クライシス・クライン

作者:朱凪

●紫煙と少女と兎さん
「遅くなっちゃったわね、ママ」
 ふわり、ふわり。
 アネモネの咲く赤い髪を揺らし、メアリベル・マリス(グースハンプス・e05959)は夜道をママと共に往く。
「早く帰らないと叔父さんが心配するわ」
 うたうように告げる彼女に、隣に浮いて付き添うママはいつも通りの微笑みを浮かべて、ひとつ肯いた。
 特に変わらない日常の中。
 ふ、とビルの大きな硝子窓を過った影。
「? ……えっ?!」
 そして突然、メアリベルの視界が歪んだ。ビルが天突くほどに高く高く伸び生えて、隣に居るはずのママまで巨人のようになって見下ろしている。
「な、なに……どうしちゃったの?」
「猫は蝙蝠を食べるか、蝙蝠は猫を食べるか?」
「!」
 涼やかな声音が耳に届いて、メアリベルは咄嗟に振り返る。そこに居たのは、彼女と同じサイズの紫煙を燻らせる少女。退屈そうな瞳が、メアリベルを見止めてくすくすと笑う。
「……貴女は、誰? これは──」
「子猫の病気は治るかしら?」
 大きな茸の傘に座った少女は、メアリベルの問いには答えない。そして気付けば、周囲の景色も元に戻っていた。一時的な幻覚のようなものだったのだろうか。
 そしてメアリベルはその混乱性に知る。彼女は人に害を成す存在であると。
「病気は治るよ、だって去年もそう思ったもの!」
 メアリベルが警戒を纏ったと同時、彼女が吹いた紫煙が大きく広がり、襲い掛かった。

●地域的連続変異性の危機
「急ぎましょう、Dear!」
 ヘリオンのタラップに手を添えながら、暮洲・チロル(夢翠のヘリオライダー・en0126)はケルベロス達に愛用の拡声器越しの声を届けた。
 メアリベル・マリスへ危機が迫っていると。
「今ならまだ間に合います。彼女への連絡は取れませんが、まだ彼女が無事な内に追いつきますから」
 よろしくお願いしますと、彼は頭を下げる。
 ユノ・ハーヴィスト(宵燈・en0173)も肯いて問う。
「敵は」
「リドル・リデルと言う名の少女……詳しくは判りませんでしたが、彼女の操る煙。あれはどうやら、トラウマを呼び覚ますみたいです。……油断は、できません」
 小さく肯くチロルに、ユノは首を傾げる。
「その、周りが大きく見えたりするのは」
「幻覚の一種のようですが、特にダメージを受けるようなものではなさそうです」
「そう」
 ユノの得心を受けて、チロルはもう一度拡声器を構える。
「では、目的輸送地、幻揺れる市街地。以上。どうか、お気を付けて」


参加者
レカ・ビアバルナ(ソムニウム・e00931)
ラランジャ・フロル(ビタミンチャージ・e05926)
アイヴォリー・ロム(ミケ・e07918)
イッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770)
藍染・夜(蒼風聲・e20064)
杜乃院・楓(気紛レ猫ハ泡沫夢二遊ブ・e20565)
ラルバ・ライフェン(太陽のカケラ・e36610)

