よくある、雪の日の話

作者:黒塚婁

●ゆきのひ
 ちらちらと白雪が舞うのを、ゼレフ・スティガル(雲・e00179)は目を細めて見た。
 肌に触れる空気は冷ややかだが、ぴりりと攻撃的な程では無い。空を仰げば淡い灰色で、遠方では薄く灰青の空が透けて見える。
 掌で触れるまでも無く消えてゆく儚い雪に、積もることもなければ、長く続くものでもないと判断する。
 雪国に降るものとは異なる、しかし同じもの――不意に、心が浮き立つような心地があって、これが郷愁に駆られているのか、単純に季節の移ろいを感じているだけなのか。
 取り留めの無い事を考えつつ、通りがかった路地裏の影。
 蹲る何かを見て、足を止める。
「……君は」
 彼は驚き、左目を瞬く。
 いつだか邂逅した小さなサモエド犬。放っておけないと拾い上げた――けれど、逃げられてしまった……然し、それは決して短くない時間を経た過去だ。
 それと全く同じ状況に、今遭遇した。
 奇跡的な確率を経て、同じ犬種の捨て犬に出会う――そんな都合の良いことが、あるだろうか。
 長らく此処で過ごしたゼレフは、脳裡で目まぐるしく駆ける記憶に惑わされず、距離をとった。
 箱の下、ぐんと伸び上がったそれを見て、確信を持つ。
 哀願もとむ子犬の下、靄で構成されたような異形の肉体。
 紛れもない敵意と殺気を伴って、それは蜷局を巻いていた。
「……どうやら僕達はお互いに――運が悪いみたいだね」
 ある程度の年月を経て、得た答に――新たなる驚きと、落胆と。それ以外も含めた複雑な胸中を吐露するように、ゼレフは思わず微笑んだ。

●哀願の死神
 ゼレフ・スティガル(雲・e00179)が死神と遭遇する予知があった――雁金・辰砂(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0077)は集まったケルベロス達にそう告げる。
「連絡はとれぬ。ゆえに、疾く駆けつけて欲しい……言うまでも無さそうだが」
 だが話は聴いていけと、辰砂は続ける。
 彼らが邂逅する現場はとある路地。雪が軽くちらつく天候ゆえか、嫌な気配を察してか、事件の時間帯に人通りはない。
 人払いは考えなくても問題無い。念のため、保険をかけるのも自由ではあるが。
 そして、ゼレフを襲う死神の名は『哀願のポーチカ』――一見、箱に捨てられた愛らしい子犬なのだが、それはあくまで死骸の殻を被っているに過ぎぬ。
 本体はその下にある蛇のような部分である。
 擬態を使う理由は臆病な性格からなのだが、いざ対峙すればケルベロスひとりでは荷の重い相手だ。
「状況はシンプルだが……彼が窮地に陥ることは確か。私の印象を付け加えるならば――何となく『らしくなく』歯切れの悪い印象が気になった。充分に注意して向かえ」
「ま、奴なら何だかんだで大丈夫そうな気もするけどな」
 辰砂の説明に適当に頷いて、ノゼアン・イグレート(地球人の土蔵篭り・en0285)がケルベロス達を振り返る。
 そういうわけにもいかねえか、と彼女は笑い。
「じゃ、急いで駆けつけるとするか」


参加者
ティアン・バ(そのとき・e00040)
藤守・景臣(ウィスタリア・e00069)
ゼレフ・スティガル(雲・e00179)
落内・眠堂(指切り・e01178)
エリオット・シャルトリュー(イカロス・e01740)
シィラ・シェルヴィー(白銀令嬢・e03490)
レスター・ヴェルナッザ(凪ぐ銀濤・e11206)

