死刻

作者:崎田航輝

 エンジン音が寒空に響いて、雑踏の音が遠くに消えていく。
 繁華街から少し逸れた細道は、そこだけ人通りが少なくて静かだった。
「ここの眺めは変わらないね」
 ライドキャリバーのエリィをとめて、視線を巡らすのは虎丸・勇(ノラビト・e09789)。
 季節感がどこか薄い景色に不思議な気持ちだったけれど……何の変哲も無い街角を、ここまで気にしているのも自分だけなのだろうとも思っていた。
 ずっと前までは、気にもとめなかった道。
 でも今ではそうでは無くなってしまった景色。
 色々なものを失った場所だなと思った。でも今は、それで終わらせるつもりはない。だから危険な気配を感じた時──勇はそれに強く視線を注いでいた。
「まさか、自分からやってきてくれるなんてね」
「街へ到着より、8分4秒」
 手にした懐中時計に視線を落とし、概ね予定通り、と呟く男がそこにいる。
 スーツに身を包んだ紳士。蒼白にも近い肌を持つ、青い瞳の男。
 静やかな空気に反して、漂う殺気は人間のものではなかった。
 ──死神。
 エリィの吹かす駆動音が、うなるほどに反響する。
 勇は爆発しそうになる感情を自覚しながら──すらりとナイフを構えていた。
 ワイルド化した右手を揺らめかせて、その死神に一歩近づく。
「ずっと、会いたかったよ。返したい借りが、いっぱいある」
「3.7秒。今は貴方と無駄な会話をするつもりはありませんよ」
 死神は制するように言った。冷徹に過ぎて、感情が一切垣間見えないほどに。
 ただ時間ばかりが全てだというように。
「この後も、『仕事』が詰まっているのです。なので今回は確りと予定時間内に──死んで頂きます」

 イマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)はケルベロス達に説明を始めていた。
「虎丸・勇さんが、デウスエクスの襲撃に遭うことが判りました」
 予知された未来の出来事、とはいえ時間の猶予は無いと言っていいだろう。
 現在勇には連絡がつかない状態だ。
 勇自身、既に現場の街に居るようで──敵と戦闘が始まるところまでは、予知を覆すことは不可能だろう。
「今から出来ることは……現場へ急行し、戦闘に加勢することです」
 合流は戦闘開始から多少は遅れてしまうだろう。それでも勇を助け、戦いを五分に持ち込むことは充分可能だ。
「ですから、皆さんのお力をお借りしたいのです」
 現場は街中の細道。
 繁華街からさほど遠くはない場所だが、敵が人払いをしているためでもあろうか、周囲は無人だ。一般人の流入に関してはこちらが注意する必要はないだろう。
「皆さんはヘリオンで到着後、合流し戦闘に入ることに注力して下さい」
 勇を発見することは難しくないはずだ。
「敵についてですが、死神のようですね」
 個体名はルクルト。“秒刻み”の異名を取る死神で、どこまでも怜悧な性格が特徴と言えるだろう。無論、勇の命を奪うことに一切の躊躇もあるまい。
 だからこそ放っておくことは出来ない。
「勇さんを助け、敵を撃破するために……さあ、出発しましょう」


参加者
ジョーイ・ガーシュイン(初対面以上知人未満の間柄・e00706)
連城・最中(隠逸花・e01567)
相馬・竜人(エッシャーの多爾袞・e01889)
虎丸・勇(ノラビト・e09789)
朱藤・環(飼い猫の爪・e22414)
雅楽方・しずく(夢見のウンディーネ・e37840)
那磁霧・摩琴(医女神の万能箱・e42383)
天淵・猫丸(時代錯誤のエモーション・e46060)

