イケメン撲殺明王、顕現!!

作者:千咲

●イケメン撲殺明王
 ――兵庫県三田市。
 とある週末の日中。駅前にある広場を兼ねたデッキに姿を現したのは、羽毛に覆われた異形のデウスエクス。
「毎年、毎年、この時期になると浮かれやがって……我は、目の眩んだ世の女子たちを救ってやらなくてはならない。今こそ立ち上がれ、我が同志たちよ!!」
 高らかに叫んだ甲高い声に同調するように、幾人もの男たちが集まってきた。
「チョコレートだかショコラだか知らんが、女性たちの心と財布を弄ぶ者を許すな!」
「すべては、世にイケメンなどがいるから、惑わされるんだ」
 などと声高に主張し始めた。
「今こそ目覚めよ! イケメンを世から排除して真の世界を見せるぞ!」
「どうせ奴らイケメンはチョコの善し悪しなど、分からないに決まってる」
「ぼったくりチョコの被害を防ぐんだ」
「イケメンを消すことこそ、正義! イケメンなんて絶対、許すな!」
 口々に言いながら、彼ら基準のイケメンを探し襲い掛かる異形たち。
 羽毛を舞い散らせ、「イケメン撲殺!!」と口走りながら……。

●バレンタインデーが近くなると……
「みんな。キルロイ・エルクード(ブレードランナー・e01850)さんが予見していた事件が、ついに実現してしまうみたいなの。この時期になると、そういう人が時々現れる……って聞いたことはあったけど、本当にあるのね」
 そう告げたのは、赤井・陽乃鳥(オラトリオのヘリオライダー・en0110)。
「事件が起こるのは、兵庫県三田市。有名なショコラティエさんがお店を構えているらしいんだけど、みんなは行ったことある?」
 と話が逸れつつ語ったのは、ビルシャナ化してしまった柚目見・隆(ユメミ・タカシ)という男性が、駅前で容姿の整った男性たちを襲う事件。
「彼は『イケメン撲殺』を合言葉に周囲の人々を感化し、元々の自分たちよりも整った顔立ちの人を襲うようだから、その前に駆けつけて、何とかして欲しいの」
 ――既にビルシャナと化し、容姿以前の問題になっていることには気付かないまま。
「根源はビルシャナとなったユメミさんだけなのだけど、既に8人もの同調者たちが集まって襲撃者と化しているの。でも、ユメミさんの主張を覆すようなインパクトのある主張を行えば、戦わずして彼らを無力化する事ができるかもしれない」
 もちろん、彼らなんて放置してユメミさんを倒そうとしても問題はないのだが、その間も彼らからの攻撃を捌かなくてはならないのは少々骨が折れるという話。
「同調者たちも皆男性なのはもちろんだけど、まず言えることは襲い掛かるのは、自身より容姿の整った男性に限定しているという点。もちろん男性に間違えられたりすれば女性も襲うと思うの」
 ケルベロスたちが邪魔に入ることで標的は変わるかも知れないが、皆女性だったりすると、一般人の犠牲を防ぐのは難しくなるかも知れない。
「また、戦う場所は駅前のデッキだから、広さはそれなりにあるけど、ユメミさんの元に達するには、周囲の同調者たちをどうにかしないとね。それと、被害を抑えるためには多少の避難誘導ができると良いかも知れないわ」
 ただし同調者たちは極めて一般人に近い存在なので、すぐに死んでしまう。仮に死んだとしても責任は問われないが、それでも不殺を志すなら一工夫は必要だろう。
「とっくに知ってるとは思うけど、ビルシャナによる影響は、理屈じゃないの。大切なのはインパクト。心に突き刺さる言葉かどうかが大切よ」
 そのためには演出も大切かも知れない。
「皆なら大丈夫だとは思うけど……お願い、できるだけ多くの人々を救ってあげて」
 陽乃鳥は、そう言ってお辞儀したのだった。


