ダンテの誕生日~花色の雪

作者:猫目みなも

「皆さん、今日もお疲れ様っす! 実は、ちょっとしたお誘いがあるんすけど……」
 そこで一度言葉を切って、黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)はにっと楽しげな笑みを浮かべた。
「夜桜見物気分で、ひとつ出かけてみないっすか?」

 未だ冬真っ只中であろう雪国で、夜桜見物?
 そんなケルベロスたちの疑問に応えるように、ダンテは一枚のポスターを両手で広げてみせる。
「これっすよ! 雪の積もった並木道をライトアップして、満開の桜みたいに見せるイベントがあるんす。写真だけでも壮観じゃないっすか?」
 なるほど、樹上に積もった雪が桜色の明かりに照らされて夜空に浮かび上がる光景は、確かに春の夜桜によく似ている。違いは、まっすぐ伸びる道の上もまた、花の色に染まった雪に覆われて煌いているところだろうか。
「勿論雪の中だから寒さ対策は必須っすけど、あったかい食べ物とかココア、大人向けにはホットワインなんかの屋台も出てるんで、そういうので腹の中からあったまるのもいいと思うっす!」
 たまにはこうして、綺麗な景色の中をゆっくり歩くのも悪くない。
 そんな風に笑って、ダンテはケルベロスたちをいつものキラキラとした目で見つめる。
「まだまだ春には早いっすけど、こうやってちょっと先取りして楽しむのもいいもんだと思うんすよ。よければ息抜きがてら、一緒にどうっすか?」


