雪灯

作者:東間

●もう一度
 たっぷりの水を湛えた池は真っ白な大地に。じっと冬を耐える木々や草は、触れれば崩れそうな白を被り、砂利の道も──点々と横切る小さな足跡は、逞しく生きる野良猫のものだろうか。
 朱色の欄干や灯篭はこんもりとした白い帽子を被ったようなそこは、歴史ある寺院の日本庭園。池の周りをぐるりと廻りながら、手入れの行き届いた庭園を見て歩くひとときは実に風情があって、と評判だ。
 そんな日本庭園の奥、ぽつ、ぽつと木が生えているそこに、ぽっこりとした白い長方形があった。雪をかき分けやって来た小型ダモクレスは『価値あるものがそこにある』と気付いたらしい。その割に、ゴツンッと体当たりをしたが。
 衝撃でぱさっと落ちた雪の下から出てきたのは、使い捨てカメラだった。
 小型ダモクレスは表面に走る亀裂から内部へと侵入し、使い捨てカメラを機械的ヒールで作り変えていく。そうして新たな生を得た使い捨てカメラは、黒く硬質な四肢を確認するように見て──。
『……!』
 イェーイ! なポーズでピースサインを決め、パシャッ、と光を弾かせた。

●雪灯
 青空広がる日にはその白を輝かせ、曇りの日には雅な雰囲気が増す。どんな天気でもその魅力を放つ日本庭園は、冬であっても解放中は常に誰かが居る。つまり、愛されている人気スポットなのだ。
「そこにダモクレスの気配があるんじゃ、台無しだね」
 でも、事前にわかって良かった。
 鉄・冬真(雪狼・e23499)の呟きに、ラシード・ファルカ(赫月のヘリオライダー・en0118)が君のお陰さと恭しく礼をしてから、悪戯っぽく笑った。
 ダモクレスとなった使い捨てカメラがいるのは、一般客に解放されているエリアの外。そこから更に奥、という、場所が場所だけに一般客は決して足を踏み入れず、寺院関係者も余程の事がなければ訪れない。そんな場所だ。
「夜の庭園ではあるけれど、現場にはあまり木が植わってない印象だったし、戦闘の支障になるものは無──……あー、いや、ある。だけど、そう大したものじゃないものが」
 首を傾げた壱条・継吾(土蔵篭り・en0279)の視線に、冬真も何だろうと視線を返した。
 ラシード曰く、ダモクレス化した使い捨てカメラは学ラン姿の男子生徒風。全身真っ黒なので、雪景色の中ではひどく目立つだろうその風貌。何と、顔面丸ごとフラッシュライトになっているらしい。
「その顔面フラッシュライトが常に作動しているんだよ。攻撃グラビティじゃないからダメージは無いし、モデルの撮影なんかで使われる照明と比べれば暗い方。人によっては、若干煩わしいかな?」
「……それは、また。言葉通りの……」
「サングラスがあると楽でしょうか……?」
 そんなダモクレス。見た目に似合いの、テンション高めの動きで攻撃を繰り出してくるらしい。命中精度は高く、時として大きな一撃を放つかもしれないが、ケルベロス達が一丸となって挑めば大丈夫だろう。
「あと、庭園内がライトアップされてはいるんだけど、現場はライトアップの対象外エリアだからいくつか光源を用意しておくと楽かな」
 ダモクレスのフラッシュライトビームが常に作動しているとはいえ、一直線にしか作用しないしね。笑ったラシードの台詞に冬真は漆黒の目を瞬かせる。ライトアップ。確かにそう言っていた。
 表情に気付いた男が、「あ」という顔をした後、これも大事な情報だったとタブレット画面を操作し、見せてきた。
 目に飛び込んだ色彩は、夜空の黒と対をなすような黄金色。豪奢で真っ白な雪化粧を纏った純和風の庭園が、芯まで冷えそうな冬の夜だという事を忘れそうな色に染まり、輝いていた。
「終わったら楽しんでおいで。当日は朝からずっと雪が降っているから、夜でも綺麗な雪化粧をしている筈だよ」
「そうですね。……ダモクレスを倒して、あの温かな場所を、守ろう」
 常に新鮮な純白纏う庭園を黄金色が照らし、輝かせる。
 先程見た画像を思い浮かべた冬真の瞳に、決意が浮かんでいた。


参加者
春日・いぶき(遊具箱・e00678)
アジサイ・フォルドレイズ(絶望請負人・e02470)
御影・有理(灯影・e14635)
御堂・蓮(刃風の蔭鬼・e16724)
幸・公明(廃鐵・e20260)
斑鳩・朝樹(時つ鳥・e23026)
鉄・冬真(雪狼・e23499)
アベル・ヴィリバルト(根無しの噺・e36140)

