星紡

作者:小鳥遊彩羽

 ――とある山の上にある、天文台。
 星空鑑賞会が開かれようとしていたその夜、現地には多くの人々が集まっていた。
「それでは、早速、今夜の星を見てみましょ……えっ、」
 解説役の職員が、そう言って満天の星に彩られた空を仰いだ、その刹那。
 ――空から、星のような何かが降って、否、落ちてきた。
 轟音と共に地響きが起き、土煙が上がる。その中で、落ちてきたその『何か』が、ゆっくりと立ち上がる。
 口を歪めて笑いながら、その『何か』――エインヘリアルは、手近に居た人々を星剣の一振りで叩き潰す。
「……アァ、星を見るには絶好の夜だな? オレは、血を見るほうが好きだがなァ!」
 場を満たす悲鳴。逃げ惑う人々。エインヘリアルは高らかに笑いながら、地面を赤く塗りつぶしていった。

●星紡
「……許されることではないわ」
 ぽつり、と、アリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)が落とした声に、フィエルテ・プリエール(祈りの花・en0046)も小さく頷く。
「けれど、アリシスが危惧してくれていたおかげで、今ならまだ、この惨劇を止めることが出来る」
 トキサ・ツキシロ(蒼昊のヘリオライダー・en0055)はそう言って、アリシスフェイルの危惧により余地が叶った今回の事件について語り始めた。
 とある山の上にある天文台で起こる、エインヘリアルによる人々の虐殺事件。
 件のエインヘリアルは過去にアスガルドで重罪を犯した凶悪犯罪者として、永久コギトエルゴスム化の刑罰を受けていたような存在だ。
 放置すればその被害と影響は計り知れないものになるだろう。
 惨劇を止めるために急ぎ現場に向かい、このエインヘリアルを撃破してほしいとトキサは言った。
 エインヘリアルは一体のみで配下はいない。ゾディアックソードを持ち、力任せの戦い方をしてくるだろうことが推測されている。
 エインヘリアルが出現した直後、現場には天文台の職員を含めて二十名ほどがいるが、彼らの避難については既に警察に依頼してあるので、心置きなく戦いに集中してほしいとトキサは続ける。
「無事に戦いが終わったら、星空鑑賞会も改めて始まるだろうから……」
 その言葉に心なしかそわっとする素振りを見せたアリシスフェイルに微笑みつつ、せっかくだから冬の星空を楽しんでくるといい――そう締めくくり、トキサはケルベロス達をヘリオンへと誘うのだった。


参加者
繰空・千歳(すずあめ・e00639)
ノル・キサラギ(銀花・e01639)
アリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)
楪・熾月(想柩・e17223)
咲宮・春乃(星芒・e22063)
マヒナ・マオリ(カミサマガタリ・e26402)
星野・千鶴(桜星・e58496)

