雪と氷の祭典に

作者:坂本ピエロギ

 空港のシャトルバスで夜の市街地を走ること数十分、その場所へ辿り着いた観光客たちを純白の大オブジェクトが出迎えた。
 ここは毎年冬に行われる、雪祭りの会場だ。
 ライトアップされた大通りに並ぶのは、雪で作られた巨大な像や建物の数々。街の大通りを貫いて走る大公園に築かれた雪像たちは、電光まばゆいビル街の中にあってもなお、その偉容を失っていない。
 公園のあちこちでは木々の電飾が雪を煌びやかに照らし、雪像に施された精緻な雪化粧を一層際立たせていた。観光客たちは一様に写真を撮るのも忘れて雪と氷の芸術品を見上げ、その美しさにただ溜息を漏らすばかりだ。
 と、そこへ――。
「……ねえ、あれ何?」
 ふいに客の一人が指さした先、夜空の彼方から白い塊が降ってきた。
 雪とも氷とも違う蝋燭めいた病的な色彩のそれは、次々に会場前の十字路に突き刺さり、武装した竜牙兵へと姿を変えていく。
「オ前達ノグラビティ・チェインヲ寄越セ!」
「ドラゴン様ノタメ、憎悪ト拒絶ヲ捧ゲルノダ!」
 祭りの場は、たちまち悲鳴と絶叫で覆われる。
 重力を込めて振り下ろされる剣。ほとばしる凍結のオーラ。グラビティ・チェインを略奪されて逃げ惑う市民に、抗う術はひとつもない。
「ハハハハハ! 逃ゲ惑エ、虫ケラメ!」
「モット足掻ケ! 我々ヲ愉シマセロ!」
 竜牙兵たちはケラケラと笑いながら、競うように人々を虐殺していくのだった。

「……という事件が、起こるらしいんだ」
 夕刻のヘリポートで、月岡・ユア(孤月抱影・e33389)は仲間たちにそう告げた。
「けど、今から向かえば間に合うんだよね、王子?」
「うむ。月岡から調査を頼まれなければ、どうなっていたか……」
 ザイフリート王子(エインヘリアルのヘリオライダー)は静かに頷くと、さっそく依頼の概要を説明し始めた。竜牙兵が、雪祭りの会場を襲撃する事件が予知されたというのだ。
「祭りは数日間にわたって行われる大規模なもので、訪れる観光客の数は国内外を合わせれば数百万を数える規模らしい。きっと、とても美しい祭りなのだろう」
 そして無論、そんな絶好の狩場を竜牙兵が放っておくはずがない。
 敵が出現するのは日没直後の祭りが始まる直前、会場に面した大きな十字路だ。
「事前に避難を行うと竜牙兵は襲撃の場所を変えてしまい、却って被害が拡大してしまう。ゆえに避難は敵の出現後に行うことになるが――」
 現場には王子が手配した警察が待機しており、避難誘導は彼らに任せて構わない。また、今回はホゥ・グラップバーン(オウガのパラディオン・en0289)も誘導活動にあたるため、何かあれば彼女に要請を出してくれと王子は付け加えた。
「竜牙兵はいちど戦闘が始まればケルベロスの排除を優先する。市民や雪像が被害を受けることはないから、お前たちは敵の戦闘に集中して貰いたい」
 出現する竜牙兵は、全部で5体。
 全員がゾディアックソードを二刀装備しており、非常に攻撃寄りのポジションだという。
「敵は多少腕に覚えのある連中のようだが……なに、本気を出したお前たちの敵ではない。さっさと片付けてしまうといいだろう」
 戦いが無事に終われば、雪祭りが再開される。イルミネーションに彩られた巨大な雪の像や建物のほか、精緻な彫刻が施された氷像なども鑑賞できるようだ。
 ユアはそれを聞いて、とびきり無邪気な笑顔を浮かべて微笑む。
「思いきり戦って、思いきり楽しむ……か。よし、がんばるよ!」
「うむ。雪祭りを楽しむためにも、竜牙兵を確実に撃破してくれ。では出発する!」
 説明を終えた王子は、そう言ってヘリオンへと乗り込んだ。


参加者
リーズレット・ヴィッセンシャフト(逆さ三日月の死神・e02234)
戯・久遠(紫唐揚羽師団の胡散臭い白衣・e02253)
クレーエ・スクラーヴェ(白く穢れる宵闇の・e11631)
鍔鳴・奏(あさきゆめみし・e25076)
月岡・ユア(孤月抱影・e33389)
刈安・透希(透音を歌う黒金・e44595)
