死神は友の仮面

作者:MILLA

●悲しき友との再会
 妖しく輝く満月がぬらりと放つ光は、血が滴るようでもあった。
「見つけたよ、今度こそ君を……」
 銀髪を靡かせた死神が塔の上で笑う。
 
「やれやれ、ずいぶんと遅くなっちまったな」
 マルコ・ネイス(赤猫・e23667)は帰途を急ぐ。
 さらさらと小石を研ぐように流れる小川。その上に架かる橋の半ばほどまで来たとき――。
 ザンッ!!
 飛来した鋭い一閃をかろうじて躱す。
「誰だ!」
 敵の匂いが漂う。死の匂いだ。
 その者は、静かに欄干の上に舞い降りた。
 月明かりに靡く銀髪、その根を分けるように突き立つ獣の耳。
 マルコは目を見開いた。
「ルカ……」
 鎌を手にするその者は、嬉しそうに微笑む。
「いや、死神か……」
 かつてマルコの親友ルカ・トールであった者……。
 その肉体を奪いし者……。
「迎えに来たよ。今度こそ、君の魂を連れて行こう」
 死神は告げた。
「てめぇはルカの仇だ。ぶち殺してやる……!」
 マルコの髪が燃えるように逆立った。

●予知
「マルコさんが、死神の襲撃を受けることが予知されました。急いで連絡を取ろうとしたのですが、連絡をつけることが出来ません。一刻の猶予もありません。マルコさんに危害が及ばないよう、手伝ってあげてください」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が急遽集まってくれたケルベロス達に説明を始めた。
「夜の川原での襲撃になります。よって人払いは必要ありません。敵を打ち倒すことに集中してください。襲撃者の死神についての詳細は不明で、手の内も読めませんが、鎌を武器に、無数の死霊を操って攻撃してきそうです。十分に注意してください」
 セリカは胸の前で拳を固めた。
「マルコさんを危機にさらすわけにはいきません。どうかマルコさんの力になってあげてください!」


参加者
マルコ・ネイス(赤猫・e23667)
美津羽・光流(水妖・e29827)
ジュスティシア・ファーレル(エルフの砲撃騎士・e63719)
アルベルト・ディートリヒ(昼行灯と呼ばれて・e65950)

■リプレイ

●彼を殺しに来る親友
 月を背に佇む死神は、残酷な笑みを浮かべ、マルコ・ネイス(赤猫・e23667)を見下ろしていた。
「ついに見つけたぜ……てめえを倒す事が一番の目的だったんだ……! 今日こそルカや 仲間たちの仇をとり、てめえがサルベージしたルカの体を在るべき所へ返してやる!!」
 マルコは髪を逆立て、死神ガザムに飛び掛かる。だが、軽くいなされ、鎌の一振りによって吹き飛ばされた。力量の差は明らかだった。一人で太刀打ちできる相手ではない。
「哀れだな、力無き者よ」
 蔑むようにマルコを見下す死神。
 マルコはよろよろと立ち上がり、唇をかんだ。
「その顔で俺を見るんじゃねええええええ!!」
「吼えるだけか? 見苦しいな」
「うるせえ!!」
 反撃に移ろうとするも、空間を自在に出入りするかのような死神の動きを捉えることすらできない。
「ちくしょう……」
「これ以上醜態を晒させるのも気の毒というもの。一思いにその命刈り取ってやるのも優しさか。かつての友の手で葬られるのだ、悔いはなかろう」
「てめえ……! 俺達を襲撃してきた時に言いやがったよな……? ルカの体が欲しくて俺たちを襲撃したってよ……んな事の為に俺の仲間やルカを殺したってのか……?」
「価値観の相違に過ぎないな。私にとっては、この体は何に代えても奪うに値するものに思えた。光栄だろう? 貴様らの肉体にそれほどの価値が見いだされることは?」
 マルコは血がにじむほど強く奥歯を噛んだ。
「許さねえぞ……てめえだけは許さねえ!!」
 死神に殴りかかるが、結果は同じ、反撃を受けて地に転がる。
「ちくしょう……ちくしょう」
 マルコの頭上高くに死神の鎌が振り上げられた。
「これ以上見苦しくもがくのを見ているのもつらい。いっそ一思いに。さようなら、友よ」
 鎌がマルコの命を刈り取ろうと振り下ろされた刹那、螺旋手裏剣が飛来、逸早く察した死神は身を引く。
 美津羽・光流(水妖・e29827)の投げた螺旋手裏剣だった。
「事情はセリカ先輩にざっくり聞いた。他人事やあらへんな。連れていかせるわけにはいかへん。及ばずながら助太刀するで」
「敵を確認。ただちに撃破します」
 ジュスティシア・ファーレル(エルフの砲撃騎士・e63719)のバスターライフルが火を噴いた。執拗な砲撃で死神をマルコから引き剥がす。
 万が一に備えるように前に立つアルベルト・ディートリヒ(昼行灯と呼ばれて・e65950)が傷だらけのマルコをちらと見やり、刀の柄に手をかける。
「ふむ、敵はなかなかの手練れのようだ。一人のままでは戦力不足は否めまい。俺もストレス解消にクズい死神をブッた斬りたかったところだし、手伝おう」
「みんな、来てくれたのか。すまない……」
 死神はくるりと宙を舞い、欄干に降り立った。
「おやおや、お友達かい? せっかくの再会に水を差すとは、ずいぶん無粋な真似をする。それとも、君たちもマルコと道連れに、地獄へ行くのかい?」
「あなたたち死神の所業にはいい加減腹に据えかねてます。大切な人を利用される辛さは私もよくわかってますし……ルカさんの体と尊厳を取り戻すため、お手伝いさせて頂きます」
「せやな。死神の目論見通りにはさせへんで」
 と光流が身構えた。そのどことなく腹の読めない顔つきが引き締まる。
「みんな、頼む……! 俺の仲間や大親友を奪った奴を……一緒に倒してくれ……!!」
 傷だらけのマルコは立ち上がった。

