ビターチョコレヱト

作者:猫鮫樹


 バレンタインが近付くと百貨店やスーパーに、たくさんの種類のチョコが並ぶ。
 甘い香りに包まれた店内を後にした女子高生は、すぐ近くにあった公園に移動した。
 深いため息を吐き出し、甘いチョコの香りを思い出しては頭を振る。
 店内も、街も、全てがバレンタイン一色に染まる世界が疎ましくて仕方ない。チョコを渡す相手がいても、渡す勇気がないんじゃあ意味がないのだ。
 高校をもうすぐ卒業だ。今年渡せなければ、きっともう渡す機会なんてないのに。
「渡したいなぁ……」
 チョコを渡して、受け取ってもらえないことを考えては諦めてしまう。
 好きな人に渡すために可愛くラッピングされたチョコは、今年も自分の口に入るんだ。
 深いため息をもう一度。夕日に染まる公園を出ようと、さきほどお店で買ったチョコの入った通学鞄を持って立ち上がる。
 チョコを渡したい。その気持ちが、夢が溢れる。
「あなたの夢、叶えてあげる」
 女子高生の背後、声が聞こえた。
 女子高生が振り返った瞬間、鍵が胸に突き刺さった。衝撃で倒れる体、女子高生の瞳には自分と瓜二つの姿が映っていた。


 いつもは本を持っているはずの中原・鴻(サキュバスのヘリオライダー・en0299)は、可愛くラッピングされた掌程の箱を持っていた。
 リボンを解いて、蓋を開ければ、そこにはチョコが鎮座している。
「バレンタインが近付くと、色んなチョコが売っていて良いよねぇ……そんなわけでカルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)さんが危惧していたように、ドリームイーターが現れたよ」
 チョコを一つ口に放り込んで、鴻はケルベロス達に説明をしていく。
 今回現れたのは『なり代わり』のドリームイーター。女子高生が好きな人にチョコを渡すという夢を叶えようと事件を起こしているようだった。
「ドリームイーターはチョコを渡している人を襲うようだねぇ。公園とかだと相手を呼び出して、チョコを渡すとかありそうだと思わないかい?」
 また一つチョコを口に運びながら、ドリームイーターの情報を零していく。
 ケルベロス達同士でチョコを渡したりすれば、ドリームイーターはそこを狙ってやってくるはずだと。
「手当たり次第に人を襲うなんて、許せないよねぇ」
 空になった箱を弄んで、鴻は赤い目を細め口元に笑みを作る。ケルベロス達なら倒せると信じているのだ。
「あ、公園近くにはチョコを売っているお店があるんだけど……カフェも併設されているだろうから、終ったら寄ってみてもいいと思うよ」


参加者
琴宮・淡雪(淫蕩サキュバス・e02774)
華輪・灯(幻灯の鳥・e04881)
カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)
ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)
明空・護朗(二匹狼・e11656)
遠野・葛葉(鋼狐・e15429)
瀬入・右院(夕照の騎士・e34690)
如月・沙耶(青薔薇の誓い・e67384)

