封印城バビロン決戦~禍津隠れ処を暴く

作者:天枷由良

●状況解説
 リザレクト・ジェネシス追撃戦はひとまず成功を収めた。
 大戦時には討ち果たせなかったデウスエクスの多くが撃破され、特に城ヶ島では激戦の末に三竜を仕留めることが出来た。
 だが、企てを尽く阻まれているドラゴン達も死に物狂い。三竜は身命を賭して固定型魔空回廊を完成させ、城ヶ島には竜十字島から送られた新たなドラゴンが確認されている。
「人口密集地である東京圏の目と鼻の先に存在するドラゴンの拠点。これは脅威以外の何物でもなく、奪還作戦が検討され始めていたのだけれど……」
 ミィル・ケントニス(採録羊のヘリオライダー・en0134)は険しい表情で大きな地図を広げる。それに描かれた日本列島は、太い二本の線を境に三色で塗り分けられていた。
「見ただけで意味が分かる、という人も暫く聞いて頂戴ね。……この地図の色分けは、それぞれ、北アメリカプレート、ユーラシアプレート、フィリピン海プレート。とても簡潔に言えば、日本列島はこの三つの境目に存在しているわ」
 そして――と、ミィルの指は城ヶ島の辺りから日本列島を縦断していく。
 線をなぞって行き着く先は……石川県沖。
 そこに何があるか、ケルベロスであれば多くの者が知っているだろう。
「封印城バビロン。今は要塞竜母タラスクと呼ぶべきかしら。ともかく、この二箇所の間を走る“フォッサ・マグナ”と呼ばれる地帯……いえ、龍脈を暴走させる為に、ドラゴン達はどうしても城ヶ島を拠点として確保しておきたかったようね」
 フォッサ・マグナが暴走すれば関東圏は壊滅的な被害を受けるだろう。同時に、ドラゴン達は大量のグラビティ・チェインを獲得する。彼らは、そのグラビティ・チェインで以て『惑星スパイラスに閉じ込められたドラゴン』の救出を目論んでいるようなのだ。
「これを阻止するには、作戦の鍵である“城ヶ島”か“封印城バビロン”のどちらかを押さえなければならないわ。……けれど、城ヶ島には固定型魔空回廊を通じて竜十字島の全戦力が送られる可能性があるから、現実的な手段は『封印城バビロンの破壊』だけね」

●作戦説明
 封印城バビロンの破壊とは、即ち同化した要塞竜母タラスクの破壊だ。
 しかし、ただ殺すだけでは進化増殖し続けるタラスクを破壊する事は出来ない。
「無尽蔵の“竜牙流星雨”を止め、ドラゴン戦車を供給する“戦車工廠”を破壊し、バビロン内部でサルベージした戦力を操る『死神』を見つけ出して撃破する。それでやっと、タラスクを完全に破壊する目処がつくわ」

 そして先の役割のうち、死神――ダンジョン探索中のケルベロスが発見した『マガツキマイラ』の捜索と撃破が、ミィルの説明を受けている者達を含めて三班で行われる。
「マガツキマイラは防衛戦力の立て直しを図りつつ、要塞竜母タラスクが破壊された際にサルベージする為の儀式も準備しているようなの。万が一にも撃破したタラスクがサルベージされてしまえば、状況は極めて厳しいものになるでしょう」
 しかし、マガツキマイラが現在何処で準備を行っているのかまでは分からない。
 そこでケルベロス達には、マガツキマイラが隠れている可能性のあるポイントを各個捜索してもらう事になった。
「発見したら勿論撃破を目指してもらいたいのだけれど、最低限、サルベージ儀式の阻止さえできれば作戦は成功と言っていいでしょう」
 マガツキマイラが潜伏していると思われる箇所は地上、地下合わせて九つ。
 どの班が何処を探索するのかは、予め決めておくべきだろう。
「皆の任務は、タラスク撃破、バビロン破壊に最も重要なものと言っても過言ではないわ。必ずマガツキマイラを見つけ出し、サルベージが出来ないように儀式を止めましょう」


