流星のごとく降り注ぎ

作者:波多野志郎

 冬のオフィス街。暖かさを持つ日差しも、突き刺すようなビル風にかき消させるそんな昼下がり。行き交う人の多くは社会人であり、仕事に向かう人、仕事から戻る人、それぞれだ。ただ、足を止めたり周囲を見回す人がいない辺り、土地勘のある――ここにオフィスを持つ人々が多いのだ、という事を感じさせる。
 ふと、一人の足が止まった。その視線は上に――異変に気付いたのだ。
「――ッ!?」
 ガガガガン! と上空から降ってきたのは、四本の竜の牙だ。竜の牙はアスファルトを、大地を貫き、巻き上がった噴煙の中で漆黒の骸骨剣士へと姿を変える。
「――オマエたちの、グラビティ・チェインをヨコセ」
 その言葉は、瞬く間に伝播した混乱によって人々には届かない。竜牙兵達は、自分から逃げようとする人々を無感動に眺めるだけだ。
 声が届こうと届かなかろうと、どうでもいいのだ――重要なのは結果、やる事に変わらない。
「そのゾウオとキョゼツを――ヨコセェ!!」
 四つの黄金の獅子が、竜牙兵達の元から駆け出した。ゾディアックミラージュのオーラは、逃げる人々を紙切れのように引き裂いていった。

「このままでは、多くの命が奪われます。決して、放置はできません」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は、そう厳しい表情で切り出した。
「昼のオフィス街に、四体の竜牙兵が現れ、人々を殺戮しようとしています。急ぎ現場に向かい、これを止めてください」
 ただ、竜牙兵が出現する前に周囲に避難勧告をすると、竜牙兵は他の場所に出現してしまう。そうなってしまえば、被害は拡大するだけだ。本質的な解決にならない。
「ですので、避難誘導はみなさんが到着した後、警察などが行なってくれます。どうか、みなさんは竜牙兵に集中してください」
 出現する竜牙兵は、四体だ。どれもが、ゾディアックソードのグラビティを使用する。一対一で戦えば、こちらよりも強い敵だ。こちらは、数の有利と協力して挑む必要があるだろう。
「戦いさえ始まれば、向こうは撤退はしません。逆を言えば、ここで止められなければ被害が出てしまう、という事です」
 犠牲が出るか否か、そういう状況だ。だからこそ、ここで食い止めなくてはならない。
「ここで竜牙兵の虐殺を許せば、その犠牲だけではありません。遠い未来、より多くの命を奪う遠因になります。どうか、よろしくお願いします」


参加者
フィー・フリューア(赤い救急箱・e05301)
千歳緑・豊(喜懼・e09097)
シルフォード・フレスヴェルグ(風の刀剣士・e14924)
神原・燐(冥天・e18393)
天司・桜子(桜花絢爛・e20368)
グレイシア・ヴァーミリオン(夜闇の音色・e24932)
ウリル・ウルヴェーラ(ドラゴニアンのブラックウィザード・e61399)
リュシエンヌ・ウルヴェーラ(オラトリオのウィッチドクター・e61400)

