新しい門出、今日という儚い青春

作者:ほむらもやし

●唐津市鏡山、新成人イベント会場
「地球の皆様。本日はあなた達の生命をもってのご喜捨、心よりお礼申し上げますぅ」
「おおおっ——がばい可愛か。どこのアイドルね!」
 歓声が沸き起こったのは一瞬、数秒後には、血の滴る巨大な鎌を担いだ、ゴスロリ風の少女が人混みの真ん中に立っていた。
「あなた達の血の赤、とっても綺麗ですのぉ」
 突然の出来事に動転していた新成人がたちが我に返る。ついさっきまで歓談していた人たちの代わりに切断された人体部位が転がっていて、太陽の光に照らされた臓物や肉片が血の赤を照り返して敷き詰められた石榴石の如くにきらきらと輝いている。
「こげんでかか少女がおっわけなか、デウスエクスだ! 逃げろぉ!」
「ひっひいいっ、助けてぇ!!」
「だめじゃない。逃げ出しちゃあ。定命の者は必ず死ぬの、だから今がそのときなの」
 エインヘリアルは嬉々として笑いながら、ハレの日に集った新成人を追い回し、楽しみながら切り刻んでゆく。

●ヘリポートにて
「新成人を祝うイベントがエインヘリアルに襲われる。至急の対応をお願いしたい」
 コギトエルゴスムの刑を受けていたエインヘリアルが、また、性懲りも無く侵略の尖兵として解き放たれたと、ケンジ・サルヴァトーレ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0076)は告げた。
 赤と黒を基調としたゴスロリ風のドレスを身に纏い巨大な鎌を振り回し、嬉々として人殺しを楽しむ。
 その嫌悪すべき嗜好を花開かせるだけで、人々に恐怖や憎悪をもたらす。それはやがて地球で活動するエインヘリアルの定命化に猶予を与える事ににも繋がるだろう。
「諸君の到着と襲撃はほぼ同時になる。現場は佐賀県唐津市の鏡山。山頂付近に整備された公園ということもあり警察が到着するまでに時間がかかる。初動での避難誘導の協力は得られないからそのつもりで。速やかに戦闘と避難の支援を開始して欲しい」
 エインヘリアルの名はロージー・レゾンデートル。1人のみで配下や眷属など、味方をする戦力は存在しない。
「近くに神社があるから、ここを避難場所として誘導すれば、よほど大きなミスでもなければ、戦闘中の安全は確保できるだろう。ただ、好き勝手な避難させれば、我先に逃げようとする者の車が人を撥ねたり、別の犠牲者が出てしまうから、落ち着いて徒歩で神社に向かわせることが大事だ」
「ロージーはただ楽しむために殺したがっている。必ず出現前に間に合うように到着させるから、諸君の力で確実に斃して欲しい」
 自分の身を守ることもできない、か弱き人々を理不尽な虐殺から守ることが出来るのは、今、これを見ているあなた方ケルベロスだけだ。


参加者
貴石・連(砂礫降る・e01343)
神宮時・あお(綴れぬ森の少女・e04014)
空鳴・無月(宵星の蒼・e04245)
バジル・ハーバルガーデン(薔薇庭園の守り人・e05462)
マリアン・バディオーリ(蓮華草の花言葉・e62567)
 

