蹂躙の魔人

作者:波多野志郎

 ――冷たい夜風が、繁華街を吹き抜けていく。人々の背を押すように吹く風に、人々の足も自然と速くなっていた。雑踏の中、不意にヒュオ! と鋭い風切り音が混じる。
「……あ?」
 その音に振り返った男は、凍りついた。それは、巨大な人影が地面へと落下した音だったからだ。否、正確には落下していた音、だ。
 人影は、道路の真ん中に着地していた。どれほどの高さから落下したかはわからないが、降りてくる音は聞こえても着地の音は一切していない。両手足、四点で落下の勢いを完全に殺したからだ――そう理解できた者は、誰もいなかった。
 人影――体長三メートルにも及ぶ巨躯の持ち主が、立ち上がる。灰色のローブに包まれたその巨躯は、ゴキリ、と両手の指を動かし鳴らした。
 その巨躯を前に、通行人は一歩も動けなかった。まるで金縛りにあったような、そう例えるのが正しいか。草食動物が肉食動物の間合いに入ってしまったかのように、本能が諦めたのだ。
 ――逃げられない、殺されて終わりだ。
 その諦観が間違っていない事を、巨躯は手足に銀色の輝きをまといながら実証した……。


「ええ、逃げる暇もなく大勢の人が犠牲になります」
 悲痛な表情で、セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)はそう切り出した。
「夜の繁華街で、罪人のエインヘリアルが人々の虐殺する事件が起きると予知されました」
 これを放置すれば、多くの命が失われる。決して無視はできない。
「また、人々に恐怖と憎悪をもたらし、地球で活動するエインヘリアルの定命化を遅らせることも考えられます。向こうからすれば罪人のエインヘリアルを失っても痛くはありませんから、完全にローリスクハイリターンな作戦です」
 そうとなれば、倒す方が遥かにいい。そのために、急ぎ現場に向かって罪人エインヘリアルを撃破してほしい。
「向こうは一体のみ、バトルオーラのグラビティを用いて戦ってきます」
 人々の避難に関しては、警察などが行なってくれる。その時間を稼ぐためにも、ケルベロス達へ意識を向けさせる必要があるだろう。
「それに、かなり身のこなしの軽い相手のようです。巨体ではありますが、鈍重さとは無縁のようです、お気をつけて」
 単体攻撃しか持たない代わりに、その身のこなしの軽さや一撃一撃の攻撃力、巨躯に見合った耐久力など高いレベルでまとまった強敵だ。ただ闇雲にぶつかれば、力で押し負けるのはこちらになるだろう。
 手数の多さ、連携を行える、そういったこちらの利点を存分にいかしてようやく互角に戦える相手だ。
「相手は決して逃げず、最後まで戦います。倒すか、倒されるかの勝負です。犠牲者が出るかどうかの瀬戸際ですから、どうか頑張ってください」


参加者
狗上・士浪(天狼・e01564)
デレク・ウォークラー(灼鋼のアリゲーター・e06689)
水無月・一華(華冽・e11665)
尾神・秋津彦(走狗・e18742)
クララ・リンドヴァル(本の魔女・e18856)
七隈・綴(断罪鉄拳・e20400)
エメラルド・アルカディア(雷鳴の戦士・e24441)
副島・二郎(不屈の破片・e56537)

