福は内、鳥は外

作者:天宮朱那

 節分。古い暦では春夏秋冬の季節を分けることを意味し、特に2月初め頃の立春前日を指すことが多いそうな。
 さて、節分と言う日本の行事で真っ先に思いつくのは豆まきである。煎った大豆をまき、邪気を祓ったあとは、その豆を年の数だけ食べることで福を得るとも言う。
 香ばしく煎られた豆の意外な美味しさに、ついもっと食べたいと手を伸ばす子供達も多いと思われる。
 そう、子供なら多くても十粒かそこらだろうけども。
「こんな沢山食ってられるかぁぁぁぁ!!!!」
 例によって逆ギレ気味に憤怒するビルシャナが一体。
「煎り大豆、堅いし超淡白な味しかしないし口の中パッサパサだし! それを数十粒も食えと!?」
 そうだそうだと周囲に集まる信者達は皆様なかなかご高齢である。
「二十粒でもしんどいのに、80歳過ぎの人生の先輩は八十粒オーバー食わないといけないのかよっクソが!!!」
 そんなの無理だと言ってブチ切れまくるビルシャナは駆け出す。
「食える者にしか福を与えぬ豆まきの大豆なぞ、滅してくれる!!!」
 彼らは向かう。郊外に建つ、地元豆菓子メーカーの工場に向けて。

「ってことで」
 ダンテは集まったケルベロス達を見回すと告げる。
「節分の煎り豆許せないとか主張するビルシャナが現れるみたいなんで、倒してきてほしいッス」
「餅の次は豆ですのね……」
 カトレア・ベルローズ(紅薔薇の魔術師・e00568)は呆れた表情でぼやいた。先日、餅許せない明王を袋叩きにして滅して来たばかりの彼女。季節イベント食材狙いのビルシャナを予想はしてない訳ではなかったが、本当に現れるとは。
 場所はとある町の郊外にある食品工場。煎り大豆の他に落花生やアーモンドなどのナッツ類などの豆菓子を取り扱っており、地元のスーパーなどに卸しているところらしい。
 丁度節分の日、その工場の直売所で豆まきイベントを行うらしく、そこを目がけてビルシャナと信者達がまっしぐらの見込み。
「配下になってる信者の人達も、ついビルシャナの主張に刺激された過激派ッスけど。いつもの如く、説得して上手く納得してくれれば我に返って無力化するんで」
 そのままビルシャナと戦おうとすれば、間違いなく配下となってしまった一般人の皆様も戦闘に参加してしまってあっという間に死にかねない。まずは彼らの対処――説得から。
 一般人の数は6人ほど。75~85歳の中期高齢者の皆さんだが、お年を召されている割に元気いっぱいのご老体ばかりである。
「それだけ元気なら、食欲は十二分にありそうですわね……」
 カトレアは思案する。彼らでも福豆を問題無く年の数だけ完食する工夫さえあれば、と。
 調理してみるとか、豆の種類変えてみるとか。
「節分の豆って地域によって色々多彩に富んでるらしいッスよね。行事の言われを教えてあげたり提案してあげることで納得してくれるとベストだと思うッスけど」
 そして、戦う相手がビルシャナ一体となれば、安心の袋叩きで倒せるはずである。
 無事に解決したら、豆の工場直売所で豆菓子を試食して買ったり、買いに来てるお客さん達と豆まきに参加するのも良いかも知れない。
「インパクトのある説得、そして鬼より面倒な鳥退治、期待してるッスよ!」
 ダンテはそう言って、ケルベロス達をヘリオンへ促すのだった。


参加者
カトレア・ベルローズ(紅薔薇の魔術師・e00568)
ミオリ・ノウムカストゥルム(銀のテスタメント・e00629)
シアライラ・ミゼリコルディア(天翔けるフィリアレーギス・e00736)
燈家・陽葉(光響射て・e02459)
山之内・涼子(おにぎり拳士・e02918)
知井宮・信乃(特別保線係・e23899)
之武良・しおん(太子流降魔拳士・e41147)
氷鮫・愛華(幻想の案内人・e71926)

