ミッション破壊作戦～霞の向こうに見える景色

■リプレイ

●降下攻撃
　この日秩父地方には、今冬一番とも言われる寒気が流れ込んでいた。
　高度を示す表示は約4500メートル。いつもよりも高いようだ。
　間も無く破風山上空への到着を告げる音が鳴り響き、扉の状態を示すランプの色が変わるのを見て、ユグゴト・ツァン（パンの大神・e23397）は扉をスライドさせた。
　朝日に照らされる一面の雲海が見えると同時、氷点下の空気が機内に勢いよく吹き込んでいる。
「痛っ……！」
　氷塊で肌に押しつけられるような感覚に声が漏れるが、気合いが足りぬと自らに言い聞かせて、爪先に力を込め、高飛び込みの要領で大空に飛び出した。
　金の長髪を獅子の鬣の如くに靡かせたユグゴトが雲海に沈む様を見ながら、嘉神・陽治（武闘派ドクター・e06574）も続けて、空に飛び出す。
　ラジオの気象情報は大雪を告げていた。山の稜線の形を見ればどこだか分かる程度には、見知った場所だ。もし道を見失っても枝振りを見れば方角は分かるし、斜面を下りさえすれば山を囲うように走る道の何れかには必ず辿りつける。一抹の不安を思考で打ち消すと、陽治は掌の感触でグラディウスを身につけていることを確かめた。
　雲海に突っ込むと間も無く陽光が遮られて景色が暗転する。
（「真夜中の様で在るな……」）
　瞼を閉じているか、閉じているかの区別がつかなくなってくる時間が来る、頭の中に万感が走馬灯の如くに駆け巡る。今の姿は果たして本当の自分の姿で在るのか、無いのか、現実と思っているものは夢の中の影のような物では無いのか、世界とは一なる実在の諸相が映す影に過ぎないのか。
　雲海を突き抜けた先には、墨で描いた様な白黒の山並みの風景があった。
　そして魔空回廊を守るバリアも、その中にすぐに見いだすことが出来る。
「久方振りだ。山を喰らう餓鬼。幾等咀嚼しても物足りない餓鬼よ。幾等咀嚼しても物足りない餓鬼よ」
　距離が近づくにつれて、視界の中での存在感を急速に増すバリア。
　その表面に冠雪は無く、グラディウスを持つ者に対してだけ、異様な存在を顕している。
「私の面を忘れたならば思い出すが良い。思い出せずとも構わん。何方にせよ。私の脳味噌は貴様を赦さない。食物は『はんぶんこ』すべきで総てを貪る仔に容赦は不要——」
　叫びと共に、間近では巨大な壁にしか見えないバリアを目がけて、グラディウスを突き出す。
　それとバリアが接触した瞬間、蓄えられたグラビティ・チェインが放出される。
「抱擁せねば。黒山羊の胎内で快楽を啜り続けるが好い。ああ。私も胎が減ったのだ！」
　山間に現れた太陽の如き煌めきが瞬きよりも早く火球と変わる。放出された熱線は瞬時に周囲の雪を蒸発させ、生み出され、膨れ上がる火球と共に発生した衝撃波は同心円を描くようにして周囲へと広がって行く。
　見渡す限りの雲海に大穴が空き、光柱が立ち上がるのと、シエナ・ジャルディニエ（攻性植物を愛する悩める人形娘・e00858）に続いて、平・和（平和を愛する脳筋哲学徒・e00547）が空に飛び出したのはほぼ同じタイミングだった。
　攻撃の余波が生み出す熱は超高速の上昇気流を発生させ雲海に巨大な穴を開け拡げる。同時に爆炎を孕んだ茸雲を空高く形成させる。
「どれだけ喰おうが満たされない飢餓に、いつまでもこの星の命をくれてやるわけにはいかねえよ」
　凄まじい勢いで立ち昇って来る炎と煙に眼鏡を曇らせながらも、陽治は構わずに身につけたグラディウスを抜き放ち、真っ直ぐに構えた。間近には迫るバリアは鏡面の如く、赤黒いマーブル模様を描く爆炎と刃を突き出す自分の姿が映っている。
「そのツラもいい加減見飽きたんでな、お前さんとの縁これっきりにさせて貰うぜ！」
　鏡に映る自分と記憶の中に在る『山喰い』の姿を刹那に重ね合わせ、陽治は決別の意思を込めて吠える。