■リプレイ


 ――冷たい夜風が、繁華街を吹き抜けていく。人々の背を押すように吹く風に、人々の足も自然と速くなっていた。雑踏の中、不意にヒュオ! と鋭い風切り音が混じる。
 落下音を鳴り響かせ、人影が道路の真ん中に着地していた。どれほどの高さから落下したかはわからないが、降りてくる音は聞こえても着地の音は一切していない。両手足、四点で落下の勢いを完全に殺したからだ――それを正確に理解した、狗上・士浪(天狼・e01564)が呟いた。
「なるほど。デカブツにしちゃ、良く飛び回りやがる。……まぁ、じきに動かねぇ様にしてやっけどよ」
 事態を理解しながらも動けない人々の中で、動く者達がいた。すなわち危険な方へ、エインヘリアルの元へ歩み寄る者――ケルベロス達だ。体長三メートルにも及ぶ巨躯の持ち主が、立ち上がる。灰色のローブに包まれたその巨躯は、ゴキリ、と両手の指を動かし鳴らした。
 デレク・ウォークラー(灼鋼のアリゲーター・e06689)は、目を細めて吐き捨てる。
「ハ、相変わらずお手軽なこった」
「……また活きのいい鉄砲玉ですね。何発撃ち込んだところで、同じですよ」
 帽子のつばを持ち上げ、クララ・リンドヴァル(本の魔女・e18856)はエインヘリアルを見上げる。エインヘリアルは、自分の前に立つケルベロス達を視線を向けた。
「一応呼び掛けはしておこう。使い捨ての駒として送られてきている上に、私達に囲まれている現状を理解しているな? 大人しく投降する気はないか」
 エメラルド・アルカディア(雷鳴の戦士・e24441)の問いかけに、エインヘリアルは答えない。ただ、獣のように身を低く沈めて構えるのみだ。その反応に、エメラルドはため息をこぼす。
「しかし、想像以上に罪人エインヘリアルの数が多いな。彼らは思っていた以上に、各人の性質は横暴なのかも知れん……ザイフリート王子とは大違いだ」
「好き勝手な蹂躙などさせるものですか。素早くとも鋭くとも、斬り伏せるのみですわ」
 水無月・一華(華冽・e11665)が護青を引き抜き、その横で尾神・秋津彦(走狗・e18742)も吼丸の柄へ手を伸ばし触れた。
「どれだけ剽悍な個体であっても、狼に狙われればただの獲物。好き放題に暴れるのはここで終わりであります」
 エインヘリアルが、ジリ……とすり足で前に出る。まさに、限界まで引き絞った弓だ。
「虐殺なんて、私達ケルベロスが許しませんよ」
 背後の人々の流れ、避難する人々を感じながら七隈・綴(断罪鉄拳・e20400)が言い放つ。自分達にエインヘリアルの意識を向けさせる、そのための盾になるために――副島・二郎(不屈の破片・e56537)は、勇ましく告げた。
「虐殺など、させるものか。蹂躙するのはこちらだ、獲物は貴様の方だ。恐れも嫌悪も、貴様が抱えてそのまま滅びろ……!」


「グ、ル、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
 エインヘリアルが、無音で地を蹴った。まるで、フィリムのコマ落としのような――そう錯覚する程の、速度だ。
「させません!」
 だが、迷わず綴が動いた。レアメタルナックルを構え、突き出す。直後、綴が吹き飛ばされた。
 銀色の輝きに包まれた、音速超過の前蹴りの体勢でエインヘリアルがそこにいた。その背後へ、クララが回り込んでいた。
「“不変”のリンドヴァル、参ります……」
 ジャラン! とクララの放ったケルベロスチェインが、エインヘリアルに迫る。エインヘリアルは即座にその場から動こうとして――ドォ! と爆発がエインヘリアルを飲み込んだ。
「逃がすかよ」
 士浪の轟竜砲だ。エインヘリアルの右腕にクララのケルベロスチェインが絡みついた瞬間、護青を構えた一華が踏み込んだ。
「さぁ、参りましょう」
 放たれるのは、雷を宿した護青の刺突。一華の雷刃突を、エインヘリアルは横回転でわずかに脇腹を切り裂かれるだけに留めた。
「あらまあ、素早いこと……」
 一華はすかさず護青を横へ薙ぎ払うが、その時にはエインヘリアルは跳んでいる。空中で巨体が前転、身を低く着地した。
「如何に俊敏であろうと、狼の牙はそれに食らい付いていきますぞ」
 街灯の上に降り立ち、秋津彦が上から轟竜砲を撃ち放つ。鈍い着弾音と共に、着地した瞬間のエインヘリアルに着弾した。
「オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
 それでも、エインヘリアルは怯まない。バキン、とアスファルトを砕く音だけを残し、巨体が疾走した。
「ドンピシャだ」
 その眼前に、唸るチェーンソー剣がある――デレク逆手で振るった一撃を、エインヘリアルは銀色のオーラをまとった手で受け止めた。ギギギギギギギギギギギギギッ! と火花が散る。
「その素早い動きを、封じてあげますよ!」
 そして、跳躍しての綴のスターゲイザーの飛び蹴りがエインヘリアルを捉えた。ズン! と巨体にかかる重圧を振り払うと、エインヘリアルが吼えた。
「オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォッ!」
 エインヘアルが放つ牽制のオーラの砲弾に、ケルベロス達は間合いをあける。その間隙に、エメラルドは英雄を称える勇壮な歌を紡いだ。
「彼の者は来たれり! 見よ! 空を穿ち、大地を揺るがし、海を割りて、今ここに凱旋するべく奮い立つ! 我らが英雄の不敗たるを称えよ!」
「援護する。……こちらの事は気にするな、攻撃に集中を」
 エメラルドの「英雄凱旋歌」(ヒーローズ・コンクエスト)が、二郎のメタリックバーストが前衛に、それぞれ発動する。
「ア、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
 エインヘリアルは、止まらない。巨体からなる膂力と、その速度を持ってケルベロス達へと襲いかかった。