■リプレイ

●豆の前に
「魔滅(まめ)をめぐって魔に魅入られてしまうなんて、皮肉ですね」
 ミオリ・ノウムカストゥルム(銀のテスタメント・e00629)が呆れて吐き出した息は白い。二月の時期はまだまだ寒い。
「まさか、私の危惧していたビルシャナが本当に現れるとは」
 肩をすくめるカトレア・ベルローズ(紅薔薇の魔術師・e00568)。しかし彼女は集った仲間達を見回して小さく笑顔を浮かべた。全員同じ旅団で見知った顔。これがどんなに心強いことだろう。
「とにかく出てくるのが目的で、理由は後付なんじゃないですか?」
 そう冗談を言うのは知井宮・信乃(特別保線係・e23899)。またあの鳥達は、と言わんばかりの意見も尤もである。
「ビルシャナは外~!って豆まきしたら帰ってくれないかな?」
「帰って貰いましょう。弾……いえ、豆ならありますから」
 信乃の言葉に、之武良・しおん(太子流降魔拳士・e41147)はイイ笑顔で応える。手には豆射出仕様に改造したガトリングガン。鼻歌歌いながらメンテするしおんは実にイイ笑顔である。
 そこに山之内・涼子(おにぎり拳士・e02918)が工場の方から戻ってくる。割と近くでビルシャナ退治するからと事情を説明しに行ってきたら、激励にと煎り大豆を渡された。
「豆だって立派な食材だし、節分の豆もちゃんと考えていけばいいと思うしね」
 涼子はそう言って大豆の袋の口を開けると皆にどうぞ、と勧める。
「あうう、お腹すきましたー」
 氷鮫・愛華(幻想の案内人・e71926)は袋に手を突っ込んで豆を取る。ひいふうみ……十粒。10歳だから10粒。
「少ないです。80粒とか食べれる方はむしろ羨ましくさえあります」
 ぽりぽり口に入れると香ばしい薫り。年若い食べ盛りの乙女達には物足りないかもしれない。
「80個も豆のままボリボリ食べるのは確かに辛そうですが」
 この中で一番多く頂けるのが22歳のシアライラ・ミゼリコルディア(天翔けるフィリアレーギス・e00736)。堅さもあるし淡白な味を思うと年寄りにはキツイとは、思う。
「だからと言って工場襲撃はやりすぎですよね」
「襲撃とか元気なご老人たちだよね」
 燈家・陽葉(光響射て・e02459)は工場と反対側を見つめると。
 さぁ揃いも揃ってやってきた。ビルシャナwith中期高齢者の皆様の姿。
『大豆滅す!』
『『大豆滅す!!!』』
 あれだけ元気なら大豆も普通に食べられそうなんだけど。
 陽葉はぼやきつつも、彼らの進路を塞ぐべく仲間と共に立つのだった。

