ひんやりゆたんぽ

作者:猫鮫樹


 鬱蒼と木が茂る雑木林。
 大通りから少し離れた場所にある雑木林を静寂が包み、時折吹く風が枝や枯れ葉を揺らす音だけが響いていた。
 雑木林の奥まった一角には、無造作に棄てられたゴミの山がある。
 枯れ葉を踏み歩き回る、握りこぶし程の大きさのコギトエルゴスムがそこにいた。
 がさがさと動き回り、ゴミ山へ機械で出来た足を動かし登る。
 するとコギトエルゴスムは一つのゴミに入りこんでいった。
 瞬く間にそのゴミは姿を変えていく。元の姿は人々を温める為に使われていた電気湯たんぽだった。
 姿を変え、大きさも3mほどになった電気湯たんぽは二本の足で立ち上がる。
「ユタンポーユタンポー」
 奇妙な鳴き声をあげて、電気湯たんぽはグラビティ・チェインを奪う為に歩き出していった。


 持っていた本を閉じて、中原・鴻(サキュバスのヘリオライダー・en0299)が集まったケルベロス達に話し出した。
「セルリアン・エクレール(スターリヴォア・e01686)さんが危惧していたように、今度は電気湯たんぽのダモクレスが現れたよ」
 新年早々炬燵のダモクレスを無事に討伐したというのに、今度は電気湯たんぽのダモクレスが現れてしまった。
 大通りから離れた場所にある雑木林には人がおらず、まだ被害は出ていないようだが、このまま放っておいたら多くの人々が殺されてしまうだろう。
 鴻は被害が出る前に現場に向かいダモクレスを撃破して欲しいと話していった。
「電気湯たんぽがダモクレスになってしまったんだけど、ぬりかべのように縦長で手足が生えていて、充電コードを差す部分が正面にあってどうやらそこから光線なんかを出して攻撃してくるんだよねぇ」
 大きさは3mほどかなと鴻はそこに付け足した。
 場所は大通りから離れているためか人通りもなく、周りを気にすることなく思う存分戦うことができそうとのことだ。
「まだまだ寒くて大変だと思うけど、頑張って倒してきてねぇ」
 八重歯を見せ笑う鴻はケルベロス達を見ながら、本の背をそっと撫でた。


参加者
倉田・柚子(サキュバスアーマリー・e00552)
セルリアン・エクレール(スターリヴォア・e01686)
菊池・アイビス(くろいぬ・e37994)
堂道・花火(光彩陸離・e40184)
田津原・マリア(ドラゴニアンのウィッチドクター・e40514)
ベルーカ・バケット(チョコレートの魔術師・e46515)
ジュスティシア・ファーレル(エルフの砲撃騎士・e63719)
 

