●罅
雪を被った山の麓、とあるテーマパークでは冬季のみスケートリンクを開いている。競技できるようなコースでは無いが、遮蔽や曲線のあるリンクは子供や学生が初めて踏み出すには十分な遊び場だ。時期柄、カップルも多い。
「なーんか、わっかんねーけどムカつく」
巨体の男がスケート靴も借りずにリンクに踏み入った。水瓶座の意匠を彫られた二振りの剣は血を求めてぎらぎらと輝いている。
夢中で遊んでいた若者達がその異常さに気付き叫んだ。広いリンク上に徐々に悲鳴が伝播していく。
数か所ある出入口へと押し掛ける人だかりの一つに向かい、男は大きく剣を振った。剣気と共に水瓶のオーラが散り、運悪く直撃した人々の肉体を凍り付かせて砕く。
「うわあああ!」
「いたい! いたいよぉ!」
「よーく見とけ! オレをイラつかせたら次ぁテメ―がこーなっからよ! オレに逆らう奴ぁ苦しんで死ぬんだ!」
片頬を歪めてねめつける大男の、身勝手で無茶苦茶な怒声に反論できる者は一人もいなかった。
●事と次第
「クラウディオ・レイヴンクロフト(羽蟲・e63325)さんの助言により、エインヘリアルの襲撃が予知できました」
セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)がケルベロス達に呼び掛ける。
「このエインヘリアル、元はアスガルドの凶悪犯罪者のようです。人々の命を奪ってグラビティチェインを得、恐怖を植え付けてエインヘリアル達の定命化を遅らせるのが目的でしょう。皆さまにエインヘリアルの撃破をお願いします」
一人一部、これから向かうテーマパークのパンフレットが回ってくる。
「スケートリンクは大勢の人がいますが、エインヘリアルを確実に撃破するため、前もっての人払いはできません。しかし、皆様の到着と同時に園のスタッフと警察が協力して下さいます。これにより十分に一般人の避難はできるでしょう」
パンフレットを開けばスケートリンクの見取り図がある。
「遊び場ですので綺麗な楕円ではありませんね。追いかけっこに使えるオブジェが点在しています。足元は滑る氷が張っていますが、ケルベロスの皆さまなら問題なく戦えるでしょう」
セリカは言葉を区切り、敵について告げる。
「エインヘリアルは1体のみ。ゾディアックソード2振りを使います。怒りやすく残酷な性格ですが知能犯ではありません。戦闘になれば最期までケルベロスと戦うでしょう」
ヘリオライダーは最後に柔らかく微笑んだ。
「風にも負けずスケートを楽しみ、売店のココアやチュロスで一休み……。そんな一日を、どうか皆様の手で取り戻して下さい」
参加者 | |
---|---|
相馬・泰地(マッスル拳士・e00550) |
火倶利・ひなみく(スウィート・e10573) |
フィーラ・ヘドルンド(四番目・e32471) |
滝摩・弓月(七つ彩る銘の鐘・e45006) |
終夜・帷(忍天狗・e46162) |
交久瀬・麗威(影に紛れて闇を食らう・e61592) |
クラウディオ・レイヴンクロフト(羽蟲・e63325) |
アーデルハイト・リンデンベルク(最果ての氷景・e67469) |
●結氷に番犬の爪
子供や若者で賑わうスケートリンクにエインヘリアルが踏み込む。
「な、なんだアレ」
「ひいぃっ!?」
巨躯の悪人はカップルや子供の笑顔が双剣を目にして怯えに変わるのをにやけながら眺めていたが、恐怖の悲鳴が思うほど広がらないため目元を引きつらせる。
「てめーら、飾りじゃねーんだぞこの剣はよぉ!」
「なればこそ……その喧しい声を永遠に止めなくてはなりません」
涼やかなクラウディオ・レイヴンクロフト(羽蟲・e63325)の声に人々のざわめきは完全に歓声に変わる。
氷上に8人が降り立った。すぐさま散開してエインヘリアルを囲む。いかなる攻撃も守るべき人々へ通さない為だ。
「私たちはケルベロスです! 落ち着いて、リンクの外へ避難してください!」
「みなさーん、今のうちに逃げて~!」