■リプレイ

 夜空に散りばめられた星達が、囁くように歌う夜。
 だが、その静寂は招かれざる存在の手によって斬り裂かれることとなる。
 山の頂にある天文台で今まさに始まろうとしていた、星空鑑賞会。
 誰もが瞬く星の輝きに魅入られていたその時、空から、巨大な影が降ってきた。
 轟音と共に地面に突き刺さるように着地し、起き上がったその影こそが。
「……アァ、」
 身の丈ほどの星剣を手に、獲物を探すようにぎらりと瞳を光らせるエインヘリアルの男。
 だが、予知されていた惨劇の兆しは既に塗り替えられていた。
「――あんたの相手は、私達よ!」
 アリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)の凛とした声が響くと同時。
 征く路を照らす光を束ねたかのような流麗な白銀の砲身が一際眩く輝いて、放たれた極光がエインヘリアルを包み込んだ。
「何だ、犬共のお出ましかァ!?」
 苛立ち滲む男の声は、現れたケルベロス達へ向けられたもの。エインヘリアルの出現と同時に待機していた警察が動き出す気配は、振り返らずとも感じられて。
「ここはワタシ達に任せて、早く逃げてっ」
 警察の指示に従い速やかに避難するよう人々へ呼びかけながら、マヒナ・マオリ(カミサマガタリ・e26402)はシャーマンズゴーストのアロアロと共にエインヘリアルへと向き直る。
 天文台は、星を知って星と仲良くなれる場所。
 そのような場所が、デウスエクスに穢されていいはずなどない。
(「だから、守るよ。絶対に」)
 刹那、獲物となるはずだったか弱き人々を映した瞳を鮮烈なオーラの光が灼いた。
「天から流れ落つ星の彩なら歓迎するけど、……此の地を赤に染める輩には相応の報いを受けて貰おうか」
 エインヘリアルへと喰らいついたのは、ラウル・フェルディナンド(缺星・e01243)が放ったオーラの弾丸。それが爆ぜると同時に刻み込まれたのは、流星の煌めきを纏う重い蹴撃。
 星を見るのも、星を見てきらきらする人を見るのも幸せだから。
「この場所は、絶対守る!」
 ノル・キサラギ(銀花・e01639)は胸裡に灯る確かな想いを声に変え、エインヘリアルを睨め付ける。
 エインヘリアルが舌を打ち、手にした星剣を振り抜いた。
 呑み込まれた空気が唸る風に姿を変えて、斬撃と共に叩きつけられる。
 そこに響いたのは、刃と金属がぶつかり合う甲高い音。盾のように掲げたガトリングガンの左腕越しに、繰空・千歳(すずあめ・e00639)は好戦的な笑みを覗かせて。
「せっかくの静かで素敵な時間だもの。無粋な輩にはさっさと退場して頂きましょうか。――ねえ、鈴?」
 呼びかけた傍らのミミックは、同意するようにその場で大きく跳ねる。それを見た千歳の瞳が和らいで、
「元気いっぱいなのはいいけれど、皆がケガをしないように、しっかりと助けてちょうだいね」
 任せてとばかりに飛び出した鈴が、エクトプラズムの酒瓶を手に躍り掛かる。その背を追って、千歳もエインヘリアルの懐へ踏み込んだ。穢れを知らぬ真白の刀に雷の霊力を纏わせ一息に穿てば、守りを削がれたエインヘリアルが忌々しげに眉を寄せた。
「行くよっ、アロアロ!」
 マヒナが刻むのは理力を籠めた星型のオーラ。続いたアロアロが非物質化した爪で霊魂へと一撃をくれると、エインヘリアルの意識がアロアロへ向けられる。
「血が好きな君に此処は似合わない。還って、貰うよ」
 癒し手として戦場に立つ楪・熾月(想柩・e17223)は、自らの想いを仲間達へと託す。
 熾月の想いと共に力を振るうシャーマンズゴーストのロティはアロアロ同様、不可視の爪の一撃でエインヘリアルの狙いを惹きつけた。
「流れ星はいくらでも見たいけど、あなたみたいな困った流れ星は待ってないな」
 見上げれば、宝石を散りばめた天蓋のような綺麗な星空。
 けれど、目の前に『墜ちて』来た星は、空に煌めくどの星とも違うから。
「私、星を見るのが一番好きだけど、あなたの星は、だめだよ」
 熾月から託された祝福と癒しを宿す妖精の矢、その力と共に星野・千鶴(桜星・e58496)は空を翔け、自らも星の煌めきを纏い、想いを重力に乗せて刻みつける。
「天文台、あのときみたいね」
 咲宮・春乃(星芒・e22063)がちらりと傍らを見やれば、そうですね、とフィエルテ・プリエール(祈りの花・en0046)が小さく頷いて。
 ――笑み交わす二人が思い描く光景は、きっと同じもの。
「でも、ここはまだ生きてる場所だから。ぜったいに守ってみせるよ!」
 とん、と軽やかに地を蹴って、春乃の身体が空を舞う。その背を押すように、翼猫のみーちゃんの羽ばたきが生んだ風が吹く。
 小さな星が煌めく藍色のブーツが、流れる星の軌跡を描いて巨躯の頭上から降り落ちる。
「無事に倒したら、みんなでおほしさまを見る約束があるの。その邪魔は誰にもさせないから!」
「手前ら……!」
 エインヘリアルにとって誤算だったのは、此処に番犬達が集ったからに他ならない。
「私は血よりも星を見る方が、断然好きだわ」
 ケルベロス達を見渡す憤怒に満ちた瞳。それを真正面から受け止めて、アリシスフェイルは吐き捨てる。
「だから、それを邪魔するあんたには――今すぐこの場から消えてもらうわ!」

