鋼の鬼姫

作者:東公彦

 鈍色の甲冑に垂れた緋色の腰布。左の肩当の内に噛ませた外套には細かく刺繍が成されている。ひさしを下げた兜の頂点からは鮮やかな鳥の羽が広がり、すっぽりと腰元までを覆う。さながら西洋の化粧兜といったところか。
 その身を堅固な鎧で固めた騎士はひとり田園を進む。腕に引っ提げた大剣は騎士の存在する異常性を物語っていた。それは安穏とした風景に不釣り合いな破壊と暴力の象徴じみて映っていた。
 騎士は剥きだしの大地をゆっくりと歩き、立ち止まると大仰そうに大剣を担ぎ上げた。
「失礼、あなたがエリザベス・ナイツ(スーパーラッキーガール・e45135)か?」
 こんな珍妙な知り合いがいたっけ? 帰路途中のエリザベスは声をかけられ、とりあえず記憶の引き出しをありったけ開けてみた。思い浮かばない。とりあえず首肯しておく。すると騎士はからからと笑った。その声でようよう女騎士であるとわかる。
「良い物を持っていると聞いた。鋼鉄の剣を」
 もしかして……。エリザベスが自らの大剣へ視線を移した途端、女騎士は一足に間合いを詰め、鋼の大剣を振り下ろした。咄嗟、エリザベスも自らの大剣で受ける。剣同士が声をあげる、果たしてどんな会話が成されたか。エリザベスの足元、その大地が僅かに沈む。途方もない膂力での一撃である。
 なにっ、なんなのよ! エリザベスは泡を食ったが、ケルベロスとしての彼女は実に潤滑に合理的に動いてみせた。つば競り合いから刃を逸らせ、敵方の切っ先を地面へ。直後、大きく腕を振るわせ大剣を横薙ぎにした。大剣を手元に返して防ぐ女騎士――と、ここまではエリザベスの想定通りであった。
 斬撃から連続し、体内で錬り上げた魔力を掌から撃ちだす、これが本命だ。しかして魔力の円弾は騎士に炸裂し爆発を起こした。
 うん、直撃したはず。エリザベスは構えを解かぬまま口にした。
「レディにしては乱暴ね。あなたと比べたらまだ私の方が淑女みたい」
「うむ。そのようだ」
 煙の中から声が返ってきた。それはエリザベスの予想に反し健常である。陽の光に鋼が煌めく。白煙が晴れると傷一つない女騎士が自らの兜に手をかけひさしをあげた。通った鼻梁、少し険のある切れ長の瞳。女騎士の薄く色づいた唇が開いた。
「私の名はクリスティーネ、淑女とは程遠くてな『鋼鉄姫』などと揶揄されている。そしてもう一つ教えよう―――鋼は魔力を通さない」


「エリザベス・ナイツ(スーパーラッキーガール・e45135)に危機が迫っている。敵の狙いはエリザベスの手にする大剣『鋼鉄の覇王ノヴァ』だ」
 ザイフリート王子(エインヘリアルのヘリオライダー)が言って、掌で顎を撫でた。少しばかり考え込むと、納得したようにひとりごちる。
「鋼鉄姫か。聞き覚えのあるような……いや、なかったか? ああ、すまんな。本星にいた頃が遥か昔の事に感じられてしまう。これも刹那を生きる人間と慣れ親しんでいるからか……や、脱線した。一人で相手をするには分が悪いだろう。お前らには一刻も早くエリザベスの戦闘に加わってほしい」
 不意にザイフリートは掌を皿にして左腕を伸ばした。そこにはない戦地を見ているように。
「戦闘予定地は畦道やら田んぼやらの広がる農耕地だ。左手にただ広い原がある、そこで戦えば人的・物的被害はないだろう。クリスティーネは『特殊な鋼で鍛造した大剣』での接近戦を得意とするようだな。言動からして鎧も『鋼』で鍛造されたはずだ。敵の言葉を易々と信じることはないが、事実魔力に耐性があるならば厄介だ。近距離で斬り合うことは避けるべきだろう」
 しかしな。ザイフリートが呟く。
「尋常の勝負を望む相手と存分に斬り合うのも、面白そうではあるな」
