ミッション破壊作戦～放たれた嚆矢

■リプレイ

●一
　山形県中央部、殲火剣嶽――。
　朝日を浴びて輝く山岳を、アルベルト・ディートリヒ（昼行灯と呼ばれて・e65950）はヘリオンの窓から眺めていた。
「剣嶽……何度見ても禍々しい姿だ」
　彼が見下ろす視線の先には、無数の刀剣が山一面を覆い尽くすようにそびえ立っている。
　かつて月山の名で呼ばれた名峰は、ドラゴンたちの手によって異形の地に作り変えられ、いまや見る影もない。
「覚悟しとけよドラゴンども。今度こそ月山を取り戻してやる」
　鵺咬・シズク（黒鵺・e00464）が押し殺した声で呟いた。
　彼女は参加メンバーの中で唯一、すべての殲火剣嶽攻略戦に参加しているケルベロスだ。勝利にかける執念も並々ならぬものがあろう。屹立する刀剣の林は以前よりもその数を増しているように見え、嫌が応にも焦燥を感じてしまう。
「なかなか強烈な眺めだわ。回廊の主も手強いのでしょうね」
　ヘリオンに漂う緊張を和らげるように、シャルロット・フレミス（蒼眼の竜姫・e05104）は程よい緊張を含んだ声で言った。
　殲火剣嶽のドラゴン『ギルドレイブ』は強敵であると聞く。初参加のミッション破壊作戦に気負いすぎないよう、シャルロットはピリリと気を引き締める。
「そろそろ到着かしらね。皆、撤退経路の確認は済んだ？」
「あたいは大丈夫だよー。頭に叩き込んだからバッチリさ、キヒヒ！」
　葛之葉・咲耶（野に咲く藤の花のように・e32485）は口端を曲げて、飄々とした口調でシャルロットに返す。
　そんな彼女とは対照的に、スノーエル・トリフォリウム（四つの白翼・e02161）は悲痛の色を浮かべながら殲火剣嶽を見下ろしている。
「豊かな自然を、あんな姿に作り変えて……許せないね」
　眼下に広がるのは、鳥も獣も、木も草も、あらゆる命の息吹が絶えた地。
　ドラゴンのみが生存を許される不毛の世界を、これ以上広げるわけにはいかない――。
　スノーエルがそう決意を新たにした時、現地到着のアナウンスが流れた。
「ミッション開始ですね。皆さん、よろしくお願いします！」
「老骨に鞭打ち、ちと頑張るかのぅ」
　旗楽・嘉内（魔導鎧装騎兵・e72630）とゼー・フラクトゥール（篝火・e32448）は席を立ってグラディウスを携えると、開放されたハッチへと向かっていく。
　見下ろす山肌には、バリアに覆われ鎮座するギルドレイブの強襲型魔空回廊が見えた。
　シィカ・セィカ（デッドオアライブ・e00612）は自分たちの存在を誇示するように、ぎゅいんとギターを掻き鳴らすと、
「覚悟するデスよ。今度のライブは、前より凄いのデス！」
　不敵な笑みを浮かべ、仲間と共に回廊へと降下していった。

●二
　視界に広がる剣山が、あっという間に近づいてきた。
　赤いドレスの裾を大空にはためかせ、一番槍のシャルロットがグラディウスを握る手に力を籠める。
「地球は貴様らの棲家ではない。月山を取り戻し、貴様らとの戦いに勝利するため――」
　動き続ける魔空回廊を睨みつけ、シャルロットは魂の叫びを注ぎ込む。
「私の全力を持って、この回廊を破壊する！」
　振り下ろされた一撃がバリアを叩くと同時、爆炎と雷光が山へと降り注いだ。
　爆発にまかれ、砕け散っていく刀剣の破片。それを見下ろしながら、ゼーと咲耶が小剣を握りしめる。
「水と緑に溢れた豊かな場を、剣に変えようとは感心せぬのう」
「月山といえば、修験者の間じゃあ少しは知られた神社のある山だよ。それを随分とまあ、酷い姿に変えてくれちゃって」
　美しい自然を変貌させたドラゴン。
　そして、地球の人々にとって縁の地を奪ったギルドレイブ。
　彼らへの怒りを込めた刃は、バリアに触れると同時に大きな爆発を巻き起こした。
「大きな被害が出る前に早急にお帰りいただこうかの――この地を去れ」
