720)が拾う。
「おおまかにはいつもの奴ですね。さっさと潰して帰りましょう。私、まだ未消化のアニメがあるんですよ」
 冗談めいた口ぶりで軽く飛び跳ね体をほぐし、さっと駆けだす。翻るフェルディスの修道服を見て、トエルの古傷が少しだけ痛んだ。そんな痛みをおくびにも出さず、トエルは眼前の敵に集中することで雑念を消す。
「……道具は大人しく、黙って使われていて欲しいものです」
 茨が複雑に絡んだ槍のような攻性植物『Rosales』を振るう。宿主の生命を力にRosalesは急激に成長しソウへと食指を伸ばす。蔦の一本々が鳥籠のような形を成しソウを閉じ込めた。
「そのままで! 強烈な一発をっ……!」
 フェルディスはガードレールから街灯へ、そこから更に高空へ跳ぶと一気に加速をつけて急降下した。虹を伴った強襲攻撃が炸裂する。しかし潰れた茨の檻に敵はいない。
「ヒャヒャー! 俺の切れ味は最高だろぉ!?」
 ソウは攻性植物さえも容易に切断し抜け出していた。こうなると攻撃を繰り出したばかりのフェルディスが危ない。避けることが出来ないなら受ける。思い、フェルディスは腰をおとし体勢を整えた。刃が地面を削る耳障りな音が近づいてくる。腕の一本くらいは……フェルディスが覚悟したその時、
「ワーオ! ダモクレスのくせにテンション高すぎデース!!」
 ケル・カブラ(グレガリボ・e68623)が両者の間に体を入れた。一瞬の空隙にフェルディスが飛びずさる。ケルは刃を挟みこむように掌で押さえ込んだが、回転の勢いも力も衰えない。鋸歯が肉を裂いて進む。血が勢いよく飛び散ってケルの体を汚した。
「ごめんなさい!」
 了承を得る暇はない。フェルディスは爆破スイッチを押し込み、ケルの側面で爆発を起こした。爆風がケルを吹き飛ばし、色とりどりの煙幕があがる。ソウは煙幕のなか方向定まらず走り去ってゆく。
「荒っぽくなってすみませんでした」
「――っハぁ~! 身体削れちゃうとこデシタァ!」
「とにかく治療を」
「ワカクサ、手伝ってあげて!」
 轟竜砲を構えたクロウ・リトルラウンド(ストレイキャリバー・e37937)が叫ぶと、ボクスドラゴン『ワカクサ』がするすると包帯のように紙を伸ばした。包帯を手づかみにして器用にフェルディスが巻きつける。成すがままにされるケル。その彼方で轟音が響く。
 クロウの轟竜砲が火を噴く。バックルから射出したアンカーは体を固定、精密射撃を可能としていた。砲撃はソウの行く手を遮るように着弾、気取られぬよう進行方向を限定する。
 轍の先ではエリザベス・ナイツ(スターナイト・e45135)が大きく体を引いて待ち構えていた。
「ていっ!」
 気合い一閃。鋼の剣が振り切られ、二つの力が衝突する。敵は強引に進路を変えられ、エリザベスは大きく仰け反る。手が痺れ大剣が音を立てて落ちた。
「のこぎり型のダモクレス……近くで見るとホラーでちょっとだけ怖いわ」
「確かにB級ホラー映画真っ青な鋸だな。おー、怖ぇ怖ぇ。こんな物騒なもんさっさとぶっ壊すぞ」
「うん! 人を傷つけようとするのを、見過ごせないよ!!」
 レグルスがエリザベスに並び立ち、クロウが二人の横を駆け抜けていく。両手を重ね合わせ突き出すと、先んじてレグルスが仕掛けた。
「打ち上げ準備、完了ってなぁ!」
 引き起こされた念動爆発が地面で破裂すると巻き込まれてソウが上空へ。クロウは跳躍、直上をとって脚を振り下ろした。
「道具は心がけ次第で善悪どちらにも転ぶんだ。だから正しく使わなくちゃいけない!」
「ちくしょおおお! ざけやがって、フザケヤガッテェェェ!! ぶっ殺してやるぅぅぅ」
 叫び声が落下してくる。物騒な言葉の数々を聞き流しながら、フレイアはソウを待ち構えた。
「それほどに殺戮を求めるか。ならば、まず私から殺すがいい」
 そして無手のまま落下してくるソウを受け止めた。
「ぶった切ってやるよぉぉ!」
 刃が肉にしっかと喰らいつくとソウは回転を速めた。そのまま一息に切断といきたかったが、フレイアの膂力に加え、ボクスドラゴン『ゴルトザイン』が回転の阻止に加わると刃はなかなか進まない。
「……どうした、貴様の刃はその程度か? それでは私は殺せんぞ!」
 フレイアは踏み込み、それを軸にして回転。力任せにソウをぶん投げた。
「フォローはした、攻勢は――」
「ああ、任されたよ!」
 フレイアの言葉に応え、瑠璃が助走をつけ大振りに大槌を振り薙いだ。平たい頭部の片側から龍の力が噴射され、一瞬のインパクトにおける最大限の力を与える。完全に力負けし、たまらずソウが元いた納屋へと吹き飛んだ。