■リプレイ

●ひかり灯して
 風情溢れる庭園の中心部から遠く離れた、暗く静かな隅っこで、一直線に伸びる眩い光だけがひゅんひゅん踊っていた。そこを訪れた複数の足音。ハッと振り返ったのは光の主である『学生』で。
「……何でこんなところにカメラが落ちてるんだ……」
「わぁーフレッシュだなぁ。観光に来た学生さんの落とし物……だったり?」
「……成る程」
 今年で三十路に突入するからか、どこか学生風ダモクレスを眩しそうに見た幸・公明(廃鐵・e20260)と、公明の推理にふむと頷いたアジサイ・フォルドレイズ(絶望請負人・e02470)の姿。
 使い捨てカメラ。場所。テンションが上がり過ぎてポーンと放ってしまったのかもしれないが、真実は雪の彼方、闇の向こう。
 ゴミ拾いならぬダモクレス退治という掃除をすべく、アジサイはおもむろにサングラスを取り出し装着した。そしてライティングボールをいくつか転がせば、スチャッとサングラスを掛けた公明を始めとするケルベロス達(サングラス仕様)の姿が照らされる。
 サーヴァントも例外ではない。オルトロスの空木はフラッシュ対策のゴーグルを着けており、同じくゴーグルを着けた御堂・蓮(刃風の蔭鬼・e16724)は空木をチラ──と見て即、敵を見る。その表情筋は、ほんの一瞬だけ極々僅かにピクッとしていた。
(「写真のフラッシュ、苦手なんだよな……切った瞬間、目を閉じるなという方が無理がある」)
 そして『学生』は、なぜか腕を曲げて両肘を体にくっつけたり離したりとワキワキさせていた。事前に聞いていた通りの動きに、アベル・ヴィリバルト(根無しの噺・e36140)は口の端を緩く上げる。
「動きが煩いねぇ。一周回って面白そうだが、後を考えればさっさと終わらせるが最適だな」
 『学生』のフラッシュライトビームが一般人を捉えれば、間違いなく悲劇が起きてしまう。使い捨てカメラのようにゴミが落ちていないか気になったアジサイだが、まずはと手にした『黒砕』を輝かせた。
「さくっと終わらせよう」
「何れ降り積む真白が雪ぐとも、聖地を血紅で穢す不遜は看過できませんね」
 振り下ろした一撃は巨岩を思わす程に重く、『学生』がケンケンするように左右へふらついたそこを斑鳩・朝樹(時つ鳥・e23026)の放ったオーラの弾丸が喰らい付く。
「勝手な撮影は困りますね。許可、取って頂けます?」
 許可する、とは言っていないけれど。
『──!』
 衝撃で仰け反った『学生』がそのままバク転し、スタッと着地した様は体操選手の真似事のよう。ただし夜空に向けた両の掌はパカッと開き、そこからポポポポーンとフィルムケースミサイルを撃ち出した。
 ミサイルは前衛、中衛を抜け──後衛へ。だが冬真と空木が真っ白な雪を派手に巻き上げ、守る。
「冬真!」
「大丈夫、心配いらないよ」
 御影・有理(灯影・e14635)の悲鳴にも近い声へ鉄・冬真(雪狼・e23499)は微笑みかける。漆黒の目が『学生』へ向いた時にはもう、そこにあるのは常の無表情。
「回復は任せてください。精一杯癒しますから」
「俺もお手伝いしますよ」
 柔く笑んだ春日・いぶき(遊具箱・e00678)と公明に冬真と有理は頷き返し、共に真っ白な大地を蹴った。煌めく2つの流星は『学生』の胴へ深く見舞われ、2人が飛び退いた直後を星形のファンキーなサングラスを掛けた箱竜・リムのブレスが襲う。
 『学生』は体中をパタパタ叩き慌て──その視界に、淡色の炎を見る。
「雪の映える空間、写真を撮りたくなるものですよね、分かります。分かりますけど、人様を巻き込んではいけません。残念ですが、お引取り頂きましょう」
 いぶきはアベルが描いた守りの星座と、壱条・継吾(土蔵篭り・en0279)の起こした血桜の向こうに佇む『学生』に、ねえ? と笑いかけた。
 指先の温度思わす神聖な炎は禍に打ち勝つ力となって後衛を包み、煌めき踊る癒しの上を空木が駆ける。神剣が鮮やかに閃いてすぐに蓮の御業が『学生』を捕らえ、
「やっぱりハコさんも……は、すみません要りませんよね分かります」
 リムや空木と違いミミックであるハコはいつも通り。七色の牙をガチガチ鳴らした後、紙兵舞う中を猛スピードで走り『学生』に噛み付いていた。
 『学生』がぴょんぴょん飛び跳ねる。腕を振り回す度に顔面の光は四方八方へ伸び、真正面から照らされたアジサイの影が色濃く地面に落ちた。
「……情報通りダメージは無いがどうにも邪魔だな。何というか……」
「はしゃぎすぎる修学旅行生のようなダモクレスさんですね」
「それだ」
 いぶきの炎が再び後衛を包む中、神斧を手にした姿は天高くへと。跳躍から降下。一気に落ちてきたその勢いに、『学生』が地面に沈むと同時に雪が水柱の如く弾け飛んだ。