●死神たる友
「さて、マルコと一緒に君たちも連れて行ってやろう。喜びたまえ、哀れな魂の残骸から君たちを解き放ってやろうというのだ」
 死神は残酷なセリフに似つかわしくない優美な笑みを浮かべ、鎌を月に突き上げた。
 その刃がぬらりと月の光を浴び、無数の死霊を呼び覚ます。
 夜を彷徨う死霊たちは不気味な雄叫びを上げながらケルベロスたちに付き纏い、不穏な夢の中へと誘おうとする。
 厄介やな……。光流は死霊を斬り捨てていくが、次から次へとうじゃうじゃわいてくる。気を取られていては、死神の攻撃に対応できない。まさに死神の思う壺といった展開……。
「くそっ!! ガザム、どこにいやがる!」
 マルコは鉄塊剣は振り回して死霊どもを追い払いつつ死神の姿を追い求めた。
「ヤバい! 後ろやで、マルコ先輩!」
 光流が慌てて声を上げた。
 が、遅かった。
 死神の鎌は振り下ろされ、マルコの背中をざっくり斬り裂いた。
 倒れ伏すマルコ、その背からは血が流れ出す。
「すぐに楽にしてあげるよ、愛しい友よ」
「そうはさせるか!」
 刀の刺突による鋭い一閃が闇を裂いた。
 そのアルベルトの一撃を躱すべく身を引いたところに、ジュスティシアが狙いを定めている。放たれた凍結光線は橋の一部を凍らせる。
 死神は大きく飛びのき、鎌を構え直す。
「おやおや、マルコ、君の仲間は君を楽には死なせてくれないようだよ。だが、それも一興。君の目の前で仲間が一人ひとり死んでいくのも、絶望の深い彩で君の死を飾ってくれるだろう」
 敵の威圧感は相当なもの。ジュスティシアはすでに肩で息をしていた。
「死神らしく悪趣味ですね」
「ああ。死神とは分かり合えぬということだな」
 アルベルトが刀の切っ先を敵に向ける。
「くそ……!」
 マルコが立ち上がった。傷は深いが、闘争心は衰えていない。いや、敵に対する怒りが身体的なダメージを超克しているのかもしれない。だが……。
「まずいな、死神のペースに呑まれ過ぎや。バラバラで戦って勝てる相手やない。マルコ先輩、気持ちはわかるけど、ちょっと落ち着いてや」
 光流はオウガ粒子を放出し、仲間の感覚を研ぎ澄ませていく。それなしに、敵の動きを捉えることは難しいだろう。つづいて、ジュスティシアが橋の上に守護星座を展開、死霊たちを追い払う光を戦域に広げていく。
「うおおお!!」
 マルコは雄叫びを上げ、鉄塊剣で突きかかる。その一撃は躱されたが、すかさず炎弾を放ち追撃にかかる。死神はその炎も鎌を振るって打ち消すが、背後に詰めていたアルベルトに気づくのが一瞬遅れた。稲妻の如き突きが肩を掠めた。
「咬み砕け! ビリー!」
 マルコが地獄の炎で作りだした巨大な猫、ビリーが死神に喰らいかかる。
 腕に噛みついた猫を振り払いつつ後退するガザム。
「少しはやるようだ」
 炎の猫に噛みつかれた跡から焦げ臭い煙が立つのを見ながら、死神は笑う。
「……そのままぶっ殺してやる」
 マルコが暗い憎悪に満ちた顔で呟く。
「ふふ、友にかける言葉ではないな」
「いつまでもルカを気取ってんじゃねえ!」
「気取っていると何故言い切れるのかな?」
「なに……?」
 死神は悲し気に微笑み、自分の胸を指さした。