　凄まじい衝撃が激痛を伴って、腕先から足の爪先に向けて抜けて行く。同時に生まれたこの日二個目の火球は樹枝の如き雷光を伸ばし、それらは間も無く光のシャワーの如くに地表に降り注ぐ。
　魔空回廊を中心に半径2000メートルほどの範囲の雪雲が消し飛んでいる。
「あたしは喰うのは好きだガ、喰われるってのは我慢ならねーんだヨ」
　数え切れない程の小爆発がクラスター弾の爆撃の如きに山肌を覆い尽くして行く様を見ながら、除・神月（猛拳・e16846）は確りとグラディウスを構える。
「特に躾のなってねーお前みてーな奴ガ、後も考えずに根こそぎ喰うのはナ！」
　満身の力を込めて振り下ろすと同時、大気が衝撃に震える。立ち昇る火焔に投げ出されそうになる身体を支える様に腕先に力を込める。
「ちょっと残して来年も貰うとカ、そういう考えも出来ねーみてーだシ、お前みてーなのはお呼びじゃねーんダ！　山の恵みに感謝するってことを頭に叩き込んでやラァ！」
　連続する爆発の熱に巻き上がる風は、地表にあるありとあらゆる物を巻き上げんばかりに勢いを増し、それと前後してキリキリと硝子を擦り合わせるような高音がどこからともなく聞こえてくる。
　その耳障りな音に、岡崎・真幸（花想鳥・e30330）は無意識に眉を顰める。
「俺には嫌いなものや恐怖するものが多くある」
　刹那に記憶を巡らせる。
　命を啜り取る敵、自身の脆弱さ、致命的なケアレスミスと、一目で分かるそれに気づけぬ自分の迂闊さ。
　体験により恐怖を鮮明に感じるようになり、拒絶したくなった攻性植物や粘液体。
　起因となった任務は忘れられないし、忘れてはいけないと考えている。
　単に嫌なこととして片付けてはいけないし、経験として生かしたい。
　破風山を占拠する『山喰い』も、よく似た印象の攻性植物。
　だから気持ちを奮い立たせた。ここでなければいけない。
「必ず回廊も敵もぶっ潰してこの恐怖を克服する。もう逃げねえ！」
　万感を込めた真幸のグラディウス、その一撃がバリアに一条の筋を刻む。
　閃光、続けてこの日四度目の破壊の嵐が巻き荒れた。
　バリアのある方から氷に水を掛けた時の様な微かな音がする。
　音の意味するところは分からないが、シエナもまた異音に気がついた。雪に覆われた風景の中、破風山の周囲の雪が消し飛んでいて、彼方此方から火の手が上がっている。
「Objectif（私は何のために）……ゲートや攻性植物勢力の危ない人たちをどうにかする、まずはこれを目指すですの」
　炎に包まれたままの大木や異形が高速の上昇気流に巻き上げられて、空中で青白い雷光に貫かれて塵と消える。目まぐるしく変化する状況を目にしながら、シエナは己の思考を整理する。
「Demande（勧告します）！　そろそろお家に帰る時間ですの！」
　敵に帰れる家やそこに充分な食物があるか否かは分からないが、侵略を受ける者から見れば「帰れ」と言うのは真っ当で「死ね」や「滅びろ」に比べればずっと優しい発想だ。
　それは一方的に奪うだけに見えたとはいえ、この地で生きようとした、山喰いへ掛けることの出来る彼女なりに妥協できる最大の慈悲かも知れない。
　それでも叫びと共に叩きつけたグラディウスの余波は容赦の無い破壊をまき散らし、その事実を見えなくする様に濃密なスモークが風景を灰色に塗り変えて行く。
「んう、山を、たべちゃう、か」
　攻撃態勢に入った、伏見・勇名（鯨鯢の滓・e00099）は胸の内に湧き上がる気持ちを声に出した。
　緑あふれる森の景色が枯れ野に変えられ、救った筈の、救おうとした木々は戦いの炎に焼かれて行く。
「それは……いくない。だって、くるしい、つらいって、おとがする」
　グラディウス行使の余波はグラディウスを持たない者に襲いかかる。
