封印城バビロン決戦~空の陣

作者:そらばる

●フォッサ・マグナ
「リザレクト・ジェネシス追撃戦、ご苦労だった。皆の尽力のおかげで、戦争にて討ち漏らした多くのデウスエクスを撃破することに成功した」
 ザイフリート王子はわずかに口許をくつろがせながら、重みのある言葉でケルベロス達を労った。
「とりわけ城ヶ島のドラゴンとの戦は熾烈を極めた。結果、三竜の撃破には成功したが、ドラゴン達の命を賭した迎撃により、固定型魔空回廊が完成。現在、竜十字島から多数のドラゴンが城ヶ島に出現している」
 人口密集地である東京圏にドラゴンの拠点が存在する危険性は、語るに及ばない。
 そのため、城ヶ島の奪還作戦の検討を始めていたのだが、その折、複数のヘリオライダーによって恐ろしい予知がもたらされたのだと、ザイフリート王子は声音を硬くする。
「彼奴等――ドラゴン勢力が、命を捨てでも城ヶ島に執着していた理由。
 日本列島に走る龍脈、フォッサ・マグナだ」
 ザイフリート王子が地図を提示する。そこには、複数のプレート断層で区切られた日本列島が描かれていた。
「日本列島は、北アメリカプレート、ユーラシアプレート、フィリピン海プレートという三種のプレートの境界上に存在する。これらの境界にあたる巨大な地溝帯を、フォッサ・マグナというのだ」
 王子の指が示すのは、東京湾、城ヶ島。そこはフォッサ・マグナの――すなわちプレートの裂け目に存在する。
「城ヶ島から裂け目に沿って北上した先にあるのは……『封印城バビロン』。
 ドラゴン勢力は、封印城バビロンと城ヶ島を結ぶフォッサ・マグナの暴走を企んでいる」
 関東圏を壊滅させ、大量のグラビティ・チェインを獲得、これを用いて『惑星スパイラスに閉じ込められた』ドラゴン勢力の救出を行おうという壮大な計画だ。
「この企みを阻止するには、作戦の起点である『城ヶ島』か『封印城バビロン』のいずれかを破壊する必要がある。が、城ヶ島攻略は難しい」
 固定型魔空回廊の完成により、城ヶ島には竜十字島の全戦力を投入することが可能となってしまった。攻略するには、竜十字島決戦を覚悟しなければならない。
 すなわち、事実上、『封印城バビロンの破壊』が唯一の手段となるのだ。
「作戦の第一段階だ。封印城バビロンの探索を頼む」

●竜影海流群
 今回のバビロン攻略を、ドラゴン勢力も察知している。そこで救援として差し向けられたのが、『竜影海流群』だ。トビウオに似た姿をしたドラゴンの群れである。
「竜十字島近海の防衛ラインを構成していたエルダードラゴンの一種だ。その移動速度と一糸乱れぬ集団戦においては、ドラゴン勢力でも屈指の能力を誇っているようだ」
 この援軍が大挙して封印城バビロンに到達すれば、バビロン攻略は困難になってしまう。
 これを阻止するべく、世界中からありったけの飛行船や気球を集められ、空中に城塞を築き、迎撃態勢が整えられた。
「まずはこれら飛行船と気球を足場とし、飛来するドラゴンを迎え撃ち、撃退してほしい」
 竜影海流群は、一直線に封印城バビロンを目指しているため、気球と飛行船による『戦場』はその途上に用意された。
「気球と飛行船をロープや鎖で立体的に繋げてある。ケルベロスの身体能力をもってすれば、これを縦横無尽に走り回り、空飛ぶドラゴンを相手取るのに不足はあるまい」
 当然、ドラゴン一体一体は強敵であるため、必ずチームを組んで互いに連携しながら戦う必要があるだろう。
 戦場から離脱した場合は、高空から地面に叩き落されるため、戦場に戻ることはできない。
「痛いことには非常に痛いが、物理ダメージであるため身体的影響は出ない。戦いのさなか危機に陥った際には、落下による離脱も視野に入れておくといいだろう」

 状況は整った。
 ただし注意点が一つ。戦場を構成する飛行船や気球は、ドラゴンの攻撃に耐えることができず、戦闘の余波で破壊されていくのだという。
「この空中の城塞でまともに戦える時間は、おそらく十五分程度が限界だ。その間に、出来うる限り多くの竜影海流群を撃破して欲しい」
 期待される戦果は、一チームにつき一体以上。優れた動きができれば、複数体のドラゴンの撃破も狙えるかもしれない。
「敵を突破させぬため、戦場全体に戦力を分散して迎撃する必要がある。それゆえ他チームとの連携は難しいが、可能な範囲で助け合い、作戦を成功に導いてくれ」