■リプレイ

●金糸雀の声は届かじ
「貴女を壊せば判るのかしら。女の子がなにで出来てるか──」
「メアリベルさん!」
 宵闇を裂いた悲鳴。少女の鳶色の瞳がきょろりと動く、その一瞬に草色の外套が駆けた。
 いつでも彼女に寄り添っているはずの『ママ』の姿は既に掻き消えて、カナリアイエローの小さな翼が力無く地に伏せる姿に覆い被さり、きっ、と視線を上げたレカ・ビアバルナ(ソムニウム・e00931)にリドル・リデルはうっすらと笑みを浮かべ煙管を銜えた。
「なぁに、貴女が教えてくれるの? 猫は蝙蝠を食べるか、」
 ふぅっ──、
「ビウム!」
 朝焼け色の髪を翻した杜乃院・楓(気紛レ猫ハ泡沫夢二遊ブ・e20565)の声に応じて彼女のテレビウムとイッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770)、グレイン・シュリーフェン(森狼・e02868)がその紫煙の前へと立ちはだかる。
「行かせませんよ」
「なにをしたいかはお前さんの勝手だが、これ以上好き勝手させねえよ」
 グレインの蒼穹色の瞳がメアリベルの様子を確認し、その傷の状態を知れどもか細くも息のあることに僅かの安堵に心中で胸を撫で下ろした。
「……少し到着が遅れてしまい、ごめんなさい」
 勇ましい仲間の背で少女の柔い頬をそっと撫でて汚れを拭い、レカは顔を上げる。
「楓さんお願いします、どうかメアリベルさんを安全な場所へ!」
「任された!」
 小柄な楓が、更に小さなメアリベルの身体を背負い駆け出した。
 獲物の逃避にリドル・リデルの柳眉がぴくり揺れると同時、少女の視線を遮ったのはアイヴォリー・ロム(ミケ・e07918)と藍染・夜(蒼風聲・e20064)。
 ──まるで幼い頃に読んだ懐かしい童話のよう。
 だからこそショコラ色の瞳をとろりと和らげ、天使は微笑む。
「お嬢さん、読者はここに。一緒に遊んでくださいな!」
「そう……まずは竜をご覧に入れようか」
 ぐるん、と風を裂いて。白銀の軌跡を描いた夜の振るう竜の力帯びた槌の一撃が、少女の座る大きな茸へと叩きつけられる。「きゃ……っ!」小さな悲鳴を背に、駆けた楓への道を、鮮やかな橙の髪揺らし遮ったのはラランジャ・フロル(ビタミンチャージ・e05926)。
「行かせねッスよ!」
「ああ。メアリベルは大切な仲間だ、なにが狙いか知らねえけど、こっからはオレ達が相手させてもらうぜ!」
 彼の放つオウガ粒子と共に、紫煙に巻かれた前衛の仲間達へと紙の兵を散らしてラルバ・ライフェン(太陽のカケラ・e36610)も笑えば、
「籠を出た鳥は本当に自由なの?」
 リドル・リデルは不服気に片頬を膨らませた。

●幻想と追想の向こう側
「っ、とと」
 イッパイアッテナの喚び出した小型治療無人機が、大型戦闘機の如く夜空を飛び交うのに彼自身は思わず目を瞬き、ラルバも「おぉっ」と翠の鱗纏う尾をついつい喜色に揺らした。
 ──こんな時でなければ楽しめたろうに。
 苦笑じみて口角を上げるイッパイアッテナの一方、グレインとラランジャは目を瞑って首を振り振り、攻撃繰り出しつつも眸眇めた表情は険しい。
「なんとも悪酔いしそうな能力だな……」
「なんだか不穏な世界ッスね……とっとと出たいキモチっす」
 そこへ少女の唄う意味を成さない言葉の羅列のような歌声が響けば、なおのことセカイが揺らぐ。
「鳥が百羽、では芋虫の脚は幾つ?」
 リドル・リデルの唄と薄暗い宵の帳を切り裂いたのは、月影描く氷蒼の光。数多の鳥の羽ばたきが耳を掠めたと思ったのは一瞬、少女の白い肌には幾多の創傷が走った。
「っ……!」
 光の円環を手許に浮かべて素直に言葉遊びに興じるのは夜。意思の疎通ができないと知りながらも返す謎々は、彼の血潮と同化した幾千幾万のことば達が遊び出した結果がゆえ。
「謎々の答えは謎のままで良い。其の方がきっと生き飽きずに済むだろう」
 ねぇ? なんて嘯くその左手の裏、ふわふわと小さく翼を羽ばたかせたアイヴォリーは隣に居るはずの彼をめいっぱいに見上げて、ぱちり瞬いて。ふふり、と笑う。こんなに小さなわたくしが貴方にも見えたなら、童話の中の妖精みたいと愛でてくれる?
 ──不思議に満ちた頁の中へ、全部忘れて飛び込んでしまえたらと、
 そう願ったことも、あったけれど。
「鏡に映るケーキは甘かったかしら。齧ったのはわたくし? 貴女? それとも──」
 扇の睫毛を伏せて、そして開けばいつもどおり。そんな感傷はもう、昔の話。
 纏い漂う柑橘の気配が敵を包んで喰らいつけば、少女はやっと茸の上から飛び降り、細い煙管をくるくると指先に弄ぶ。
「もし我々を童話にするのなら」
 そんなリドル・リデルに注意深く視線を遣ったまま隣の彼にとんと肩を触れ合わせ、アイヴォリーは紡ぐ。
「わたくしは姫君ではなくて、剣士と共に往く魔法使いが良いの」
「……高潔で誇らし気、だけど護られるだけの姫君ではないのは重々承知」
 そんな彼女に薄く唇に刷いた笑みを返して、夜の冴月の双眸はやはり前を向いたまま。
「では俺は、魔術師殿の軌道を拓く剣閃になろう」

