すとろべりぃなひとときを

作者:朱乃天

 鼻を擽る香りは甘やかで、見た目も真っ赤で華やかな、キュートな苺がずらりと並ぶ。
 ふわふわと雲のように白い生クリームが盛り沢山の、ショートケーキや苺のタルト。
 ピンク色が可愛らしい苺のマカロンに、ムースで作ったふわとろヨーグルト。
 ジャムにジュースに、チョコレートファウンテンまで、全てが苺尽くしの苺の祭典。
 そこはいちごビュッフェが開催中のイベント会場だ。
 バレンタインデーのこの時期は多くのカップルたちで賑わうせいか、一層蕩けるような甘い空気に包まれて。幸せの味を胸一杯に噛み締めて、夢見心地な気分に浸って笑顔の花が満開に咲く。
 しかしそうした至福のひと時も、招かれざる客によって突然引き裂かれてしまう――。
 上空から飛来してきた巨大な牙が、会場前に突き刺さる。そしてそれらは鎧兜を纏った竜牙兵に姿を変えて、会場に足を運んだ人々に、刃を振るって襲い掛かかる。
「オマエたちのグラビティ・チェインをワレらによこせ!」
「そして憎悪と拒絶をワレらに向けて、ドラゴン様へと糧となるがよい!」
 鮮やかな赤い果実は肉片と臓物塗れの朱に染まり、甘い苺の匂いは死の香孕んだ血の臭いに満たされる。
 思いもよらない恐怖に慄き、怯えて喚く人々を、竜牙兵たちは嘲笑しながら手に掛けてゆき、次から次へと生命を刈り取り、会場は瞬く間に夥しい量の血の海と化してしまう――。

「折角のいちごの祭典を、血で染まった世界に変えてしまうだなんて……許せませんの」
 いちごビュッフェを開催している会場が、竜牙兵に襲撃される事件が予知される。
 この状況を危惧していた輝島・華(夢見花・e11960)は、予感が的中してしまったことに複雑な思いを抱きつつ、同時に竜牙兵に対する怒りが込み上げてくる。
 玖堂・シュリ(紅鉄のヘリオライダー・en0079)は華の気持ちを汲み取るように頷きながら、今回の事件に関する説明に移る。
「そこは主にパーティ会場として使われている建物で、竜牙兵は会場の手前辺りに落下して来場客を虐殺してしまうんだ。だからキミたちには、これからヘリオンで現場に急行してほしいんだ」
 ただし竜牙兵たちが出現するより前に避難勧告を出してしまうと、相手は襲撃場所を変更してしまう。従って、今回の作戦は竜牙兵が襲撃するタイミングを見計らって突撃を仕掛けることになる。
 そうすれば一般人の避難誘導は警察たちが対応してくれるので、こちらは戦闘だけに専念すれば問題ない。
「今回キミたちが戦う竜牙兵は、全部で3体。その何れもが簒奪者の鎌で攻撃してくるよ」
 戦闘が始まれば、竜牙兵たちはケルベロスとの戦闘を最優先して、最後まで撤退することなく戦い抜く覚悟のようだ。
「キミたちの強さだったら大丈夫だと思うから。もし無事に終わったら、折角の機会だからいちごビュッフェを楽しんできたらどうかな?」
 シュリの提案は、これから戦地に赴く彼らの心を、甘く蕩けるように魅了する。
 美味しい苺スイーツが食べ放題。それはこの上ないほど幸福で、それでもきっと食べ尽くせないくらいの幸せを、味わい楽しむことができるだろう。
「苺がいっぱい食べれるなんて、またとない機会だね! とにかく邪魔な竜牙兵はとっとと倒して、みんなでいちごビュッフェを楽しむよ!」
 苺が食べ放題と聞いた途端、猫宮・ルーチェ(にゃんこ魔拳士・en0012)が大きな瞳をきらきら輝かせ、心は既にいちご色に染まってときめいている。
 瑞々しくて、宝石みたいに輝く苺の山を目指して、いざビュッフェ会場へ――。


