シュリの誕生日~ひかりの洞窟

作者:朱乃天

「光輝く洞窟というのがあるそうだけど、キミたちはそういうのに興味あるかな?」
 そう言いながら、玖堂・シュリ(紅鉄のヘリオライダー・en0079)はタブレットを片手に話を切り出す。
 シュリが差し出すタブレットには、色鮮やかなイルミネーションで装飾された鍾乳洞が映されている。
 そこは福島県にあるあぶくま洞。毎年冬の時期にはイルミネーションが灯されて、華やかな光に彩られた地底の世界は、幻想的な美しさを感じさせられる。
 8000万年の歳月をかけて造り出されたこの鍾乳洞は、まさに大自然が生んだ造形美と言えよう。そこに一度足を踏み込めば、古より悠久の時の流れの中にあり続ける洞窟と、人工的な光のアートが織り成すロマン溢れる神秘の世界が待っている。
 また、このイルミネーションは海をテーマに装飾されていて。青い光に彩られた洞窟内を歩いていると、いつしか海中散歩をしているような、そんな錯覚すら感じるかもしれない。
「イルミネーションって普通は夜に見るものだけど、ここは洞窟だから朝からでも見れるんだ。何だか不思議な感じがするけれど、たまにはこういうのもいいかなと思ってね」
 常に最前線で戦い続けるケルベロスたちにも、休息の時は必要だ。
 シュリは日頃からの感謝を込めつつ、自身も誕生日を迎えるということもあり、折角の機会だからと彼らを光輝く洞窟の世界に誘うのだった――。

 ――其処は旧き時代より、嘗ての世界の容を、過去の姿のまま留めて遺された場所。
 洞窟内に広がる光景は、永きに渡る歳月をかけて造り出された自然の雄壮的な美しさ。
 その神秘のロマンに満ち溢れた地底世界には、きっと誰もが子供のような冒険心を掻き立てられることだろう。
 鍾乳洞の中では、地底の精霊みたいな可愛らしくて小さな鍾乳石たちがお出迎え。
 更にはイルミネーションやライトアップによる光の演出が、洞窟内に彩り添えて、幻想的な物語に来訪者を誘う。
 青い光のトンネルが、導く先は地底と海とが繋がって、重なり合うかのように展開されるお伽話みたいに不思議な世界。
 そしてこの鍾乳洞の一番の見所は、一際広い空間内に連なる、見渡す限りの鍾乳石群だ。
 高さ29mからなる巨大な空間は、まるで古代の大聖堂を思わせるほど荘厳で、床や天井から伸びる巨大な石柱たちは圧巻の一言に尽きるとさえ言える。
 まるで太古の世界がすぐ目の前にあるような、それでいて、想像できないほどの長い時間の流れの中に、自分自身の生命の時間も確かにここにあるのだと。
 遥か彼方の遠き時代に思いを馳せながら、今も息衝く大地の鼓動を、新たな生命の風を心行くまで感じよう――。


■リプレイ

●古から刻まれし時
 陽の光が射さない洞窟に、装飾されたイルミネーションの青くまばゆい光が、昏い地底の世界に輝きを齎している。
 鍾乳洞を形成している石灰岩層は、古代に海の生き物が堆積して出来ている。
 だからこの鍾乳洞を照らす海のイルミネーションは、嘗ての姿に還っていくみたいだと。
 ウォーレンは古代の浪漫に胸ときめかせ、少年のように目を輝かせながら興味深げに周りを見回す彼の姿に、光流はまるで探検家のようだと苦笑する。
 もしかしたらこのイルミネーションに釣れられて、太古の海の生き物が化けて出てくるかもなんて、光流が冗談めかしてお道化て言えば。たくさん堆積したからいるかもね、などとウォーレンも話も合わせて続きを求めてみたりして。
 変わらずきらきらした目を見せる、その曇りのない橙色の瞳を眺めるうちに、一つの思いが光流の心に沸き起こる。
「なあレニ、あの鍾乳石とか少しおばけっぽいんちゃう?」
 光流が不意に指を差した先。その方向にウォーレンは視線を向けると。
「え、どこ? あの鍾乳石ー? ほんとだ妖怪っぽいー」
 少し大袈裟気味に驚きながら、楽しむ彼の背後から、突然冷たいモノが首筋に――。
「ひゃあっ!?」
 光流がぺたりと手で触れる。その感触に心の底から驚きの声を上げるウォーレンに、光流は悪戯っぽく笑みを浮かべてしたり顔をする。
 そんな光流にウォーレンは、今度はこっちがお返しとばかりに彼の頬へと両手を当てる。けれどもその手は温かく、そこに光流の冷たい手がそっと添えられて、これでは仕返しになんてならないと、手を下げながらも離すことはなく。
「知ってるか。ここは恋人の聖地なんやて」
 二人の手は繋がれたまま、ここから先はロマンティックなひと時を。
 触れ合う手から温もり感じ、恋の力で身も心も暖かくなる。
 それにさっきは互いの顔が近付いて、ウォーレンはそのことを思い出すと嬉しくなって、綻ぶ頬は仄かに赤く色付いていた――。

