封印城バビロン決戦~空の群影

作者:譲葉慧

 デウスエクス複数勢力による、関東広域を狙う大規模作戦『リザレクト・ジェネシス』、そしてその追撃作戦と、ケルベロスは二つの大戦で戦果をあげた。
 しかし、それでもなお、追撃を逃れたものたちの企ても予想され、未だ予断を許さない状況であった。
 そんな折、ヘリオライダー達は、封印城バビロンに関わる、ドラゴン達の恐るべき目論見を予知したのだった。
 直ちに阻止作戦が発動され、ヘリポートには、作戦へ参加するヘリオライダーとケルベロス達が集まってきている。
「年末年始と、戦いにつぐ戦いで済まないのだが、封印城バビロン破壊作戦に参加できる者はいないだろうか?」
 マグダレーナ・ガーデルマン(赤鱗のヘリオライダー・en0242) はケルベロス達にそう問いかけ、小脇に丸めて抱えていた地図を開いて見せた。主として関東付近の地図は、細かく等高線が引かれ、地形を把握するためのもののようだ。
 マグダレーナは加えて、地層断面図らしい図も取り出し、地図の横に添えた。
「ドラゴン共は、城ヶ島に魔空回廊を設置した。我々も当初は城ヶ島奪還攻勢をかける心積りで予知を進めていたのだがな……奴らの狙いは龍脈、フォッサマグナだったのだ」
 まずはこれを見てくれ、とマグダレーナは地図を指した。そこには県境とも違う太い線が引いてある。
「この線は、プレートの境目だ。大地はこのプレートと呼ばれる岩盤に載っているわけだが、龍脈はプレートの境目にある……つまり、もともと強い力を秘めた地形なのだ」
 その力にドラゴンが目を付けた。周りのケルベロスにも、それは想像がついた。そして、黙したままマグダレーナが地図の城ヶ島からプレートを示す線をなぞる道筋を見、話の半ばを察した。ドラゴンが城ヶ島に固執した理由も。
 指先が止まったのは、封印城バビロンだった。
「奴ら、龍脈の力を暴走させ、関東広域を壊滅させる心づもりだ。そして得たグラビティ・チェインにより、かつて螺旋忍軍の主星、スパイラスに事実上幽閉された慈愛竜などのドラゴンを救出しようとしている。いずれも阻止せねばならん」
 そこで、封印城バビロン破壊作戦なのだ、とマグダレーナは最初の言葉を繰り返した。
「城ヶ島攻略は、竜十字島からの補給がある以上、竜勢力との全面戦争になるだろう。それ故、封印城バビロンを陥とす作戦が採られることとなったのだ」
 マグダレーナは、地図を仕舞い、居並ぶケルベロス達を見渡した。
「だが、ドラゴン共も我々が封印城バビロンへ向かうことを察知したようでな、増援を派遣して来るぞ。高速の飛行能力と連携行動に優れ、竜十字島近辺を防衛していたドラゴンの一群で、『竜影海流群』と呼ばれるものたちだ」
 ケルベロスの戦力を封印城バビロンだけに集中させることはできないだろう。飛来する竜影海流群を迎撃する者も必要になってくる。
 竜影海流群の規模は、迎撃必要人員は、そして封印城バビロン破壊に足る必要人員は……? そんな思いが脳裏をよぎっているだろうケルベロス達に、マグダレーナは応える。
「作戦従事班の編成は、既にヘリオライダー間で行われている。私が担当するのは『竜影海流群』の迎撃任務だ。今ここにいる者は、迎撃作戦参加で支障はないか?」
 少し時間を置いた後、マグダレーナは再び口を開いた。
「まずは戦場について話そう。竜影海流群は空からやって来る。戦場の確保のため、世界中に協力を仰ぎ、大量の気球や飛行船を用意した。これらを繋げて足場とし、戦うことになる。なに、ケルベロスならば支障なく戦えるはずだ」
 支障ないと太鼓判を押されても、しっくりこない顔つきのケルベロスに、マグダレーナはもっともだろうなといった様子で頷いて見せた。
「やはり、気球や飛行船の強度は気にかかるだろうな。察しのとおり、ドラゴンの攻撃を耐えるにも限度がある。そうだな……保つのは15分程度と予想されている」
 その少し浮かない顔のまま、そしてな、と彼女は続ける。
「その15分で竜影海流群のドラゴンを最低1体撃破したいところなのだ。迎撃班それぞれが1体ずつ撃破、それだけの戦果があれば、封印城バビロンへの増援抑止効果になりえるだろう」
 そこまで言って、マグダレーナは浮かない顔をひっこめ、にやりと笑って見せた。
「もちろん、狙えるならば、2体、3体狩っても構わない。だが、外見こそ魚の群れのようだが、ドラゴンには違いない。その実力や、己が退き際を見誤らないようにな」
 退き際、という自分の言葉で何か言い忘れていたことを思い出したらしく、マグダレーナは真顔に戻った。
「足場から落下すれば、ほぼ戦場から離脱できる。だから撤退戦への備えは不要だ。防衛上の問題で、設定された戦場全域に各班が分散配置される関係で、他班との支援も思うようにはいかない可能性が高い。戦法から撤退まで、作戦は基本的に自班で完結できるように立案した方が良いだろうな」
 そこまでマグダレーナが説明をしたところで、不意にヘリポートに風が吹き込んだ。ヘリオンが一台、飛び立って行く。次に離陸予定のヘリオンが、離陸準備を始めていた。
 もう竜影海流群迎撃の任務開始時刻か、とごち、マグダレーナは自分のヘリオンの搭乗口を開けた。
「当任務は、封印城バビロンで行われる決戦に対する支援任務だ。派手な戦績は残らないが、誰かがやらなければならない、必須の任務だ。私は戦場で側には居られないが、お前達の戦いぶりは全て見届ける。敬意を表すべき勇者の戦いとしてな。では出発するぞ!」