クラウディオと火倶利・ひなみく(スウィート・e10573)の呼びかけに応じ、人々はスタッフと警察の誘導する出口を目指す。
「逃げるなら今の内だ、丹田に力入れろ!」
腰の抜けそうな若者の背を叩いて活を入れるのは相馬・泰地(マッスル拳士・e00550)。氷上においても半裸に素足の逞しい姿。初対面なのにどこか親しみやすい激励に若者は頷いて氷上を滑り出す。
「手荒な方は嫌いなのよね」
アーデルハイト・リンデンベルク(最果ての氷景・e67469)は肩を竦め、最も人の多い出口を背に敵の一挙一動を見極め守りを固める。
「おーいおいおい、オレを! 無視! するな!」
がなって剣を振りかざすエインヘリアルの目前に鎖が掠める。鎖の主の終夜・帷(忍天狗・e46162)が静かにため息をついて目を細める。単純な男の注意を引くにはこれで充分だ。避難が終わるまで敵の双剣の内一振りをいなし続ける。
「てめー……ナメてんのか!?」
「最近の若者でもそんな理不尽なキレ方しませんよ……」
あまりの程度の低さに鼻白む交久瀬・麗威(影に紛れて闇を食らう・e61592)が眼鏡を仕舞い袖を捲り、もう片手の剣に対応する。フィーラ・ヘドルンド(四番目・e32471)も敵の身勝手さに呆れたか、紅の瞳の中に軽蔑の色を浮かべた。
「にげて。殺させない」
今は振り返らずに背後の母子へ呼びかける。彼女らが無事に警察に保護されたのを見計らって、滝摩・弓月(七つ彩る銘の鐘・e45006)が氷上に殺気を巡らせ只人を遠ざける。
「はい。ていていっ、とやってしまいましょう」
滝摩が強気に微笑む。ここからは皆存分にグラビティをぶつけ合える。
●銀盤、赤々と染め
「ぶちっ殺すぜぇ! ガキが!」
額に青筋を浮き上がらせたエインヘリアルが大きく剣を振り回し、水瓶座の波動を放つ。散開していたケルベロスの内、火倶利とクラウディオの足元が薄く凍り付く。フィーラも波動の着弾を予測し小さく息を飲むが、陰のように音もなく割り込んだ終夜が受け止めて耐えた。
「……っ、ありがとう」
囁きに、終夜が手短に頷く。
「だーから、そうゆーのがイラっと……!?」
「喋ってる場合かよ!」
冷静さを欠いたエインヘリアルの上着を相馬が掴み、右拳で殴り抜く。
終夜は負傷した面々を見て一瞬迷ったが、後列の面々の促しに応じ、火倶利、滝摩、クラウディオ、と共に前衛の面々へ守護を付与した。敵は思慮に欠けるが力は強い。まずは押し負けぬ為の備えが必要だった。
支援を受けたミミックのタカラバコが大きく蓋を開いて食らいつく。フィーラとアーデルハイトの砲火に敵が怯んだ機を交久瀬が捉えた。
物々しいハンマーを高く掲げ、つんのめりながら振り下ろした先にはエインヘリアル。
「おっとっと……と? あれ?」
「ぐ……ぬぅぅぅ!」
敵は剣を交差して受けたものの、一拍遅れてその足元の氷がひび割れて爆ぜるのを見るに衝撃の重さが伺える。
唸りながらも押し返し、鼻息荒く交久瀬を退けたエインヘリアルは剣を交差させたまま水瓶座の重力の力を二重に集約する。
立ち向かうのは相馬だ。白く息を吐きながらグラビティの力を全身に漲らせる。
「いいぜ……。筋肉と星、どっちが最強か分からせてやる!」
「ぐおおおおおぉぉぉ!」
「旋風斬鉄脚」
ぶつかり合うグラビティの衝撃に大気が歪み震える。山さえも揺らしたかと錯覚する刹那の間に何が起きたか。敵は目を剥いて背から血を噴き出す。
エインヘリアルの強力な十字切りを前にし、相馬は右腕から肩を深く刻まれながらも旋風のように身を翻して刃の隙間から体を逃した。回転の勢いを殺さず天へと放つ一蹴は、輝いて敵の背を裂いたのだ。
この間に、と言葉を掛け合い治癒と補助を行きわたらせる。殺傷力ばかり強い敵を前に一人も欠けてなるものかと皆の意志疎通ができている。
終夜がクラウディオの足の氷を気力で消し、クラウディオは相馬の筋肉を癒すのみならず脳まで強化する。まとわりつく氷の痛みを感じても笑顔を絶やさない火倶利が交久瀬に祝福の矢を放って強化する。続いて滝摩も交久瀬の左手にスマイルマークをさらりと描いて応援する。
