すべてがZになる

作者:土師三良

●唐揚のビジョン
 海が見える小高い丘の上の児童公園。
 その入り口の上部に――、
『Welcome to ZANGI FESTA!』
 ――という横断幕がかけられていた。
 向かって右の立て看板には『本州民よ、これがザンギだ!』、左の立て看板には『唐揚げなんか食ってる場合じゃねえ!』と、挑戦的な惹句が記されている。
 園内にはいくつもの屋台が並び、北の大地から招かれた調理人や販売員たちが忙しなく働いていた。午後から始まる『ZANGI FESTA』に備えて。
『ZANGI FESTA』というからには、大半の屋台はザンギの販売店だ。しかし、鶏肉のザンギだけではない。豚ザンギ、タコザンギ、ラムザンギ、マグロザンギ、鮭ザンギ、イカザンギ、ふぐザンギ、キムチザンギ、各種野菜ザンギ、調理人が徹夜明けのテンションで発案したであろうスイーツザンギなど……実にバラエティーに富んでいる。
 ちなみにザンギとは北海道における唐揚げの別称である。もっとも、『ザンギと唐揚げはまったく違う物だ!』と主張する者も少なくない。
 そして――、
「ザンギも唐揚げも同じだろうがぁーっ!」
 ――と、主張する者もまた存在するのだ。
 公園の入り口に現れたビルシャナのように。
「おまえらの魂胆は判ってるぞぉ! ただの唐揚げを特別な郷土料理っぽく思わせるために『ザンギ』なんて変な名前で呼んでるんだろう!? そうでないのなら、ザンギと唐揚げの違いを言ってみろや! 二百字以内にまとめてな!」
『ZANGI FESTA』のチラシ(朝刊に折り込まれていたのだろう)をこれ見よがしに引き裂きながら、ビルシャナは園内の人々に問いかけた。
 そして、答えを待たずに暴れ始めた。
「俺は絶対に許さねえぞ! 唐揚げをザンギ呼ばわりするような田舎者どもはよぉーっ!」

●淡雪&ザイフリートかく語りき
「茨城県日立市の公園で『ZANGI FESTA』なる催しが開催される。その名が示す通り、本場のザンギを心ゆくまで食すことができるという素晴らしい催しだ。だが、しかし……そこに『唐揚げをザンギと呼ぶのは許さない』などと主張するビルシャナが現れる!」
 ヘリポートの一角。ヘリオライダーのザイフリートがケルベロスたちに予知の内容を語っていた。世界の危機でも伝えるかのような調子で。
「正直、私にもザンギと唐揚げの違いはよく判らない。しかし、ザンギの定義を明確にすることになんの意味があろう? いや、ザンギに限ったことではない。どのような料理であれ、枠にはめ込むべきではないのだ。もちろん、最低限のラインは意識しなくてはいけないが、窮屈なカテゴライズにこだわりすぎてしまうと、食文化は間違いなく停滞するだろう。そう思わないか、淡雪?」
「……ふぇ!?」
 いきなり話を振られて目を白黒させたのは琴宮・淡雪(淫蕩サキュバス・e02774)。
 まさか『途中までしか聞いてませんでした』と言うわけにもいかないので――、
「そ、そ、そうですね。王子の仰るとおりですわ!」
 ――とりあえず同意しておく淡雪であった。
「うむ。さて、件のビルシャナだが、戦闘力はさして高くないと思われる。おまえたちならば、容易に勝てるだろう」
「王子の仰るとおりですわ!」
「しかし、すぐに戦闘を仕掛けるわけにはいかない。園内にいる屋台の店員たちを巻き込む恐れがあるからな。まずは店員たちを避難させるために時間稼ぎをすべきだ」
「王子の仰るとおりですわ!」
「ビルシャナを倒した後は『ZANGI FESTA』を堪能するがいい。ちなみにザンギの他にも白ご飯、味噌汁、各種ソフトドリンクやアルコール等のメニューもあるそうだ」
「アルコール!?」
 歓喜の表情とともに初めて『王子の仰るとおりですわ』以外の言葉を発する淡雪。
「それは楽しみですわ。ザンギはきっとワインや日本酒にも合うでしょうから」
「いや、アルコールはビールだけだ」
「そうですか……もしかして、やっすいビールですか?」
「うむ。やっすいビールだ。しかし――」
 ザイフリートは意味もなく空を見上げた。
「――野外イベントで食すチープな料理には、どんな高級料理にも負けない独特の美味さがあるのだ!」
「王子の仰るとおりですわぁーっ!」


