園児と豆と罪人エインヘリアル

作者:砂浦俊一


「鬼はー外ぉー」
「おにはーそとー」
「福はー内ぃー」
「ふくはーうちー」
 埼玉県某所にある保育園、今日は節分の行事だった。保育士の声に続いて、園児たちも可愛らしい声を上げながら、枡に入った豆をまいている。
 と、そこへ。
 空から降ってきた巨大な何かが保育園のグラウンドに落ちてきた。その衝撃に保育園の建物の他、周辺の住宅も大きく揺れる。落ちてきたのは赤銅色の鎧に身を包み、2本の角が屹立する兜をかぶったエインヘリアルだった。
「かーっ、やっぱシャバの空気は旨ぇな! また大暴れできるなんて夢にも思わなかっ……あァん? おめえら、何やってんだ?」
 豆のように丸くなったエインヘリアルの目が見たのは、凍りついたように呆然としている保育士たちや園児たちの姿と、その手からこぼれていく節分の豆。
「何だそりゃ? 豆か? そういやおめえらも豆粒みてえにちっこいな……って、よく見りゃガキばかりじゃねえか! マジかよ! ヤベーじゃん! なにせ俺は戦うこと以上に、無抵抗の女子どもをぶっ殺すのが大好きなんだぜ!」
 残忍な笑みを浮かべたエインヘリアルは巨大な剣を引き抜き、大きく振り上げる。
「み、みんな、早く逃げて!」
 保育士たちは園児たちを逃がそうとするものの、ほとんどの子が恐怖で泣き出してしまっている。
「ぶっ潰れろォ! 血と肉を撒き散らせェ!」
 そこへ保育園の建物ごと薙ぎ払うかのように、エインヘリアルの剣が叩き込まれた。


「香月・渚(群青聖女・e35380)さんからの情報提供により、過去にアスガルドで重罪を犯した凶悪犯罪者のエインヘリアルが戦力化され、送り込まれてくることが判明しました。この罪人エインヘリアルは、『戦うこと以上に、無抵抗の女子どもを殺すが好き』という残忍かつ危険極まりない性格です。おそらくアスガルド側は人の多そうな住宅街を狙って送り込んだのでしょうが、そこには保育園があった……これは最悪の組み合わせですね」
 シャドウエルフのヘリオライダー、セリカ・リュミエールの話に、ケルベロスたちは耳を傾けていた。
 園児であろうと虐殺するエインヘリアルに、ケルベロスたちは憤りと不快感を隠せない。
「出現日時は2月3日の午前11時、出現場所はこちらになります」
 セリカの背後の液晶モニタに、現地の写真や地図が映し出される。
 確かに現地の保育園は住宅街のど真ん中にある。戦闘の状況によっては保育園の敷地内だけでなく、周辺の住宅にも被害が及ぶだろう。
「敵は1体のみですがアスガルド側も手を焼く凶悪犯、油断は禁物です。ゾディアックソードによるゾディアックブレイクを好んで使い、脳筋思考のため最後まで撤退せずに戦いを挑んでくる特徴があります。それと一般人の避難ですが、小さなお子さんが多いので避難誘導には時間がかかるかもしれません」
 園児たちの避難だけでなく、周辺の住宅の住人たちもまとめて避難させる必要があるだろう。また園児たちが避難の途中ではぐれて迷子にならないよう留意しなければならない。
 敵の注意を引く者、避難誘導する者、どのように分担するかケルベロスたちは思案する。
「幼い園児たちの未来は護らねばなりません。残忍極まりないエインヘリアルの討伐、どうかよろしくお願いします」
 セリカに見送られ、ケルベロスたちは罪人エインヘリアル討伐に出発する。


参加者
ジョルディ・クレイグ(黒影の重騎士・e00466)
シルディ・ガード(平和への祈り・e05020)
春花・春撫(プチ歴女系アイドル・e09155)
玄梛・ユウマ(燻る篝火・e09497)
天司・桜子(桜花絢爛・e20368)
エメラルド・アルカディア(雷鳴の戦士・e24441)
香月・渚(群青聖女・e35380)
如月・沙耶(青薔薇の誓い・e67384)