参加者
クリム・スフィアード(水天の幻槍・e01189)
トエル・レッドシャトー(茨の器・e01524)
リコリス・セレスティア(凍月花・e03248)
東雲・苺(ドワーフの自宅警備員・e03771)
パトリシア・シランス(紅蓮地獄・e10443)
村崎・優(未熟な妖刀使い・e61387)

■リプレイ

●空飛ぶ要塞
 封印城バビロンへの空の道を塞ぐが如く、無数の気球と飛行船がカラフルに彩り、ロープと鎖を渡して即席の要塞を形成している。
 その一角、頑丈に固定された鎖の上に立ち、クリム・スフィアード(水天の幻槍・e01189)は勇壮な光景に感嘆の声を零す。
「船同士を鎖で繋ぐ……少し前に読んだ本であったね。赤壁の戦い、だったかな? 創作ならではの光景と思っていたけど、事実は小説より奇なり、だ」
 冷たい風を翼で受け止めながら、リコリス・セレスティア(凍月花・e03248)も戦場となる要塞を見渡した。
「空の上での戦い、ですか……。あまり慣れておりませんが、人々を守る為に力を尽くしましょう」
 一行は所定の位置につき、敵に囲まれぬ配置と立ち回りを確認しながら、彼方からの来訪者を待ち受けた。広大な網を巡らせる足場のそこかしこには、他の班のケルベロス達も配置につき、戦場は干渉しあわないが敵の通過も許さない距離で展開している。
「あら、いい塩梅でご登場ね」
 彼方を見やったパトリシア・シランス(紅蓮地獄・e10443)は、火をつけていないタバコを口許に咥えて笑った。
 視線の先には空を黒々と侵食する、無数の飛行物体の影。それらは瞬く間に大きさを増し、一直線にこの空中要塞へと向かってくる。竜影海流群だ。
「……確かに、見た目はトビウオ……ですね。サイズ感おかしいですけど」
 明確になっていく敵の姿に、トエル・レッドシャトー(茨の器・e01524)が感情に乏しい呟きを零した。しかし敵の先触れを見据える眼差しは、強迫観念めいた戦いへの執着を宿して、力強い輝きを宿している。
 いよいよ竜影海流群が要塞の目前に到達した。魚めいた姿の竜たちは戦意もあらわに、ケルベロス達が張る陣営へと次々に突撃してくる。
「……来た! あいつを狙おう!」
 間近に飛来してきた一体を示し、村崎・優(未熟な妖刀使い・e61387)が声を上げた。
「まずは1体……きっちり片付けるとしましょうか」
 トエルは静かに持ち上げた手で、その個体を指差した。瞬間、血を触媒にした魔力が、高速で要塞に突っ込んでくる竜の横っ面に撃ち込まれ、茨の如くその身を苛んだ。
 ギシャァァッ! 獰猛な鳴き声を上げ、竜の体は要塞に突撃する寸前で翻るように急停止した。
 眼球らしき器官を持たぬ竜は、それでも明らかな殺気を発しながら、頭部から生えた一角を一行の陣営へと差し向けた。
 凶悪な牙を並べた口がくわと開かれた。喉の奥から極寒の冷気があふれ出し、前衛へと吹き降ろしてくる。
「海の上どころか空の上で釣りなんてネ。ま、どこにいようが釣り針に引っかかったからには引き上げさせて貰おうかナ!」
 膨大な冷気を武装で凌ぎながら、ペスカトーレ・カレッティエッラ(一竿風月・e62528)は仲間たちを警護するドローンを飛ばす。
「皆様に、星の加護がありますように……」
 リコリスの儚げな声音に呼応して、足元の守護星座が光り輝き、前衛に護りを付与していく。
「ここからは純粋な殺し合いだ。存分に楽しませてもらおうか」
 冷淡な声音に、戦闘狂の本性を滲ませるヴォルフ・フェアレーター(闇狼・e00354)。一瞥のもとに割り出した正確極まる視認情報が、目にも止まらぬ射撃に凄まじい精度を付与して、魚そっくりの尾部を撃ち抜いた。
「日本列島を分断するだと? バカバカしい。僕達がそんなことを許すと思うのか? 必ず止めてみせるよ」
 両手に携えた我零刀『織心』と喰霊刀『暗牙』を擦り合わせ、まっすぐな敵意と呪詛を発露しながら肉薄する優。
 敵は次々とグラビティを浴びせられながらも、構わず一行の陣営へと突進してくる。
 その勢いに真っ向から対抗し、東雲・苺(ドワーフの自宅警備員・e03771)が敵前へと躍り出た。
「みんなで竜影海流群を防いで、フォッサ・マグナの暴走はさせないよっ」
 高速回転する小さな体が、竜の硬い表皮を貫いた。