参加者
鎧塚・纏(アンフィットエモーション・e03001)
輝島・華(夢見花・e11960)
鏑木・郁(傷だらけのヒーロー・e15512)
クララ・リンドヴァル(本の魔女・e18856)
ジェミ・ニア(星喰・e23256)
一之瀬・白(闘龍鍛拳・e31651)
フィーラ・ヘドルンド(四番目・e32471)
四十川・藤尾(厭な女・e61672)

■リプレイ


 甘酸っぱい味と香りと空気に満ちた、苺尽くしのビュッフェ会場に現れた竜牙兵。
 よもや連中までも苺に惹きつけられたわけではないだろう。むしろ苺目当てで賑わう来場客の命を奪うべく、その手に巨大な鎌を携えながら会場を血で染め上げようとする。
 しかしこの凶行を阻止すべく、駆け付けたケルベロスたちが竜牙兵の前に立ち塞がった。
「この地球にわたしたちケルベロスが居る限り、何度襲って来ようと、同じです……!!」
 帽子にローブに長手袋と、物語に出てくるような魔女の恰好をしたクララ・リンドヴァル(本の魔女・e18856)が、敵の注意を引き付けようと大きく声を張り上げる。
「ええ。この素敵な空間を、血の海にはさせません!」
 クララに続いて輝島・華(夢見花・e11960)も、花咲く箒のライドキャリバー、ブルームに跨りながら、竜牙兵から来場客を遠ざけようと遮るように入り込む。
 華は来場客に向かって笑顔を浮かべて落ち着かせ、ここは大丈夫ですからと、後は任せて避難するよう呼び掛ける。
「おのれケルベロス! ワレらの邪魔をするなら、キサマらから血祭りにしてくれる!」
 一般人への襲撃を阻止されてしまった竜牙兵。彼らは番犬たちに敵意を剥き出し、殺意の刃を向けて襲い掛かってくる。
「あら、お喋りが上手なこと……。いいですよ、わたくしと遊びましょう?」
 淑女然と振る舞う四十川・藤尾(厭な女・e61672)だが、竜牙兵を前にして、身体に流れる戦闘種族の血が騒ぐのか。斧を持つ手に力を溜めて、薄ら微笑みながら対峙する。
「お前たちに苺の祭典なんて似合わない! 招かれざる客には退場してもらわないとね!」
 向かってくる竜牙兵に先んじて、ジェミ・ニア(星喰・e23256)が高く跳躍しながら重力纏い、流星の如き蹴りを挨拶代わりに見舞わせる。
 次いで鏑木・郁(傷だらけのヒーロー・e15512)が合わせる形で追撃し、大砲化させた巨大な槌に魔力を充填。照準定めて撃ち放たれた砲弾が、竜牙兵に命中すると竜が猛るが如き爆発音を響かせる。
 郁の砲撃によって黒い煙が立ち上る。その煙に紛れるように今度は藤尾が間合を詰めて、溜めた力の全てを黄金色に輝く斧に載せ、高火力の斬撃を叩き込む。
 仲間が敵を足止めしているその隙に、一之瀬・白(闘龍鍛拳・e31651)が呪符を用いた秘術を使い、竜牙兵に攻勢を掛ける。
「さぁ、己の恐怖に喰い尽くされるがよい……!」
 龍と八卦の紋様を描いた呪符を撒き、白が降魔の魂を固形化させると、形を成した光の剣を敵群目掛けて撃ち込んで。剣が刺さって爆散し、竜牙兵たちはこの世ならざる狂気に苛まれる幻影を、黒き炎の中に視る。
「どうか、守って――」
 フィーラ・ヘドルンド(四番目・e32471)が掌翳せば、光輝く蝶たちの群れが羽搏きながら、番犬たちの周囲をひらりと舞う。この光で皆を守れたら、と――フィーラの願いを込めた蝶たちが、優雅に飛び交い、描く光は仲間に加護の力を施していく。
「――くるくる、まわる、熱を帯びて!」
 鎧塚・纏(アンフィットエモーション・e03001)が人差し指をくるくる回したその先は、妖しく煌めく刃の輪。指先から離れて飛び立つ円月輪が、一歩、二歩と竜牙兵に向かって近付いて。
 三歩、四歩で刃が触れると、五歩、六歩と踊り続けて。
 七歩、八歩、擦れる熱は、九歩でその喉元に、燃え盛るような熱さを帯びて――日蝕の環の縁を、なぞる紅い炎の如くに血が飛沫く。
 ――人々に笑顔と幸せ招く、甘美な赤い果実が織り成す物語。
 その至福の時を守るべく、邪悪な竜の尖兵共が齎す残酷劇を、地獄の番犬たちは打ち砕くことができるのか。


