凍姫ヒルダ

作者:紫村雪乃


 行き交う人々がモノクロームに滲む。そんな冬の日のことであった。
 ひゅう。
 寒い街に、凍てついた一陣の風が吹いた。次の瞬間だ。街路は白い地獄に変わった。
「ふふん。面白い」
 それはおそくバスタードソードというものであったろう。が、三メートルの巨躯をもつ女が握ったそれは、鉄塊にしか見えなかった。
 その鉄塊のごときバスタードソードを無造作に一振り。凍りついた人々がガラス細工のように砕け散った。
「綺麗だねえ」
 うっとりと目を細めると、女はニタリと口の端を吊り上げた。そうし一薙ぎ。逃げ惑う人々を凍りつかせ、そして再び女は砕いた。
 彼女の名はヒルダ。凍姫と呼ばれるエインヘリアルであった。


「エインヘリアルによる人々の虐殺事件が予知されました」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)はいった。
「このエインヘリアルの名はヒルダ。過去にアスガルドで重罪を犯した凶悪犯罪者です。放置すれば多くの人々の命が無残に奪われるばかりか、人々に恐怖と憎悪をもたらし、地球で活動するエインヘリアルの定命化を遅らせることも考えられます。急ぎ現場に向かい、このエインヘリアルの撃破をお願いします」
 殺戮が始まるのは、人々で溢れた昼過ぎの繁華街。ヒルダは人々を凍てつかせ、その上で砕こうとする。予知が変わってしまう可能せてがあるため、事前の避難勧告は出来ないのだった。
「ヒルダの武器は何なのですか?」
 女と見まがえばかりに美しい少年が問うた。名は燈家・彼方(星詠む剣・e23736)。ケルベロスであった。
「巨大なバスタードソードです。それで彼女は凍てついた風を巻き起こし、対象となった者を凍りつかせます」
 戦うことと同時に一般人を避難させることも必要です、とセリカは続けた。
「ただ逃亡の心配をすることはありません。ヒルダは使い捨ての戦力として送り込まれてくるから。戦闘で不利な状況になっても撤退することはないでしょう」
 くれぐれも油断しないでください、とセリカはいった。
「アスガルドで凶悪犯罪を起こしていたような危険なエインヘリアルを野放しにはできません。皆さん。必ずヒルダを倒してください」


参加者
平・和(平和を愛する脳筋哲学徒・e00547)
ミント・ハーバルガーデン(眠れる薔薇姫・e05471)
燈家・彼方(星詠む剣・e23736)
野々宮・くるる(紅葉舞・e38038)
ガートルード・コロネーション(コロネじゃないもん・e45615)
リリエッタ・スノウ(小さな復讐鬼・e63102)

