血肉は肴くらいにはなる

作者:遠藤にんし


 山形県土沢村――。
 雪に閉ざされた小さな村には、しかし人々が集まっていた。
 彼らの狙いは船下り。雪化粧を施した山並みを眺めながら、船内のこたつでのんびり過ごす……そのために、彼らはここへ集まったのだ。
「外は寒いねえ」
「炬燵楽しみ! お酒も買ってきちゃった♪」
 楽しそうに言葉を交わす人々の前へ姿を見せたのは、一人のエインヘリアル。
「なんだコイツら。うじゃうじゃいやがって……」
 舌打ちひとつ、エインヘリアルはナイフを閃かせると、なんでもないことのように手近な人間の心臓を突き刺す。
 一拍遅れて、悲鳴――すらも、響かない。
 それより早く、エインヘリアルは命を切り刻んでいたからだ。


「エインヘリアルによる虐殺が起こるようだ」
 厳しい表情で高田・冴(シャドウエルフのヘリオライダー・en0048)は言い、地図を広げて現場を指し示す。
「山形県土沢村という場所で、エインヘリアルは人を殺そうとするようだね」
 アスガルドで重罪を犯した凶悪犯罪者であるこのエインヘリアルを放置すれば、多くの人が無残に命を散らすことになる。
「そんなのは見過ごせない。絶対に、ここで食い止めたいね」
 冴によると、エインヘリアルが現れるのは川辺なのだという。
「辺りには何人か人がいるから、彼らのことも考えておいた方がいいのかもしれないね」
 エインヘリアルは頭に血が上りやすい性格らしく、攻撃を受ければすぐカッとなって反撃に出る。
 逃走の心配はないため、ここで倒してしまった方がいいだろう。
「せっかく山形県まで行くんだから、戦いが終わったら観光をしてもいいかもしれないね」
 船内のこたつに入って川下り、というのも楽しいかもしれない。
「酒は飲めンのか?」
 伏見・万(万獣の檻・e02075)の問いに、もちろんと冴はうなずくのだった。


参加者
伏見・万(万獣の檻・e02075)
副島・二郎(不屈の破片・e56537)
旗楽・嘉内(魔導鎧装騎兵・e72630)
フレイア・アダマス(銀髪紅眼の復讐者・e72691)