 エインヘリアルらしい血気盛んな眼差しを、ザイフリートはどこか彼方へと向けた。


参加者
三和・悠仁(憎悪の種・e00349)
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)
明空・護朗(二匹狼・e11656)
クララ・リンドヴァル(本の魔女・e18856)
ルベウス・アルマンド(紅い宝石の魔術師・e27820)
屍・桜花(デウスエクス斬り・e29087)
雑賀・真也(英雄を演じる無銘の偽者・e36613)
エリザベス・ナイツ(スーパーラッキーガール・e45135)

■リプレイ

 冬の田園は一面の土塊がでんと据わっているだけで寂寥とした感さえない。原には子を送りだした枯れすすきが群生し、茫々と腰をまげ命尽きる日を待っていた。
 不意に枯草のカーテンが斬り裂かれ金髪の少女が躍り出る。長い髪を揺らし、左右へ跳びはねながら長大な剣を構える。少女を追う刃が光るたび、ススキの首が刈り落とされた。鋼甲冑の騎士は体を捻りながら苦もなく悠々と剣を振るう。少女――エリザベス・ナイツ(スーパーラッキーガール・e45135)が己の剣を打ち合わせると、意匠の似通った二振りは澄んだ音を立てた。
「なん、なの……よっ!」
 突如として襲いかかってきた相手への鬱憤も込め、エリザベスが刃を押し返す。今度は自分の番とばかりに地を這うほどの下段から斬り上げるが鋼鉄姫も足を刈るように刃を薙ぎ、再び剣がぶつかりあう。尋常ではない衝撃に手が弱音を吐いて震える。腕の痺れを堪えながらエリザベスは大剣を振るい続けた。
「私の剣と相対して傷一つない、優劣はつけがたいか。どちらが贋作にしろ……良い剣だなっ!」
 一際力強く大剣が振り下ろされる。エリザベスは咄嗟、枯草の海に身を投げた。頭一つばかり横を切っ先が過ぎて地面が抉れる。立ち上がり、体ごとぶつかるようにしてやり返す。
「なんのことよ、偽物って!」
「知らんか。ノヴァの剣は長剣に大剣の二振り。その長剣が私の元にある以上、知りたいではないか――どちらが真のノヴァの大剣であるか!」
 体を半身に逸らし、エリザベスの剣を受け流してから一挙に反撃に転じる鋼鉄姫。エリザベスは横薙ぎの一撃を身をおとしてかわすが、それがすぐに失策であると勘付いた。頭上に剣を掲げると予想通りに鋼の大剣が降り落ちてくる。柄をしっかと握りしめたが、凄まじい剣圧に腕がもたない。
 体勢を入れ替えようとするも僅かな隙さえない。もう刃は眼前であった。
 やられるっ!? 免れぬ死を覚悟したその時。エリザベスの後方、その地面が爆発し色とりどりの煙幕が上がった。
「これはっ――」
 戸惑う鋼鉄姫。エリザベスも例に漏れなかったが、偶然の間隙に体を起こし距離をとる。すると後退するエリザベスに代わり爆炎が敵に炸裂した。
「お待たせしました。『不変』のリンドヴァル、参ります……」」
 クララ・リンドヴァル(本の魔女・e18856)はやんわりと言って、長手袋を脱ぎ、足元に落とした。明空・護朗(二匹狼・e11656)も強いてぶっきらぼうに声をかけた。
「ナイツ、無事? 微力ながら手伝いにきた」
「クララちゃん、明空さん!」
 不器用な方ですね。思いながらクララは魔導書のページをはらりとめくった。文字の羅列に意味があるわけではないが、これも様式美というものである。クララが魔導書片手に呪文を唱えると炎の勢いはいや増す。と、不意に炎が割れた。灰塵に帰したかと思われた騎士が炎の中を突き進んでくる。
「わたしの竜炎が……効かない!?」
「なら、これはどう?」
