選り取り見取りなちょこれゐと

作者:黄昏やちよ


 某有名チョコレート店と有名ホテルのコラボレーションによる夢のチョコレートビュッフェ。
 ホテル内のオープンキッチンで開催されており、奥ではシェフたちが慌ただしくスイーツを作り、上品な給仕たちが忙しく出来上がった物を運んでいる。
 テーブルには色とりどりのスイーツが鮮やかに並べられ、一部のテーブルにはサンドイッチなどの軽食も並んでいる。
「や、やばい! どれ選べばいいのかわかんないんだけど!」
「え、待って、チョコの噴水じゃんこれ」
 友人同士だろうか女性二人が、キラキラ輝く宝石のようなチョコレートたちを前にテンション上がり気味で喋っている。
 ガシャアアアン!
 ガラスが大量に割れる音が響き、従業員だけでなく客の視線も音にした方へと向けられる。
 視線の先には、倒れたテーブル、地面に落ちてしまったスイーツやお皿、そして……血まみれで倒れている客だった。
 一瞬の静寂の後、悲鳴があがる。
「ああ、素晴らしい……選り取り見取りですねえ……」
 人々が逃げ惑うのをうっとりと見つめながら、身長3mほどの頑強な肉体を持つ巨躯の男が呟いた。
 そして、その手に握った大きな武器を振るいながら次から次へと人々を殺めていくのだった。


「ひなみくさんの調査により、ひとつの事件が予知されました」
 集まったケルベロスたちを確認すると、セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は事件について説明を始める。
「チョコレートビュッフェ会場に、エインヘリアルが現れるみたいなの!」
 普段の柔らかな雰囲気とは違う真剣な表情で、火倶利・ひなみく(スウィート・e10573)がぎゅっと拳を握りしめて言う。
 このエインヘリアルは、過去にアスガルドで重罪を犯した凶悪犯罪者のようで、放置すれば多くの人々の命が無残に奪われるばかりか、人々に恐怖と憎悪をもたらし、地球で活動するエインヘリアルの定命化を遅らせることも考えられる。
「皆さんには、急ぎ現場に向かって頂き、このエインヘリアルの撃破をお願いしたいのです」
 セリカがひなみくに続き、言葉を紡ぐ。
 事前に用意した資料を確認しながら、エインヘリアルについての説明を始めた。
 エインヘリアルは、パルミエと名乗っているらしい。
 事件が発生する現場は、有名ホテルのオープンキッチン。
 戦闘を行うには十分な広さがあるが、ビュッフェ開催中ということもありテーブルや椅子が並んでいる。
「皆さんには、一般人の避難を優先していただきたいのです」
 一般人の避難が完了するまでの間、注意を引き付けておかなければ多くの犠牲者が出ることになるだろう。
 襲われる場所はオープンキッチンのため、少し離れた場所にあるホテルのロビーに落ち着いて避難するように言えば、ホテルの従業員や警備員が誘導してくれるだろう。
「このパルミエと名乗るエインヘリアルは、ルーンアックスを使用しています」
 出現するエインヘリアルはこの1体のみで、使い捨ての戦力として送り込まれているため、戦闘で不利な状況になっても撤退することはない。
「このエインヘリアルを倒し、人々を助けられるのは皆さんだけです。どうぞよろしくお願いします」
 セリカはケルベロスたちに向かって深々とお辞儀をする。
「ちょっと大変かもしれないけど、倒すのを手伝ってほしい。わたしは絶対諦めない。絶対に!」
 ひなみくは意思の強い瞳をケルベロスたちに向けて言う。
 セリカはひなみくを見て微笑み、ヘリオンの準備に向かっていくのであった。


参加者
ロナ・レグニス(微睡む宝石姫・e00513)
コロッサス・ロードス(金剛神将・e01986)
隠・キカ(輝る翳・e03014)
サイファ・クロード(零・e06460)
火倶利・ひなみく(スウィート・e10573)
水無月・一華(華冽・e11665)
西院・織櫻(櫻鬼・e18663)
レーニ・シュピーゲル(空を描く小鳥・e45065)