■リプレイ


 山形県土沢村。
 雪化粧を施した山々と、山の間を流れる川。
 船には人々が乗り込んで、穏やかな時間を過ごそうとしていた。
 ――そこに姿を見せたのはエインヘリアル。
「なんだコイツら。うじゃうじゃいやがって……」
 風流も情緒も解さないのか、エインヘリアルはその景色を見ても心を動かされた様子はなく、表情も動かない。
 そのまま人々の生命を断ち切ろうと、エインヘリアルは手にしたナイフを振り上げようとする――そこに、ケルベロスたちは駆け付けた。
 エインヘリアルの前に立ちはだかったのは伏見・万(万獣の檻・e02075)。万のナイフを握る手に、ひとひらの雪が落ちては溶ける。
「退避を頼む、その間こっちは任せとけ」
「分かった」
 うなずく副島・二郎(不屈の破片・e56537)は万に背を向け人々の元へと駆けだした。
 避難のために向かったのは旗楽・嘉内(魔導鎧装騎兵・e72630)も同じ。またまだ状況が飲みこめていない一般人の元へ向かうと、嘉内は声を上げた。
「大丈夫です。私達はケルベロスです。慌てないで、でもできるだけ急いでこの場から離れて下さい!」
 嘉内の用いる隣人力の甲斐あってか、人々の避難はつつがなく進む。
 嘉内が人々に声をかけ、二郎が彼らへ避難方向を示す。スムーズな誘導に、人々は戸惑うことなく避難を開始していた。
 避難を進める人々の様子を見て、フレイア・アダマス(銀髪紅眼の復讐者・e72691)はエインヘリアルへ向き直る。
 ボクスドラゴンのゴルトザインは一般人の元へ向かわせている。彼らを守るためにも、ここでエインヘリアルを食い止めなければいけない――そんな思いを胸に抱いて、フレイアは呟く。
「……また罪人エインヘリアルか」
 フレイアの手にはゾディアックソードが握られている。
 エインヘリアルもまた、似た形の刃を手にしていて。
「奇遇だなァ、そっちもナイフか。そんじゃあ勝負といくかね」
 言うが早いか万は刃に霊力を帯びさせ、一息に斬り払う。
 喰らわれた傷痕にエインヘリアルは万と視線を交わす――凶悪な視線は二対。
「クソッ、何しやがんだテメェ!」
 苛立つエインヘリアルは万の斬撃に返すように痛烈な斬撃を叩きつける。力任せの一撃に万の体は大きく揺れるが、無様に倒れ込むようなことはない。
「貴様のような捨て駒の相手も飽き飽きしているところだが、地球に来たなら駆除するしかないな」
「アン、何だってェ……?」
 フレイアの言葉を問い直すエインヘリアルの言葉には怒気。
「さぁ、貴様に欠片でも勇気があるなら、私の相手をするがいい」
「――上等だッ!」
 挑発に乗ったエインヘリアルの視線の先には万、そしてフレイアのみがいて、人々が避難をしていることは完全に意識の外にある様子。
 一般人から意識を逸らすことには成功したようだと思いながら、フレイアは魂を喰らう一撃を突き付ける。
 ――エインヘリアルに気取られないように、視線を人々の方へ向けるフレイア。
 声が届く距離にはいないが、嘉内が振り向いてうなずくのが見えた。見れば周囲の人々もエインヘリアルのそばにはほとんどいない。
 二郎も足の悪いのであろう高齢者を抱きかかえているのが遠目に確認出来た。この分であれば、間もなく嘉内と二郎は戦線へ復帰することだろう。
 エインヘリアルの持つ刃が大気を震わせた――決して弱くはない攻撃を押さえこんで、人々の元へ向かわないように耐え抜いていた時間は、どれほどだろうか。
「待たせたな、援護する」
 そんな言葉が二人の背後から聞こえたかと思えば、避難を終え戦場へ急行した二郎の腕の中でドラゴニックハンマーが砲撃形態へ変容。
 轟音と共に火線がエインヘリアルを貫いた。
「お待たせしました、戦います!」
 時を同じくして嘉内も戦場へ舞い戻り、緑に煌めく星々を伴って蹴りを放った。
 ――始まった戦いに、冬の空気が一段と鋭さを増した気がした。


 これで何度目かの重い一撃を受け止めたフレイアは、その衝撃に息を詰まらせる。
「……っ!」
 エインヘリアルの威迫に圧されたわけでは決してない。
 だが、単純な腕力から繰り出されるその暴力を受け続けることの負荷は強く、ゴルトザインも疲労の色を隠しきれない。
 ゴルトザインの属性が力に変わり、フレイア自身も己がこれまでに喰らってきた魂を憑依させる。
 禍々しい呪紋の広がりがフレイアの体から痛みを取り除き、戦いを続けるための力を付与した――そのおかげで、どうにか倒れずに済んでいた。
「フレイアさん、これもどうぞ!」
 言って嘉内が宙へ手を伸べれば、嘉内の作り出したドローンがどこからともなく姿を見せる。
 ドローンは嘉内の頭上を通って前衛、フレイアと万を警護するかのように滞空。嘉内の用心深い癒しがあるから、この少ない人数でもケルベロスたちはエインヘリアルと渡り合うことが出来た。
「向こうが攻撃ばかりなのは、辛いですが逆に助かりますね」
 嘉内の呟きに、二郎はうなずく。
 攻撃と挑発を受けたエインヘリアルは感情的になっているようで、持っているナイフから守護の力を引き出し癒しを作り出すことにまで頭が回っていないのだ。
 手数を攻撃にばかり使うためにフレイアとゴルトザインの負担が大きくなっているということは否めないが、そのためにエインヘリアルを追い詰めるのもまた難しいことではなかった。
 とはいえ、慢心しては形勢逆転の危機もある。二郎は後衛より、用心深い視線を戦場へと向ける。
「ッたく、ちょろちょろしやがってッ!」
 粗暴な性質と見えるこのエインヘリアルは舌打ちし、大きく得物を振って威嚇するかのよう。
 唸るエインヘリアルはケルベロスへの警戒こそ十全ではあるものの、いかんせん動きが大きく、隙を突くことは容易。
 だからこそ二郎はエインヘリアルが体を大袈裟にひねってケルベロスたちを睥睨する間に、エインヘリアルと肉薄して。
「貴様のような奴に、人の命をくれてやるわけにはいかない」
 言葉と共に、蹴りを放った。
 罪人であるエインヘリアルにくれてやる慈悲など二郎は持ち合わせてなどいなかった。
 容赦ない二郎の一撃はエインヘリアルの膝の骨を砕き、裂傷には火傷すら負わせるもの。
 蹴りに含まれる炎は乾いた冬の空気の中で瞬く間に広がって、エインヘリアルの巨躯を覆い隠すほどの大火へと変貌する。
「今だ、やるぞ」
 二郎の呟きは低い声だが、ケルベロスたちには伝わって。
 次々に繰り出された攻撃がエインヘリアルを襲い、そのたび体躯を包む炎は揺らいだ。
 攻撃の応酬がエインヘリアルの体力を削っている、という手ごたえがある。
 万は追い詰められていくエインヘリアルを前に、手中のナイフを弄び。
「この後美味い酒が待ってンだ、前菜程度にゃ楽しませろよ」
「ッざけんな、テメェの肉を肴にしてやる……!」
 濁った怒声を上げるエインヘリアルは、ナイフを握る手に力を籠める。
 ナイフとナイフ、突き出す動きは等しい。
 切っ先が触れ合って立てる硬質な音ばかりが端正な中、万の持つナイフがエインヘリアルによって弾かれ、手から抜ける。
 どこかへ飛んでいく万のナイフ――獰猛な笑みを浮かべたエインヘリアルは、万の首を掻き切ろうと首筋めがけて。
「――引き裂け」
 その刹那、エインヘリアル自身の首筋に何かが触れた。
「喰らえ」
 空の手をした万が呼び寄せた、幻影の獣たちが。
「攻め立てろッ!」
 エインヘリアルのナイフが万の首に届くより早く、エインヘリアルの首筋を牙で貫いていた。
 ドウ、と音を立て倒れ伏すエインヘリアルの体。
 飢えた獣に喰らい尽くされて、その肉体は失われた。


