空へかける

作者:秋月諒

●ひたり、ひたり
 ーーそれは、古い骨をつなぎ合わせたかのような一体であった。己の背丈ほどある巨大な刀を肩に担ぎ、黙したままの竜牙兵へと死神は手を伸ばす。球根のような『死神の因子』を植え付けると黒衣に身を包む女性の姿をした死神は言った。
「さあ、お行きなさい。そしてグラビティ・チェインを蓄え、ケルベロスに殺されるのです」
「……」
 カチ、カチと歯を鳴らす。時計のように刻まれていた音は、やがて獣の咆哮じみた声へと変わる。
「セ、コロセコロセコロセウバエ! グラビティ・チェインヲ!」
 目深に被ったローブの奥、目を赤黒く光らせ竜牙兵は吠えた。歪む声に理性は無く、狂気さえ滲ませーー笑う。
「全テ、全テ奪イツクスノダ!」
 足を進めれば身に巻きついた鎖が揺れる。足にかかる枷を砕きーー竜牙兵は獣のように夜の街を走り出した。
「ーー……ん? 何か音?」
 公園の中を通り抜け、帰る筈だった青年は足を止める。ざ、ざと駆ける音が聞こえた気がしたのだ。ゆるり傾げた首が、もしかして、と一人の姿を思い浮かべたのは学校で喧嘩別れした彼女を思い出したからだ。
「そうだよな、俺だって謝らないとって思ってたし。ちゃんと言わなきゃ、伊織に……」
 ごめん、って。と口にする筈だった言葉が出てこない。代わりに落ちたのは、手にしてたバックと。あぁでもどうして体が浮いているのだろう。持ち上げられているのだろう。
「なん、で……」
「ロセ、ウバエ!」
 青年の腹を貫き、肩を食い破った竜牙兵が吠える。思い浮かべた大切な恋人の名前が唇から滑り落ちーー青年は、血の海に消えた。

●夜空の階段
「皆様、お集まりいただきありがとうございます。東京都内で、死神によって『死神の因子』を埋め込まれたデウスエクスが暴走しているのが分かりました」
 集まったケルベロス達に、レイリ・フォルティカロ(天藍のヘリオライダー・en0114)はそう言った。
「死神の因子を埋め込まれたデウスエクスは竜牙兵1体。数でいえばこちらの有利ではありますが、そう容易い相手で無いのも事実です」
 死神の因子を埋め込まれたデウスエクスは、大量のグラビティ・チェインを得るために、人間を虐殺しようとしているのだ。
「虐殺が起きてしまえば、この竜牙兵が大量のグラビティ・チェインを獲得し、その上死亡した場合、死神の強力な手駒になってしまう可能性があります」
 ただ、単純に討伐するだけでは済まないのだとレイリは言った。
「竜牙兵が大量のグラビティ・チェインを得るよりも早く、撃破する必要があります。皆様には急ぎ、現地に向かって頂きます」
 今から向かえば、帰宅中の人々が竜牙兵に襲撃される前に割り込むことができるだろう。
「場所は、こちらの公園になるかと。戦場としては問題のない広さです。町の人々は、駅からの帰りに近道としてこの公園を通過されることが多いようです」
 ここで最初の一人ーー青年が襲撃を受けてしまうのが分かったのだ。
「今から向かえば、襲撃の前に割り込むことが可能です。茂みの方から姿を見せるのは確かだが、急ぎ向かった所でたどり着くのは青年に襲いかかる少し前だ」
 竜牙兵の姿を確認した所で、こちらに気を引き、その間に青年を非難させた方が良いだろう。
「他に、公園を近道に使う人はいるのかな?」
 三芝・千鷲(ラディウス・en0113)の言葉にレイリは顔を上げた。
「こちらの方以外は、すぐにはいらっしゃいません。私の方からも避難は呼びかけておきますので」
 皆様は、竜牙兵の撃破をお願い致します。とレイリは言った。
「竜牙兵の武器は大ぶりの剣。古びた手枷をつけ、目深に黒いローブを被っています。その性質から、ポジションはジャマーかと」
 毒を操り、虐殺に笑う。
「それと、ひとつ。このデウスエクスを倒すと、デウスエクスの死体から彼岸花のような花が咲き、どこかへ消えてしまいます」
 死神へと回収されてしまうのだ。
「ですが、デウスエクスの残り体力に対して過剰なダメージを与えて死亡させた場合、死体は死神に回収されません」
 体内の死神の因子が、共に破壊されるからだ。
「死神の好きにさせるつもりはありません。死神の因子の破壊も、どうぞよろしくお願い致します」
 それと、とレイリは顔をあげる。
「この公園は、夜空が綺麗に見れる場所なんだそうです」
 丘の上ーー他より少し高い場所にあるからだという。公園の奥にある上り階段は、その中でも一番綺麗でつらい場所だという。
「辛いっていうのは……、階段が長いとか?」
「はい。元々は上の方に公園の管理施設があったそうなんですが、今はちょっとした倉庫があるだけで。長い上に急な階段って言われているんですが……ですが、そこだけ周りにも何も無いのでまるで夜空を上がって行くように思えるそうです」
 階段は長くて急だけれど、その分、夜空を堪能できるのだ。
「夜空の階段……、あとは天国への階段、なんて風にも言われているそうです」
「レイリちゃん知ったんだ?」
「名前であれば。私は上りきれなかったので」
 小さく首を傾げた千鷲にレイリは静かに笑って、ケルベロス達を見た。
「無事に終わったら、夜空への階段を登ってみるのはいかがですか? こう、結構きつい階段らしいですが、とっても綺麗だそうです」
 まずは、竜牙兵の撃破だ。
「死神の動きは、相変わらず不気味ではありますが……、暴走するデウスエクスの被害を食い止めましょう」
 虐殺など起こさせる訳にはいかない。
 最初の一人のーーその前に、辿りつけるのだから。
「撃破を、お願い致します」
 レイリはそう言って、ケルベロス達を見た。
「それでは行きましょう。皆様に幸運を」