 エインヘリアルが、低く駆ける。時折地面を両の手で掴み疾走する姿は、四足の獣を思わせた。
「そこだ!」
 ゲシュタルトグレイブを構え、エメラルドが突進する。稲妻を帯びた超高速の突きが、エインヘリアルと交差する――エインヘリアルはグレイブの刃をオーラをまとった右手で受け流した。
「――――」
「……え?」
 エインヘリアルの口が動いた瞬間、エメラルドが動揺して動きを止める。直後、エインヘリアルの裏拳がエメラルドを吹き飛ばした。
「アルカディア!」
 二郎が地面を転がったエメラルドを受け止める。そして、九尾扇を振るうと幻夢幻朧影のよって傷を癒やした。
「大丈夫です」
 エメラルドは二郎に、自身にも言い聞かせるように答える。追撃しようと迫っていたエインヘリアルは、デレクがチェーンソー剣を繰り出し阻んだ。
「頼む」
「はい!」
 エインヘリアルの足が止まった直後、一華の回し蹴りが側頭部を強打。そして、クララがドラゴンの幻影を放ち、その炎のブレスを叩きつけさせる!
「ここですよ」
 ゴォ! と視界が赤く染まっていく――その幻影の炎の中へ、迷わず秋津彦が鋭い飛び蹴りを高い位置から叩き込んだ。
「――ッ!」
 ぞわっと総毛立つ感覚に襲われ、秋津彦がエインヘリアルを足場に跳躍。半瞬遅れて、エインヘリアルが自身を巻き込む形でオーラキャノンを暴発させた。
「チィ!」
 強引に抜けたエインヘリアルを、士浪が追う。エインヘリアルの蹴りと、士浪の蹴りが空中で交差した。二体の獣が相手の喉笛を狙い合うかに、エインヘリアルと士浪が鎬を削る。そこへ割り込み、綴がレアメタルナックルの拳打を打ち込んだ。
「私でも、やれば出来るのです!」
 綴の大器晩成撃を、エインヘリアルは紙一重で受け止める。だが、威力を受け止めきれないと判断したエインヘリアルは、自ら後方へ跳んだ。
(「厄介なヤツだ」)
 デレクが、忌々しげに胸中でこぼす。
(「捨て駒に出来る上チェイン獲得でエコってか。連中も連中で、憂さ晴らしに暴れられて丁度良いとでも思ってよ……呑気なモンだぜ、どの道気に入らねえな」)
 エインヘリアル自体はもちろん、目の前の罪人でさえこの状況になっている時点で無駄骨にはならないのだ。エインヘリアルにとっては罪人の処理に、罪人にとってはデレクの思うとおり、憂さ晴らしに。
 だが、これを放置はできない。ならば、ケルベロス側にとってはチェインは与えず完全に叩き潰す事、それ以外の完全勝利はない。
 ケルベロスと罪人の戦いは、互いが互いを食い破ろうとする激しい打撃戦となっていた。ただ、罪人側にこの状況を打破を許さず、抑え込んでいるケルベロス達には勢いがある。罪人側もそれに応戦しようにも、二郎を中心とした回復と綴とデレクの守りを打ち砕く事が出来ない。
 持久戦になれば、不利なのは一人の罪人側だ。それは頭で、あるいは本能で理解しているからこそ――罪人エインヘリアルは、最後の賭けに出た。
「オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
 銀色のオーラを砲弾にして、エメラルドへとエインヘリアルが投げ放つ。それにエメラルドは、右手を突き出した。
「――ッ!」
 零距離、超至近距離での気咬弾同士の相殺に、爆風が巻き起こる! だが、その爆風さえ打ち砕く、音速超過の拳がエメラルドへと迫った――エインヘリアルの再行動だ。
 投げたオーラの砲弾を凌ぐ速度で駆け抜けたエインヘリアルに、エメラルドの防御が間に合わない――そう思った瞬間、その動きを読んでいたデレクがカバーに入っていた。