 巨躯から放たれる斬撃が、獅子座の光を伴って前衛を呑む。
 鋭い牙に喰らいつかれるような衝撃を、守り手達は自らを盾とし受け止める。
「この程度の攻撃じゃあ、負けてあげられないわね?」
 刻まれた傷に顔色一つ変えずに笑んで、お返しとばかりに千歳が見舞うのは急所を狙った緩やかな弧を描く斬撃。鈴も負けじと鋭い牙を突き立てて、その頼もしい姿に千歳は殊更に笑みを深めた。
「大丈夫、誰も倒れさせないよ」
 すぐさま熾月がエクトプラズムを編み上げて傷を塞ぎ、ロティが捧げる祈りが更なる癒しを齎して。
 フィエルテが避雷の杖で編み上げた守りの雷壁、その隙間を縫うようにアリシスフェイルが放った終焉の夜の残滓が昏い影の翼を広げ、招かれざる闖入者を呑み込まんと迫る。
 己を蝕む戒めを忌々しげに払おうとするエインヘリアルを、マヒナが放った妖精の加護宿す矢が追尾する。
「せっかく天文台に来たなら、星を眺めて欲しいんだけどな……」
 ぽつりと、マヒナが零すのは、デウスエクスと言えど分かり合えない寂しさが滲む声。
 千鶴が召喚した黄金の融合竜の思念が咆哮と共に鋭い爪を突き立てて、想いを刻んだバスターライフルからノルが立て続けに放った光線が、忽ちの内にエインヘリアルの熱を奪い去った。
「あたしも、おほしさまの力を使えるんだから!」
 尾を飾る星の環を飛ばすみーちゃんに続いて踏み出した春乃の手には、きらきらと小さな星を零す二振りの星剣。それぞれの星座の重力を伴う十字の斬撃が爆ぜる衝撃にエインヘリアルの巨体が揺らぎ、生じた隙を逃すことなくラウルが引鉄を引く。
「――月燈す花の彩に溺れてみるか?」
 放たれた月彩の弾丸が宵闇に煌めきの軌跡を奔らせて、着弾の刹那に春の雫にも似たミモザの花を溢れさせた。
 ケルベロス達は攻撃を重ね、エインヘリアルを追い詰めてゆく。
 エインヘリアルが振るう剣は、刻んだ戒めに縛られて最早驚異となる力は残っておらず、エインヘリアル自身もまた、ケルベロス達の攻撃により終焉の結末へ導かれようとしていて。
「データリンク完了、焔刃形成――おれはいつも、あなたと共に。往こう、白花焔刃(ブレイズエッジ)!」
 ノルが呼ぶのは愛しい伴侶の名。自身の記憶と想いを媒介に、共に戦場に立つ『彼』と共に放つのは、白刃に変形させた右腕を覆う蒼い焔の花。
 花のように羽のように煌めいて散る焔に塗れるエインヘリアルへ、マヒナが笑み綻ばせながら告げる。
「頭上注意、だよ?」
 指先が示す先に浮かび上がったのはヤシの木の幻影。それが大きく震えると同時、エインヘリアルの頭上にココナッツの実が落ちる。
「わあ、痛そう!」
 千鶴は思わず目を丸くしながらも、そのまま静かに切っ先を向けた。
「――綺麗に見えたらもうお終い」
 エインヘリアルの瞳が捉えたのは、真っ赤な鳥居に狂い咲く桜花。美しき桜吹雪に塗れた刹那、無数の刃に貫かれたエインヘリアルが、ついにその場に膝をつく。
「今だよ、アリシスさんっ!」
 春乃の声に頷いて、アリシスフェイルは力ある言の葉を紡ぎ上げた。
「現し世の楔、感傷の鎖、楔は剣に、鎖は羽に、それは一筋の祈りの体現――暁の約定!」
 凛と空翔ける靴に生まれたのは、魔力を凝縮して形作られた小さな光翼。黒から赤へと滲む色を宿す翼がひとたび羽ばたけば、強烈な推進力により一瞬にして零距離へと至ったアリシスフェイルが終焉を齎す捨て身の一撃を刻み込む。
「畜、生……ッ!」
 命を砕かれたエインヘリアルは静かに崩れ落ち、虚空に溶けるように消えてゆく。
 星降る空の下、ケルベロス達は在るべき静寂と平穏をこの手で取り戻したのだった。

 戦いの爪痕に幻想的な光が灯されてゆく中、マヒナは静かに、エインヘリアルとして生まれ散っていった魂の安寧を祈る。
「しーちゃん、みんな、おつかれさまーっ。あっ春乃ちゃんだー!」
 真っ白コートで防寒ばっちりのリィンハルトが、熾月や皆を出迎える。
「熾月さんの家族さんって、もしかしてって思ったけど……?」
「うん、そのもしかして、かな?」
 春乃が少しだけ驚いたように目を丸くするのに、熾月が微笑んで頷く、そんな一幕もあったとか。

