美しき殺戮者、思い出に覚悟を突きつけて

作者:ほむらもやし

●忘れられた場所
 立ち入り禁止のロープで囲まれた廃墟はドライブインだ。遠目には気づき難いが近くに寄ると沢山の火山灰を被ったまま、崩れるに任されている様が分かる。
 三年ほど前の地震で破れた天井から屋内のゲームコーナーが丸見えになっていた。そこではテーブル型のビデオゲーム機やスロットマシンのような遊技機が流れ込んできた火山灰に埋もれかけている。

 この日の未明、熊本県阿蘇地方は低気圧を伴う寒波に見舞われた。
 激しい雪が吹き付ける中、雪に交じって赤子の拳ほどの大きさの燐光が真っ暗なゲームコーナーの中に舞い込んでくる。
 その燐光は蜘蛛のような細い手足を持つ宝石のようなもの。
 淡く弱々しい光に照らされて、浮かび上がるのは、テーブル型のゲーム機の筐体のひとつ。
 紫の髪に赤いビキニ姿の少女が、地に突き立てた剣に軽く体重を掛けている姿のイラストが可愛らしい。

 カサカサという音に視線を移せば、風に飛ばされてきたのだろうか、いちご大福の空き箱が筐体の隅で揺れていた。
 視線を外した一瞬に、光る宝石は一直線にそのゲーム機筐体に向かって、合体していた。
 閃光が広がる。
 淡い青と緑の光が吹雪の中に満ちる。その幻想的な光の中で無数の部品が分解されて渦を巻きながら再構成されて行く。
 数秒の後、光と部品群は集束して身長160cmほどの少女の姿となった。
「うふふ。ここは天国かしら? それとも地獄かしら……とにかくお腹が空いたわ」
 果たして、新たに生まれたダモクレスは人里を目指して動き始めた。

●ヘリポートにて
「廃墟のドライブインに放置されていたアーゲードゲーム機がダモクレスと化した。対応をお願いしたい」
 あなた方の姿を認めた、ケンジ・サルヴァトーレ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0076)は、丁寧に頭を下げると倒すべき敵についての話を始めた。
「ダモクレスが現れるのは熊本県の阿蘇市。草千里付近にあるドライブインの廃墟だ。時間は夜明け前だから近くに民間人はいないものと考えて良いだろう」
 正確には一番近い集落までは7km程度。
 戦闘に敗北して自由な行動を許さない限りは直ちに犠牲者が出るわけでは無いと言う意味だ。
「ダモクレスは1体のみ。ビキニ姿の美少女のような外見であるが、味方する配下などの戦力はいない。武器は剣を用いた斬撃が中心、優れた機動力と、心惑わす歌声はかなりの脅威だ」
 到着時間は、午前5時30分頃。
 生まれたばかりのダモクレスが廃墟から出てくるのと同じぐらいのタイミング。
「暗いけれど、何もない草原のような場所だから、上空からも見逃すことは無いと思う。速やかに降下して攻撃を仕掛ければ間違いはないはずだ」
 かつて少年たちが純粋に目を輝かせて——あるいはえっちな絵を見たい下心から懸命に腕を磨いたアーケードゲーム機たちはいったいどこに行ってしまったのだろうか。
「形を変えて違う電化製品になっているかもしれないし、ひょっとすると近くで保管されているのかも知れないね。ただダモクレスになって戻ってくるのは困る。討伐をお願いする」
 ケンジは青い目を細めると、あなた方ひとりひとりの顔をじーっと見つめてから、出発の時が来たと告げる。


参加者
バジル・ハーバルガーデン(薔薇庭園の守り人・e05462)
機理原・真理(フォートレスガール・e08508)
彩咲・紫(ラベンダーの妖精術士・e13306)
タキオン・リンデンバウム(知識の探究者・e18641)