参加者
七種・酸塊(七色ファイター・e03205)
除・神月(猛拳・e16846)
宮岸・愛純(冗談の通じない男・e41541)
スルー・グスタフ(後のスルー剣帝である・e45390)
フレイア・アダマス(銀髪紅眼の復讐者・e72691)
 

■リプレイ

●イケメン撲殺明王、顕現!!
「立ち上がれ、我が同志たちよ!」
 兵庫県三田市。駅前にある広場を兼ねたデッキに降臨したのは羽毛に覆われし異形、ビルシャナ『イケメン撲殺明王』が、道往く男たちに語りかける。
 その主張は、世の男性(イケメン以外)、女性、そしてショコラティエを愚弄するイケメンは、世の中から排除せよ……というもの。
 その奇妙な主張に賛同せし男たちが8人、相次いで集まってビルシャナの周りを取り囲んだ。
「イケメン撲殺!!」
「イケメンを許すな!」「排除、排除……イ、ケ、メ、ン、排除~」
 瞬く間に集まったにわか信者たちを前に、調子付いたビルシャナの声がさらに大きく強い口調になってゆく。
(「イケメンだ何だと……下らないことだな」)
 その姿を遠目に捉えてすぐ、フレイア・アダマス(銀髪紅眼の復讐者・e72691)が辟易とした様子で毒づく。その横で、七種・酸塊(七色ファイター・e03205)は、
「まったく……責任転嫁っつーか、傍迷惑な奴らだな」
 などと小さく呟くと、プリンセスモードに変身。デッキに近付かないよう、通行人たちに避難を呼び掛ける。
 ――十分かそこらで片付けるから、しばらく近付かずに離れていて欲しいという風に。

 その間に、いち早くビルシャナの集団に近付いていったのは、除・神月(猛拳・e16846)。
 立派な胸を力の限りに巻いたサラシで極力抑え、黒のスーツでばっちり決めたその姿は、どこから見てもイケメンそのもの。
 剣呑とした空気がビルシャナたちの周囲に沸き、敵意というか悪意が一気に噴き出した。
「排除せよ、イケメンこそが世の『悪』そのものなのだ!」
 が、一瞬で周囲を取り囲んだ信者たちにも一歩も怯むことなく神月は、
「おいおい……いい加減にしろよ。そもそもチョコを貰うだけがバレンタインってのが古臭ぇんだヨ。本当はチョコ貰った後まで期待してんだロー? そのまま付き合ったり、その先とかヨ?」
 ニヤニヤした笑みに、敢えて下世話な含みを持たせて声を掛ける。
「そ、その先……」
「そーダ、その先だヨ。分かるだロ……想像力を働かせりゃヨ」
 ニヤニヤは止まらない。
「お前たち、バカにされてるんだぞ! 良いのか、イケメンに馬鹿にされて……」
 ビルシャナの言葉で我に返った(洗脳が進んだ)信者たちが一斉に殴り掛かるも、鮮やかに捌いてゆく神月。とは言え、さすがに8人にも及ぶ攻撃を捌き続けるのは難しい。