 幻想的な光が燈る鍾乳石は、青く碧く煌めいて。
 落ちる雫を見上げれば、その源は遥かに天遠く。
 自然の光が届かぬ独特な空間は、電飾の青い光も相俟って、海の底にいるみたいだと。
 ラウルが心弾ませながら伝えれば、シズネも口元緩めて彼の言葉を受け止める。
 見た目は海の中のようだけど、声は優しく耳に響く。
 夏に潜った南国の海、燦めく光の水底の景色を思い出し、発する言葉も今度は泡に消えることはない。
 思い出話を語るシズネに、ラウルも眼差し緩めて懐かしそうに思いを馳せる。
「此処はきっと今までも、これからも、其の姿を留めたまま存在を残して、刻まれた時間はこの先も少しずつ増していくんだろうね」
 洞窟内に聳える鍾乳石の群れを見回しながら、ラウルはこの地がこれまで刻んだ時の流れを想像し、その永きに渡る歳月は、これからもずっと続いていくのだと。それを形に遺そうとする自然の偉大さを、考えただけでシズネは言葉を失い、感嘆の息を吐く。
 人の命はこの世界にとって、瞬きのような輝きかもしれない。
「だけどシズネが幸せに笑ってくれる瞬間は、たとえ刹那の輝きだとしても――俺にとっての永遠なんだよ」
 想いが心に焼き付けば、いつまでも記憶の中に存在し続ける。
「ラウルの言葉はなんだかむずかしいけれど……その想いはオレにもわかる」
 何故ならシズネも同様に、ラウルの笑顔からは目が離せないから。
 瞼を閉じればその笑みが、まるでずっと見ているように浮かんでくるようで。
 心の中では時が止まったように永遠に、笑顔の花が咲いている。
「だったら期待に応えないといけねえな」
 黒猫みたいに人懐っこく絡んでくるシズネの無邪気な笑顔を、ラウルは薄縹色の瞳に映して覗き込む。
 ただそれだけで、胸の裡に優しい彩がふわりと燈って、この上ない幸せ気分に入り浸る。
 それはほんの一瞬だけれども、積み重なった思い出は、二人の世界の中に刻まれる。
 大切な二人だけの時間は、どれだけ時が経とうとも、褪せることなく永遠に――。

 きらきら光るイルミネーションは、まるで宝石みたいに青く輝いて。
 光に手を翳してみれば、本当に海の中にいる感じがすると、アラドファルが振り向けば。
 イルミネーションが照らす海の光に、春乃も足を踏み入れて。青い光を浴びる彼女の姿が綺麗に映えて、アラドファルは一瞬目を奪われつつも、微笑みながら神秘の世界に誘うように手を差し出した。
「旅をしようか。俺達の知らない、長い時が積み重なった洞窟を」
 二人ははぐれないようにと、繋いだ手と手を握り締め、永きに渡る歳月を辿る旅路に向かうのだった。
 この洞窟には8000万年もの時の流れが息衝いている。それがどれほど長い時間なのか想像すらできないが、一つ確かに分かるのは、その途方もない時間の中で二人が生きているのは、とても短い時間に過ぎないことだ。
「わたしたちは短い時間の中を生きてるけど、その中でも……君と出逢って恋に落ちたの。それって、奇跡みたいな話だと思うよ」
 遥か大昔の太古の時代から、今日に至るまでの時間を巡るように思いを馳せながら。春乃は二人が出会った時のことを思い出し、にこりと微笑み浮かべて手を引いて。
 そうして二人は誓いの鐘の前に立ち、深呼吸して一息入れた後。アラドファルが目配せをして合図を送り、春乃は彼の視線を受け取って、息を合わせて一緒に鳴らした鐘の音が、洞窟の中に優しく響いて木霊する。
 鐘に託す願いは互いの幸福を……などと願う心算でいたのだが。
 今こうしていられる瞬間だけでも幸福で、例え長い時間の中での一瞬だとしても、二人の中には既にたくさんの大切な思い出が積み重ねられている。
「春乃。これからもいっぱい、思い出をつくっていこうな」
 そう言って、真剣な表情で愛しい少女の顔を見つめるアラドファル。
 その真っ直ぐな瞳で囁くように伝えた言葉――“永遠に愛すると誓います”。
 ――君とふたりでいること、君の傍で笑っていること。
 何よりも、君に愛されていること。
 その全てが奇跡みたいなことだから。これ以上はお願いするとかではなくて、彼の想いに応えるように、春乃は更なる想いを言葉に添えた。
「アルさん、愛してくれて、ありがとう――」