参加者
イェロ・カナン(赫・e00116)
藤守・つかさ(闇夜・e00546)
キソラ・ライゼ(空の破片・e02771)
紗神・炯介(白き獣・e09948)
翡翠・風音(森と水を謳う者・e15525)
ナクラ・ベリスペレンニス(ブルーバード・e21714)
天瀬・水凪(仮晶氷獄・e44082)
ナザク・ジェイド(甘い哲学・e46641)

■リプレイ

●竜の牙
 青年にとってそれは普通の帰り道だった。いつも通りの光景。それがーー。
「ルァアア!」
 崩れる。咆哮と共に飛び出してきた異形に。ひゅ、と息を飲んだ青年が、だが、声を発することができたのはひとつ。
「生きてる間はドラゴンに奉公で死んだら死神に転売かー」
 自分と異形の前に、踏み込んできた人たちがいたからだ。
「とことん雇用主に恵まれないな……同情するぜ」
 一撃は、容赦無く異形へと叩きつけられていた。ガウン、と重い音が響く。息を飲んだ青年の張り付いた喉が漸く、言葉を紡ぐ。
「ケル、ベロス……?」
 息を飲んだ先、ゆらり身を起こした異形がーー骨が歯を鳴らす。
「ケルベロス、ケルベロス!」
 その声は怨嗟と怒りに満ちていた。恐怖で足が震えれば、骨の異形がこちらを向く。
「ひ……ッ」
「余所見してっと食いっぱぐれるヨ。だとして何ひとつやるつもりはねぇケドね」
 その視線を遮るように、一人が炎を纏う。叩きつけられた一撃が夜の公園に熱を生んだ。戸惑いと恐怖の中、立ちすくんでいた青年に声がかかる。
「安心して、直ぐに終わる」
 銀の髪を揺らす人の声が真っ直ぐに青年に届いた。
「失ってからでは遅いから後悔の無いように、ね」
「早く逃げるように」
 紫の瞳をしたひとが言う。先に頷いたのは、今が尋常ならざる事態だとよく分かったからだ。
「は、はい。分かりました」
 足を引く。駆け出す少し前、背を向けたままのひとから声がした。
「謝らなきゃと思って振り返れたんなら、きっと仲直り出来るよな」
「あ……」
「今しか言えないことがあるから。……がんばれ」
 如何してそれを知っているのだろうとか、不思議に思って良い筈だったのに。
「青年、君は彼女に言わなきゃいけない事があるんだろう? だったらここは逃げるが勝ちだぜ」
「喧嘩別れのままではお互いに寂しいですから。どうか仲直りできますように」
 どの声も、言葉もひどく真っ直ぐに届いて青年は頷いた。
「はい、絶対に……!」
 拳を握り駆け出して行く。ご無事で、なんて言葉が浮かばなくて、気をつけて、とだけ声を上げた。

