封印城バビロン決戦~海飛せし龍を討て

作者:皆川皐月

 温かい部屋はいつもと変わらず。しかし、どこか張りつめた空気だけは否めない。
「リザレクト・ジェネシス追撃戦、お疲れさまでした。皆さんのおかげで、戦場で討ち漏らした多くのデウスエクスを撃破する事に成功しました」
 深々と礼をした漣白・潤(滄海のヘリオライダー・en0270)がゆっくりを顔を上げ、深呼吸。慣れた手つきでファイルを開き、透き通った目で集まった面々を見据え淡々と言葉を紡ぐ。先、城ヶ島のドラゴンとの戦いは特に熾烈を極め、3竜の撃破には成功した旨。しかしドラゴン達の命を賭した迎撃によって、固定型魔空回廊が完成してしまったこと。そうして――……。
「先の固定型魔空回廊を通し、竜十字島から多数のドラゴンが城ヶ島に出現しています」
 誰一人、動揺を見せたものは居ない。
 それぞれが真剣な顔で資料に目を通し、時にペンを走らせる。
「人口密集地である東京圏に、ドラゴンの拠点がある危険性は言うに及びません。その為、城ヶ島の奪還作戦について検討を始めていたの、ですが……」
 数多のヘリオライダーの脳裏に、そして瞼に焼き付いて離れぬ予知。
 一瞬の呼吸を忘れるほどの恐怖を飲み下し、潤は言う。
「ドラゴン勢力が、命を捨てでも城ヶ島に執着していた理由……それは、日本列島に走る龍脈、フォッサ・マグナだったのです」
 捲られた資料。折り畳まれた地図を広げて、話は続く。
「日本列島は、北アメリカプレート、ユーラシアプレート、フィリピン海プレートの3つの境目となっています。そして、城ヶ島からプレートの裂け目に沿って北に進むと……そこにあるのは、『封印城バビロン』なのです」
 ついと机上の地図を滑った白い指。
 追うように全員の目も資料へ落とされる中、潤は指で辿った先に赤丸を二つ。
「ドラゴン勢力は封印城バビロンと城ヶ島を結ぶフォッサ・マグナを暴走させ関東圏を壊滅させると共に、大量のグラビティ・チェインを獲得。そのグラビティ・チェインで『惑星スパイラスに閉じ込められた』ドラゴンの勢力の救出を行おうとしているようです」
 企みを阻止はに必要なのは『城ヶ島』か『封印城バビロン』、どちらかの破壊。
 先程赤い丸で囲んだ二つを示しながら、潤はまた淡々を言葉を続ける。曰く、城ヶ島には固定型魔空回廊があり、竜十字島の全戦力を投入する事が可能。城ヶ島を落とすならば、竜十字島決戦を覚悟を固めなければならない。
「―――つまり、『封印城バビロンの破壊』が唯一の手段となります」