■リプレイ

●再焔
 暫し呆然と。ゼレフ・スティガル(雲・e00179)は敵の姿を見る。
 脳裡を占める様々な思いに虚を突かれたのは一瞬のこと。少なくとも肉体は、相対する存在を敵だと認識して、動いていた。
 舞い散る雪が悪いのか。
 その幼気な姿が悪いのか。
 自身を守るように、愛剣を平行に構える――焔揺蕩い、耀う……その輝きが、どこか燻っているような感覚。
 煮え切らぬゼレフの動きに頓着せず、靄の蜷局が伸びる。子犬の殻を後ろに守るように、尾が走るのだ。
 そこへ――、割って入るプラチナブロンド。
「Bonjour.というには早いかしら」
 尾を遮るように雑じり無い銀の矛をくるりと返して、エヴァンジェリン・エトワール(暁天の花・e00968)が挨拶する。
「無事だろう、ゼレフ」
 同じく進み出たティアン・バ(そのとき・e00040)は、視線を死神に注ぎ、断言して見せた。
 そんな言葉にふふと微笑み、シィラ・シェルヴィー(白銀令嬢・e03490)が告げる。
「迎えに来ました、ゼレフさん」
 浮かべた人形の如き美しい微笑。感情を覆い尽くすような笑顔でもあるが、親しき相手には彼女の心はきちんと伝わっているだろう。
 そこへ、一陣の風がゼレフも彼女達も追い抜いて、風を断つ。弾かれた礫が死神を更に遠ざけるように追い打つ。
「妙なのに懐かれたもんだなゼレフ、お人好しが祟ったか?」
 骸を水平に構えたレスター・ヴェルナッザ(凪ぐ銀濤・e11206)は肩だけ振り返り、問うた。
「犬に殺られる手合じゃないだろうが、念の為だ――手を貸そう、今度も貸し借り無しでな」
 告げるや否や、彼は既に背を向けている。
 だが剣担ぎ、敵の前に立ち塞がるその背こそ、言葉よりも雄弁に意を語る。
 ――勝手にくたばるな、と。
 更に――雪空を斬り裂くように澄んだ青色の炎が羽ばたき、高所から滑空する――炎の鵙が描いた軌跡はすべて炎で繋がれ、死神を貫く。
「勿論これひとつで返しきれる恩ではないが、ひとつ恩返しをさせとくれよ」
 それを差し向けたエリオット・シャルトリュー(イカロス・e01740)は邪気のないいつもの笑みを浮かべて追いつくと、
「アナタは強い人だけれど、手助けくらい、させて?」
 同意とエヴァンジェリンが微笑む。
 ゼレフが彼らを一瞥しているところ――半透明の御業がその横を摺り抜け、死神の尾の端を掴んだ。
 御業がそれを離さぬよう確り押さえつつ、落内・眠堂(指切り・e01178)はいつもと変わらぬ視線を、ゼレフと、皆とに送り、
「助けに来たぜ。みんなで、帰ろうな」
 日常と同じ調子で声をかける。
 彼の肩を素早く白夏が伝い駆け上り、ゼレフを見つめている。
 言葉を放つことはできないが、案ずるような視線を向け、同じ気持ちだと発するように。
 そして。
「――やあ、御機嫌ようゼレフさん。未だ噛まれてはいませんか?」
 横を駆け抜け様に放たれた藤守・景臣(ウィスタリア・e00069)の柔らかな軽口に、いよいよゼレフは眼を大きくした。
 泰然と。他の皆に不安を与えぬように振る舞い、美しい直刃の一振りを鮮やかに叩きつける。その表情ははらりと踊る黒髪の向こうだ。
 親しき友も、相棒も。彼がこの程度の障害でどうにかなるとは思っていないと揃って言い。しかしその心の奥底では、紛れもなく案じてくれている。
 ――そして、共に帰ろうと言う。
 だからゼレフもふっと息を抜く。再びの瞬き後、柄を握り直す。
「やあ、ごめんね」
 そして、つい腑抜けかけていた己を恥じつつ――雷を喚ぶのであった。