　雷を浴びて絶命していくギルドレイブを見下ろして、ゼーはぽつりと呟く。
　この地は、お前たちが汚していい場所ではないのだ。ゼーの言葉は、暗にそう告げているようであった。
「聞こえるんだよ、冷たい鉄の刃に成り果てた月山の悲鳴がな！」
　シズクもまた、ドラゴンの行いに怒りを覚える一人だ。殲火剣嶽に連なる紛い物の刀剣を見下ろして、己の決意を剣に注ぐ。
「この剣とこの魂、何度でも何度でもぶつけてやる。侵略を止め切れなかった過去を乗り越える」
　かつて先人達が幾多の名刀を鍛え上げた地、月山。
　連綿と受け継がれてきた人々の想いを、歴史を、ここで絶やすわけにはいかない。
「殲火剣嶽に渦巻く痛みも、恐怖も、全て叩き斬ってやる！」
　爆発にまかれたドラゴンが、悲鳴をあげて命を散らしていく。
　そこへ響き渡るのは、シィカの叫びとギターの旋律だ。
「レッツケルベロスライブ！　ボクたちの方がロックだということを教えてやるデース！」
　シィカの曲は、言葉にも劣らぬほど雄弁に、ロックの調べを大空に響かせた。
　そしてドラゴニアンの少女は叫びを込める。今度こそ回廊を破壊し、ドラゴンを粉砕し、この春こそお花見を楽しめる月山を取り戻すのだと。
「今日でキミたちのステージは終わりデス！　ボクたちに返してもらうデスよー！！」
　ギターの音色に乗って、巨大な爆発が回廊を包み込んだ。
　次に降下してきたスノーエルも、ひと思いにグラディウスの剣先をバリアへ向ける。
「この山がどれほど素晴らしいか、あなたたちにはわからないよね。だから刀剣の塊に山を変えてしまった」
　スノーエルは語る。
　月山の、名水百選にも選ばれるほどの豊かな森。天然でできたダムの素晴らしさ。
　そして、そんな地を醜い姿に作り替えたドラゴンへの強い憤りを。
「許せない！　絶対に取り返して、豊かできれいな山を取り戻して見せるんだよ！」
　グラディウスの攻撃は６度に及び、回廊の周りはスモークで覆われ始めていた。
　そこへ嘉内が、更なる一撃をバリアに叩きつける。
「お前らドラゴンに回廊を幾つも持たせて、好き勝手させるわけにはいかない！」
　ドラゴンとの戦いも、ミッション破壊作戦も、いずれも初参加の身。だからこそこの戦いを勝利で飾ろうと、嘉内は光る小剣を勇猛果敢に振り下ろす。
「城ヶ島が取られた分、取り返させてもらう！　こぉわぁれぇろぉやぁーっ！！」
「前にも言っただろ。クズ共のお山の大将には、敬意など微塵も払えないってな！」
　トリを務めるのはアルベルトだ。日本かぶれを自称する彼にとって、月山は特別な聖地のひとつ。
「今度こそ。この神聖な月山から、馬鹿デカイ剣山と汚い足をどけてもらおうか！」
　アルベルトが加える一撃が、バリアを激しく揺さぶった。全ての攻撃を終えたケルベロスたちは、次々と殲火剣嶽の地へ降り立つ。
「回廊は……？」
　シャルロットは眼鏡を利かせ、息を殺しながらスモークの彼方を凝視した。
「どうデスカ、シャルロットさん？」
「……次に期待だな」
　３度目の襲撃にして、回廊の破壊は果たせず。
　シィカは皆の無念を代弁するかのように、ギュイーンとギターを鳴らす。
「問題はない、ダメージは与えた。次に託すとしよう」
　アルベルトの励ましに頷いて、ケルベロスたちは山を駆け下り始めた。

●三
　スモークが覆う殲火剣嶽の地を８頭の猟犬が駆け抜ける。
　道の剣を飛び越えて走り、遭遇したドラゴンを撃ち落としては走り……山の外を目指して駆けること暫し、轟く咆哮とともに巨大な影が頭上を覆った。
「なまくら野郎のお出ましか」
　シズクの警告と同時、空からブレスが降り注ぎ、剣列の壁が猟犬の行く手を塞いだ。
　隊列を組むケルベロスの目の前に降り立ったのはドラゴン『ギルドレイブ』。