 作戦の第一段階は、封印城バビロンの探索。
●海より来る
「私達のバビロン攻略を察知したドラゴン勢力は『竜影海流群』をバビロン救援する為にへと差し向けました」
 『竜影海流群』とは、竜十字塔近海の防衛ラインを構成していたエルダードラゴンの一種。その移動速度と一糸乱れぬ集団戦において、ドラゴン勢力でも屈指の能力を誇っていると、飛び魚にもカジキにも似た見目のドラゴンを示しながら潤は言う。
 “集団戦”に優れた援軍が大挙して封印城バビロンに到達すればどうなるかなど、想像に難くない。重くなる空気を払拭するように、大きなファイルが机上に乗せられる。
 青々とした空と海。薄暗い封印城バビロンを背に、海上へ展開された気球と飛行船の群れ。
 そしてその上に立つ、人影こそ―――。
「これを阻止する為、世界中からありったけの飛行船や気球を集めて、空中に城塞を築き、迎撃態勢を整えました。この飛行船と気球を足場として飛来するドラゴンを迎え撃ち、撃退してください」
 信頼に溢れた瞳が、ケルベロスを見た。
 『竜影海流群』のルートは、目指す封印城バビロンへ向け一直線。
 地図に印字された真っ直ぐな線を辿りながら、潤がとんと指差したそここそが真っ直ぐな線を断ち切るように×印の打たれた、気球と飛行船による『戦場』。
「気球と飛行船を、ロープや鎖で繋げる事で、空を飛ぶドラゴンとの空中戦を可能にしました。皆さんの身体能力ならば、ロープや鎖で繋がれた戦場を縦横無尽に走り回りながらの戦いに支障はありません」
 勿論、ドラゴン1体1体は強敵ですが、と潤は念押し。
 必ずチームを組み、互いに連携しながら戦うことが必要となる。
「戦場から離脱した場合ですが、高空から地面に叩き落される形となるため再び戦場に戻る事は出来ません。それと……」
 落下によるダメージは、物理ダメージ。
 ハッと察したケルベロスも居る中ごにょごにょと。“つまりとても痛い――……で、済む。はずです。”と潤の目が泳いだ。
 が、“落下は緊急時の離脱や戦略的撤退にもご利用ください”と微笑めたのは積み重ねた日々の賜物かもしれない。
 一通りの説明が終わって、一息。
 閉じたファイルを強く抱いたのは無意識か、一人一人の顔を見つめた後にそうっと。
「進路の予知と迎撃態勢を整えることは出来ました。ですが、飛行船や気球は元来戦い向きではない為、ドラゴンの攻撃を受ければ余波でも破損します」
 全ての飛行船と気球の命は持って“15分”。
「……難しいお願いなのは重々承知です。でも、」
 求められるのは一体以上――否、一体でも多いドラゴン討伐。
 続々と消え削られゆく足場と強敵たるドラゴンへ向かうケルベロスへ強いるには厳しい願いと知りながら、潤は深々と頭を下げて。
「散開し連携困難な中ですが……どうか皆さん全員で、お戻りください」


参加者
八蘇上・瀬理(家族の為に猛る虎・e00484)
藤守・つかさ(闇夜・e00546)
八柳・蜂(械蜂・e00563)
ジゼル・クラウン(ルチルクォーツ・e01651)
イルヴァ・セリアン(あけいろの葬雪花・e04389)
紗神・炯介(白き獣・e09948)
輝島・華(夢見花・e11960)
空野・紀美(ソラノキミ・e35685)