■リプレイ

●鏡山公園
「ロージーだっけ? その名前、覚えておいてあげるよ。この何分かだけはねー」
 貴石・連(砂礫降る・e01343)がいきなり言い返して来たので、ロージーを名乗るエインヘリアルはとても驚いてポカンと口を開けたまま、瞬きを繰り返している。
「ええっ、その間はなんなの、もしかして、びっくりして声もでないの?」
「あーはっはっはっ。なんだか待ち侘びていたって感じよねぇ。どういうことなのか、詳しく説明してくれないかしらぁ?」
 なおも続く、挑発の言葉に、ハッと我に戻ったロージーはわざとらしく舌を出して笑んだ。
「詳しく……ね。何分かで話せる内容じゃないけど……」
 連が喋りかけた所で、空鳴・無月(宵星の蒼・e04245)が淡々と語り始める。
「……今日は、20歳を迎えた人たちが、大人の仲間入りをする、大事な日……。あなたは違う、邪魔をしてはいけない……」
「わかったわぁ、わかったから、もうやめなさいよぉ。で——」
 お祭り気分の新成人が集まる中に、血を見るのが大好きなエインヘリアルが現れるという困難な状況であったが、ひとまずは流血の惨事は食い止めた。
 すぐに攻撃を仕掛けることも出来るが、余波が周囲に及ぶことを警戒して、神宮時・あお(綴れぬ森の少女・e04014)は、月に輝く夜香花——を砲撃形態と変えるに留めた。
「大丈夫ですよ、僕達はケルベロスです。貴方達の無事は必ず保障します」
「皆様には落ち着いて、徒歩での避難をお願い致します」
 バジル・ハーバルガーデン(薔薇庭園の守り人・e05462)やマリアン・バディオーリ(蓮華草の花言葉・e62567)は避難を呼びかける。
 異変に気がついて避難を開始した、新成人たちを守る様に、自分と敵の射線が向かう先を意識して、立ち位置を見定め、不意に戦闘が始まった場合にも備えつつ、神社の方へ向かうよう、繰り返す。
 マリオン・オウィディウス(響拳・e15881)とペスカトーレ・カレッティエッラ(一竿風月・e62528)にとって、何よりも優先させたいのは民間人の無事だ。
「ケルベロスです。新成人の皆さんは、あわてず騒がず神社へ避難して下さい——」
「車両による避難は、とっても危険だヨ、皆、神社に避難してネー」
 犠牲者を出さないには新成人たちとエインヘリアルの物理的な距離を広げて、さらに視界に入らないようにする必要がある。また避難の途中で事故が起こってもいけない。
「——ねぇ。どうして何の得もしないのに、あんな連中を助けたいなんて思うの?」
 当然避難の支援をすれば、人命尊重の意思は露見する。拡声器まで使えばなおさらよく聞こえる。
 いくら避難に細心の注意を払っても、避難者の距離が近いうちに戦いを仕掛ければその余波で殺傷してしまうかも知れないし、そうでなくとも敵が悪戯気分で殺害に及ぶかも知れない。誰もがその危険性を認識するから時間を稼ごうと知恵を絞るが、一秒でも早く新成人たちが避難を終えることを心の中で願うのは皆同じようなものだった。
「この国の、人間の寿命は、80年か、90年か、……しっかり生き抜いてから……」
「つまりぃ、同じ死ぬのでも、あたしに殺されるのは残酷でぇ、充分に生きた後なら死ぬのは残酷じゃないってことかしらぁ?」
「そんなめんどくさいこと言ってないわよ。ちょうどあたしも新成人。そのお祝いを惨劇で塗り潰そうとするなんて許せない。ここにいる誰一人にも、髪の毛一筋の傷も付けさせないよ!」
「あはは、まったくその通りよねぇ、そういうことなら、ぜひあなた方と殺し合いたいわぁ」
 そう、ロージーの望みは楽しむ為に殺すこと。
 あなた方ケルベロスやその人生に興味を抱くほど、また生に特別な拘りを持つほど、それを刈り取りたいという欲求がロージーの中で強くなる。

●戦いの定め
 現実と妄想の境目を曖昧にさせる風が景色を歪めて見せる。あおも連も果敢に仕掛けていたが、なかなか痛打には繋がらなかった。催眠に囚われた無月の中で膨れ上がる殺気に気がついて、バジルは収穫形態と化した攻性植物から聖なる光を放つ。
「黄金の果実よ、その奇跡の豊穣を以って、かの者に奇跡の力を与えよ!」
 次の瞬間、連を殺さなければという思いに突き動かされそうになっていた、無月は横に一歩踏み込んだ足の向きを変えて、ロージーの方に満点の星空を湛えたが如き重鎗——星天鎗アザヤを向けた。
「足元……注意……。……もう遅いけど」
 言葉と前後して、雨後のキノコかタケノコの如くに突き上がって来る沢山の槍がロージーを切り裂いて、真っ赤な血を噴き上がらせる。
「うそ? 笑っているヨ。気味が悪いネ……」
 ロージーが自分の血の赤を塗り広げて恍惚とする様に悪寒を覚えつつ、ペスカトーレは手の内にあるルアーをカモメ型に変えて腕の一振りで投げ放つ。
「暴風警報! 嵐が来るぞー!」
 風が逆巻く。カモメルアーは複雑な飛行の軌跡を描きながらロージーに迫る。それは瞬く間に嵐の如くに変わり、飲み込んだロージーをその魔力で苛んだ。
 なおも笑うロージー。けれどもダメージは刻みつけた。
 一生懸命呼びかけた甲斐もあって、車で逃げようとした新成人はひとりも居らず、全員が神社に避難した。今はあなた方ケルベロスの勝利を信じて、おみくじを引いたりナンパをしたり、気ままに過ごしている。
「ハレの日の迷惑はご法度ですよ。式の途中で呼ばれてもいないのに壇上に上がりたがる勘違いした輩じゃあるまいし——」
 守りを重視するマリオンの作り出した、疑似肉体が傷を塞ぎ、さらには悪意に抗う加護をもたらす。
 ロージーの攻撃に伴う催眠に惑わされて、味方を傷つけなければいけない気持ちに陥る者も少なくなかったが、確りと踏み留まり同士討ちは一度も起こっていない。それは充分な対策と、互いに実力を認め合える仲間への信頼から来ているのかも知れない。