●深淵殺しのルヴァ
「グラビティ・チェインヲ!」
「そこは追わせないよ」
 竜牙兵の視線を遮るようにイェロ・カナン(赫・e00116)は立つ。追いかけさせるつもりなど無い。
「星空に往きたいんだ。そこ、ちょっと退いてもらえる?」
 青年の足音を耳に、虚空の左胸に手を置く。先の加護は紡いだ。カラフルな爆炎に臆さずに拳を振り上げた彼を思い出して、イェロは小さく笑った。
「おやすみ、よい夢を」
 熱が踏み込む竜牙兵を捉えた。振るう剣が一瞬鈍りーー軸がズレる。欠け落ちた破片を目に天瀬・水凪(仮晶氷獄・e44082)は告げる。
「……何れにせよ、竜牙兵も因子も破壊せねばなるまい」
 指先から不可視の虚無球体が落ちる。空間を歪ませることも無く、だが触れたその瞬間、一撃はその球体を自覚させる。
「ル、ァアア!?」
 衝撃に身を揺らした竜牙兵がぐん、と赤黒い瞳を水凪へと向けた。来る、とそう思った瞬間、敵の振るう剣が闇を纏う。
「あれはーー」
「黒の波動」
 冷静に告げたのは紗神・炯介(白き獣・e09948)であった。ザン、と空を切り裂く音と共に黒の波動が前衛陣に叩き込まれる。は、と落ちた息を耳に翡翠・風音(森と水を謳う者・e15525)は回復を告げた。
「回復します。シャティレも回復を」
 紙兵を空に回せ、風音は回復を紡ぐ。応じた小竜が残る列に耐性を紡いでいく。淡い光の中を、ナザク・ジェイド(甘い哲学・e46641)は顔を上げる。
「―――【堕ちる】手助けをしてやろうか?」
 夜空を背に、ナザクは告げる。『歪み』の呪いを込めたビートを竜牙兵へと叩き込めば、小さく骨の軋む音がした。
「死神の手法は感心出来ない。必ず食い止めよう」
「グルァア……!」
 竜牙兵の咆哮が、響きわたった。ざ、と土を踏む蹴る音が響き、一足で踏み込んだ死者が大剣を構えーー。
「じっと、していて」
 来る、筈だった。だが、その声に竜牙兵が戸惑うように足を止める。ーー否、その足は地面に縫い付けられていた。振り下ろす筈の腕が空で止まり、地面を踏みしめる筈の足が動かない。
「ナ!?」
 驚愕を見せた竜牙兵を炯介は見据える。顕現したのは幻惑の黒き荊棘。術者の内より溢れ零れた汚泥は荊棘となって古い骨に絡みつきーー割る。
「グル、ァアア!?」
 欠け落ちた破片に、衝撃に竜牙兵が暴れるように身を振るった。
「……」
 可哀想は心に籠めず、淡々と炯介は手に武器を落とす。傀儡化には戦う者として僅かな同情を覚えないことは無かった。だからこそ、炯介は矛先を誤らない。静かな怒りは死神へ。金の瞳は、冷静に敵を見据えていた。