●灯
 死神が先制したことへの応酬とはいえ、ケルベロス達の反撃はいずれも凄まじい。無論、最初の手は牽制が多いとはいえ、悉くが敵を捉えた。並の相手ならば、既に身動きするにも苦心しそうなものだが。
「あー、まだ動きやがるな」
 ノゼアン・イグレート(地球人の土蔵篭り・en0285)が忌々しげに告げる。
 増えた敵を忌々しく思うは相手も同じか。或いは怯えなのか、靄のごとき長き尾はケルベロス達の合間を縫うように伸びて、黒い凝りを彼らの足元に残す。
 逃れるように、蹴散らすように――彼らが地を蹴れば、雷の守りがそれを灼きて遠ざける。
 なんの、ティアンがさらりとリボルバー銃を構える。すっと腕を上げたと思えば、銃口は火を噴く。指先になんの躊躇いもない。
「ならば、動けなくなるまで重ねるだけだ」
 はっ、と笑いを混ぜた一声を残し、躍りかかる。銀の獄炎の残像が鮮やかに揺れる。瞬く間に距離を詰め、ジェット噴射でパイルが撃ち込まれる。
 レスターが『彼女らしい発言だ』と思い、尚且つ同意するのを表すような一挙。
 そんな二人の背を頼もしく見つつ――シィラは僅か、目を伏せる。銀の睫の落とす陰の下、震える指先を気力でぎゅっと押さえ込み、剣を手にする。
 己に刻まれた恐怖を振り切るように、剣を鮮やかに払い、シィラは地に守護星座を映す。その強い輝きが身を蝕む痛みを癒やしていく。
 ――『死神』におののくのは、何も彼女ばかりではない。
 無論、シィラを含め、眼前の敵に怖れるわけではなくとも。
(「……ああ、再び奪われなくて良かった」)
 誰にも悟られぬよう、景臣は吐息を零す。
 壮健なゼレフの姿を確認し――戦闘の最中でありながら、頬を緩めそうになる。
 景臣は彼の力を誰よりも信じつつも『万が一』が恐ろしかった。合流した今、その心配はなくなり――不安の裏返し、今度は深い安堵が浮かんでしまう。
 それを覆い隠すように、強い殺意を藤色の瞳に灯し、此花を滑らせる。
 鋭く走った霊気纏う刃は正体の掴めぬ黒い躰を掻き消す。手応えはあるが、見る間に斬撃の跡が靄で埋まっていく。
 それを自由にさせじと、眠堂が朗と奏されし詞を唱う。
「我が御神の遣わせ給う徒よ。こなたの命に姿を示し、汝が猛々しき鼓吹を授け給え。急ぎ来れ――"颶風狂瀾"!」
 荒魂の真なる髄を示すような、暴なる風。
 怒濤の風威は敵を留め、仲間の背を押すように。
「恩返しなんて疎いことは言わねえけど――いつかの言葉を借りるなら、あいつにこれ以上は奪わせない。お前の強さも優しさも、この日も……あいつに穢させはしない」
 眠堂の言葉と風に応えるは、エアシューズで駆ったエリオット。
 両脚の炎が高く上がり、彼の描く軌跡は燎原の火の如く。充分な加速の後、流星の煌めきを伴って、彼は天で踊る。
 合わせ地を真っ直ぐに貫くは、エヴァンジェリン。槍と共に白雷と化して、尾を狙う。
 同時、靄が大きく動く――大きく上下に波打って、上のエリオットを躱しつつ、エヴァンジェリンを叩きつけようという意図か。
 然しエリオットの蹴撃は正確だ。軸をずらそうと形を変えようが、その尾を滑りて巧みに捉える。だが、その衝撃を利用するように不規則な軌道をもって、尾が地を叩く。
 エヴァンジェリンは加速を緩めない。例えその靄の最中に捕らわれようと、貫いてみせると――花緑青の瞳に、惑いの色はない。
 果たして、その尾が彼女を叩きつけることはなかった。万物を冷却する一射が、その機を奪ったのだ。
 そして、ふわり漂う羽衣素馨の香りにエヴァンジェリンは微笑みながら、愛槍を前へと繰る。
 それは丁度、子犬の亡骸と目が合うような距離感だ。
 片手を手放し、そっと、撫でてみる。表情が変わるはずもない。懐くように動くことも、噛みついてくる事も――おそらく戦闘に入ったからだろう――無い。
(「彼は無縁の存在だといっていたけれど……彼が一瞬見紛う程に似た犬なら、傷つけたくない」)
 だからそちらに害が及ばぬよう、本体を貫く。雷を残してさっと飛び退けば、ゼレフが詰めている。
 無骨な一刀を頭上に掲げている。そこに揺らめく耀きは既にいつもと同じく。
 安堵の声、無償の約束、笑顔。
 長く続く凪の空に風が吹くような――。
「応えないとね」
 気負わぬ声音で零して放つ、全身の力を籠めた卓越した技倆の一刀。力任せに叩きつけるに似た、されど捉え所のない本体を確実に捉え、氷結の呪を刻む。
 それでも。
 黒い靄に運ばれるように、子犬はケルベロス達から距離をとる。実際は下で長い身体がうねり、傷付いた部分を隠すように動いただけだが。
 その様はまるで――雪の中、跳ねる白い手足が遊んでるようでなんだか冗談みたいだな、と。ゼレフは左目を細める。
 彼の『ポーチカ』とは無縁の存在だったとしても、その死骸は『本物』なのだから。