■リプレイ

●来る
 ごう、と唸る風が紗神・炯介(白き獣・e09948)の頬を滑る。
 未だ春の気配遠いこの海は酷く冷え、潮混じりの風は肌をひりつかせるには十分。
「……どれだけ立ち続けられるか、か」
 ゆったりと細めた瞳で水平を見つめたまま炯介がぽつりと言葉零せば、同様に並び立ったジゼル・クラウン(ルチルクォーツ・e01651)も、同じく凪いだ瞳で水平を見遣る。
 そして手中の時計を確認し革手袋嵌め直した手を握って開けば、丁度靡いたイルヴァ・セリアン(あけいろの葬雪花・e04389)の髪がジゼルの視界を掠めた。
 寒風に踊るイルヴァの髪に、ジゼルは思う。この信頼に値する同僚 イルヴァは冬を凝縮したような女性だと。冬海より明るく冬空よりも鮮やかな髪に椿より爛々と熟れた赤瞳、常は柔らかな白雪のような愛らしさ――……だがこと戦いの場における彼女は、油断すれば凍死する冬の酷面に似ていて。
 と、いつの間にかその椿色と目が合った。
「ジゼルさん?」
「何でもないよ」
 そうですか、と瞳を細めたイルヴァが僅かに瞳緩めた時――どこか険しい表情で拳を握っていた輝島・華(夢見花・e11960)が、海と空の狭間に目を見開き叫ぶ。
「――来ます!」
 微かだった高速飛行音が徐々に大きくなる。
 空を裂き海上滑るように飛んだ巨影は瞬きの間に、番犬達の眼前へ。
『オォオオオオオオン!!!』
「ここから先には、行かせない」
 低く静かに、藤守・つかさ(闇夜・e00546)が囁いた。
 瞬間、瞬いたつかさの瞳が捉えた竜影海流群の表皮が裂け夥しい血が流れる。
 ぎしぎしと歯を食いしばった竜影海流群だが無理にでも突貫せんと身を撓らせた眼前へ、八蘇上・瀬理(家族の為に猛る虎・e00484)が飛んだ。
「あんたの好きにはさせへんで!」
『ガアァァアッ!』
 八重歯を覗かせ笑った瀬理が振りかぶったのは、海上の凍気さえ退く気配纏った銀杭。叩き込むように打ち込まれた銀杭が竜影海流群の肉に食い込めば咆哮に似た悲鳴が上がる。
 だが番犬は怯まず躊躇わない。畳み掛けるように重ねられたのは、石妖の盾織るジゼルと指先のオウガメタルを放ったイルヴァの詠唱。
「十重百重と、集いて護れ大地の僕」
「銀雪より鋭眼の加護を此処に」
 華達前衛の頭上へ三度降った鋼砂の雨。石土の気配纏い淡く輝く精霊の盾。
 二人の加護のもと静かに深呼吸した華は、ひたりと竜影海流群を見据えてスイッチを押した。瞬間、花火のように弾けた薄桃色の花弁が疾く前衛陣の刃を研ぎ澄ます。
「もうこれ以上は……絶対に、させません!」
 きろりと華の眦吊り上がった瞬間、横を抜ける鋼と人の影。
 よく跳ねる気球を足場にエンジン全開で飛んだのは華の相棒 ライドキャリバーのブルーム――と、ストロベリーブロンドの髪を躍らせた空野・紀美(ソラノキミ・e35685)。
「ブルームちゃん、いーっくよー!」
『グルルルアアアアッッ!!』
 唸り上げるエンジンと高速回転する車輪。
 竜影海流群の額に着地したブルームが鋭角に機体傾け竜皮を削り回る直前、ブルームのシートを足場に跳んだ紀美が指先で小瓶を弾く。
 本日のオススメは強気なショッキングピンク。
「ピーンークーにー……なっちゃえ!」
「ああ、せっかくなら星も添えようか」
 ボトルを撃ち込む衝撃で気球上へ舞い戻る紀美と入れ替わりに、竜影海流群の頭上へ振り上げられたのは一条の煌めき。
 軽い言葉と裏腹に直上から叩き下ろされた流星の一蹴は鋭く、竜影海流群の背骨が嫌な音を立てた。
『オガアアアアアッッッ!!』
「おや、中々骨がある」
 軋む竜身。そして容赦なく足ヒレに括られる重力鎖。
 炯介の瞳が弓形の月を模った、その奥。決して揺らがないそこは燃えるような輝きを湛えたまま、見据えた竜を捉えて離さない。
「あの時とは違う……今回は逃がさないし――」
 “逃げないよ”とわらった唇のまま、炯介は流れるように竜影海流群を足蹴に気球へと転身。
 炯介が戻ると同時、前衛に築かれた微電流の雷壁は八柳・蜂(械蜂・e00563)のもの。
 神経系異常の感知及び緩和治療に特化したそれが揃えば激戦への準備が整う。輝く加護も薄ら舞う花弁も爆ぜる電流も、眼前の竜達を捌くための補助だ。
「確実に一匹ずつ、仕留めてしまいましょう」
『ッッッッァァァアアアア!!!』
 涼やかな蜂の一声に、激高したような竜の咆哮が重なって。
 どうと奔る竜の水咆が前衛足場の気球を割った瞬間、かちりと時計の針が進んでいく。