参加者
熊谷・まりる(地獄の墓守・e04843)
月鎮・縒(迷える仔猫は爪を隠す・e05300)
サイファ・クロード(零・e06460)
レスター・ヴェルナッザ(凪ぐ銀濤・e11206)
ハンナ・カレン(トランスポーター・e16754)
日月・降夜(アキレス俊足・e18747)
筐・恭志郎(白鞘・e19690)
堂道・花火(光彩陸離・e40184)

■リプレイ


 薄雲が広がる空の下、一面に気球や飛行船が滞空している。風任せに散ってゆかないようにロープや鎖で繋がれたそれらは、人の手によって形作られた、色合いが何とも不揃いな雲海だ。これは、見かけからは想像しがたいが、侵攻者への防衛線であった。
 ケルベロスの封印城バビロン攻略作戦をドラゴン勢力は気取り、増援を送り込んだ。かれらは『竜影海流群』と呼ばれるドラゴンで、竜十字島周辺海域の守備に当たっている者達であり、その任務のためか、飛行による移動速度もさることながら、連携しての作戦行動を得手とすると予知されていた。
 連携して集中攻撃を受ければ、ケルベロスといえど、多大な損耗を強いられるだろう。そこで、竜影海流群の針路を塞ぐ形で敷いた防衛線上にケルベロスは分散し、同様に分散させられた竜影海流群と交戦することになったのだ。
 竜影海流群の襲来予想時刻を間近にして、空に浮く防衛線に、ヘリオンからケルベロス達が降下してゆく。熊谷・まりる(地獄の墓守・e04843)は、降り立った足場が、ぐん、と凹んだその凹み加減に、つい家のこたつ布団を思い出してしまった。
 冬の風吹きすさぶ戦場と、ぬくぬくあったかいお家のおこた、或いは非日常と日常。それらには、まるっきり共通点はないのだが、それもこれもドラゴンが地脈の力を使い、関東一帯を壊滅させるとか企んだからなのだ。それを潰さなければ、幾多のお家のありふれた日常が凄惨な非日常へと塗り替えられる。
 まりるは、地下足袋を履いた足で揺れる足場をしっかと踏みしめた。ちょっと若い女性には珍しい履物に、堂道・花火(光彩陸離・e40184)がはたと目を留める。
「まりるさん、足元、気合入ってるっスねー!」
 その手があったかと言いたげな眼を浮かべた花火は、気合っスよ、ともう一度繰り返し、空の先を見つめた。
「何体来ようが、ドラゴンの思い通りになんかさせないっスよ。バビロンや他の戦場で戦ってる人のためにも、全力っス!」
 それはあっちともお互い様だよな、と日月・降夜(アキレス俊足・e18747)も気炎を吐く花火と同じ先を見つめる。
「仲間の援護を、って俺達もまさにそうだものな。お互い様同士、堕ちるまでやるしかないよな」
 降夜が言った、堕ちるまで、という言葉に、筐・恭志郎(白鞘・e19690)は、口をほんの少しだけ引き結び、つい吐きそうになったため息を留めた。
(「……最終的に落ちるしかないやつですよね、やはり」)
 恭志郎の面持ちに、月鎮・縒(迷える仔猫は爪を隠す・e05300)が恭志郎の横顔をそっと覗き見る。ため息の気配は消したつもりだったが、縒には隠せないらしい。
「恭ちゃん、どうかした?」
 恭志郎は表情を優しく緩め、気遣わし気に自分を見る縒の瞳を見た。それだけで安堵の色が浮かんだ縒の瞳に、恭志郎は目だけで笑みかける。
「どうもしないですよ、縒ちゃん。これだけの大仕掛けをして戦うからには、最大戦果をあげて。そう思っていたんです」
 竜影海流群を1体倒せれば、封印城バビロンへの増援抑止になるだろうと説明を受けていた。それ以上の戦果を上げれば、尚良いはずだ。この場のケルベロスは皆、狩れるだけ狩る心算でここに立っている。
 恭志郎と縒のやり取りを横目に、サイファ・クロード(零・e06460)は、翼をゆっくりと羽ばたかせた。サキュバスの翼は、風とそんなに仲良くない。それは分かっていることだし、前の戦場が海だったなら、今度は空だろうなと予想はついていたけれども、そして、不規則に上下する足場にもだいぶ慣れ、戦いに支障はないと身体は知っているけれども。
(「やっぱ自力じゃ飛べないよなあ……」)
 戦闘不能になった時、各々足場から落ちて離脱することになっている。それはドラゴンからの追撃を避け、仲間の負担を減らすためだ。離脱したら、地上や海上まで真っ逆さまだ。
 こういう時、飛べたらいいのにとつくづくサイファは思い、仲間達を良く見ると、ほぼ飛べない種族ばかりだった。中でも準備良く、まりるはパラシュートを背負っている。やっぱ痛いの嫌だよな、とサイファは一人うんうんと頷いた。
 もうじき竜影海流群が視認できるだろう。その時を控え、ケルベロス達の間に沈黙が落ちる。冬空の色は、そんな人とドラゴンの都合とは関係なく、ただ淡く青い。
 あの世に近い戦場。レスター・ヴェルナッザ(凪ぐ銀濤・e11206)の脳裏にそんな言葉が浮かんだ。天国、善き人達のための死後の世界は、空の上にあるのだという。そこは今日の空の色のような穏やかな世界なのだろう。
 右腕の銀炎は、空を炙り焦がす様に、燃え盛っている。憎い竜どもとの戦いを前にして滾る血が銀炎の糧となって、共に空の彼方の楽園を拒んでいるのだ。天国に最も近くして、彼の魂の行く末とは最も遠い戦場、それがこの雲海だった。
 瞳と右腕と、彼が宿す銀が一際鋭く燃えあがる。青い空の中にぽつぽつと、煩い蜂か雲霞めいた、屠られる群れの姿を視認した瞬間のことだ。ほぼ同じくして、ハンナ・カレン(トランスポーター・e16754)が最前衛へと進み出、みるみる大きくなる影に向けて、ふっと笑った。
「待たせすぎだ。ケルベロスに気を持たせても、歓迎の作法は変わらないぞ」