■リプレイ


 冬のオフィス街。暖かさを持つ日差しも、突き刺すようなビル風にかき消させるそんな昼下がり。行き交う人の多くは社会人であり、仕事に向かう人、仕事から戻る人、それぞれだ。ただ、足を止めたり周囲を見回す人がいない辺り、土地勘のある――ここにオフィスを持つ人々が多いのだ、という事を感じさせる。
「はーい、ここは戦闘になるからオレらケルベロスに任せて警察の言う事聞いて避難してねぇ」
 グレイシア・ヴァーミリオン(夜闇の音色・e24932)の警告に、人混みに動揺が走った。そのざわめきを背に、グレイシアは空を見上げた。
「ブラック企業なら竜牙兵に潰して欲しい社畜の人とか居るかもしれないけどねぇ。流石に死人が出るのは目覚め悪いだろうし、さっさと片付けようねぇ」
「来るわ」
 神原・燐(冥天・e18393)がそういった瞬間だ、ボボボボボボボン! と一つの雲が内側から爆ぜると、四本の竜の牙が降ってくる! 地面を穿ち、四つの土柱が高く舞い上がった。
「――ここを惨劇の場になどさせはしない」
 誰一人犠牲者を出さない、シルフォード・フレスヴェルグ(風の刀剣士・e14924)はそう誓い前に出た。土煙の向こう、姿を現したのは漆黒の骸骨兵士――竜牙兵だ。
「大丈夫、絶対皆に手出しはさせないから。落ち着いて逃げて」
 振りからずに、逃げる人々へフィー・フリューア(赤い救急箱・e05301)は告げる。竜牙兵は、剣の切っ先をつきつけ言った。
「ケルベロス、か」
「昼間から感心するな。でも、もちろん思い通りにはさせないし、ここで食い止めるさ。行くよ、ルル」
 切っ先に怯むことなく、ウリル・ウルヴェーラ(ドラゴニアンのブラックウィザード・e61399)が言う。その背後にいたリュシエンヌ・ウルヴェーラ(オラトリオのウィッチドクター・e61400)は、自分の愛称を愛おしい相手に呼ばれ、うなずいた。
「はい」
「邪魔をスルなら、排除するノミだ」
 竜牙兵達が、殺気を膨れ上がらせる――その殺気を受け止めながら、千歳緑・豊(喜懼・e09097)は笑みと共に言い捨てた。
「色々策を練るのも楽しいが、やはり真っ向勝負が一番燃えるね」
「何処にでも現れるから厄介な相手だね。でも、桜子達の連携の方が上だという事を教えてあげようね」
 天司・桜子(桜花絢爛・e20368)が言い切った瞬間、竜牙兵達は四つの黄金のオーラを獅子へと変えて、解き放った。


 竜牙兵達のゾディアックミラージュが、ケルベロス達に襲いかかる。鈍い衝撃音が鳴り響く中、桜子が跳んだ。
「この飛び蹴りを、食らえー」
 衝撃が起こした風を背に受け加速、桜子のスターゲイザーの飛び蹴りが竜牙兵を捉える。竜牙兵は、桜子のAngel Stepによる蹴りを剣で受け止めるも、踏ん張りきれない。そのまま、吹き飛ばされた。
「ヌ――!?」
 竜牙兵が、アスファルトに剣を突き立て、強引に停止する。燐は即座にステップを刻み、その足元に魔法陣を展開させた。燐の魔法陣から伸びるのは半透明の巨大な手、禁縄禁縛呪だ。巨大な手は、急停止した竜牙兵を鷲掴みにした。
「惨禍」
 みなまで言う必要はない、ナノナノの惨禍は燐に名を呼ばれただけで理解している――桜子をナノナノばりあで回復させ、防御力を上昇させる。
「ガ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
 竜牙兵が、強引に禁縄禁縛呪を振り払う。足が地面に着地する――その直前、グレイシアが惨殺ナイフを振るい、柄頭に繋がったAQUAを走らせた。
「おっと、残念」
 ジャガン! とグレイシアの猟犬縛鎖によって、最後竜牙兵が拘束される。ギリギリギリと骨に食い込む鎖、その竜牙兵の手足を銃弾が着弾した――豊のクイックドロウだ。
「向かってくる相手を片っ端から、と言うのも悪くはないが」
 竜牙兵が、アスファルトを蹴る。退けないならば、前に出るまで――その動きを見切って、ウリルが踏み出す。
「ルルっ!」
 名を呼べばそれだけで意図は伝わるはずだ、そう信じて疑わないからこそウリルが迷わず加速する。リュシエンヌは、しっかりとうなずいた。
「分かってる! 任せて!」
 戦場で身体は離れていても、心はいつだって一番近くにある。リュシエンヌも、それを疑う事はない。
「ムスターシュ、うりるさんの盾役よろしくね」
 ウイングキャットのムスターシュはリュシエンヌに頭を撫でられ、飛び出していく。何をすべきか、ムスターシュもまた理解しているのだ。
 ウリルが、チェーンソー剣を唸らせ間合いを詰める。竜牙兵はそれを剣の一撃で迎え撃った。
(「かわさない、ダト!?」)
 ウリルが、こちらの攻撃に反応しない。これなら、自身の剣が先に当たる。その確信を抱いて振り抜こうとした竜牙兵は、ギィン! と己の剣がムスターシュに弾かれた事に、していないはずの息を飲む。
「なっ!?」
 しかも、リュシエンヌのサークリットチェインで防御力を上げた上で、のだ。自然、届かないはずのウリルの一撃が、深く竜牙兵を捉えた。
「ぐ、う!?」
 防御を考えず、攻撃に集中したからこその一撃の重さだ。たまらず、竜牙兵が後退する。
「大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫よ」
 刃と心を同一化させたシルフォードの問いかけに、桜子も笑みで答える。竜牙兵の一撃一撃は、明確にこちらよりも重い。受け損ねれば、一気に崩されるのはこっちだろう。
「緋は命とその力を紡ぐ色。……さぁ、本気出していこうか」
 フィーは不吉なまでに鮮やかに赤い液体の入った薬瓶を、後衛へと振るった。振り撒かれれば赤い光となり、後衛の者達にまといついていく。フィーの七色秘薬『緋』(オーバードーズ・レッド)は、半強制的に力を引き上げていった。
「キサマらあああああああああああああ!!」
「こちらの仕事は『君たちに仕事をさせない事』なんだ。悪いね?」
 怒りに燃える竜牙兵に、楽しげに豊は言ってのける。ケルベロスと竜牙兵、互いに打ち倒そうとする両者の激突は、激しいものへとなっていった……。