●哀願の
 戦場に切り離されたが如く漂っていた黒い靄が、ぎゅっと死神に集うように収縮した。
 それは至近で立ち回っていた者達の身体に纏わりつくと、絶え間のない苦痛を与える。
 構わず、レスターが半身を捻りながら、剣を叩きつける。銀の炎を絡めた刃が黒い靄を焼き払い、本体の奥にも火を起こす。
 守りも、傷も。彼を阻む理由にならぬ。まして、信頼するものがいるならば。
 靄はまだ動き、ケルベロス達を包み込もうと蠢いている――彼の背を補うように、立ったティアンが空へ指先を伸ばす。
「――”祈りの門は閉さるとも、涙の門は閉されず”」
 触れる涙の門を開けば、優しい光が零れ――皆の傷を癒やし。
 失われた活力を補うべく、シィラが指揮をとる。
「わたしの友人達を披露しましょう」
 シィラが『彼ら』を紹介すれば――テディベアを象ったロボット達の小楽団が、穏やかな交響曲を奏でる。
 精神力を研ぎ澄ます調べに乗って、エヴァンジェリンと景臣が共に仕掛ける。
 彼女が螺旋で触れれば、無惨に引き裂かれた傷へ、彼が剣で貫き、掻き乱す。
 曖昧な形になったその向こう側へ、星型のオーラを蹴り出し、眠堂が相手を見る。
「……随分と小さくなったな」
 その言葉を耳に、ゼレフは頷く。
 子犬の下、本体の長さは遭遇時点の半分ほどになっていた。斬りつけてみれば手応えはあるが、斬ってみれば何も残らない。流動的に動く靄がどんどん短くなるだけだ。
 こいつの本体は――極めて小さいのかもしれない、と。
 臆病な性格ならばあり得るやもしれぬ。憐憫を誘う子犬の骸どころか、長い身体さえも、本当の自分を覆い隠す鎧ならば。
 しゅんと悄気たように俯く子犬の姿は、確かに不憫ではあるが。
「……その、なんだ。借りるのもよくないが用途も不味い。ガワだけ借りたお前さんのそれは、こっちから見りゃ死者を貶めているようなもんだよ」
 エリオットは苦々しくそれを咎める。まあ、死神とは元々そういうものやもしれぬが――。
 少なくともケルベロス達に対峙した時点で、もたらす感情は全く反転する。
「死者は易々と借りていいものじゃあない。死神に起こされたおちびさんには、再度眠って貰おうかね」
 言い切るや否や――彼の両脚で揺らめく炎が、より強く、大きく、膨れあがる。
「青炎の地獄鳥よ、我が敵をその地に縛れ」
 唱い、地を蹴れば、青炎の鵙が解き放たれた。
 ひとたび中天に及んだ羽ばたきは鋭く滑空し、それは青炎の杭となりて、尾を貫きその場へ縫い止める。早贄のように――。
 だが彼らは鵙のように、確保した餌を忘れたりはしない。
「祈る時間は、あげない。」