●幸せ響く鐘の音
 遥か古代の昔より、人の手が入らず時間の流れるままに造り出された、大自然の造形美。
 8000万年という長い歳月をかけて作られた景色に、レッドレークは驚きの声を上げて息を飲む。
「……8000万年とは何年だ!? 遠すぎて想像がつかんな!」
「8000万年……ぼくが生まれて19年だから、えぇと、その何万倍だ?」
 クローネも指折り数えて頭の中で計算してはみるものの、あまりに途方もない数字に一瞬目が眩みそうになる。
 全く想像が及ばない程の年月をかけて育まれた大地。その腕の中を時代の最先端の明かりが海のように彩って、過去と未来が交わるような不思議な地底世界。
 そこでの心ときめく冒険を、今を生きるぼくらで楽しもう。
 この先にどんな世界が待っているのかと、クローネとレッドレークは期待に胸を膨らませながら奥へと進む。
 長く伸びた鍾乳石を見て、石も植物みたいに成長するものなのだとレッドレークが感心すれば。石の成長速度は植物や人と比較してもゆっくりで、この石が生まれた頃は、世界はどんな形だったのだろうと、クローネは遠い過去の時代に思いを巡らせる。
 きっと石たちが生まれた時は、今の時代のような賑やかなものではなさそうだ。静寂に包まれた洞窟の中、レッドレークはこの星が持つ力の源に、ただ圧倒されるばかりであった。
 それからも二人はぐるりと洞窟内を廻りつつ、やがて誓いの鐘のところにやってきた。
 いつかの天使の道を歩いて渡った日のように、互いに手を繋ぎながら想いを込めて鐘の音を鳴らす。二人の幸福が、8000万年先の未来まで続きますようにと願いを込めながら。
「……何となく、この星が聞き届けてくれているような気がするな!」
 この洞窟が生まれてから今に至るまで、二人は同じ時に生きて出会って、一緒に同じ景色を見ながら、同じ想いを鐘に託す。
 これは凄いことなんだと、レッドレークが感慨に耽る傍らで。クローネは彼の幸せそうな顔を見つめて満足そうに微笑んで、小声で囁くように願い事を告げる。
「――愛しいきみに、数多の幸福が舞い降りますように」