参加者
佐竹・勇華(勇気を心に想いを拳に・e00771)
フィー・フリューア(赤い救急箱・e05301)
螺堂・セイヤ(螺旋竜・e05343)
鷹野・慶(蝙蝠・e08354)
大上・零次(螺旋使い・e13891)
プラン・クラリス(愛玩の紫水晶・e28432)
アンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762)
死道・刃蓙理(野獣の凱旋・e44807)

■リプレイ

●1階
 幾つもの厳しい竜の像を横目に、ケルベロス達は封印城バビロンの一角へとひた走る。
「必ず、儀式を止めようね」
「もちろんです。タラスクのサルベージなんてさせません!」
 白い髪を靡かせて駆ける姿も何処か艶めかしいプラン・クラリス(愛玩の紫水晶・e28432)の呼びかけに、佐竹・勇華(勇気を心に想いを拳に・e00771)が力強く答える。
 それを聞いた仲間達も、各々に反応を示す。
 けれども彼らはそれっきり口を噤み、視線こそ交えても一切の言葉を発しなくなった。
 理由は至極単純。ついに門扉の見えてきた竜城への突入に当たり、ケルベロス達は隠密性を重視したからだ。
 特殊な(或いは螺旋状の)気流を用いて己自身の隠匿を試みるのは当然のこと、地味な色合いの外套やら底に消音素材を使った靴やらを用意し、全身に消臭剤までかける徹底振り。
 最早八人全員が無を目指したのではないかと思うほどの入念さは、即ち作戦を引き受けた責任、果たすべき使命の重みを皆等しく理解している証なのだろう。
 とはいえ、此処は敵地。ドラゴンの企ての片翼。
 術法や道具を駆使しても、空と陸の両面から光る警戒の目を全て欺くとまではいかなかったようだ。故に彼方から飛んできた牙――竜牙侵略兵が明確に此方への進路を取った時、ケルベロス達は僅かな落胆と共に戦闘態勢へと移らざるを得なかった。
「しょうがない、全力最短で押し通る!」
「ああ、こんな所でまごついちゃいられねぇからな」
 気合たっぷりに吼える勇華とは対照的に、鷹野・慶(蝙蝠・e08354)は冷ややかな視線でもって牙を迎える。
 傍らには相棒、ウイングキャットのユキ。そのユキが主同様に目を細めつつおもむろに羽ばたくと、慶は片手の杖に寄り掛かるような姿勢で、空に塗料を放った。
 それは飛翔形態のままで頭や腕を生やした竜牙兵に打ち当たり、降下速度を鈍らせる。
 すかさず、一閃。
 空を裂いた勇華の剣から山羊座のオーラが迸る。
 その強烈な剣閃を前に為す術はない。機動力を奪われた牙の群れは闘気と正面衝突を起こし、錐揉みしながら次々に大地へと墜ちた。
 そして敵が体勢を立て直すより早く、プランが極寒で攻める。
 雪の精の吐息が如き冷風で、優しく密やかに嬲られた竜牙兵達は熱を失い、風化するように朽ちていく。
 それでも幾つかのしぶとい輩には、螺堂・セイヤ(螺旋竜・e05343)が飛び蹴りをぶちかまし、アンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762)がグラビティ中和弾を叩き込む。
「さあ、早く先に進もう」
 力の残滓燻る銃口を一瞥しながら言って、アンセルムは骨の欠片をひょいと跨いだ。
 彼方からは無限軌道に乗ったドラゴンが近づいている。叩き潰すのは難しくないだろうが、しかし今日のケルベロス達はそれを目的としていない。
 人形を抱えて軽やかに走る青年の背を追い、残る七人も一気に城内を目指す。

 そして。
 敵を退けた勢いのままに扉を破り、ケルベロス達は最初の捜索地点へと飛び込んだ。
「……いない、か……?」
 室内全てを素早く、そしてくまなく見回して大上・零次(螺旋使い・e13891)が呟く。
 そこにあったのは簡素なテーブルだけ。
 一応動かしてはみるが、何か仕掛けられているわけでもない。
 それなりの大きさである死神マガツキマイラが潜んだり隠れたり出来そうな場所もない。
「ハズレ、だね」
「そうですね……次に、急ぎましょう……」
 苦笑いを浮かべるフィー・フリューア(赤い救急箱・e05301)に言って、死道・刃蓙理(野獣の凱旋・e44807) が城の奥へと続く扉から様子を伺う。
 残霊の姿もなし。手の僅かな動きでそれを知らされた仲間達は、刃蓙理の後に続く。
「――アンセルム? どうした?」
「ああいや、ちゃんと匂い消せてるかなって……」
「……大丈夫だと思うぞ」
 少々訝しむような目を向けながら零次が答えれば、人形の艷やかな髪に鼻を寄せていたアンセルムはもう一度だけ深く呼吸をしてから、一人納得するように頷いて部屋を出た。