 振り上げた凶器をおどおどと躊躇いながらも懸命に打ちつけるビウムに続いて、イッパイアッテナの相箱のザラキもエクトプラズムで生み出したハルバードをひょう、と振り回す。
「兎は朝が来るまで踊り続ける、それともかまどの中で眠るかしら?」
 少女は踊るようにその刃をすり抜け、放り出した兎のぬいぐるみがラルバへと襲い掛かるのを、「危ない!」強く地を蹴って飛び出したイッパイアッテナが身を張って遮った。
「ぐ……っ」
 どすん。と。ぬいぐるみとは思えぬ重い打撃が身体に響いて、それでも受け身を取り地を転がった彼の姿に、ざわ、とラルバは視野が狭まるのを感じた。焔を纏ったふた振りの斬撃から庇った師の背中を憶えている。
 けれど。
 受け身から素早く体勢を立て直したイッパイアッテナが叫ぶように問うた。
「怪我はありませんね?」
「っあ、ああ! 待ってろ、すぐ癒してやるぜ! 厄を呼ぶ者の力、今ここに生まれ変われ──……!」
 広がる、煌々と燃える翼の幻影。降癒・不死鳥翼。喰らったデウスエクス達の力を培ってきた己の力と組み合わせ生み出した、癒しの力。
 礼を述べて戦線へと復帰するイッパイアッテナの後ろ姿に「……」ラルバは細く息を吐きかつてのように両手で頬を思い切り張った。
 そして、ばかだな、と笑い飛ばすのは未だ消えない、己の中の──失うことへの恐怖心。
「もうそんなことになりたくねえから……誰もなってほしくねえから護るんだよ!」
 竦んでる場合じゃない、足。
 怯えてる場合じゃない、心。
 瞳に光を取り戻したラルバの傍で、レカも緩やかな笑みを浮かべ、エクトプラズムで編み出した大きな霊弾を絞って弓につがえ、放つ。
「ダンスはお仕舞いにしましょう、お嬢さん」
 霊弾は踊るように夜中のビルの隙間を泳ぐ少女を過たず打ち抜いて、「きゃああっ!」その足取りを確かに鈍らせた。
 だいじょうぶ。それを彼女は知っている。
 ──彼の強さはよく知っておりますから。
 厳しい戦いを共にいくつもくぐり抜けてきたからこその信頼。それは勿論、彼女からだけではなくて、ラルバも向けられる紅鳶色の瞳に同じ信頼を乗せて笑みを返した。

