凶剣、暗夜に消え行く

作者:秋月きり

「久しいな、『白刃』の」
 深夜。時刻にしては1時過ぎ。
 朧気な蒼色の中、彼女は旧知の者に接するよう、語りかける。
 だが、住宅街のこの場所、この時刻において、彼女が語りかけるべき存在はいない。目の前にいるのは青白い燐光を放つ三体の怪魚、それから零れる鱗粉が描く魔法陣、そして……。
 成ったのは青白い光だった。
「オォッ、オオオオオオオオッ!」
 3mを超す巨体。それを包む星霊甲冑。手にした得物はその身長をすら凌駕する白刃――日本刀。
「ははっ。一度死んで知性を失ったか。まぁ、それも良しだ。『白刃』の」
 同じエインヘリアルの彼女は剛毅に笑うと、己が得物を持ち上げる。両の手に握られた無骨なそれは、切るよりも叩き潰す事に特化した剣――巨大な鉄塊と見まごう西洋剣であった。
「目覚めの時間だ。友よ。腹はへってないか? さぁ、刻限までグラビティ・チェインを喰らい尽くそうか」
 彼女――『剛剣』の二つ名を持つウィルドに宿った笑みは、残忍で凶悪なものであった。

「大分県大分市で死神の活動が確認されたわ」
 駅前から少し離れた住宅地に三体の青白い燐光を放つ怪魚――下級死神の姿を予知した。ヘリポートに集まったケルベロス達にリーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)がその文言を告げる。
 死神達の目的、サルベージの対象は、先日、ケルベロス達が撃破したエインヘリアル、『白刃』のウルズの名を持つ日本刀使いであった。
「で、ここからが注意事項なんだけど、その場所に新たな罪人のエインヘリアルが解き放たれるわ。名前を『剛剣』のウィルドと言うらしいの」
 エリン・ウェントゥス(クローザーズフェイト・e38033)が危惧していた通りであった。死神による罪人デウスエクスのサルベージ、それを援護するべく更なる罪人デウスエクスが送り込まれるようなのだ。
 その名は『剛剣』のウィルド。その通り、無骨な巨剣を得物としているようだ。
「――で、ありますか」
 唸る少女の名前はクリームヒルト・フィムブルヴェト(輝盾の空中要塞騎士・e24545)。人々の盾として戦う事を是とするヴァルキュリアの少女の名であった。
 そう。それは虫の知らせとも言うべき直感であった。巨大な得物を持つエインヘリアルの到来を予期した彼女はその調査を進めていたのだ。
「だからこそ、この予知につながったのかも知れないけれど」
 クリームヒルトの努力が実を結んだ事に喜ぶべきか、それとも新たな事件の到来を嘆くべきか。微苦笑を浮かべたリーシャは、しかし、地球の人々が被害を向けない未来こそが肝心と襟を正して言葉を続ける。
「これまでの事件同様、サルベージされたエインヘリアル――『白刃』のウルズは7分経過したら死神達に回収されちゃうわ。もしも彼の撃破を狙うなら、その時間が勝負ね」
 逆を言えば、7分経過後、死神とエインヘリアルの片方は消えてしまう。そこまで耐え忍ぶ戦いも可能と言えば可能なのだ。
「それでね、『白刃』のウルズは日本刀のグラビティを、『剛剣』のウィルドはバスタードソードに似たグラビティを使用するわ。三体の死神は『噛み付き』で攻撃してくるけど、あまりダメージは多くなさそう。むしろ、仲間への補助に警戒した方がいいかな?」
 『白刃』のウルズの回収を是としないのであれば、相応の策が必要だろう。無論、『剛剣』のウィルドを放置して良い訳では無い。
「確かに7分後にウルズと死神は消えちゃう。でも、ウィルドはそうじゃないわ」
 時間経過後にケルベロス達の消耗が激しければ、ウィルドは皆を撃破し、その二つ名の剛剣を一般市民に向けるだろう。
 そして、残念ながら周囲の住宅街については避難勧告が出来るものの、それを広域に行ってしまえば、一種のグラビティ・チェイン空白地帯を作る事につながり、それが即ち、サルベージ対象の変更、つまり、死神とエインヘリアルの暗躍そのものの変化を促す結果となってしまう。その為、そこまでの避難誘導が出来ないのだ。
 被害者を出さないように事件を収束させるには、その場で少なくとも『剛剣』のウィルドを倒す必要がある。
「あと、『剛剣』のウィルドは罪人デウスエクスの類に漏れず、戦闘狂だから、説得とかは通じない。それは忘れないで」
 会話の道はない。ケルベロスと相対すれば戦うのみなのだ。
「エインヘリアル二体と死神三体。計五体のデウスエクスとの戦いよ。苦戦は必至だけど、必ず勝機はあるわ」
 だからこそ、策をしっかり立て、頑張って欲しいとリーシャは告げる。
「それじゃ、いってらっしゃい」
「はい!」
 いつもの言葉にクリームヒルトは快諾を持って応え、仲間達と共にヘリオンへと向かうのであった。