「この肉体にルカが微塵も残っていないとなぜ言い切れるんだい? 魂がないから? では肉体自身はルカではなかった? 君は何をもってルカをルカと呼ぶ?」
「小難しいこと言ってんじゃねえ! てめえがルカを殺してその肉体を乗っ取ったんだろうが!」
 そうや。敵の言葉に惑わされるんやないで。光流は戦況を立て直すべくサポートに回っていたが、敵の心理的揺さぶりにかかってマルコが暴走したら、一気に状況は悪化する。ぎりぎりの綱渡り……。
 マルコは敵意を剥き出しに、それがいい方向へ作用し、うまく死神と渡り合っていた。危うい場面には、アルベルトとジュスティシアがフォロー、死神と互角……いや、死神を徐々に追い詰めつつあった。
「このまま一気に行く」
「了解」
 と応じたジュスティシアがバスターライフルで牽制射撃。
 死神が飛びのいたところにアルベルトが待ち受けていた。
 月夜に閃いた一振り。
 死神の肩を貫き、そこから血が糸のように宙を流れていく。
 初めて死神が片膝をついた。
 だが、その顔からは笑みが消えない。
 傷口に手をやり、指先を濡らす緋色の液体を舐める。
「私の体に傷をつけた罪は重いぞ」
 死神の鎌が妖しく光る。刹那に閃く閃光がジュスティシアを切り裂いていた。
「ジュスティシア! ちいっ!」
 アルベルトが打ってかかり、死神と斬り結ぶ。マルコも同時に飛び入り、二人で死神相手に立ちまわる。その隙に光流がジュスティシアに駆け寄った。
「だいぶ深い傷やな。西の果て、サイハテの陽よ、呼ばれて傷を癒しに来たって」
 頭の上で空間を真一文字に切り裂くと、あかね色の光があふれ出す。オーロラのように広がる光がジュスティシアを包んでいく。
 二人で死神を抑えきるのは難しかった。マルコとアルベルトの消耗は激しく、肩で息を切らしている。
「どうした? もう終わりか?」
 死神の挑発を受けて、マルコが猛然と突っ込む。死神の狙い通りだった。薙ぎ払われた鎌がマルコを川に突き落とす。
 ふうとアルベルトが息を整えた。ここで自分が暇を稼がなければ、後はない。それに、ぎりぎりの勝負もあながち嫌いではない。
「いざ参る」
 アルベルトの集中力が増していた。敵の攻撃を紙一重で見切り、間合いに滑り込む。
 狙い定めた一突き。
 血飛沫が散った。
 だが、浅い。急所を狙ったはずのその一撃は、さすが敵も手練れ、ぎりぎりで見切られ、胸を掠めた程度。
 死神は鎌の柄でアルベルトの首筋に強かな一撃を加える。
「終わりだ!」
「あなたのほうが!」
 ジュスティシアが間に入った。目にも止まらぬ速度で銃剣を振り回す。
 死神は舌打ちをして、飛びのく。
「まだ終わるあなたではないでしょう?」
「……当然だ」
 アルベルトは地に突き立てた刀を支えに立ち上がった。
「先輩方、このままじゃじり貧どころやない。勝てへん。相手の力量はこっちの想像を上回ってた」
「だからといって、ここで退くわけにはいかない」
 とアルベルトは答え、光流はうなずいて言葉をつづけた。
「いちかばちかの搦手や。マルコ先輩の執念に賭けてみるしかない」
「何か策が……あるのですか?」
 とジュスティシア。
「ほんまにいちかばちやさかい。おふた方は、マルコ先輩を信じられるか?」
 光流の目に真剣な輝きが灯る。二人は静かにうなずいた。