 斬り結ぶこと幾度目、ドォン!と激しい水流がケルベロスを襲う。
「っ、紀美姉様!」
「華ちゃん!」
 激しい水圧に飛行船上から振り落とされそうになった紀美の腕を咄嗟に華が掴み、走るブルームにしがみ付き新たな足場で位置を取ったところで詰めた息を吐いた。
 群体でこそ強いと言えど、やはりドラゴンの一角。
 一体でも侮れない――と頬の傷拭った華が歯噛みした瞬間、ぼっと水煙の中から飛び出したジゼルが皆の怪我を横目に瞬き一つ。素早く取り出した薬液小瓶を指先で弾き上げるとライトニングロッド Spiritamberで叩き割ってみせた。
 すれば肌を濡らさぬ薬液の雨が前衛の身に絡む氷を剥がし落としていく。
「戦況は上々か。キョウスケ、時間は」
「6分28……、30秒だね」
 油断なく状況に即した回復。果てしないようで瞬き程度の時間。
 未だ目立った怪我の無い仲間達と、確実に傷深くなりつつあるドラゴン。
 ドラゴンを相手にしているにしては上等の現状――と、呼気整えたジゼルと炯介の横から飛び出した人影二つ。
 アクアブレスの水圧で爆ぜた気球を利用したイルヴァが、竜影海流群目掛け一直線。
 静かに手を添えた日本刀 星爛氷水の鯉口を切る。
「亡びも終わりの静寂も。すべてをこえて――……」
「あたたかさを、ちょうだい」
 同じく爆ぜた勢い利用した蜂が、ずるりと引き抜いた黒刃の惨殺ナイフ Mirror.を手にうたうように告げて一笑。
『アオ、オアオォォオオ!!!』
 突き立った冴刃に咲いたイルヴァの氷晶。
 ぞふりと皮割き肉斬る音立てた蜂の氷剣閃。
 双方ともに深々と食い込んだのは、絡みつく鋼粒子の後押しあればこそ。悲鳴を上げた竜影海流群の巨体が、ぐらりと傾いた隙を瀬理は逃さない。
 ひくりと白虎の耳揺らした瀬理が竜影海流群を見据えたまま紀美の名を呼ぶ。
「紀美さんっ、あんたいけるか!?」
「うん!いけるっ、いくよ!」
 応えた紀美もまた竜影海流群を見据えたまま、どこか振り切ったように笑っていた。
 とんと飛び出したのは同じタイミング。だが、気球を蹴った勢いが足りず翼も無いのなら?
「八蘇上、空野、乗っていけ」
 追うように投げられたデスサイズシュート――そう、つかさの鎌に乗ればいい。
「こらおおきに!さあ、あんたの相手はうちらや!」
「ひゃあああこわい!こわたのしー! ……、っと!」
 弾くように振るわれた水の気纏う尾を空泳ぐように瀬理と紀美が跳ね避けて。
 撃ち落とされた鎌をつかさが引き戻した時、限界まで引き絞られた瀬理のバトルガントレットに纏わりつく生粋の捕食者たる気配。人差し指と親指をピストルのように構えた紀美の爪先に燦然と輝く射手座のネイルアート。
 ――二人の間に鮮やかに立ち昇った薄紅の花弁が、虎牙と鏃を研ぎ澄ます。
「どんなにしたって逃がさへんっ……丸見えやわアンタ!」
「つぎはわたしの番っ!ぜーったい、にがさないんだからー!」
 巨大な竜頭を打ち砕いた執燥猟牙が水面へと竜影海流群を撃ち落とし、角先を砕き尾まで通り抜けた無邪気な射手座がその瞳から命の灯火を撃ち消した。