「これならどうかしら?」
 長物は、懐に入られると途端に不利になる。そこが自分の間合いだと連は信じて極限までロージーに接近する。そして真っ直ぐに拳を突き出した。直後、それを軽く弾いて避けようとロージーが無造作に振るった大鎌の石突きの狙いが逸れて連の頬を掠め、拳は黒と赤のフリルを引き裂いて、細い身体にめり込んだ。
「あたしから奪ったもの、そろそろ返してもらうよ」
 拳に力を込めて、命を啜り取る声に続いて、マリアンが精製し、撃ち放った時空凍結弾が突き刺さり、噴き上がる極寒の凍気が時を止めるが如きに熱を奪い去る。
 間髪を入れずに、あおも灼熱の色に輝く巨大なドラゴンの幻影を放つ。
 しかしロージーは無駄のない動きで地を蹴ると、鎌刃の一振りで幻影を霧散させて、小さく微笑んだ。
 次の瞬間、ロージーが生み出した黒い影に包み込まれるあお。墨汁を溶かした水の中に沈められたような闇の中、痛みは全く感じなかったが、一番思い出したくない記憶が形を為して襲いかかってくる。
 端から見れば、周りより少し暗い魔法の影の中で、見えない何かを止めようとしている様に見えるが、何を恐れて、何をしようとしているかは、あお自身にしか分からないことだ。
「大丈夫ですよ。僕が助けますから——」
 まだうまく声を出せない、あおがとても嫌な思いをしているように見えた。だからバジルはすぐに駆け寄りウィッチオペレーションを発動する。魔術切開とショック打撃による最強の治療。それでもトラウマを完全に消し去ることは出来なかったが、あおはありがとうと、消え入るような声で告げ、少し切なげに目を細めた。
 再びロージーとの間合いを詰めた無月は青白い稲妻を帯びた突きを繰り出す。星を湛える刃から迸る稲妻が樹枝状に広がりながら、ロージーの体表で一層強く煌めく火花を散らしながら爆発し、衣装に施されていた美しいリボンやフリルの数々を焼け焦げた残骸へと変えて行く。
 束の間、戦いを楽しんでいたロージーの目が、破滅の予感に切なげに細められたような気がした。
 直後、それが幻であったかのように、ペスカトーレの放った凍結光線を避けると、続けて、ミミック『田吾作』のばらまく黄金色の輝きを軽々と飛び越える。
「ご心配なく。まだまだ終わらないわよぉ」
「傷ついたとはいえ、侮れません」
 足止めを充分に被せた筈なのに、連続して攻撃を躱したロージーを見て、マリオンはさらにボディヒーリングを発動して前衛の守りをさらに固めた。