もちろん攻撃の手も緩めていない。タカラバコのばらまいた金銀チョコレートの幻影は無視されたが、フィーラがその白い手を握れば半透明の御業が敵を握り締める。
エインヘリアルが御業を振り払う前に支援を受けていた交久瀬が苦々しい表情を見せ、ほんの一瞬だけ角を露わにして飛ばし、敵の太い脚を氷に縫い止める。
「では、参りますね」
アーデルハイトがたおやかに獲物を振れば、ハンマーはひとりでに加速しエインヘリアルを場内のオブジェに叩きつける。
敵は割れたオブジェに片肘を着きながら身を起こし、たまらず星座の加護を身に降ろした。一呼吸つけたようだが、すぐさま相馬の左拳が叩き込まれて加護を消し飛ばす。
状況を把握し、終夜は火倶利の足元に凝る氷を完全に払った。引き換え、敵はフィーラが重ねて浴びせる御業の炎が徐々に回り、服の裾どころか背面の傷口まで焙られている。
タカラバコが再びエインヘリアルに噛みつき時間を稼ぐ間に、交久瀬は屈みこみ、ひび割れた氷に指を差し入れめきめきとコンクリートから引きはがす。オウガに備わる膂力で大盾ほどはある厚い氷塊をフリスビーのように放った。これまでの交戦で相手は気を取られやすいと分かっていた。
囮の氷塊を弾いたエインヘリアルの目の前に、刃が閃く。
「よそ見するなよ……」
「ぎゃっ……!!」
交久瀬の一太刀が腹から胸へと浅く切り上げ、おまけに鼻を裂いた。
「わ、私も……っ!」
滝摩も剣で二度、三度打ち合い、動揺するエインヘリアルの右腕に果たして切りつける事ができた。
アーデルハイトもクラウディオも激しく戦う前衛を支え続ける。だからこそ、攻撃手も迷いなく踏み込めるのだ。
滝摩へと切り返された剣の先は、肉ではなく木材を貫く。エインヘリアルの一撃はタカラバコが受け止めた。
深く傷を負うタカラバコを放させようと相馬が即座に蹴りを入れる。剣を引き抜かれ落下するタカラバコを終夜が片手で受け止めて逃し、もう片手から氷結の力を帯びた螺旋を放つ。
「おやおや、寒暖の差が激しい昨今……体調を崩し易いですからね。お大事に」
炎と氷、二つの責め苦に表情を苦々しく歪めるエインヘリアルが声の主のクラウディオを睨む。
あのような手合いに傷つけられたままにするものか。火倶利の祈りの声が響く。
「届け、届け、音にも聞け。癒せ、癒せ、目にも見よ」
魔法により生まれた弓弦が軽やかに鳴る。放たれた4枚の羽根は輝く矢となり、その全てでタカラバコの傷をみるみる塞いだ。
「ああああ! めんどくせー!」
苛立ちを深めながら、ならばもう一度と飛びかかるエインヘリアルを交久瀬の角の一撃が阻む。
タカラバコとフィーラの御業が敵をその場に釘付けにしている間に、滔々とアーデルハイトが詠唱する。
「……我らが父なる海淵の神よ。わたしのこの手に、力を」
エインヘリアルへと向けられた白い細指に嵌った輪を依り代に、夜明けの蒸気のような青白い何かがスピアを形作った。服の裾を気遣いながら滑るように敵の側面に寄り、すれ違い様に確実に片足の腿を貫く。
「楽しい時間を邪魔するなら、一人で怒っていればいいのです!」
片膝をついたエインヘリアルの周囲にいくつもの鏡面が浮かんで取り囲む。これが滝摩の今日の画材だ。幻画技術=偽の知覚で作り出した鏡のフィールドの中に自身も飛び込み、塗料で自分や仲間の笑顔の姿を描きまくる。
エインヘリアル自身と絵姿が鏡に反射し天も地も埋め尽くされ、混乱する中で目の前に張り付いたのはふわりとした蚕蛾。ばちりと魔力をぶつけてクラウディオの手の中に舞い戻る。
「糞っくそっ! こんなにイライラしたのは初めてだぜぇ!」
「まあ……、かなり痛いわね……」
再度の星天十字撃で滝摩の術が破られ、重い一撃がそのままアーデルハイトを吹き飛ばし、スケートリンクの壁に叩きつける。
「てめぇッ! ……終夜、どこがいい?」
「臓腑」
「じゃ、俺は顎だ!」
先んじた相馬がその脚力で飛び上がり、巨躯の敵の顎を殴り潰す。