参加者
八崎・伶(放浪酒人・e06365)
クリームヒルト・フィムブルヴェト(輝盾の空中要塞騎士・e24545)
イズナ・シュペルリング(黄金の林檎の管理人・e25083)
清水・湖満(氷雨・e25983)
款冬・冰(冬の兵士・e42446)
鹿目・きらり(医師見習い・e45161)
長久・千翠(泥中より空を望む者・e50574)
リリベル・ホワイトレイン(堕落天・e66820)

■リプレイ

●禍津夜の剣
 夜が広がっている。
 既に人々は眠りについているのだろう。家々に明かりは無く、ただ闇がその街を支配していた。
 そこに青白い光が灯る。
 揺らめくよう、儚きよう、揺れるそれは、死神の灯す燐光――反魂の輝きだった。
「エインヘリアルのサルベージ事件はやはりまだ続いていたのでありますね!」
 クリームヒルト・フィムブルヴェト(輝盾の空中要塞騎士・e24545)は憤り露わに言葉を紡ぐ。死神達とエインヘリアルの謀が未だ、終息の兆しを見せていない事に対する憤懣は、地球を守るケルベロスが故か、それともヴァルキュリアと言う出自の為か。
「まだエインヘリアルをサルベージ、してるね」
 絶対に阻止する。憤りの気持ちはイズナ・シュペルリング(黄金の林檎の管理人・e25083)も同じだ。手の中で揺らめく灯火は、その憤慨を表す様でもあった。
「と、言うわけだ。覚悟は出来てるんだろう?」
 長久・千翠(泥中より空を望む者・e50574)の問いかけは魔法陣を描く死神では無く、傍らに佇むエインヘリアルに向けられていた。
 無骨な直剣を抱く彼女は彼の言葉に呼応するように、にやりと笑う。
「やはり来たか、ケルベロス」
 好戦的種族に相応しい笑みは、肉食獣を思わせるそれだった。
 『剛剣』のウィルド。それがケルベロス達の前に立ち塞がる彼女の名前。そして。
「相手の準備も整った様だね」
 深い溜め息はリリベル・ホワイトレイン(堕落天・e66820)から。青い目が夜行性特有のギラギラとした輝きを帯びているのは、彼女もまた、夜が本領発揮の時間である事を示しているのだろう。彼女の立つべき戦場が何処か、それは彼女だけが知っていた。
 リリベルの指し示した通り、死神達はサルベージを完了させた様だ。鱗粉が描く魔法陣は眩いばかりの青き輝きを放ち、そして。
「これが『白刃』のウルズ、か」
 青き炎、そして日本刀を抱く3メートル越えの偉丈夫に、八崎・伶(放浪酒人・e06365)から零れたのは感嘆だった。
 星霊甲冑を纏う巨躯の戦士はエインヘリアル種族に他ならない。
 死から蘇った今も、否、死から蘇ったからこそ、そこから漂う威圧感は健在。むしろ、その圧が傍らのウィルドより強く感じるのは、死神達の行う変異強化の賜物の様に思えた。
 思わず口元に浮かんだ笑みを噛み殺す。強敵を倒す喜びは、戦士特有のモノ。そして彼もまた好戦的な感情を抱く戦士であった。
「目標確認。戦闘開始」
 鬨の声を上げたのは、款冬・冰(冬の兵士・e42446)。静かに、冷たく、鋭利に。刃物を思わせる声は凜と戦場に浸透していき。
「さぁ、行きますよサターン。サポートは任せますね」
「罪深き貴方たちを我が主の元へと送って上げましょう」
 己がサーヴァントに呼び掛ける鹿目・きらり(医師見習い・e45161)は薙刀を構え、ハンマーを掲げる清水・湖満(氷雨・e25983)は殺気に染まった結界を周囲に拡げながら、クスリと笑う。

