封印城バビロン決戦~アタック・オブ・カ・ディンギル

作者:秋月きり

「みんな、リザレクト・ジェネシス追撃戦、お疲れ様」
 ヘリポートに集ったケルベロス達を出迎えたのは、リーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)の労いの言葉だった。
 先日のリザレクト・ジェネシス追撃戦で、多くのデウスエクスを撃破した事は記憶に新しい。
「……特に城ヶ島のドラゴン戦については激戦となってしまったけど」
 3体のドラゴンの撃破には成功した。そして、その戦績そのものは喜ばしい物だった。だが、ドラゴン達もただでは敗北していない。ケルベロスに数人の被害を生み、その上で固定型魔空回廊を完成、竜十字島から多数のドラゴンを出現させたのだ。
「こうなっちゃったのは悔しいけど、でも、それが現実。だから、なんとかしないといけない――だったんだけど」
 歯切れが悪く言葉を紡ぐ。それには理由があった。
 人口密集地である東京圏にドラゴンの拠点がある事は危険極まりない。その結論の元、リーシャを始めとしたヘリオライダー達は城ヶ島奪回の為、作戦検討を行っていたのだが、それに際し、未来を視てしまったのだ。
 ドラゴンたちによって、日本列島そのものが引き裂かれる最悪な未来を――。
「ドラゴンたちが命を捨ててでも城ヶ島に執着している理由。それが日本列島に走る龍脈、『フォッサ・マグナ』だったの」
 地図を拡げたリーシャは、日本列島と、それを取り巻くプレートを指し示す。
「日本列島が4つのプレートの衝突部にある話は有名だけど、今回、問題となるのは、北アメリカプレート、ユーラシアプレート、フィリピン海プレートの三つ。そして、城ヶ島からプレートの裂け目に沿って北に進むと……『封印城バビロン』にぶつかるの」
 ドラゴン勢力はこの城ヶ島と封印城バビロンを結ぶフォッサ・マグナを暴走させ、関東圏を壊滅させる事で、大量のグラビティ・チェインを獲得しようとしているのだ。
 その目的は当然――。
「惑星スパイラスに閉じ込められたドラゴンの勢力の救出、か」
 一人のケルベロスの呟きに、こくりと頷く。スパイラルのゲートは破壊しているが、大量のグラビティがあればそこに集結するドラゴンたちを何らかの方法で地球に呼び寄せる事が可能なようなのだ。
「フォッサ・マグナの暴走を止めるには城ヶ島と封印城バビロン、どちらかの破壊が必要」
 だが、城ヶ島は固定型魔空回廊の存在がある為、戦いが生じれば竜十字島のドラゴン全てが投入されかねない。つまり、竜十字島決戦を覚悟する必要がある。
「今の情勢でそれは出来ないわ」
 年末のリザレクト・ジェネシスで世界経済は疲弊している。その上でドラゴンと言うデウスエクスそのものに勝利する博打を打てるかと言えば、答えは否だろう。
「だから、今は封印城バビロンを破壊する事が唯一の手段となる」
 そして、それを為さなければ日本列島は切断されてしまう。是が非でも成功させる必要があった。
「それで、みんなの仕事だけど、封印城バビロンを取り込みつつあるドラゴン――要塞竜母タラスクを撃破して貰うわ」
 ケルベロス達に走る衝撃を無視し、リーシャは言葉を続ける。
「要塞竜母タラスクを倒すためにはその心臓部を破壊するしかないの。でも、通常の方法でみんなが心臓部に到達するのは不可能。――通常の方法ならば、ね」