参加者
リーズレット・ヴィッセンシャフト(慕情を喰らわば世界まで・e02234)
琴宮・淡雪(淫蕩サキュバス・e02774)
新条・あかり(点灯夫・e04291)
久遠・薫(一罰百戒・e04925)
アラタ・ユージーン(一雫の愛・e11331)
セレネテアル・アノン(綿毛のような柔らか拳士・e12642)
比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)
カテリーナ・ニクソン(忍んでない暴風忍者・e37272)

■リプレイ

●ザンギなき戦い
「おまえらの魂胆は判ってるぞぉ! ただの唐揚げを特別な郷土料理っぽく思わせるために『ザンギ』なんて変な名前で呼んでるんだろう!?」
『ZANGI FESTA』の会場である公園にビルシャナの怒号が響く。
「そうでないのなら、ザンギと唐揚げの違いを言ってみろや! 二百字以内にまとめてな!」
「判りました」
「どぅえぇぇぇーっ!?」
 いきなり背後から声をかけられ、カートゥーンじみたアクションで飛び上がるビルシャナ。
「不意打ちで話しかけんな! びっくりすんだろうがよぉ!」
 着地ざまに振り返って抗議したが、声の主――サキュバスの久遠・薫(一罰百戒・e04925)は無表情で受け流し、抑揚のない声で言ってのけた。
「ザンギについて調べてきました」
「……え?」
「北海道のほうでは肉に下味をつけたものがザンギ、衣に味を付けたものが唐揚げだそうです。竜田揚げが近いのでしょうか? 道外では肉に下味をつけてから小麦粉という場所もあるので、ちょっとややこしいのですが……まあ、結局のところ、ご当地感というか調理法の違いなのでしょうね」
「……」
「以上、二百字以内に収めましたが?」
「マジメか!? 二百字云々っていうのはただのくすぐりだから、いちいち対応しなくていいっつーの!」
 と、ビルシャナが薫に翻弄されている間にシャドウエルフの新条・あかり(点灯夫・e04291)とオラトリオのセレネテアル・アノン(綿毛のような柔らか拳士・e12642)が一般人たちを避難させていく。
「ザンギは置いて避難してくださいねー。持っていると、ビルシャナに目をつけられるかもしれませんからー」
 皆にそう指示しながらも、ちゃっかりと自分用のザンギを二つ確保するセレネテアルであった。
 しかし、一般人たちがザンギを持って避難したとしても、ビルシャナが目をつけることはなかっただろう。
 薫に続いて、他のケルベロスが絡んできたからだ。
「うんうん。拙者も若干ながらザンギは存じておるでござるよ」
 したり顔をして頷いたのはレプリカントのカテリーナ・ニクソン(忍んでない暴風忍者・e37272)。
「あのなんでも吸い込むモヒカンなレスラーでござろう?」
「違うわ!」
『事前に二人で打ち合わせしたの?』と疑いたくなるほど的確なタイミングでビルシャナがツッコミを入れた。
「ベタすぎて誰もやらないだろうと思ってたネタを堂々とブッ込んでくんじゃねえ! てゆーか、ザンギと聞いて真っ先に思い浮かべるべきはゲームキャラじゃなくて、そのモデルになった実在レスラー……」
「あー、うるさい。バカは黙ってなよ」
 わけの判らない方向に進み始めた話を断ち切ったのは比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)。
 イリオモテヤマネコの人型ウェアライダーである彼女は特攻服に身を包んでいた。その背中には『ザンギ上等』という文字の刺繍が施されている。
「誰がバカだぁー!?」
 憤怒の炎に目を宿して、ビルシャナは叫んだ。
 一方、アガサの目に宿るは凍てついた氷。
「あんただよ、あんた。ザンギと唐揚げの違いが判らないなんて、ホントにバカだねぇ」
「なんだとぉ!?」
「その薄汚れた目にはザンギも唐揚げもニワトリも見分けがつかないんだろうね」
「いや、さすがにニワトリくらいは見分けられるし!」
「うっさい、バーカ。どうせ、見るだけじゃなくて食べても区別できないんでしょ? ザンギと唐揚げの微妙な塩加減の差が分からないなんて、どんだけ鈍い舌なんだよ。頭も鈍けりゃ、舌も鈍いなんて、もう救いようがないバカだね」
「そ、そこまで言わなくても……」
「バーカ、バーカ、バーカ!」
「……」
 アガサのマシンガンのごとき罵詈雑言に対して、ビルシャナはもうなにも言い返せなかった。目に宿っていた憤怒の炎は消火されている。悔し涙によって。
(「さすが、アガサさん。容赦ないね……」)
 ビルシャナに同情したくなる思いを抑えて、あかりは避難誘導を続けていた。アガサの辛辣な言葉はなるべく聞き流そうとしていたのだが、どうしても耳に入ってくる。
 もちろん、避難している一般人たちもしっかりと聞いていることだろう。
「ほら、足を止めないで。ケルベロスが注意を逸らしている間に早く避難しよう」
 アガサの口撃は決して悪意に基づくものではなく(いや、悪意も含まれているかもしれないが)、敵の気を引きつけるためのもの。それを一般人たちに伝えるべく、『ケルベロスが注意を逸らしている間に』の部分を強調するあかりであった。