●白雪の向こうへ
 刃や鋼の、または爆ぜる音が響いては雪が舞い、地を蹴れば古いものと真新しいもの両方が混じった雪が跳ねるように踊る。
 時間が経つにつれ真っ白だった雪には土や草が交じり、体は冷えを感じない程に熱を持っていた。吐く息は白く、呼吸する度にひんやりとした夜気が心地良い。
 地面を覆う雪や覚える寒さが少しずつ変わるように、『学生』の様子も変化していた。
 にやり笑んだアベルが雪の中から石を拾い上げた。そう見えた次の瞬間にはもう石は放たれて、『学生』の腕を砕く弾丸と化す。手加減という言葉はアベルには無く、序盤で刻まれた亀裂を起点に腕の表面パーツが大きく砕け散った。
 腕だけではない。胴や足にも、浄化効果のあるヒールグラビティ等でなければ癒せない傷跡が残っていた。
 ──だが、動きがうるさいのは相変わらず。
 両手で標的をビシッと指差してから、派手な光が弾け、偽りのシャッター音が刻まれて。人差し指と中指を揃え、敬礼するようにピッピッと動かしてから、フィルム状のブレードで斬りかかってくる。
 そして再びのフィルムケースミサイル。これ知らない子いるんだろうなぁとジェネレーションギャップを秘めつつ、降り注ぐそれから空木と共に仲間を守った公明の耳に、もしや、という呟きが届く。
「斑鳩さん、どうしました?」
「攻撃する時に見せるあの姦しい動きなんですが──挨拶のようですね」
 戦闘前、攻撃時の挙動。台詞を当てはめるなら、「チッス! 今からやっちゃいまーす!」な戦闘型ウェイ系だろうか。そしてそこには、常にぴかぴかぺかぺかフラッシュライトビームが付いてくる。
 敵の挙動を気に掛けていた朝樹の言葉に、ああ、と誰かが納得の声を零し──盾の1人であるが故に、中衛や後衛と比べ正面から照らされていた蓮の唇が動く。
「くれてやる」
 低く呟いた瞬間、『学生』の体がガクンと崩れた。影から現れた鬼の手は『学生』の体に食い込んでいき、傷んでいたボディを空木の起こした瘴気が包む。
 手足をバタつかせる『学生』の顔は上下左右斜め上斜め下と向いて、忙しない。数回照らされたいぶきは、ただ光っているだけの顔に笑顔で溜息をついた。厚い癒しで仲間を支え続けてきたが──もう、大丈夫。
「写真が撮れるなら思い出を残してもらいたかったところですけど、残念です」
「持ち主のもとへ帰せないのは残念ですが、ええ、望まぬ務めもまたお辛いでしょうから……まぶしっ!?」
 受けた角度が悪かったのか、公明が悲鳴を上げ、『学生』がダブルピース。だが。
「静かに雪を楽しむ情緒を感じられるようになってから出直して頂くとしましょう」
 『phantasia』の刃が荒れ狂う波のように変わり、ひゅ、と閃いては『学生』を斬り刻み、公明が奔らせた9本の光芒が視認されるより早く貫いた。
 大小様々な破片がケルベロス達の用意した照明に照らされ、きらきら輝く。雪の煌めきと比べあまりにも鋭い、その向こう。朝樹が溢れさせたのは薄紅の羽と鳥聲。
「絵画へ入り込んだかのような情景の只中ですが、どうにも姦し過ぎますね。静謐なる宵へ、薄明の如き白の世界へ、還しましょう」
 夜明け鳥の歌が『学生』を呑んだ後、影を這い、影を縫う黒に気付いた時はもう遅い。黒い針が音も立てずに仕事を成した後だから。
「──さぁ、終いの時間だぜ」
 アベルの手によって『学生』の動きは鈍り、歪な音を響かせる。
 その音は思わず顔を顰めるものかもしれないが、冬真と視線交えた有理は微笑みあった。掌から現した幻影竜が哀歌を響かせれば、リムもファンキーサングラスを煌めかせながら突撃する。
 サングラスをクイックイッとさせるリムに冬真は一瞬表情を和らげて。
「……楽しそうな所悪いけれど、放っておく訳にもいかないからね」
 『学生』に肉薄し、眩しい顔面へと黒塗りの短刀を突き立てた。パキッと小さな音の直後、顔面の硝子部分が砕け散り、眩しさは大幅減。
「助かった、冬真」
 『学生』の動きを極限まで『捉えた』アジサイの一撃が静寂の中繰り出されれば、『二度目』を得た使い捨てカメラが、二度目の終わりを迎える。