■リプレイ

●宿縁
 冬風が肌を刺す程冷たい筈なのに、熱を含んだ激情がそれすらも感じさせない。
 死神「秒刻み」ルクルトを見据えて、虎丸・勇(ノラビト・e09789)はナイフを強く、強く握りしめる。
「……痛いな。凄く痛むよ」
 切り落とされて混沌へ蘇った右手が。親友をずっと思ってきたこの胸が。
 ──張り裂けそうだ。
 なのに目の前の男はまるで表情を動かさない。
 だから勇は刃を構え、近づく。
「あの時と変わらないね、その冷たい顔」
「心を露わにする程弱くないというだけです。人のように」
 返すルクルトは、あくまで涼しげだった。そして異形を召喚して勇を取り囲ませる。
「だから仕事が遣り易いとも言えますが。人は簡単に力を求めますから」
「……っ」
 親友の顔が勇の頭に過った。
 人であった頃、そしてそうでなくなってしまった時の姿を。
 怒りに我を忘れそうになる──それでも、勇はすんでで抑えた。
 あの時とは違う。もう、繰り返さないと決めたから。
「この借りは……まとめて返すよ」
 だから、静流──力を貸して。
 勇は風になったように踏み込み、紅刃との二刀で異形の剣を弾き返した。
 そのままルクルトに斬撃を見舞う。が、彼もすぐに異形を増やしてきた。
「疾くなりましたね。しかし、まだ想定内です」
 瞬間、勇を袈裟に切り裂かせる。
 勇は血潮を零して下がった。即座に自己治癒した、が、それでも敵は攻勢を止めない。
 エリィと共に防戦する。けれど護りに徹しても体力は一方的に削られた。
 ルクルトは既に優勢を悟っている。
「この戦いも予定通りに終えられそうです」
「く……」
 それでも、勇は瞳に諦めを宿さなかった。
 負けられる理由なんて、一つも無いから。
 或いはその意志が、希望を繋いだのだろう。
「──チッ、クルミが割れてて使えねェ。しゃあねェ、ならコイツで代用だ!」
 声と同時、ルクルトの体に衝撃と飛沫が弾けた。
 ジョーイ・ガーシュイン(初対面以上知人未満の間柄・e00706)の飛ばしてきた小瓶。平素使う訓練用クルミの代わりに、栄養ドリンクを飲み干して放り投げていたのだ。
 一瞬、敵の異形操作が鈍る。
 そこへ飛来したのは豪速の弾だった。
 相馬・竜人(エッシャーの多爾袞・e01889)の砲撃。竜の鳴き声の如き唸りを上げて命中したそれは、爆炎と共に敵を後退させる。
 その間に竜人は勇へ目を向けていた。
「まだ生きてんな?」
「……うん、何とか、ね」
「勇っ、傷は大丈夫!?」
 頷く勇の傍らへ、走り寄るのは那磁霧・摩琴(医女神の万能箱・e42383)。
 気遣いながら、同時に心からの心配を浮かべて。深い翠の瞳で勇の傷を捉えると、すぐにタクトを揮って自然光を収束。治癒の力へと昇華させて勇を癒やしていた。
「これで少しは良くなったよ」
「俺も、助力しましょう。──導け、星影」
 静やかな声音で星の霊力を招来するのは連城・最中(隠逸花・e01567)。
 眼鏡を外して透徹な瞳で光の粒子を見据えると、それを勇へ降り注がせる。星々のような燦めきが優しく魂を癒やし、その体力を取り戻させていた。
 万全となった勇は皆に向く。
「皆のお陰で助かったよ」
「アイツと何があったか知らねえが、ボサッとしてたら俺がアイツ喰っちまうぜ」
 ちらと見返す竜人は、髑髏の面を被って表情が窺えない。
 だがその仕草にも声にも、死神に対する乱暴なまでの敵意が滲んでいた。
 勇は視線を前に遣る。
「大丈夫、やれるよ」
 ──あいつは親友をビルシャナに唆した敵だから。
 勇の言葉に、ルクルトは相変わらず眉一つ動かさず、異形を解き放ってくる。
「感情で動くのは愚かしい。急ぎましょう、この後も仕事がある」
「……貴殿の云うその仕事とやらが何かは存じませぬ」
 声を返しひらりと跳ぶ影。
 天淵・猫丸(時代錯誤のエモーション・e46060)。降り立つと共に筆を振るい一筆。敵と勇の間に真っ直ぐの線を引いて“境界”を顕にした。
「……なれど、これ以上ぼすから大切な物を奪えるなどとは思いませぬよう。その一線を超えるのであれば──わちき、一切の容赦はしませぬゆえ」
 筆を突き付けて告げたのは、正面からの宣戦だ。
「その通りですっ! お仕事なんて理由じゃあ、お友達は渡せません!」
 溌剌と、明朗に。天からもよく通る声が響く。
 朱藤・環(飼い猫の爪・e22414)。高く跳躍し、陽光を隠すほどの高度へ舞っていた。見上げる勇に気づけば、そこに頼もしい表情も返しながら。
「猫の恩返しとしゃれこみに、私参上ですっ! しかと手助けさせていただきますよ!」
 山なりに異形を飛び越えて、文字通りに猫の爛漫さと大胆さを兼ねるように。
 紅鳶の髪を揺らしてくるんと翻えれば、大斧で縦一閃。違わずルクルトに痛烈な斬打を加えていた。
「皆さんの護りは、わたしが固めます……!」
 時を同じく、雅楽方・しずく(夢見のウンディーネ・e37840)は攻性植物を鮮やかに波打たせていた。
 嫋やかに咲かせるのは白い睡蓮。そこから美しい光を放つと仲間を保護。あたたかさを体に宿すように耐性を強めさせていた。
 猫丸も陽だまりのような耀を広げて前衛の仲間を守護している。
 勇はそんな仲間達に、心強さを感じた。
「皆、ありがとう」
「盾はお任せを。存分にどうぞ」
 最中が言えば勇は頷き、攻め手の位置へ移る。
 ルクルトは尚攻撃を狙っていたが──そこにジョーイ。
「させっかよォ!」
 赤々としたオーラで流線を描き、その膂力で振り下ろすのは『鬼神の一太刀』。異形の一体を切り裂いて、伴う衝撃波でルクルトにも傷を与えていく。