 魚に似た巨体が飛来し、トビウオのように大きく開いたヒレがすれ違いざまにまりるを斬り裂こうとするのを、割って入った恭志郎が代わりに受け止めた。着ている空灯のおかげで深手とはならず、次いで花火が放ったオウガメタルの銀閃が粗方を治癒する。
 竜影海流群について知らされているのは外見くらいで、戦闘方法に関してはほとんど未知の状態だったが、この個体については、ヒレによる斬撃、力任せの体当たりと、外見から推測しやすい攻撃を仕掛けてくるようだ。特に体当たりの勢いは大きく、それで力尽きることがあれば、そのまま足場から放り出されるだろう。
(「この竜、見かけよりも素早いみたい」)
 縒は器用に空を泳ぎ回る竜を、ひたと見据えた。陽炎のように竜の周りの空間が揺らぎ、竜の身体がその場で不自然に静止した。それはほんの僅かな間のことだったが、金色に光る双眸が生み出した空間の歪みは、目に見えなくとも竜にまとわり続けるのだ。
 だが、竜はそれを意に介していないかのように、ぬらりと攻撃を躱し、悠々と空を泳ぎ獲物を見繕っている。畳みかけるには、今少しのお膳立てが必要なようだ。サイファは揺れる足元を蹴り、竜の正面へと跳んだ。そして気を引くために両手を拡げる。果たして竜の眼はサイファに向けられた。それは、彼の術にかかった証だ。乾燥した空気がどんよりと重く変質してゆく。
「どこにも行かないで」
 呪詛めいた彼の囁きに応え、変質のすえ粘性を備えた空気は竜へとのしかかった。空に浮く巨体が少し沈み、重みに喘ぐように竜は尾びれを波打たせる。動きの鈍ったその隙に、レスターの竜砲が銛のごとく真っ直ぐに竜を貫いた。
 己が身体の縛めの数々に、竜は怒りの咆哮を上げる。鋭い牙が二重に並ぶあぎとからは、冷気を伴う風の息が吐きだされ、近接戦闘中の4人を巻き込んだ。ぱりぱりと音を立て、氷が身体の表面に貼りついてくる。
 まりるは如意棒を三つに折りヌンチャク型にして振り回し、阻もうとする竜のヒレを弾いて打ったが、うねる身体に勢いが殺されているようだ。弾かれたヒレは一部破れ、斬撃の勢いは幾ばくか削げるはずだが……。
「なんか、この竜、地味に厄介なやつだよね」
 竜の間合いから一歩退いたまりるは、同じく一撃の機を狙うハンナにこぼした。ハンナも、竜砲を打ち込み竜の自由を奪おうと試みていたが、いかんせん手応えが少なかったのだ。
「そうだな。搦め手はないようだが、攻めも守りも隙が少なく手堅い。だが、隙は作るものだ」
「全くもって、その通りだな」
 少し後ろから降夜の声が応えるとともに、ハンナの目前で、力が収束し、巨大な針と化した。針は竜の尾びれを縫いとめるように貫き、きらめく針は深く、より深く竜の肉に食い込んでゆく。
「その時、来たれりだ」
 レスターはオウガメタルの銀の光を前衛の仲間達に向けて放った。この戦場で幾度となく仲間を包んだ銀の光は、脳の奥に秘められた感覚を引き出して、仲間はのらりくらりと空を泳ぐ竜の動きを捉えつつある。そして竜は、ケルベロスの度重なる攻撃の余波をその身に宿したままだ。その動きは、緒戦のように攻撃をかわし、いなすには、ややぎこちない。
「さっきから見てたっスけど、この竜、一度も傷を治してないっス!」
 花火の声が、仲間達へと飛ぶ。それはつまり、この竜は自己回復能力を持たず、不調を自ら振り払うことは出来ないということだ。
「あと一押しっス!」
 花火は掌の中の爆破スイッチをぽちりと押した。景気づけとばかりに派手に起こる爆発音と、巻き起こる爆風は、勝利への追い風となって、前に立つ仲間を奮い立たせた。
 均衡がケルベロスへと僅かだけ傾いた、戦況を変えるにはそれだけで充分だった。時を経ずして竜影海流群の一体は死にゆく己という未知の感覚に咆えながら、地へと堕ちていった。