 その不可能を可能にするためには、三つの手順を踏まなければならない。無尽蔵の『竜牙流星雨』の停止、ドラゴン戦車を供給する戦車工廠の破壊。そして、サルベージした戦力を操る死神の撃破だ。それが叶った後、ようやく、心臓部への突入が叶うだろう。
「これらには別のチームに対応して貰うわ。だから、みんなは――みんな含めた三つの班は、心臓部への突入が可能になった時点で、攻撃を開始して欲しいの」
 タラスクの心臓部には『機動増殖阻止作戦』第4層から侵入することが出来るとの事。
 そしてケルベロス達が心臓部に到達すれば、タラスクは自身を守る為、免疫機能を発動させるのだ。30m級ドラゴンとしての自身の出現。それも彼女の能力のようだ。
「このドラゴンの撃破はイコールでタラスクの撃破となるわ。そして、タラスクの撃破が叶えば東京圏を壊滅させようと言うドラゴン勢力の暴挙を防ぐ事が出来るの」
 問題はその撃破だ。
「さっきも言った通り、この30m級ドラゴン――タラスクには3つの班、計24人で戦って貰うわ。色々とややこしいけど、よく聞いて欲しい」
 一つ。タラスクの使用するグラビティだ。免疫機能として自身を強化している為か、通常のグラビティと異なったグラビティを使用してくるようだ。
 そしてもう一つ。タラスクの体内で戦うためか、それともこれもタラスクの能力なのか、彼女は『減衰を引き起こさない』ようなのだ。
 よって、こちらも変則的な戦い方を行う必要がある。
「今回は3班それぞれが固有の役割を以て戦って貰うわ」
 次にリーシャが指し示したのは2人のヘリオライダーの写真だった。そこに写るのは落ち着いたサキュバスの女性と大胆な衣装を纏ったサキュバスの少女の2名だった。
「うん。小夜とかけらの写真よ」
 連携する別班として、二人の班が選出されているとの事だ。
 そして、リーシャは3班に課せられた役割を説明するべく、言葉を続ける。
 望月・小夜(キャリア系のヘリオライダー・en0133)が担当する班はタラスクへ肉迫して攻撃、囮として気を引きながら攻撃に耐える役割を担う『近接班』。
 小檻・かけら(麺ヘリオライダー・en0031)の担当する班は回復・後方からの援護射撃を担う、『支援班』。
「で、私の班はヒットアンドアウェイで戦いつつ、隙を見極めて、敵に止めを刺すべく突撃する『遊撃班』になるわ」
 この3班で役割分担しながら連携すれば、強化されたタラスクであろうと、必ず倒せる筈だと言うのがリーシャの弁であった。
「逆を言えば、班の役割を外れた行動を取ったりして足並みを乱すと、苦戦は必至。だから、自身らの役割をしっかりと務めつつ、その中で最善を尽くして貰えるよう、頑張って欲しいの」
 敵は30m級のドラゴンだ。万全を尽くしても尽くし過ぎる事はないだろう。
「みんなも知っての通り、封印城バビロンの防御力を削るため、多くのケルベロス達が探索を行ってくれたわ。更には皆をタラスク撃破に届けるため、援軍の阻止や防衛戦力の低下も頑張ってくれてる。だからって訳じゃないけど……絶対に作戦を成功させてね」
 その願いを込め、しかし、リーシャはいつもの言葉でケルベロス達を送り出すのだった。
「それじゃ、いってらっしゃい!」
 それが彼女なりの激励だった。