 洞窟に降り注がれる光が二人の身体を包み込む。
 それは空から射し込む陽光ではなくて。地底にいるはずなのにまるで藍色の海に呑み込まれ、肺が塩辛い水で満ちるような錯覚に、思わず息を止めたくなってくる。
「鍾乳洞つーと観光スポットとしちゃ幾らか地味なイメージだったンだが、コイツは想定外つーか規格外だな」
 光の射さない鍾乳洞を照らすのは、イルミネーションの人工光だ。洞窟の中だからこそ、昼でも光を灯すことができるのは、発想の勝利の賜物だとダレンは感心しつつ、不思議な地底の世界を楽しんでいた。
 深く地の中を進んでいる筈なのに。まるで透き通る海に、陽が射し込む中をずっと潜って行くようで。感覚までもすっかり騙され、洞窟と海の境界線が次第に一つに繋がっていく。
「ぷかぷか誘うあの子はクラゲさん? イルカさんもクジラさんもこんにちは!」
 織り成す光の粒は、吐き出す空気の泡のようであり。纏は洞窟内に飾られた、海の生き物たちに話しかけ、海中散歩を楽しむ足も軽やかに、幻想的な洞窟の海を満喫中だ。
 そうして二人は気が付けば、巨大な石柱群が並ぶ大聖堂のような広間に辿り着き。ダレンと纏はその奥にある、誓いの鐘に目を向ける。
「恋人同士で鳴らすとイイことがあるらしいぜ、お嬢さん」
 尤も既に結婚している夫婦的には身を引いて、若い恋人たちに譲ってみるのもどうだろうかなんて。普段のダレンらしからぬ殊勝な態度に、纏はあやかれるものなら何でも靡いておきたいと、とろり酔わせる鈍色の目で、上目遣いで見つめて乞う。
「まっ、ソレを譲るような俺らじゃないってコトよな?」
 悪戯っぽく笑って訊ねるダレンの問いに、纏の答えは勿論『yes!』
 時には恋人気分でなんて狡いかしらと、纏が小悪魔的な笑みを浮かべつつ、最愛の夫と寄り添いながら鐘の前に立つ。
 鐘の音に、乙女が願うは――あなたとわたしに有りっ丈のさいわいを!
「女は貪欲な位の方が可愛くてよ、重々承知でしょう?」
 鐘に結ばれた紐に手を重ね、二人で奏でる音色は幸せの音を響かせるのだった――。

 蒼く燦めく光の海を潜って、暗がりに沈む深い地の底へ。
 其処は悠久の時が流れる神秘に満ちた世界。
 暗がりに翳む指先を、はぐれぬようにと絡め合う。
 夜が繋いだ少女の指は繊細で、鍾乳洞の冷気に凍れ、力を籠めればいとも容易く折れてしまいそうな程。
 もしも解けてしまえば結び直すことすら躊躇ってしまう。なのにアイヴォリーは構うことなく躊躇わず、悠々と先へ先へと歩みを進め、そんな彼女の強さに夜は幽かな笑みを浮かべつつ、二人は太古の世界へ遡る。
 洞窟の中に連なる石柱群。それらが生まれた時代に、自分の祖先はこの地球の名前を知りもせず、遠い宙の彼方を彷徨っていたのだろうかと。真白き天使の翼を微かに揺らし、遥かな時の流れに想いを馳せるアイヴォリー。
 嗚呼、生まれたのは定め故だと、ずっとそう思っていたけれど。
 でも、違った。きっと違う。
「連綿と続く命の流れの中で、地球を、今この時代をわたくしは選んだの。
 ――貴方に逢うために、此処まで来たの」
 滴る心が雫のように零される。
 夜はゆったり進んでいた足を止め、今度は躊躇うことなく繋いだその手を引き寄せる。
 華奢な少女の四肢がそれで砕けるのなら、欠片ごと、彼女の全てを呑み込んだらいいと。愛おしそうに少女の身体を抱き締める。
 終末を持たぬデウスエクスが祖である彼女だが、終焉を持つが故、自身と同じ短命の人間にしか他ならない。
 遥かなる過去は彼女から、『永遠』を奪ってしまった。
「だが……君の居ない現に、未来に、意味は無い。逢いに来てくれて――ありがとう」
 彼の熱い想いに抱き寄せられて、アイヴォリーの凍れる時も何もかもが融けてゆく。
 ほろほろと、頬を伝って零れる涙が夜の胸へと染み込んで。蕩ける瞳で見上げる彼の顔が近くに寄って――。
 重なり合った唇は、8000万年分の想いが籠もった、契りの口付け。
 星の命に比べれば、人が生まれて死ぬまでの時間は瞬くほどに短くて。
 それでも地球に辿り着き、二人が廻り合ったのは――きっと必然的な運命かもしれない。