●竜の牙
 夜の公園に剣戟が響き渡る。火花を飛び越え、ガウン、キソラ・ライゼ(空の破片・e02771)は前に出る。一撃で赤く染まった腕をそのままに、振り下ろされた刃の上を蹴ってーー行く。
「吹き遊べ、」
 瞬間、風が生まれた。音もなくーーだが視得ぬ間に生じた斬撃に、竜牙兵は知る。
「ル、ァアア!?」
 一撃が、己へと届いたのだと。
「ケル、ベロスガァアア!」
 ぐらり、身を揺らす。咆哮と共に跳ね上げられた刃の軌道をキソラは避ける。よっと、と空に飛ばした体ひとつ、目の端に青年が敷地の外へと出ていったのが見える。
「避難完了、だな」
「なら後はーー終わらせるだけだ」
 白縹、とイェロは呼ぶ。とん、と踵を鳴らし、回復を紡ぐイェロの横、白縹は炎を放つ。青白い光に一瞬、夜の戦場が煌めいた。
「グラビティチェインヲ……!」
 剣戟と火花を散らし、戦場は熱を帯びていく。流す血を、痛みを置いて。一撃、一撃と敵の動きを捉えて穿つ。この戦い、慎重になるには理由がある。
 死神の因子。ただ倒すだけではそれが芽吹いてしまう。
「死しても尚、欲しがる……そこには矜持も何もない」
 相変わらず、矜持を弄ぶか。
 た、と軽く、だが飛ぶように藤守・つかさ(闇夜・e00546)は前に出た。接近を嫌うように竜牙兵が剣を構える。ーーだが。
「だから、終わらせてやるよ、何度だって。俺達が」
 穿つ、つかさの一撃の方が早い。死者の衣を引き裂き、骨へと触れれば雷光が生じる。
「ル、ァアア!?」
 穿つ槍の一撃が竜牙兵に落ちた。三芝、とかかる声に三芝・千鷲(ラディウス・en0113)は頷く。
「仰せのままに」
 爆炎の向こう、竜牙兵は吠えた。鈍く響く声に風音は息を吸う。
「……後、少し」
 回復を紡ぎながら風音は息を吸った。
 敵の動きが鈍くなってきているのだ。攻撃は十分、届いている。こちらとて無傷では無いがーー動ける。回復も間に合っている。
 全ては死神の因子を砕き、倒しきる為。
「届かない、ってね」
 ニーカ、とナクラ・ベリスペレンニス(ブルーバード・e21714)が呼ぶ。己の身は空に。宙空より流星の煌めきと共に男は落ちる。叩き込んだ蹴りにギ、と軋む音が聞く。ぐん、とこちらを向いた竜牙兵にナクラに続き、間合いへとキソラが踏み込む。
「余所見は勧めねぇヨ」
 キソラの蹴りが落ちる。ひゅん、と鋭く落としたそれに、その感触に成る程、とキソラは声を落とす。
「やっぱり理力に弱そうだ」
「そうか。ならば」
 水凪が息を吸う。指先に力を集中させる。最後の一撃。担う娘へと、イェロが、ナザクが癒しを送る。炯介は前衛へと精度を届けーー敵の動きを見る。
「ケル、ベロス……!」
 止める気か。水凪を狙い、踏み込んだ竜牙兵に、だがナザクが踏み込む。ガウン、と一撃受け止め払いあげれば砂が舞う。た、とすぐに真横へ飛んだのは向かう一撃を知っていたから。
「来たりて穿て、蒼き雷光」
 開いた軸線を視界に、つかさは手を伸ばす。一撃は癒しのために。加護を紡ぎ渡す為に。さわさわと黒髪が揺れ、手の中、生じたのは青白い光。己のグラビティを紡ぎ変えた光ーー蒼き雷光を水凪へと届けた。
「宜しく」
「ーーあぁ。これで」
 指先より零すは不可視の虚無球体。空を震わせることさえ無く、届いた強大な一撃が竜牙兵をーー砕いた。
「ル、グ、ァアア……!」
 骨が爆ぜる。手にしていた大剣が落ち、絡みついていた黒衣が焼け落ちる。バキリ、と死神の因子が砕け、一瞬見えた炎は崩れ落ちる竜牙兵に飲まれーー消えた。