●がんばれザンギ
 ケルベロスたちはその後もビルシャナを責め続けたが、いつの間にか論調が変わっていた。『ザンギと唐揚げの違いが判らないなんてバカ』から『違いなんてどうでもいいだろ、バカ』に。
(「どちらにせよ、ヒドいよね」)
 あかりはもうビルシャナへの同情心を抑えてはいなかった。声に出さずに笑っていたが。
「ザンギと唐揚げの違い……それは海よりも深く、難しい命題ですわ」
 悔し涙を拭くビルシャナにサキュバスの琴宮・淡雪(淫蕩サキュバス・e02774)が語りかけた。
「たとえば、あちらにいる主従コンビをご覧なさいな」
 淡雪が指さしたのは、バセットハウンド型ウェアライダーのイヌマ・イーヌマルックス(わんだふるうぉりあー・en0123)とボクスドラゴンのヴァオマル……ではなく、ドラゴニアンのヴァオ・ヴァーミスラックス(憎みきれないロック魂・en0123)とオルトロスのイヌマル。
「あの二人を見れば、誰もが思うはず。ヴァオ様が出来の悪いサーヴァントで、イヌマル様こそが主だ、と……でも、実際は逆!」
「コケッ!」
「何故に逆になのか説明できます? できませんわよね。そう、これもまた答えのない難しい命題なのです。でも、ぶっちゃけ、どーでもいいですよね」
「コケッ!」
「ザンギと唐揚げの命題もそれと同じ。どんなに考えても答えは出ませんが……いえ、出ないからこそ、どーでもいいのです」
「コケッ!」
「いや、どーでもいいかどうかはともかく――」
 と、ビルシャナが口を挟んだ。
「――ところどころに入る『コケッ!』はなんなの?」
「これです」
 今度は足下を指さす淡雪。
 丸々と太った鶏型ファミリアロッドの彩雪がテレビウムのアップルに押さえつけられ、必死に『コケッ!』と鳴いている。
「彩雪ったら、さっきから暴れっぱなしですの。おそらく、この『コケッ!』は『さっさとザンギを食わせろ!』という意味の叫びなのでしょうね」
「いや、鶏がザンギを欲しがっちゃダメだろ! 共食いじゃん!」
「さて、そのザンギだが……」
 と、レプリカントのアラタ・ユージーン(一雫の愛・e11331)がスムーズ(?)に話の軌道を修正した。
「調べたところ、ザンギの元祖と呼ばれる店はタレ付きのザンギを扱っているらしい。ということは、さっくり揚がっている上に涎が滴るくらいジュワーっと広がるスパイシーな濃口こそがザンギの神髄かもな。だが、しかーし!」
 ビルシャナに指を突きつけるアラタ。それを真似るかのように、『先生』という名のウイングキャットも尻尾の先端をビルシャナに向けた。
「あっさり塩味だったとしても、問題ない! 料理とは、その郷土の愛と工夫で編み出されるものだ。作り手がザンギを想定して作り、食べる側がザンギと認めて楽しむなら、それは間違いなくザンギ! 分類や御託なんて料理を不味くするだけだ!」
「そうでござる!」
 と、カテリーナが力強く同意した。