●破刻
 一度間合いを取る仇敵に対し、勇は逃さぬように最前の位置を保っていく。
 その瞳が真っ直ぐだからこそ、摩琴は勇のことが心配でもあった。
(「ボクにも……とーさんをダモクレスに変えた相手がいるハズだから」)
 友人の境遇が自分と重なる。
 その気持ちが理解できるから、何より胸が痛む。
「勇。無理は、しないで」
「うん──けれど、どうしても倒さなきゃいけない相手だから」
「弱った心で討てる程、私は甘くありませんよ」
 揺るがぬ勇に、ルクルトも態度を変えない。ただ冷静に時計を見下ろすばかりだ。
「5.7秒。無駄な話ですね」
 全てはどうでもいいことだ、と呟いて。
 その顔はまるで面を貼り付けたように一定だった。
 しずくは自分の手を少し、きゅっと握る。
「他人事みたいに……。勇の大事なお友達を、失わせておいて……今まで彼女がどんなに傷ついたか、悩んだか、苦しんだか。あなたはそれすらも、どうでもいいというのですか」
「時間は刻々と動いているのですよ。過去には目を配れない」
 ルクルトは言い伏せるように、異形を喚び出すだけだった。
 それに対して竜人が見せたのは、しかし恐怖などではない。
 ああー、と天を仰いで零す呆れ返った声音だ。
「ダメだ俺、コイツみたいなスカしたのが一番嫌いなんだ」
 下ろした視線は、刃の鋭さ。
「だからよ、その時計ぶっ壊してよそ見できねえようにしてやるよ」
 地を蹴り、異形を殴り飛ばして肉迫。瞬く間にルクルトにも蹴りを入れていた。ルクルトは微かに吐息を漏らしつつも、時計を護るように下がる。
「困りますね。行動の指針は予定のために何より重要だ」
「だったら、その予定を引っ掻きまわすのが猫の役目ですっ!」
 どこまでも怯まずに駆けるのは環だ。
「だからバリバリっと暴れさせてもらいますよ!」
 超加速による摩擦で生むのは眩い焔。『強襲式・闇風火車』──胴回し回転蹴りによってルクルトを取り巻いた炎が、煌々とその体を灼き始めていた。
 環は何より、勇の友達に手を出されたことが看過できない。
 何気ない日常の一部を奪う行為こそ、絶対に許せないことだから。
「虎丸さん、徹底的にボコっちゃってください!」
「わちきも、手伝いますゆえ!」
 空間が煌めいたのは光の粒子が散ったから。猫丸がオウガメタルの輝きを筆にとり、宙へそれを描いていたのだ。
「さあ、ぼす!」
「──うん」
 頷く勇は紅を揺らめかせ、奔りゆく。
 その背に、最中は鮮やかな光を発破させて祝福を与えていた。きらきらと舞う光が、勇の意志を研ぎ澄ませるように。
 多くは語らずただ全力で支援する。
 今は言葉より気持ちより、彼女の背を押す力を届けたいから。
 勇は皆の思いも刃に乗せるように、ルクルトへ確かな一閃を喰らわせた。
 唸るルクルトは、それでも異形を一斉にけしかけてくる。が、環がその数撃を受け止めてみせた。勇には絶対に毒牙を通さないと、そう決めているから。
 摩琴は後方で流麗にタクトを踊らせている。
 護るのが仲間なら癒やすのは自分だ、と。
 ──清らかな風を、みんなに。
 吹き抜ける清涼な感覚が環と皆を治癒していく。
「これ以上、皆さんに手出しはさせませんよ!」
 しずくは美しい花を伸ばし、ルクルトの足元を捕らえる。
 そこへジョーイが踏み込んでいた。
「躱せるもんなら、躱してみろよ」
 冥刀を振りかぶり、陽光を反射させる。
 素早い機動、刀身のリーチ、大振りの一閃。力を注ぎ込んだ斬撃は拘束されたルクルトでは避けきれない。曲線を描いた剣閃が足元を裂いて濃色の血を散らせた。
 反撃を目論むルクルトはしかし、惑う。
 視界に捉えたしずくの体が、桃色の霧に包まれていた。
 フヴェルゲルミルの幻影──ルクルトの瞳に映るのは使役するものの比ではない、もっと悍ましい異形の影。
 冷徹な心を、それを上回る恐怖で覆われた死神は──意識せず膝をついている。