■リプレイ

●ゆるきゃら?
 鬱蒼と茂る木々が風で揺れ、静寂に包まれる雑木林に音を作り出していた。
「この辺りに人はいないみたいです」
 雑木林周辺に人がいないことを確認した田津原・マリア(ドラゴニアンのウィッチドクター・e40514)は皆にそう伝えた。
 マリアの声を聞き、身を刺すような寒さの中を侵食するように、二人分の殺気が広がる。
 大通りから離れた場所にある雑木林といっても、万が一に人が来てしまわないようセルリアン・エクレール(スターリヴォア・e01686)とジュスティシア・ファーレル(エルフの砲撃騎士・e63719)が殺界形成を雑木林に展開したのだ。
「……年始早々に、こたつを退治したら、今度は湯たんぽかぁ」
 この時期は湯たんぽもよく売れる、もとい捨てられるからね……なんてセルリアンは零し、放った殺気をそのままにジュスティシアはそれに頷く。
 二人が殺界形成をする傍ら、自分達が戦闘するエリアを区切るように、ベルーカ・バケット(チョコレートの魔術師・e46515)はキープアウトテープを木の枝や幹に貼り付けて仲間のもとへ戻ってきた。
「テープは出来る限り、張り巡らせてきた」
「これで一般の人を巻き込まずに済みますね」
 これで戦闘前の準備は万端だ。
 あとは目の前に聳え立つ湯たんぽのダモクレスを倒すだけ。
「湯たんぽなー、これから敵いてこます言うんに、セピアな思い出浮かんでまうじゃろが」
「ユタンポー?」
 見上げた湯たんぽ型ダモクレスに菊池・アイビス(くろいぬ・e37994)が呟けば、セピアな思い出とはなんだろうとでも言いたげにダモクレスが鳴いた。
「でっかい湯たんぽ、威圧感がすごいッす!」
 呟くアイビスの近くで、一緒に見上げていた堂道・花火(光彩陸離・e40184)はダモクレスの大きさから出る威圧感に声をあげている。
 湯たんぽから生えた手足をわきわきと動かし鳴くダモクレスの姿も、愛嬌があるのではないかと思うほど、どこかゆるきゃら的な要素を含んだ姿。
 湯たんぽとはもっと小さいはずでは……なんて思うのは花火だけではないだろう。今この場にいるケルベロス達全員が思っていてもおかしくはない。
「正面の充電のとこからビームが飛んでくるんだっけ?」
「言っていた情報だとそうみたいですね」
「じゃあなるべく正面に密集しないように気をつけようか」
 壊世を構えてセルリアンが充電コードを差す部分を見つめ、仲間に問いかけると倉田・柚子(サキュバスアーマリー・e00552)がそれに答えた。
 ビームの出る位置があそこだけなら、その正面に密集しなければ攻撃もそこまで当たることもないだろうと、セルリアンがそう言えば他のケルベロス達も頷いて、ダモクレスの正面に密集しないようにと移動する。

●点滅
「凍える前に倒してしまおうね」
 冷たい風が吹く雑木林に、ダモクレスと対峙するセルリアンが柄を強く握り、緩やかな弧を描くように斬撃を描く。
(「まずは行動パターンを見つけようか」)
 牽制をしつつ、ダモクレスの情報を収集するために刀を振るう。
 セルリアンがダモクレスを牽制している中、柚子が小型治療無人機の群れを飛ばした。盾役の自分とウイングキャットの『エジプシャンマウ』と花火、そして牽制で攻撃に入ったセルリアンがダモクレスに攻撃された時のダメージを少しでも減らせるように動く。エジプシャンマウは邪気を祓うように天使の翼を羽ばたかせた。
 後方からジュスティシアがセルリアンとすれ違うように飛び出し、ダモクレスに重力を宿した蹴りで機動力を奪いにいく。
「わしもおるけえ、覚悟しぃ」
 ジュスティシアから数秒ずれて、今度はアイビスが同じように重力を宿した重い飛び蹴りを放てば、ダモクレスは痛そうに独特な鳴き声をあげている。
 面積が広いからなのか、バランスがうまく取れてないのか、ふらふらと揺れるダモクレス。仲間が次々と攻撃する中、一瞬も見逃さないように、セルリアンはダモクレスの一つ一つの挙動を見つめている。すると充電コードを差す部分が二回点滅した。
(「点滅? ビームでも出すのか?」)
 二回点滅したダモクレスはその予想通り、冷たいビームをそこから撃ちだしていった。
 全身の装甲から光輝くオウガ粒子を放出し、後衛の命中率があがるようにメタリックバーストを展開していた花火は、そのままダモクレスに向き直り冷たいビームを受け止める。ただでさえ寒いのに、更に寒くしてくるなんてキツイものがある。
「冷たいビームって何なんスか! あとなんで鳴くッスか!」
 ダモクレスの攻撃を受け止めた花火は、枯れ葉や土を少し削り、体勢をなんとか保ちつつそうツッコミを入れる。
 普通、湯たんぽってもっと小さいはずなのに。
「本来やったら人を温めるために作られたものやのに……」
 前衛にメタリックバーストを施していたマリアも、花火のツッコミに頷きながら言葉を零す。
「点滅した回数とか、なんか意味がありそうですね」
「うん、そうだな。他のグラビティを使うときに違う点滅してくれたら、もっと分かりやすいんだろうけど」
 ダモクレスから目を離さず、マリアの言っていた点滅の回数にセルリアンも気にしていたことを告げ、目星を少しでも早く絞れるように共有していく。
「援護は任せてください!」
 頼もしいマリアの言葉にセルリアンは一つ頷いて、切っ先をダモクレス向ける。
 花火の傷を癒し、なおかつ耐性をつけるためにベルーカは枯れ葉が散る地面に守護星座を描いて前衛の守護を固めていった。
 人を温めるために使われていて、故障して不法投棄されてしまった湯たんぽ。それに付け込まれて、人に徒なす形での復活なんて望んでいないだろうに。
(「どうしても機械相手に感情移入しすぎるクセがあるが……」)
 ガジェッティアであるベルーカは大きくなってしまったダモクレスを一瞥し、ゆるりと頭を振り気持ちを切り替え、役目を終えたものとして休んで貰わなければと今一度手に持つ武器を握りなおす。