「それぞれの店や地方で作り手や人々が愛情を込めて呼ぶ名を汚す権利なぞ、ぽっと出のお主にはない!」
「ぽっと出じゃねーし! めっちゃシティボーイだし!」
「その自称『シティボーイ』さんに質問!」
 と、話に加わったのはセレネテアル。市民たちを避難させた後、この場に戻り、ずっと問答を眺めていたのである。両手に持ったザンギに交互にかぶりつきながら。
「『ザンギと唐揚げの違いを言ってみろ』とかなんとか叫んでましたけど、逆にザンギと唐揚げが同じものである理由を教えてくださーい」
「それはだな……」
「あ! 二文字以内でお願いします!」
「少なすぎるわ!」
「まあ、落ち着け」
 激怒するビルシャナをオラトリオのリーズレット・ヴィッセンシャフト(慕情を喰らわば世界まで・e02234)がいなした。
 そして、学者然とした態度で語り始めた。
「ちょっと、ここで実験をしてみよう。薫さんやアラタさんが言うように、ザンギと唐揚げは作業工程が違うのかもしれないが……果たして、その工程を見ないで両者を区別することはできるのだろうか? 助手一号よ、例のものを!」
「はーい!」
 リーズレットが指を鳴らすと、とても良い笑顔の『助手一号』こと瑞澤・うずまきが現れた。唐揚げが山盛りになった皿を左右の手にそれぞれ持っている。
 もっとも、毒々しい色に染まったその代物を唐揚げとして認識しているのは当人だけだろうが。
「助手一号……も、もしかして、それは君は手作りか?」
「もちろん!」
 良い笑顔をキープしたまま、リーズレットの問いに頷くうずまき。
「……」
 リーズレットは助けを求めるかのように淡雪を見た。
「……」
 ついと目を逸らす淡雪。無言ではあるものの、その横顔が雄弁に語っている。骨は拾ってあげますわ、と……。
 だが、リーズレットは骨になるつもりはなかった。
「う、うん。実に美味そうな料理だ。でも、残念ながら、この実験には適していないな。助手二号、頼む!」
 うずまきをフォローしつつ、再び指を鳴らす。
 現れ出た『助手二号』はベルフェゴール・ヴァーミリオン。彼もまた唐揚げの皿を両手に持っていたが、それらはまともな料理に見えた。
「右の皿は唐揚げで、左の皿はザンギだ。調理の工程は異なるが、こうやって食べ比べても――」
 二つの皿に乗ってる唐揚げを続けざまに口に運び、しっかりと味わった後、リーズレットは満足げに笑った。
「――どっちがどっちだか判らない! 気付かなければ、どちらも一緒! だが、美味しければなんだってオッケー! ザンギ、なまらうめー!」
「なっまらうめぇーっ!」
 うずまきが楽しそうに復唱した。
 そんな二人に対して、ビルシャナはまたも怒号を発しかけたが――、
「とう!」
 ――その前にアラタが手製のザンギ(甘辛味噌ダレが染み込んだ豚ザンギ)を相手の口に投げ込み、叫びを封じた。
 そして、激しい戦いが始まった。