■リプレイ

●青暗い雪原にて
 雪交じりの強風が吹く中、半壊した建物から雪原に歩み出たビキニ姿の少女型ダモクレスが見えた。
「貴女はこれが好きなのでしょう? 差し上げましょうか」
 響き渡る、バジル・ハーバルガーデン(薔薇庭園の守り人・e05462)の声に目を向けたダモクレスは、掌の上に乗せられた小袋に気がついた。
「あらまぁ、ひょっとして、それはいちご大福。すばらしいわ!」
 バジルの差し出した小袋を目にした、ダモクレスの表情が、ぱあっと明るくなる。
 それはコンビニエンスストアでも販売されている、税込165円のいちご大福。
 袋には北海道産ゆめむらさき小豆使用と印刷されていて、こしあんと丸ごとのいちごが、淡いピンク色の羽二重餅に包まれているという情報も直感的に分かるようになっている。
「ありがとう。いま頂いてもよろしいかしら?」
 掌の中に収まる大きさのいちご大福を受け取るや否や、まず半分ほどがダモクレスの可愛らしい唇の奥に消えて行き、残りもすぐに無くなってしまう。
「ここは天国だったわ——」
「じつはまだまだありますよ。私達と一緒に、もっともっといちご大福を食べたくありませんか?」
「はいっ!」
 続けて、彩咲・紫(ラベンダーの妖精術士・e13306)と機理原・真理(フォートレスガール・e08508)が大量のいちご大福が入ったスーパーのポリ袋を掲げると、少女型ダモクレスは歓喜した。
「ところで、この大量のいちご大福を差し上げますので、人里で暴れるのは思いとどまっていただけないでしょうか?」
 タキオン・リンデンバウム(知識の探究者・e18641)は問いかけた。
「頂けるのですか? ありがとうございます。暴れる? それは、いったいどういう意味ですの」
 思いがけない返答にタキオンは逡巡する。
 なぜなら、ダモクレスが仮に『暴れない』と口約束をしたとしても、彼女を逮捕拘束することは出来ないし、別れた後に本当に暴れなかったかどうかを確かめる術も無いからだ。
「人々に危害を与えないということになります……できますか?」
 信じるのも、信じないのも、自分次第である。
 そしてダモクレスを倒さないこと自体は、此所にいるケルベロス全員が、依頼の失敗を承知した上で、戦わないと決断すれば済むだろう。だがこれは今確認する術も無いこと。
「それは無理。誰も私を縛ることはできませんの」
 嘘をつくことも出来たが、ダモクレスの少女は、正直に言った。
 それは敵であるはずの自身に関心を抱くのみならず、大好きないちご大福までもをプレゼントしてくれた四人に、彼女が返すことのできる精一杯の好意であり、誠意であったのかも知れない。

