赤き雷光

作者:廉内球

 山吹色の騎士が、廃墟となった都市をつぶさに観察する。いずれのデウスエクス勢力も不穏な動きを見せる以上、どこにどのような兆候があるか分からない。ウォーグ・レイヘリオス(山吹の竜騎を継ぐもの・e01045)は相棒たるボクスドラゴン、メルゥガを連れて見回りを行っていた。
「見つけたぞ、氷狼竜メルゥガ……そしてケルベロス」
「……どなたです?」
 ウォーグが振り返ると、そこには真紅の鱗を持つ半竜人。その瞳には確かな敵意を宿らせて、挑戦的な表情でウォーグを、そしてメルゥガを見ている。同じドラゴニアン……とするには、あまりに禍々しい、その姿。
「私の名はスレイヴォルケナー。竜の力を得た存在だ」
「竜の力、ですって……?」
 人がドラゴンの力を得たもの、即ちドラグナー。ウォーグは現れたその異形の正体を即座に看破する。そして、通常は複数のケルベロスで対処する相手に、折り悪く単独行動中に遭遇してしまったことにも気づいた。メルゥガが主人をかばうように前に出て、威嚇のうなり声を上げる。
「無様なものだ、ケルベロスに飼い慣らされるとは。そのドラゴンともども貴様を倒し、私は私の力を証明する」
「いいでしょう。ノブレス・トレーズが一騎、山吹のウォーグ……参る!」
 戦いは避けられない。覚悟を決め、ウォーグは竜騎の御旗を翻した。

 緊急だ、と声を荒くして、アレス・ランディス(照柿色のヘリオライダー・en0088)はケルベロスを呼び集めた。
「ケルベロスの救出任務だ。敵はドラグナー、救出対象はウォーグ・レイヘリオス。未だ連絡がつかん」
 アレスが早口にして端的に、情報を伝える。その焦りようを見れば、否応でも分かる……時間が無い、と。
「必ず間に合うように送り届ける。敵戦力について話すから、聞いてくれ」
 まずは自分が落ち着きを取り戻すべく、ふぅと一息ついて、アレスはドラグナー、スレイヴォルケナーについて語り始める。
 スレイヴォルケナーは体術を得意とし、赤い雷のようなオーラをまとっている。近づけば拳で応戦し、離れれば雷のオーラを飛ばしてくるだろう。距離の取り方には注意が必要だ。離れていても安心はできない。
「雷の力で回復も行えるようだが……あまり自己回復には頓着しないようだな」
 己の力に絶対の自信を持つドラグナーは、圧倒的な破壊力で敵をねじ伏せることを好む。ダメージの重さを覚悟する必要がある一方、回復頻度は低いと、アレスは告げる。
「挑発すれば回復をやめて攻撃に回る可能性は高いが、その場合は怒らせた奴が集中攻撃されることになる。備えがないならやめておいた方が無難だ」
 とはいえ隙が無い訳ではない。生かすも殺すもケルベロス次第だ。
「説明は以上だ。行くぞ。必ず帰ってこい、全員でだ」
 それは頼みのようであり、祈りとも言える言葉だった。ウォーグだけではない、誰一人欠けることのないように。
 ケルベロスたちを乗せ、ヘリオンが離陸体勢に入った。


参加者
フラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)
ウォーグ・レイヘリオス(山吹の竜騎を継ぐもの・e01045)
相馬・竜人(エッシャーの多爾袞・e01889)
燦射院・亞狼(日輪の魔戒機士・e02184)
土竜・岳(ジュエルファインダー・e04093)
ハル・エーヴィヒカイト(閃花の剣精・e11231)
天瀬・水凪(仮晶氷獄・e44082)
カーラ・バハル(ガジェッティア・e52477)