●あしたザンギになあれ
 いや、べつに激しくなかった。
 ケルベロスは普通に戦い、普通に勝った。
 そして、『ZANGI FESTA』は無事に開催された。
「私、最初は勘違いしてたんですよ。今回の任務が無事に終わったら、淡雪さんにザギンでシースーを奢ってもらえるって……」
 にこにこと笑いながら、業界語を口にしたのはセレネテアル。
「あ? でも、シースーじゃなかったから、がっかりしてるわけじゃないですよ。たくさん奢ってもらえるなら、ザンギでも構いません」
「ちょ、ちょっと待ってください! ザギン以前に『奢ってもらえる』という部分が勘違いだったとは思わないのですか?」
 と、慌てて問いかける淡雪に構うことなく、セレネテアルは意気揚々と屋台巡りを始めた。
「さあ、美味しいザンギを存分に味わいましょう! 淡雪さんの奢りで!」
「いえ、奢りませんよ!? 奢りませんからねぇーっ!」

『奢りませんからねぇーっ!』という叫びが風に乗って運ばれてきたが――、
「空耳ですね」
 ――自分にそう言い聞かせて、薫は屋台の一つに近付いた。
「リンゴジュースをくださいな」
「拙者はガラナ飲料を所望するでござる」
 と、薫の後からカテリーナがドリンクを注文した。
「揚げ物には炭酸が合うそうですね。私は炭酸もビールも苦手ですが」
「ビールについては未成年なので判りかねるが、炭酸が合うのは事実でござるよ」
 薫と語りながら、ガラナ飲料を飲み、ツナやサーモンのザンギを味わうカテリナーナ。
 どれも美味かったが、彼女の食欲と好奇心を満たすには足りなかった。
「もうちょっとパンチの効いたメニューが欲しいでござるな。北海道名物の熊カレーに倣って、熊ザンギとか」
「それ、『熊ザンギ』って言いたかっただけですよね? ……あら?」
 薫の視線が足下に向けられた。そこにいたのは彩雪。ザンギを啄み、おまけにビールまで飲んでいる。どうやら、主人の淡雪の手を放れて(『見放されて』と言うべきか?)単独で会場を巡っているらしい。
「そういえば――」
 嘴でつつくような要領でビールを味わう鶏をじっと見つめながら、薫は呟いた。
「――精肉する前にビールを飲ませると、肉が柔らかくなるそうですね」
「コ、コケェーッ!?」

「このイベント、実は僕も新聞の折り込み広告を見てチェックしてたんだ」
 あかりは目を輝かせて、公園内を見回していた。両隣には、紙コップ入りのビールを手にした男たちが立っている。玉榮・陣内と月杜・イサギだ。
「あのお店がちょっと気になるんだけど……」
 あかりの視線が止まった。その先にあるのは、『未知の味! スイーツザンギ!』という看板を掲げた屋台。
「あんなのに興味を持ったら、ザンギ警察のイサギさんに怒られちゃう……かな?」
「怒ったりしないよ。食の楽しみを否定することは文化の否定に繋がるからね」
 自分をちらりと一瞥する少女に対して、心の広さを示す北海道出身の『ザンギ警察』ことイザギ。
 そんな彼に沖縄出身の『サーターアンダーギー憲兵』である陣内が絡み始めた。
「とかなんとか言ってるが、ずっと前からサーターアンダーギーのことは否定してるよな」
「げんこつドーナツのことかい? べつに否定した覚えはないよ」
「全力で否定してるじゃねえか。げんこつドーナツじゃなくて、サー、ター、アン、ダー、ギーだ」
「おっと、失礼。外国語は苦手でね」
「外国じゃねえよ。この空飛ぶ屯田兵が」
「南洋の海棲人は口が悪いな。礼儀と肺呼吸をはやく覚えたほうがいいよ」
 言葉だけを聞いてると、県間戦争に発展しかねない険悪なやりとりに思えるが、両者ともに顔は笑っている。
(「なんだかんだいって、楽しそうだね」)
 兄弟喧嘩を見る母親のような眼差しを二人に向けて、あかりが苦笑を漏らした。