●死闘
 交渉の結果、立場の違いが明らかになれば、和解や妥協とはならずに、戦いになることもある。
「遺憾ですが、これも仕事ですので、悪く思わないで下さいね」
 言い放つと、タキオンは後ろに跳びながら巨大なライフルを構え、得意とする間合いで引き金を引いた。
 エネルギー光線を軽い身のこなしで避けたダモクレスは雪が消し飛ばされて露出した地面の上に着地する。
「……やはり四人は厳しいかも知れませんわね」
 紫が零す様に呟いた。
 出来うる限りの対策はしてきたが、最精鋭とも言える紫をもってしても、少しでも隙を見せれば人数の優位を瞬く間に崩されかねない状況に戦慄する。
 バジルは敵の害意から味方を守ろうと、攻性植物に命を分け与える。
「黄金の果実よ、その豊穣の実りを以って、仲間に奇跡の力を与えよ!」
 収穫形態と変わった攻性植物の生み出す輝きが爆ぜて、BS耐性の加護をもたらされる。
 ほんの僅かな間だけど、見逃してあげられるかも知れないと期待を抱いたけれど、もう迷わない。人々を危険に晒すわけには行かないとバジルは闘志に火をつけた。
 空の端が橙に変わり、真っ黒の雲の凹凸を示す輪郭がみえはじめていた。
 もう少し、ロボロボしい形をしていてくれたのなら、何のためらいもなく倒せたのに。
「悪いですが、貴女の冒険を進めさせる訳にはいかないのです」
「冒険? そうですわ。退屈な日々はもうこりごり。だから撲滅させていただくわ」
 ヘッドライトの色を変えた、ライドキャリバー『プライド・ワン』が爆音を轟かせる中、真理の呼び出したヒールドローンの群れが戦場を飛び回る。
 直後、タキオンに向けられた斬撃を食い止めた紫。ラベンダーの微かな芳香と共に小さな花弁が散る中、追撃から来る苦痛に耐えた紫は眼差しを鋭くしながら、蔓花を纏うが如き鉄杖を突き出した。
「雷光よ、迸れ!」
 見た目や性格がどうあれ、人類の側に立つオラトリオの一人として、仇為す敵は斃さなければならない。
 決意と共に放たれた雷はダモクレスを直撃した。直後それは樹枝状に伸びる輝きと変わり、少女の如き身体を抱き込む。雷が身体に触れる度に爆音が連続して閃光が爆ぜた。
「ウイルスカプセル、発射します!」
 少女の人形の如き身体を纏っていたビキニがボロボロになって行く様を見て、タキオンは複雑な感情を抱いた。
 それは明らかに人とは似て異なる物であった。レプリカントは心を得ることができたダモクレスがなると言われているが、他者であるダモクレスがどのようにしたら心を得るかなど分かるはずもなかった。
 投射されたウイルスカプセルが朝焼けの空に放物線を描いて、ダモクレスの頭頂部に当たって砕ける。
 焼け焦げた体表を流れ落ちる液体が墨汁を流したが如き跡となって治癒を阻む呪いと変わる。
「――容赦は、しないですよ」
 思い描いた意図と実際の攻撃へのズレに刹那の違和感を感じながら一撃を叩き込む真理。
 攻撃の手応えが伝わる刹那に、万感が頭の中を巡る。人形のようとは言え、なぜ同じ人のような形をしているのに、目の前の敵はダモクレスで、自身はレプリカントなのか。
 自身の中にあるはずの心とはどのような定義のものであるのかも、曖昧に感じられてくる。
 立て続けに痛打を受けた紫が赤い血を吐いて片膝を着きかける。
「大丈夫ですか、緊急手術を行いますね!」
 今、敵を食い止めてくれているのは、タキオンと真理だけだ。
 いつまでも敵に背中を晒しているわけにも行かないと、バジルは可能な限り手を早めるが、深く傷つけられた紫の治療には考えていたよりも多くの時間が掛かる。
 口に噛みしめたてぬぐいを通じて発せられる紫のくぐもった悲鳴の響きを耳に感じながら、タキオンは魔砲を冠する主砲身を敵に向ける。
「一斉射撃準備完了、目標補足、食らいなさい!」
 満身の力を解き放って、タキオンは必殺の気合いと共に発砲する。撃ち出された主砲弾はスローモーションの様に飛び行き避けようと軸足を踏み込んだダモクレスの胸部で炸裂する。
 衝撃波に駐車場を覆っていた雪が全て舞い上がり、広がる巨大な爆炎がそれらを一瞬にして蒸発させた。
 バジルが紫の治療を終わるまでは、攻撃は自分一人で食い止める。
 対策はしているとは言え、今、タキオンまでもが深傷を負うこととなれば、ここまでギリギリでやりくりしてきた戦線の崩壊は確実だろう。
「私たちに撤退はありません」
 行きます——真理は己に気合いを入れて、ライドキャリバーの動きに合わせるようにして主砲で狙い定めると、最短の動作で撃ち放つ。高速で飛翔する砲弾が炸裂して、受け止めようとしたダモクレスの肩から先の両腕を爆散させる。破壊された腕が宙を舞い、数秒の後、地面に落下してバラバラのパーツとなって砕け散った。
 失った両腕を見つめながら、ダモクレスは両膝を着き、次いで頭を地面激突させた。
 瞬間、雪雲が低く垂れ込めた空に裂帛の叫びが轟き、ダモクレスの身体は光に包まれる。淡い黄を帯びた幻想的な光の中で、砕け散った腕のパーツが吸い寄せられるようにして肩に繋がり、触手の様に焼け焦げたコードが繋がり合って修復されてゆく。
「その防御を、崩してあげますわよ!」
 次の瞬間、傷の癒えた紫が、鋼の鬼を纏って突っ込んでくる。銀色に輝くオウガメタルの筋肉に増幅された巨大な拳を握りしめて、後ろに溜を作り、引き絞ったバネを解き放つ様に真っ直ぐに突き出せば、拳は吸い込まれるようにダモクレスの左頬を捉えて、その少女の如き身体を後ろに吹き飛ばした。
「貴女のグラビティを、中和しますね」
 踏みとどまったダモクレスに向けて、タキオンは素早く狙い定め光線を放った。被弾のダメージに荒くなった呼吸を整える暇も無く、エネルギーを中和する白光はダモクレスの全身を包み込み、その力を急速に奪い去って行った。
 振り返って見れば、1回の癒術タイミングが明暗を分けた戦いでもあった。
 もしダモクレスが自らのダメージを顧みず、全力で誰か一人を潰しに掛かって来ていれば、万全の防御を整えた四名とは言え、戦いはずっと厳しいものとなっていたかも知れない。
 すでに一度ギリギリまで追い詰められたダモクレスは急速に劣勢の度合いを強めていた。
「やはりここは地獄だったのかしら……」
 絶対に殺されはしないわ。と、ダモクレスは歌声を響かせるも、バジルが念入りに重ねた加護により、その催眠が発動する前に悉く打ち消されていた。
 紫が手の内で精製した弾丸が、不可視の動作で撃ち放たれ、そしてダモクレスの胸に突き刺さる。
 突き刺さった氷の破片の如き弾丸は、一拍の後に澄んだ音を立てて砕け散り、同時に発散する冷気は皮膚を青く変色させながら、ダモクレスの身体に流れる時間を狂わせて行く。
 全身が青色に変わり、身体中に傷を刻まれたダモクレスは、もの悲しげに瞬きを繰り返しながら口からごほりごほりと悲鳴にならない声と黒煙を吐き出しながら膝をついた。
 ダモクレスは今にもバラバラに壊れてしまいそうだった。
 しかしこのダモクレスを完全に破壊しなければ、きっと人に危害を与える。
「何か思い残すことはありますか?」
 タキオンは正面からダモクレスに主砲身を向けたまま問いかけた。
「おかしなことは考えないで下さいませ」
 左右には紫と真理がいつでも動けるように布陣していて、退路は完全に断たれている。
 しかし、ダモクレスは声に出さないタキオンや真理の気持ちを推し量ることは出来ず、戦いによって生きる道を拓くことを選択した。
 呼吸を落ち着けたダモクレスが燃え上がるような瞳で睨み据え、踏み込んだ足に力を込めた瞬間、その意図を察したタキオンと真理のアームドフォートが火を噴いた。
 それに呼応する様に、バジルは跳び上がり流星の輝きと共に突っ込んで行き、紫は鋼の鬼と化した拳を叩きつける。
 絶対に誰も殺させはしない。誰も傷つけさせはしない。
 ダモクレスを破壊する。それだけに意識を集中させて、攻撃を叩き込んだ。
 心を持たないダモクレスを破壊する鮮やかな攻撃であった。
 果たして、ダモクレスは恐怖と絶望の青に顔の色を染めたまま、元の人型が想像出来ないほどに破壊された。