 皆で持ち寄った温かいココアやコーヒー、ホットチョコレートやレモネードなどを分け合って。
 たくさんのマシュマロや、ラウルからのお裾分けの星型マカロンも、空いた小腹を優しい甘さで満たしてくれることだろう。
 ――避難していた人々も戻り、そうして、改めて始まる、星空鑑賞会の一時。

「シズク、見てご覧」
 マヒナに促されるまま惺月が覗き込むのは、マヒナが持参した望遠鏡。
 そこに映るプレアデス星団の煌めきに、惺月は思わず息を呑む。
「プレアデス星団はニホン語でスバル、ハワイ語だとマカリイ……宝石箱みたいにキラキラしてるよね」
「本当に……宝石箱みたい……綺麗……。ハワイ語でのマカリイって呼び方も……かわいい」
 マヒナが惺月に見せたかったもう一つは、オリオン大星雲。
「オリオン大星雲は今まさに星が生まれてる場所。淡く光る星雲の中で四つの星、トラペジウムが輝いてとってもキレイ……!」
「オリオン大星雲……。凄く幻想的な場所で……まだ新たに星が生まれたりしてるのね」
 散りばめられた星の輝きに、惺月の中に生まれる新たな興味。
「今度……今日見た星の話……。色々と教えてね……マヒナ」
 千歳の手には夜空色の金平糖の小瓶。それが、キースにはまるで空から零れた星が詰められているように思えて。
「落ちてくる気がしないか? そうしていつの間にか金平糖になるんだ」
「確かに、落ちてきそうなぐらいの星空だけれど。そうね、それなら……」
 ここにも少しは混じっているかもしれないわねと、小瓶を示して千歳は笑う。
「今の季節は星が良く見えるからきっとおいしい。俺は、シリウスを食べてみたいな」
 どんな味がするのだろうと思い巡らせながらキースが示したのは青い星。星に詳しくない千歳にも、その青はどこまでも澄んで煌めいて映る。
「あれがシリウスなのね。ううん、あれならやっぱりソーダ味かしら」
「ソーダ味か。それはとてもおいしそうだ」
 南の空、すばるの左下灯るアルデバラン。向かい合う双子のカストルとボルックス。
「……あれが、タマちゃんの獅子座」
 あかりの細く白い指先が繋いで紡ぐのは、冬の大六角形。
「俺、獅子座って夏に見える星座だと思ってた」
 陣内は思わずそう零し、同時に真っ暗な夜空を恐れる心が少しだけ和らいでいるのを感じた。
 星が綺麗だからだろうか、それとも星座の話が面白いからだろうか。
「……ごめん、昏い空、好きじゃないって言ってたのに」
「いや、あかりとこうして話しているのは楽しいから。だからもっと声を聞かせてくれ」
「本当? ……じゃあ、もう少しだけ」
 他愛もない話が、星の瞬きのように浮かんでは消えていく。
 きっと、あの砂粒みたいな星も、いつか綺麗だと思える日が来るのだろう。
「くっついていいか?」
 隣から零れたシズネの言葉に頷く前に寄せられた身体に、ラウルは思わず笑み零し。
 ラウルお手製のココアを手に、始まるのは二人きりの星空鑑賞会。
「シズネ、あの星達を繋いだら猫に見えるよ」
 ラウルがそう言って嬉しげに空を示せば、負けじと返ってきたのは、
「オレにはイチゴに見えるぞ! あっちはおだんご! そっちはおむらいす!」
 シズネが見つけた星の連なりがどれも食べ物だと気づいたラウルは、思わず肩を揺らして笑う。
 藍夜に並ぶ星を繋いで、二人で星を紡ぐ一時。
 凍てつく寒さの中でも傍らの存在は温かく、燈る星あかりは優しくて、心はぬくもりと幸せで満たされる。