 巧みな身のこなしに追随してロージーのスカートの裾が複雑な曲線を描き、同時に風が渦を巻くようにして吹き抜けた。直後、攻撃を察知して食い止めようとした、無月の脇をすり抜けた、赤い鎌刃の輝きが連の脇腹の肉をごっそりと抉り取った。
「かはっ……、あたしだって、成人のイベントに参加するんだから」
 深く抉られた傷口から、こぼれ落ちそうなものを両手で押さえながら、うずくまる連。
 壮絶な苦痛に目の前が真っ赤に染まる。すぐに駆けつけたバジルが癒やしてくれて傷口は塞がったものの、身体に全く力が入らず、もはや仲間の勝利を信じる以外には、何も出来ないと気がついた。
 状況は優勢なのにどうして倒せない。足止めは充分に重ねた、他にも少々重ねていたし、守りにも万全を期しているはず。なのに未だ倒せないでいるのは運が悪いのだろうか。
「なかなかしぶといネ。でも、いつまで頑張れるかナ?」
 永遠に続く幸運など無い。良い思いをしたツケは後から払わないといけないものだ、そう信じてペスカトーレはアーム土フォートの主砲を一斉射。瞬間、ロージーは爆炎に包まれて、少し遅れて大気を揺さぶられたように感じる程の爆音が轟いた。
 ロージーは苦痛の声こそ上げなかったが、その身なりは誰の目にもボロボロに見えた。
「今日という日を、楽しみになさっていた人たちを、助けると心に決めていました」
 一生に一度しかない、おめでたい門出の日を血塗ろうなど、見過ごせるはずもない。マリアンはローラーダッシュの火花を散らしながら間合いを詰め、静かな怒りを込めて、燃え上がる火花を帯びた蹴りを叩きつけた。
 燃え上がる炎と共にロージーの身体が揺らぐ様が見えた。直後、ロージーは頭から地面に叩きつけられる。
 どんな敵であっても、時間制限がなく、ダメージを積み重ね続けられるのなら、此方が先に倒れない限り必ず倒すことができる。これが揺らぐことのない事実だ。
(「……今、倒して、しまいたい、です」)
 頭のなかで呟きながら、あおは掌を前に突き出すと、巨大なドラゴンの幻影を放つ。透けて光り輝くようなドラゴンの巨躯は大きく翼を広げて、そしてロージーを目がけて突っ込んで行く。
 太陽の如き閃光が爆ぜて、風景が灼熱の真白で埋め尽くされる。上も下も無い空間の中で灰を散らしながら急速に小さくなって行くロージーの身体。そこを目がけて、無月が星形のオーラを蹴り込めば、星のオーラはその突起部でロージーの身体をバラバラに引き裂いて、粉々にして消滅させてしまった。
「ん、壊れた……」
「みたいだネ。でも、本当に大変な敵だったと思うヨ」
 最期の呆気なさに意外という表情を見せる無月に、構えていたバスターライフルの銃口を下げたペスカトーレが表情を緩めながら応じ、数秒の間の後、殆ど同時に2人で顔を見合わせて頷き合った。
 かくして戦いはケルベロスたちの勝利に終わり、民間人からは、ただ一人の負傷者も出すことはなかった。

●守られた成人の日
 激しい戦いに荒廃した公園は、マリアンやバジル、あおが中心となって、丁寧にヒールを掛けてた甲斐もあって、すっかり元のように戻った。
(「……これで、もう、大丈夫、でしょう、か……」)
 新成人たちが戻ってきて、記念写真を撮ったり、新しい門出を祝うのだから、せめて綺麗に戦いの痕跡ぐらいは見えないようにするつもりだったが、心がけの賜か、元よりも美しくなったようになったかも知れない。
 すっかり元気になった連が、白いケルベロスコートを纏って戻ってくる。
 実は、今年3月に20歳の誕生日を迎える連も、今年の新成人の対象である。
「おめでとう、連、わたしは、来年かな……」
 兎に角、大切な記念日が台無しにならなくて良かったと、目を細める無月も2ヶ月後の5月に20歳を迎える。
「成人式……無事に再開するそうです、本当によろしゅうございました」
 神社のほうに子細を知らせてきたマリアンが心底嬉しそうに告げると、連も無月も穏やかに微笑んだ。
 そんなタイミングで、海の方からの風が吹いてきて、マリアンの白い髪を揺らす。
 ふと見れば、海を見つめる松浦佐用姫の銅像が見えた。
「心とは不可解なものです」
 七日七晩泣きはらした末に石に変わったという、万葉の昔から継がれる言い伝えに思いを巡らせて、マリオンは像を見上げると、首を傾げた。
「僕も不思議だと思います」
 思いがけない応えに振り向けば、後ろからバジルが像を見上げるバジルの姿が見えた。
「それじゃ、あたしも混ざってくるね」
 戦いの最中に倒れることとはなったが、同じ年に生まれたケルベロスとして、全力を尽くした話はきっとハレの日を迎えた者たちの心にも残るだろう。
「一生に1回だけか。ボクも体験しておけば良かったかナ?」
 続々と広場に戻ってくる新成人たちの楽しげな様子を間近に見て、ペスカトーレは少し複雑な気持ちになった。別に特別な感情があったわけではなくて、成人式に呼ばれていたことを忘れていただけに。
 戦いの最中には意識もしなかった海からの風は、やはり冷たかったけれど、陽射しの暖かさは冬とは思えない程に優しいような気がした。
 それは新成人を迎えた全ての人たちの前途と未来への決意を祝福しているようだった。

作者:ほむらもやし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年1月24日
難度:普通
参加:7人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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