●天国への階段
 冷えた空気が、空に抜けた。死者の咆哮が果てれば夜の街に静けさが返ってきていた。漸く、落ち着いて空を見上げれば満天の星空がヒールを終えたケルベロス達を出迎える。辿り着いた先、長く続く階段は薄闇の向こう空へと延びている。
「天国への階段、か。正直疲れることは苦手なんだがたまにはいいだろう」
 ナザクの見上げた階段は、薄闇の奥、上へと只管に向かっていた。折角だからと、一行はそれぞれ思うがままのペースで階段を上がって行く。見送り、時に先を行きながら夜空に上がるという言葉が似合いの角度に、少しずつだが息が乱れる。肩を揺らす程では無いのだがーー。
「いや、その、これは……戦闘よりきついな……」
 足を止めれば薄闇に消えて行く階段と、夜空と月明かりを受けた上りの道筋が見える。
「ああでも、本当に綺麗な夜空だ」
 最後の一段を上りきった先、ナザクの目の前に広がったのはどこまでも続く夜の空。街の灯りは遠く、深い藍色の空と星だけが煌めく。
「まだまだこんな場所が残っているんだな」
 銀の髪が靡くのをそのままに、夜の空を見る。
「先ほどの学生も、この光景を彼女と見たら仲直りも容易いんじゃないか」
 階段はほら、若いから平気だろ、多分。
 長い道のり、話だって盛り上がるかもしれない。
 勝ったら肉まんだとそう言って、駆け出せば急な階段で追いかけっこだ。先を行くキソラを段飛ばしでかけ上げれば、急速に近づく夜の空。た、と最後の一段で腕をギリギリ伸ばす。
「っわ」
 服の背中をひっつかまえて、引っ張れば二人近づくのは空より地面で。縺れ込むように転げ落ちれば、背中をぶつけたサイガの横、真正面から転びかけてついたキソラの手と。果たして先についたのはどちらであったか。
「あーしんど。肉まん喉通らんわ」
 砂まみれで転がり込めば、夜の空、星が遠い。駆け上がった所為で、僅か、息をあげるサイガの声を耳に、キソラは顔をあげる。
「……」
 見上げれば視界占める星空にまだ登れそうな錯覚。
「遠いな、空は」
 ふと、そんな言葉が零れ落ちた。薄く開いた唇は笑みを描くか、それとも息をつくのか。空色の瞳はほんの僅か、遠くを見るように細められーー。
「ーー」
 どごす、と一発横から入った衝撃に見開かれた。
「――って、痛ぇ! ぐーで殴るか!?」
「百年後の楽しみにしてろ」
 その声は、空には届かないがキソラには届く。さっさと上体を持ち上げたサイガに、返す拳は空を切る。別にいいのだ。当てる気もーーまぁ、無かったのだから。

「……なんとなく、故郷を思い出すな」
 落とした息が白く染まった。漆黒の外套が風に揺れる。のんびりと上がりきった階段、その先に広がる果ての夜空。少しずつ、開けていった夜の空につかさが感じたのは懐かしさであった。
(「ひたすらに階段で、上り切ると絶景っていう感じが。娯楽施設一つない田舎だから、星空も綺麗だし」)
 空を見上げずとも、夜空は傍にある。星空に佇むような気分は周りに高い建物が何も無いからだろう。階段を上がり辿り着いたこの場所は、周囲の住宅街よりも高く、その光も遠い。
「こことどっちが綺麗か、なんて比べる意味もないんだけど」
 ふ、と息を零す。漆黒の瞳を細め、そういえば、と思い出したように声を上げた。
「そう言えば三芝、大丈夫か?」
「ん? 眼鏡のことかな?」
 階段だったら、この程度なら問題なく、と千鷲は静かに笑う。

「ここは少し寒いですが…星がとても綺麗に見えますね」
 寒さは、少し苦手だった。揺れる外套を引き寄せて、ほう、と風音は息をつく。白く染まる吐息にシャティレが翼を寄せた。満天の星空に向かう道を、少しずつと風音は進んでいく。
「こんなに綺麗な階段があるとは思わなかった」
 白く染まった吐息が風に揺れ消える。足を止めれば、周りにあるのは夜の空だけだ。月明かりの差し込む階段に、一面の星空。
(「天国への階段……家族はこんな道を歩いたのだろうか」)
 故郷の森。失った家族。
 薄く開いた唇は、今は、と進む足と共に言葉を作る。
「今は尊い数多の命を護る為に、まだ階段は上れない」
 するり、とシャティレが風音の頬に触れる。とん、と最後の一歩、登りきった先広がる夜の空を眺め穏やかにーー何処か、遠くに告げるように風音は言った。
「それに、相棒もいますから」
 ひゅう、と風が吹く。夜の空から降りた風が、そっと頬を撫でていった。

 天国の階段を登ったら、空まで行けるのだろうか。
 街並みを見送り、その灯りさえ遠くなれば夜空の星の方が近い。
「都会の空に星を求めても、街灯にぼやけてしまってたな」
 ふ、とイェロは息をつく。
 今日の星は、一段とよく見える。
「……なぁ、白縹。故郷が恋しいか?」
「……」
 ツン、と澄ました硝子の小竜が視線を向ける事は無かった。主人とは不仲な小竜は瞳を空へと向けたまま、揺れる尾だけがイェロの目に映る。
「俺も時々、思い出すことがある」
 吐息、一つ零すようにしてイェロは紡ぐ。或る夜の日、出会った子竜に。
「でもさ、この星も悪くないだろ」
 ひゅう、と風が抜けた。夜に慣れた瞳が、星々の煌めきを捉える。
「好きになって、生きて欲しいって思ったことだけは。自分で選んで望んだことだから、後悔してねぇよ」
 手の中の星座盤を弄んだあと、イェロは己の鼓動の上に、掌を重ねた。

