早咲き梅

作者:絲上ゆいこ

●梅庭園
 夜の庭園に、人の影は無く。
 奥へと続く道の左右には、丁寧に管理をされているのであろう。
 春を待つ梅の蕾達を枝先に蓄えた、見事な枝ぶりを誇る梅の木々が立ち並んでいる。
 ふわり、ふわり。
 花粉のようなものが、その蕾に降り落ちた。
 ぽん。
 突如綻ぶ、梅の花。
 それは一つにとどまらず、梅の道が一瞬で紅梅色に染め上がる。
 早すぎる開花。
 それは異様な光景。
 一本の梅の木は、身震いを一つ。
 うっそりとその根を引き抜き、歩きだし――。

●ふたり、かたる
「先の戦いで大阪城周辺に集まってきている攻性植物が、今度は梅庭園で事件を起こすのか」
 ヘリオライダーに託された資料を指先で捲り、四方守・結(精神一到・e44968)が瞳を眇めて呟いた。
「うーん、大阪市内で事件を発生させて人々を排除しようとしているのよね……? 皆避難して人が居なくなれば、攻性植物達が拠点を拡大してゲート破壊成功率がじわじわ下がっちゃうみたいだし……。何にせよ皆が襲われるのは放っておけないわ」
 天目・なつみ(ドラゴニアンのガジェッティア・en0271)は飲み物を片手に、資料とにらめっこ。
 ああ、と相づちを打った結が言葉を次ぎ。
「敵の数は多いが、別行動はしないようだ。眼の前に敵を見つけると逃亡もしないようだし……。市街地で一般人を襲う前に、庭園前で対処はできそうだな」
「そうね、でも数の多さは怖いわ。ディフェンダーとアタッカーに分かれて連携をしっかりしてくるみたいだし、気を引き締めていかなきゃね! 木だけに!」
 なつみの言葉に、結は瞬きを二つ。
「……」
「……」
 捲った資料、なつみと目を合わさない結。
「ふむ……、そうだな。確かにディフェンダーが癒しを担当し、アタッカーが攻撃に集中する連携は面倒だが。……我々がそれ以上の連携を見せれば撃破は難しくなかろうな」
 見事にスルーされ、あーって顔をしたなつみ。
 気を取り直して、大きく頷いた。
 木だけに。
「ふっふっふっ。アタシもそう思うわ、ムスビ! それに、攻性植物の影響か周りの梅もぜーんぶ咲いちゃったみたいだし、終えたら梅見をしてきて良いって書いてあるわ。サクッと倒して、サクッと梅見を楽しんじゃいましょう!」
 そこに、おういと声が掛けられた。
 こちらの準備が整ったからヘリオンの方へ、とのヘリオライダーの声。
 肩を竦めて資料を手に、結は立ち上がる。
「罪なき人々に害が及ぶ前に、事を済ませよう」
 携えた八獄の位置を正してから、後ろも振り向かずに歩き出す結。
「ハーイ」
 その背に、なつみはふふと小さく笑いを漏らす。
 結の持つ資料のページが、梅見をしてきて良いと書いてあるページだったもので。
 がんばりましょうねと呟いてから、彼女の背を追って歩き出す。


参加者
ティアン・バ(よりそう・e00040)
新条・あかり(点灯夫・e04291)
鏑木・郁(傷だらけのヒーロー・e15512)
ザンニ・ライオネス(白夜幻燈・e18810)
エレオス・ヴェレッド(無垢なるカデンツァ・e21925)
月井・未明(彼誰時・e30287)
フィーラ・ヘドルンド(四番目・e32471)
四方守・結(精神一到・e44968)

■リプレイ

●風待草