●白刃と剛剣
「――ッ」
 ケルベロス達が持参した明かりを受け、白刃が煌めく。白き残滓は夜を泳ぐ剣光の残り香で、そして、獣哭と共に振り下ろされる刃の一撃は――。
「フリズスキャールヴ、行くであります!!」
 クリームヒルトの呼び掛けに応じたのは、彼女のサーヴァントであった。
 テレビウムの矮躯による体当たりは日本刀の切っ先を逸らし、アスファルトの地面に大きな亀裂を生じさせる。
「ほう、今の動きについて行くか!」
 賞賛と共に繰り出された追い打ちは『剛剣』のウィルドから。
 嵐を思わせる剣圧は体勢を崩すフリズスキャールヴのみならず、伶やクリームヒルト、湖満や冰と言った前衛陣を強襲する。
「重い、であります!」
「そうこなくっちゃな!」
 だが、剣戟が届いたのは伶とクリームヒルト、そしてフリズスキャールヴの二人と一体のみであった。刹那、身体を張って湖満と冰への攻撃を止めた二人は、表情を歪めながらも、地を踏みしめ、或いは巨盾を支えに、膝を突く事を拒絶する。
 そして、轟いたのは色取り取りの派手な爆発であった。
 爆破スイッチを握りしめた伶はにっと微笑むと、己がサーヴァントの名を呼ぶ。
「焔ぁ!!」
 夜闇の中、ボクスドラゴンの息吹が舞い上がった。
「――ッ?!」
 赤銅色の炎が、死から蘇った狂戦士の身体を焦がす。身体が焦げる痛みに、うごめく狂戦士。だが、それはケルベロス達の猛攻の尖兵に過ぎなかった。
「あの人は、帰ってこない」
 湖満の乱撃が傷ついた狂戦士のみならず、重騎士や怪魚に降り注ぐ。
「いっけーっ」
 同時に放たれた冷凍弾はリリベルの放ったモノ。時すら凍らせる弾丸は、狂戦士の身体を凍てつかせる――その筈だった。
「――ちっ。タンクが!」
「ディフェンダーであります!」
 だが、乱撃も冷凍弾も白刃のウルズを捉える事が出来なかった。ウィルドの破撃から攻撃手を庇ったと同様、怪魚の一体がその身を挺し、ケルベロスの攻撃を防いだのだ。
 治癒ドローンを召喚するクリームヒルトや応援動画で自身を治癒するフリズスキャールヴ同様、ディフェンダーの恩恵を抱く怪魚は、小さな声で哭く。その声は物悲しく、しかし何処か誇らしげに響いた。
「だったら、まずは貴方たちを削るよ」
 イズナの投擲した無数の手裏剣は、怪魚たちを貫いていく。雨を思わせる飛来物に浮き足立つ敵陣に、銀色の輝きが突き刺さる。
「目標固定。氷刃形成。突撃する。――皆、ウルズを」
 自身らの目的はあくまで、サルベージされたエインヘリアルの撃破だと告げる冰の吶喊は、狂気に染まる戦士のみならず、重騎士や怪魚たちをも吹き飛ばし、呻き声や悲鳴を零れさせる。
「おっと、俺とも遊んでくれよ」
 流星纏う跳び蹴りは千翠から。足袋に包まれた足槌の一撃を星霊甲冑の甲で受け止めたウルズはしかし、その勢いに押され、じりっと後退を余儀なくされる。
 そして、怪魚の慟哭が夜を切り裂いた。
 青き鱗粉は己が身体を、そして傷ついた仲間に降り注がれていく。
「楽しめそうだな、『白刃』の」
 青く染まる同胞を見やり、笑みを浮かべる『剛剣』のウィルド。そこに刻まれた笑みは戦士としての狂気。
「私たちは貴方たちを楽しませるつもりはありません! 霊弾よ、敵の動きを止めて下さい……!」
 対し、きらりの霊弾が灼くはウルズの身体だ。
 邪気払いの風を起こすサーヴァントを背景に、放たれたエクトプラズムの塊は霊的質量を以て、死から蘇った戦士の身体を圧壊する。ぐにゃりと穿たれるは星霊甲冑。そして、ウルズそのものの身体だった。
「オオオオオオッ!」
 日本刀を構える狂戦士が放つ獣の咆哮に、同胞の重騎士はにぃっと笑う。
「そうか。貴様もやはり楽しいか! 判るぞ、『白刃』の!」
 この場において言の葉を持つ物はケルベロスを除けば、彼女一人。怪魚も『白刃』のウルズも、語る言葉もそれを操る知性も持ち合わせていない。
 なのに、戦場の狂気に侵されていない者は、何処にもいなかった。