 ビルの硝子窓に、戦闘の余波が響いて揺れる。
「さあ、次の手はなんだと思う?」
 両手を地につき、しなやかな長い脚から繰り出すアイヴォリーの蹴撃と同時に夜も竜気を乗せた打撃を叩き込んで、此れも謎々みたい? なんて笑みを浮かべる。
 命中率、回避率。リドル・リデルの動きから見えた行動パターンに対応した動きを多くの仲間が心掛けたお蔭で、彼女のエプロンドレスは血に汚れ、兎のぬいぐるみからは白い綿がはみ出すありさまだ。
 それでも少女は、退屈そうな瞳に悪戯心を宿して微笑む。
「頭を齧った蛇は、羊に追われる?」
「生憎、そういう遊びは専門外なんでな」
 僅かの苦味と共に口角を吊り上げて、螺旋を練った掌を伸ばす──そのグレインの腕を「!」少女の小柄な身体が掻い潜った。そしてふぅっ、と噴き付ける紫煙は彼の背後に位置取っていたラランジャへ、
「────させるかっ!」
「っグレインさん!」
 咄嗟に翻す身は獣の俊敏さに助けられ、彼の手は仲間の身体を突き飛ばすことで紫煙から逃がした。
「げほっ……!」
 焦点を失い、崩れ落ちるグレインの姿に、ラランジャの洋梨色の瞳が揺らぐ。
 ──護られた。
 『今回も』。
 脳裏に過るのは、蜂蜜色の林檎姫の細い身体が崩れ落ちる光景。庇うつもりが庇われた。
 身体の痛みよりも痛かった、あのとき。
 ──違う!
「ッありがとうッス、グレインさん!」
 再び流動の銀を身体に纏ってラランジャが両手を翳すと、輝くオウガ粒子がグレインへと降り注ぐ。
 林檎姫の行方は、今は知れない。でも今は、あのときより強くなった。あのときから成長した。だからこそ彼女が帰ってくる日まで、
 ──今度こそ彼女を守るために、もっと強くいなきゃいけないんス!
「……ああ、助かった、」
 立ち上がったグレインの双眸は、けれど仲間の姿を映し出さない。
「っ……?」
 激しい片頭痛をこらえつつも見渡した周囲。そこは都会のビル群の狭間ではなく、緑生い茂る──崖の前で。さ、と血の気が引く音が聴こえた気がした。共に戦った姉弟子の、最後の視線。
 まさか、また届かなかったのか?
 見下ろす手が震えて、無力感に喉を締め付けられる。くるしい、
「グレイン!」
「!」
 痺れるような感覚と共に聴き慣れた声に引き戻された。息を吐き瞬きすると、ユノ・ハーヴィスト(宵燈・en0173)の大きなペリドットの瞳が覗き込んでいて。
 彼は首を振り、かすかに笑って見せた。
「……悪ぃ、もう大丈夫だ」
 その応えに、矢をつがえつつも見守っていたレカもひとつ、息を吐く。グレインも判っている。どれだけ言葉をこねくり回そうとも、幻を生み出そうとも。
 ──なにが変わるってわけでもねえだろ。
 過去は、変わらない。
 失ったものは、戻らない。
 蒼穹色の瞳はだから、もう迷わない。
 イッパイアッテナやアイヴォリー、夜達と視線を交わして、破れてぼろぼろになったエプロンドレスを閃かせてステップを踏むように歩くリドル・リデルへ再び向き直る。
 その刹那、彼らの頭上を流星が流れ、彼女の細い身体を瞬時に打ち倒した。
 軽い足取りでとんっと降り立ったのは、メアリベル──親しくなりたいと常々願っていた未来の友達を安全な場所まで遠く避難させて来た楓。
 に、と悪戯っぽい笑みを浮かべて、「リデル嬢の問いに、猫の吾輩が答えてやろう」彼女は胸を張った。
「蝙蝠は食べるとお腹壊すからダメだって父上に言われたのだー!」
 楓の答えに、けれど少女はふわふわと微笑むばかり。それはまるで、お伽噺の向こう側の世界のように。