 曼荼羅の刻まれたパンジャが音色を鳴らす。言葉と共にルベウス・アルマンド(紅い宝石の魔術師・e27820)が手を振るい、敵の進路に設置された不可視の地雷を起動させる。起爆と共に地表が大きく抉れ、土塊が辺りに降り注ぐ。間髪入れず三和・悠仁(憎悪の種・e00349)が迫る鋼鉄姫へ掌を向けた。
「戦いに割り入って申し訳ないが、見知り合いが襲われたとなれば捨て置けるわけもなし。目的果たしたければ、眼前の全てを討つつもりで来い」
 極限まで集中した意識が現実の世界に足を踏み入れた時、思い描いた結果が訪れる。念動爆発が引き起こり再び大地が揺れる。そんな波状攻撃の中を鋼鉄姫は駆けた。驚くことに外傷はない。
 長大な刀身が唸りをあげてケルベロス達に迫る。咄嗟、悠仁は己の腕をオウガメタルで包んで盾とした。
「っ――」
 きたる衝撃に体を宙を舞う。どうにか着地はしたものの、金属生命体など意に介さぬ一刀は骨を砕き、腕は腫れ上がり使い物にならない。二の矢を放たれれば危険な状況だったが、敵陣のど真ん中に入ってきた鋼鉄姫も易々自由には戦えなかった。鉈でも振るうかのように荒々しく喰霊刀を打ちつけ、屍・桜花(デウスエクス斬り・e29087)が狂ったような声をあげる。
「アハッ、アハハハハ!! 女騎士さん。私とも、あそぼ?」
 体を回転させ大上段から斬り下ろす。月孤を描いた刃の確かな手応え。笑みを深め桜花は更に攻撃を激化させる。そんな苛烈な攻勢の虚をついて雑賀・真也(英雄を演じる無銘の偽者・e36613)が双剣を奔らせた。
「やれやれ、エリィも厄介な敵に狙われたものだな」
 番をなす双剣干将・莫耶が背を突く。厚い装甲に阻まれたものの、二人の斬撃は堅固な鎧を少しずつ傷つけてゆく。
「それも良い剣だな!」
 鋼鉄姫が剣を袈裟懸けに下ろした。対抗せず受けて流し真也は刃を返す。鋼鉄姫は後門から迫る桜花の刃を手甲で抑え、前門の双刀には大剣をあわせた。
「お前の嫌う贋作だ」
「私は贋作でも相応しい物ならば懐に抱くさ。だが真作があれば触れたくなるのが情だろう?」
 鋼鉄姫が双剣を圧し、追撃しようと踏み込んだ所に桜花が仕掛ける。続けて二の太刀、三の太刀。しかし鎧のため外傷はほとんどなく、敵は振り返りざま剣を薙いだ。捨て身の攻撃を仕掛けていた桜花故に防ぐことは出来ず、凶刃にかかってしまう。深く腹が斬り裂かれ、どっと血が噴き出した。
「タマっ!!」
 護朗が叫ぶと、オルトロスの白狼『タマ』が小太刀を咥え鋼鉄姫に飛び掛かった。ぴくり、呼び声に反応してしまった玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)も一拍遅れてライフルを構える。タマか……むず痒いもんだ。心中ひとりごちて陣内は引金をひいた。
 護朗に抱きかかえられ桜花は後方へ。光弾から身をかわす鋼鉄姫を更にルベウスの炎弾が追い詰める。直撃したかに見えたが鎧には焦げ跡一つない。
 魔法の力を消失させる……本当みたいね。目の前でまざまざと見せつけられると、むくり、対抗心が首をもたげた。
「その鋼の塊が魔術を退けるというのなら、尚更魔術をぶつけたくなるわ」
 呟き、ルベウスは魔力の込められた新たな宝石を手中にした。


「無茶ですよ。あんな戦い方」
 護朗は口にしながら素早く患部を止血、縫合する。だが桜花は心ここにあらずといった風で鋼鉄姫を目にしていた。あの敵は幾らでも斬ることが出来る? どれだけ斬ったらあの鎧も壊れるかしら! 心が浮き立つ。少しばかりよろけ、
「ありがとう」
 と小さく残し桜花は再び前線へ駆けた。残された護朗は溜め息をつくしかない。いや、彼女のような人にこそ治療兵は必要なのだろうけど。ああ、そうだ。援護は任せてもらおう。