■リプレイ

●思いはラッピングに包まれて
 公園内に着いたケルベロス達はドリームイーターを誘き出すために、公園内にいる人々を避難させようと声をかけていた。
 琴宮・淡雪(淫蕩サキュバス・e02774)はテレビウムの『アップル』とともに、公園出入り口へと案内している。淡雪の声掛け、アップルのモニター表示に従って公園内にいた人々は移動していく。
 瀬入・右院(夕照の騎士・e34690)は今回のドリームイーターの気持ちが分かるようで、鍵を刺されたのが自分でなくて良かったなんて考えながら、移動してきた人々がまた公園内に戻らないように声を掛けていた。
 公園内にはケルベロス達しかいないことが確認できれば、出入り口のあたりに華輪・灯(幻灯の鳥・e04881)と如月・沙耶(青薔薇の誓い・e67384)が持っていたキープアウトテープを張り巡らせる。テープを張りながら、沙耶は自分と同世代の被害者の子を思う。まだ世間の事情に疎くとも、近付くバレンタインデーというものは愛の気持ちを贈る日だと沙耶は知ったのだ。そして愛を込めて贈るチョコは、とくに度胸が必要なのだろうとも。
 灯と沙耶、淡雪とアップル、右院。避難誘導等をしていた仲間が戻り、ここから始まるはドリームイーターを誘き出すための作戦だ。
 持参した可愛くラッピングされたチョコ。灯がそれを取り出して渡すのはカルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)だ。
 どこか乙女チックな感じでもじもじしつつ、頬を赤く染める灯。
「カルナさん……受け取って下さい」
 語尾にハートがついてそうな可愛らしい声。だがカルナは……。
 もふもふ猫……いや灯のサーヴァントのウイングキャット『アナスタシア』に夢中だった。可愛らしい包装紙に包まれたピンクの魚型チョコを渡しつつ、カルナはあわよくば撫でさせてもらいたいという思いを込めて、もふもふアナスタシアの虜。
 今度はどこで買ってきたのだろうかと思うチョコの塊を取り出したミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)は、それを仲間に渡し……いや押し付けていった。
「わーありがとうございます!」
 アナスタシアに夢中だったカルナはミリムのチョコ塊に、灯のオランジェットを受け取り嬉しそうに声をあげる。
 沙耶も用意していたチョコを皆に配っていけば、明空・護朗(二匹狼・e11656)もチョコチップクッキーを配り始めた。なんだか乙女チックな演出の灯達から距離を取っていた右院も、友チョコ交換会的な空気の護朗達に混ざって、用意していたものを配っていく。
 そんな穏やかな空気の中で遠野・葛葉(鋼狐・e15429)がグツグツとした鍋を持っていた。
「寒いからな、熱いのを持ってきたぞ」
 そう言って淡雪達に振る舞いながら、葛葉はアツアツの苺をカルナに押し付けようとにじり寄る。
「あ、アツアツの苺はダメです! ダメですってば!」
 カルナはチョコマカロンを犠牲に葛葉の苺から逃げようとするが、葛葉に押し付けられた苺に悲鳴をあげた。
 護朗と共にいた『タマ』が何かの気配を感じて、唸り声をあげる。護朗もそれに反応しタマが見ている方向へと顔を向けた。
「現れましたね」
 淡雪の言葉に公園内の空気が変わり、チョコの塊を押し付けていたミリムも居住まいを正す。
 ヒラリと風に踊る制服のスカート。なり代わられた女子高生の姿をしたドリームイーターは、ケルベロス達が渡し合っているラッピングされたチョコを睨んでいた。

●勇気とチョコと
 簡単に渡してしまうチョコ。
 勇気が出なくて渡せなかったチョコ。混ぜこぜの感情を溶けたチョコのようにして、ドリームイーターは攻撃を放った。
 斬り裂くように、チョコを渡せなかった心を現すような斬撃は容赦がない。
 斬撃が繰り出された中、右院が手にしていたブラックスライム『チョコレートファウンテン』を鋭い槍のように変形させた。
 スイーツ装備のようなブラックスライム。このドリームイーターを早々に倒して、皆でカフェへ行けるように力を尽くそうと右院は攻撃を仕掛けていく。
 右院の後ろから駆け出すはミリム。低い体勢を取ってドリームイーターにミリムが、チョコを冥土の土産と言わんばかりに投げて組み付いていき、そのままカルナが甘味パワーを補充しドラゴニックハンマーを振り上げ一撃を放った。
 響く轟音の中、淡雪が霊力を帯びた紙兵を撒いて仲間の守護をし、アップルは手にした凶器をドリームイーターに叩き込んでいた。
 護朗と葛葉が光輝くオウガ粒子を放出し、前衛の命中が安定するように施していく。タマは護朗を、仲間を、しっかりと守るように口に咥えた剣を振るい、勇敢に挑んでいった。
 彼女の、ドリームイーターの夢を受け止めてあげたい。チョコも攻撃も全て受け止めるつもりでいる灯は爆破スイッチを押して、後衛の攻撃力が少しでも上がるようにとカラフルな爆発を起こし、アナスタシアがふわりと翼をはためかせる。
 ケルベロス達の攻撃に戸惑うドリームイーターを足止めするために、沙耶が竜砲弾を撃ち込んでいった。仲間を守るため、ドリームイーターを倒すため、ケルベロス達による攻撃の手は止むことはない。
 与えられる攻撃、チョコを渡す人達、どれもこれもドリームイーターはどんな風に感じているのだろうか。
 女子高生になり代わり、チョコを渡している人を襲う。被害者である女子高生は果たしてそんなことを望んでいるのか……。
 数は圧倒的にケルベロス達の方が上だ。ドリームイーターは何度も攻撃を受けた体を少し後ずさりさせる。
「逃げる気なのか? 囲んだ方がいいかもしれないな」
「そうだね、逃げられないようにしないと」
 ドリームイーターの動きに警戒していた葛葉が声をあげれば、それに右院が返して攻撃をしていく。三体の幻影の狼を纏わせた武器による右院の一撃は、ドリームイーターの体に複数の傷を残していき、ドリームイーターの攻撃から仲間を守るために動いていた灯の体を癒すために淡雪がピンク色のスライムを霧状に広げ灯を包み込む。
 アップルの顔から閃光が放たれると、ミリムとカルナが攻撃に出る。
 ミリムの稲妻を帯びる突きに、カルナがドリームイーターをロックオンしてレーザーを撃ち込んでいった。
「前衛の回復は任せてください」
「はい、お願いします!」
「我は後ろを回復していく」
 護朗と葛葉は回復役として、灯はそれを補佐するように動いていく。
 皆が動き、連携し攻撃していく。
 ケルベロス達の連携にドリームイーターは翻弄されていくばかりだった。