■リプレイ

●死闘開幕
 真紅の爪と、山吹の竜旗がぶつかる。ウォーグ・レイヘリオス(山吹の竜騎を継ぐもの・e01045)とスレイヴォルケナーの間に、赤雷の火花が散った。
「ドラゴンの配下ということは、我が先祖が恨みでも買いましたかね」
「祖先? はっ、ケルベロスを憎まぬドラゴンはいないさ」
「……そうでしょうね」
 大規模作戦を立て続けに阻止されているドラゴン勢力にとっても、ケルベロスはまさに宿敵と言えるだろう。幾合かの打ち合いの末、ふとウォーグは地面に落ちた影に気づき、後方へと跳ぶ。
 その直後、巨大な質量がスレイヴォルケナーごと地を叩いた。
「半年ほどのー、お久しぶりですわねぇー」
 鉄塊剣【野干吼】を緩慢な動作で持ち上げながら、フラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)がおっとりとした笑顔を向ける。さらに金色の影が割り込むように着地。
「よぉ、騎兵隊の到着だぜ」
 燦射院・亞狼(日輪の魔戒機士・e02184)が軽い調子で、しかしウォーグを背にかばうように立ちはだかる。
「レイヘリオスさんにはお世話になってるんだ。お前の思い通りにはさせねエ!」
 カーラ・バハル(ガジェッティア・e52477)が吼えるが、スレイヴォルケナーは挑戦的な笑みを浮かべるだけだ。気概で負けるわけにはいかないと、カーラは戦斧を構える。
「義によって助太刀する。見たところ相当の力の持ち主のようだ。よもや卑怯などとは言うまい?」
「これで全部か? 役者不足でないといいがな」
 挑発で返すドラグナーに涼やかな笑みを送り、ハル・エーヴィヒカイト(閃花の剣精・e11231)が刀の柄に手をかける。
「まだ来るぜ、残念だったな。囲んで棒で叩いて負かしてやるから待ってろ」
 相馬・竜人(エッシャーの多爾袞・e01889)はおもむろに髑髏の仮面をつけ、指を鳴らす。ドラゴンに言いように使われていることにも気付かない、この不愉快なまでに愚かなドラグナーをねじ伏せるその瞬間を思うと、心が躍る。
「ふむ……囲んで棒で叩くかはともかく、同じケルベロスとして、仲間の危機に駆けつけぬ理由はないのでな」
 降り立った天瀬・水凪(仮晶氷獄・e44082)が青い瞳で赤きドラグナーを見据える。そして仲間たちを見渡すと、ふと柔らかい笑顔を見せ。
「必ず皆で帰ろうぞ」
「もちろんです! 全力で支援させていただきます」
 土竜・岳(ジュエルファインダー・e04093)は外套の前を閉じる。布団が恋しくなるが、今はウォーグの救出が先決だ。
「状況開始。赤き半竜を撃破する」
 ここに、役者は揃った。ハルの宣言と共に、戦端が開かれる。

●交差する感情
 最初に動いたのはカーラだった。ケルベロス八人がかりで当たる格上の敵に挑むのであれば、真っ先に敵の機動性を奪うのはもはや定石となっている。
「絡みつけよっ、「封縛鞭」!」
 一手も無駄にしたくないカーラの思いをくみ取って、絡みつく糸は鞭の太さとなりデウスエクスへ襲いかかる。
「我が心、留めよ世界。捉えた、境界・剣葉樹(デッドライン・ブレードツリー)」
 立て続けに、スレイヴォルケナーの足下から剣が伸びる。樹木の生長を早回しするかのように強固に絡まった刃の牢獄がデウスエクスを離さない。
「よし、このままその動きを阻害する」
「おのれ、だが足を止められたくらいで止まる私と思うなよ」
 スレイヴォルケナーの周辺に稲妻が走る。その色は真紅。
「わっ!」
 雷鳴のごとき轟音と同時、横に突き飛ばされるような衝撃に岳が危うく転びかける。だが命を脅かすような力では――グラビティでは、ない。
「何じゃ!?」
「今のは悪い見本だ」
 真似すんなよ、とニヤりと笑った亞狼。その両腕はがっちりと防御姿勢で組まれている、スレイヴォルケナーのオーラを正面から受け止めたのだろう。かばわれた、と理解した岳は、亞狼の傷を癒やすべく魔術治療を開始する。
「力を得た、っつーか、駄賃貰ってお使いに出るガキみてえなもんだわな、ドラグナーなんてのは」
「何……?」
 仮面の奥の竜人の瞳に嫌悪が宿る。スレイヴォルケナーが睨み返す間にも、竜人の右腕は音を立てて異形へと、竜の腕へと変わっていく。
「借りモンの力でお使いこなして強くなった気になりやがる、馬鹿はこれだから困るんだ」
 言い終わると同時に、ただ一息にて距離を詰めた竜人はその古竜の剛腕(コリュウノゴウワン)を以てドラグナーを殴り伏せる。その間に、亞狼が体勢を整えていた。
「……愚弄は許さんぞ」
「んな顔して、図星なんだろ」
 亞狼は動いていないように見える。しかし展開されたBurning BlackSun 突(バーニング ブラックサン トツ)が、確実にスレイヴォルケナーの精神を蝕んでいた。
「文句あんならかかってこいや」
「言われずとも……!」
 明らかな挑発だが、スレイヴォルケナーは激情のままに乗ってしまった。このドラグナーの敵意は完全に二人に向けられている。
「掲ゲ摩セウ、煌々ト。種子ヨリ紡ギ出シtAル絢爛ニテ、全テgA解カレ綻ビマスヨウ。紗ァ、貴方ヘ業火ノ花束ヲ!!」
 額から地獄の炎を噴き出しながら、狂気的な笑みを浮かべるフラッタリー。デウスエクスの後方から浴びせられる地獄の種火、その炸裂に巻き込まれても、敵の目は他のケルベロスには向かないようだった。
「私達も行きましょう、メルゥガ」
 先んじて前に出たメルゥガが属性を宿したブレスを吐きかける。それを切り裂くようにウォーグが追撃。赤雷に稲妻の速さで対抗する。
「こちらとて襲われた以上容赦はできませんので」
 その一撃と交錯するように、【槿花】の刃がドラグナーを貫く。
「こちらも全力でゆく。手加減は無用だ」
 水凪は呪詛が敵に伝わるさまを見届け、刃を引き抜く。だがその言葉は、スレイヴォルケナーには届いていないようだった。意図してか、あるいはその性格故か、竜人と亞狼の二人のディフェンダーがデウスエクスの目を完全に引いている。二人が倒れるのが先か、ドラグナーが討たれるのが、先か。