参加者
大弓・言葉(花冠に棘・e00431)
風峰・恵(地球人の刀剣士・e00989)
ソロ・ドレンテ(ドラゴンスレイヤー・e01399)
ニケ・セン(六花ノ空・e02547)
ヴィルフレッド・マルシェルベ(路地裏のガンスリンガー・e04020)
卜部・泰孝(ジャンクチップ・e27412)
金元・樹壱(修行中魔導士・e34863)
中村・憐(生きてるだけで丸儲け・e42329)

■リプレイ

●神の門へ至る道
 鉄臭と血臭、そして獣臭。薄暗い部屋に立ち入った時、真っ先に感じた空気は、要塞に相応しい臭いを纏っていた。
 炉心の輝きを有する心臓部。3班24人が辿り着いた巨大な空間は、人間で言えば胸腔に当たる部位だろう。うなりを上げる炉心を中心に据え、しかし、そこに彼らが到達するのを防ぐべく、立ち塞がるモノがいた。
 30メートルに達するドラゴンは、外見、そして重圧共に要塞竜母タラスクそのもの。
 ならば、彼女がヘリオライダーの告げた免疫機能なのだろう。
「タラスク」
 唸りを上げる宿敵を前に、風峰・恵(地球人の刀剣士・e00989)は刀を引き抜く。彼女の想い、彼の想い。そこに意味は為さない。敵は斬る。それだけだ。
「日本切断なんて大それた真似、そう簡単にやらせないよ!」
 此度持って帰る情報は『ケルベロス勝利』と言う吉報だ、とヴィルフレッド・マルシェルベ(路地裏のガンスリンガー・e04020)はチェーンソー剣を構える。
「そうっすよ、パキッと真っ二つなんて、煎餅じゃあるまいし!」
 同意の言葉は中村・憐(生きてるだけで丸儲け・e42329)から紡がれた。志は同じと、ニケ・セン(六花ノ空・e02547)もまた、サーヴァントのミミック同様、重々しく頷く。
 それに応じる咆哮はタラスクの怒号であった。
『ケルベロス。我に、死をもたらしに参りましたか……』
「奴さん、怒り心頭って感じだな」
 卜部・泰孝(ジャンクチップ・e27412)は軽口と共に、自身が行ったコイントスの結果を思い出す。手の甲で暴れ、しかし結果は吉。ならば何も問題はない。
「それは、私達も同じだよ!」
 独白に応えたのは大弓・言葉(花冠に棘・e00431)だった。相棒のボクスドラゴン、ぶーちゃんも短い鳴き声で主人への同意を示す。
 周囲を見渡せば、近接班も支援班も、既に戦闘態勢を整えていた。
「ここにおるのはチキュウを守る精鋭にして我が正義の同胞達! それが力を合わせれば如何なる巨悪といえど倒せぬ通り無し!」
 鬨の声は支援班から上がる。金色の羽根を抱くヴァルキュリアの少女は旗の聖女よろしく、ライトニングロッドを大きく掲げ。
「行きますよ、要塞竜母タラスク」
「ドラゴンは勇者に打ち倒されると相場が決まってる。お前もそうしてやるよ、タラスク!」
 金元・樹壱(修行中魔導士・e34863)とソロ・ドレンテ(ドラゴンスレイヤー・e01399)の砲声に、タラスクもまた雄叫びを以て応じる。

 広がる炎と鉄塊の襲撃は、砲撃の証左。打ち出された生体ミサイルは雨嵐の如く、ケルベロス達に降り注ぐ。
「――!」
 悲鳴と怒号は近接班から零れた。如何に防具で固めようと、タラスクの砲撃は防御を容易く突き破る。まして、これは炎を纏った砲撃なのだ。身体を焼かれる痛みに呻きを零さない存在などいようか。
 だがそれでも、ケルベロス達は屈しない。
 戦いに来た。タラスクを倒しに来た。日本を、世界を守りに来た。
 その気概が、彼らを不屈の鉄壁へと導いていく。
 気持ちは近接班と共に戦うニケも同じだ。共に並ぶミミック同様、火傷を負いながらも、勝ち気な笑みと共に反撃の詠唱を紡ぎ始める。
「ぶーちゃん、頑張ろう!」
 氷弾と共に言葉が叱咤激励する。ビビりのサーヴァントがびくりと身体を震わせるが大丈夫。やるときはやる子だ。
 だから。
「――っ!」
 全身全霊の息吹を見届け、ほっと吐息を零す。潤んだ瞳はおそらく、敵の巨大さを恐れているが故だろう。だが、それでも戦いを選んだ事に、労いしか浮かばない。
「魔竜を倒した我が秘伝、とくと味わうがいい!」
 二人が生み出した氷と炎を貫き、タラスクにソロの跳び蹴りが突き刺さる。弾丸の如き蹴撃は装甲を破壊し、ぐしゃりと破砕音を立てさせた。
「ちょっとだけ、手助けするよ」
 ヴィルフレッドの生み出した螺旋は近接班の中年男性へ。螺旋を描く風は彼の刃を覆い、少年の闘気を上乗せしていく。
 短い礼の言葉は爆風と共に消える。泰孝が押し込んだスイッチに呼応し、タラスクの装甲の一部が吹き飛んだのだ。
 にっと笑う青年に、そして。
「これでも喰らうっすよ!」
「まずは、その動きを封じてあげますよ!」
 チンピラ口調の青年と、軽やかに舞う中性的な少年による二者の蹴りがタラスクに叩き付けられる。跳躍から繋がる蹴りは、流星そのもの。降り注ぐ星を思わせる乱撃に、タラスクの表情が変わる。
「不快でしょうね」
 例えるなら無数の蟻にたかられる蜥蜴と言った処か。噛まれれば痛みを感じるが、むしろ、煩わしさが勝っている、そんな心境だろう。
 だが、そんな事、知った事か。
 弧を描く斬撃でタラスクの装甲を切り裂きながら、恵は独白する。
 一撃当てる毎に後進し、再度一撃を加える。巨大なタラスク相手に一所に留まるのは自殺行為だ。キャスターの加護を纏う時分、それが一番理に適っていると信じる。
 そう。大切なのは己を、仲間を信じる事。治癒は支援班に。守りは近接班に。その役割を信じて、自身らは剣を振るうのみ、だ。
「汝、朱き者。その力を示せ」
 一歩遅れ、ニケの紡ぐ古代語魔法が、彼らの攻撃を後押しする。続くミミックは巨大な牙を要塞竜母に突き立てていた。
『――無駄なことを』
 嘲笑にも戒告にも似たタラスクの言葉は、重々しく、静かに響いた。