●2階
 事は迅速に進めるべきだろうが、慎重さを欠くのもよろしくない。
 ケルベロス達は密やかに階段を駆け上がる。
 辿り着いた先は、またもテーブルが置かれた部屋。
 無駄に三つも並べられた円形のそれは、果たしてデウスエクスの拠点に必要なものであるのか。
 改めて考えれば意味不明な家具の陳列に不気味さも感じつつ、八人は何の変哲もない木の扉の前で一度立ち止まった。
(「……いるな」)
(「……いますね……」)
 僅かに開けた隙間から先を見やって、セイヤと刃蓙理が囁く。
 彼らの視界には、一体の巨大なドラゴンが行く手を遮るようにして眠っていた。
 ――惰眠竜レジカルマ。
 それは残霊に過ぎないが、しかし予想していた通りに避けられない障害であるらしい。
(「どうせ寝てるなら、そのまま大人しくしていてくれればいいのにね」)
 プランがくすりと笑う。
 その一方で、勇華の表情はますます険しくなっていく。
(「眠っていようが、残霊だろうが……」)
 忌まわしきドラゴンならば、倒す。
 片手で合図を出したセイヤが扉を開いた瞬間、勇華は再び一番槍としてレジカルマに突撃をかけた。
「全てを斬り裂く桜花の奥義――!」
 闘気を纏った自身の手そのものを刃に斬りかかる。
 狙い所に困らない大きさも相まって、その一撃は敵の肉を深く深く裂いた。
 だが、巨岩の如く鎮座するドラゴンはびくともしない。
 そして地響きと聞き違えるほどのいびきを立てながら、霧を噴出して反撃に出る。
 それは万物を眠りに誘うガスだ。身体に染み込めば、たちまち自由を奪われる。
 せめてもと口元を覆いながら、勇華は後退る。そんな彼女目掛けて、刃蓙理が素早く紙兵を差し向ける。
 霊力を帯びた形代は貼付剤のように取り付き、おまけに口元も覆った。途端に全身から抜けかけていた力が戻るのを感じた勇華が剣を手にすれば、それが閃くよりも早く、フィーの散りばめる煌めきを浴びた仲間達がレジカルマへと攻めかかる。
「貴様などに時間はかけていられん……!」
 敵の寝返りを警戒しながら最前に躍り出たセイヤが、眼光鋭く敵を睨めつけながらまたも飛び蹴りで顎を打つ。
「道を開けろ――!」
 続く零次は大胆にも敵の真正面に立ち、揺らぐ巨体に向けて漆黒の太陽から絶望を喰らわせる。
「でけぇな。塗り潰すには骨が折れそうだ」
「毒も回り切るか怪しいよねぇ」
 慶がため息混じりに塗料をこれでもかと浴びせれば、アンセルムは誂うように微笑みながら大蛇と化した蔦を放つ。
 辛気臭い色合いの表皮が嫌がらせじみた派手な七色へと染まる下で、蛇はがっちりと喰い付いて巨体に見合うだけの毒を流し込んでいった。
 さらに重ねて、プランが御業での捕縛を試みる。
「……ちょっとキツイよ。やっぱり大きすぎるのもよくないね」
 妖しげな手付きで半透明の力を操りながら呟けば、その些細な言葉に反応したのか、それともケルベロス達の連続攻撃に耐えかねたのか。ともかくレジカルマの巨体が、そう広くもない室内でゆっくりと動き始めた。
「……おい、おいおい……」
 マジかよ。
 ぐっと杖を握る手に力を込めた慶の前で、目に痛い色へと変わったドラゴンはぐるんと一度回る。
 まるでローラーペインティングのよう――などと思っている場合ではない。
「ユキ!」
 お前なんか巻き込まれたら大惨事だ。
 そう語る主の視線をふいと躱して、雪色のウイングキャットは盾役を務めようと動く。
 ――が、小さな羽猫も一時の戦友であれば、その勇敢さに任せてばかりはいられない。
「させるかよ……!」
 敵の真ん前に居た零次が、さらに一歩進み出て巨体を受け止めた。
 必然、常識的なサイズでしかない獣人の肉体には尋常ならざる負担が伸し掛かる。
 押さえていられる時間など、ごく僅かだろう。
「みんな、今のうちに早く!」
 フィーが声を張りながら薬瓶を取り出して振る。其処から飛び出した翡翠色の液体は零次の下に盾を思わせる魔法陣を薄っすらと築き、解けかけていた四肢の筋肉と割れる寸前だった骨の時間を巻き戻す。
「ぐ……おおおおっ!」
 消耗と回復が拮抗した身体を気合で傾けて、零次が僅かに敵を押し返した。
 その瞬間、勇華が回し蹴りを、セイヤが魔拳を同時に炸裂させる。
 渾身の一撃による衝撃を受けた巨竜は空気が抜けたボールか風船のように萎み、別の生き物のような小ささにまでなったところで、プランの放つ炎弾に焼き尽くされた。