●豆の食し方
 工場に向けてずんずん向かうビルシャナ達の前に立ち塞がる8人の若き女子達。
『むむ、我らが聖路を塞ぐとは、貴様等は我らの敵か、敵なのか』
 怒り心頭のビルシャナの問いに、彼女たちは首を横に振って応える。
「沢山の大豆をそのまま食べるのが大変だと言う事は認めます」
「しかし、他に方法があると言うことをお伝えしたいんです」
「滅ぼすのはそれからでも間に合いますよね?」
 言葉の先には信者の老人達の姿。彼らは顔を見合わせて相談する。
「どうするじいさん」
「孫くらいの年齢の子だし、聞いてあげるだけ聞いてあげようか」
「そうだなあ。わしら時間だけはたーっぷりあるしな」
 聞く体制に入った。急ぐ理由が無い以上、ビルシャナも彼らを急かすことも出来ず。
『むぐぐ、我が教えに太刀打ち出来るものなぞあろうか』
 と、様子見に入った模様。
 ならば、とまずは信乃が彼らにお茶を勧める。
「走ってきて喉が渇いているでしょうから」
「おお、なんだこの香ばしいお茶は」
「煎った豆を福豆と言って、それを入れたお茶を福茶と言うんです」
 歳の数だけ食べるのが大変ならば、まずはこんな方法があるとプレゼン開始。
 作り方もその場で披露。
「とても簡単ですよ。塩昆布と梅干、そして福豆を湯飲みに入れて……」
 こぽこぽと熱いお湯を注ぐと出来上がり。旨味と酸味と香ばしさの三重奏がたまらない。
「豆は三粒入れましょう。吉数と言って縁起がいい数字なんです」
 元々縁起物の行事であるのでここは重要ポイント。
「お茶もいいけど、茶請けになるものはないのかしら」
「ちゃんとした料理もありますよ」
 信乃はそう言って用意していた鍋を見せる。
 キャンプに使うような簡易料理台でケルベロス三分クッキング開始。
 鍋の中には一晩水に浸してふっくらした大豆。それをコトコト炊いて柔らかくなるまで煮たら、砂糖や醤油を加えて味付け。味見をして良ければ火を止めて完成!
「甘塩っぱくて美味しいわね」
 柔らかく味が浸みた大豆は次々と口に運ばれていく。
「大豆とひじきの煮物や、大豆のベーコン炒めなんてのもあるよ!」
 そう言って涼子が披露した料理もまた美味しそうで。信者の年寄りの箸が止まらない。
『むむ……確かに旨いが、これを数に含めるのは如何なるものか』
「煎り豆じゃなくとも、こういう大豆の料理も数に入れて大丈夫! 問題無く食せるよ!」
 涼子の言葉がビルシャナの異論を遮って、信者達を納得させる。
 縁起物なんて、解釈と考え方次第なのだから、と。
「もっと簡単に頂けるものもご紹介致しますわね」
 そう言ってカトレアは、節分豆の砂糖醤油和えを作ってみせる。
「お豆に砂糖をかけて、その上から醤油をかけてよく混ぜて」
 仕上げに鰹節を少々混ぜる。火も使わず楽に作れる。
「大豆をそのまま食べるのは大変ですけど、一手間加えたらとても美味しく頂ける、素敵な食べ物だと思いますわ♪」
 それこそ撒いて余った煎り豆がそのまま使えるのが良いところで。調味料の味が加わった事でアクセントになっていくらでも食べられる、とウケは良く。
「味を変えると美味しく食べられますよねー」
 愛華はそう言って、お勧めしたのは煎り豆の砂糖絡め。
 大豆に砂糖と水をフライパンに入れ、良く炒めて水分が飛べば完成。
「まぁ、豆菓子みたい」
 おばあちゃんも満足のお茶請けの出来上がり。白い砂糖の衣が豆について、甘くて香ばしくて美味しい。
「ささっ、どうぞ。沢山ありますので、これで歳の数だけお召し上がり下さい」
 愛華の勧めに、ついついポリポリと豆を食べまくるご老人達。
『なん……だと……?』
 軽く三十粒は食べ進める信者達の姿に、ビルシャナも驚き。主張があっさり覆る勢い。
「あまり食べ過ぎると、喉が渇くでしょうから、お茶でもどうぞ♪」
 カトレアがお茶をお勧めし、食欲のブレーキをかけさせない。口の中のパサパサ感さえなければ意外と沢山食べれちゃったりするらしい。
「こちらも試してみませんか?」
 ミオリが用意したのは、豆の炊き込みご飯とお味噌汁。
 主食に加えて豆を食べる、という新しい提案に、お年寄りもその手があったかと目から鱗。十穀米御飯とか、豆入ってるし。
「これなら潰したりしていますし、数はそこまで問題にはならないはずです」
 試食する老人達より美味しいとの声。
「節分に限らず普段の御飯にも使えそうねぇ」
 特に健康と毎日の献立に気を遣うご婦人のウケが良い。
『豆と米とを一緒に喰らうと申すのか……』
 断固食べようとしないのはビルシャナだけ。そんな鳥を見上げてミオリは涙目浮かべた。
「せっかく作ったのに食べていただけないのですか……?」
 うるうる。そんな目で見つめられては、流石のビルシャナも居心地悪かったのか。
『わ、わかった故、斯様な視線を向けるでない……もぐもぐ』
 仕方なしに口に運ぶビルシャナ。カッとその目が見開き。
『う、うまい!』
 ファンファーレでも響きそうな間で言い放った。食わず嫌いは良くない、の例。
『いや、そうじゃなくて……むむう……』
 自分の教義が迷走しだしていることに多少の混乱の見受けられるビルシャナ。
 このままあと一押し。
「そもそも煎り大豆が嫌なら他の豆を食べればいいんだよ」
 陽葉が極論かつ合理的な意見をぶっ込んできた。そう、何も伝統に拘る必要は無い。それが苦痛を伴うならば尚のこと。
「他の豆……と言うと?」
「枝豆とかいいんじゃない?」
 居酒屋の定番。ビールのお供。青々とした美味いヤツ。そう、塩茹でしたアレである。
「おお!」
 爺さん達の目が輝いた。そっとビール缶を手渡すとおつまみにして食べ始める。
「そう言えば、枝豆と大豆って同じ豆なんだっけ?」
 首傾げた陽葉。実質枝豆は大豆であるので問題ない。
「違う豆と言えば、北国や九州では、殻がついたままの落花生を撒くんだそうです」
 信乃が豆のマメ知識を披露。地方によっては、豆の種類に拘りはないという事。
『皮を剥くのが面倒では無いのか……?』
「でも撒いた豆を回収して頂けますから合理的ですよね」
 伝統も合理性には敵わない。そう、歳の数だけ豆を食べると言うことだって。
「皆様方、おやつはいかがでしょう」
 シアライラが用意して見せたのは、くず餅。一口大に切って各々に手渡す。
『これと豆と如何な関係が……?』
「きな粉もありますのでたっぷりかけて下さいね。黒蜜もかければ美味しいですよ」
 ビルシャナの問いに、シアライラは微笑み返して皆に勧める。きな粉は大豆を挽いた粉。大粒の大豆一粒で0.5gとして、きな粉40g程で80粒相当食べたことになる、と。
『屁理屈に聞こえるのは我だけか』
 無茶理論で大豆滅ぼそうとしてる身が言う台詞ではない。
「豆類は身体にいいのですから、食べやすい形で積極的に摂取すればいいのですよ」
 豆乳とかいいですよね、とシアライラは告げる。
 そもそも、身体に良い豆を食べることがこの行事の所以と思われる。
 ならば、その食べ方に制限などないのであると。美味しく食べればそれで良いのだと。
「このあんパンの粒餡は小豆80粒相当です」
 しおんは手にしたあんパンを掲げて問う。
「で、豆の数がどうという話でしたっけ?」
 そこまでのプレゼンで、中期高齢者の皆様の心はすっかり変わっていた。
「そうよね、何も無理して煎り大豆80個とか食べなくても」
「色んな食べ方教わっちゃった。隣の奥様にも教えないと」
「よし、うちに帰って枝豆80粒で一杯やるか」
 もはや、彼らの脳裏に煎り大豆を滅ぼすと言う使命は消え去った。
 ぞろぞろとご老人が帰宅したあと、そこに残るはビルシャナ一体とケルベロス八名。
『ええぃ、ええぃ! もはや理由などどうでも良い! 我は大豆を滅す!』
 信者達を説かれて失ってやけくそになったビルシャナは戦闘態勢に入る!
 が、八人もの熟練ケルベロスを前に、それは無駄な抵抗でしか無かった。