●凶剣、暗夜に消え行く
「5分経過!」
「――早ぇな、おい!」
 響き渡るアラームに、湖満の叫びと千翠の声が入り交じる。
 同時に響くは怪魚の悲鳴だった。千翠の投擲した大鎌が鱗を切り裂き、その肉を穿ったのだ。
「邪魔するなよ!」
「それが我らの仕事だ! ケルベロス!」
 千翠の舌打ちに応じたのはウィルドの殴打だった。切るよりも押し潰す事に特化した長剣が強襲したのは、仲間の盾にと立ち塞がるテレビウムの身体。
 吹き飛ばされ、グラビティ・チェインの塵へと消え行く己が従僕の姿に、クリームヒルトは唇を噛みしめる。
「それでも、ボクたちは負けるつもりはないであります!」
 度重なる猛攻に傷つく伶の身体を治癒のオーラで癒やしながら、クリームヒルトもまた咆哮する。
 これは意地のぶつかり合いだ。
 ケルベロスはウルズの撃破を狙い、死神とウィルドはウルズの逃亡のみを優先する。それが彼女らに与えられた仕事ならばそれを遂行しない理由はない。
「――ちっ」
 精神剣による痛痒の一撃を獣の如き俊敏さで躱したウルズを前に、伶は舌打ちする。
 幾多に渡る剣戟の中、既に攻撃は見切られている。破鎧衝以外のグラビティが治癒に特化した物であれば、それも必然であった。
 続く焔の体当たりも、ウルズを庇う怪魚に阻害され、ただ、鱗に包まれた身を破壊するに留まっている。小さな悲鳴だけが、攻撃の報酬のようにも思えた。
(「まずいなぁ」)
 闘争心を燃え上がらせる物理的炎を傷つくクリームヒルトにぶつけながら、リリベルは臍を噛む。
 歯車がかみ合っていない。強くそう感じる。
 傍らのシロハの短い鳴き声と羽ばたきの音を聞きながら、その頭によぎるのは強い焦燥だった。
 ケルベロス達が優先すべき事はウルズの撃破。だが、初手において、死神の阻害を嫌うあまり、自身らの攻撃は集団攻撃に特化していた。特化し過ぎていた。
「――塵すら残さない。緋の穂は破滅を齎すもの」
「貴方たちを切り刻む刃の名は、罪」
 イズナによる殲滅の炎、そして湖満による刃は死神を、そしてエインヘリアルを焼き、切り裂いていく。追い打ちは蹄鉄による蹴打を思わせるきらりの拳だ。ぐしゃりと叩き潰され、傷ついた死神は無へと帰していく。
 残りの敵は四体。目的までの壁は、デウスエクス側のディフェンダーは一枚のみ。
 なのに。
(「遠い――!」)
 冰の蹴りはウルズを狙い、だが、間に割り込む死神によってエインヘリアルを梳る事は叶わない。死神が負った怪我はしかし、残された死神の治癒によって回復させられてしまう。
「諦めちゃ駄目だよ!」
 轟く竜砲弾と共に放たれたイズナの叫びは悲痛な色に染まっていた。
 諦めなければ為せる。諦めなければ成せる。
 自身らの目的を阻むモノがいるならば、それは自分達が抱く諦観だ。まだ時間はある。ならば、諦める理由は何処にも無い。
 死神が庇い続けたとは言え、『白刃』のウルズも傷ついている。死神の治癒は追いついておらず、何より、致死ダメージは彼の身体を蝕んでいる筈だ。
「だったら、倒せる!」
「やらせるつもりはない!」
 直剣がひらめき、クリームヒルトの身体を打ち据える。そこに浮かぶ色に余裕は感じられなかった。むしろ焦燥が色濃く残っている。
 『剛剣』のウィルドも悟っている。
 確かにこれは意地のぶつかり合いだ。ならば、心が折れなかった方が勝つ。これはそう言う戦いだった。