●狙い澄ます竜
 ギギゥ……シャァァッ!!
 一瞬怯んだように見えた竜の体は、しかしすぐさま速度を上げて陣営の中心に飛び込んだ。全身が鋭くもしなやかに回転し、魚型の尾が前衛をまとめて薙ぎ払う。足元が激しく揺れ、ロープの幾本かが弾けるように断ち切れた。
「っ……なかなかやるわね」
 パトリシアは後方に押し込まれつつも、仲間の治癒を待つことなく真正面から突撃し降魔の拳をお返しする。
「同属性の攻撃を連続で……それでいてこの精度と威力……能力値はスナイパーに近いな」
 ヴォルフは冷静に敵を観察しながら、見切られることも恐れずに超高速の突きを繰り出した。突出して磨き抜かれた敏捷の力が、稲妻纏った斬撃を敵の懐へと紙一重で届かせる。
「回復はお任せください……皆様はどうか、攻撃に専念を」
 リコリスからオーロラの如き光が広がり、負傷を重ねる前衛を包み込んでいく。
「うわ、揺れるなぁ。ちょっと怖いかも」
 巨体に音速の拳を打ち込んで陣営に舞い戻った瞬間、着地した足場が大きくしなり、ひやりとする苺。見れば、周囲の僚班も激しい戦闘を繰り広げており、それらの振動も少なからず足元に伝わってきているのがわかった。
「そっか、他のところにもドラゴンがいっぱい来てるから……おっと、よそ見は厳禁っ!」
 高所で戦うことへの恐怖を打ち消すように、苺は敵をまっすぐ見据えて果敢に立ち向かう。
 戦場の状況など敵が意に介すはずもなく、その攻撃には容赦がない。再度突撃を仕掛けた竜は、トビウオの巨大な胸ビレそっくりな翼の先を爪の如く硬化させ、凄まじい速度でパトリシアの防護を貫くと共に、勢いのままに鎖の一部を引きちぎっていく。
 弾けた足場から二段ジャンプで飛び退き、優は右目から紫の炎のオーラを噴き出しながら敵へと飛びついた。
「っ゛ら゛ぁん゛うぅけ゛えええええええっ!!!」
 凄まじい気迫と共に、喰霊刀が暗雲を裂く電煌の如く竜の背部に突き立てられ、魂をも痺れさせる強力な呪詛をぶち込む。激しい痺れに、魚型の体が大きく反り返る。
「足場が巻き込まれるのはもうしょうがないけど、できるだけ重要な部分を相手の射線に入れないように釣らないとネ」
 ペスカトーレは気球や飛行船、周囲を支える基軸となるロープや鎖を背にしないよう注意を払いつつ、氷結光線を一直線に照射した。
 ケルベロスの思惑など歯牙にもかけず、敵は素早く大きな動きで暴れ回る。
「五分経過! ――来るよ、薙ぎ払い!」
 懐中時計にちらりと走らせた視線を上げたクリムが、空へと軽く浮き上がった巨体を見てはっとして声を上げた。
「後衛狙いか! 二時の方向、飛行船が巻き込まれるぞ!」
 敵の意図を見抜き、ヴォルフの鋭い注意喚起が飛ぶ。
 後衛に陣取る面々が咄嗟に立ち位置を変えようと動くが、敵の巨体はお構いなしに降ってくる。明らかにこの要塞の破壊も視野に入れた動き。
「――護りなさい!」
 パトリシアの叱咤を受けて、赤い車体のライドキャリバーが鎖の上を疾駆し、強力な攻撃へと自ら飛び込んだ。その衝撃が尾の軌道を逸らし、苺とその斜め後方の飛行船はあわやのところで難を逃れた。
 忌々しげなうなり声が、魚のそれに似た口許から低く漏れ落ちた。