「そろそろ、終幕ですね」
 黄金の実を仲間へ分け終え、漆黒の手袋を嵌め直しイッパイアッテナは少女を見据えた。宵闇の中でもよく見える彼の目には、もはや限界が近いのが火を見るよりも明らかだ。
 しかし少女には響かない。
「ほんとに砂糖とスパイス、たくさんの素敵なものだけで出来てるの?」
「!」
 ふぅ──っ。
 噴き付けた紫煙は風に乗って、仲間の指をすり抜けて後列へと纏わりつく。
「ぁ……」
 攻撃に転じようとしていた楓の目の前に急激な頭痛と共に現れたのは、どこか眠たげで、底のない宵闇色の──あれは。
 ──トウの、目。
(トウの所為よ)
 ずきん。
 頭に響くのは幼い自分の、残酷な言葉。
(トウがわたしを連れて逃げたりなんかしたから)
 ずきん。
 かぞくがこわれた……なんて。
 なによりも家族を大切にしていた、いや、今でも大切にしているふたりでひとつの弟に、ひどいことを告げた。
 ──ううん、もう、謝った。わたし達は進み出した、
 本 当 に ?
 ずきん──。深い深い色を湛えた双子の弟の瞳に、息が苦しい。
「レカ! 楓!」
 ラルバの声が響くと同時に、トラウマに囚われていたふたりの視界に色とりどりの花弁が舞い散り、視点が定まっていった。戦場を跳んで癒しを送るラルバの姿に、レカはほぅ、と思わず肩の力を抜いた。
「判っていても、……苦しいものですね……」
 敵の攻撃によって掘り起こされるのは普段は意識にのぼることもない、深層心理。
 彼女の場合は、力に目覚めたときのそれだ。伸ばした手がなにものをも掴むことができなかった。この手では誰かを護ることも、害なす存在を斃すことも叶わないと知ったときの、あの絶望。
 レカの見た景色を、ラルバは知る由もない。
 軽い音を立てて地に降り立った彼は、しかしただ笑った。
「でも、今ここに居るだろ?」
「!」
 どこかで諦めてしまわずに、戦い続ける道を選んだ。そんな彼女の強さをラルバは知っている。否。彼女だけではない。
 今この場にいる全員が、迷い、惑いながらも『なにか』へと立ち向かっている。
 それはきっと、笑顔への近道に間違いはないから。
 アイヴォリーはふぅわりと唇に笑みを乗せ、そっとその細指を祈りの形に組んで、さあ、とっておきの一撃を!
「お嬢さん。最後のページにENDと綴って、綺麗に終わらせて差し上げる」
 これでめでたし? その筈です!
 昏い昏い森がざわざわとその木蔭を広げて、鬱蒼とした下草が森の奥へと迷子を絡め取る晦森──フォレノワール。
「何方が鏡で何方が現? 罅が入っているのは鏡か現か?」
 深緑に呑まれていく少女へ悪戯っぽい笑みを浮かべて、夜も応じる。
「さぁ、捲る頁も間もなく尽きる。空想に還る巣穴を示そう……白兎ではなく鳥だけど――兎の数えも『羽』故に、許してくれる?」
 森の蔭を一閃に斬り裂いて、白い翼がリドル・リデルを幻想ごと葬送する宵隼歌。
 宵闇と白い羽根が入り乱れ、それらが風に過ぎ去ったときには少女の姿はどこにもなく、お伽噺は『おしまい』に辿り着いていた。

●クライシス・クライン・クリア
 少女と共に怪奇を成し混乱を来していた幻覚も当然のように消え失せて、楽しみとしていた書を読み終えたあとのような僅かな余韻と高揚感に、
「少し残念──なんてね、」
 小さく笑って見せる夜に、アイヴォリーも心持ち等しくそっと指先を絡めて歩き出した、おんなじ場所へと帰るための、一歩。
「……!」
 その視界の端を過ったのは、しろい、
「……気のせい、ですよね?」
 夜、と振り仰いだ彼女に、彼は瞬きをひとつ。謎々の答えは、謎のままで。

 すぐに避難させていた場所までメアリベルの無事を確認しに走った仲間達は、変わらずにビルの陰で意識を失い深い眠りについていた少女の姿にまずは安堵の息を零した。
「あの姿はメアリベルさんと惹かれあうものがあったのでしょうか」
 消えた少女の面影を思い返して、イッパイアッテナは小さく呟いた。同じ年頃の、物語を愛する女の子。
「大丈夫か?」
「うん……あ、いや、ああ。問題ない!」
 大地から借り受けた、まるく仲間を包む力で癒しを与えてグレインが窺えば、ようやく我を取り戻した楓はぴるりと耳を震わせ、笑顔を見せた。
「どなたかメアリベルさんのお宅をご存じではありませんか? きっと、ご家族の方が心配しています」
 お連れ致しましょう、と告げるレカに、イッパイアッテナやラルバ達が助力を申し出て。
 日常への戻っていく帰路の途中、ラランジャは言葉を零す。
「めでたしめでたし──ってヤツっすね」

作者:朱凪 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年2月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 3
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