 エヴァンジェリンが軽やかに地を蹴る。
 瞬く間に距離を詰めるは、まさに光の如く。
「些か手荒ですが、――わたしからも御挨拶を」
 シィラの繰る固定砲台が展開するや否や、放つ。
 迎え撃とうとした尾を弾き、其処へ戦乙女が渾身で貫いた。更に、千切れ。一メートルほどの長さを残して死神は後退する。
 眠堂の真っ直ぐに伸ばした腕の先、杖からオコジョの姿に戻った白夏が毛を逆立て、それへと飛び付いた。
 白夏と主を繋いだのが、他ならぬゼレフなのだ――彼のために、身を張ることに何の躊躇いがあるだろう。
 本体に食らいついている白夏の姿に、そこか、と零すはティアン。
「どんな見目を取り繕ったところでお前は相容れないいきものだ……死神に利用されていいからだなんてないんだ。おとなしく手離すがいいよ」
 地獄の炎弾が低く走る。靄を焦がしながら這い上がり、小さな本体へ辿り着くと、激しく燃え上がる。
「そいつは同情を引く為の玩具じゃない。お前にゃ似合わない器だ、ここに置いてけ」
 レスターが低く言い放ち。
 仕留める――、とより低い声音で告げる言葉に呼応し、右腕の炎が剣へ伝う。
 立ち上った火柱は梁龍に似て。首を撓らせ銀の牙で食らいついた。大きく戦慄く死神の身体は、色とりどりの炎で燃えながら――取り残された子犬が揺れていた。
 それでも、最後の最後に、短くなった尾をゼレフへと向け――彼はそれを躱さず、正面から応じる姿勢をとった。
 ――其れが借りた骸の姿。哀願を籠めた無垢なる瞳。
 そこに何となく懐かしい存在を重ね見てしまう。この黒い搦め手が、それが死の淵より彼を呼ぶ『本物の思い』なのではないのかと――そんな感傷を誘うのが、この『死神』の力なのかもしれぬ。
 それを無情に吹き飛ばしたのは、仄かに煙草の香りが漂うオーラ。
 目を醒ませ、か、確りやれ、か――勢いよく背を叩かれたような感覚に、そうだね、とゼレフは浅く笑う。
「……僕が見抜けなかったばかりに家に帰してやるのが遅れて、ごめんよ」
 薄青の、虚空に踊る炎の腕で、小さな耳に触れる。ゆっくりと白い器が、燃えていく。
 そこへ――凍える紅炎が重なった。
 正面に立つ景臣の瞳が湛える感情は、複雑で読み解けぬ。
「さあ、その皮は置いて逝きなさい――臆病者は臆病者らしく冥府の海に沈んでいれば良い」
 だが恐らく相棒のために、彼は静かに終わりの一刀を滑らせた。
 炎の中で灰も残さず朽ちていくそれを両の眼で見送って――ゼレフはささめく。
「めぐり巡って帰ってきてくれた等と……あのとき、ほんの一瞬だけ過ったなんてね」
 口元に笑みを浮かべ、されどその色は――。