 いつもより体が軽い。アスファルトを踏みしめ躍動するフレイアは、常になく気が高揚していた。冷静な彼女にしては珍しいことだったが、こうも戦いが上手くゆくと知らず手にも力がはいる。
 崩れ落ちる納屋から出てきたソウを紅弾が打つ。フレイアからすれば、立役者のトエルはただ、ソウを指さしているようにしか見えなかった。寒空のなか惜しげもなく晒す褐色の肌、対照的な白い羽。指先から滴る血の一滴々を魔力の媒体とし、魔力の球体は弾丸のように速く、確実にソウを射抜いた。着弾した血の弾丸は内側から対象を蝕み、生命を鈍化させてゆく。
 動きが鈍くなったソウをケルが放った気咬弾が追跡する。ちょっとしたチェイスが行なわれたが、ソウの行き着く先は白いゴールテープではなく、一人のケルベロスの正面であった。
「今度はこれで!」
 突っ込んでくるソウに向けてエリザベスが轟竜砲を撃ちこむ。弾頭が炸裂し敵ごとアスファルトを砕くと微細な粉塵が舞い上がった。粉塵のなかに飛び込み、フェルディスはエリザベスの襟首を掴んで引っ張る、と、地面を削りやりながらソウが通り過ぎていった。
「油断は禁物です。エリザベスさん」
「ありがとっ、フェルちゃん」
 向けられた微笑みにつられてフェルディスもにこりとする。フレイアは仲間達の動きを視界の隅にいれつつ、確かな手応えを感じていた。
 一人の力ではこうはいくまい、歯車が噛みあえば集団とはここまで強くなるものか。
「どうやら、私を殺せずに終わりそうだな。ただ一人で暴虐をなさんとする貴様と、仲間と共に人々を護らんとする私達の違いだ!」
 言葉にのせて、フレイアは地面を蹴った。


 赤い髪をふり乱し走り出したフレイアを見るやフェルディスは追随した。ケルベロスチェインを飛ばしソウの刃に食ませ、速度を落とすと同時に引き寄せられるまま進み銃撃を加える。あくまで牽制攻撃、フェルディスは刃が近づいたところで鎖を手放し跳躍した。すると背に姿を隠していたフレイアが現れる。
「貴様の因果や業も含めて、丸ごと私が食らってやろう!!」
 フレイアは爪を立てて貫手を放ち、阿吽の呼吸でゴルドザインがブレスを吐きかける。一人と一匹は危なげなく一撃離脱したが、フェルディスの足は止まってしまった。因果や業も含めて……それは自分にとって容易いものではないと感じたからだ。
 本当の私を知ったら、みんなは――エリザベスはどう思うだろう。今までの笑顔が続くとは限らない、どころか、もうそれきりに。
 迫る厄災を退け、幾多もの闘いを経て彼女は強くなった。出会ったその時とは見違えるほどに。しかし仲間としての頼もしさを感じると共に一抹の寂寥感もあった。彼女はもう年下の可愛い後輩ではない、一人前のケルベロスなのだ。
 親友にすら明かせぬ隠し言、彼女はきっと勘付いてるだろう。そんな思いもフェルディスの後ろ髪を引く。だが後ろめたさに向き合うだけの勇気は胸のどこを探しても見つかりそうになかった。