 この庭園の全ての花が一気に開花しようとも、本来ならば叶わぬほどに。
 むせ返る程の濃厚な梅花の香りが、庭園を覆っている。
「……」
 穏やかに春を待つ事が叶わぬのならば、これ以上誰かを傷付けてしまう前に。
 こくりと頷いたエレオス・ヴェレッド(無垢なるカデンツァ・e21925)と、なつみが重ねた目線だけでその意図を酌み交わす。
 月に照らされた、薄紅色。
 不気味に膨れ上がった、まあるい花弁を重たげに。沢山ぶらさげた歪な枝ぶりは、ずっしりとしなっている。
 人の気配を察知したのであろう。
 目も無いのに一斉にケルベロス達に向き直った木々が、不吉な鞭の如く枝で風を斬り。
 触れた歩道が、木々が、ベンチが。
 爆ぜるように弾け、その事にかまうことも無く更に枝はケルベロス達へと迫りくる。
 紙一重で削ぎ落とされた朱いオーラの花びらが一片、ひいらりと儚げに散った。
「花咲かす灰ならぬ、花狂わす胞子だね」
 地を蹴って。
 枝をいなし避けた新条・あかり(点灯夫・e04291)は、避けるステップを止める事無く。
「本当に早く咲いてしまったものだ」
 それでも、それでも同じに咲くともがらがいるのだな。
 陣内と並び、魔力を揺らしたティアン・バ(よりそう・e00040)は紙兵をゆびさきに従わせて重ね加護と化す。
 梅は好きだ。
 香りも、枝ぶりも、花の形も。
 だからこそ、だからこそ。
「手折るのは胸が痛むけれど、そうも言ってられないよね」
 慣れ親しんだ立ち位置とは違う目線に、あかりが戸惑う事は無い。
 追走してくる枝が、うねり。一気に加速すれば垂直に伸びて。
 それを受け止めたのは、あかりの放った爆ぜんばかりに膨れ上がった薔薇であった。
 叩き込まれた枝の勢いごと、喰らう深紅の花弁。
 枝を喰らわれ、一瞬動きを止めた敵を庇うように。
 一気にあかりへと肉迫するディフェンダーであろう敵の、巨大な腕めいた根。
「おとなしくしてな」
 迷わず疾風を駆けさせて。
 間に割り込んだ鏑木・郁(傷だらけのヒーロー・e15512)はグラビティブレイカーのストックを叩き込んで、無理やり根の軌道を横へと弾き飛ばした。
 横っ飛びであかりが躱しきった事を横目で確認すると、転がり取った受け身からライフルを連射する。
 ぱっと散るレーザーの華を、みちしるべに。
 ゆったりとした様子で桃色を揺らして弓を番えたのは、フィーラ・ヘドルンド(四番目・e32471)だ。
「いくよ」
 その緩慢な動きからは想像できぬ程、手さばきは迷いなくまっすぐに。
 精霊の加護を宿した矢は、敵を貫き止める。
 揺れる、揺れる、梅の花。
 五体の敵が、陣を組むようにその隊列を整えた。
 その間もぶるると身体を震わせた枝が、梅花をぱあっと散らす。
 折れた枝が、急激に萌え生え伸び――。
 腕だか脚だが根だか枝だかはわからないが、動く部位が多い敵も、連携する敵も厄介だ。
 ちらちらと花弁の散る姿は、そりゃあ。
「本当に、綺麗っすけどねェ……」
 同時に突き出された根を躱し避けた、ザンニ・ライオネス(白夜幻燈・e18810)を更に挟み込まんと、執拗に繰り出された枝。
 その隙間を、鳥を模した杖と脚でなんとかこじ開けて。
 脱出しながら、炎を枝と根の間で散らし蹴り上げ、エアシューズで滑り抜けるザンニ。
「……うえー、危ない危ない」