　勇名が守りたいと思っている存在が、差し伸べた手の先で恨めしそうな視線を向けたまま、灰と消えて行くようなイメージが頭を過ぎる。
「……ホントにそうかは、わかんない。けど、そんなきがする」
　巨悪を倒すための理不尽な犠牲は少なからず存在するが、侵略を受け続ける非常時には目を向けたくない事実であり、目を向けたとしても戦意高揚の美談に作り替えられてしまうものだろう。
「だから、このもやもやぶつけて、ここをこわす。……ちからをかして、グラディウス……！」
　今こうすることは正しいこと。幼い心に生じた疑惑を打ち消す様に、勇名は叫び、刃を突きつけた。
　瞬間、耳を劈く破砕音と共に鏡の様な美しい曲面を保っていたバリアに突如、蜘蛛の巣状の亀裂が広がった。
　初めて目にした、急激すぎる異変に驚く勇名。
　グラビティ・チェインを使い尽くしたグラディウスを手放してはいけない一心で、地面に激突するギリギリのタイミングで着地姿勢を取るのがやっとだった。
「何起こっている。壊れようとしているのか？」
　だがまだ完全に壊れてはいない。陽治が祈るような視線を向ける中、続く和が着地して撤退の準備を始める。
　果たして、ケル・カブラ（グレガリボ・e68623）の一撃に全てが委ねられた。
「山を食べちゃダメでしょうが！　迷惑極まりないデース！！」
　希望して最後にヘリオンを飛び出したわけでは無いが、結果として最後になっていたのだから仕方が無い。
　空中から見てもバリアの異変は明らかで、得体の知れないプレッシャーに胸を押さえつけられる様な気がした。絶好機は意図しない時にやってくる。偶々それが巡って来たのだ。
「攻性植物ってのは、食いしん坊ばっかりなのデスカ！？　それなら大阪のあのでっかいのでも食べててくだサイヨ！！」
　だんだんわけが分からなくなってくる。思っているままをぶつけるしか無かった。
　ただ、蜘蛛の巣状の亀裂の中心、一度誰かがぶつけた後ならば、弱くなっているかも知れない。咄嗟に直感し、そこを目がけてケルは無心で刃を振り下ろす。
「それもできないなら今すぐに、回廊諸共消えてしまえ！！　山を食い荒らすのは、今日が最後デス！！」
　次の瞬間、砕けたバリアが青白い閃光と共に空高く舞い上げられ、上昇する気流に吸い上げられるように引き延ばされた魔空回廊もまた断末魔の如き異音を轟かせて消滅した。

●撤退戦
「……やったので、ありマスカ？」
「Tres bien（良かったですわ）！」
　解放の喜びを分かち合うにはまだ早い。皆が無事に帰還するまでが任務である。
　少しでも早い撤退は速力が大事だと言う和に導かれるように一行は撤退を開始し、間も無く焼け焦げた異臭の漂う中、異形の攻性植物、山喰い立ちはだかる。
　無事に帰ることは当然重要だ。
「来るぞ、散れっ！　とっとと片付けるぞ——」
　敵の戦法を把握出来ている以上、想定外はあってはならない。
「De l'espoir（お願い）！　ラジン、わたしに力を貸して！」
　だからポジションにも装備にも、敵に絶対に有利を与えない意思を淡々かつ確実に反映させている。
　そこに回廊破壊という成果が、破風山での戦いをこれで最後にしたいと言うムードをもたらしていた。
「これ以上この星の命を浪費させるつもりは無いんでな」
　敵が回避の動きを見せるより早く、陽治はエクスカリバールを振り上げ、振り下ろす動きで強固な蔦を突き破った。
　穿たれた傷口から湧き水の様に零れ出す体液。
　序盤こそ力量差から来る問題で思い通りにならないこともあるが、攻防を重ねるにつれて悪い状況は解消されてゆく。
「ただの豚なら殺して食っテ、それで良いんだガ、植物の豚じゃそうもいかねーよナ！」
　神月の放った降魔の一撃が魂を喰らった瞬間、その表情が不快に歪む。
　この山喰いがこれほどの巨躯を得るために、どこから生命を吸い取ったのかに思いを巡らせて、神月が気持ちを引き締めた。