●要塞竜母タラスク
 グラビティが飛び交い、砲弾が、咆哮が、剣戟が、魔術が、破砕音が交差する。
 タラスクの砲撃、そして尻尾の殴打はケルベロス達を砕き、彼らのグラビティもまた、タラスクを梳っていく。
「持久戦になってきたな」
 手裏剣の如く点棒を投擲する泰孝の言葉に、ヴィルフレッドははっと息を飲む。
 持久戦の様相を呈してきた訳では無い。この戦いはそもそも――。
「持久戦狙い、か」
 個体最強たるドラゴンの体力は、常人の比では無い。まして、目の前に立つモノは要塞竜母と呼ばれる程の巨竜だ。体力と装甲は一般のドラゴン比ではない。
「気付きたく無かったですね」
 樹壱の口から愚痴にも似た台詞が零れる。
「タラスクは両腕を使っていません」
「舐めてる、だったら良かったんすが」
 樹壱と憐。二人の慧眼が捉えたのは防御に重きを置く要塞竜母の姿だ。防御と自己治癒。時折の攻撃。それが今のタラスクの戦い方だった。
「だったら押し切るまでだよ!」
 幾度回復しても、その度、バッドステータスを上書きしてあげる。
 言葉の決意に従者は短く応え。
「竜退治は苛烈って決まってる。だが、それを乗り越えるのが、ドラゴンスレイヤーの役目だ」
「ええ。ですね」
「やってやろうぜ」
 ソロの言葉に、恵とニケが鷹揚に頷く。

 果たして、言葉は予言と化したのか。
 タラスクの攻撃は苛烈にケルベロス達へ降り注いでいた。
 そして。
『我が仔ら、我が同胞、我が盟友……』
 タラスクの装甲が切り離され、皮膚が、鱗が再生していく。
 詠唱を遮るべく打ち込まれたグラビティはしかし、何れも望む効果を発揮していなかった。
 何故ならば。
『いずれ来たる全軍を以て、あなた達を踏み潰す』
「連続詠唱?!」
「どれだけ慎重なのよ!!」
 二度行使された治癒は、彼女に刻まれた傷と共に様々な不利益を振り払っていた。
 そしてタラスクの砲塔が恵に向けられる。
『墜ちなさい。羽虫の如き定命者が!』
「――っ!!」
 命を刈るべく放たれた攻撃はキャスターの加護を以てしても躱しきれない。刹那、恵は覚悟を決め、両腕を交差した。
 祈りは自身が纏う防具と、残された体力へ向けられる。脱落さえしなければ、支援班が治癒してくれる。それを信じ、力尽きない事のみを祈る。
 だが、彼に砲撃が突き刺さる事は無かった。
「闘いを、続けるんだ!」
 無数の砲撃を受けたのは間に割って入った近接班の青年だった。彼の残した言葉は重く強く、恵に遺されていった。