 ギィン! と剣と刀が、激突する。竜牙兵とシルフォードが、並走しながら刃を振るっているのだ。上下左右、切っ先の動きや手足の起こり、視線、気配を読んでの攻防は、ただ加速していく――!
「オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
 先にしかけたのは、竜牙兵だ。真っ直ぐ前へ、小手先無用の大上段からの振り下ろしでシルフォードの頭を狙う。
「桜の花々よ、紅き炎となりて、かの者を焼き尽くせ」
 だが、それよりも速く桜子の桜の花弁状のエナジーが竜牙兵を囲み――ドォ! と紅蓮の炎へと変化する!
「が――!?」
 炎に飲まれ、竜牙兵の動きが止まる。シルフォードは妖刀【黒風】を即座に納刀――居合いの一閃を放った。
「風よ、貫け」
 ダン! とシルフォードの疾風(ハヤテ)による風をまとった居合いの斬撃が、竜牙兵の剣を握る右腕を斬り飛ばした。そこへ、燐が己の背後に魔法陣を展開し、弓矢の矢尻へと虹色の光を収束させる。
「あなたに冥き天の加護を。お休みなさい」
 放たれるのは、漆黒の輝きをまとわせた弓での一矢。燐の始源の冥き闇(プリモディアル・ダークネス)が、竜牙兵を完全に射貫き、砕いた。
「長い休暇を楽しめそうだねぇ」
「ほざけ!」
 グレイシアの軽口に、竜牙兵が襲いかかる。袈裟懸けの一撃をグレイシアが身をひねってかわすと、返す刃で切り上げてた。グレイシアは、惨殺ナイフでその斬撃を受け止める。
「動けなくしてあげるねぇ」
 グレイシアのアブソリュート・ゼロ(ゼッタイニニガサナイ)が、竜牙兵の足を凍らせていく。体の端から凍りつき、退避する竜牙兵の元へ惨禍が飛び込みナノちっくんで攻撃した。
「ぐ、ぬ……!」
「もう一冷やし、いかが?」
 フィーがバスケットを胸元に持ち上げると、ワインボトルからフロストレーザーが射出される。竜牙兵はそのレーザーを受け止め、剣が半ばまで凍りついた。
「寒いなら、熱くしてあげるよ」
 豊が呟いた直後、地獄の炎弾が竜牙兵を襲った。氷からの炎という急激な温度変化に、ビキリ、と竜牙兵の剣に亀裂が走った。
「まだだ」
 そこへ、ウリルが迫った。竜牙兵も剣でカウンター気味に迎え撃つが――遅い。ウリルの竜爪撃が、振り払った剣ごと竜牙兵の肋を完全に粉砕した。
「ぐ、う……」
「ムスターシュ!」
 リュシエンヌの気力溜めで回復されながら、即座にムスターシュがキャットリングを投擲――竜牙兵を、完全に破壊した。
「まったく、ようやく半分か」
 残りは二体、豊は残った竜牙兵達に改めて向き直る。互いの全力が真っ向からぶつかるこの勝負は、個々の戦力で竜牙兵が、手数でケルベロスが優位だった。戦力比較する時、この二つは状況によって意味が変わるものと変わらないものの代表だった。いくら敵や味方が倒れても、個々の戦力差は翻らない。だが、手数は誰かが倒れればそれだけ差が詰まるか開くかするものだ。だから、差が開き続ければ力の均衡も変化する。
「死ネいッ!」
「断るよ」
 竜牙兵の横一線の一撃を、グレイシアは横ステップでかわす。そして、ジャラン! と踊るAQUAを竜牙兵の胴に巻き付かせ――宙へと、グレイシアは投げ飛ばした。鎖の長さによって放物線描いた竜牙兵が落下する先にいたのは、桜子だ。、櫻子は身構え、そして言い放った。
「必殺のエネルギー光線だよ、焼き尽くしてあげるね!」