■リプレイ


 エインヘリアルの出現に、園児たちや保育士たちは凍りついたように動けない。手からは投げようとしていた節分の豆がこぼれ落ちていく。
「何だそりゃ? 豆か? そういやおまえらも豆粒みてえにちっこいな……って、よく見りゃガキばかりじゃねえか! マジかよ! ヤベーじゃん! なにせ俺は――」
 エインヘアルが残忍な笑みを浮かべたその時、上空から幾重もの光条が降り注いだ。
「なんだァ!」
 後方へ退いたエインヘリアルは空を仰ぎ見る。視線の先には、ヘリオンから降下してくるケルベロスたちの姿。
「我が嘴と刃を以て……貴様を破断する!」
 上空から牽制の射撃を行ったのはジョルディ・クレイグ(黒影の重騎士・e00466)。
 着地した彼は斧をぶんと振り回して敵に向ける。
「邪魔ァしやがったのはテメェか、このガラクタぁ!」
「避けたのは怖いからか? ビビッてないで来いよクズ野郎!」
 両者、密着するほどに肉迫。ガンの飛ばし合い、メンチの切り合いになる。
「みんな、ここは危ないから避難してね! 悪い鬼さんは、わたしたちがやっつけちゃうから!」
 春花・春撫(プチ歴女系アイドル・e09155)は、颯爽とポーズを決めて今にも泣き出しそうな園児たちを勇気づける。それはヒーローショーのヒーロー登場シーンを思わせた。最もこれはショーではないから園児たちを避難させる必要がある。凛とした風を用いつつ、彼女は保育士たちへとウィンク。呆然自失状態だった保育士たちも我に返り、急ぎ園児たちの避難誘導を始める。
「園児まで襲う……なんて卑怯なエインヘリアルだろう。絶対に負けられないよね、ドラちゃん」
 侮蔑の眼差しでエインヘリアルを見る香月・渚(群青聖女・e35380)の脇では、相棒のボクスドラゴンも怒りの唸り声を上げる。この脇を、鉄塊剣を背負った玄梛・ユウマ(燻る篝火・e09497)が駆け抜けていく。
「時間稼ぎ、頼みます!」
 彼の担当は現場周辺の民家の住人たちの避難誘導。近隣の住人もこの騒ぎに気づいているだろう、迅速かつ安全に避難させねばならない。その際にパニックが起きないように彼はスタイリッシュモードを使う。
「私たちはケルベロスだよー。早く、自分の家に戻って、戸締りとかをしっかりしておいてね」
 同じく近隣の避難を担当する天司・桜子(桜花絢爛・e20368)は、何事かと窓や玄関から姿を見せた住民たちに声をかけていく。
「みんな~気を付けてね~。鬼さんが来たので安全なところに逃げるよ~。ケルベロスのおにーさんやおねーさんが守ってくれるからね~。ゆっくりで大丈夫だからね~」
「ええ、皆さんには指一本触れさせませんわ」
 シロクロパンダの着ぐるみを着用するシルディ・ガード(平和への祈り・e05020)は動けない園児と手を繋いで避難誘導。足止めを担当する如月・沙耶(青薔薇の誓い・e67384)は避難経路に立ち敵を見据えた。万一の際は、彼女は体を盾にして園児たちを庇う構えだ。
 と、そこで1人の園児が避難の途中で転んでしまった。
 膝を擦り剥いた園児は大粒の涙をこぼして泣きそうになるが、エメラルド・アルカディア(雷鳴の戦士・e24441)が光の翼を用いて降り立つ。
「大丈夫。私たちが絶対に助けるから」
 園児を抱きしめて泣き止ませると、彼女は再び飛び立ち避難先へと向かう。
 エメラルドは背中越しに金属と金属の激突する音を聞いた。
 足止め班とエインヘリアルの戦いが始まったようだ。