●チョコの行方は
 ドリームイーターの攻撃を捌きつつ、沙耶はヌンチャク型にした如意棒で一撃を加えていく。
 女子高生そのままになり代わったドリームイーター。沙耶は同世代であるからか、なおさら許せない気持ちが強かった。
 ドリームイーターが沙耶に向ってモザイクを飛ばし始める。攻撃を捌きながら戦っているとはいえ、その一撃は捌ききれない。
 捌ききれない攻撃を受ける覚悟でいると、ふわりと何かが舞い降りた。
「如月さん! 大丈夫ですか?」
 目の前にはアナスタシアと灯の姿。
「華輪、今回復するね。タマは攻撃へ」
 護朗は攻撃を庇った仲間の回復を、タマには攻撃するように伝える。
 地獄の瘴気を解き放つタマ、それに続くように他のケルベロス達も攻撃を重ねる。
「痛いの痛いの、飛んでいけ」
 誰もが聞いたことがある言葉。護朗はその言葉とともに、灯の傷口に手をかざして回復を施した。
 回復をしているところを狙われてはいけないと、ミリムが畳み掛けるようにドリームイーターを捕捉し、合図をひとつ。
「オーライ、オーライ……ファイア!」
 連発は出来ないが威力は充分だろう。撃ち込まれるミリムの攻撃に、ドリームイーターはそれでも怯むことなく攻撃を返していく。
 ドリームイーターが攻撃も抵抗も出来ないようにと、淡雪が半透明の御業でその体を鷲掴み、そこに追撃をいれるアップル。
「チョコを渡すだけなのに何で諦めるんだ?」
 葛葉の中での疑問だった。ただ渡すだけなのに、諦める必要はないだろうと。
 ドリームイーターは掴まれた体を揺らす。葛葉の言葉に動揺したのだろうか。
「何も分からないくせに」
 葛葉の音速を超える拳を体に叩き込まれながら、静かに呟いたドリームイーター。
 呟いて、行き場の無いチョコの行方を探すように、葛葉目掛けて飛ばす攻撃は灯が受け止める。
「好きな人に渡すのって勇気がいるよね」
 灯はまだ恋というものを知らない。好きな人がいるってどんな気持ちなのか。
 受けた攻撃は痛いけど、それでもあの女子高生の気持ちの方が痛いのかもしれない。
 そんなことを考えながら、灯は女子力料理をドリームイーターへと渡していった。
 ボロボロになった体、覚束無い足取り。ドリームイーターは弱った体でもケルベロス達に挑んでいくのだ。
 あと少しで倒せるだろうと、沙耶は力を使う。
「勝利の運命を切り開きます!!」
 自らが進む運命。沙耶が指し示すはケルベロスの勝利。
 赤銅色の戦車はドリームイーターを攻撃し、右院がブラックスライムを鋭い槍に変形させ貫き、それに合わせてミリムも虚無球体を放っていく。
 甘い物も平和も守るために。
 気持ちも、チョコも弄ぶ輩には鉄拳制裁。
 カルナが足元に陣を展開させた。
 きっとこれが止めになるだろうと淡雪は思ったのだろうか、カルナとドリームイーターを視界に入れて、それを見つめる。
 勝利の運命は沙耶が切り開いた、護朗も葛葉も回復へ回り、さらにドリームイーターの動きを止めるための状態異常も皆が施している。
 ドリームイーターが再び攻撃に出ようと、腕や足を動かす。だがそれは止まったような感覚に陥ったのだ。
 それも一瞬。カルナの一撃は避けることが出来なく、ドリームイーターの体を切り裂いた。
 痛みに呻く間もなく、ドリームイーターは倒れ、静かに塵となり、体も思いも、風に連れ去られていったのだった。