「あなたはもう救えないので引導を渡しますね」
 シアライラの言葉が総攻撃の幕開け。
「それじゃあ行くよー!」
 涼子がグラビティブレイクを撃つと、
「炒り豆の様に、焼き尽くしてあげますわ!」
 カトレアはグラインドファイアを放ち。
「福は内、ビルシャナアウト」
 ミオリが何かが混じった台詞を放ちながら全力で攻撃し。
『ふぐおぉおおっ!?』
 一方的に攻撃を受けるビルシャナ。そこに、しおんがガトリングガンを手に一気に距離詰める。
「貴方は数千歳でしたっけ」
 ガチャ、と銃口をビルシャナの口の中に差し込み、イイ笑顔でしおんは引き金を弾いた。
 ぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ。
 フルバーストで射出される煎豆がビルシャナの口内を撃ち抜く!
『あばばばばばばばばば』
「数千年分の福豆を心行く迄味わってくださいね♪」
 口の中を豆だらけにしてふらつくビルシャナ。そこから離れて、全員で畳みかける様に最後の一撃!
「「南無阿弥陀仏!!」」
『ばべぇぇぇぇぇぇっっ!!??』
 渾身の殴念仏により、煎り大豆滅ぼす明王は入滅したのだった。

●豆まきの後に
「おにはーそとー」
「ふくはーうちー」
 寒空に響く声。工場の直売所では、予定通りに豆まきイベントが開始されたようである。
「こういうビルシャナがまた出ないようにしっかりと撒いとこうね!」
 涼子の言葉に、ビルシャナはそとー!という掛け声がプラスされ。陽葉も楽しそうに豆を撒いて邪気祓いと福の到来を祈る。
「さて、それにしてもお腹が空きました。大豆は余ってないでしょうかー?」
 愛華が尋ねると、プレゼンに用意した料理含めて沢山余っているとのことで。
「みなさんでどうぞ。色々交換して食べてみましょう」
 とミオリはイベントに集まった人々に料理をお裾分け。
「和三盆を豆にまぶしたような豆菓子、売ってないかな?」
 信乃は直売所で販売されている豆菓子を物色中。せっかくだしお土産に買っていくつもりらしい。
 子供達やお店の人々の笑顔に包まれながら、この光景がビルシャナに踏みにじられるのを防げたことに安堵しながら。
「これで安心して節分が迎えられそうですね」
 と、ミオリはにっこりと笑顔を浮かべ、皆もそれにつられて微笑むのであった。

作者:天宮朱那 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年2月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 3
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