 園児たちや保育士たち、逃げてきた近隣の住人で、避難先の公園はごった返していた。
 保育士たちは園児が全て揃っているか人数を数えている。
 迷子がいたら捜索にケルベロスたちも手伝わねばならず、戦場に戻るのはその後。この間にも足止め班とエインヘリアルの戦いは続いている。
 戦況が気になるケルベロスたちは、焦れる。
「大丈夫です、全員、揃っています!」
 1人も欠けていないことに、保育士が安堵の息を漏らす。
 これで戦場に戻れる――そこへ、保育士の制止を振り切った数人の園児がケルベロスたちのもとへ駆けてきた。
「ぼくも、おにさんやっつける!」
「まめをぶつけて、おいはらう!」
 小さな手に豆を握り締める彼らの姿に、ケルベロスたちは胸を打たれる思いだった。
「ありがとう、お兄さんたちは勇気百倍だよ!」
 子ども好きのシルディは彼らの頭を撫でてやる。
「危ないから、先生たちと待っていてね? いい子にできたら、あとで一緒に豆まきしようねっ。先生がた、あとはよろしくお願いしますね」
「君たちの代わりに、この豆を持っていくよ」
 戦場へ園児たちを連れては行けない。春撫は慌てて追いかけてきた保育士に後のことを任せ、ユウキは園児から預かった豆を懐に忍ばせた。
 勇気づけるはずが、こちらが勇気づけられた。
 もう負ける気がしない。
 足止め班と合流するべく、避難誘導班は保育園へ急行する。
 一方、戦場と化した保育園では足止め班とエインヘリアルの激闘が繰り広げられていた。熾烈を極める戦闘により既に保育園の建物は半壊。敵の猛攻から味方を守る盾となったジョルディは半壊した建物まで吹っ飛ばされた。瓦礫が頭上から降り注ぐが、彼はこれを払いのけて立ち上がる。
「チッ、頑丈な野郎だ」
「この装甲、容易く破れると思うな!」
 そしてデストロイブレイドで毒づく敵へと反撃に出た。勇ましい言葉とは裏腹にジョルディの外装には夥しい傷、一部は内部にまで達している。
「ドラちゃん、回復をお願い!」
「無垢な命を奪おうとする罪人、その無軌道で理不尽な暴力は止めさせて貰いますっ」
 相棒に回復役を任せた渚は敵へとスターゲイザー、沙耶は轟龍砲で足止めを狙う。
 しかし、やはり3人では火力が足りず時間稼ぎにしかならない――だが、その時間は充分に稼いだ。
「ぶった切る!」
 斧を振り上げるエインヘリアル。
 その眼前に、駆け付けた春撫の放ったグラインドファイアが壁のように燃え上がる。
「まずは、その動きを封じさせてもらうよ!」
 この炎の壁を桜子とユウマが突き抜け、呼吸を合わせた蹴りを敵の胴へとブチ込む。
 シルディは敵の動きが止まった隙に、仲間たちへメタリックバーストを飛ばす。
「物足りねえと思ってたんだ。元気が出るぜェ!」
 全員揃ったケルベロスたちを見渡すエインヘリアルは怯むどころか嬉々とした顔になり、気合いを入れるようにその頬を両手で叩いた。
「今日は邪気を払う日なのだ。鬼には即刻、退場願おう」
 エメラルドは雷鳴流勇者選定術で前衛に盾を付与。
 戦闘は、ここからが本番だ。


 ケルベロスたちは敵を包囲、相互に連携した攻撃で相手に休ませる暇を与えない。
 だがエインヘリアルの剛腕から繰り出される一撃は脅威、掠めただけでも痺れるような痛みが体を走る。直撃したならば深手は免れない。
「ぶっ潰れろ、ちっこいのォ!」
 包囲に手を焼くエインヘリアルはシルディへ狙いを絞り、突破を試みる。
「重騎士の本分は守りにあり!」
 咄嗟にカバーに入ったジョルディは盾に斧と剣を重ね、敵の一撃を防ぐ。
「そっちこそウドの大木じゃんっ」
 言い返すシルディは後衛へブレイブマインをかけた。
 直後に渚が敵の下半身へグラインドファイアを放ち、これに呼応して沙耶が上半身へと時空凍結弾。
「火責め氷責めだよっ」
「罪を背負ったままで逝きなさいっ」
 氷と炎に敵が苦しんでいる間に、エメラルドがライトニングウォールを展開。相手は並外れた体力のエインヘリアル、こちらも防御を固めておきたい。
「包囲網は破らせない。悪鬼にはこの場で果ててもらう」
「番犬風情が……小賢しいンだよォ!」
 顔の右半分に氷を付着させたまま、エインヘリアルが攻撃態勢に入る。
 だが死角となった右から、春撫がバトルオーラで覆った拳を叩きつけた。
「鬼の角、貰ったよ!」
 脳の揺れたエインヘリアルの上体はぐらつき、二本の角が生えた兜も吹っ飛ぶ。
「必殺のエネルギー光線だよ、その身を焼き尽くしてあげる!」
 桜子が追撃のコアブラスターを放った直後、ユウマは鉄塊剣で丸太のようなエインヘリアルの脚を打つ。そして前屈みになった敵の鳩尾めがけて――。
「鬼はー外ぉ!」
 園児から預かった豆を握り締めた拳が打ちこまれた。
「ぐふぉ!」
 この一撃は鎧を破り、胴体深くめり込む。
 上体を仰け反らせたエインヘリアルは空へと盛大に吐瀉物を撒き散らす。ケルベロスたちは身を引いて避けたが、向こうは自らの吐瀉物まみれとなった。