●友に贈るもの
 川の底からゆっくりと水面に浮かび上がった。マルコの顔を月明かりが照らす。
 懐かしい光だな。あの日もこんな夜じゃなかったっけ? なあ、ルカ……俺たちはいつまでも一緒だよな? ルカ……?
 左目がずきりと疼いた。そこに地獄の炎が灯り、あの地獄の夜を見た。
「うああああああっ!!」
 そうだった。俺はあいつを……ルカを取り戻さなくちゃいけない。

「さて。作戦タイムは終了かい?」
 死神は嘲笑い、鎌をケルベロスたちに突きつけた。
「そんじゃ、先輩方、よろしく頼むで!」
 光流に言葉で答えるかわりに、オーラを全身に漲らせるアルベルトとジュスティシア。
「行くぞ、ジュスティシア!!」
「了解!」
 二人は同時にガザムに打ってかかった。
「凍り付けえぇ!!」
 バスターライフルの砲口がまさに凍り付くほどにフルで光線をぶっ放す。
 ふんと鼻を鳴らし、身を翻す死神に、
「はあああっ!!」
 渾身の一撃を突き入れるアルベルト。だが、それも返した鎌でいなされる。
 それも見越してかジュスティシアは詰め寄っていた。銃剣が死神の喉を狙っていた。
 しかしそれさえもすり抜けてくる死神。
 取った!――光流が敵の頭上に詰めていた。二人に死神の注意が向いている隙を狙い、相手の急所を取る。光流の刃が月夜に煌めく。
 ガザムの目がちらと光流を見上げた。そして笑う。
 見透かされていた――?
 死神は鎌を振るった。その瞬間、光流は地に叩きつけられていた。
「ぐはっ!」
 ざっくり裂けた肩からは血が滴る。
「ふふふ、囮を擁しての捨て身の一撃。お前たちに残されている手など、それぐらいしかない。お前の動きは注視していた」
「そうかい……俺の動きは、か」
 光流はにやりと笑みを結んだ。
「お前さんがもっとよく見ていないといけないのは、別におったんちゃうか?」
「なんだと――?」
 死神の背後から水飛沫が上がった。
 マルコだった。
 光流自身もまた囮。マルコを信じての囮役。
「うおおおおおおおっ!!」
 マルコは二本の巨大な剣を手に死神に迫った。
 死神に避ける暇はなかった。
 その胸に重たい十字が刻まれる。
 激しく噴き上がる血飛沫。
 月がその朱に染まる。
「馬鹿な……」
 地にがくりと膝をつく死神の前に、マルコが立った。
「お前だけは許さねえぞ、ガザム……」
 他の三人も満身創痍の態ではあったが、死神を取り囲む。逃げ道はない。
「ガザム……? マルコ、どうしてルカと呼んでくれない?」
 哀れを誘うような死神の声に、マルコの拳が震えた。
「下手な演技はやめや。友達は殺しに来たりせえへんやろ」
 肩の傷口を押さえながら、光流が言った。
「ガザム……お前はルカの仇だ。俺がこの手でルカを……」
「待て!!」
 マルコの左目が燃え上がった。その怒りの炎に包まれ、死神は灰になるまで焼き尽くされ、そしてルカの魂と肉体は永遠の安らぎの中に開放されていった。

●友を弔った夜に
「終わったな……」
 アルベルトは、消耗しつくしたジュスティシアが立ち上がるために手を貸した。
「まだまだ精進が足りませんね」
「お互いにな」
 二人の顔に安堵の笑みが浮かんだ。
 欄干を背に、光流は大きく息を吐き、空を見上げた。
「やけに赤い月や。何やろ、泣いてるみたいに見える」
 川辺に佇み、その月を見上げていたマルコの横顔は、静かだった。
「ルカ、みんな……仇は討ったぜ……安心して眠ってくれよ……」
 友が本当の眠りについた夜に流れていた川は、いつもと変わらず安らかな旋律を奏でていた。

作者:MILLA 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年2月5日
難度:普通
参加:4人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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