「何分経ったのかな?」
 破れかけた気球から、フック付きロープに掴まって逃れた縒の問いに応えたのはサイファだ。縒の下方でロープの上を走っていた彼は、ゆらりと落ちかけたロープの代わりに空を蹴って、まだ無事な飛行船の上へ跳び乗った。
「8分、くらい」
 ケルベロス達が飛行船の上に乗ってみると、側を竜が1体飛んでいるところだった。少し離れた所で激しいグラビティの応酬が見える。他の班が交戦中なのだろう。竜は、そちらへ向かっているようだ。
「次はあいつをやるぞ」
 竜へと走り寄り距離を詰めながら、ハンナは身に纏った気を収束させ、移動中の竜に向けて撃ち込んだ。吸い込まれるように飛んだ気の塊が大きく開いた竜のヒレへと当たり、竜はのっそりと不意の襲撃者へと向きを変える。深手ではないが、注意を引き付けることは出来た。まずはそれでいい。
「さっきの奴よりは、お淑やかみたいだな」
 降夜は、先の竜を貫いたと同じグラビティの針を撃ち込んだ。手応えからみるに、さっきの1体のような妙な機動力はないらしい。それでも安定して攻めるための仕込みはやはり必要だ。
「その分、どんな手で攻めてくるのでしょうね」
 恭志郎は竜の間合いを読みながら接近する。その手では綴糸を繰り、彼の歩と共に地に赤い守護の陣が描き出されてゆく。守り手である彼は、常に竜にとって狙いやすい場所に立っていなければならない。それはレスターも同じであり、彼は恭志郎よりも更に近く、互いの必殺の間合いにまで近づいている。
 レスターの眼差しに籠る確たる殺意は、竜の目をもすぐさま同じ色合いに染め上げた。竜は彼ら目障りなケルベロス達に向けて、澱んだ色の霧を吐きかける。じわり、と瘴気が前衛4人の身体を蝕むと共に、地に拡がった赤の守護陣の一角を吹き消した。
「この竜、癒し手っスね!」
 そう見立て、同じく癒し手である花火は後方から仲間達にオウガメタルの銀閃を放つ。鮮烈な光は、灼くように瘴気を消し去り、全てではないが、仲間をじくじくと痛めつける毒から解放した。
「ここで足止めできて良かった。こんなんに加勢されちゃあっちも困るよな」
 サイファも、願いとも呪いともとれる囁きで、竜の周りの空気に泥濘の重さを与える。次いで、縒も眇めた目の力で、竜の周りの空間を捻じ曲げた。最精鋭のケルベロス達の攻撃が、順調に刺さってゆく。
 周りの足場も次々と落ちてゆき、残された時間も少ない中、早めに攻勢に出ても良いか……皆がそんな思いを抱いた時だった。竜の表皮がみるみる再生されてゆく。この個体は高い再生能力を持っている。
「再生しても、それ以上叩けば、無問題! 今の一手、無駄にしたね!」
 だが、まりるはそれを全く意に介さず、端から破壊の為に生みだされた凶器としか見えない改造スマートフォンで、思いっきり竜を殴打した。角っこが当たった所が、どよん、と音を立てる。その時既に、まりるの逆側にハンナが迫っている。
「この戦、守りに入った方が負けだ。あんた知らなかったのか」