「ゼェゼェ……っざけやがって」
 全身、火傷と吐瀉物だらけのエインヘリアルが喘ぐ。
「タダじゃやられねえぞ……1人ぐれえは道連れにしてやらァ!」
 焦げた肌と吐瀉物、二つの臭気が混ざり合い周囲に悪臭を漂わせるエインヘリアルが、斧を頭上へと掲げる。着実にダメージは与えているはずだが、威嚇するように振られた斧はまだ勢いを残していた。
 ひとつ覚えのように、エインヘリアルは突進をかける。
「道連れ? 卑怯な上に、性根の腐ったやつだね」
 道連れにされてはたまらない。渚はドラちゃんと共に迫りくる敵をはね除け、春撫が戦打楽でめった打ちにする。
「えっへへ、わたしのビート、たくさん感じていってね!」
「いっくよー、桜の花々よ、紅き炎となりて、かの者を焼き尽くせ!」
 無数の打撃乱舞技に黒焦げの鎧は弾け飛び、半裸となった相手へ桜子の放つ紅蓮桜。エインヘリアルの全身が炎に包まれる。
「黒焦げになろうと……止まるかよォ! 止められるモンなら止めてみろォ!」
 その言葉通り、炎に身を焦がしながらもエインヘリアルは斧を振り上げた。
「貴方の運命は……皇帝の権限にて、命じます!『止まれ』」
「おひさまぽかぽかこんな時は猫さんも絶好調~!」
 沙耶の運命の導き『皇帝』は敵の挙動を、シルディの大地の眠り猫さんは敵の武器を封じる。エインヘリアルの体は硬直し、もはや指一本すら動かせなくなる。
「生焼けでは済みませんよ……!」
 ユウマのブレイズバーナー。片手で拘束、もう片方の手から放たれる巨大な火柱で標的を包み込む大技。ユウマが片手の拘束を解くと、エインヘリアルの巨体は火柱によって空高く打ち上げられる。
「これで決めてくださいっ」
「応よ! エネルギーチャンバー頭部接続! 視線誘導ロック完了!」
 エメラルドからのエレキブーストを受け、ジョルディの全エネルギーが右目に送られる。
「喰らえ! 全てを貫く魔眼の一撃……節分故に、鬼は外……この世の外へ消えるが良い!」
 落下してきたエインヘリアルへと必殺の光線が放出される。圧縮された高エネルギーは光の柱となって天へ立ち昇り、その光条の中でエインヘリアルは消滅していく。
 光の柱が消えた時、エインヘリアルもまた塵ひとつ残さず消えていた。
 鬼は外。
 悪鬼はこの世の外へと放逐した。

「さぁ、街のヒールをしようね。ヒールするまでが仕事だよー」
「さすがに被害が大きいね……周辺の民家にも被害が出てるし、住人を避難させて正解だったよ」
 戦闘も終わり、仲間の手当ても一段落したところで桜子と渚はヒール作業に入る。
「ヒールはファンタジックな要素が付け足されてしまうので、微妙ですかね?」
「保育園は問題ないだろう。周辺の住宅は……まあ仕方がない」
 ヒールの進行を見ながら沙耶は首を傾げ、エメラルドは嘆息する。住人に死傷者が出なかったことで良しとするしかない。
 そこへ避難していた園児たちと保育士一同が戻ってきた。
「みんな、お帰り! 約束通り、みんなで豆まきをしよっか」
 春撫の提案に園児たちが歓声を上げる。
 園児たちに豆の入った枡が配られていき、さて鬼役となるのは。
「よし、自分とユウマ殿が鬼役を引き受ける」
「じ、自分もですか! うまく演じられるかなぁ……」
「がおー! 喰っちまうぞ~!」
 ジョルディは頭部の鴉型飾りを一本角に見立て、戦闘も終わって元来の気弱さを見せるユウマは慌てふためきつつも鬼の面を被る。
「今度の鬼さんはみんなで豆をまいておいかえそー!」
 シルディが合図し、園児たちが一斉に鬼役の2人へ豆を撒く。
「おにはーそとー」
「ふくはーうちー」
「ひえー! 降参降参!」
 2月3日、節分。
 保育園に園児たちの愛らしい声とケルベロスたちの声が響き渡った。

作者:砂浦俊一 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年2月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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