 点滅をしてから攻撃をする。それがどうやらこのダモクレスの攻撃パターンのようだった。
「一回点滅でミサイル、二回点滅で冷たいビーム、三回点滅で普通のビーム……って感じやろか」
「回数で攻撃するものが違うのでしょうか?」
 対デウスエクス用の麻酔弾をダモクレスに撃ち込んだマリアは、ここまで観察して分かったことを仲間に共有していく。
 それに柚子も確認するように問いかけた。
 マリアの言った通り、点滅の数によって攻撃に使うグラビティがあるようだ。セルリアンも同じことを思っていたのだろう、マリアに同意するように声をあげる。
 攻撃パターンが分かってしまえば、対処もしやすいだろう。
 情報共有をしていく中、ベルーカが扇の要を外した。
「流星雨の名において……!」
 ベルーカはそれを空中に放り投げて、Meteor Garden(ミーティアガーデン)でダモクレスを攻撃していく。ベルーカに続くようにジュスティシアが駆け出して、恐ろしい速度で振るわれる銃剣。
「切り刻む!」
 ジュスティシアの言葉通りダモクレスをズタズタに斬り刻むような斬撃。
 湯たんぽが何度も鳴いているのが雑木林に木霊していく。
 気の毒だけれども、人に危害を加えるなら見過ごす訳にはいかない。
 攻撃していく仲間を黒の瞳に映していた柚子は、エジプシャンマウと共に回復へとまわる。サキュバスミストを濃縮した桃色の液体が花火に降りかかり傷を癒していくのだった。