ステラ・フラグメント(天の光・e44779)

■リプレイ

●一
 ヘリオンから降下したケルベロスたちが現地に到着したとき、すでに一帯では避難誘導の準備が始まっていた。
 除雪された十字路は交通規制が為され、離れた道路脇では王子が手配したと思しき警察が雪祭りを訪れた観光客へ協力を呼び掛けている。
「綺麗な雪像だな。あの彫刻って、1か月とか前から作ってるんだよな」
 リーズレット・ヴィッセンシャフト(逆さ三日月の死神・e02234)はそう言うと、会場の公園へと視線を送った。歴史的な建造物、動物にマスコットにモニュメント――立ち並ぶ雪像はどれも立派で美しい。
「お祭りを台無しにさせるわけにはいかない。必ず勝ってみせるぞ」
「ああ。どれも心を込めて作ったものだろうに……竜牙兵の奴ら、許せないな」
 刈安・透希(透音を歌う黒金・e44595)が怒りを含んだ声で頷く。客が楽しみにしていたイベントを台無しにするのは、歌手である透希にとって許し難い行為に映るようだ。
「美しいもの、綺麗なもの……怪盗のロマンとしても、そういうものを壊されたく無いな」
 ステラ・フラグメント(天の光・e44779)の目もまた、会場へと向いていた。雪像と電飾に彩られた祭りの舞台は、青年怪盗の心をも捉えて離さない。
 そこへ、鍔鳴・奏(あさきゆめみし・e25076)が手を振りながらやってきた。
「リズ、『アレ』の着心地はどうだ?」
「いい感じだよ奏君。戦闘も問題なさそうだ」
 胸を張ってケルベロスコートの着脱ボタンを触るリーズレットに奏は満足そうに頷くと、一転して神妙な表情で「実はな」とステラを振り返った。
「ここだけの話、出発前に全員の分を準備している時間がなかった。お前とユアの分は俺のグラビティで拵えたいんだが……構わないか?」
「もちろんだ。怪盗に相応しい最高のヤツを頼むぜ!」
「分かった、任せてくれ」
 そう言って奏は、リーズレットと一緒にホゥ・グラップバーンの所へ話に行った。何やらリーズレットが頼みたいことがあるらしい。
 そんな二人の背を戯・久遠(紫唐揚羽師団の胡散臭い白衣・e02253)は眺めながら、
「へえ。お前たち、何かやる気だな?」
 そう言って、ニヤリと月岡・ユア(孤月抱影・e33389)に笑ってみせた。
「面白そうじゃねぇか。俺にも聞かせてくれよ」
「ふふふ。すぐ分かるよ――ほら、敵も来たみたいだし」
「おっと、もうそんな時間か。いけねえ、いけねえ」
 空から降ってきた敵影を確かめると、久遠は唐揚げをわしわしと頬張って、ものの数秒で空にした。彼は戦いの前にこの儀式を済ませると決めているのだ。
「ま、いつもの験担ぎってな」
「中央だ! 十字路の中央に現れたぞ!」
 日の沈んだ道路に、5本の牙が突き刺さる。
 ヴォルフ・フェアレーター(闇狼・e00354)の声が飛ぶと同時、竜の牙は次々と人の形へ姿を変え始めた。
 鳴り響くサイレン。一斉に避難を開始する市民たち。ライドキャリバー『ラートナー』に騎乗して人々を誘導していくホゥに、リーズレットが手を振る。
「ホゥさーん! お願い、聞いてくれてありがとう!」
「お安い御用です! 皆さんも頑張って下さい!」
「竜牙兵は俺たちが引き受けた。避難誘導は任せる!」
 エンジン音を響かせて駆けるホゥ。奏は彼女を見送ると、仲間と共に竜牙兵の元へと走り出した。竜牙兵はすでに人型へと姿を変えて、陣形を組み始めている。じきに攻撃を始めるはずだ。
「グラビティ・チェインヲ寄越セ!」
「憎悪ト拒絶ヲドラゴン様ニ捧ゲルノダ!」
 二刀のゾディアックソードを掲げ、グラビティ・チェインの収奪を告げる侵略者たち。
 だが、そこへ。
「待てっ、竜牙兵! ボクたちケルベロスが相手だよ!」
「ナニッ!?」
 夜空にはためくケルベロスコート。
 一斉に振り返る竜牙兵の視界を、奏の発動した『鎧聖降臨奥義』の輝きが遮る。
 そこに立っていたのはケルベロス――もとい着ぐるみ戦隊5人の勇姿である!