　紅蓮の双眸は怒りに燃え、体を覆う銀の鱗は刃のように鋭い。まぎれもない強者の風格をまとうドラゴンは、ミッションの個体とはまるで別格の存在感を放ちながら、猟犬たちへと襲い掛かってきた。
『グオオオオオオオオオオオ！！』
　剣を踏み砕いて迫るギルドレイブが、斬撃を伴うブレスを放った。凍てつく吐息が、大地からせり出す刀剣が、一斉にケルベロスの前衛へと集中する。
　すかさずシィカとアルベルトが、シズクとシャルロットを庇う。
「この程度、どうってことないデース！」
　自分とシズク、２人分の刃傷にも堪えることなく、シィカは敵の機動を奪いにかかった。エアシューズの流星蹴りがギルドレイブの前脚を捉え、派手な火花を散らして大鎌のごとき爪を叩き折る。
「マシュ！　一緒に皆を回復するよ！」
　属性インストールで氷の耐性を施すようボクスドラゴンに命じると、スノーエルは前衛にオウガ粒子を散布し始めた。
　スノーエルのオウガメタル『シルバードラジェ』が、糖衣のように味方の体を覆って体を強化。そこへアルベルトもオウガ粒子を散布し、前衛の命中をさらに底上げしていく。
「くらえ！」
　シャルロットは天空より召喚した刀剣を、一斉にギルドレイブへ解き放った。鱗を穿ち、爪を傷つけ、剣の乱舞に火力を損じるギルドレイブ。
　しかし敵はドラゴンだ。ケルベロスの攻撃に怯むどころか、全身の銀鱗を刀剣に変えると体を揺さぶって咆哮し、砲弾の如き勢いで咲耶めがけて突進してきた。
『オオオオオオオオオオオオ！！』
「こいつ、止まれ……っ！」
　咄嗟に咲耶の盾となった嘉内が軽々と宙を踊り、地面に叩きつけられる。
　進路を逸れて、振り返るギルドレイブ。そこへ迫るのは鋼の鬼と化した咲耶と、斬霊刀を二振り構えたシズクだ。
「その鱗、ぜーんぶ剥いてやるよ！　キヒヒッ！」
「剣の勝負で負けるわけにはいかないんだよ！」
　バキバキと音を立てて剥ぎ取られる銀の鱗。続いて放たれるシズク達人の一撃を、しかしギルドレイブは紙一重で避ける。足止めとメタリックバーストの重ね掛けでもなお、命中が足りないということか。
「恐らく、ポジションはキャスターか。……ちと厄介じゃの」
　ゼーは弟子の箱竜『リィーンリィーン』にスノーエルの支援を命じると、竜砲弾の炸裂でドラゴンを捉え、その動きを更に抑えにかかった。いくら敵を撃破してもスモークが晴れては意味がない。まずは前衛の必中確保が最優先だ。
「こんなところで……倒れてられるか！」
　ふらつく足で立ち上がり、シャウトで体に活を入れる嘉内。
　その眼前でギルドレイブもまた、広げた翼に殲火剣嶽の風を浴びて傷を癒していく。
「レッツ、ドラゴンライブ……スタート！！」
　バイオレンスギターをかき鳴らすシィカ。いつの間にか両隣に現れたドラゴニアンの少女たちが奏でるキーボードとドラムを土台に、勇気をもたらす旋律で前衛を回復する。
　対するギルドレイブも、殲火剣嶽の翼で回復を完了。しかし、こちらは足止めのキュアに失敗したのか、命中率に大きな変化はないことをスノーエルは見抜いていた。
「アルベルトさん！」
「ああ、任せろ！」
　スノーエルとアルベルトが、濃厚なオウガ粒子を更に前衛へ散布する。
　ギルドレイブはブレイクの攻撃を持たない。故に二人の強化は解除されることなく命中率を高めるのだ。
「１対１の戦いに集中できるのは有難いな。食らえ！」
　シャルロットは蒼竜の装飾から具現化した黒太陽の光を照射した。
　灼熱のコロナにもがくギルドレイブ。その身動きは、少しずつだが確実に失われている。
　そこへ咲耶がエクトプラズムを圧縮し、霊弾の狙いを定めた。
　ジャマーから放たれるプラズムキャノンを食らったら、いかにギルドレイブとて機動力を維持することは叶わないだろう。
「さーて、覚悟しなよぉ？　キヒヒッ！」
　ドラゴンの頭蓋に炸裂するエクトブラズム。
　身動きを封じられたギルドレイブの絶叫が、殲火剣嶽に木霊した。