●ドラグナーの誤算
「おのれ、何故だ……!」
 スレイヴォルケナーは焦っていた。ケルベロスの一人くらい軽く倒せるほどの猛攻を加えたはずだった。狙いが分散したとはいえ、ドラゴンから授かった力があれば八人と一匹が相手でも勝ち目はあると信じていた。なのに。
「おぅコラ、てめーの相手はこっちだ」
「……ッ!」
 スレイヴォルケナーに襲いかかるエクスカリバール。亞狼は容赦の無い滅多打ちに耐えながらも、ドラグナーは赤雷を竜人に飛ばす。だが。
「飼い慣らされた雷なんざ届かねぇよ」
 装備の選び方、グラビティの選び方。長く続いている戦いの中で磨き抜かれた作戦の前では、スレイヴォルケナーが思ったほど攻撃は効かず、反撃とばかりに空から襲いかかった竜人の蹴りにしたたかに打ちのめされた。
「竜の力に縋りお力を得たとしても、それは傀儡の証です」
 竜人の傷を癒やしながら、岳の瞳は哀れみを帯びる。彼女がどこで道を誤ったのか、それは岳の、ケルベロスの知るところでは無い。それでも、他に道があったのではないか。そう考えると、岳にはただ倒すだけの敵だとは思えなくなってくる。
 そんな思考を引き戻したのは、狂気に満ちた呪詛とも呼べる掛け声だった。
「野干吼、吼ヱヨ。アレハ暴力二興ZIル吾ノ同族。吾諸共二喰ラヒマセ」
 だがフラッタリーは決して狂気に飲まれたわけではない。言葉は狂おうとも、動きが獣のそれに変わろうとも、ケルベロスとしての、人としての理性が鉄塊剣の間合いを維持し、敵の隙を狙う。焦熱と共に振るわれる【野干吼】の猛攻が一つ、また一つ、スレイヴォルケナーを焼いていく。そして、その剣が、同じく距離を詰める味方に振るわれることは無い。
「そこだ!!」
 カーラが自慢の脚力で空高く跳躍し、【戦斧】ともどもゴウと風を切り、ドラグナーの脳天めがけて落下した。カーラを迎え入れるようにグラビティの炎が割れ、刃の真下に捉えたデウスエクスの目が驚愕に見開かれる。
 叩きつけられた刃がドラグナーの鱗を砕き、それは赤い燐光のようにちらちらと瞬いて消滅していった。
「よし、その傷を開く」
 ハルの長い銀髪が踊る。両手の二刀【魔滅刀"陰緋月"】と【境界剣《ブレードライズ》】に空の力を乗せ、縦一直線の傷に寄り添わせて振り下ろす。鱗はより酷く剥がれ、炎はより猛る。そして恐らく、スレイヴォルケナーの憎しみもまた、さらに赤々と燃え上がったのだろう。だが。
「そろそろ頃合いだろう。決着をつけよ」
 【翌檜】を振るい、水凪がウォーグへ促す。
「私を……虚仮にするか……!」
 だが敵の言葉に勢いは無く、水凪の考えは変わらない。
(「ふむ、少しくらい時を待っても構わぬだろう」)
 そのわずかな時間で、大勢を覆すことはもはや不可能。一撃くらい受けるかもしれないが、決定打にはなるまい。
「諦めよ」
 言葉を飾ることも無くただ一言、水凪はそう告げる。
「ふざけるなよ……貴様一人、貴様だけなら私は負けなかった! いとも簡単に殺してやったはずだ!」
「ええ、そうかもしれません」
 ウォーグはその言葉を、受け入れた。自分もいると主張するように、メルゥガが箱ごと体当たりを敢行し、主に存在をアピールする。その様子にくすりと笑い、ウォーグは奥義の構えを取った。
「私一人なら、殺されていたかもしれません。ですが……私は一人ではないのですよ」
 メルゥガ、ここに集った仲間たち、ノブレス・トレーズの名を分ける友。敵を同じくし、同じものを守ろうとする数多の仲間が、ケルベロスの力となる。
「これで終わりです。Galdstyle―Dragonic Fatal Arts―The Final Strike!EVOLDRAGON-GLORY!」
 竜騎の御旗に宿る青白い光。極限まで高めたオーラが暴れ狂いながら天を目指す。翔竜蒼煌撃(ショウリュウソウコウゲキ)の一撃は高々とスレイヴォルケナーを撃ち上げ、赤雷の残滓をことごとく覆い、食らい尽くしていった。