 近接班の防御と、支援班の治癒。
 それらを活用しても、タラスクの攻撃全てを防ぐ事は困難だった。
「強ぇな」
「強いっすね」
 泰孝の呟きと、憐の独白は奇しくも、同じ物だった。
 要塞竜母と謳われた竜は未だ、撃破の兆しを見せない。
 戦いはどのくらい続いたのだろう? 数分? 数刻? 時間感覚は既に消失し、戦場の空気だけが、空間を支配していく。
 そして、遂には遊撃班からも犠牲者が出てしまう。
「……付き合うよ」
 共に戦う黒髪の青年にぶっきらぼうな言葉を掛け、ニケは幻影の竜を召喚する。彼に随伴するミミックの姿は既に無い。
 戦いの中、彼の決死の思いを知ってしまった。ならば、その支援が自身の最善手と、信じるが故の発言だった。
「心強いです。よろしく」
 青年と共にグラビティを叩き込む刹那、二人は視線を交わす。その口元には笑みが刻まれていた。
「ニケさん!!」
 誰かの悲鳴が響き渡る。
 横薙ぎに振るわれたタラスクの尾はそんな二人を軽々しく吹き飛ばしていた。
「――十分」
 ソロはぎりっと歯がみする。
 それだけの時間が経過した。それだけの時間を使ってしまった。
 だが、焦燥は彼女だけが抱く物でも無かった。
『皆、何をしているのです。誰も来ないというのですか……!』
「そうか。キミは守りを固め、援軍を待っていたって訳だね」
 得心したとヴィルフレッドが頷く。守備を固め、耐え抜く理由がそれであれば、確かに合点がいく。
「それならば僕達はひとたまりも無かった」
 鈍器を振るう樹壱の言葉は、厳かに紡がれる。タラスク一体でここまで苦戦した。援軍に備えてはいたが、それでも、竜牙兵の一体でも現れれば、敗北は必至だっただろう。
 その援軍が現れない。その意味は一つだけだっだ。
「戦っているのは、私達だけじゃない!」
 言葉は強く断言する。ここに集った24人だけでは無い。援軍を阻止すべく奮闘している仲間がいる。彼らもまた、戦っている。
 だから、タラスクは倒せる! そう断じた。
『いいでしょう。ならば闘う同胞達の想いは、私が一人で成就させてみせる……!』
 タラスクが吠える。同時に持ち上がったのは両の腕。今まで防御に使用されていたそれは、クロムの爪を抱く凶悪な得物でもあったのだ。
「形態を変えた……! 本気で来る!」
「近接班! 今こそ全力で護りに入れ! 敵はここから、身を捨てて攻める肚だ!」
 大きく薙がれた爪が狙ったのは、不利益を付与し続ける遊撃班だった。
 対し、近接班もまた己が身を盾にと遊撃班――回避に劣るジャマーらを庇う。
「何とか避けてくれ!」
 謝罪は、キャスターの加護を纏う数人に向けてか。
 だが、それでも、加護は絶対では無い。
「すまない……っすよ」
 袈裟懸けに切り裂かれた憐は大量の吐血と共に、地に伏せる。
「……ぶーちゃん、憐くん、――晟くんっ!!」
 消えたサーヴァントへ、倒れた仲間へ、そして自身を庇い吹き飛ばされた仲間へ。言葉の悲痛な叫びが響き渡る。