 不意に立ち止まったフェルディスに声を掛けようとしたエリザベスだったが、彼女の思い悩むような横顔に口を閉じた。彼女はいくつもの顔を持っている、少なくともエリザベスにはそう見えた。
 仲間と大騒ぎをしている笑顔、かと思えば静かに博識がかった話をし、戦闘の時にはいつにない冷酷な面も。そのどれもが彼女の顔の一端で、同時に本質であり、それではないのだろう。
 出来ればフェルちゃんの本当の顔を見てみたい。フェルちゃんのことをちゃんと知って信頼したいし、私の事を知って信頼してほしい。そんな風に思うのはわがままなのかしら?
 考えて答えが出るわけではない。だがあの銀色のオートマチックを、鈍く光る六連発を見るたびに思ってしまう。そしてその度に、直接聞こうとしない自分はなんて臆病者なんだろうとも。
 きっとフェルちゃんの事を誰より知っているのはあの二つの拳銃なのよね。
 磨きこまれた鏡面のような銃に映る顔はどんな顔だろうか。エリザベスは大剣を担ぎながら考えていた。


 照準が合わせやすい。クロウはバスターライフルの引き金に手をやり、動き回る敵を照準におさめる。長身のバレルを持ったライフルは、クロウのバトルスーツに同じく黒を基調に赤を這わせた一品だ。
 照準は既にクロウの視界とリンクしており、いくつかの条件を加味し補正すれば着弾点は狙ったとおりの結果を出してくれる。
 クロウはまず低出力でレーザーを発射した。的中。ソウが僅かによろける。二射目で地面を抉り、くぼみに轍がかかったソウの体が宙へ。
 空中ならば地上よりも身動きのとりづらいはず。クロウはすかさずトリガーを引いた。高出力のレーザーが銃口から迸り、敵を撃ち貫いた。
 エリザベスみたいな一撃は無理だけど、その分は別のところで勝負!
 さぁもう一撃。クロウは徹底した精密射撃を加え続けた。


 クロウのやつ。何も考えてねえように見えて、流石にレプリカントだな。
 考え込まれた一撃にレグルスは舌を巻いた。ああいう知恵は今後も必要になってくるだろう。
 こいつはひとつ、先達の良いとこも見せねえとな。微笑しレグルスは深海祭祀書を開いた。深い藍色の外套がはためき、魔力の糸で織られた手袋がレグルス自身の力を増幅し魔導書に流し込む。放つは雷撃。最初の一撃こそかわされたが、散々に小突かれて鈍ったソウの動きは完全に捉えられている。そして今度は特大の一撃を見舞ってみせる。
「天を引き裂く光竜。其は人の恐れし天空の裁き」
 いつもより入念にイメージ。どこどこまでも緻密に魔術を構成する。雷神の号令が天にこだますると、稲光はより集まって巨大な力となる。
 しかしソウも抗う。幾多もの激突で噛みあわぬ鋸歯を不要と思ったか、己を地面に叩きつけると回転の力も加えて鋸刃を飛ばす。集中するレグルスには避ける素振りさえない。
 だが彼とて何の計算もなく大掛かりな魔術を構成していたのではない。彼は信じていた、自分を守るために立ちはだかる堅牢たる存在を。
 しかして守護者は現れた。ケルはバトルオーラを前方に放出し、迫りくる鋸歯を受け止め、可能なものは弾いてみせる。目を見開きレグルスが天に告げた。
「全てを散らす無情なる雷鳴。絶望と共に瀑布の如く落ちろ!!」


 オォー、すごいデス! 光の柱のような雷を目にして、ケルは素直に感嘆の声をあげた。ケルにとって魔術は門外漢だが、この術がどれだけ密に編まれ、どれだけの知識を以て行使されたか。それくらいは把握できた。
「ボクには縁もゆかりもない分野デショウケド」
 呟きつつ、ケルは収縮しつつある光の中に飛び込んでいった。一撃が強力なぶん、いつまでも一地点に残るような力ではないと踏んだからである――直感で。なんとなくの行動であったが、ケルは正しかった。雷光は一瞬で莫大なエネルギーを使いきり、今は空気中に少しばかり帯電するのみである。
 勢いをつけてケルは跳び、ソウを蹴りとばして華麗に着地する。もう一息デスネ。蹴撃の感覚でケルは敵の死を悟った。