■リプレイ

●零れたちょこれゐと
 キラキラ輝く宝石のようなチョコレートたち、まるで噴水のような見た目のチョコレートフォンデュ、甘い物だけでは満足しないワガママなお姫様・王子様のためのサンドイッチなどの軽食……テーブルにはたくさんの魅力的な食べ物が並ぶ。
 誘導役の二人と一箱がきょろきょろ周囲を警戒しながら歩く。
「ねえねえ、チョコレートビュッフェは再開出来るかなぁ?」
 レーニ・シュピーゲル(空を描く小鳥・e45065)が口を開いた。
「大丈夫、絶対! 絶対再開させられるようにするんだよ!」
 レーニの言葉に、火倶利・ひなみく(スウィート・e10573)は力強く答えてみせた。
 ひなみくの傍にぴったりと寄り添うミミックの『タカラバコ』も、主人の言葉に同調するかのように楽しげにかぱかぱと蓋を開閉する。
 ガシャアアアン!
 予知にあったように、ガラスが大量に割れる音が周囲に鳴り響く。
 周囲で楽しげにスイーツをついばんでいた手は止まり、人々の視線はある場所に注がれた。
 視線の先には、倒れたテーブル、地面に落ちてしまったスイーツやお皿、そして身長3mほどの頑強な肉体を持つ巨躯の男だった。
「ヒィッ……!」
 誰かが現れたエインヘリアルの姿に、仰け反りながら小さな悲鳴をあげる。
 人々の表情は、このままでは殺されてしまうというものへと変わっていこうとしていた。

「皆、落ち着いて。わたし達が戦うから、あなた達は安全に逃げる事に専念して。此処を出たら店員さんの指示に従って、焦らず慌てずにね」
 ひなみくが声をあげる。静まり返った場では、ひなみくの凛とした声がよく響いた。防具特徴も上手く利用しながら、人々を誘導していく。
 パニックになりかけていた人々も、その頼もしさに正気を取り戻し、誘導されるがまま動き出す。
 大丈夫、エインヘリアルを抑えてくれている仲間たちが絶対上手くやっているはずだから……ひなみくは、共に戦う仲間を信じ己の役目を全うする。
 その隣に寄り添うタカラバコも、身振り手振りでご主人の避難誘導の手伝いをしているようだった。
「だいじょうぶだよ! ケルベロスが必ず皆を守るから!」
 一方、ひなみくとは別の場所に移動し避難誘導を行っていたレーニも割り込みヴォイスを用いながら一般人を誘導していく。
 小さく幼いレーニの姿、そんな彼女が声をあげて一所懸命に誘導する姿に人々は心を打たれる。
 こんなに小さな子も頑張っているのに、と誰かが言った。確かにそうよ、と他の誰かが言う。
 その小さな体に、必死にあげる声に、人々は励まされ、己の足でその場所を出ていく。
 レーニは言葉を続ける。
「彼らがいる限り、皆は襲われない。だから落ち着いて、ロビーに向かうんだよ」
 エインヘリアルを抑えてくれている仲間たちを示しながら。
 皆がいるから、大丈夫。
 抑え役が誘導役を、誘導役が抑え役を、信頼していたからだろうか。
 一般人の避難誘導は、無事に終わった。パニックになる者も、慌てて逃げ出して怪我をしてしまう者も、出なかった。
 無事にその場所から避難できた人々の口からは、ケルベロスたちへの感謝の言葉が口々に溢れ出すのであった。