●遊撃手の生業
 炎を纏う砲弾と鉄の爪、太い尻尾の殴打。それがタラスクの攻撃の全てだった。
 それらを受け続けて数刻。額を拭ったソロは、手の甲を染める液体に表情を歪める。
 それは汗で、そして血だった。煤混じりのそれに砲撃の残滓を感じる。
(「タラスク!」)
 巨竜に纏わり付く物は裂傷だけではない。炎や氷、そして毒。幾多にも重ねられた呪縛は彼女を侵し、それ故にケルベロスの攻撃を逐次、その装甲の奥へと届けている。
 にも拘わらず。
「そろそろ、こちらも限界、か」
 ニケが倒れ、憐も倒れた。ぶーちゃんの姿は既に無く、ミミックも主人と運命を共にした。
 そして自分達に蓄積されている殺傷ダメージは、支援班の治癒の効果を幾分か削ぎ落としている。
「なぁ。大博打は嫌いか?」
 提案は泰孝からだった。
「……僕もそのつもりでした」
 樹壱の言葉に、言葉と恵、そしてヴィルフレッドも頷く。
 眼力が全てを告げていた。あと一撃、タラスクのいかなる攻撃であろうと、受けてしまえば自分達は――。
 ならば、最後の攻勢は必然。
「穿ち――貫き――討ち破る!」
 先陣を切ったのは恵の吶喊だった。抱く業物の銘は煌翼。烈風を纏った切っ先は文字通り、煌めく翼として、タラスクに突き刺さる。
「僕達の決死、受けて貰うよ!」
「ドラゴンの幻影よ、敵を焼き払え!」
 続くヴィルフレッドの一撃は駆動音奏でる刃と共に。樹壱の幻影竜はタラスクを焼き、辺りの焦臭を上書きしていく。
「いい加減、くたばりやがれ!」
「ぶーちゃんの仇だよ!!」
 爆破攻撃を繰り出す泰孝は、唾棄と共に悪態を紡ぎ、言葉の殴打は、最愛の相棒の後押しと共に叩き付けられる。
「全ての命の源たる青き星よ。一瞬で良い……私に力を貸してくれ!」
 そして、青蒼の輝き放たれた。
 ソロの放った輪廻の剣はタラスクの装甲を、鱗を、そして皮膚すらも切り裂き、肉に到達する。
 精神すら焼き尽くす青き刃はしかし――。
『よくやったと褒めて上げましょう。ケルベロス!』
 告解は絶望に彩られていた。
 そして、共に放たれた砲撃が遊撃班を薙ぐ。
 そこに近接班の援護は無い。それだけの戦力を、既に彼らは有していなかった。
 言葉が膝を突き、ヴィルフレッドが荒い息でタラスクを見上げる。泰孝は折れたジャンクアームを押さえ、「くそがっ」と呻く。
 加護と防具の相乗効果で奇跡的に避けた樹壱も、倒れるソロを支えるのに精一杯だった。
 砲撃の被害は大きく、その最たる者は恵だった。爆風が纏った飛礫を浴びた彼は、刀を杖に立ち上がろうとするが、そのまま崩れ落ちてしまう。
(「全滅?!」)
 ソロの脳裏に、最悪の光景がよぎる。
 だが。
「タラスクだってもう限界の筈よ!」
 その声は希望だった。
 絶望の淵に立った彼らの意識を、一瞬にして呼び覚ます声だった。
「うん……ここは、任せて」
「何者にも邪魔はさせない……要塞諸共朽ち果てろ……!」
(「――支援、班!」)
 ああ、そうだ。支援班の役割は治癒だけでは無い。スナイパーの加護を宿す者だっていたのだ。
 そして、治癒に集中していた者達もまた、攻撃手としてグラビティをタラスクに叩きつけている。それが彼らの最後の役割だった。
『馬鹿な……』
 無数のグラビティに貫かれ、タラスクが末期の悲鳴を上げる。
 それが、断末魔だった。

 30メートルの巨竜が倒れ、心臓と思わしき炉心も破壊されていく。
 そうして要塞竜母タラスクは終焉を迎えていく。
「終わったな」
「ああ」
 ソロの言葉に、泰孝は目を伏せる。喜びも悔しさも、全ての結果が自身にのしかかっていた。
「ま、今はそれを喜ぼう」
「その為には……脱出しないとね」
 ヴィルフレッドと樹壱の言葉は、崩れゆく要塞に向けられていた。
 被害は大きく、辛勝としか言えない勝利。だが、それでも、世界は守られたのだ。
「みんなにお礼を言わないと」
 この勝利はケルベロス皆で勝ち取った物なのだから。
 言葉の微笑に、皆もまた、微笑みを浮かべていた。

作者:秋月きり 重傷:風峰・恵(地球人の刀剣士・e00989) ニケ・セン(六花ノ空・e02547) 中村・憐(生きてるだけで丸儲け・e42329) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年1月30日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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