「ふむ、皆、歴戦の猛者のようだ。作戦通り行けそうだな」
 暴れる枝を、エクスカリバールを撫で付け、払い、いなし。
 徐々に敵との間合いを詰める、四方守・結(精神一到・e44968)の背を守るように梅太郎ががぶりと枝に噛みついた。
 その白い翼いっぱいにはらんだ加護は、仲間を鼓舞する。
「市街地に逃がさないように、気を付けて戦うようにせねばな」
「うん。気合を入れていくとしようか、木だけに」
 その横で。
 降り落ちてきた触手めいた根を、半歩引いて躱した月井・未明(彼誰時・e30287)が頷き。
「いや、洒落ではない」
 真顔の結が、枝を爆ぜ折る勢いでバールを叩き込んで、言った。
 違うのですよ。
「うん、おれはちゃんと気づいてる」
 重ねて放たれた未明のレーザーが氷の花を散らし、枝を弾き飛ばす。
 踏ん張り制動を駆けた結は、むむむ、と言う顔。
 そんな二人を同時に包む、光の加護と星の加護。
 それは、エレオスとなつみの癒しの加護だ。
「アタシはちゃんと気にしてるわよっ!」
 木だけに。
 こんなしょうもない事を自信満々に言えるのは、ゾディアックソードを手にしてぴかぴか笑顔のなつみだけだ。
 再びこっくりと頷いた未明。
「あわわ……」
 むっつりとした結に掛ける声を見つける事ができなかったエレオスは、とにかく支援を頑張る事にした。
 がんばります。

●香栄草
 白に、紅に。
 降り落ちる花弁は、倒れた敵の上にも等しく落ちる。
 ひゅうるりと吹いた風が、攻性植物と化した梅の膨れ上がった花弁を逆立てて。
「結、はなびらがくる」
「ん」
 敵の動きを注視していたティアンの声音が、朗と響く。
 柄を握りしめていた結が、その手を防御に上げようと――。
「いーや、そのまま攻撃の構えは崩さなくていい」
 宣言した彼もまた、敵の動きを予測して既に駆け出している。
 立ちはだかった郁は、大きく腕を広げて。
 彼女を庇って全身へと纏わりついた白い花弁は、火の如く。
 その身を裂き、燃やす。
 しかし、その痛みは覚悟の上だ。
「敵の数も減っている! このまま皆、攻めきろう!」
 仲間達を鼓舞するように、郁は明るく告げる。
 郁の言葉通り、残る敵は後2体。
 夢のつづきを。いつまでも、いつまでも。
 灰色をくゆらせたティアンは、ゆびさきを真直に敵へと向けて。
 ぱら、ぱら。
 白が、紅が、花弁がこぼれ落ちる。
 指示に頷いた結は、郁を振り返る事無く。鞘より八獄を、抜き解放つ。
 鎬地を滑る指。
 彼女の青い瞳が睨めつける先は――、いいや、あかりとフィーラも同じ場所を見ていた。
 皆の狙いは脆くなった、枝の付け根だ。
「みんなに、あわせる」
 フィーラの指先に暗い黒い魔力が爆ぜ、生まれる鳥。
 結は踏み込みと同時に、挨拶代わり。
 八獄を振り下ろすと、サイドステップを刻む。
 結に気を取られた敵は、羽ばたいた鳥への対応が遅れ。
 見事な枝ぶりを、黒い鳥が刈り碎いた。黒く染まった枝が、花が、ぼろぼろと零れ落ち――。
 同時に弾かれたように跳ねた、少女の影二つ。
 その樹肌を、蹴り上げる、踏み上げる。
「……きみたちの良い香り、忘れないよ」
「断ち切れ、――八獄」
 馥郁たる、その冷たい香りを。
 枝を、花を失い悶える敵を。
 あかりと結の刃が、一刀両断する!