●食べ物を粗末にしてはいけません
 予知の通り、事件は起きようとしていた。
 ガシャアアアン!
 散乱した皿、鮮やかなスイーツ……だったもの、テーブルに載せられていたであろう物が無残にも地面に叩きつけられていた。
 身長3mほどの頑強な肉体を持つ巨躯の男が振りかざしたルーンアックス、それは女性客を貫くことが出来ずにいた。
 ルーンアックスと二つの刀が鍔迫り合いしている。
 キィンと金属音が響き、弾かれたエインヘリアルは後ろに下がった。
「選り取り見取りとは羨ましい。こちらはあなたただ一人」
 櫻鬼と瑠璃丸……二刀の刀を持った男、西院・織櫻(櫻鬼・e18663)が淡々と言葉を紡ぐ。織櫻の瞳の奥には、チラチラと燃える炎のようなものが見え隠れしている。
「我が刃の糧となれば、より多くを望みたいものです。あなたに数を上回る質があればよいのですが」
「チッ……全く、良い獲物を見つけたというのに……このパルミエの邪魔をするとは、いい度胸ですねえ……」
 パルミエと名乗ったエインヘリアルは、ねっとりとした口調でケルベロスたちに向かって呟いた。
「残念だけど、ここじゃ『恐怖と憎悪』なんて得られない。スイーツを粗末にした『後悔と反省』をしないとダメなんだからな!」
 サイファ・クロード(零・e06460)はエインヘリアルに向かってそう言うと、詠唱を始める。
「ここにいて。どこにも行かないで」
 空気の粘度が、高くなる。ねっとりと、深く、底のない沼のように。足掻けば足掻くほど、それはじっとりと纏わりつくように、エインヘリアルの機動力を奪ってゆく。
「……!? な、にを……」
「罪人といえどもエインヘリアルの戦士なれば……無力な人間よりも我らからグラビティチェインを奪ってはどうだ。それともその程度の気概すら失くしたか?」
 コロッサス・ロードス(金剛神将・e01986)はチェーンソー剣の「終焉砕き」を構えた。
 そして、コロッサスは全身に力を溜め己の筋力を全て終焉砕きにのせ、目にもとまらぬ速さでエインヘリアルを斬りつける。
「がぁ……!」
 鈍く重たい金属音。エインヘリアルの口から声が漏れる。
「せっかくの楽しい時間に、まあ邪魔だこと。可愛らしいのは名前ばかりということですのね?」
 挑発するように、水無月・一華(華冽・e11665)が言う。ふふふと妖しく笑う一華の唇は半円を描いた。
「盾を招びましょう」
 前衛に立つ仲間たちに、サークリットチェインをかけていく。仲間たちを守護する魔方陣が現れ、その力を発揮させた。
「そのしあわせ、えがお……ぜったい、こわさせたりしない」
 ロナ・レグニス(微睡む宝石姫・e00513)がひらひらと魔法の木の葉を、サイファに纏わせる。ゆらりゆらり、ひらりひらりと不思議な力を帯びた葉はサイファを包んでゆく。
「みんな、お待たせ!」
「一般人の誘導、終わったよ」
 そこに、避難誘導役の二人と一箱が合流する。それは即ち、一般人の避難誘導が滞りなく完了したということを表していることになる。
 エインヘリアルを抑えていたケルベロスたちは、一瞬顔を見合わせ頷いた。
「小癪な真似をしてくれますねえ……!」
 自らを抑えていたケルベロスたちに気を取られているうちに、一般人が周囲からいなくなったことに気付いたパルミエはぶるぶると震えだす。
 それは怒りからくるものなのか、はたまた。
「興奮させてくれるじゃないですか!」
 パルミエは、頬を紅潮させぶるぶると震えながら己を抱きしめるようにして叫ぶ。先ほどの震えは武者震いだったのであろうか。パルミエは嬉々とした表情を浮かべているのであった。