■リプレイ


「平和を乱す悪い奴めー!」
 突如響いた宣言。それは街路に立つ巨躯の女の頭上から響いた。
 身長はおよそ三メートル。無論女は人間ではなかった。エインヘリアルである。
 名をヒルダといった。凍姫と呼ばれ、恐れられた罪人である。
「何?」
 ヒルダは顔を上にむけた。その視線の先、小柄な人影が舞い降りてくる。少女のような美麗な顔立ちをしているが、彼は男であった。
「平和主義者のボクが許さないぞー! ぷんすか!」
 ぷっと頬を膨らませ、平・和(平和を愛する脳筋哲学徒・e00547)は昂然と言い放ち、地に降り立った。
 その和の登場はヒルダにとって意想外であったのだろう。凍てつく冷気を漂わせた彼女思考は一瞬だが停止した。
 それは瞬きほどのわずかな時であった。が、それは死闘においては致命的な空隙でもある。
「終身刑で済んでたのに、のこのこと現れて……自分から首を差し出しに来たんですか?」
 ピンクのツインテールをなびかせて疾駆すると、ガートルード・コロネーション(コロネじゃないもん・e45615)は、今にも襲いかかられそうだった子供とヒルダの間に割って入った。そして、その勢いのままサンライズブリンガー――バスタードソードでヒルダの鎧胸部を砕く。
「そんなに寒いのがお好みなら……ご自慢の鎧を脱ぎ捨てて、真っ裸にでもなったらどうですか? せっかくですから、その鎧は打ち砕かせていただきます」
「やってくれる」
 ヒルダがニンマリと笑った。戦闘種族であるエインヘリアルは強い敵が嫌いではない。
 と、ヒルダの表情が変わった。ガートルードの左手の異変に気がついたのである。
 ヒルダの左手は人のそれではなかった。混沌の腕である。かつてデウスエクスに襲われた際、生き残るために彼女が自身で斬り捨て、その後に混沌化させたのであった。
「ほう。その腕……面白い」
 ヒルダは感嘆の声をもらした。そのような腕になってもなお戦うガートルードの覚悟に敬意をあらわしたのである。
「大丈夫、リリたちケルベロスが着たから安心して」
 恐怖に呪縛されていた人々へ向け、菫のような繊細可憐な少女が声をかけた。無表情な彼女ではあるが、よく響く声音で。
 だけではなかった。自ら幼い子供を抱き上げ、避難させる。その少女の名はリリエッタ・スノウ(小さな復讐鬼・e63102)というのだが、どこか投げやりなところがあった。
「ケルベロスか」
 敵の正体に気がついたヒルダは、獲物を探して視線を周囲に素早くはしらせた。そしてやや離れたビルの手前、倒れたまま動けぬ老女を見とめた。
「あ……誰か……助けて」
 老女は震える声で助けを求めた。
「さあて。続きを始めようか」
 何の予備動作もみせずヒルダは跳んだ。刃を舞わせて。
 振り抜かれた刃から、凍てついた風が放たれる。それは吹雪と化して老女めがけて疾った。が――。
 凍気の風はむなしくビルのみ凍らせた。老女を抱え、スカートの裾を翻らせてそのまま跳躍した者がいたからだ。
 それはゴシックロリータ風の衣服を身にまとった十五歳ほどの少女であった。深い蒼の髪に紫水晶を思わせる瞳。人形のように美しいが、何を考えているのか良くわからぬところのある少女であった。
「大丈夫ですか。貴方達の無事は私達ケルベロスが保証しますので、どうか落ち着いて避難を」
 老女をおろし、少女――ミント・ハーバルガーデン(眠れる薔薇姫・e05471)は告げた。
「デウスエクス注意報! デウスエクス注意報だよー! みんなここから離れてー!」
 和が叫んだ。その和めがけて老女がよろめくように走っていく。
「番犬どもが。よく動くものだ」
 苦く笑うと、ヒルダは改めて周囲を見回した。先ほどまで獲物で溢れていた街路から、次々とその獲物たちの姿が消え失せつつある。母は幼子を抱き、派手に化粧をした女子高生が老女に手を貸して。それでも逃げ遅れている者はリリエッタが手を引いて避難させていた。
「あなたの相手は僕たちです」
 ヒルダの背後で声がした。若々しいそれは十代半ばの少年のものだ。
 はじかれたようにヒルダは振り向いた。凄絶の殺気の風が彼女の背に吹き付けてきたからだ。
 そこに立っていたのは、まさしく少年であった。十五歳ほどか。女と見紛うばかりの美少年である。腰に二刀をおとしていた。
「人を凍らせて砕く、ですか。そのような惨劇、見過ごせませんね。絶対に阻止してみせます」
 少年――燈家・彼方(星詠む剣・e23736)は二刀――白狼星と黒隼星を抜刀した。その流麗な姿は白鷺のよう。が、ヒルダは彼方に双翼を広げた鷲の姿を見た。
「やりそうだねえ、お前」
 ヒルダは舌なめずりした。強敵を前に彼女は戦慄している。武者震いというやつだ。
「を扱うエインヘリアルか、この季節には辛いなぁ。でも、どんな相手であれ、わたしたちは負けないよ」
 無邪気そうに野々宮・くるる(紅葉舞・e38038)はいった。ストロベリーブラウンの髪をセミロングにした可愛らしい少女である。ヒルダの氷柱のように視線をあびていながら、それをなんとも思っていないような悠然たる物腰であった。