「着ぐるみ戦隊、漆黒のにゃん!」
「同じく着ぐるみ戦隊、緑のたぬき!」
 センターで刀を構えるのは、奏のグラビティで黒猫の着ぐるみを被ったユア。
 大きな狸腹をぽんぽんとリズミカルに叩く奏。
「白衣の天使ならぬ白にゃん参上にゃ! 癒しはまかせろ!」
「油揚げは2枚が主流! 着ぐるみ戦隊レッドフォックスいざ参る!」
 純白の猫ぐるみで飛び跳ねるクレーエ・スクラーヴェ(白く穢れる宵闇の・e11631)。
 流れるような口上で、ビシッとポーズを決めるリーズレット。
「着ぐるみ戦隊、く……黒の……」
 最後のステラが言い淀んだ。
 まるまる太ったボディに、大きい鼻がチャームポイント。
 真っ黒い豚の着ぐるみで。
(「おい嘘だろ……何でだよ!?」)
 釈然としない気持ちがステラの心をよぎるが、ここでユアに格好悪い姿は見せられない。
(「考えろ。俺は怪盗ステラ、どんな物でも格好良くしてやるぜ!」)
 そう気を取り直して、
「着ぐるみ戦隊、黒の豚! この輝きを目に焼きつけよ!」
「ほう、イカすねぇお前ら。んじゃ俺も気合入れて行きますか!」
 準備運動を終えた久遠も、眼鏡を外して竜牙兵の前に立ちはだかる。対する竜牙兵は肩を揺すって笑い転げると、
「ククク……フザケタ真似ヲ!」
「八ツ裂キニシテクレル!!」
 ゾディアックソードを手に、一斉にケルベロスへと襲い掛かるのだった。

●二
「いくぞー! 速攻で片付けてやる!」
 言うが早いかリーズレットが敵の懐に飛び込み、バラマキスプラッシュをぶちまけた。
 道路一面を染める七色のグラビティ。塗料を浴びた竜牙兵たちの動きが目に見えて鈍る。
「Weigern……」
 続くヴォルフの詠唱が、太古の魔術『Vorzeit zauber』で精霊を導く。精霊の力が呪いと化して、直撃を受けた竜牙兵を治癒阻害のグラビティで蝕み始めた。
「グウウ……ッ! フザケオッテ!」
 竜牙兵たちは怒りの雄叫びをあげると、剣に宿した星座のオーラを一斉に解放した。
 あらゆるものを凍てつかせる青白いグラビティがケルベロスに襲い掛かり、着ぐるみの上から容赦なく体力を奪っていく。
「モラ! 属性インストールだ!」
 奏は仲間を庇うボクスドラゴンに回復を命じ、己の手刀に冥府の冷気をまとわせ始めた。
 敵クラッシャー5体の攻撃は苛烈そのものだ。とうてい此方のディフェンダーだけで捌ききれる量ではない。初手で発動した鎧聖降臨奥義によって前衛はそれなりのダメージを軽減できているが、このまま防御に回り続けていても埒が明かない。
「さて術式開始だ。初手は手堅くいく」
「きぐるみにーさん、メディック相手に勝てると思うにゃよ!」
 久遠のライトニングウォールが、白猫クレーエの描いたスターサンクチュアリが、仲間を包む氷を解かす保護を施した。
「クレーエさん、癒しにゃんこー! ボクも負けないぞ、しゃきーん!!」
 喰命鬼を構えたユアが、着ぐるみとは思えぬ速さで跳躍。リーズレットとヴォルフの攻撃を受けた竜牙兵の骨をジグザグに切り開き、足止め効果を更に増幅させていく。
「見よ、黒豚のメタリックな光を!」
「竜牙兵! 叩き潰してやる!」
 ステラは自分たちのいる前衛にメタリックバーストを放った。身体を強化するオウガ粒子はウイングキャット『ノッテ』の清らかな風に乗って、前衛の命中率を高めた。そこへ腕をウォンバットのそれへと変えた透希が獣撃拳を叩きつける。