●連戦
 竜は己の傷に構うことなく攻勢の手を止めない。そのがむしゃらな必死さは、決して知能の低さを意味するものではないことを、リコリスは静かに見取る。
「あなたも、同胞の為に命を賭けているのですね……」
 だが、それと同時に敵の限界が近いことも明らかだった。
「……誇り高きあなたの為、葬送曲を歌いましょう」
 ――響くは慟哭。尽きぬは涙。されど、失いし君に捧げるは――。リコリスの唇が紡ぎ出す氷のように冷たく静謐な旋律が、敵の心身の不浄を増幅させていく。
 苦痛の声を上げながらのけ反る竜へ、Lamentを構えたヴォルフが戦いへの悦びに口許を歪めながら肉薄する。
「その動き、徹底的に潰させてもらう」
 禍々しい形状に変形した刃が、敵の肉体を抉るように斬り刻んだ。
 不浄に侵され尽くした竜の全身が、ビクビクとのたうちながら制御を失い落下を始めた。
 そのまま一機の気球に激突せんとしたまさにその時、瞬時にして増殖するかの如く伸びた蔓触手が、巨体を一息に縛り上げた。
『オ、ノ……レェ……ッ』
 苦しげに呪詛めいた言葉を吐き捨てながら、竜はぐったりとこと切れた。
 トエルはRosalesを通常の形態へと戻し、巨体を空中で手放した。
「……まずは、一体」
 竜の体は鎖とロープの網の目をすり抜け、遥か下方へと落下しながら無数の透明な鱗となって散華していった。
 すかさず懐中時計を確かめるクリム。
「七分経過。時間に余裕はありそうだよ」
「損害無しとはいかないけど、戦闘不能なし、全員継戦いけそうだネ」
「異議なし」
 ペスカトーレと優が仲間たちの状態を確かめ、頷きあう。
「さて、次はどれにするか」
 死んだ個体にはあっさりと興味を失い、ヴォルフの眼差しが新たな敵を探して閃く。
「――あの竜、動きが妙です……」
 緊迫を孕んだトエルの声が皆の耳をうった。
 上を見上げれば、少し離れた場所で交戦状態になっている隣の班へと、横槍を入れる機会を窺うような旋回飛行をしている巨大トビウオが一体。遅ればせに要塞に到達した、後陣の個体だろう。
「あれにしよう。――我が敵を突き抜けろ、ルーン・オブ・ケルトハル!」
 クリムの判断は早かった。瞬時にして形成した巨大な魔力の槍を、旋回する竜が射程内に入ったわずかな瞬間を捉えて投擲した。
 ギャシャァァ! 不意を突かれて尾部を貫かれた竜が激しくのたうち、殺気を漲らせて攻撃が放たれた方向を振り返った。
「戻れ!」
 主の一言で尾部から引き抜かれ、自律的に陣営に舞い戻っていく槍の軌道を、竜が凄まじい速度で猛追する。
「一体倒して次のドラゴンがくるのは、嬉しいやら複雑な気分だね。――ぎりぎりまでは戦ってあげるからかかってくるといいよっ」
 一直線に向かってくる敵へと、苺はまっすぐに挑発を叩きつけた。
 呼応するが如く、竜の大口が開かれる。ざらつく咆哮と共に、網膜を焼き鼓膜をつんざく稲妻のブレスが戦場に降り注いだ。
 全身を打ちのめす痛みと痺れに、パトリシアは顔をしかめる。
「っ……なかなか重たいわね……。燃え上がれ、悲しみを焼き尽くせ」
 凛とした詠唱と共に、撃ち込まれた焔の弾丸が爆ぜ、竜の全身を紅蓮の焔に包み込んだ。
 竜は大きく身を震わせて焔を振り払うと、絶叫にも等しい咆哮を上げる。
 声色、仕草、気迫。全てが、竜の怒りを余すことなく伝えていた。