「あと、一体だ!」
 まっすぐに、まっすぐに、疾風が駆ける。
 吠えた郁は重心をぐっと落として勢いを付けた、しなやかな跳躍から気合い一閃。
 刃のように鋭く、根を断ち伐る一閃。
「エレオス!」
「はい、なつみさん」
 星と、鎖の魔法陣が魔力に弾ける。
 皆を鼓舞する加護を、花に休みを告げる癒しの光を。
「……皆さん、お願いいたします」
 真白な長髪が、エレオスの肩をさらりと流れる。
 彼の声音に、ザンニが駆けた。
「夜も更けてきたっすからね、そろそろ終わりにするっす」
「ああ、そろそろ眠るにはよい刻だ」
 最後に残ってしまった、攻性植物をまっすぐに見つめる未明の瞳。
 一気に加速したザンニは、鋭い放射線を描いて放たれる枝を、右に左に器用に避け駆ける。
 揺れる梅の木。
 捉えられぬザンニに癇癪を起こしたかのように、太枝が眼の前へと強引に叩き込まれ。
 地を深く抉ったその枝を。隙と捉えた彼は、ジャンプ台代わりに踏み抜き跳ねる。
「……!」
 奥歯を噛んで、足先が空中で円を描き――。
 刃めいた蹴りで、伸び映える枝を一気に裂き伐る!
 ぐうらり揺れた梅の木に、烟る『香り』。
 それは、梅の木の動きを止めるには、十分な『香り』だ。
「きみの目には、……なにがうつる?」
 薄月の瓶を片手に、薬師見習いは首を傾ぐ。
 その応えなど、在るわけも無いけれど。
 朽ちるように。
 樹肌が崩れて攻性植物が倒れ伏した事を確認してから、未明は瓶に封をした。
 どうか最期は穏やかに。
 ――春を夢見て、おやすみなさい。

●春告草
 堅牢な柵に絡みついた蔦の葉。
 冷たい夜を彩る、馥郁たる梅の香。
 望まず綻んだ花は凍える事も無く、凛と咲き誇る。
 この光景を守れてよかった、とほうと息を零した郁。
「綺麗だなあ……」
「……全くっすねェ」
 ザンニの杖が解けその肩へと青瞳の鴉が宿らせながら、彼も同意に頷いた。
 一足早い春の先駆けは、庭園を華やかに彩り。
 すっかり元通りとは言えぬが、一通りの片付けを終えた広場。
「はいよ、お疲れさん」
「ん……、ありがとう」
 アベルが桃色の髪を撫でると、自然と緩むフィーラの瞳。
 擽ったくて心地よい大きな掌。
「さて、約束のモンも用意してきたぞ」
「……! たのしみ」
 表情こそ変わりが無いが、フィーラは瞳をぴかぴかに輝かせて頷く。
「……ん」
 横に立った十郎が、空を見上げる様子にエレオスは首を傾ぐ。
「どうかされましたか?」
「……あぁ。折角の月夜だし、梅と月を一緒に見るのに良い場所があるかなと思ってさ」
「梅と月も一緒に、……それは素敵な案ですね」
 良い場所を探しましょう、と。翠瞳を細めて、エレオスは微笑み。
 彼と同じように空を見上げてから、周りをぐるりと見渡した。
「さて。――仕事も終えたな」
 思い思いに皆が動き出す姿を確認すると、携えた八獄の位置を正して。
 帰るか、と踵を返そうとした結の目前に。
「ねえ、ムスビ」
 舞い落ちる、花吹雪。
「む」
 結が振り向くと、背後でくすくすと笑うなつみの姿。
 その腕には戦いで落ちてしまった花弁を拾い集めてきたのであろう、花弁が数枚へりついている。
 その背後に広がる、数本歯抜けになってしまった通り抜けは、紅色も鮮やかに。
 弥速に過ぎる花々が爛漫と咲き溢れていた。
「お団子、アナタも食べるでしょ?」
 なつみの問いに。いいや、彼女の背後に広がる、木々の美しさにだろうか。
 どこか眩しげに瞳を細めた結は、肩を竦めて。
 ――資料にも。そう、資料にも梅見をしても良いと書いてあった。