「共に戦う皆様に、勇気と戦う力を……!」
 華が掌の中の不思議な装置のスイッチを、ぽちりと押すと色とりどりの花弁が宙に舞い、生じた風が花の嵐を巻き起こし、仲間の秘めた闘争心を呼び覚ます。
「“不変”のリンドヴァル、参ります……」
 嘗ての模範的な白魔女であり、今は錆色の鹵獲術士として名乗りを上げて、クララが竜牙兵に立ち向かう。幻想と停滞の力を操る魔女は、手にした書物の頁を捲り、記されている呪文を呟くように詠唱し、魔術の力を行使する。
「――汝敵騎兵の攻撃を待つ勿れ」
 地面に展開された魔方陣が光を放ち、中から顕れたのは図書運搬用の荷台。召喚された荷台は轟音を響かせながら疾駆して、味方を囲むように堅固な壁を構築させて円陣を敷く。
「フン、そんな小細工がワレらに通用すると思うか!」
 守りを固めて備える番犬たちに、竜牙兵が巨大な鎌を振り翳して襲い掛かる。
 刃で荷台を薙いで、陣形を崩して突破してくる敵兵を、ジェミが身体を張って迎え撃つ。
「ここから先には、一歩たりとも行かせない!」
 身体を覆う茨のオーラが、振り下ろされた敵の刃を撥ね返す。直後にジェミの腕部が高速回転、うねりを上げる茨の螺旋で竜牙兵を薙ぎ払う。
「戦っている最中に、余所見は許しませんわよ?」
 体勢崩して蹌踉めく敵兵に、藤尾がすかさず追い討ちを掛ける。
 己が尾を食み荒ぶる二翼の大蛇が刻まれた、超合金の槌が冷気を帯びて、身も心も凍てる打撃を叩き込む。
「グオッ……!?」
 衝撃に吹き飛ばされて竜牙兵が後退る。それを後追いするかのように白が駆け、流体鎧で武装化させた腕に力を圧縮。
「隙だらけだな! 苺を味わう為にも、さっさと倒れてもらおうか!」
 白を援護するべく、ビハインドの一之瀬・百火が黒い着物を翻して敵の背後に回り込み、手にした鎖で拘束させたところへ、白の怒りを込めた拳が炸裂し、竜牙兵の鎧が砕け散る。
 まず一体の撃破を狙って火力を集中させるケルベロスたち。しかしそうはさせじと竜牙兵たちも反撃するが、支援役に回ったフィーラが敵を纏めて一掃すべく対処する。
「みんなの邪魔はさせないよ」
 フィーラの頭上に集まる黒い魔力の塊が、不気味な光を放って竜牙兵の群れに照射され、敵の攻め手を鈍らせる。
「『苺を楽しむ時は、誰にも邪魔をさせてはならない』ってね。それを破るとどうなるか、思い知らせてあげるわよ」
 纏が苺に対する想いを込めて翼を大きく広げると、まばゆく輝く聖なる光が竜牙兵たちを包み込み、犯した『罪』を罰するように激しい痛みが敵を射る。
「あたしだって負けないよ!」
 後方からは、猫宮・ルーチェ(にゃんこ魔拳士・en0012)が魔力を宿した声で咆哮し、竜牙兵たちは彼女の気迫に怯んで動きが止まる。
「今が好機だ。確実に決める……!」
 仲間の援護で敵が足止めされている、その機を決して逃しはしないと、郁が最も消耗している竜牙兵の撃破を狙う。
 体内中のグラビティを練り上げて、炎を模した巨大な斧を造り出す。郁は斧を握る両の手に、渾身の力を込めて振り下ろし――その強烈までの一撃は、竜牙兵を脳天から真っ二つに断ち、まず最初の一体を仕留めたのであった。