 皆と紡ぐ、想い出の一頁。
 和やかな声を聴きながら、お揃いのマフラーと一緒のブランケットに包まって見上げる星は、いつかのグランピングでみた星空と重なるよう。
 寄り添えば傍らのぬくもりが心地よく、それを確かめるようにノルはグレッグの肩に寄り掛かる。
「あの時も寒くて星が綺麗で……でも、今日はもっと星が近くに見える」
 けれどあの時と同じではなく、あの時よりもきらきら輝いているように二人の瞳に映る。
 星を見つめるグレッグの横顔を、ノルはふと見上げて。
 ――あの時はきっと星ばかり見ていたけれど。
(「……今は、あなたが星を見る姿も、一緒に見ていたい」)
 ふと交わる視線に、覗く穏やかな笑み。
 見上げる星の輝きが違っても、寄り添うぬくもりや幸せな気持ちは変わらず――否、きっともっと深く、強くなっていくのだろう。
 ロティは熾月の隣に、ファミリアのぴよは熾月の肩の上に。
 リィンハルトも翼猫のミントを膝の上に乗せ、そのぬくもりを抱き締める。
 仲睦まじい皆のサーヴァント達の姿にも、熾月の頬は緩むばかりだ。
 家族みんなで見上げる星空は、とても素敵で綺麗で、目が離せなくて。
 空の瞬きを瞳に映しながら、ゆるりと過ぎていく時間。ふと、熾月は傍らを見て告げる。
「リィンは、どんどんカッコよくなってくね」
 いつの間にか追い抜かれていた身長。少しだけ高くなった目線にふわりと微笑む熾月に、リィンハルトはそうかなと笑った。
「かっこいい、なんて言ってくれるのはしーちゃんくらい」
 それは少しだけ不思議な心地。けれど、嬉しいことに変わりはない。

「疲れたときは甘いものが欲しくなるよね。……え、あたしだけ?」
「ふふ、わかる! 私もだよ。とってもほっとするよね。私はマシュマロ持って来たんだ」
 春乃が用意したホットココアに、千鶴が取り出したマシュマロを浮かべて。
 アリシスフェイルが準備したもこもこで大きなブランケットに、四人とみーちゃんも一緒にくるまれば、準備は万端。
(「……このときを楽しみにしてたの、バレバレだったみたいよね」)
 見上げた星空の彼方、皆の帰りを待つヘリオンの姿は夜闇に紛れて見えないけれど、『彼』も同じように、もっと近い所でこの空を見ているだろうか。
「ほら、冬の大三角がキレイに見えてるよ! あ、おほしさまの知識はあるから何でも聞いてね」
 春乃の指先が明るく輝く三つの星を辿る。それを追いながら、アリシスフェイルがそうだ、と目を瞬かせて、
「春乃、折角だから星座を教えて?」
「うん、まかせて! あのおほしさまがね……」
 そうして始まる、春乃のレクチャー付きの星空鑑賞会。
 星の一つ一つに名前があって、物語がある。お星様は毎晩見に行ってしまうくらいに大好きな千鶴は、けれど星に詳しいわけではなく。
 だからすごいなあ、と感嘆の声を零しながら春乃の話に真剣に聞き入っていたけれど。
「ね、フィエルテさん、好きなお星様ってある? 私は一番星を探すのが好き!」
 そっと覗き込むように笑みを浮かべれば、そうですね、と和らぐ目元。
「私は、……やっぱり、北極星でしょうか」
 いつでも、どこにいてもそこに在る、唯一つの星。どこか安心できるのだと微笑む娘に、千鶴もうんうんと頷いて。
「――フィーちゃん、あのね、」
 ふと春乃はフィエルテの耳元に、内緒話のように何事か囁いて。
「……はい、私も、」
 フィエルテもお返しにそっと囁けば、互いの顔に笑みの花が綻んだ。
 今教えてもらったばかりの星を、アリシスフェイルはなぞるように辿る。
 星座は何故だかちっとも覚えられなくて、きっと、これから先も何度も聞いてしまうのだろうけれど。
 また、を楽しみにするのも、悪くはないだろうから。
「……会いたいな、」
「……千鶴さん?」
 その時ふと、千鶴の口から無意識に零れた音。それを聞き取った三人が目を瞬かせたなら、何でもないよと千鶴は慌てて誤魔化して。
 ――静かに、穏やかに過ぎていく、優しい時間。
 指先も身体も温めてくれるココアの甘さに目を細め、アリシスフェイルは改めて、満天の星空を金色の瞳に映す。
 父と星を眺めていた想い出ばかりが鮮烈で、寂しくなることも多いけれど。
 こんな風に楽しく賑やかに眺める記憶が増えていくのなら――。
(「――また星空を眺めたときに、寂しいなんて思わなくなるかしら」)

作者:小鳥遊彩羽 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年2月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 8/キャラが大事にされていた 1
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