 かくしてレジカルマを退けた一行は、廊下を彷徨く残霊が背を向けた瞬間を見計らい、目的の部屋へと転がり込んだ。
 これまでと違う、菱形模様の壁が彼らを出迎える。その内、一面だけに開いた細い通路が、マガツキマイラの潜んでいるかもしれない区画へと続いている。
(「……行くぞ」)
(「ああ」)
 零次は頷き、呼びかけてきたセイヤと共に先頭に立って進む。
 盾役として不意の事態に備えるのは勿論だが、それ以上に気になるのは――。
(「マガツ、マガツキマイラ……やはり、奴と関わりがあるのだろうか」)
 名に同じ響きを持つ、魔竜マガツ・イクサガミ。
 熊本滅龍戦を生き延び、竜十字島を支配する座の一つに収まっているはずの怨敵。
 幾つものデウスエクスを継ぎ合わせたようなマガツキマイラが、その中心にドラゴンの肉体を得たのはイクサガミの関与によるものだとの疑いがある。
 それが真であるかどうか。たとえ答えが得られないとしても問い質したい。
 その為には、是が非でも隠れ処を暴かなければならない。
 零次は他の誰よりも、この先に死神が居ることを願いながら歩んでいく。

 ――だが、開けた視界には何者も映らなかった。
「此処にもいないか……」
「この鏡が……実は鍵であるとかは……」
 ない。
 ぺたぺたと姿見を触り、次いで棚を開け、椅子を揺らし。
 手早くも念入りに仕掛けの類を探した刃蓙理は、成果を得られず微かに首を振った。

●3階
 幾らかの徒労を感じつつも、ケルベロス達は背負った任務の重大さに気を引き締めて上層へと進む。
 三階の入口となる部屋は、また一段と無駄な家具に溢れていた。その少々広く、まるで人の住処と同じような空間で一つ息を整え直してから、八人はこれまでと違う監獄のような扉に近づいていく。
「確か、この先に――」
「……ああ」
 フィーの視線には応えず、ただ短く言葉だけを返しながらセイヤは扉に手をかけた。