のけ反り無防備に腹を晒した隙を見逃さず、終夜の差し向ける突貫忍刀の切っ先が吸い込まれるようにエインヘリアルの肋の下から埋まり、背面へと突き抜けた。
飛び退りながら刃を抜けば夥しい血が噴き出る。苦しみながらもまだ死ねないデウスエクスの姿に終夜はただ目を細めるだけだ。
もう悪態を吐く余裕もなく、重ねた業火に責められるエインヘリアルをフィーラが見下ろす。これを見ていると、胸の内にじくじくと焦げるような深いが湧く。それが何と言う名なのか、今はわからないが。
「苦しんで死なせるのがのぞみ、だったね。なら同じように、あなたも苦しませて、あげる」
胸の前に持ち上げた指先に黒い鳥が生まれる。影鳥の羽は広げられ、翼の一打ちの音と共に舞う。
死を予感したエインヘリアルが氷の上を滑りつつ惨めに足掻くが、逃れる事はできない。
冷たく、硬く、静かな死がコギトエルゴスムを砕いた。
●時には甘く、蕩ける午後を
「さあ、治しましょう。冷たい風をほおに受けて、空気を肩で裂き、氷上を滑るように走る……。そうして楽しむアイススケートは冬の醍醐味よ」
微笑みながらぱちんと手を合わせるアーデルハイトの一声で空気が和らいだ。ヒールを施す者、瓦礫を片付ける者と手分けして修復にあたる。
「うんうん、スケートは冬ならではだよね!」
滑れない女の子を優しくリードする素敵な男性、二人は手を取り合って……。
甘酸っぱい妄想が膨らむ火倶利だったが、ケルベロスはどんな状況でもお元気に戦える現実を思い出し、ふっと遠い目をした。
その後ろをタカラバコが走ったりひっくり返ったりして滑って遊んでいる。
「ああっ、危ないから待って! タカラバコちゃん!」
周囲でくるくると追いかけっこする二人を目で追いながら、フィーラは瓦礫を手にしたまま瞬いた。
滝摩も楽し気にそれを見守っている。
「わあ……っと」
交久瀬が吹き飛んだオブジェの一つを片手で運んで来たため我に返って修復に戻る。
「ここで合っていますか?」
「はい、そのまま押さえていて下さい、治しますね」
継ぎ目が多少カラフルになったが、リンクから戦いの跡が消えていくのは良い物だ。
「いい筋肉してるな! もっと見せた方がいいんじゃねえか」
「そ、そうでしょうか」
両手にゴミや破片を抱えて豪快に笑う相馬に褒められ、交久瀬は頬を掻く。
エインヘリアルに仕えていた時、こんなに信頼できる者は居なかった。輝く氷上の仲間を眩し気に眺めたクラウディオは、アーデルハイトと相馬に声をかける。
「細かくヒールしながら一周見ましたが、問題無いようです」
「お、良かった良かった。おーい! 皆、もう滑れるぜ!」
相馬が遠巻きに見守っていた人々に声を掛けると子供の歓声が届いた。
「まあ、助かるわ。やっと一息つけるわね。フィーラ、ココアはお好き?」
手招かれてフィーラは頷いてついていく。
目を輝かせるフィーラと、年相応に表情を緩める滝摩がチュロスを味わっている。
温かい飲み物片手に話しながら火倶利もにこにこと二人を眺めていると、終夜が皆に訊ねた。
「折角だ、この後滑らないか?」
「そうねえ、体も温まった事だし」
アーデルハイトが微笑む。ロマンスが生まれても生まれなくても、スケートは楽しい物だ。火倶利も手を挙げる。
「賛成!」
「いいぞ、スケートは足の筋肉が育つ」
相馬が大きく頷き、交久瀬はレンタルシューズのサイズ表を見ながら襟を緩めた。
「熱くなりそうだけどね。……あ」
すぐさまスケートリンクへと脱走を始めたタカラバコ。
「待ってってば、もう!」
再び始まる火倶利との追いかけっこに、蒼天の下に笑い声が響いた。
作者:件夏生 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2019年2月11日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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