 ハンナの回し蹴りが一分のぶれも無い弧を描き、一瞬遅れて生み出された衝撃波が、表皮をざっくり切り裂いた。怒り混じりの悲鳴を上げ、竜は獲物の吟味も忘れ、目前の敵に向けて、ヒレを震わせ風の刃を放つ。
 それを割って入って受け止めたのは恭志郎だ。正面から刺さった刃に、ぐらりと視界が揺れる。後からついて来た痛みは、かるく唇を結び、大事ないと己に言い聞かせ堪えた。一戦目で体当たりを数度受け止めていたのが、ここに来て響いたようだ。それにこの竜の攻撃は、守り手二人にとって受け止めるには相性が悪いらしい。
(「やっぱり落ちるやつでしたよ」)
 折角攻めの流れが出来たのにと、恭志郎は内心でぼやいた。重い身体を叱りつけて足場の縁へと動き、今一度戦場を見やると、心細げな顔をした縒と目が合う。
「恭ちゃん……!」
「あとでね、縒ちゃん」
 縒にいつも通りに微笑んで見せ、恭志郎は足場から身を投げた。
「こうなりゃもう攻めるしかねえな」
 そう言うレスターは、腹を括ると言うよりも、さっぱりと身軽になったような風情だ。折しも戦場に攻勢の時を報せるアラームが鳴り始めた時だった。
 もともと、編成も作戦も攻めのためのものだ。守り手が2人いたのは、約15分の時間だけを持ちこたえる、ただそれだけのためだったのだ。
「ああ、仕上げにかかるとするか」
 降夜は螺旋の力で、周りに冷気を散らす氷の礫を飛ばした。竜の表皮に取り付いた氷は、仲間の追撃に応じて、鋭く肉を抉る刃と化す。それには溜らず、竜は、再度自己再生を試みた。いくばくかの氷と不調が消えはしたが、手数で勝るケルベロスの大攻勢に対し、それは焼け石に水、悪手の極みだった。
 竜の断末魔に満ち満ちる無念の響きは、その己が一手の誤りを悔いたがゆえなのかもしれなかった。

 下方で破裂音がし、ケルベロスの足元の飛行船が傾きはじめた。この足場ももう落ちる。残り時間もほぼ無いが、それでも竜影を求め、ケルベロスは先へと進んだ。辿った足場は、振り返ると落ちてもう無くなっている。進むしかない。
「15分経ったね」
 サイファが仲間に告げた時、周りの足場はほぼ落ち、今いる足場も揚力を失い、高度を下げつつあった。
「竜が居るっスよ!」
 花火が指す先には、傷を負い、ぎこちなく飛ぶ竜が1体居た。この足場も1分も保たないだろう。仕掛けられるのは一度だけ、仕留められるか、られないか。
「何にせよ、これで看板というわけだ」
 笑うハンナの言葉を皮切りに、ケルベロス達は宙へ跳び、最後の一斉攻撃を仕掛けた。

作者:譲葉慧 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年1月30日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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