「オノレェ!!」
 重力を込めたパンチで動きを鈍らせた竜牙兵の斬撃をとんぼ返りで回避するステラ。二刀を振りかぶって次々に突進してくる敵の猛攻を、久遠が、モラが、ステラと共に身を挺して受け止める。
「ふっ。豚だからって侮るなよ!」
「その攻撃、通すわけにはいかんな」
 天地揺るがす斬撃のパラライズ効果をBS耐性によって回復すると、久遠はグラビティを注ぎ込んだライトニングロッドを竜牙兵を捉え、全力で振り抜いた。
 玩具のように宙を舞う竜牙兵。雪を蹴って跳んだヴォルフの稲妻突きが、敵の衰えた鼓動を完全に止める。
 まずは1体仕留めたが、此方の負った傷も決して軽くはない。リーズレットはクレーエとコンビネーションを発動し、ダメージの集中した前衛を回復にかかった。
「クレーエさん、回復頼りにしてるぞ!」
「頼りにされた! 任せろにゃー!」
 着ぐるみの手を叩くリーズレット。狐の肉球が立てる音を合図に咲き誇る星のオーラが、クレーエの具現化した涙の結晶が、久遠とステラに降り注いだ。
「リズ、無理をするなよ?」
 敵にジュデッカの刃を浴びせながら、ふっと笑う奏。
 リーズレットは動きを止めて、着ぐるみの中から我に返ったような呟きを漏らす。
「奏君……あれか……この歳で着ぐるみは無理があると……」
「ほ、ほらほらリーズレットさん、ガンガンいくよー!」
 ユアはリーズレットをなだめるように黒猫の着ぐるみでぴょこぴょこ踊りながら、虚無の球体を新たな標的めがけて叩きつけた。
 必死にそれを剣でガードする竜牙兵は、しかし奏に付与された氷によって瞬く間に体力を奪われていく。そこにケルベロスを嘲笑っていた余裕は最早ない。
「チイィィ……ッ!!」
「ここはお前たちが愉しむ場所ではない、失せろ!!」
 透希が憑霊弧月を放った。喰霊刀の剣先から染み込む毒が、竜牙兵の身をじわじわと汚染していく。そこでユアがステラを振り返り、好機到来を告げた。
「にゃ~ん♪ 楽しいにゃーん! ステラ、チャンスだよ!」
「任せろ! 黒豚のカレーな蹴り、見てみるかい?」
 ステラは両足に魔力を集中、満身創痍となって膝をついた竜牙兵に照準を合わせた。
「――さあ、流れ星がみえるかな?」
 輝く蹄の流れるような連撃が、濁流となって竜牙兵に押し寄せた。竜牙兵は懸命に攻撃を捌けば捌くほど、その身は氷によって凍てついていく。
 そして――。
「終わりだ!」
「ウ……ウガアアアァ!!」
 フィニッシュの一撃を叩きこまれ、粉微塵に砕け散る竜牙兵。鮮やかな足取りで着地する黒豚のステラ。
「……大丈夫? 俺格好いい?」
「だ、大丈夫だステラさん! 良い男は何してもカッコいいから!」
「うん、そうそう。滅茶苦茶カッコイイからステラさん!」
 どこか哀愁漂う背中を見せて問うステラに、リーズレットとクレーエは笑いを堪えながらサムズアップを返すのだった。

●三
 戦況は次第にケルベロスの優勢に傾き始めた。敵の攻撃は未だ苛烈だが、3体の繰り出す攻撃をケルベロス側のディフェンダーは確実に食い止めている。
「にゃんこは全てを癒すのにゃーん!」
「みんな気をつけろよ。油断大敵だ」
 クレーエのカラフルな煙幕と久遠のメディカルレインが手厚い回復を味方に加えていく。竜牙兵たちも地面に描いた守護星座の加護で傷を癒すが、アタッカーの彼らが回復できる量はたかが知れている。
「さあ、そろそろ終わりと行こう」