「どれだけ傷ついても全て癒してみせるから。だから思う存分暴れていいですよ」
 後姿へ声をかけて護朗は振り返る。
「ナイツもだよ。世話になった分位は、役に立つ」
 いつも分けてもらってる元気の分位は、ね。
「うんっ、期待しちゃうからね明空さん!」
 走ってゆくエリザベスを尻目に護朗は遠く妹にも呼びかけた。
「頼んだよ、タマ」


 気忙しくクララは動き回らねばならなかった。断章を紐解き悠仁の負傷を全快させ、大地の戦いの記憶から魔力を抽出し、絶えず攻撃を行う真也をサポート。と思えば獣のように動き回り牙を光らせる桜花の裂傷を癒し、慎重かつ素早く躍動する陣内に加護を与える。役割は責任重大である。とはいえ護朗も精力的に動いた。的確に処置を行ない、時には死角を補って位置どる。練度の高いこの二人のケルベロスを以てしても、現状の維持がどうにかというところである。
 真也が敵の疾く鋭い剣筋を紙一重で凌ぐと、悠仁が不意を衝き大槌を叩きつけた。命すら凍結させる氷晶の一撃が、鎧の前では単なる鈍器の一振りと化す。だが隙は出来た。大槌を大剣で受けた鋼鉄姫の腕を抱え込み、陣内はがっしと押さえつける。そして耳元に囁きかける。
「か弱い姫君ではないだろうが……。その気高さなら『淑女』と呼ぶに不足はないね。真直ぐな剣みたいな女は、嫌いじゃない」
「では踊ろうか黒き獣よ」
 体を回転させ陣内を振り払うと、鋼鉄姫はそのまま周囲を薙いだ。ケルベロス達が飛びずさると、間髪いれず陣内に襲いかかる。先と違い俊敏に体を左右させ、走り、跳び、剣を振るう。陣内もマインドリングから剣を具現化させ斬り結んだ。ステップは軽やかで鋼鉄姫の動きに劣らない。劣勢なのは力のみ。だが悠仁が喰霊刀を以て剣の舞に参加すると、両者の実力は拮抗した。弾き、いなし、押し込み、引きつけ。悠仁の足運びは鋭角的で刃は死角をつく。どこどこまでも実用的な太刀筋に鋼鉄姫が満足そうに微笑んだ。
「踊りが上手いな。二人とも、私の褥に招待するが……どうだ?」
「美女の誘いを断る道理はないが――俺の胸は予約で埋まっていてね」
「ではそちらはどうかな。若いうちは年増の女が一番だぞ」
「悪いが興味はないっ!」
 四肢を踏ん張り喰霊刀で一撃を受け止めると、悠仁は荒く息を吐き大剣を押し返した。陣内が瘴気をけぶらせる。紫煙のような瘴気は猫の姿を変貌させ鋼鉄姫を幻惑させた。
「誘い甲斐がないな!」
 鋼鉄姫が腕を振ってそれらを払う。と、悠仁が返す刃で胴を薙ぎ右に抜け、桜色の髪をふり乱し桜花は左へ斬り抜けた。
「あははっ! どれが一番効くかなぁ!?」
 振り返り正眼から袈裟懸け、勢いを殺さず転じて足刈り、脇構えから斬りあげ。一瞬のうちにこれだけの手管で刀痕を刻む。更には体を捻り敵の剣戟をかわすと、桜花は針の穴を通すが如く刀を突きだした。刃は鎧の僅かな合間を抜けて生身の体へ。刃先には鮮血。はじめて鋼鉄姫の顔が歪んだ。
「見事だ、桜花!」
 敵の後手を真也は見逃さない。サイコフォースを地表で爆発させ砂塵を起こす。定まらぬ鋼鉄姫の視界からずいと大剣が姿を現した。
「なんでだろう、貴方には負けたくない」
 怨みや敵愾心はない。純粋な対抗心のみが燃え上がる。
「私の一族の血と名誉にかけて、この鋼鉄の大剣、そして助けに来てくれたみんなに誓って。私はあなたに勝ってみせる!!」
 叫び、エリザベスは腰だめの姿勢から全身で大剣を振るった。鋼の剣がぶつかり合い、鋼鉄姫が大きく後ずさる。
「そうこなくてはなぁ!」