「ぐ、が――フラフラ、鬱陶しい!」
 刹那、デレクの気配が消える。死角へと潜り込んだデレクのエビルレイドの一撃が、深々とエインヘリアルを切り裂いた。
「気脈を見切りました、この一刺しを受けなさい」
 そして、続いて踏み込んだ綴の指天殺に、エインヘリアルの動きがガクンと止まる。それでも、エインヘリルは止まろうとしない。強引に、横へ跳ぼうとして――。
「させるか!」
「止まれ!」
 エメラルドのゲシュタルトグレイブの投擲と、二郎が作り出した鋼の鬼の殴打がエインヘリアルを吹き飛ばした。一回、二回、三回とアスファルトを転がりながら、エインヘリアルは地面を砕きながら急停止。
「ガ、ア――」
「クールダウンさせてやろうか? ちと痛ぇだろうが、じきに楽ンなるだろ。……くたばりゃあよ」
 士浪が冷気に変質させた氣を利き腕に収束――無数の氷弾を、一斉に掃射した。
「―――凍てつけ」
 士浪の蓮獄砲(レンゴクホウ)を食らい、エインヘリアルの体が凍りついていく。そこへ迫ったのは、一華と秋津彦だ。エインヘリアルは二人を拳で迎撃しようとするが――遅い。
「わたくし達は、お前を逃がしませんよ。ここで終いといたしましょう――其は、ひらく」
「葬頭河まで見届けましょう――彼岸の先へは独りにて」
 己が手足以上に巧みに操る一華の伽藍巡り(イノリメグリ)が左腕を、秋津彦の葬頭河(ソウズカ)による迅業の抜き打ちが右腕を、それぞれ切り飛ばした。
「尾神の太刀、金輪奈落の底での土産話に灼き付けていきなされ」
 両腕を失い、エインヘリアルは凍りつきながら前へ。その口を開き、口内にオーラの砲弾を生成した。
「カ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
 だが、気咬弾が弾けて消えた。クララが振るったファミリアロッドから飛んだファミリアが、エインヘリアルの頭をオーラごと撃ち抜いたのだ。
「…………」
 クララは、何も言わず長手袋を脱ぐと、戦場にふわりと落とす。ただ、終わりを悟った鴉の群れが、空へと飛び去っていった……。


「さぁ、あとはヒールしましょう。ヒールするまでがケルベロスの仕事です」
 戦いの後でも元気な様子の綴の言葉に、仲間達は壊れた街にヒールを施していく。
「罪人として送られてきた彼らには、生きて大切にしたかった物など無かったのだろうか……」
 直っていく街を眺め、エメラルドは小さくこぼした。エメラルドが何を想ったのか、それは彼女にしかわからない事だ。
「今回の敵も油断ならなかったですが……より強くなって、どんな強敵からでも人々を守ってみせましょうぞ」
 秋津彦の決意の呟きに、デレクは小さく肩をすくめた。
「次はもちろんだが……今は、一杯やりたいもんだ」
 事前に調べて、美味い酒を出す店はチェックしてある。デレクは、自分の守った店へと歩き出した。
 他のケルベロス達も、それぞれが歩き出す。帰る者、安全が確保できたと報告しに行く者、次の目的地へ向かう者、それぞれだ。彼らは、自分達が守った繁華街から、次の場所へと向かうのだった……。

作者:波多野志郎 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年1月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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