 大胆ですね。膨大な光の中に飛び込んでいったケルを見やってトエルはひとりごちた。おそらくは直感、時に感は理論を凌駕する。だが、
「やはり、論も大事です」
 トエルは眼光鋭くソウを見据えた。ついで地中に潜伏させていたRosalesに生命エネルギーを与え、再び急激に活動させる。先と同じように蔦がソウをがんじがらめにしたが、先との違いは一目瞭然であった。一本々が幹のように太い蔦、生半には切断できないそれは鉄塔のように伸びてソウを閉じ込める。蔓は貪欲に蠢き、ソウの内部にあるトエルの血の残滓を嗅ぎとってより強く執拗にソウを締め上げる。一撃目の失敗から、二撃目に布石を置き、三撃目で詰みの一手を指す。トエルの思惑通りに事は運んでいた。
 もはやもがくことすら出来ないソウ。囲う牢獄ごと光刃が断ち斬った。


 トエルさんくらい自在に技を使えればなぁ。瑠璃は思いつつ、痛いほど熱をもった手を見て溜息をついた。
 下手すれば体ごと崩れ落ちそうな力の奔流をどうにか体全体で抑え込み、巨大な光刃を振り切る。姉さんの力になる為に、特別な人を護れる強い男になる為に鍛えてきた。無謀で、無差別な暴力に負ける気はない。
「正しい使い方すれば凄く役に立つ道具なのにね……」
 敵とはいえソウの末路を憐れに思う。殺人鬼に使われた後はダモクレス、運命ならば随分と残酷だ。
 瑠璃はよくよく意識を集中させて光刃を消した。月の女神の力は一人の人間には重すぎる、それが例えケルベロスであったとしても。だが熟練せねばならない、これからも誰かを護ってゆく為に。


「フェルちゃん……」
 戦場にヒールを施して回るフェルディスの背中に、いつになく真剣なエリザベスの声がかけられた。
「なにかな?」
 努めて明るく背中が答える。それでも振り向くことはなかった。互いに言葉を言いあぐねて沈黙が続く。と、不意にエリザベスがフェルディスの肩に頭をもたれさせる。
「……ヒールが終わったら、何か食べにいこ! 戦ってお腹減っちゃった」
「――くっ、あはははっ! エリちゃん、食べ過ぎると後が怖いんじゃない?」
 子供を宥めるような声にどこか安心して、フェルディスはつい笑みを漏らしてしまった。フェルちゃんの方が大食いでしょ。むくれるエリザベスをからかいながらフェルディスは歩き出す。
 今はまだ、でもきっと遠くないいつか、自分の事を語るような日が来るだろう。その日まで今のままで。

「ガデッサさんったら、なんで見てたデスカー? ボクが可愛すぎるからデスカー? やっだモウ! オクテなんだからモウ!!」
「なっ!? ん、んなわけねぇだろっ!」
「人の趣味はそれぞれ。私はとやかく言いません」
  ケルとガデッサの呆れたやり取りにトエルがぼそり口にすると、ケルは大袈裟な身振り手振りで自分を抱きしめた。
「ガデッサさん。まさかのカミングアウト、デスカ!?」
「違うっつーの! おい、お前も何とか言えよ!」
 拍車をかけたケルの勢いにたじたじのガデッサはトエルに助け舟を求めたが、
「……興味ないです」
 いとも容易く一蹴される。

 一方でクロウは戦闘の時よりも意気揚々と、地面を舐めるように戦場を隈なく調べている。
「使えるものは使わなくちゃもったいないもんね~!」
「お、ソウの部品持って帰るのか? 逞しいな。どれ、俺も何か探してみるかね」
 ヒールを終えて戻ってきたレグルスが腰を下ろすと、クロウはにこりとして親指を立てた。
 どんなもんでも使うってのは立派なもんだ。壊す奴がいれば作る奴がいる。適材適所か。
 ふとレグルスの脳裏に悲しそうなヘリオライダーの姿が浮かんだ。
「戦うのはできるが急ぎでその場に向かう事はできねーし。現場まで連れて行ってくれるだけでも充分ありがてえもんなんだからな」
 その誰かに語り掛けるようにレグルスはひとりごちた。

「今度は、人のために働けると良いな」
 風にのせるようにフレイアが囁く。子供のような瞳でパーツを拾い集めているクロウを見れば、その日は遠くないだろうと感じられた。主と同じことを思ったのか、ゴルトザインは言葉をのせて吹いた風が空に流れてゆくのをジッと見守っていた。

作者:東公彦 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年2月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 3
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