 鋼鉄姫は喜々として斬り返した。鋼同士が空気を裂き、縦横無尽に奔ると誰一人容易には近づけない。闘いは再び一騎打ちの様相を見せていた。必死で剣を振るうエリザベス。口の端を吊り上げ応酬する鋼鉄姫。だが何故だろう、徐々に鋼鉄姫の剣がエリザベスのそれに勝ってゆく。
「貴様の剣、貰うぞ!!」
 自信に満ちた青い瞳。地を舐める切っ先が自然に上空を睨みつけ、一分の力も逃がさず己の物とする。大地を裂く一撃は鋼鉄の覇王を払い落し、エリザベスを両断してなお吹き飛ばす。
「エリザベス!?」
 ルベウスが叫ぶ。陣内が口笛を吹くと、猫はさっと飛び込んでエリザベスを後方へと引っ張った。二本の大剣を手に鋼鉄姫は満足そうに笑う。
「この先は誇り高き我が軍の威容をご覧入れよう」
 二本の大剣を地面に突き立てると光の線が走り、やがて線は円となり巨大な魔法陣が完成する。魔方陣の中から陣容がせり上がってくると、鋼鉄の騎士軍団――数千の兵が辺りを埋め尽くした。
「かかれ」
 一つの号令で、戦いは途端に乱戦と化した。


 深手を負ったエリザベスの治療が何よりも優先されるなか、敵の軍団は波のように襲い掛かってくる。
「雑兵のようだがっ、数が多い!」
 二刀を自在に操り真也は敵を倒し続けた。双剣が脆くなれば新たに創造し再び振るう。桜花は歓喜のままに刀をはしらせ、陣内はタマや猫と背後を守り合うように位置し押し寄せる敵を討つ。悠仁は呪法で草木を変化させ、立ち入る敵を広範囲にかけて殺傷してゆく。
 だが最も戦果をあげたのはルベウスだろう。宝石の魔術が鋼鉄姫目掛け猪突する。空間が破裂し、爆炎がおこり、大地に窪みをつくる。彼女は慮外の魔術を放ち続けた。胸の赤宝玉が熱を持ち、痛々しいほどに白い肌を焼く。
「私の友達を傷つける者を捨て置く訳にはいかないわ……狙いは、ひとつ!」
 だが強力な魔法攻撃は騎士を倒せても鋼鉄姫を害することは出来ない。そしてケルベロス達であってもこれだけの敵の中にいて、全方位に気を配ることは不可能であった。
 蹄鉄を打ち鳴らし騎兵が迫る。治療に専念する護朗は臍を噛んだ。いや、いざとなれば身を挺しても――表情を硬くする。騎兵がフレイルを一息に振りかかげ……突如として馬がつんのめり地面にもんどりうった。エリザベスを囲むように展開された荷台の壁は押し寄せる騎兵を寄せ付けず、攻め手をおし止める防護柵の役割を果たす。
「汝、騎兵の攻撃を待つ勿れ。あのっ、護朗さん。私もお手伝いします!」
 黒衣をはためかせ、クララが魔導書を手繰った。
 誰もが全力で戦っていた。騎士が荷台を打ち壊すと、救援に駆けつけたイッパイアッテナ・ルドルフが立ち塞がる。ミミックの相棒『ザラキ』と共に攻勢を削ぎ、ヒールドローンを操って防壁の強化とする。
 防護柵を越えた敵には洩れなく銃弾が撃ち込まれた。拳銃による恐ろしいほど精密射撃が遠距離から繰り返される。誰もが目の前の敵に懸命でありそれを察知することは出来なかったが『神に祝福された弾丸』は神の愛を厭うものだけを撃ち倒した。
 やがて激闘のなかでエリザベスが血の塊を吐き切り、ゆっくりと眼をあけると碧眼には安堵したような護朗が写った。すぐに立ち上がろうとするエリザベスをクララが抑えようとするも、手を払い、彼女は地面をしっかと踏みしめる。
「もう一度だけっ……剣を」
 エリザベスは遥か彼方にいる鋼鉄姫のみを見ていた。一族に伝わる大剣がなんだ。はなから剣など気にかけたことはない。負けられない、勝ってみせる。そんな気概だけが胸の中で渦を巻く。
「あの……皆さん!血路を開きましょう」
 クララが声をあげた。ルベウスは諦めたように嘆息し赤宝玉に精神を通わせる。
「タマっ!」
 呼びかけ、護朗が駆けだすと、
「ご相伴しよう」