●お前たちにチョコはない
 ちょうどそこへ割って入ったのがスルー・グスタフ(後のスルー剣帝である・e45390)と宮岸・愛純(冗談の通じない男・e41541)。
「イケメン排除か……俺には関係なさそうだが、誰かが傷つきそうと言うなら放ってはおけないな」
 一目見て仰々しい全身鎧の西欧人やら、がっちりした体格の愛純らの登場に、空気が一変。信者たちを操るビルシャナに向かい、裂帛の雄叫びが刺さる。
「結局、お前達は女性に好かれたいのか? ならば、何故護るべき女性達の事までも愚弄する?」
「な、何の事だ? 我らは女性を愚弄したことなどないぞ」
「そうは思えんな。何故なら……お前達の理屈だと、来月のホワイトデーには美しい女性たちが暴力の標的になるぞ!?」
「……あっ!」
 ――信者たちの目から、鱗が剥がれ落ちていくのが見えた気がした。
「だとすると、お前たちは女性に罵声を浴びせているようなものだ。そしてお前達は、自分に対して罵声を上げる相手に好意を抱けるか?」
 打ちのめされたように、1人……いや、2人が脱落。我に返る。
「すり替えだ。我らは正しい……騙されるな!」
「それが……そんな未来が、お前達が欲しかった世界なのか?」
 ビルシャナの指示が飛び、標的がスルーに向く。
 が、その背中合わせに愛純が立ち、信者たちの前を塞ぐ。
「大丈夫だ。半分は引き受けよう」
 短く告げると、勢いで殴りかかってきた信者に向け「敵を違えるな!」と一喝。
「いいか、何故かはわからん! わからないがイケメンのくせにリア充じゃない奴も存在するのだ! そして、逆にブサメンなのにリア充という奴もいる! 我々の敵はイケメンではない、リア充なのだ!」
「わ、我々……?」
 信者たちの足が止まる。畳み掛けるように、
「大体イケメンを殺すのでは私が殺されてしまうではないか!」
 再び信者たちが殴り掛かる。
「おのれっ、私がイケメンではないとでも? という事は、きさまらが私よりイケメンである……と? 分かった。なら、きさま等の理論では、俺様が殺してもいいのだなぁ!?」
 愛純は唇の端を釣り上げて笑みを浮かべると、手にした斧に地獄の炎を纏わせて、地面に叩きつける――轟音と共にタイルの破片が飛び散った。
 恐怖に顔を歪ませた信者たちがさらに2人ほど戦列を離れてゆく。その間に、サーヴァントのしっと魂がなのなのバリアで主を癒す。
 一方、手加減攻撃のみで防戦中心に立ち回っていたスルーの元に、人々の避難を終えた酸塊とフレイアが駆けつける。
「お前たち、おかしいと思わないか? 売り場を思い出すんだ。並んでるチョコは男よりも、女子が好むような可愛いデザインが多くなかったか?」
「えっ!?」
「イケメンにチョコを渡して告白するなら、相手に気に入られるようなものを選ぶのが当然だろ? なのに、アレだ。つまり……」
 ゴクリ。固唾を飲んで次の言葉を待つ。
「つまりチョコは女子が自分で食べてるんだ。甘くて可愛い、しかも毎年たくさん新作が出るイベントを、恋愛抜きで楽しんでる女子は多いんだぜ。だからな、イケメンを消したところで、お前たちにチョコは回ってこない! 諦めろ!」
 その腕は手加減しつつも、口は一切の容赦なく相手を突き落とす。白昼に闇が落ちたかのように沈む信者たちの間を縫って、フレイアがビルシャナの元へと駆けてゆく。
 その拳から放つは、魂を喰らう降魔の一撃。
「……あまり女を馬鹿にしてくれるなよ? 男は、顔より心の強さに決まっているだろう」

●心の強さに敬意を込めて
 倒れ込んだビルシャナに敢えて背を向け、信者たちに語り掛けるフレイア。
「さて、ここにお前達のために用意した有名ショコラティエのチョコがある。この鳥の『イケメン撲殺』なる世迷言から目を覚ますだけの心の強さを見せてくれれば……それに敬意を込めて贈るのだがな……お前達のために用意した、10年ぶりのバレンタインチョコ。無駄に、させてくれるなよ?」
 照れた様子で、視線はやや伏し目がち――女心を巧みに表現した演技。
「「「おおぉぉぉっ……!!」」」
 残った信者たちの間に歓声が上がる。2人がいち早くその餌に食い付いた。
 そして、さらに残る信者たちの前に、再び神月が立つ。
「お前らは貰うだけじゃ足りねーんだよナ」
 再びニヤニヤとした笑いを浮かべ、スーツを脱ぎ捨てる。さらにシャツの下に手を入れ、スルッとサラシを取って女であることを晒すと、
「だったら、逆チョコじゃねーカ? プレゼントして意識させる……男はやっぱ攻めてこねーとヨ!」
 固唾ではなく、今度は生唾を飲む音。
「あたしはそーゆー性質ダ。あたしなら『イイ事』たっぷりお返しシてやんゼ?」
 残る信者たちもその一言でついに堕ちる信者。急ぎ、お高いチョコを買いに走ってゆく。