「もらったぞ！」
　好機を見出したシズクは絶空斬の構えで傷口を狙い、追撃を浴びせんとする。
　だが、その時――。
　攻撃を察知したギルドレイブが、ブレスの矛先をシズクへ向けた。
『グオオオオオオオオ！！』
（「まずい！！」）
　吐き出されるブレスより一瞬早く、嘉内がシズクを庇う。
　負傷した体に剣の嵐とブレスが直撃し、嘉内はその場に倒れた。
「――許さん！」
　シズクの剣光が一閃。
　避ける術を失ったギルドレイブは額を切り裂かれ、山の剣を血で汚した。
　怒り狂い、体を剣で覆い始めるギルドレイブ。そこへゼーがローラーダッシュで肉薄し、摩擦の炎でドラゴンを包み込む。
『ギャアアアアアアアァァァァァ！！』
　雄たけびを上げてギルドレイブが跳躍。剣の山を踏み砕き、地響きを鳴らしてシズクへと突進する。それを即座にアルベルトが庇って押し止める。
「やらせるかよ……！　シズク、シャルロット！　全力でぶち込んでやれ！」
「ボクらのロック魂、骨の髄まで味わうといいデース！」
　シィカのルーンアックスが、ギルドレイブの頭へ勢いよく振り下ろされた。
　骨を砕く鈍い音が響き、砕け散った鱗が宙を舞う。
　苦痛にのたうつギルドレイブは、なおも前衛めがけてブレスを浴びせんと試みる。
『ガアアアアアア！！　ギャ――』
「ちと黙れ。五月蠅い」
　喉の鱗を、ゼーの放つ光線が貫いた。グラビティを中和するゼログラビトンの一撃だ。
　力の衰えも介さず前衛へ浴びせられる剣竜のブレス。それを突き破ってシャルロットが、シズクが、一直線にギルドレイブへと迫る。
　道を切り開くのはスノーエルと咲耶、アルベルトだ。
「シズクちゃん、シャルロットちゃん、露払いは任せて！」
「キヒヒヒヒ！　さあ終わりだよぉ！！」
「俺たちの分も頼んだぞ！」
　白詰草のブーツが蹴り飛ばす星のオーラと、鋼鬼の剛拳がドラゴンの鱗を吹き飛ばした。露出した皮膚を切り裂くのは、アルベルトの斬霊刀『幻想結晶刃』だ。
「こいつは俺からのプレゼントだ。遠慮なく受け取れ！」
　ジグザグの傷跡で丸裸になったギルドレイブへ、全身にオーラをまとったシャルロットが高速の突きで心臓を抉る。
「竜の羽ばたきの如く、敵を圧倒し、翼風と共に散れ！」
　シャルロットの一撃が吸い込まれ、ドラゴンはぴたりと動きをとめた。
　断末魔の声を漏らし、ゆっくり崩れ落ちるギルドレイブ。シズクはその眉間を狙い定め、とどめの一撃を放つ。
「一刀必殺！」
　『天衝星墜剣』の一撃が振り下ろされた。
　巨大な光剣の一閃は殲火剣嶽の主を真っ二つに両断し、心臓の鼓動を永久に止めた。

●四
「スモークは！？」
「ギリギリだな。急いで撤退するぞ」
　戦闘不能に陥った嘉内を担ぎあげ、シャルロットはアルベルトの先導で仲間と共に剣嶽を下り始めた。
　一面を覆う剣の山に身を切られながら、無言で走り続けるケルベロスたち。
　傷を負うはずはないのに、シズクの胸は無念で小さく痛んだ。
「……壊せなかったな」
「大丈夫！　傷は与えましたから、次こそは勝つのデス！」
　シズクの呟きにシィカがサムズアップを送る。
　そう、次こそは勝つ。絶対に負けない――。
　次なる再戦と回廊の破壊を誓って、ケルベロスたちは殲火剣嶽を離脱するのだった。

作者：坂本ピエロギ	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2019年1月22日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 6／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 0
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