 陣内も追随する。三頭の獣による六爪三牙の連携に騎士達は成す術なく屍を晒す。更には結集しようとした騎士たちを留まらせる剣閃の数々。立ち塞がり真也が地面から剣を引き抜く。
「この通り、剣は無限にある。行かせんよ」
 敵陣の撹拌に加え、火竜の幻影が炎を噴き荒らしエリザベスの行く手を焼き払った。
「エリィさん!」
 鎧どころか騎士達の肉体すら灰と変え、クララの生み出した炎は先の鬱憤を晴らすかのように猛威をふるった。そんな炎の食指をかわしながら桜花は刃と一体、自在に駆け抜ける。
「ふふふふふ……あはははは!」
 桜花の進む所に血しぶきが上がり、エリザベスはそれを頼りに足を運んだ。鋼鉄姫を守る最後の砦、その精鋭達の懐に潜り込み悠仁は戦槌を振り回した。無勢でありながら奮闘し声を荒げる。
「エリザベスさん、どうか本懐を!!」
 血路を突き進んだエリザベスの先には鋼鉄姫が、そして大地に一本の剣が突き立っていた。
「使え」
 ひとつ頷いてエリザベスは大剣を握った。鋼鉄の覇王ノヴァ、それに自らの鋼の意志を重ね、エリザベスは大きく踏み込んだ。みたび、鋼と鋼が打ち合う。
 足元を崩し、逆袈裟にかけ、回転し薙ぎ払う。打ち込んで弾き、一歩を身を引いて刃を避け、水平に迫る剣を払い落す。
 エリザベスは死に隣り合わせ、本来であれば生きて帰れぬはずの一撃を受けて生還した。その生死の際の観察が大剣での戦い方を彼女の血に刻み込んでいた。動きは連なりだ、先の攻撃の勢いを殺さず、振り子のように重心を移動し絶えず余剰のエネルギーを乗せる。打ちだすほどに剣は重みを増し、体は自由に動く。意のままに大剣をコントロール出来る!
 敵の上段に、エリザベスは横合いから自分の獲物をかち当てた。跳ねあがる鋼鉄姫の腕、がら空きの胸。剣の流れに逆らわず回転、後背から剣を担ぎ上げて上空へ切っ先を向け、一分の力も余すことなく大剣に伝える。鋼鉄姫の『兜割り』その妙技の秘訣を死の間際でエリザベスは理解した。だが惜しくらむは不全である身体と精通していない技の練度か。振り下ろすまでの刹那の間が鋼鉄姫に猶予を与えた。
 避けられる。鋼鉄姫は足さばきも軽やかに飛び退こうとして――機を逸した。金色の槍が体を貫いたからだ。柄の中ほどから羽の生えた槍は一拍の猶予を消し去った。
 ルイン・アッサル。魔力によって物理法則を超えた物質体。純然たる魔ではない、防ぎ得ぬ魔術。鎧に頼り過ぎた為の失策である。
「兜割り!」
 災厄の如き鋼の一太刀は鎧を断ち切って止まず大地まで斬り裂いた。鋼の軍団が消える。鋼の鎧、その胸甲が音を立てて血だまりに落ちた。しかし鋼鉄姫の姿はない。声だけが空しく響いた。
「少なくともその剣、そしてお前の――お前達の力は本物らしい。今は退こう……目的は果たした。私とて命は惜しい」
 エリザベスは周囲に視線を這わせる元気すらなかった。まぶたは重いし腕は上がらない。
「その胸甲はやろう。仕立て直せば鎧にもなろうよ。私を倒した証だ。だが覚悟もしておけ、麾下の将に付け狙われるぞ」
 鋼鉄の嵐は訪れた時と同じく唐突に去っていった。巻き込まれた人々だけを途方に暮れさせて。

作者:東公彦 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年1月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 10/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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