●憤怒の竜
 二体目の竜は、激怒していた。もとより激しやすい個体だったのだろう。進路を妨げたのみならず、さらに攻撃をも妨げたことが逆鱗に触れたようだ。
 その攻撃は、裏も搦め手もない火力一辺倒。だからこそ、不安定な戦場においては先の個体以上の脅威に感じられた。
「侵略者がしゃあしゃあと! 怒っているのはこっちだ!!」
 憎悪もあらわに、優は星型オーラを蹴り込み敵の防護を食い破る。
 竜は浴びせられるグラビティを真っ向から受け止めながら、ケルベロスの頭上から尾を振るい、大胆な縦スピンを叩きつけて前衛を蹴散らした。足場を構成していたロープや鎖が、ごっそり弾け飛ぶ。
「釣れたのはいいけど、これはかなりきついネ……雨あめふれふれさんざめけ~!」
 たまらずルアーをクラゲ型にチェンジするペスカトーレ。クラゲの回転に合わせて、幻想的な光と恵の慈雨が消耗の激しいパトリシアの傷を癒す。
「攻撃に専念しときたかったけど、仕方ないか。他の人は頼むよマカロン! ――勇敢なる戦士に戦う力を与えたまえ!」
 苺は自身の生命力を高めながら、消耗激しい仲間の元へと駆け寄っては、傷ついた肉体に直接触れ、波長を合わせて仲間の回復力を高めていく。ボクスドラゴンも随時属性の注入を行いながら、けなげに戦線を支え続けた。
「危険ですね……早急に倒しましょう」
 気球や飛行船の固定が緩み始めた気配を察知し、トエルは攻性植物の触手で敵を絡めとり、動きを少しでも鈍らせていく。
 竜はなおも暴れ回る。稲妻のブレスと尾が、己の生存に目もくれない猛攻が、ケルベロスと要塞をじりじりと追い込んでいく。
 足元が間断なく揺れる。徐々に、しかし確実に、要塞全体が崩壊を始めていた。視界の端で、パラパラと気球が離脱していくのが見える。
「Weigern……」
 太古の魔術で精霊を召喚していたヴォルフは、大きく身を翻した敵の動きに声を荒げた。
「十時の方向から爪攻撃! ――危ない!」
 鋭い忠告に、敵に一撃を浴びせて足場に着地したばかりのパトリシアは反応できなかった。
「――――ッ!!」
 長々と凶悪な爪状に変形した胸ビレが、バツの字に払い下ろされた。パトリシアの体は胸部から大量の血を噴き、気球のバスケットに叩きつけられた。
 吐き出した鉄の味に自分の限界を知り、パトリシアはたがを外してしまいそうな自分自身の本能に抗った。暴走によって理性を失えば、まだあちこちで戦いが続いているこの要塞に、どんな害を為すかわからない。
「暴、走は……だ、め……。誰、か……」
「……わかりました」
 傍らに走り寄ったリコリスは眼差しに憂いを浮かべながらも、迷いなくパトリシアの体を要塞の空中へと放り出した。……頼むわね。そんな呟きを受け取りながら。
「……ええ。お任せください。必ず、成し遂げます」
 リコリスの、皆の、決然とした眼差しが竜を射抜く。
 加速度的に崩壊していく戦場。戦力を欠きながらも、ケルベロスは気迫でそれを補い、攻勢の濃度を緩めない。
「時間かけてられないネ。畳みかけるヨ!」
 敵の目前で縦横無尽にロープの上を駆け巡りながら、アームドフォートの全主砲を一斉発射するペスカトーレ。
「戒め、砌絶つ堰よ……ここに」
 敵の背後の鎖を、ペスカトーレの動きを逆走するように駆け抜け、魔力の弾丸を撃ち込むトエル。
 砲弾の衝撃と魔力の侵食に肉体の感覚を食われ、竜はままならぬ全身でもがくように猛り狂う。
 敵が痺れを振り払い攻撃に移るより早く、優の喰霊刀が影の如き軌跡を描いた。
「貴様は二度と動くな……!」
 延髄を的確に掻き斬られた竜の動きが、神経を断ち切られたかのようにピタリと静止する。
 その瞬間を捉えたのは、クリムの魔槍。
「貫くは己の信念、穿つは悪しき妄念……ここで仕留める……!」
 一直線に宙を駆けた槍が、竜の喉元を貫き、頭部へと突き抜けた。
 命を失った竜の遺骸が、ロープと鎖の網に激突する勢いで落下する。
 その衝撃と共に、周辺がいよいよ致命的な崩壊を始めた。
 連鎖的に落下を始めた足場から放り出されながらも、傷だらけのケルベロス達は確かな勝利の手応えを胸に、遠ざかっていく空中要塞の最後の勇姿を見送るのだった。

作者:そらばる 重傷:パトリシア・シランス(紅蓮地獄・e10443) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年1月30日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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