●雷火消ゆ
「最後に聞きます。誰の差し金です?」
 ウォーグの問いかけに、地に伏し死を眼前に控えたドラグナーは最後の力で嘲り笑う。
「ふん……知りたくば、死の向こうまで聞きに……くるの、だな……」
 やがてデウスエクスの命が燃え尽き、その体が砂のように崩れ、消えていく。後には何も残らず、始まりの静寂だけが廃墟に染み渡った。
「それは随分ー、先のことー、でしょうねー」
 普段の調子に戻ったフラッタリーがおっとりと言う。
「全員ご無事でなによりー、ですわぁー」
 フラッタリーの言うとおり、誰の怪我も重くはない。高い練度と策の賜物だろう。
「地球の重力の元、どうか安らかに」
 心優しい岳が、祈るようにささやく。ドラグナーとなった者を救うことは叶わない。力に溺れ、ただ一人挑んできた彼女は、最期に絆の力に気付いてくれただろうか。詮無いことと知りながら、岳は周囲のヒールを行う間にも、考えずにはいられなかった。
「んじゃ後ぁ任せたぜ。……どれ1杯ヤってくか」
 亞狼はくるりと背を向ける。戦った。勝った。それで終わり。感情を捨て他人も意に介さぬ亞狼の思考は、ある意味では純粋だ。敵であったものに最後まで興味を持つこと無く、魔戒機士はさっさとその場を後にする。
「話ぶりからするにほぼ通り魔みたいなモンだったんだろあれ」
「恐らく。ああいった知り合いはいませんので」
 仮面を外しながら竜人が声をかけ、答えて苦笑するウォーグ。スレイヴォルケナーは結局、襲撃の裏舞台を語ることは無かった。その思惑は計りかねるが。
「災難だったなぁ、オイ」
 そう言ってウォーグの肩を叩く竜人。
「うむ。されど、いかなる災難も我らの力で乗り越えられよう」
 水凪がうっすらと笑う。そう、また一つ乗り越えた。また一歩、路を進んだ。『夢に置いてきた』記憶の代わりに、新しい縁を、未来を、水凪は少しずつその手に掴んでいく。
「よっし、俺たちも帰ろうぜ!」
 カーラが元気よく拳を振り上げた。借り物ではない自信をみなぎらせ、何一つ手放すことなく。弱冠十四歳のカーラにとって、捨てていいものなど何も無い。
「状況終了。帰還する」
 ハルの宣言が風に乗って消えていく。これからいかなる敵が襲いかかろうと、助け合い守り合えば乗り越えられる。そんな予感を胸に秘め、ケルベロスたちは帰還していった。

作者:廉内球 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年2月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。