 ヴォルフがフェアリーブーツで飛び上がり、ファナティックレインボウの蹴りを3体目に叩き込んだ。
「コノ……ッ」
 怒りに囚われる竜牙兵。そこへ奏のオウガメタルが具現化した黒い太陽の熱波を浴びせ、リーズレットがカラフルな塗料をぶちまけ、回避の身動きを完全に封じ込める。
「透希さん! 命中率は大丈夫?」
「ああ、いける!」
 コンビネーションを発動したユアと透希が3体目に迫る。
 喰命鬼が閃き、敵の太い骨をジグザグの斬撃で切り刻んだ。致命傷を食らい、なおも反撃を試みる竜牙兵に、透希が最後の一撃を食わる。
「目を逸らすな、私は此処にいる」
 ユアと共に歌う透希の声が、グラビティを帯びて竜牙兵の魂を揺さぶる。金色の瞳が放つ視線が標的の心臓を捉え、一撃で屠った。
「やるぜ、俺のガジェット!」
「一気に決める!」
 回転するガジェットドリルを4体目の敵めがけ叩き込むステラ。惨殺ナイフを押しあて、ジグザグの切り傷を刻むヴォルフ。保護を剥がれた敵へ一斉にケルベロスが襲い掛かる。
「さあみんな、つっこめー! ごーごー!」
「行くぞ! にゃんこを甘く見るなー!」
 リーズレットに応じてクレーエが攻撃に転じた。手勢を失い完全に隊列を崩した竜牙兵の隊列を、2人の掌から現れたドラゴンの幻影が炎のブレスで無慈悲に焼き払う。
「そろそろ倒せそうたが、気を抜くなよ」
 火にまかれ転げまわる竜牙兵めがけて、久遠が『万象流転』を発動。味方に打てば陰陽のバランスを保ち、敵に打てばバランスを崩す活殺自在の一撃が竜牙兵を粉微塵に破壊した。
 なおも剣を構え迎撃態勢をとる竜牙兵。間髪入れずに透希が憑霊弧月でこれを牽制にかかり、ステラが流星の蹴りで回避を奪い去る。
「ユア、歌を合わせるか?」
「うん、奏さん! ぶちのめしてやろう!」
 奏が歌うのは「幻影のリコレクション」。追憶に囚われず前に進む者の歌。
 ユアが歌うのは「死魂曲」。聞く者の魂を蝕み、死へと誘う呪いの旋律。
「いい歌だな。俺も一緒に歌うぜ!」
 そこにアンサンブルで加わるのは、ステラ。
「ふっ。白のにゃんこを忘れてもらっては困る!」
「わーい! 私も混ぜるのだ!」
 クレーエ、リーズレット、残る仲間たちも。
「ふむ。あまり歌に自信はないが……」
「なに、こういうのはノリだぜノリ!」
「さあ決めてやれ、二人とも!」
 ケルベロスの合唱が最高潮に達し、戦いの終焉を告げる。
「誘ってあげる。奈落の果てへ」
「オ――オノレエエエェェッ!!」
 竜牙兵は、コギトエルゴスムとなって砕け散った。

●四
 雪祭りの会場はすぐに人々の賑わいで満ちた。ケルベロスたちも修復を終えると、幻想の混じった交差点を後にして、雪まつりへ足を運ぶ。
「みんなお疲れ様。何か少し食べてから行くか?」
 普段の格好に戻った奏が屋台の並ぶ一角を指さした。お汁粉にココア、スープなどを口に運びながら、観光客たちが体を温めている。
 それを見たリーズレットと透希は競うように手を挙げて、
「私、おしるこ食べたいー!! 身体が甘いものを欲している……」
「ん、暖かいココア飲みたいな」
 疲れた体にじんわり染み込む甘さと温もりに、頬を綻ばせた。ユアはそれを眺めながら、悪戯っぽい視線をステラに送る。
「冬の屋台はどれもおいしそうに見えるなぁ♪ ねぇ、黒の豚くんはどう思う?」
「やめて……くれ……もう、忘れてください」
 グラビティが解けて元の姿に戻ったステラに、ユアが猫そっくりの笑顔で笑う。