●愛を知り、愛に死ね!
「おのれ、役立たずどもが!」
 再び立ち上がり、拳を振り上げて吐き捨てたビルシャナに、酸塊が電光石火の蹴りを放つ――急所にピンポイントの蹴りを。
「ソレも役に立たなくなったんじゃねーカ? なら、せめて良いもん見せてやんヨ」
 神月が放ったのは、満月の力を極限まで凝縮させたような、眩く輝く蜜色の光球。光が痛みを忘れさせ、ビルシャナの精神を幻想の中に堕としてゆく。
(「たくさんチョコを貰うユメでも見るんだナ……」)
 もぐもぐ……むしゃむしゃ……。
 羽毛の中を弄って取り出した何かを食べ始めるビルシャナ――それは、チョコと勘違いしたようかん。
 が、正気を取り戻した直後、超高速の斬撃を見舞うスルー。
「来世では、自分で努力しろ……好意を抱いて貰えるように」
 続いてフレイアの竜爪がビルシャナの羽を飛び散らせ、サーヴァントのゴルトザインが炎を浴びせた。
「そうだな。私のチョコはその時にでもくれてやろう」
 気が向けばな……とは口にしないでおく。
「おのれっ、我の邪魔をしたばっかりか、愚弄しおって……許せん!!
 拳を模った閃光――撲殺フラッシュが、奴の全身から無数に飛んだ。
「心の入らぬ拳など、効かないな」
 自身の分のみならず、酸塊の分をもその身で被るスルー。
「古臭ェ、カビの生えたような拳ジャ、届かねーナ」
 閃光の的にならなかった神月は、その間に一瞬で敵の真ん前まで詰め、魂を喰らう渾身の一撃を腹に見舞う。
 うずくまるビルシャナ。
「下ばっか見てんなよ!」
 酸塊の尾が、強烈な勢いでビルシャナの顎を跳ね上げた。
(「お前の主張……しっと戦士としては非の打ちどころもない。が、ケルベロスとしての使命は優先されねばならぬ!」)
 力を失ってゆくビルシャナを見やり、葛藤に身悶えする愛純。
 主のそれに応えるように、しっと魂の尻尾が敵に愛を注入。
「許せ、許せよッッッ……せめて、愛を知って死ねっ!」
 そしてトドメとなったのが、号泣する愛純の、炎を纏った渾身の拳。
 吹き飛び、羽を散らせながら地面に落ちてゆくビルシャナ。そこに命の灯は、既に消え去っていた……。

「終わった、終わった……」
「これも仕事だ。気にしないでくれ」
 住民たちの声に応えながら、周辺のヒールを済ませたケルベロス。だが、彼らには帰路に着く前にまだ、やるべきことがあった。
「……帰りにチョコでも見て帰るかな?」
 酸塊が言うと、神月も周辺に残っていた元信者たちに手を貸し、立ち上がらせた。
「慣れてねーけド、やってみっと楽しージャン。サ、早く行こーゼ♪ あたしへのプレゼント探シ」
「それなら、これを買った店がいい」
 そう勧めるのはフレイア。
 そう、彼女が買ったのは近くにある有名ショコラティエの高級チョコ。
 残ったチョコを頬張り、なかなか美味いぞ……と。
 ま、一般男性からすれば、少々お高いかも知れないが、見返りを期待するのであれば……多少の出費は致し方あるまい。
 ――あとは報われずにビルシャナに付け込まれる諸氏が出ないことを祈るばかりだった。

作者:千咲 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年2月11日
難度:普通
参加:5人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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