 別の場所でリーズレットも母親の貫禄を漂わせていた。
 子供のポジションにいるのはベルフェゴールだ。
「協力してくれたお礼に餡子ものを買ってやるぞ、ベル君。もりもり食べてくれ!」
「ありがと」
 タコザンギが山盛りになった紙皿を手にして、餡子ものの屋台を探すリーズレット。その後にくっついて歩くベルフェゴール。
 ペンギンの親子を連想させる足取りで二人が行き着いた場所は――、
「餡子ものを扱ってそうなのは、ここだけか……」
 ――あかりが興味を持っていたスイーツザンギの屋台。
 その店で『餡子もの』と呼べるメニューは一つしかなかった。白玉を餡で包み、更にストロベリームースで包んで、小麦粉と片栗粉をまぶして揚げた代物。
 名付けて、逆いちご大福ザンギ。
 ザンギへの……いや、食文化そのものへの冒涜めいたそれをリーズレットはベルフェゴールに買い与えた。
「美味いか、ベル君?」
「うーん。思っていたほど変じゃないけど……やっぱり、ザンギの要素は余計だと思う」
「そうだろうな。まあ、帰りにコンビニににでも寄って、なにか餡子ものを買ってやろう。今は口直しにこれでも食べるといい」
 タコザンギを差し出すリーズレットであった。

 淡雪はセレネテアルの勘違いを正すことを諦め、アガサとともにビールを飲んでいた。
「それにしても――」
 アガサの背後に回り込み、『ザンギ上等』の刺繍を見る。
「――こんな文面の特攻服がよく売ってましたね」
 すると、アガサが振り返り、けろりとした顔で言った。
「売ってるわけないじゃん。あたしが自分で縫ったの」
「凝り性にも程がありますわ……」
 淡雪はただ呆れかえるばかりだったが、素直に感心する者もいた。
「さすが、アガサ! なにごとにも手を抜かないな!」
 アラタである。先生とともに食しているメニューはラムザンギと大盛りライス。未成年なので、ドリンクはホットの烏龍茶だ。
「アラタもはやく皆と一緒にビールを飲めるようになりたい」
「焦らなくても、あっという間に飲めるようになるさ。せいぜい三年後か四年後くらいだろ?」
 ヴァオが大人ぶった仕草でアラタの頭を軽く叩いた。こちらのメニューもラムザンギと大盛りライス。下戸なので、ドリンクはジンジャーエールだ(ライスとの相性は考えていないらしい)。
「ところで……結局、ザンギと唐揚げって、どこが違うんでしょう?」
 皆と一緒にザンギを食べていた玄梛・ユウマが首をかしげた。
「いろんな意見を聞きましたけど、自分、よく判らないんですよ」
「あたしにも判らない。違いを教えてよ、ヴァオセンセ」
 と、アガサに無責任なパスを送られると、ヴァオは胸を張って答えた。
「カラっとした感じのやつが唐揚げで、ザザーンって感じのやつがザンギだ!」
「そうだったのか!」
「なるほど!」
 なぜか納得するアラタとユウマ。
 その時、どこか遠くから『コケェーッ!?』という悲鳴が聞こえてきた。
 しかし、声の主をよく知るはずの淡雪は――、
「空耳ですわ」
 ――自分にそう言い聞かせて、ビールをぐいと呷った。

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年2月11日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 4
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