●未来
 浅い息をする死神の表情には、変化が現れていた。
 それは声にも滲む忌々しげな色。
「……不思議ですよ。何故、これほどの力と意志を発揮するのか……私には仇討ちなど、意味のないことにしか思えませんが」
「意味なんて、あなたに言われる筋合いはない」
 勇は刃をぎり、と握り込む。
 言葉を交わすほどに、今も怒りに飲み込まれそうだ。
 それでも必死に抑え込む。仲間に危険を及ばせたくないから。
 それは苦しくもあったけれど──同時に、その仲間の存在こそが何より自分を支えているのだと実感する気持ちでもあった。
「零れた時の砂を戻す事はできぬでしょう。──それでも」
 猫丸は勇の心中を察して有り余るほど。だからこそ座して傍観するつもりはない。
「この戦いが僅かでも救いに繋がるのであれば……わちきはぼすの為、喜んでこの筆を振るいましょう」
 刹那、筆を奔らせる。
 一筆断ち【捌筆】。両断するように一線引かれたルクルトの装備が、まるで細かな捌き筆の如く裂かれて用を成さなくなっていた。
 無数の衝撃を浴びたようにルクルトは呻く。
「……どこまでも、予定を崩してくれますね……!」
「他者の人生を狂わせておいて何が“予定”だ」
 そこへ影のごとく高速で迫る影。
 体勢低く、跳ぶように疾走した最中だ。
「──時よりも大切なものがあると思い知れ」
 敵が異形を生み出そうとすれば、それを先んじて爆風で抑え込む。直後には跳躍して体を廻転。鋭い蹴り落としを叩き込んでいた。
 よろけるルクルトへ、しずくは正面から接近する。
「もう、好きにはさせませんよ」
 美しきオウガメタルで、無骨な拳を形成して。
 勇の親友と対峙した時の事を思えば、この敵への怒りで声も震える。だから振りかぶる仕草に全く躊躇はなかった。
「あなたにはこれ以上何も奪わせません。勇の今も、未来も、わたし達が守ります!」
 元より、この敵の顔を見ているとずっと腹が立って仕様がない。
 だから一切の遠慮なく。顔面へストレートを打ち込み、鼻っ柱をへし折った。
 血を零してルクルトはたたらを踏む。
 すぐに異形で包囲してくるが──その中にあって環の動きこそ、すばしこい猫のよう。
「捕まりませんよっ!」
 複数体のどれにも触れられず、奔放に可憐に駆け抜けて。環は右に左に斧を振るって異形を切り伏せ、その全てを沈めていた。
 仲間が受けていた傷には、摩琴が『Fly High Tailflowers!!』。薬瓶を投げ割ってアンスリウムの幻影を広げ、即時に癒やしきっている。
 ただ打ち倒すばかりではなく。
 その攻撃が無意味なのだと、敵の思惑も自信も潰してみせながら。
 竜人はワイルドスペースから爆ぜ暴れる光の強弓を呼び出していた。『ワイルド・雷貫影矢』──閃光と共にその矢は敵の腹部を貫いてゆく。ただ気に食わないからばかりでなく、勇の因縁の分も含めて、確と二撃で。
「なあ、手前様が死ぬまであと何秒だ? 正確に測ってみな!」
「く……っ」
 血潮に濡れるルクルトは後方へ跳ぼうとした。
 が、そこへジョーイが刺突。冷気を撃って足元を固めてゆく。
「今だ勇の字ィ! しっかりケジメ付けとけ!」
「虎丸さん」
 最中も視線を送る。皆も声をかけて、送り出す。
 ──きっとあの人も、それを望んでいますよ。
 しずくのその声にも応えるように、勇はエリィと共に奔った。エリィが突撃しルクルトがぐらついたところへ、勇は混沌の刃を振るう。
「静流への思いで研いだ刃だ。砕け散れ」
 一点へ注がれる衝撃。
 意志も力も、全てを込めた『崩剣』はルクルトの心臓を違わず貫いて、その全身を粉々に砕いていった。