「お疲れさま、寒くないかな?」
「お疲れ様、冬真。私もリムも大丈夫だよ」
 大判ストールの中へ一緒に抱き寄せられたリムが、掛けていたファンキーサングラスをカシャッと上げる。
 朝樹は和やかな空気に水をささぬよう、ひとときとはいえ騒がしくした非礼を詫びようと、寺院方へ向けて密かに一礼を。
 そして、動き回った事で足元の雪は乱れてはいたが、降り続く雪がまた綺麗に整えてくれるだろう。大きく抉れた土の部分は幸い手で整えられる範囲で済み、周囲の木々にも大きな被害は無い。
 戦闘中、周りを気に掛けていたアジサイはサングラスを懐へしまい、同様にしていたいぶきも静かに笑みながら、後方を振り返る。暗闇の中に灯る輝きが、零れ見えていた。

●雪灯
 庭園を彩る清らかな白雪と、白雪を染める黄金の輝き。
 真冬の今だからこその景色は、雪と同じくらいしんと澄んだ空気も相まって四季を感じさせるが、庭園をふらり楽しんだいぶきは早々に帰る事にした。
 1人で歩くのを、味気ないと感じるようになってしまった──けれど。
「ふふ」
 歩いた場所の写真を見ながら、今度はきっと2人でと思い馳せるのは、わくわくする。
 2人で歩いたなら、その時はどんな心地になるだろう。

 互いに相手を労った後、雪化粧纏う庭に紫陽花が透かし咲く。
 アベルの差した和傘の下に手招かれ、フィーラはマフラーに顔を埋めながら歩く。初めての日本庭園は白雪を纏って美しく、そして初めてだからこそ視線はきょろきょろ、あちこちへ。
「とても、さむいけど。雪景色、とてもきれい。きちんと手入れするの、たいへんそう。きれいな景色、みせてくれて、かんしゃしなきゃ」
「綺麗だな」
 素直に感想を口にしたアベルはゆるり景色を眺め、楽しんで。そしてフィーラから視線は逸らさない。
「池にこいは、いるのだろうか。さむそう。小さな、あしあと。ねこかなにか、いるのかな」
「……いるかもな?」
 ぽつぽつ零れていく言葉達は『気になった事』なのだろう。それらを拾ったアベルの目は細められ、微笑まし気に返す楽しさを映すように笑む。その指先がフィーラの髪をそっと浚った。
「この景色で見るお前さんの髪は花みたいだな。雪化粧の中に咲く鮮やかな」
 得した。小さく口許弛めれば、手の暖かさにフィーラも目を細める。
「ありがとう。フィーラのかみが、花なら、アベルのかみは、夜みたいにきれい、ね」
「此の白銀の世界で夜とは光栄なこって」
 囁きに返す音の色は戯れ。けれどそれは柔らかく嬉しそうに、白雪に融ける。

「壱条さん、ちょっとそこでナウい感じのポーズをぜひ」
「ナウい……ナウい……あ、こうでしょうか」
 公明のリクエストで継吾が選んだのは、ゲームで知ったという『首を痛めたポーズ』。シャッと飛び込んだハコも加われば、使い捨てカメラが収めた2人はライトに照らされ、雰囲気抜群。
「おー、ラスボスみたいですね!」
「では、最終戦BGMはこの庭に合う荘厳な曲で……」
 思い出作りの一環としてもう1つ勧めたかったが故の記念撮影。公明の密かな営業はバッチリ効を成したようで、魔王ハコ様を思い描く継吾の表情はかすかに綻んでいた。
 この会話も、写真も、冬の庭園を1人ではなく誰かと眺めた証のひとつ。公明は白い息をはふ、と吐いて笑う。
「……どうでした? 金色の雪の世界」
「……『不思議』、ですね。静かで、寒くて、冷たい筈なんですが」
 春は未だ。けれど広がる風景と色彩に覚えるものは、眩いだけではないあたたかさ。