「今夜はいい天気だ。風もまだ冷たいけど、全部吹き流してくれるみたいで気持ちがいい」
 ニーカを懐に抱えながら、ナクラは階段を上がっていく。少しずつ街並みが遠ざかれば、夜の空が近づいてくる。他に建物もーー木々も無いからだろう。夜空、一面の星空に出迎えられながら長く急な階段をナクラは上がっていく。
「本当に天国に手が届くかもなって気がするぜ」
 見上げずとも夜空はそこにあった。夜の空の真ん中に立つような光景に、最後の一段を登り切ってナクラは笑みを零す。
「千鷲はどうだ? 天国ってあると思う?」
「……どうだろうな。何せ、行ったこと無いしね」
 少しばかりの間の後に、軽く笑った千鷲に「まぁ」とナクラは息を零す。
「有っても無くても、別れがあれば出会いも再会もある」
 吐息が白く染まる。靡く髪の向こう、煌めいた星に小さく笑った。
「いつどこかは解らないけど、そう思ってた方が土産話するのに張り合いあるだろ?」
「そうか……。確かにそうかもしれないね」
 土産話か、と小さく千鷲は息を零した。

「天国への階段、か。そういや昔、そんなタイトルの曲をよく聴いていました」
 何処か哀しげな唄なんですよ、と絃は懐かしげに眦を細めた。
「……いつか共に、その歌を聴いてみたい」
 そう言った水凪が手を伸ばし、指先が重なる。空を往けば早いのかもしれぬが、と落ちた声に絃は微笑んだ。
「互いに翼は持ち合わせているけれど。足で踏み締め昇る道はきっとまた違うのでしょうね」
 きゅ、と彼女の手を握り、階段を歩む。ふいに視線を感じて隣を見遣れば、眼差しが通う。小さく微笑んで、歩を進めて行けば満天の星空が二人を出迎えた。見渡す限りの夜の空。地に足をついたまま、見上げた夜空に水凪は小さく、息を飲んだ。
「ーー」
 言葉を、失う。
 こんな風に星を眺めたことはあっただろうか。
「……綺麗ですね、とても。まるで此処が現実じゃないような、そんな心地だ」
 吐息を零すように紡がれた絃の言葉に、思わず繋いだ手を強く握り返す。
「……絃と共に在ればこそだ」
 寒さの中、繋がる温もりが何より心地よい。
 紡ぐ吐息が互いに白く染まる。夜の風に攫われ、星々の中に消えて行く。強く、握り返された手に、絃は薄く唇を開いた。
「連れて来てくれてありがとう、水凪」
 囁くように告げて、彼女を見る。靡く青銀の髪を。勿忘草の瞳を見つけて。その奥に己の緑を見て絃は言った。
「宝石のような貴女には、こんな煌く夜の天蓋がよく似合います」

 冷えた夜の風が、銀の髪を揺らしていた。落ちる息を白く染めながら炯介は独り静かに階段を上がっていく。
「……」
 息が上がることは無かった。体力はある。ふいに、ひゅう、と音がした。銀糸の奥、冷えた金の瞳を炯介は緩めた。雲が、無い。
(「天国を、見てみたい」)
 一段、一段と階段を上がって行く。周囲の木々も、とうの昔に追い越してひゅう、と吹き抜ける風が空の雲だけを散らして行く。最後の一段、上りきれば夜の空だけが炯介の周りにあった。
「……」
 一面の夜の空。煌めく星たち。町の灯りも遠くなれば、満天の夜空にひとり、佇んでいるかのようだ。
(「各種事件を見てみれば、あの世はどうやらあるらしい」)
 青みがかった銀の髪が、夜の藍に触れる。見上げた先、薄く炯介は口を開く。
「あなたと、あなたの大切な人には指一本触れさせないから」
 今は亡き最愛の人の安息を願う。
「……安心して」
 想いと、心を、空へと届けるように。
 告げた願いが風に乗った。夜の空へと駆け上がる。満天の星空に囲まれながら、遠く、瞬いた星の光に零す吐息が白く、染まった。

作者:秋月諒 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年2月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 3
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