『ガアアオオオォォォオォオオォンッ!』

 目も眩むほどの閃光と共に、凄まじい咆哮がケルベロス達の全身を揺さぶる。
「……イルシオン!」
 浴びせかけられる憎悪と怒りをそのまま跳ね返すように、セイヤは一段と険しい表情で敵を睨む。
 かつて北海道釧路市に襲来した八竜が一つ、イルシオン。
 それと酷似するドラゴン――イルシオン・サタニア。
 たとえ残霊であっても、その姿を前にしたセイヤの思考からは一時、死神の存在が掻き消えた。
「貴様だけは!」
 一欠片たりとも、この世には残しておけない。
 衝動のままに駆けて床を蹴る。まるで臆することのない突撃は――しかし、無謀でもある。
『ガアアオオオォォォオォオオォンッ!」
「ぐ、うっ……!」
 セイヤの復讐心を軽く上回る憤怒の叫び。
 つれて繰り出される、矢のような閃光。
 まだ人として生きる者と、死の先を歩む者との違い。それに跳ね返された青年の身体は、イルシオン・サタニアに触れる事すら許されないまま、来た道へと返される。
「セイヤさん!」
 ともすれば暴走に等しい彼の行動を予期していたフィーが、すぐさま薬瓶を振るう。
 さすがは歩く救急箱――などとまでは言われていないだろうが、しかし癒し手を務めさせれば随一とも目される少女。その迅速な治癒でもって、セイヤはすぐさま立ち上がり、拳を構え直す。
 だが、再びイルシオン・サタニアへと向けられた視線は余計なものまでも捉えた。
 巨大な砲塔を背負う複数のドラゴン戦車。城外で倒したのと同じ竜牙兵。さらには此処まで遭遇することもなかった、邪悪を形にしたような黒竜。
 残霊といえども、こうして集まってくれば厄介極まりない。
「あいつらの相手は私が!」
「じゃあ、ボクは此方を引き受けようかな」
 戦車隊を蹴散らすべく勇華が駆け出し、アンセルムは人形ほどではないにしろ丁寧な取り回しで差し向けた銃口から、黒竜と竜牙兵に弾丸でなく吹雪を撃ち放つ。
 その心遣いに礼を述べるのは、全てが片付いてから。
 セイヤは雄叫びを上げて、魔拳で殴りかかる。今度は何とか届いた拳が、しかしまたすぐに光線で突き放される。
「……見てらんねぇぜ」
 それほど思うところがあるのだろうが、これでは埒が明かない。
 慶はユキを羽ばたかせると、間近に墜ちてきた竜牙兵の骸に軽く杖を当てた。
 程なく、崩れかけた牙は異様な程に膨れ上がり――。
「なっ……」
 ふと差した陰にセイヤが見上げれば、其処には城の主となった巨竜の姿が。
「敵ながら綺麗な竜だよ」
 なあ、と同意を求めるように慶がイルシオンに目を向ければ、創りものの巨竜も哮り、牙を剥く。
 その一撃で出来た隙を突き、零次が不可視の触手じみたもので敵の生命力を奪い取ろうとすれば、プランは敵の放った閃光に負けず劣らずの光線で巨体を穿つ。
『ガアアオオオォォォオォオオォンッ!!!」
 咆哮の意味するところが威圧から苦悶へと僅かに変わり、イルシオンの身体がにわかに結晶で覆われ始めるが――。
「これ以上……時間はかけたくありませんので……」
 遠慮がちな呟きから躊躇なく、刃蓙理が刃を突き立てて呪いの灰を送り込む。
 途端、構築される最中の結晶は脆くも崩れ落ちた。
「真に貴様と相見える事があるなら、その時は必ず地獄に送ってやる……!」
 セイヤが決意と共に黒龍のオーラを放てば、残霊は一瞬の内に飲み干されて、姿を消した。

 そして激闘から間もなく、ケルベロス達は闇の中に浮かぶような通路を渡ったが――。
「……悔しいな」
 作戦への準備を念入りに進めたからこそ、フィーの口からはそんな言葉が零れ出る。
 行く着くところまで行き、明かりや道具を用いて再度見落としがないかを確かめ、しかしそうして綿密な捜索を行ったからこそ、ケルベロス達は一つの答えを得るに至った。
 此処に死神はいない。
 地下か。或いはさらに上層か。
 何にせよ、八人の捜索範囲に目標が潜んでいないことだけは確か。
 それを討つと誓って来た以上、本懐を遂げられなかったのは無念であるが――しかし、マガツキマイラが戦力の立て直しも担っている以上は、此処までに幾らかの残霊を撃破した事が、妨害工作として一役買ったかもしれない。
 そう、思いつつ。八人は同じ作戦に挑んだ仲間達が死神を見つけてくれた事も祈りながら、暗闇を脱していった。

作者:天枷由良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年1月30日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
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