●選り取り見取りな、
 パルミエは、変わらずぶるぶると震え興奮冷めやらぬといった表情で舌なめずりをしてケルベロスたちを見つめていた。まるで、そう、獲物を見定めるように。
「あなたが選べるいのちなんてないよ」
 隠・キカ(輝る翳・e03014)は続ける。ぎゅっと、玩具のロボ『キキ』を抱きしめながら。
「動いちゃだめだよ、もっと痛いから」
 眩い閃光のような幻覚が、エインヘリアルの脳内へと侵入する。その脳内に広がるのは、無数の光の槍が己の手足を刺し貫く様。幻痛に苛まれながら、エインヘリアルはキカのその幻覚に惑わされていく。
「迷子の迷子の、」
 レーニの水彩絵筆が空を撫でる。太陽が遠くにいってしまうような、手を伸ばしても届かないような……そんな感覚に包まれる。
「我が斬撃、遍く全てを断ち斬る閃刃なり」
 織櫻は櫻鬼、瑠璃丸を静かに構えた。一瞬の間。その後繰り出されたのは、降り頻る雨すらも悉く断つ素早い斬撃。エインヘリアルの四肢を切り裂き、その動きを封じてしまう。
「……ッ」
 エインヘリアルは、ぴくりとルーンアックスを持った手を一瞬動かした。しかし、ケルベロスたちによる様々な幻影、幻覚に惑わされ、色の失われた瞳の中には痛みだけが残っている。
「一年の中でトップクラスに盛り上がるこの時期に、スイーツビュッフェ狙うなんて空気読めないにも程があるぞ」
 サイファは螺旋を籠めた掌を、エインヘリアルにそっと当てる。触れただけ、触れただけでそれはエインヘリアルを内部から破壊してしまう。
「グ……ァ、や、るじゃないですかぁ」
 ギラリとエインヘリアルは瞳の奥を輝かせながら言うと、傷ついた体を癒そうと「破壊のルーン」を宿した。しかし、もはや回復も焼け石に水といったところだろうか。
「フン、少しあなた方のことを侮っていたかもしれませんねえ」
 パルミエは口から零れ出た血を、ぐしりと拭う。嬉しそうに、笑いながら。
「貴様に喰わせる命……グラビティはない。が、これはせめてもの選別だ。我らケルベロスの刃とくと味わえ……!」
「いいですねぇ、かかってきてください!」
 コロッサスの言葉に、パルミエは悦びの表情を浮かべながら答える。
「我、神魂気魄の斬撃を以て獣心を断つ――」
 コロッサスの言葉に応えるように、闇を纏う炎の神剣が姿を現す。その身が抜き放たれる様は、まるで……夜明けのよう。
「ッ」
 斬られた箇所を押さえながら、パルミエは一歩二歩と後ろによろめいた。
「やられているばかりじゃ……愉しくない、ですよねえ!?」
 声を荒げたパルミエが、その手に持ったルーンアックスを振りかざす。
 振り下ろされた先にいたのは……レーニだった。大男の全身全霊が、レーニに牙をむく。
 ザン!
 空気を斬るような音。目の前に広がる赤。一瞬静まり返る会場。
「うっ」
 レーニは小さく声を漏らす。完全に避けられなかったものの、致命傷だけは避けられた。斬られた箇所がドクドクと脈打つのを感じる。傷口が熱い。
「レーニさん……ッ」
 一華が小さく仲間の名を漏らす。急ぎ、彼女を回復するべく気力溜めによる回復を行う。
「一華さん、ありがとう……」
 自身の回復を行ってくれた一華にお礼を言い、心配をかけまいと微笑んで見せる。
「おんなのこ、いじめるなんて……ぜったい、ゆるさない」
 その様子を瞳に映していたロナが言う。
「遊びましょう、遊びましょう。炎の巨人と睨めっこ。巨人が笑えば勝ちだけど、我慢しすぎもご用心。黒焦げ通り越して、炭になる灰になる!」
 美しく煌く巨大なルビーを思わせる宝石を手元に召喚する。きらきら、目を奪われる。その美しさに。だが、それには触れてはいけない。近づいてはいけない。わかっていても、エインヘリアルはその炎に焼かれてしまう。
「ァア、アアア!」
 叫び声が聞こえる。苦しそうな声が。断末魔が。
「パルミエとか美味しそうな名前しやがって!」
 ひなみくは、妖精弓の錠とトネリコ構える。妖精の加護を宿し、エインヘリアルを自動的に追尾する矢を放った。
 ドシュッ!
 ひなみくの放った矢が、エインヘリアルの中心を穿った。
 エインヘリアルはぴくりとも動かなくなり、ゆっくりと地面に倒れていった。

●ご褒美のチョコレートビュッフェを
 戦闘が終わり、ケルベロスたちは荒れてしまった箇所をヒールしていった。
 ケルベロスたちの協力もあり、完全な元通りとまではいかずともビュッフェを再び開催できる状態にすることができた。
「こういった場には戦闘がない時に来たいものです」
 片づけを終えた織櫻が独り言ちる。
「今日がエインヘリアルに台無しにされた思い出じゃなくって、ビックリする事件もあったけど、ちゃんと美味しかった思い出になったらいいな」
 レーニがキラキラと輝くチョコレートたちを眺めて、ぴょんぴょんと飛び跳ねている。
 その様子を見て一華やひなみく、ロナ、サイファは微笑んでいた。
「マシュマロ、イチゴ、ビスケット。どれもあまあまだよ、キキ」
「チョコはあまくておいしくて、しあわせなたべもの」
 キカとロナがにこにこと笑いながら、チョコレートフォンデュにつけるものを選んでいた。
「何とかイベント継続できてよかったな」
 サイファもプレートにたっぷりスイーツを載せて満足げに笑った。
「わたくしも、こちらをいただきますわ」
 サイファから差し出された皿から、一華はスイーツを選び取った。
「あ! タカラバコちゃん! それ、どこで見つけてきたの?」
「♪」
 タカラバコが器用に頭に皿を載せている。何処か嬉しそうに見えるその姿に、ひなみくはにっこりと笑うのだった。
 かくして、バレンタインシーズンのチョコレートビュッフェ会場はケルベロスたちの手によって守られた。
 願わくば、もう二度と同じような事件が起きませぬようにと。

作者:黄昏やちよ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年2月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
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