●青の狭間で
 7分。
 炯介が時間の区切りを告げる。勝利の余韻に浸る間など無いが、越えた一峠。
「やったー! ――ぁ、」
「よし、まずは一体……?!」
 興奮抑えきれぬ紀美と瀬理が竜影海流群を蹴り上げ気球へ着地しようとした時、その視界が赤黒く変わる。
 跳んだ間際の僅かな隙。翼無き者では抵抗できぬ、ほんのわずかな間。
 誰もが目を見開いた。
 入り乱れる戦場に近しい此処で、突如と言うには語弊がある。が、横。右側から飛来した竜影海流群が大口を開け、猛然と同胞討ち滅ぼした紀美と瀬理を噛み砕き呑み込まんとしたのだ。
「っ、紀美姉様!瀬理姉様っ!」
 咄嗟に飛出し振り抜いた華のエクスカリバールの釘頭は竜肌を掠めて空を切り、体当たるように駆け出したブルームのデットヒートドライブでは巨体を止めるに至らない。
 鋭い棘歯が紀美の腕と瀬理の足を軋ませた、その時。
 紫の焔を眼に収めた黒き大蛇が駆けた。
「――させませんよ」
『グガアアアアッッ!!』
 冷静な声と、立ち昇る地獄の紫焔。
 蜂のブラックスライムが模った黒い大蛇が竜影海流群に絡み、のたうつ巨体を締め上げ喰らい付く。抑え込むに必要な膂力は並の力ではない――が、イルヴァにはその一瞬で十分。
 二人の腰に繋がっていたワイヤーを素早く手繰り二人を回収。傷を傷めないよう細心の注意と無駄の一切無い所作でジゼルの下へ。
「空野さんは右肩から腕の損傷、八蘇上さんは左……いえ、両足膝下損傷ですね」
「キミ、セリ、少し耐えてくれ。すぐに終わらせる」
 的確なイルヴァの判断をなぞる様に傷を癒しながら、ジゼルはその傷口を見た。
 酷い傷だ。しかし、重ねた盾の加護が功を奏し首の皮一枚致命傷には至っていない。
 合わせて目立った異常は無い――が、二人に付いていた加護が悉く砕けている。純粋な力技なことは勿論ながら、竜影海流群の牙に加護砕く力があるのだとジゼルにも容易に判断がついた。そして治療の手を止めぬまま、ジゼルは告げる。
「あの牙にはブレイクの効果があるようだな。そして予想だが、クラッシャーだ」
「なるほど、心得ました」
 そう声を返すと同時、周囲へ素早く伝達しながらイルヴァは音も無く前線へ走る。

 イルヴァが二人の救助を行った同時刻。
 つかさは蜂の放ったブラックスライムの上を素早く駆け、跳んだ。
 舞うようにはためく漆黒のコートの裾華やかに、まるで手足の延長の如く携えた簒奪者の鎌の刃が空気に溶けた。
「お前を絶対に行かせる訳にはいかない。必ず、撃ち落とす」
 姿形無く風切り音さえ立てぬ刃を防ぐ手段など無く。
 竜影海流群の硬い表皮なぞ、心身共に集中したつかさにとっては紙に同じ。鱗を飛ばして肉を断ち、削ぎ落す様に刃を揮い刻み込む。
「俺達と踊って、そして終わるといい」
「同感だ」
 つかさの背から聞こえた同意は炯介の声。
 白銀に似た髪の間から覗いた角は、山羊のものに似ていた。
 本来は飛べぬ悪魔の翼を限界まで広げ、風を孕み捨て大きな一歩に変えればその身は竜の懐へ。炯介は涙の如く止めどなく零れる青白い地獄を纏い、その手に生成した青炎刀を抜く。
「爆ぜろ、」
 静かに激情を秘めた言葉は、力を持っている。
 飛び込んだ勢い殺さないまま、炯介は重力に抗うことなく下段から添えた刃で竜影海流群の額を切り上げる。斬った額を足場に大上段から角を斬り飛ばし、返す――よりも鋭く、撓らせた身を戻す様に鼻先を真一文字に断った。
『オアアオオォォオオオオオッッッ―――!!』
 絶叫。
 いくら暴れようとも蜂が絡め取り、つかさが複雑に斬り結んだ足枷は解かれない。
 傷癒す術無く暴れた竜影海流群が空を泳いで一転、衝動のままに炯介とつかさ目掛けて撓らせた尾を振り下ろした、瞬間。
「これ以上の傍若無人は許しません。そうでしょう、ブルーム」
 炯介を庇う様に飛び出した華と、つかさの前でエンジン唸らせたブルームが吼えた。
 齢十四ながら、華は歴戦のケルベロスでありブルームは永い相棒だ。その一人と一機が恐れることは、背の仲間が傷つくことただ一つ。
 責任を取るなんて、きっと烏滸がましい。でもどうしても守りたくて、そして何より今この瞬間――眼前のドラゴンに負けたくないと、華とブルームの“こころ”が燃える。
「次に撃ち落とされるのは、お前と知りなさい――!」
 細い骨身が軋む。パーツが弾け飛ぶ。
 裂けた頬から滴った赤が白い花弁を染めてしまったけれど、散り散りに舞った大輪の花は見る影も無いけれど。
 余波さえ抱え、丘の防人の加護に包まれた少女と一機は仲間を守り抜いた。