「寒いときは熱燗だよなァ」
 ゆっくりと伸びをして、周辺へヒールを施す万。
「さて、川下りだな。全員来んだろ?」
 言って万は仲間の方へ視線を向けて……おや、と首を傾げる。
 ヒールが終わって、ここにいるのは嘉内とフレイアの二人だけ。
 二郎の姿が見当たらないのだ。
「副島はどこだ?」
「どこでしょうかねぇ、ヒールをしている時にはいたはずですが……」
「先に帰ったんだろうな」
 嘉内、フレイアの言葉に、そうか、と呟く万。
 どこかで見たような顔だったので気がかりだったのだが、帰ってしまったということならば仕方ない。
 川下り船には三名で乗って、静かな時間を過ごすことにした。
 水の中で船は軽く揺れたかと思えばすぐに安定し、四方を雪景色に囲まれた中、三人は酒を注ぐ。
「無事に済んで良かったな」
 川下りを楽しむのはフレイアたちだけではない。
 避難した観光客たちも戻ってきて川下りを楽しんでいる様子を眺め、何よりだとフレイアは酒の盃を傾ける。
 気温は氷点下、フレイアの銀髪を揺らし、頬を撫でる風は冷たいものだったが、酒を飲めば身体は温まり、フレイアは酔いの混じる吐息を漏らす。
 何より、寒くないのは炬燵があるから。
「情緒があっていいですねぇ」
 嘉内はちびりと日本酒を口にして、暖まる足元にすっかりくつろいだ気分になる。
 どこまでも続く雪景色は眺めているだけで気分が良く、身体が冷え切ることがないのもありがたい点。
 ゆらゆら揺れた気分になるのは船の揺れではなく、嘉内の酔いによるものなのだろう。
「一杯やれンなら最高だなァ」
 言いつつ万が呑む酒は、果たして一杯で済むのかどうか。
 何であれ、いつもと違う景色の中で呑む酒もまた良いもの。
 酔いの回りだした頭が心地よく、万は金の瞳に酔いの色を乗せる。
 三名を乗せた船は、ゆらゆらと。
 戦いの後の平和を肴に、三者三様に酒を呑む。

 そんな船を、二郎は遠くから眺めていた。
「……」
 ワイルドブリンガーとなり、かつての暮らしを失った二郎は酒はさほど好きではない。飲めないわけではないが、酔うことが出来ないためだ。
 そして、川下り船に乗らなかったのは。
「……」
 ――白い息を吐いて、二郎は船を見つめていた。

作者:遠藤にんし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年2月15日
難度:普通
参加:4人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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