 ドォ! と零距離で放たれた桜子のコアブラスターに、竜牙兵が吹き飛ばされる。その先にいたのは、燐と惨禍だ。
「お願い!」
「はい」
 燐の足元で展開された魔法陣が、虹色のオーラとなって足に収束。惨禍がめろめろハートを放つのと同時、燐がフォーチュンスターを繰り出した。空中で攻撃を受けて、竜牙兵が墜落する。なおも立ち上がろうとした竜牙兵へ、シルフォードが踏み込んだ。
「終わりです」
 放たれたシルフォードの絶空斬が、竜牙兵の脊髄を両断する! もはや、個々の戦力で勝ろうと数の理に勝てない状況になっていた。だが、最後の竜牙兵は怯みはしない。
「スベては、ドラゴンサマのために!」
 竜牙兵に、後退の二文字はない。剣を構えて、ウリルへと挑みかかった。しかし、その一撃さえ、ムスターシュは許さない。竜牙兵の剣が、ムスターシュに軌道を逸らされた。
「ありがとう」
 短く礼を告げ、ウリルは見た。精一杯支えてくれるリュシエンヌの姿がある。改めてチェーンソー剣の柄を握り、ウリルは踏み込んだ。
「合わせます!」
 そこへ、リュシエンヌがロッドを振るい、ファミリアシュートを重ねた。ウリルとリュシエンヌの連携に、竜牙兵は後退する。
「オ、ノ、レ、ェェェェェッ!!」
「そろそろ幕引きと行こうか」
「行くよぉ!」
 豊の引き抜いた雷電のクイックドロウが額を撃ち抜き、袖のリボンを硬化を硬化させたフィーのスパイラルアームが、胸部を貫いた。
「お、のれ、サイゴ、まで……キョゼツ、と、ゾウオを……ダさせぬ、ために……」
 バキン、バキン、と至る骨という骨に亀裂が入り、忌々しげに竜牙兵が唸った。竜牙兵が憎悪を煽ろうとするのを鑑みて、フィーは努めて明るく余裕に振る舞い、一般人が怖がらないよう立ち回っていたのだ。それだけの余裕があった、それは竜牙兵にとって、屈辱以外の何ものでもない。
 ばきり、と完全に砕け散り、風に吹かれ消えていく。こうして、竜牙兵との戦いは膜を閉じた。


「結局、竜牙兵以外の死者はいるのかな?」
 豊の問いには、避難途中だった人々の喝采が答えとなる。負傷者、死傷者0。それが、ケルベロス達が勝ち取った結果だった。
「お疲れ様。流星の如く降り注ぎ、流星の如く消えていったねぇ」
 儚いものだね、とグレイシアは無表情で言う。何にせよ、ヒールで直せる被害で抑えられたのは不幸中の幸いだ。
 ヒールを終えると、ウリルはリュシエンヌとムスターシュと向かい合い、言った。
「うん、ルルもお疲れ様。ムスターシュも、二人共頑張ったね、心強かったよ」
「うん、ほんとに良かった……お疲れさま」
 心強かった、と言われ、リュシエンヌは嬉しそうに照れ笑いを見せる。そして、労うようにウリルへと寄り添った。
「早くお家に帰って、ゆっくりしようね」
 ウリルも、リュシエンヌに身を寄せてうなずく。まだ風の冷たいこの時期、寄り添えば心も体も温かい。そんな誰かの温もりを失わせず、守りきったケルベロス達は、それぞれの帰路へとついた……。

作者:波多野志郎 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年2月5日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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