 追い縋り嘆く者が居ない事は、おかしくなどない。
 水面へ消えた少女と一機であれば“さあ、参りましょう!”と凛々しくあると皆々知っているから。間髪入れずに紀美が撃った射手座の一矢が竜影海流群を射抜く。
「ちゃっちゃと撃ち落としちゃお!」
「そらええな、ばーんっと冷凍ドラゴンでも作ったろか!」
 全身使って尾を振り抜いた反動で動き鈍った竜影海流群の腹を、凍気さえ慄く一杭で瀬理が打ち上げた。
『ッ、ガアァァアアアアアア!!!』
「10分だ。一勝負といこう」
 炯介のアラームが第二の区切りを告げたと同時、勢いよく震われた竜影海流群の一撃が並ぶ気球と飛行船を一列割き爆ぜさせた瞬間。
 爆ぜた水飛沫を物ともせず、空泳ぐ影一人。
 軽やかにしてしなやか。足音も呼吸音も、いっそ重ささえも感じさせない足運びで竜影海流群の背を取ったイルヴァが、身を低く構えた。
「幾度でも命は巡り、花は咲く……だから、わたしは――」
 刃が抜き打たれると同時。
 イルヴァを振り落とさんと身をくねらせた竜影海流群の肌上を滑る様に、星爛氷水とオウガメタル製の刃が奔る。
 妖精八種族が一つ シャドウエルフたるイルヴァの血が記憶する、影の如き視認困難な斬撃。狙った急所は瀬理が氷刻んだ柔らかき腹。
「――その巡りを淀ませるあなた達の存在を、許さない」
『アァ………、ォ』
 高らかに上がった水柱は、本日二本目。

●高らかに
 突貫せんと新たなる影が迫る。
『アァァアアアアアアアアッッッ!!!』
「何度も同じことを、許すと思っているんですか」
 満身創痍な静かなる声には確かな決意。
 きろきろと紫苑の瞳燃やす蜂の左腕が、竜影海流群の角を掴んでいる。
 裂けた義骸から噴出する紫焔は石妖の盾の加護と絡み合い、イルヴァの鼻先一寸前で荒ぶる竜の一角を止めてみせたのだ。
 軋み痛み血の如く滴る紫焔。それでも、蜂は竜影海流群の瞳を睨み据えたまま離さない。
 と、蜂の左腕にこつりと衝撃が走ったと同時に痛みを感じさせない魔術切開が乱れ散った蜂の紫焔を丁寧に集め繋ぐ。酷く裂けた傷口は魔法の如く縫い上げられて。
「問題ない。傷の全ては私の管轄であり、今戦闘開始から12分30秒が経過した」
 瞬いた胡桃の瞳が冷静に告げる。
 踏み込んだ五つの刃は華が舞わせた切れ味増す花弁と共に揮われること、幾重。
 ジゼルの言葉から2分30秒後、上がった大水柱が一つ。
 最後の気球の破砕音と、追うように立った七つの水飛沫が全てを語る。

 間髪入れず迫る竜影海流群 三体撃墜。
 見事な記録が刻まれた瞬間である。

作者:皆川皐月 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年1月30日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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