「うふふー自撮り棒を買ってきました! リア充もすなるセルフィーというものをわたくしもしてみんとてするなり、よ!」
「お、自撮りか。邪魔にならんところで撮ろう」
 撮影場所は、フォトジェニックかつ邪魔にならないポイントで。
 明子は自撮り棒にカメラをセットし、アジサイと寄り添いイェーイ! なポーズ──を取ったまま固まった。
「……えーと……カメラモードの切り替えが分かんないのよね……」
「……なに?」
「説明書も置いてきちゃった。アジサイ、分かる?」
「まぁまぁ、何とかなるさ……」
 庭園を満たす静寂にシーン、が重なる事、数秒。やはり駄目でした。
「何よこんなもの!」
「仕方がない」
 アジサイは折角なのでと買っておいたインスタントカメラを出し、自撮り棒をしまった明子に寄り添い、片腕を伸ばす。フラッシュの決まりを守って、まずはカシャッと1枚。先程のカメラと違い、撮ったものをすぐ確認とは出来ず不安はあるものの。
「現像を待つ楽しみってのもあるんだな。中々におつなもんだ」
「ちゃんと写ってると良いわねえ」

 温かな時間を過ごす様が見えれば、幸せのお裾分けを貰った心地。
 穏やかに笑んだ朝樹は月野原のように輝く雪庭を歩き、屈み込む。作った2つの雪兎は己と片割れの分。この雪兎のように、片割れと仲睦まじく在った日々は、かつて一度も無いけれど──。
(「此の、月の揺り籠で眠るような夢の如き景色の中なら……有り得ない過去も未来も夢見るくらいは、御仏も許して下さるでしょうか」)
 ふいに、音も立てずさやかに吹いた風が、兎の耳に見立てた葉を揺らした。
 月野原で楽しく跳ねる兎が目の前に映ったよう。
 朝樹の胸にも、雪で凍える指先にも、仄かな灯りが燈った想い。

 しんと澄み渡る冬の空気。雪が生む静寂と白に満ちた庭園。そして広がる風景を照らす灯色を見て、そういえば、と蓮は連れの少女に視線を向けた。
「以前雪灯が好きだと言っていたな」
「はい、灯を持たず燈る雪灯の中の散歩が好きです」
 好きな物を一度に体感出来るひとときに、志苑の瞳は静かに煌めく。静かで、聞こえるのは雪を踏みしめる音だけ。まるで世界を切り取ってしまったような夜だ。
「蓮さんも好きになってくださいましたら嬉しく思います」
「なるほど。雪の夜歩きはそうしないが……悪くないものだな。……寒くはないか?」
「大丈夫です、この寒さがとても心地よいのです」
 話す度にふわり踊る息は真っ白だが、微笑んだ志苑の答えに無理をしている様子はない。そういうものか、と疑問符浮かべてから、少し後。蓮は自然と志苑の手を取る。
 2人歩く庭園は、皆が居る筈なのにあまりにも静か。志苑はまるで2人だけのような錯覚に落ち、蓮の目は、指先に灯った温もりへと。
 ああ、今日のような散策も、あんたとなら。
「……なあ、──……いや、何でもない」
 蓮の視線は、見上げた志苑から余所へと移る。
 伝えようとした時、目に映った姿。
 今何をと問う前に、消えた囁き声。
 それはまるで、雪のような──。

 愛しい人が隣に居て、思い出がまた1つ増えていく。その嬉しさが、幸せが、照らされ輝く雪景色をより一層美しく見せていた。
「綺麗だね」
 そう呟いた冬真だが、何よりも綺麗だと思うのは有理の横顔だ。呟きに振り向いた琥珀の瞳は輝き、ふわり咲いた笑顔は花のようで。全てが、愛しい。
 最愛にだけ向ける微笑は雪灯に照らされて──有理はもう、愛しい顔から目を逸らせない。
 散策の間、繋いだ手は冬真のコートポケットの中。小さな手が冷えないようにと指を絡めれば、有理がくすりと笑う。
「貴方が傍にいるから寒くないよ。もう少し、温めてくれる?」
 甘い囁きに冬真は勿論だよと微笑み抱き締める。でも。
「1回じゃ足りないな」
「それじゃ、貴方が満たされるまで」
 贈られるのは、愛の囁きと口付け。
 優しく受け止めた、そのお返しは。
「私も冬真を愛してる」
 庭も、時も、全てを雪が覆っていく。
 けれど重ねたものは、今この時のように──いつまでも、きらきらと。

作者:東間 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年1月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 8/キャラが大事にされていた 0
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