「残る二体も、この調子で倒しましょう」
 狙い通りに相手の数を減らしたことにより、戦いの流れはケルベロス側に傾いていく。
 クララが敵に向かって手を翳し、魔力を注ぐと大気が揺らいで竜の姿となって顕れて。噴き出す炎の息吹の灼熱に、竜牙兵はのたうち回って苦しみもがく。
「おのれ、よくもやってくれたな!」
 竜牙兵たちも黙ってやられるつもりはないと、鎌を勢いよく回転させて投げ飛ばす。
 刃が旋回しながら弧を描き、クララを斬り刻もうと加速を増して迫り来る。しかしその時――白が咄嗟に間に割り込んで、飛来してくる凶刃を、マインドリングで創った光の盾で受け止める。
「守り抜いてみせるさ……絶対にッ!!」
 互いに役目を果たして支え合う、ケルベロスたちの連携力に付け入る隙は見当たらない。
 竜牙兵たちは形振り構わず攻撃するも、番犬たちの布陣を崩すまでには至らずに。対照的にケルベロスたちは手数を重ね、相手の力を削いだところを一気呵成に攻め立てる。
「……わたくし、色では赤が一番好きですのよ」
 華やぐ笑みを携えながら、竜牙兵を見据える藤尾の瞳は蠱惑的な色を帯びていて。
 嫋やかに、誘惑するかのように差し出す手から、彼女の本性とも言える黄金色の角が伸び――竜牙兵の腹部を穿ち、滴り落ちる血の色に、藤尾は酔い痴れながら愉悦する。
 手負いの敵に止めを刺すべく、郁がジェミに目配せしながら合図を送って同時に動く。
 先に郁が疾走しながら接近し、炎を纏った脚で灼けつくような蹴りを食らわせる。
「後は任せた……!」
 竜牙兵の身体がグラリと傾ぐ。そこへジェミが間髪を入れず、狙いを絞る。
「――餮べてしまいます、よ?」
 足元に伸びる影の中から、無数の漆黒の矢が発射。影の矢は、尾を引くように変幻自在の軌道を描いて狙い撃ち、贄を餮らい尽くせと敵を射抜いて生命を奪い――斃れた骸は、影に呑まれて闇の底へと消えて逝く。これで残るは後一体。
「もうこれで、終わりにしてあげるから」
 フィーラが護符を取り出し『御業』を降ろし、半透明の巨大な腕が竜牙兵を鷲掴む。
「いつまでも相手をしているほど暇ではないの。だからもう――」
 さよなら、と。纏が短剣片手に歩み寄り、別れの言葉と一緒に贈るのは、慈悲なき悼みの刃の鋭い一閃。
 最期の餞別は、喉を掻き斬り深手を負わせ――膝を突き、死に逝く兵に華が祈りを捧げるように魔力を発動。
「――奇跡は、確かにここにありますの」
 華の掌から青い光が溢れ出て、それは薔薇の花となり、花弁が風に吹かれて空に舞う。
 その幻想的な光景に、竜牙兵は心奪われるように力尽き――骸に手向けの花が降り注ぐ。