「一本だけ頂こうか」
 垂耳が揺れて、差し出される餡団子。
「一本と言わず、お団子は沢山ある」
 生憎と梅ヶ枝餅は用意出来なかったけれど、と。
 未明は胡麻団子をぱくり。
「沢山食べるが良い」
「お茶も有る。一緒にどうかな?」
 暖まるよ、とカップを差し出した郁。
 団子に左手を、お茶に右手を。両手を埋められてしまった結は。
「……ああ。こんなに誘われてしまっては、仕方ないな」
 観念したかのように眉尻を少しだけ緩めて、団子を一口齧る。
「皆で花を見ながら食べる団子は、美味しいものな。ティアンも、お団子。ほしいな」
 庭園をぐるりそぞろ歩きしていたティアンも、団子につられて。
「アタシも、アタシも!」
「はいはい、少し待ってな。しかし美味そうなのばっかりだな、俺はどれを食べようかな」
 なつみが持参したお団子を片手に、郁にお茶を強請る横。
「ああ、でも」
 綺麗にさらってしまった串を揺らして、未明は空を見上げた。
「ただの花より団子とはいかなそうだ。――見事なものだ」
 彼女の声に、つられるように。
 仲間たちも、再び花にその瞳を奪われる。
 見事に咲き誇った梅の花々。
 未明の翼猫自身が認めた、翼猫と同じ名の花。
 胸の奥で、何かがぞぞめく。
 かつて、の、なにか。
 ――何で早くに咲いたんだ、逢いたいひとでも居たのだろうか。
「……飛んで行けたら良かったのに」
 ふうわり浮いた藍色に照る梅太郎が、梅飾りの尾を揺らす。
 ぽつり。
 呟く未明は艶やかな花弁を映す、冴えた陽色を眇めた。
 幾分早いとは言え。
 春の訪れを感じさせる薄紅色は、どこか胸を踊らせる。
 お酒を片手に、肩に鴉を止めたザンニと揺漓は庭園を夜歩き。
「そういえば新しい年でもありますし、春になったらやってみたい事などはあるっすか?」
 何であれ応援を頑張らせて頂きますよ! とゆるく笑むザンニに。
「そうだな」
 揺漓は少しだけ目線を泳がせて。
「……こ、恋だろうか」
 恥じらう口調に、思わず揺漓の顔を見るザンニ。
 その表情は――。
「……冗談だ」
「なんだ、冗談っすか? なら残念っすねー……」
 戯れに乙女のように恥じらって見たが、割りと本気で恥ずかしくなってしまった揺漓。
 止め、止め、と掌を振り。
 憧れの彼の恋ならばと応援を、と一瞬意気込んだザンニは肩を竦めて。
「あっ、自分は花見がしたいっすね!」
 桜も良いし、勿論昼の花見も。
 ああ、花見団子を食べる事だって重要だ。
「ふむ、良いな。それは俺もやってみたい。桜を見て、団子を食って、昼寝が出来れば尚良しだ」
 なんて笑う揺漓。
「でも花見に限らず。結局いつもと変わらず色んな所に行って、わいわい楽しめるのが一番な気もするっすけどね」
「確かに。……今年も色々な場所へ行けると良いな」
 さて何処へ行こうかと、考えるだけで自然と緩む頬。
「改めて。今年も一年よろしくして頂けると幸いっすよ!」
「ああ、また一年、此方こそどうぞよろしく頼む」
 カフェオレの匂い。
 あかりは暖かなカップを両手で包み、一口。
「……」
 低めの樹とは言えあかりには、背伸びしても届かぬ枝。
 しかし、彼は違う。
 缶ビールを時折傾けている陣内と。
 青い翼を畳んで彼の肩に収まる猫の視線は、枝と同じ高さ。
 梅花を目前に楽しめる高さだ。
 あかりは唇を少し尖らせて、空を見上げた。
 青い月。
 梅の花、陣内の表情。
 それはあまりに楽しそうに見えて、――ちょっと置いてけぼりな気がして。
「ほら、よく見えるだろう」
 耳を擽る声に交じる、どこか甘いアルコールの香り。