「あれ~? 顔が真っ赤だよ、ステラ?」
「こ、これはだな、酒だ! 酒に酔ったせいだ、うん!」
 手にした温かい酒をちびちびとすするステラ。こうして一行は、ぽかぽかと温まった体で会場へ入ると、そこには巨大な雪像があちこちでライトアップされていた。
「綺麗だね……こうして見ると、全然雰囲気が違う」
「これ、全部雪と氷で出来てるんだなんて……すごいな」
 ただただ感嘆のため息を漏らすクレーエの隣で、透希はスマホのカメラを雪像に向けた。
 と、その時――。
 雄大なBGMに乗って光のアニメーションが雪の建築物に浮かび上がった。雪像を純白のスクリーンに、動物にマシンに幾何学紋様にと姿を変える光が躍動感溢れる動きで観客たちを魅了する。
「ほう、これは綺麗な眺めだな」
「プロジェクションマッピング、ってやつだな。これだけでかい舞台だと壮観だぜ」
 言葉を忘れて見入るヴォルフと久遠。
 かたや奏の視線は、先ほどからずっと上を向きっぱなしだった。ディテールまでこだわり抜いて作られた雪像の数々に、ひたすら圧倒されているようだ。
「ひゃー、これを作るのか。雪だから溶けて消えるのに……全力だなぁ」
 しばらく雪像を眺めるうち、奏は何やら対抗意識のようなものが湧いてきたらしかった。道の脇に積もった雪をむんずと掴み、空いていたスペースを借りてモラの像を作ろうと奮闘し始めたのだ。
「くっ……! 雪に鎧聖降臨奥義が使えれば……!」
 程なくして出来上がったのは真っ白な雪玉の塊だった。
 雪だるまに使えば、それなりに大きなものが出来そうなそれは、わたあめのように宙を漂うモラによく似ていた。雪玉がモラに似ているのか、モラが雪玉に似ているのか――。
「惜しい……エントリー出来れば入賞を狙えたのに……自分の才能が怖い……」
 いっぽうのユアは、クレーエが探していた雪像を見つけて声を弾ませる。
「あ! 見てみてクレーエさん! にゃんこっぽい雪像、あるよ!」
「本当に!? にゃんこ、にゃんこ、にゃんこはどこかな~っと」
「ほら、あれ!」
 ユアが指さした先には、耳をぴょこんと立てた猫の雪像があった。どことなく、ユアの着ぐるみを思わせる可愛さだ。
「えへへ。楽しいね、ステラ」
「……ああ、俺もだぜ」
「ねえ、皆で思い出写真撮らない?」
「いいぜ、撮ろう。今日の思い出に」
 ユアの提案にステラは頷いて、仲間たちを呼び集めた。
「皆! 一緒に記念写真を撮ろうぜ!」
「お、写真か? よし、俺も混ぜてもらうか!」
 雪合戦をやろうと雪玉を抱えてやってきた久遠。そこにヴォルフと奏も加わる。
「これも何かの縁だ、俺も入れてくれ」
「リズ、クレーエ! 一緒に写真を撮るぞ!」
 知己の仲間も、依頼で知り合った仲間も、みんな一緒に。
「うわっととと! ノッテ、暴れるな!」
「みんな準備はいい? はい、チーズ!」
 シャッターを切り、冬の思い出を収めるユア。雪祭りの楽しい夜は、こうしてゆっくりと更けていくのだった。

作者:坂本ピエロギ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年2月4日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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