●戦い終わって
「いちご大福を食べているときは敵とは思えない感じでしたね」
 バジルの呟きに、紫がその通りですわねという表情で頷いた。
 ダモクレスと一緒に食べたいちご大福の欠片が奥歯に挟まってしまったのか、微かな甘みが口の中に残っているような気がした。
「寒い……ですの。お茶も持ってきた方が良かったですわね」
 戦いの余波で雪が消し飛ばされた地面が、新たに降った雪で白く覆われ始めていた。
「いちご大福に合わせるお茶ですか? 紅茶か緑茶のどちらが良いですか?」
 紫の他愛のない一言に、バジルは首を傾げて考え込む。
 いちごの個性が強い大福だから、フルーツとの相性の良いハーブティーも良いかも知れない。
「また来世では、別の形で出会えます様に」
 今度は美味しいお茶も用意しますから。と、ダモクレスが消滅したあたりの地面に残っていたいちご大福をピラミッド型に積み上げてバジルが黙祷を捧げると、タキオンもまた静かに冥福を祈る。
 来世では、あのダモクレスの女の子にも心が生まれ、幸せに生きられますようにと。
「心とは捉えどころのない不思議なものですわね」
「さあ、私にも良くは分かりません」
 紫の疑問にタキオンは応えようとするが、簡単に言えるようなものではないと気がつく。
「そろそろ、帰りましょうか?」
 四人での戦いは厳しかったが、目指すべき成果は勝ち取った。
 困難な任務を成し遂げた誇りと、充実感を胸に、一行は勢いを増し続ける雪の中を家路につくのであった。

作者:ほむらもやし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年2月3日
難度:普通
参加:4人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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