「うん?」
 訝しげにヒルダは目を瞬かせた。ガートルードのそばに彼方の幻影が浮かび上がったからだ。彼方の分身の術である。
「面白い業だ。けれど」
 巨躯には似合わぬ素早さでヒルダが彼方を刃で裂いた。いや、ガートルードが彼方の前に飛び込む方が速い。
 巨大な刃がざっくりとガートルードを裂いた。致命に達しなかったのは彼方の幻影のおかげである。
「ありがとうございます!」
 庇ってくれたガートルードに彼方が頭を下げた。するとガートルードが激痛をこらえて微笑み返した。
「それはこちらも同じです」
「大丈夫? すぐに回復してあげるからね!」
 くるるは身裡に膨大な闘気をたわめた。ガートルードの傷が見る間に癒えていく。
「ならば回復が追いつかぬまで打ち砕くまで」
 ヒルダが巨剣を横薙ぎした。鋭い刃風がガートルードだけでなく彼方までをも切り裂く。のみならず斬撃の衝撃で二人は吹き飛んだ。
「まだだ」
 ニンマリ笑ってヒルダが躍りかかった。くるるにむかって。唸りをあげて巨剣がくるるめがけて振り下ろされ――。
「平和主義者バースト!」
 ヒルダの身が爆発した。和の思念により。驚くべきことに彼は思念の力により対象を爆破できるのだった。
「待たせたね」
 和が叫ぶ。
 次の瞬間だ。くるるの肩を踏み台にし、リリエッタが飛び上がった。少女は復讐の炎を胸に秘め、空を舞う。
「お前たちは無二の親友を手にかけさせた。そのことは忘れない」
 無表情のまま、リリエッタは刃のような鋭い蹴りを巨躯の頭蓋に叩き込んだ。
「ぬっ」
 ヒルダの身体がわずかに傾いだ。浮きかける脚。その着地点へ、謎めいた眼差しのミント素早く走り込む。
「この拳が、貴女には見えますか?」
 問う口調も、動かぬ表情も常のまま。が、老女を身をていした救った彼女の勇気と献身を何と評してよいか。ミントは音速を超えた視認できぬ拳をヒルダの足にぶち込んだ。