●とある雪の日の一幕
 ひらひらと舞う雪は、ゼレフの予想に反してなかなか止まなかった。
 そつなく後片付けを済ませた後――折角だから皆で高台に行きたいという彼の意見に、特に反対する者もなく。
「冬も、あと少しね」
 言いながら――エヴァンジェリンはちらりとゼレフを見た。
 温かく優しい言葉を降らせる雲のような彼の心が、寂しくなければいいと願い――戦闘中も時折その表情を見ていた。
 ――彼が感情の揺らぎを見せたのは、最後の一瞬だけ。今はいつものように穏やかに微笑んでいるけれど。
 悲しくなければいいと、彼女自身もそれを隠し、見守っていた。
 当のゼレフは茫洋と街へ視線を送り、誰よりも先を歩いていた。
 ――小さな路地はもう街に紛れて遠い。あの子も迷わずゆけたのだろうか、などと考えながら。
(「……臆病者は誰だろう」)
 いつものように叩き潰す術を選ばなかった。それを見抜いた景臣が泥を被ってくれた。
 黙したまま思案に耽る彼の隣に、眠堂が並ぶ。気付いた彼を押しとどめ、彼は先に口を開く。
「積もり積もっていずれは溶けても――雪であったことに変わりはねえんだ。お前の繋いだものだって消えてなくなるわけじゃねえし」
 逡巡の中身は知らぬけれど。
「……あの犬の心情は、はかれねえけど。お前に触れ合って喜ぶ子だって居るはずだよ」
 眠堂の真摯な言葉と白夏の視線に――そうかな、と柔らかな視線でゼレフは応え、白夏の頭を撫でた。
 背後から、仲間達の声が響いてくる。
 不規則に落ちてくる雪を掌で受け止め、エリオットが呟く。
「なんだか、落ち着く雪だな。上手く言えないけど。積もるといいねぇ」
「積もりゃいいのにな」
 彼が何気なく零した言葉へ、レスターは遠くを臨みながら、はっきりとそれを望んだ。
「積もるといいな」
 そうね、と微笑んだエヴァンジェリンの言葉に、眠堂が頷く。
「積もるさ、きっと」
「いいねえ。どうせなら真っ白になるくらいに……叶うかな」
 皆の言葉にゼレフが楽しそうに目を細めると、景臣は穏やかに笑った。
「ふふ、言霊ですね――積もったら、皆で雪だるでも作りましょうか」
 皆が次々積もればいいと言い出すので、それほど雪が好きなのだろうかと、ティアンは首を傾げる。
 だが――皆がそれを願うなら、叶うといい、と。彼女は静かに瞳を閉じた。
 ふふと静かな笑みを零したシィラがそっと祈る。
「……たとえ寂しさが残ったとしても細雪がそれを優しく埋めてくれますように」
 冷たい雪も積もれば温かな寝床として、姿無き亡骸を包んでくれるだろう。
 そうか、そうだな。彼女は頷く。灰色の髪がさらりと音をたてた。
「そう、それこそ、やさしい神様の御許にでもいけるといい……おやすみ、おつかれさま」
 二人のやりとりを背にレスターは無言で空を仰ぐ。
 そう、何も叶えやしないんなら、もっと悼んでやれ、と――。

 時にしんみりと、時に和やかに。過ぎる時を心地好く感じつつゼレフは歩く。灰色の道が、うっすらと白くなっていく。
 ――恐らく一晩と保たぬ色。
 隙間に吹き込む冬風を塞ぐように、降り積もって欲しいと願い。
 しかし結局、皆とこうしている間に融けてしまう。
 面映ゆい心地で辿り着いた高台は――雪できらきらと輝いていた。
 白の上、漫ろ歩いた足跡が消えてしまうのが惜しいと――目を瞑り、ふっと笑んだ彼が小さく零す。
「……ありがとう」
 それを聴いていた親しき三人へ――柔らかに積もった一掬い、見舞わせて。

作者:黒塚婁 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年2月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 1
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