「虎丸さん! エリィさん! 大丈夫ですか! お怪我はないですかっ!?」
 ぱたぱたと駆け寄った環は、瞳に心配の色を浮かべていた。
 勇は心配ないと頷きを返す。そして敵が散った跡を見ていた。
 そんな勇に竜人は口を開く。
「気は済んだかい?」
 摩琴もそこへ歩み寄り声をかけていた。「決着した?」と。
 勇はそっと、うん、と応えた。
 その何でもない道角は、親友への思いの残る場でもある。
 ──終わったよ、静流。見ててくれた?
 ──ほら、私にはこんなに頼もしい仲間がいる。
 心に思って皆を見回す。
「ありがとう、皆」
「ええ……お疲れ様でした」
 最中は万感込めて一言だけ返した。
 しずくは寄り添って優しい声をかける。
「お友達も、ありがとうって言ってると思います」
「……そう、かな」
 だといいけれど、と勇は呟いた。
 悔いが残らない、なんてことはないのだろう。それでもしずくは続ける。
「どうしたって取り戻せないものがあるのは悔しいけど……わたしはあなたを守れてよかったです」
「……うん」
 勇はそれに少しだけ柔らかい表情を返した。もう一度ありがとう、と言って。
 最中はそんな勇を少し離れて見守る。
 傷は癒えないだろう──けれど彼女が大切な人を思い出す時、それが笑顔であれば良い、とそう願って。
 勇は暫くそのままでいた。
 風が少し涼しくて。けれどまた固くナイフを握りしめる。
(「これで終わりじゃないんだ」)
 今倒すべき敵を倒した。だからこそ歩みを止めず、まだ進まなきゃならない。
 この刃をまた振るうことになるだろう。だから勇は、心の中で親友に声をかけて──その場から踵を返した。

作者:崎田航輝 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年1月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。