●星の記憶と生命の鼓動
 青い光と静謐に満ちた空間の、入り口に三人は招かれるように足を踏み入れる。
「……この星の懐へ、ですネ。本当、ひんやりしマス……ア」
 一体これからどんな世界が待っているのだろうかと、エトヴァが想像を膨らませていた時だった。
 突然傍から何かが凭れて圧し掛かる。それは景色に見惚れるあまり、足元をおろそかにしてツルンと滑ってよろけてきたジェミだ。
 倒れるジェミをエトヴァは受け止めようとするものの、咄嗟のことで体勢崩し、巻き込まれて一緒にすってんころりんと尻餅をついてしまう。
「ジェミさん? エトヴァさん!?」
 恭志郎はジェミに聞いてきた通り、滑り止めのついた靴を履いて準備を万端にして来たのだが、それを言った張本人が転んでしまったとあって、慌てて二人に手を差し伸べる。
「いてててて。大丈夫、エトヴァ? ……えー、こほん……皆も、足元には気を付けてね」
 差し出された恭志郎の手を取って、ジェミが気遣うように言葉を掛けながら、一つ咳払いをすると澄ました顔で、何事もなかったようにこの場をやり過ごす。
 片やエトヴァの方も落ち着き払って少し照れ臭そうにお礼を言って、二人の変わらぬ様子に恭志郎もほっと安堵の息を吐く。
 こうして三人は、一旦気を取り直して、改めて洞窟の中に向かうのだった。
 洞窟は暗くて蝙蝠が出たりするなど、怖いイメージを持ったりするけれど。
 イルミネーションの光で照らされた空間は、自然の造形美と相俟って、幻想的な世界を生み出している。
 この鍾乳洞を形成しているのは、大小様々からなる鍾乳石たちだ。
 地底の妖精たちに誘われるかのように、三人は更なる奥へと踏み込んで、やがて巨大な石柱群の大広間まで至る。
 何千万年も滴り落ちた水が、そのまま滝みたいに固まって。自然が造る不思議な光景に、ジェミは言葉を失い、ただ唖然とするばかり。
 更には上からカーテン状に伸びる鍾乳石を眺めていると、エトヴァはミルクを混ぜた琥珀の中にいるかのような心地になってきて。まるで大地の息遣いを聴いているみたいだと。
「この星ハ……数多の生命ト、時間ト……神秘に満ちていマス」
 鍾乳石から零れる雫の一粒を、掌でそっと受け止めて。
 白銀色の瞳に雫を映し、きっと自分もこの星からしたら、こうした一滴なのだろう、と。
 鍾乳石の連なる天蓋を、仰ぎ見ながらエトヴァは思いを巡らせ軽く笑む。
 彼の笑顔に釣られるように二人もにっこり微笑んで、恭志郎もまた、太古の世界を想像しながら見ている景色を心に刻む。
「本当に、不思議ですよね……」
 この光景は、ずっと昔の人も、こうやって同じように眺めていたかもしれないけれど。
 この場所にとっては、それすらほんの一瞬の、確かにある変化の一つにしか過ぎない。
 それでも少しずつ、小さな一滴であっても、常に何かを形作っている。
 星の生命を感じて手で触れる――静かな世界に響く雫の音は、息衝く大地の鼓動だと。

 訪れる人々を楽しませるような、色とりどりの光彩に満ちた鍾乳洞。
 普段と異なる姿と雰囲気に、それもまた趣があって良いものだと、イッパイアッテナはこれから待っている冒険に胸躍らせながら、洞窟の中へ入っていった。
 冬の鍾乳洞の中はほんのり温かくて快適で、立体感のあるなだらかな傾斜を、軽やかな足運びで進んで前に行く。
 連なる鍾乳石が創る洞窟内の幻想的な光景は、ドワーフである彼の好奇心を掻き立てて。イルミネーションの光によって、地底世界は海の色へと粧いを変えて、地底と海とが一つに繋がるような不思議な感覚に、イッパイアッテナは心を更に弾ませる。
 そして彼の従者であるミミック『相箱のザラキ』も、我が物顔で主人の後に付いてゆき。奥にある大きな広間に着いたところで、鍾乳石を静かに眺めるシュリと出会う。
「シュリさんは、ロマンある場所が好きなのでしょうか?」
 さり気なく近付きながら、シュリに言葉を掛けるイッパイアッテナ。
 声に気付いたシュリは、振り向き彼の顔を見ながら、少し照れ臭そうに頷いた。
「ロマンというか、落ち着いた場所がいいのかな。それとこういう場所は、この星の生命を感じられるから」
 この鍾乳洞のように、大自然が造り上げた世界というのは、機械の身である少女にとって新鮮なものに感じるのだろう。だからこそ、彼女はそこに惹かれてここに来たのだと。
 誕生日を新たに迎え、これまで歩んできた17年という歳月は、星の生命の流れの中では瞬く程度の時間だが。
 それでも今日という日のひと時は、彼女にとってはとても大切な一日で。
 過去の記憶を振り返り、その一番上に、一つの思い出を積み重ねるのであった――。

作者:朱乃天 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年2月1日
難度:易しい
参加:16人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
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