●セピア
 ケルベロス達からの攻撃を散々受けた湯たんぽのダモクレス。
 外装は斬撃で切れ目が幾重にも出来ていた。
 ダモクレスの攻撃を庇っていた盾役の柚子と花火、エジプシャンマウの体にも傷が目立つ。二人程ではないが、ダモクレスから受けたダメージは他のケルベロス達にもあった。
 傷を負い、癒して、そして再び攻撃へ。繰り返す行動は確実にダモクレスの体にダメージを残している。
 意識と無意識の狭間にセルリアンが潜り込む。突然、ダモクレスの体に斬撃が撃ち込まれた。枯れ葉が風に踊る中、振るう刀の白銀が朝日に照らされ輝きが増したように見える。
 柚子とエジプシャンマウが回復を施す中、アイビスがぽつりと零した。
「婆ちゃんとの思い出が浮かんでまうのう」
 時折吹く風が冷たく体を撫でる。冷えた指先が悴む。その寒さがアイビスの中にある思い出を一つ浮かばせた。
「アイビスさんの、お婆さん?」
 零されたアイビスの言葉を拾ったのは柚子だ。
 仲間の攻撃がダモクレスに飛び交う中で、しんみりとアイビスは思い出したのだ。
 寒い日の夜、自分の祖母が布団に忍ばせてくれた湯たんぽを。
 祖母に育てられたアイビスは、厳しくて恐かったと思うこともあった。それでも、優しかった記憶もこうして胸に溢れるほどにあるのだ。
「素敵な思い出ですね」
「おう」
 ジュスティシアがアイビスの思い出にそっと言葉をかけた。
「でかくてケッタイなやっちゃが、ノスタルジックで憎めんやつや。おつかれちゃんね」
 祖母との温かい思い出はもう一度胸にしまって、アイビスの手刀から細い帯状の螺旋力が放たれる。それはダモクレスに辿り着く直前に尖鋭に変形し、標的を刺し貫くのだった。
 貫かれた反動でダモクレスの体が後ろへ傾けば、花火がそれに追撃していく。
「地獄の炎は、力任せに燃やすだけが取り柄じゃない! 火力全開、手加減なしッス!」
 アイビスの温かな思い出を聞いて花火の胸も温かく感じた。その思いを、この寒さを吹き飛ばすように地獄の炎を強化し、全力でダモクレスへと叩き付けた。
 花火の炎がダモクレスに叩き込まれ、更にマリアが追撃。
「確実に積み重ねんと」
 ダメージを積み重ね、ダモクレスを撃破するためにマリアは拳を叩きつける。
 一手、そしてまた一手。確実にダモクレスを追い詰めるケルベロス達。
 ダモクレスもそう簡単には諦めない。点滅を一回。
 後衛に向って飛ばされるミサイル。セルリアンやマリアが見つけたパターンは共有していて、その攻撃も読めている。次々に飛んでくるミサイルを花火と柚子、エジプシャンマウがその身で受け止めていく。
 着弾するミサイルは体に傷を作っていくが、怯むことなくケルベロスとしての凛々しい姿を彼らは見せていた。
 ミサイルを撃った反動か……ダモクレスの体は枯れ葉を巻き上げて、地面に倒れていく。ダモクレスはもう限界に近いのだろうか。
 倒れたダモクレスに追い討ちをかけるようにセルリアンの白銀の刃が走り、重なるようにしてベルーカの扇が舞う。
「君の役目は終った!」
 引導を渡そう。人に危害を加えるのは本意ではないはずだ、大人しく部品に戻りなさい。
 ベルーカの強い思いはダモクレスに届いただろうか。元の大きさに戻った湯たんぽは寒空の下、ぼろぼろになって枯れ葉の中で静かになった。

●寄り道
 ダモクレスとの戦いが終わり、雑木林の中にはその爪痕が残っていた。
 折れた枝や抉れた幹に柚子を筆頭にケルベロス達がヒールをかけ、修復していく。
 ジュスティシアとセルリアンも無事にダモクレスとの戦いが終って、散らばるダモクレスの残骸や、散らばったゴミ山の片付けをしつつ冷える手を温めるために擦り合わせていた。
「さて、無事倒し終わったことだし……帰りにどこか寄ってかない?」
「いいですね、喫茶店とかどうやろか?」
 セルリアンとマリアのやり取りに、周辺にヒールをかけていた花火とベルーカがその言葉に反応した。
「身体が冷えたんであったかいものでも飲んだりしたいッス……」
「皆で寄り道するのも良いだろう」
「喫茶店で、皆でお茶しましょう」
 皆で喫茶店楽しそうねとエジプシャンマウと柚子は微笑めば、ジュスティシアも同意するように答えた。
 ヒールの代わりにダモクレスの破片を集めて、アイビスは手を合わせていた。
 ゆっくり眠れるようにとアイビスの恒例となっているのだ。
 仲間達がどこかに寄る話に手を合わせ終わって混ざりにいく。
「あ、お酒じゃないのね……カフェねカフェ」
 体を温めるならお酒だろうと思っていたアイビスに、マリアがツッコミをいれた。
 やり取りに笑い声が漏れる雑木林。ケルベロス達は体を温めるために、皆で喫茶店へと向うのであった。

作者:猫鮫樹 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年2月5日
難度:普通
参加:7人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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