「主でもねーのに、のさばってる豚野郎ヲ、とっとと捌いちまおーゼ」
　その声に応じる様に、山喰いは眼光を鋭くし、くぐもった咆哮を上げるが、それだけだった。
「暴食の時間は終わりで在る！」
　ユグゴトは山喰いとの間合いを一跳びで詰めると、その存在理由を否定する。
「知るが良い。貴様の喰う物は無いのだ」
　しかし重なるダメージに抗う様に山喰いは大きく顎を開き、暴食の牙を薙ぐ。
「ボクは食べてもおいしくないデース！！　お腹壊しますヨ！！」
　その動きを読み切った様に、ケルとユグゴトがその牙を阻む。
　当たり前の如くに耐性とポジションの効果により敵に最小限の生命しか与えない様を見て、真幸は複雑な表情を浮かべる。
　ユグゴトと比較して傷の大きなケルに向けて癒やしを送ると真幸は周囲を見渡す。
　スモークは未だ充分な濃さを保っているが、未だ多くの敵戦力が残存していると考えれば、魔空回廊を破壊してはいても早く撤退した方が良い状況に変わりは無さそうだ。
　和の操る半透明の御業から放たれた無数の炎弾が飛び行き、山喰いの体表で爆ぜ、燃え上がる炎は身体の半分ほどにまで広がりその勢いも一層強いものに変わる。
　それでも山喰いは倒れず、道を開けることも無かった。
　それは耐え続けさえすれば、味方が必ず助けに来てくれると無邪気に信じている様にも見える。
　しかしそれは許さないとばかりに肉薄するシエナのチェーンソー剣が唸りを上げ、重ねられた大量のバッドステータスを一挙に花開かせる。
「どかーん！」
　堪らずに悲鳴を上げる山喰いを目がけて、擬音の呟きと共に放たれた勇名の主砲弾が炸裂した。
　砲撃に身体を抉られてバラバラの破片を散らしてなお、戦おうとする山喰い——攻性植物の姿を目にして、勇名はこの敵が何を考えて戦っているのかに興味が湧いた。
　仲間のためなのか、単に戦いたい気分なのか、デウスエクスとしての矜持なのか、それとも一方的なグラディウスの攻撃への怒りからか——動機を持っていたとしても、そこに心が在るのか無いのか、だんだん分からなくなってくる。
　ボクスドラゴン『チビ』の癒やしと加護をもらうと、ケルは手の内に漆黒の魔力弾を作り出した。
　仲間の助け無しには、ここまで無事に戦い続けることは出来なかった。そして仲間を護る役割も果たせなかった。全力で敵の暴力に抗い続けたケルは戦いを終わりに導く為、思いを込めた魔力弾を投げ放った。
　直後、何もいない中に向かって蔦を振り回す山喰いの前に陽治は躍り出る。
「暴食には暴食を、――最後の勝負と行こうか！」
　言い放つ一瞬、袖口に仕込んだ黒い毒針を最小の動作で取り出して、誰にも気取られずに傷だらけの巨体に打ち込んだ。
　次の瞬間、山喰いは枯れ草の束が落ちるような軽い音を立てて倒れて動かなくなった。倒れた山喰いの先には焼け野と化した谷が続いている。
　土地勘のある陽治を先頭に一行は再び駆け始める。そしてユグゴトとケルが最後まで役割を果たすと、追っ手を警戒して殿につく。
「あと少しだ。帰れるぞ！」
　雪の代わりに降り始めた煤を含む黒い雨の中、帰還を目指す一行の足取りには確かな力強さがあった。

作者：ほむらもやし	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2019年2月18日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 6／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 4
あなたが購入した「複数ピンナップ（複数バトルピンナップ）」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。