■リプレイ

 雪が、はらはらと降っている。
 夜風に吹かれ、舞い上がってはまた落ちる雪片の群れが人工の光に照らし出されて薄紅色に煌くさまは、なるほど確かに季節外れの桜吹雪のようで。
「やはりロマンチックですな」
 ほうと白い息をつきながら、イッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770)はそう独り言ちる。足元で桜色に輝くもの、木陰にあって白く見えるままのものとそれぞれに違う色合いを見せる雪を不思議そうに触り比べている相箱のザラキに小さく笑い、風に冷えた指先を温めるようにホットミルクのカップを両手で包もうとして――ふと、イッパイアッテナは右の掌をカップから離した。
「ダンテさん、誕生日おめでとうございます!」
 通りすがったヘリオライダーに祝福と共に手を振れば、振り向いた彼の瞳がぱっと輝いた。慌て顔と同じくらいに見慣れた、ケルベロスへの尊敬と感謝の眼差しにやはり楽しげに笑みを零して、イッパイアッテナは少し話していかないかとダンテを手招く。勢いよく一礼してその隣に並び立つダンテの頭上で、ひらり、雪の花弁がまた踊った。
「おねえちゃん、寒くないですか。大丈夫?」
 気遣うように横目を向けてくるベラドンナ・ヤズトロモ(はらぺこミニョン・e22544)の視線に、もこもこふかふかに着込んだ七星・さくら(日溜まりのキルシェ・e04235)はぐっと拳を握ってみせる。
「いざという時には、べるちゃんの風よけにだってなれ……にゃーっ、寒い! でも負けない!」
 そうして己の筋肉たちに精一杯のエールを送る『おねえちゃん』の姿が頼もしくて愛おしくて、ベラドンナは彼女の手をきゅっと握りながら頷いた。頷きに柔らかな笑みを浮かべ返したのも束の間、ふとさくらは小鼻をひくつかせて。
「はっ! 何処かから美味しい匂いがするわよべるちゃん……にょわっ!?」
 駆け出そうとするなり凍り付いた雪道に足を取られたさくらを全力で支え守るべく、ベラドンナは咄嗟に自分の手に力を込めた。
「はっ……今こそ、うなれわたしの筋肉!」
 ……けれど、唸らせるための筋肉があまりなかったのはご愛敬。仲良く雪まみれになったコートをお互い払い合いながら、ふたりは匂いの元を確かめる。
「あ、あそこにお饅頭屋さんの屋台があったのね。わたしはほかほかあんまんが恋しいかなー……べるちゃんは?」
「肉まんと甘酒欲しいです。これでふかふかあったかいが2割増です」
「甘酒、それも外せないわ……! 買っちゃいましょう!」
 ときめきに逆らうことなく欲しいものを決めて、代金をしっかり払ったら、あとはこのふかふかあったかを堪能するだけ。
 蒸したて熱々の肉まんを頬張ろうとしたベラドンナが、一度瞬いて大きく開けた口を閉じる。不思議な所作に気付いてちらりとそちらを見たさくらに、ベラドンナは半分に割った肉まんの片割れを差し出した。
「おねえちゃんも食べる?」
 今度は、さくらが瞬く番だった。大きく頷き、あーん、とそれを自分の口で受け取って、さくらもあんまんをふたつに分ける。
「べるちゃんもどうぞ?」
 もくもくと湯気を立てるあんまんを吹き冷ます息が、白く薄くけぶっていく。その掻き消えていく先を見上げれば、寒さも忘れるほどに華やかな光の花が視界を染めた。
 ライトのすぐ傍であれば強く、またライトから距離のある場所では淡く。それぞれに光の厚みを変えながら、桜色の雪は音もなく降りしきる。
 とりとめもないことを雪に紛らせるように話しながらホットワイン片手に並んで歩くことしばし、隣を行くエトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)がふと唇を閉ざし切ったことに気付いて、櫟・千梨(踊る狛鼠・e23597)はちらりとそちらに目をやった。
「さては何か詩的な事を考えているな?」
 雪を踏む足は止めないままにそう投げかければ、鏡のような銀色の目がゆるりと千梨の方を見た。友人の顔をじっと見つめ、次に雪雲に覆われた空へ目をやり、舞い散る雪を受け止めるようにカップを持たない方の掌を天へと向けながら、ぽつり、エトヴァは口を開く。
「……冬にハ、憧れガ、最も強くなるのかもしれまセン」
 繊細な幾何学模様を描く結晶が、手袋の上で花の色に光る。それを握り止めるでもなく、彼は静かに白い息を吐いた。
「長い夜の静寂に……真白な雪の裡にモ、色づく春への願いをはぐくみ……こんなふうに、魔法をかけるのかもしれまセン」
 言葉が続けられるうちに、雪はやがて透明に溶けていく。かりそめの花の命は、短い。
 何とはなしにその様を眺めながら、千梨も友のそれに合わせるように雪色の域をつく。
「俺は冬も嫌いで無いが、花綻ぶ春に焦がれる時もある。……だからと言って、春を作ろうとは思わなかったな」
 遠いからこそ憧れる。或いは、憧れている限りその対象との間には大きな距離が敷かれ続ける。寂しいような切ないような、けれどごく自然な感情をなぞるように、千梨は未だ温かいワインの入ったカップに指を添わせた。
「俺に出来るのは精々、長く傍らに在るのを祈る事か」
 季節のように、全ては巡りゆく。それもまたごく自然なことだ。そうしてもうひと口ワインを含む友の横顔に、エトヴァは何度目かの瞬きを零して、そして。
「……あなたハ、もっと素直で良い」
 短い言葉が、時を止める。まるで異国の言葉を投げかけられたように、コップを口元から離しすらしないまま目を丸くする千梨に、エトヴァは笑うでもなくまっすぐな言葉を紡ぐ。
「誰にも春は訪れル。雪景色に、心模様を映すように。憧れるなラ、求めれば良い」
 一秒、二秒。雪が掌に溶けるように、或いは温かな酒が臓腑に落ちていくように、それが染み入るのを感じて、千梨はごく微かに笑みを浮かべた。
「そうかな」
 返る頷きが、心地良い。成程、求めるなどということは思いもよらなかった。ならば、と彼は僅かに笑みの色を変えて。
「偶には素直に……助けを求めようか」
 ワインは存外に回りが早い。思ったよりも足に来ていると告げれば、エトヴァもやはり緩やかに微笑を見せて。そのまま差し伸べられた手が、酔いに火照った手を取った。
 憧れの色に染まる雪の上に、いくらか距離を詰めたふたり分の足跡が、そうして確かに刻まれていく。
 同刻。
 やはり共に並んで歩きながら、碓氷・絃(過世の跫・e47989)と天瀬・水凪(仮晶氷獄・e44082)もまた、春の夢にも似た景色をゆるりと見上げていた。
「こうして天瀬さんと外を歩く機会は今までなかなか無かったですね」
「……絃とこうして出掛けてみたかった」
 頷いて、水凪は一際大きな桜の木の下で足を止める。本物の花の季節こそまだ先だが、ひとの心と手が雪に重ねて咲かせるこの花もまた、疑いようもなく美しい。
 雪化粧の木をじっと見上げる彼女に倣うようにして、絃もまた、緑柱石にも似た色合いの瞳いっぱいに桜色の雪を映す。
「――綺麗っすね」
 ほう、と零れた息は、深く白い。その色が示す通りに凛と冷えたこの季節に、このような景色が見られるとは――感慨深く自然と人工の織り成す『春』に見惚れていた絃だったが、やがて隣に揺れるような気配を感じて視線を動かす。いつの間にか、天を仰いでいた水凪の勿忘草色の目がこちらを見つめていた。
「天瀬さん?」
 首を傾げる彼に、水凪はほんの少し――それこそ注意深く見ていなければ分からないほどにほんの少しだけ、眉根を寄せた。迷うように二、三度唇を震わせた後、やがて彼女は一歩足を踏み出して。
「――絃、頼みたいことがある」
「……頼みたいこと?」
 何だろうかと言わんばかりに瞬く絃の方へ更にもう一歩踏み込めば、唇は彼の耳元にまで迫る。そうして水凪は、行き交う他の誰にも聞き取られぬよう、密やかにひとつの望みを口にした。
「……」
 絃の瞼が、言葉を受け止めるように下ろされ、また開く。次はそれを噛み締めるようにもう一度、その次には飲み込むように。そして、彼はほのかな笑みをその目元に浮かべた。
「勿論。喜んで」
 返される声もまた、密やかに。じっと見つめてくる彼女から視線を離すことなく、そうして絃は彼女の願いを叶えてみせる。
「水凪さん、……水凪」
 優しい声音で紡がれたその音に、水凪の表情が綻ぶ。深く深くひとつ頷いて、水凪はいとおしむように絃の方へと細い指を伸べた。
「絃が望むなら、本物の桜も見に行こう」
「水凪が良ければ、と言おうと思っていましたが……先を越されてしまいましたね。ええ、きっと」
 降りしきる雪の中、そうして指と指が柔らかく重なる。移ろい巡る季節たちの中を、これからも共に。降り重なる雪の上へ、新たな足跡が誓いを刻むように刻まれていった。

作者:猫目みなも 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年2月5日
難度:易しい
参加:7人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 2
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