 斯くして全ての竜牙兵を撃破して、戦場は再び平穏を取り戻し、甘やかな苺の香りが周囲に満ちる。
 ケルベロスたちは一通りの修復作業を終えた後、会場に足を運んでいよいよお待ちかねのいちごビュッフェを楽しむのであった。
 会場に向かう途中、クララは脱いだ長手袋を、無意識的にふわりと落とす。
 戦いが終わった後の彼女はどこかそわそわ落ち着かないようで。両手で帽子を深く被ってはにかみながら、会場に足を踏み入れた途端、目の前に広がる色鮮やかな苺の世界に言葉を失い、息を呑む。
 いつもの古紙の匂いと程遠い、華やかな甘い香りに誘われて。ふわふわ夢見心地な気分でクララが会場中を練り歩く。
「……苺のタルト、一度食べてみたかったんです」
 彼女の紫色の瞳に映るのは、こんがり焼き上がったきつね色の生地の上、白い生クリームと真っ赤な苺が添えられた、見た目も可愛い苺のタルト。
 漸く念願叶って、少女は顔を綻ばせ、じっくり味わいながら幸せ気分に浸るのだった。

「ビュッフェって、立食の事だよね? しかも、食べ放題……いくらでも食べていいなんて最高だね!」
 会場内を見渡せば、様々な苺スイーツで埋め尽くされた光景に、白はゴクリと喉を鳴らして、どれから食べようかと早速物色し始める。
 そうして彼が目を付けたのは、一際目立つチョコの山。蕩けるチョコが噴水状に流れるチョコレートファウンテンから挑戦しようと、お皿に苺を沢山盛って、いざ攻略開始!
「よーし、お腹いっぱい食べるぞー! 百火、ついてこーい!!」
 苺を串に刺し、流れるチョコを絡めると、チョコの雫がぽたぽた垂れる。白は急いで零れるチョコをお皿で受けて、大きく開いた口に放り込み、チョコと苺の甘さに感激し、言葉にならないほどの幸福感を心行くまで味わった。

「わー……苺の宝石箱みたいですね。ルーチェ姉様、どれから行きますか?」
 宝石箱を開いたら、中にはきらきら輝く真っ赤な果実が詰められていて。
 色んな種類の苺スイーツに、華はどれから食べたら良いのか目移りしてしまう程。どの苺も美味しそうに見えて甲乙つけ難く、ルーチェにオススメのモノはないかと訊ねてみれば。
「うーん……これだけいっぱいあると迷っちゃうよねっ。だったら全部食べよっか!」
 答えはあまりに単純で。気になるものは全て食べてみたいというのなら、いっそのこと全制覇する勢いで行ってみましょうと、華もその気になって一緒に苺の世界を巡り出す。
 大きなチョコの噴水に、ルーチェが苺を浸して食べれば、口の周りにチョコが付き。
 そのチョコを、舌でぺろりと拭う彼女の仕草には、華も思わず苦笑い。
「あっちはあっちで、盛り上がってるみたいだな」
 そんな感じで仲睦まじく、和気藹々と苺巡りを楽しむ二人の様子に、郁はほっこり和んだ気分になって目を細め。
 こういう時はやはり花より団子だろうかと、苺で華やぐ空気を満喫しつつ。お皿に乗せたショートケーキやマカロンを、口に頬張り美味なる甘さに笑顔を浮かべるのであった。

 テーブル上に並ぶ苺の赤は、まるで宝石みたいに鮮やかで。
 やはり一番目を惹くのはタルトかしらと、藤尾はその味わいを想像しながら、苺に対する想いを馳せる。
 新鮮な苺の歯触りと、甘味を凝縮させた果肉の美味しさに、サクサクしたタルトの生地や生クリームのふわふわ感が程好く調和されていて。
 爽やかな苺の味には、紅茶がとてもよく合うと。カップに注いだ琥珀の液を、口に運んでその味わいを舌で転がすように楽しんで。ふと視線を向けると、お皿にいっぱい苺スイーツを乗せたルーチェの姿が目に留まる。
「ルーチェさんも堪能しているようですね。良ければあちらの苺ジュースでも、一緒に取りに参りません?」
 藤尾が指で示した先には、ミキサーに苺の果肉が入った生ジュース。乾いた喉を潤すも、ここはやっぱり苺でしょうと、くすりと笑みを漏らして誘うのだった。