 彼の体温。
 軽々と抱き上げられたあかりの身体は、彼と同じ目線。
「……うん、良く見える」
 それはとてもとても、甘い早春の色。
 陣内が楽しそうだった理由を、あかりは知らない。
 花越しのあかりの姿も、絵になるだなんて。
 長耳がぴこぴこと揺れる。
 一口サイズの色とりどりの花を模したおかずに、紅茶ベースの優しい花茶。
 約束のフィーラ専用のお花畑。
 彼女の輝く朱瞳を見れば、気に入ったかなんて聞く迄も無いだろう。
 どれも綺麗で、美味しそうで。
「フィーラのわがまま、きいてくれて、ありがと」
 とてもうれしい。
 うれしいけれど。
 何から食べようか、目移りしてしまう。
 どれも、これも、綺麗で崩してしまうのが勿体無い。
 迷いに迷い、卵焼きを一口。
 その瞬間ぱ、と更に輝くフィーラの瞳。
「やっぱり、アベルのごはん、とってもおいしい」
「どういたしまして、お前さん専用の花畑だからな」
 小動物みたいに、ちまちまと少しずつ食べる彼女にアベルは微笑ましげに笑って。
 幸せそうで何よりだと。
 フィーラが両手で包んだカップに、ひいらり舞い落ちた梅の花弁。
 顔を上げ、二人は梅を見上げ。
「……随分気の早い姫さん達だ」
 アベルが楽しげに笑う。
「花づくしで、すてき。しあわせな時間を、ありがとう」
「美味そうに食べて貰えるのは嬉しいぞ、俺の方こそ幸せをありがとな」
 ああ、アベルが嬉しそうだと、自分も嬉しくなってしまう。
 やわこい気持ちに、フィーラは瞳を細め。
 揺れる、揺れる。小熊猫の尾。
「ほら。ここから見ると、枝先に月が腰掛けてるようでとても綺麗だ」
「わぁ……本当ですね」
 十郎が笑みを綻ばせる横で、エレオスも花の様に微笑んで。
 はたと、しゃがむと形を保った侭。
 地に零れ落ちてしまっていた梅花を、一輪摘んで掌に乗せた。
「とっても綺麗です」
 常ならば、地に還す筈の花に。
 エレオスが手を伸ばしたのは、目にした全てを覚えていたい気持ちの表れだったのかもしれない。
「押し花にして、机にでも飾ろうか?」
 十郎が藍色を細めて、首を傾ぎ。
「……ふふっ、素敵ですね」
 この光景と大切な友人の笑顔を、忘れぬように連れ帰りたいのだ、と。
 エレオスもまた、笑みの眉開けさせて。
 月の椅子に、咲き誇る花。
 一足早い、春の先駆けの日に。
 おまえのように、あれたなら。
 ――ティアンと一緒に行ってくれるかと、願ったのはもう二年も前だろうか。
 大切だと、思い込んでいたものすら手を離して。
 揺れる送り火の煙髪は、あの時と変わらず揺れて。
 ティアンは今、傍を歩む者の幸福に溺れては居ないだろうか。
 想いは変わらず、歩んできたつもりだ。
 あの日と同じく、白に手を伸ばす。
 追うのでなく、まっさきにさきがける白。
「……ティアン、は」
 独りで、立てているのだろうか。
 相応しい己、だろうか。
「ティアン」
 呼び声。
 灰色の瞳を向ければ、羽根を畳んで悪戯げに笑うなつみ。
「花は、綺麗ねぇ」
「……ああ、まったくだ」
 月明かりにゆれる、白い梅の花。
 あとは、お団子なんてあれば。

作者:絲上ゆいこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年2月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 2
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。