●甘さと苦さ
 戦いによって壊れたベンチや、抉れた地面をヒールで直す中、淡雪が灯にぽつりと漏らした。
「これが失恋ってモノなのよ? 大丈夫。私みたいに何十回も経験すれば段々ティッシュ配りみたいな気分になってくるから……」
 戦闘前にカルナにチョコを渡す演出をしていた灯を思ってか、淡雪は灯の戸惑う声を聞かずに一人語っては、ホロリと涙する。
「ヒールも良い感じだろう、皆でカフェ寄っていこう」
 葛葉の言葉に皆が頷き、公園近くのカフェに向うことにした。

 外気に晒されて冷えた体にはありがたいだろう。温かいカフェへ移動したケルベロス達は好きなものを注文し、テーブルに着いていた。
 密かに皆でカフェに来るのを楽しみにしていた沙耶は、嬉しそうに笑みを零している。
 右院は自分もカフェを経営しているからか、店内の造りや雰囲気、その他良い所を見つけてはメモを取っている。
「あ、店内の写真撮ってもいいですか?」
 近くにいた店員に許可を貰い、店内の撮影もしていく右院。
「タマ、チョコ食べようチョコ」
 ちょっとはしゃぎ気味な護朗はタマと一緒にまったり甘い物を堪能。疲れたときには甘い物一番だよね、なんてはしゃぐ護朗に疲れてない時でも食べられるのでは……とタマは言いたそうな目で護朗を見ていた。
「カルナさん遠野さん、皆さん! チョコ祭ですよ!」
 頼んだチョコを使ったスイーツと自分達が用意していたチョコを並べ、テーブルがチョコ尽くしになる中、灯が楽しそうに宣言する。
 ここに来る前に女子高生の安否を確認したカルナだが……暗い表情をこんなとこで浮かべてはいけないと頭を振って、目の前に広がるチョコと淡雪の恋愛武勇伝を聞こうと話を振りに行く。
 淡雪は用意していたであろうチョコを配り始めていた、ミルクたっぷり手作りチョコは灯と葛葉へ。
 目の前で本物のチョコ鍋、もといチョコフォンデュを見て感動していた葛葉も貰ったチョコと溶けたチョコを絡めた苺を嬉しそうに食べている。
 受け取ったチョコと淡雪の胸、そして自分の胸を見比べた灯は悔しそうだ。
 アナスタシアにも忘れずにアップルと一緒に淡雪がアップルパイを渡せば、嬉しそうにアナスタシアは翼をはためかせる。
 カルナの口に鉱石じみたチョコの塊をグイグリ押し付けていたミリムには、淡雪がそっとお手紙を。
「え、手紙? なになにー……」
 手紙の内容に『私より先に結婚したら尻尾の毛抜けるまでモフりますわ』なんて書かれていた、小さく悲鳴をあげてミリムは自分の尻尾をさっと仕舞い込んだ。
 オランジェットを一口齧り、灯はミリムと淡雪を羨ましそうに見つめる。
「羨ましいです」
 呟いた言葉は賑やかなカフェに溶けて消える。
 恋を知らない灯は想像するしかないのだ。苦味と甘味が交わるオランジェットはきっと恋の味に近いのかな、なんて。
 沙耶もオランジェットを一口食べて、はしゃぐ皆を眺めては嬉しそうに見つめていた。
 ミリム達がチョコの取り合いを開始しはじめ、自分の分を死守していたカルナもその甘さに舌鼓をうっていれば、横から写真とともに淡雪が。
「これ幾らで買い取ってくれます……?」
 あくどい笑みで見つめられたカルナは、苦笑いを浮かべて写真データを消そうと奮闘する。
 恋愛武勇伝を聞くはずがなんでこんな写真をと冷や汗を浮かべて、恋愛かぁなんて同時に浮かぶカルナも恋というものがいかに難しいか思うことがあるのだろう。
 ある程度カフェの写真を取り終えた右院は、まったりとチョコを食べている護朗の隣に座り、和やかなカフェの時間がこうして過ぎ去っていくのだった。

作者:猫鮫樹 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年2月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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