 目にも眩しいばかりの苺尽くしの世界を前にして、フィーラは表情こそ変わらないものの瞳をキラキラ輝かせ、しかしどれも美味しそうで目移りしてしまい、どうしようと悩む彼女は助けを求めるようにアベルを見つめると。
「なぁに、目移りしちまうなら全制覇すれば良いだけだ。可愛い頼み事の心の侭に、な」
 返ってきた彼の言葉は頼もしく。食べきれなかった分はお願いすれば大丈夫だと、安心しながら二人は早速いちご巡りに繰り出した。
 まずは定番のショートケーキから。ふんわり甘いクリームも、酸味の効いた苺も相性ぴったり美味しくて。頬に片手を添えながら、漏れる吐息も甘やかで。
 そんな彼女の潤い含んだ唇に、アベルが苺のマカロンを、そっと寄せればフィーラは鳥が啄むようにぱくりと食べて。口に広がる優しい甘さに、おいしいと、一言頷く彼女と同じ美味しさを、共有していることがアベルにとっては嬉しくて。
 幸せそうに苺を食べるフィーラをつい眺めていると、不意に彼女と目が合って。アベルは深める微笑み向けながら、次はパフェでも行ってみるかと訊ねれば。
「パフェ? 食べたい」
 表情には出なくても、弾む声音は喜び溢れ。この後も、二人で過ごす時間はずっと幸せなまま――。

 瑞々しい苺ジュースを注いだグラスを傾けながら、ジェミとエトヴァはふぅっと大きく息を吐き、甘酸っぱい春の匂いが二人の喉を潤した。
「僕、苺の食べ比べしてみたい!」
 折角の食べ放題だからどうせなら、とジェミが開口一番、希望を問えば。
「それなラ……どれがお好みでショウ?」
 エトヴァは苺が綺麗に並んだ宝石箱を手に取って、まるで宝石商みたいにケースの蓋を開いて見せる。
 色鮮やかな赤い果実にジェミは瞳を輝かせ、一番端にある、一番大きい苺が欲しいと指差せば。お目が高いですネと、エトヴァが微笑みながらご指名通りの大粒苺を取り出した。
 そして抓んだ苺をジェミの口元へ――すると褐色肌の少年は、その苺を半分だけ食べて。この美味しさは二人で分け合いたいと、残った分はエトヴァの口へ。
 甘酸っぱい香りと味を、一緒の苺で味わえば。美味しさも幸せも二倍になったと、自然と顔も綻んで、互いに見つめて微笑み合う。
 次はムースやタルトも食べたいね、と更なる苺の魅惑に誘われながら――二人は春の訪れ感じる幸せ気分に満たされた。

 苺には一家言ある、とまで自信満々に言い切る纏。
 会場の中に入るなり、早速あっちへこっちへふらふらと、いつもと違う気合の入り具合には、ダレンも流石は苺マイスターだと呆れるほどに関心するばかり。
「んふふ、今日はわたしのお話を十分聞いて下さるのでしょう? 先ずは瑞々しく甘酸っぱい苺感が味わえるタルトなどは如何かしら! それと白いちごを使った物とかは珍しいから食べておくべきだわ! 桃などの香りに近い、とも言われてるわね!」
 纏の熱量篭った語り口調に、若干気圧されてしまうダレンだが。ここまで楽し気そうに言うならば、それこそ味あわなければ罰が当たりそうだと肩竦め。
 今日は彼女のお気に召すまま、気の進むまま。好物を前に無邪気に燥ぐ乙女の姿は、むしろ微笑ましいと思えてきたり。
「……女子ってのは、いつでも少女に立ち返れるってコトですかね」
 従うように纏の後ろに付いて行きながら、ぼそっと呟き漏らすと彼女が突然振り返る。
「ダレンちゃんご存知? 苺の花言葉は『幸福な家庭』と言うの」
 朝のひと時を彩る赤い苺がある食卓が、自分の夢と――少し照れ臭そうに告げる纏。
 家庭と言ったその一言は、ダレンにとっては気恥ずかしいやら擽ったいやらで。
 けれどもいつか、花言葉に謳われるような幸せが。華やかな未来が訪れますように、と心の中で願うのだった――。

作者:朱乃天 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年2月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 4
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