 アラームが鳴る。
 7分を告げるアラームは、湖満の悲痛な叫びと共にケルベロス達に浸透していった。
 伶の一撃は届かず、クリームヒルトの手刀はウルズの星霊甲冑を削る程度に留まる。イズナの殴打も、湖満の回し蹴りも、きらりの霊弾も、その身体を打ち砕くに至らない。
「絡め捕れ。焦がし尽くせ」
 千翠が紡ぐ枷を受け止めたのは、間に割って入った怪魚であった。ぎちぎちと縛られ、砕かれ、そして霧のように消失していく。
「一刀にて、積もる命を月並みとする」
 もはや『白刃』のウルズを守る壁は存在していない。
 冰が生成した氷剣は彼の巨躯を捉え、三度に亘る斬撃を綴りゆく。
 納刀の如く収めた刃は指先に絡むように自壊。霧氷と化し、夜闇に溶け。
「――冬影『乱れ雪月華』」
 遅れて吹き出した血流は、まるで噴水の如く辺りを染め上げる。
 だが。
「紙一重だったが、我らの勝ちだ。ケルベロスよ」
 響くのは哄笑だった。
 『剛剣』のウィルドの笑みと共に、『白刃』のウルズの身体がゆるりと消えていく。共に消える死神の身体と同じく青白い燐光に包まれる様は、真の死が彼を捉えた訳ではなく、死神達による回収が、彼のエインヘリアルを捉えた証だった。
 やがて残されたのはウィルドただ一人。
 剛剣の徒名を持つエインヘリアルの笑みに、しかし、ケルベロス達は得物を構え直す。
 確かに白刃のウルズは死神に回収された。
 だが。
「貴方を逃がす理由にはならないであります!」
 萎えかけた闘志を再度奮い立たせるクリームヒルトの叫びに、『剛剣』のウィルドはにやりと笑う。

●戦い、終わりて
 そして、夜闇の戦いも何れ、終局を迎える。
「ダメージ、一定量を突破」
 星霊甲冑に包まれた身体は切り裂かれ、至る所に傷を走らせる白い肌を覗かせている。冰による宣言は、傷だらけのウィルドの状態を端的に表していた。
 死神と蘇った同胞。その援護無くしてウィルドがケルベロス達を倒す術があるはずも無く。
「……何か言い残すことはあるか?」
 トドメと拳を鳴らす千翠に向けられた笑みは、何処か清々しいまでの色を帯びていた。
「ざまぁみろ、だ」
「そうか」
 ぐしゃりと拳が星霊甲冑に、そしてその下の腹部に突き刺さる。かはりと零れた呼気は、血の色が混じっていた。
(「そうだな」)
 エインヘリアルの目的が死神のサルベージ成功であるならば、既にそれは成就している。ならば役目を果たした彼女は、ただの殉教者として死ぬのだろう。
 同じデウスエクスだった彼にはその気持ちが痛いほど判る。怖いのは死ぬ事では無い。無意味に消えてしまう事だ。
「さあ、我が主……冥王ハーデスの所へ、お行きなさい。然るべき罰を受けてどうぞ」
「先に逝くぞ、地獄の番犬共。貴様らが来るのを楽しみにしてやる」
 湖満の演技に嘲笑じみた笑みを浮かべる彼女へ突き刺さるは無数の斬撃、そして魔術だった。湖満の刃、イズナの炎、冰の氷剣に貫かれた彼女は吐血と共に目を閉じる。
 やがてその身体は無数の粒子と化し、夜の闇へと溶けていった。

 破壊された壁や道路が伶やきらりの治癒グラビティによって癒やされていく。
 幻想を孕みながら復元していくそれらは、まるでそこが戦場で無かったかのように元通りにしてしまうだろう。
 だが。
「全てがリセットされるわけじゃない。……よね?」
 シロハと共に修復を行うリリベルの独白に、クリームヒルトはこくりと頷く。
 この先死神は、そしてエインヘリアル達はどのようになってしまうのだろう。
 彼女の疑問に、答えは無い。
 今は、まだ。

作者:秋月きり 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年2月18日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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