「うっ」
 衝撃に、ヒルダの身が泳いだ。が、すぐさま足で大地をえぐるようにしてとらえ、ヒルダは体勢を立て直した。すでにその身は臨戦態勢に滑り込んでいる。
「確かに速い拳だ。たいしたもんだよ。なら、お前はわたしの攻撃が見えるか」
 ヒルダの巨剣が唸った。重い斬撃がミントの肩にくい込む。肉のみならず鎖骨が砕けた。
「ぐふっ」
 血反吐を吐くミントは見た。いつの間にかヒルダが現出させたもう一振りの巨剣が迫ってくるのを。
 動けぬミントをヒルダは無造作に横殴りに払った。叩きつけた刃がミントの頭蓋を子砂利に変える。
「ミントくん」
 衝撃で地を転がるミントをくるるが抱きとめた。そして愕然とした。頭蓋が粉砕され、夥しい鮮血が溢れ出ている。
「逝かないで。生きる事は素晴らしい事、だよ。生きていれば、必ず幸せは訪れる。だから逝かないで。ううん。逝かせない。わたしが回復してみせる」
 高圧の気をくるるは体内で駆け巡らせた。竜のごとき育ったそれを解き放つ。するとミントの傷が分子レベルで再生されていった。
「真っ先にお前を始末するべきだったな」
 ヒルダの巨剣が治療中のくるるめがけて振り下ろされた。
 戛然。
 鋼の相博つ音を響かせ、横からのびた刀がヒルダのそれを受け止めた。
「そうはさせません」
 彼方がヒルダの巨剣をはじいた。そしてヒルダに向き直る。
 今、相対する二人の剣士。その手にあるは、ともに二振りの剣であった。
「この一刀にて、あなたの武を断ちます…!」
「できるか、小僧」
 ヒルダの目が殺気に爛と光った。その瞬間である。
 彼方が襲った。
 刹那のさらに数百分の一の疾走速度。彼方がヒルダの腕を切り裂いてから、思い出したように風は起こった。
 破・残風止水。音速すら超えた全き静謐の中に身をおいての剣技であった。
「私も、負けていられませんね」
 身を起こしたミント毅然と、そして超然とした態度で無頼の女をねめつけた。
「貴女が氷なら、私は炎を使いますよ!」
 地を蹴ったミントは、その勢いが生んだ炎をまとわせた蹴りをヒルダに放った。咄嗟にヒルダが巨剣で受け止める。
 規格外の熱気と凍気の激突。衝撃波と霧が辺りを席巻した。
「凍姫とか言うなら炎には弱いかな?」
 霧が炎で切り裂かれた。リリエッタが放った炎蹴である。
 先ほどのミントの蹴りは巨剣で受け止めたものの、さすがに今回は避け得なかった。炎をまとわせたリリエッタの脚がヒルダの顔面に突き刺さる。
「ぬあっ」
 凄まじい破壊力に、炎に包まれたヒルダが仰け反った。凍気と相性の良いヒルダの肉体は、やはり熱気には弱かったのだ。より以上のダメージに彼女の肉体が震える。
「お、おのれぇ」
 追い詰められた。その事実を破壊せんとするかのようにヒルダは吼えた。その鬼気迫る表情に、和はごくりと喉を鳴らす。
 ケルベロスとはいえ、和はやはり平和を愛する元一般人である。庶民的といっても若者だ。化物じみたエインヘリアルはやはり恐ろしい。命の奪い合いともなれば、尚更だ。
「けれど、誰かが傷つくことの方がもっと恐ろしい!」
 叫ぶと、和は決意に瞳を輝かせ、空を指し示した。
「知恵を崇めよ。知識を崇めよ。知恵なきは敗れ、知識なきは排される。知を鍛えよ。知に勝るものなど何もない。我が知の全てをここに示す。いまだ! 必殺のー……てややー!」
「何っ」
 焦点のぼやけた目をヒルダが上にむけた時は遅かった。彼女の頭上に巨大な本が現出している。
 それは和のもつ全知識を一冊の本として錬成したものであった。知識が増えるほどに錬成される本の厚みは増し、威力も増大する。
 その時だ。本が落下した。稲妻の速さで。
 さすがにヒルダは避けきれない。本の角がヒルダを直撃。重量と速度をのせたものすごい破壊力にヒルダの肉体が悲鳴をあげた。
「分厚い事典とは―――もはや凶器である」
「ほ、ほざけ」
 陥没し、瓦礫と化したアスファルトの街路から光がはねた。ヒルダのバスタードソードが閃いたのである。吹く風がケルベロスたちを凍てつかせる。
「まだだ。まだ殺し足りない」
「いいえ、終わりです」
 身を起こしかけたヒルダをガートルードが見下ろした。その灰色の瞳が蒼く光っている。夜空を裂く弦月が放つ月光のように。
 刹那、異変が起こった。ガートルードの混沌化した手の指がメキメキと音をたてて変化、巨大な刃のような爪と化したのである。
「これ以上誰かが傷付く位なら……存分にみせてやる。この異形の姿を! 恐れ戦け! お前に……明日はない!」
 ガートルードの爪が大気に白光の亀裂を刻んだ。


「さて、と」
 戦いが終わり、和は辺りを見回した。
 街路は惨憺たる有様だ。直接的な破壊だけではなく、衝撃の余波だけでビルのガラスは砕け、コンクリートのビル壁に亀裂がはしっている。
「片付けるまでが、ケルベロス業ってものだよねー」
「そうですね」
 命のやり取りなどなかったかのように淡々とミントはうなずいた。
「街中をヒールしましょうか?」
「そうですね」
 彼方もまた頷く。すると早速リリエッタとガートルードが街を修復し始めた。街に刻まれた疵跡が見る間に拭い去られてゆく。くるるは避難を解くために一般人の元へ駆け出していった。
 再び取り戻された日常。何気ない毎日がどれほど貴重であったかを人々は知ることだろう。そして、その貴重なものを取り戻してくれた者たちを、彼らはきっと忘れないに違いなかった。

作者:紫村雪乃 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年1月31日
難度:普通
参加:6人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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